ふたば系ゆっくりいじめ 1304 鍵のない檻

鍵のない檻 39KB


理不尽 共食い 自然界 現代 自然って怖いですよね


『鍵のない檻』





序、

 人里離れた森の奥深く。そこには群れを治めるリーダーはいないものの、自然に集まってできた天然のゆっくりぷれいすがあ
った。群れのリーダーも掟も存在しないゆっくりの集団など瞬時に崩壊してしまうような印象を受けるが、この界隈のゆっくり
たちは総数こそ多いものの互いに強く干渉しないせいか争いも起こさず平和に暮らしていた。ゆっくりたちの言葉を借りるなら
ば、とても“ゆっくりしている”群れであると言えよう。

 季節は春。ここ数日の間に降った雨が春一番の風に耐えた桜の花びらを落とし、春の代名詞はすっかり葉桜となってしまって
いる。気温も少しずつ上昇し始めていた。人間にとってもゆっくりにとっても過ごしやすい季節。その群れのゆっくりたちは皆、
思い思いに春を満喫していた。

「ゆゆん! まりしゃ! こーろこーろでどっちがはやく、おきゃーしゃんのとこりょにいけりゅかきょうそうしようにぇっ!」

「ゆっくちりきゃいしちゃよっ!!!」

 ピンポン玉サイズほどの赤ちゃんゆっくり姉妹が並行に転がり、親ゆっくりの元へとたどり着く。親ゆは子供たちの愛らしい
姿を見て悦の表情を浮かべながら、頬についた泥を舌で綺麗に舐め取ってあげていた。くすぐったそうに笑う赤ゆたちは、その
まま親ゆの頬に自分たちの頬をすり寄せた。こーろこーろ、ぺーろぺーろ、すーりすーりの三連コンボである。その筋の人間が
この光景を見てしまえば発狂さえしかねない。

 また別の場所ではバスケットボールほどのサイズにまで成長した二匹のゆっくりが、ぷろぽーずの真っ最中である。訪れた春
を喜び有頂天になっているこの季節のゆっくりは、全体的にガードが甘くなっており告白の成功率は年間通じて高い数値を示し
ていた。やがて数多の“らぶらぶかっぷる”が誕生して、家族仲良く森の中を跳ね回る姿を見ることができるだろう。

 森はこれほどの数のゆっくりを養えるだけの自然を有していた。人間たちも開発などで手を出すことのない未開の地であった
ため、ゆっくりたちにとってはまさに楽園と言っても過言ではない。組織として群れを成しているわけではないので、ふらふら
とこの地にたどり着いたゆっくりも多い。それらの間で揉め事が発生しないのは全てのゆっくりたちが等しく自然の恩恵を受け
ることができているからだろう。衣食足りて初めて礼節を知るのは、人間の世界でもゆっくりの世界でも同じことらしい。

「ゆ?」

 地にあんよをつけた数匹のゆっくりたちが反応を示した。大地が小刻みに震えている。その振動が徐々に大きくなっていく。

「ゆゆゆゆ……っ!!」

 地震である。最近よく発生しているが小規模な揺れであるため、それを気にしているゆっくりは一匹もいなかった。もちろん、
地震に対して恐怖心は抱くものの揺れが収まってしまえば何事もなかったかのようにまたゆっくりし始める。もともとそういう
危機感からはかけ離れた存在のゆっくりであるが、ここ数日は頻繁に地震が起きているので慣れてきてしまっているのもあるだ
ろう。

「ゆぅ……じしんさんはゆっくりできないよ……」

「れいむ! あっちにちょうちょさんがいたのぜ!!!」

「ゆゆーん! まりさ、いっしょにむーしゃむーしゃしようね!!!」

「ちょうちょさん! まってねっ! ゆっくりまりさにむーしゃむーしゃされてねっ!!!」

「れいむもぉ!! れいむもだよぉ!!!」

 ふらふらと現れた蝶々を追いかけて跳ねていく二匹のゆっくり。周りもそういう姿を見ているとすぐに感化されてしまう。の
ーびのーびしたり、むーしゃむーしゃしたり。森のあちらこちらから「しあわせー!」という声が聞こえてくる。

 先ほど蝶々を追いかけていた二匹のゆっくりは森を抜けて開けた場所まで出てきていた。遠くに人間たちの街が見える。その
風景に目を奪われ蝶々を見失ってしまった。

「れいむ……? あれはなにかな……?」

「ゆぅ……?」

 空を見上げていたまりさの言葉にれいむも上空に目を向ける。二匹にはそれが何か理解することはできなかったが、一機のヘ
リコプターが人間たちの街へ向けて飛行している最中だった。

「すごいね~……れいむもおそらをとびたいな……」

「ゆふふ……れいむは“ゆめみがち”なゆっくりだねっ! でも、その……っ、そんなところも……か、かわいいよ……」

「ゆぇっ?!」

 茹で饅頭と化してしまった二匹はしばらくお互いの顔をチラッ!チラッ!と見合った後、そっと身を寄せ合った。後は若い二
匹にゆっくりとしてもらうことにして、別の場所に視点を移そう。

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせぇぇぇ!!!!」

 木の根っこに生えていたキノコを口に入れながら涙目で叫ぶれいむ。キノコ狩りにやってきた数匹のゆっくりたちが固まって
うろうろしている。草をかきわけたぱちゅりーも数種のキノコを採取していた。森の自然はゆっくりたちの空腹を満たすのに一
役も二役も買っていた。食料の豊富さのおかげで越冬に失敗した家族はほとんどいない。これほどの環境下で越冬に失敗するよ
うなゆっくりは真性の馬鹿である。それでも、越冬成功率が百パーセントに達することがないのが、ゆっくりらしいと言えばゆ
っくりらしいのだが。

「むきゅっ! みんな! きのこさんをさがすのにむちゅうになっていると、どうぶつさんにむーしゃむーしゃされてしまうか
のうせいがあるわっ! きをつけてそろーりそろーりもどりましょう!」

「「「ゆっくりりかいしたよ!!!」」」

 ぱちゅりーの心配は杞憂だった。ここ最近、動物たちの数が減ってきている。越冬前は狩りに出たゆっくりが野犬やイノシシ
に食い殺される事は日常茶飯事だったが、春が訪れてからと言うものぴたりとその姿を見かけなくなってしまった。ゆっくりに
とっては願ったり叶ったりである。れみりゃやふらんなどと言った捕食種であれば“けっかいっ!”を張っている限り巣穴に逃
げ込めばやり過ごすことができるが、野生動物を相手にするとそうはいかない。動物たちは嗅覚でゆっくりを追い詰めるため、
対抗する手段が皆無なのだ。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら森の“居住域”に向かうゆっくりたちがあんよを止めた。前方から地鳴りが聞こえてきたのだ。

「ゆっくり……」

 最初は地震と勘違いしていたゆっくりたちだったが、すぐに顔色が変わった。土煙を上げながら一直線に自分たちに向かって
くるのは動物たちの群れである。

「ゆ……ゆあああ!! まってねっ! まってねっ!! かわいいれいむをたべないでねっ!! こっちこないでね!!!」

 途端に騒ぎ出すゆっくりたち。ぱちゅりーは既に他界していた。残りのゆっくりたちも恐怖であんよを一歩も動かすことがで
きない。生きたまま食われて殺される。それを悟り、大粒の涙を流しながら震えるゆっくりたちには目も暮れず動物たちが一直
線に駆け抜けていく。だからと言ってゆっくりたちが助かったわけではない。粉塵に視界を奪われ、無数の足で踏みつけられ、
中身を押し出されたゆっくりたちは、まるでダンプカーにでも轢かれたかのようにぐちゃぐちゃに潰れて絶命していた。

「も……と、ゆ……く、り……した……かっ――――」

 ここだけではなかった。同じような現象が森のあちこちで起こっている。同じように大地を唸らせ駆け抜ける動物たちの一団
を見たという話は森の各地から報告されていた。ゆっくりたちの中には自分たちが動物たちを追い払ったと勘違いして喜び跳ね
回る者もいた。動物たちの意図はともかく、自分たちの生活を脅かす存在がゆっくりぷれいすからいなくなってしまうのはあり
がたい。このゆっくりぷれいすはますます発展していくだろう。

 やがて陽が落ち、静寂が森を包み込む。巣穴の中に戻ったゆっくり一家たちは五、六匹の単位でぴったりと体をくっつけて寝
息を立てていた。

「ゆぅ……ゆぅ……」

「ゆぴー……」

「……まりさたちはこんなにかわいいちびちゃんたちといっしょにゆっくりできて、しあわせだね……」

「ゆぅん……まりさ、れいむといっしょにずっとずーっとゆっくりしてね……」

「ゆっくりするよ……すーりすーり……」

「すーりすーり……」




 ……幸せ。




 その頃。

 ゆっくりたちの元には届かないが、人間の街ではテレビのニュースやラジオを使って“情報”が絶え間なく流れ続けていた。

――双葉岳上空です

――四月に入ってから活発な火山活動を続けている双葉岳ですが、先日“火山観測所”が噴火の警戒レベルを“2”に引き上げ
たことを発表しました

――付近の住民はこれまで以上に火山噴火の情報に耳を傾け、各市町村のハザードマップなどを頼りに避難経路の把握を今一度
確認して有事の際に備えてください

――なお、これに伴う小規模な地震が発生していますが…………




一、

 動物たちがゆっくりたちの周りからいなくなってから一週間ほどが経過していた。

 外敵が極端に少なくなったことに歓喜した群れのゆっくりたちは、日増しに頻度を増す小規模な地震に怯えながらも静かに暮
らしている。地震が起きるといっても巣穴が崩落するほどのものではない。それを理由にこの理想郷から離れようとする者は一
匹もいなかった。

「ゆっくりのひ~ まったりのひ~」

 呑気に歌を歌いながらたわむれる数匹のゆっくりたち。豊富な餌は健在だ。ここで暮らしていく分には何の問題もなかった。

「れいむぅ。 それじゃあまりさはかりにいってくるのぜ!」

「ゆっくりりかいしたよ!」

 そんなやり取りをしているのは人間の街を眺めながらプロポーズを行っていた二匹である。結局あの後、二匹は“けっこんっ!”
して一緒に暮らしていた。まだ子供を作る時期には来ていないようだが、周りから見てもパルパルしてしまうくらいに仲が良い。
まりさがぴょんぴょんと草の向こうに消えてしまった後。

「……ゆ?」

 空を見上げるれいむ。上空から音が聞こえてきたのだ。それはヘリコプターのプロペラ音。木々の隙間から一瞬だけヘリコプ
ターの機体が覗いた。れいむが怪訝そうな表情を浮かべる。四月にしては湿った風がれいむの頬を撫でた。

「ゆっくり……していってね……?」

 呟く。まるで心の中を覆う暗雲を払うかのように。れいむの言葉を聞いているゆっくりは周囲に一匹もいなかったが、それで
も呟かずにはいられなかったのだろう。ヘリのプロペラ音はその日一日中ひっきりなしに森のゆっくりたちの元に届いた。

「ねぇ、ぱちゅ……あのおとはいったいなんなのかしら……? うるさくてとかいはじゃないわ……」

「むきゅぅ……ぱちゅにもよくわからないわ……」

「わからないよー……」

 ぱちゅりー、ありす、ちぇんの三匹がれいむ同様に不安そうな顔でお喋りを続けている。空はこんなにも晴れ渡っているのに、
ゆっくりたちの表情は心なしか曇っていた。

「ゆっくちできにゃいよぉ……」

「おきゃあしゃん……ありしゅ……きょわいよ……」

「ゆ……ゆぅ……」

 ある巣穴の中では親ゆっくりにぴったりと頬をくっつけて震えている赤ゆの姿があった。

 群れの中で争いが起きているわけでもない。動物や捕食種の集団に襲われて死の危険に晒されるわけでもない。食料が足りな
くなっているわけでもない。

 それどころか、本当なら長く苦しい冬を乗り切って皆で仲良く暮らしていたはずだ。そんなに長く生きているわけではないが、
皆一様に違和感を感じていたのだろう。越冬を終えても、ゆっくりできる日々は訪れない。いや、決してゆっくりできていない
わけではないのだ。だからこそ戸惑いを隠すことができなかった。それぞれが、何に対して怯えているのか理解できない。

 そのとき、大地が小刻みに振動を始めた。ゆっくりたちが不安そうな顔になる。もう慣れたとはいえ、ゆっくりできない事に
は変わりない。おろおろはしながらもしばらくすれば地震は収まる。

「……ゆ?」

「ゆゆっ?」

 巣穴の中で隠れて震えていた数単位の家族が飛び出してきた。

「どお……して……?」

 地震は収まらない。それどころか、徐々に揺れが激しくなっているような気がする。そして、それは気のせいなどではなかっ
た。

「ゆ……ゆわああ!!!」

 激しく震える大地に数匹のゆっくりたちがころころと転がった。あんよに力をかけていなければその場に留まっていることが
できない。一度転んでしまった赤ゆはいつになっても起き上がることができなかった。同じような事態が森の各所で起きている
らしい。あちらこちらから泣き声が聞こえてくる。

「ゆゆっ! じしんさんっ! ゆっくりしないでおさまってね! れいむたち、こまってるよっ!!」

「とかいはじゃないわっ!! ありすもいいかげんにしないとおこるわよっ?! ぷ……ぷくぅぅぅぅ!!!!」

 地面に向かって威嚇を始める成体ゆっくりたち。それに対して怒りを露わにするかのように大地が跳ね上がった。思わずあん
よが地から離れ投げ出されるゆっくり。

「ゆぎゃあああ!!!!」

「たしゅけちぇぇぇぇ!!!」

 巣穴の入り口が崩落してしまい、取り残された赤ゆが外にいる親ゆに向かって悲痛な叫び声を上げる。しかし、体勢を保つこ
とのできない親ゆにはどうすることもできない。大地が唸りを上げる。その衝撃以降、巣穴の中から聞こえてきた赤ゆの悲鳴は
途絶えてしまった。天井が崩落し、押しつぶされて絶命したのだろう。親ゆが絶叫するが、他のゆっくりはどれも気づかない。
突如起きた“異変”に思考がまったくついていかず、歯をカチカチと鳴らして震えているだけだ。

「ゆっくりにげ……」

 遅い。と言わんばかりに大地が咆哮を上げた。これまでにない強い衝撃である。球体に近い体型のゆっくりたちはまとめて宙
に放り出されてごろごろと地面を転がっていく。頭を、顔を、頬を、土や小石が蹂躙していく。

「ゆあああああ!!!」

「じめんさん!! ゆっくりしてね!! ゆっくりしてね!!!」

 体中をそこかしこに打ち付けながら物言わぬ大地に対して必死にお願いを続けるゆっくりたち。木に叩きつけられて止まった
一匹のありすが表情を凍りつかせた。冷や汗がだらだらと頬を伝う。口をぱくぱくと動かしながら一点を見つめていた。未だ揺
れの収まらぬ中でありすの元に駆け寄る別のゆっくり。

「あ……。 あ、あぁ……」

 駆け寄ったまりさがありすの見つめる方向に視線を向ける。

「あれは……いったい、なんなのぜ……?」

 木々の隙間から遥か彼方に“山”が見える。その山も唸り声を上げていた。まりさが見たのは山頂から天空に向けて昇る巨大
な火柱。まるで生き物のようにうねりながら噴き出される炎。見えている炎はほんの一部でしかなかった。同様に吐き出された
分厚い噴煙のヴェールが紅蓮の柱の大部分を覆っている。

 澄み切った青を埋め尽くすかのように広がっていく黒。不気味なコントラストを生み出し己の存在を誇示し続ける赤。それは
まりさやありすを含め、群れのどのゆっくりが一度も見たことがないような光景である。

 森中からゆっくりたちの泣き叫ぶ声が上がった。




――平成二十二年 四月十三日 午前十一時三十七分 双葉岳噴火。




「ゆっぎゃあああ!!!!」

「だずげでぐだざいぃぃぃ!!! おでがいじばずぅぅぅ!!!!」

「ちびちゃん!!! ちびちゃん!!! かくれんぼじないででてきでねっ!!! すぐでいいよ!!!!」

 地面の揺れ事態は収縮しつつある森の中でパニック状態に陥っている無数のゆっくりたち。火山噴火の際の衝撃で跳ね飛ばさ
れた際にケガを負ってしまい動けなくなった者や、ピンポン玉サイズしかない赤ゆとはぐれてしまった者。それぞれがそれぞれ
の危機的状況に晒され右往左往していた。

 刹那。

 凄まじい轟音と衝撃が響き渡った。大地を抉り砂塵を巻き上げる“それ”がゆっくりたちには何か理解できなかった。数匹の
ゆっくりが“それ”に押し潰されて死んだ。“それ”が生み出した衝撃の波はゆっくりを大きく宙に吹き飛ばした。

 火山弾、である。

 火山弾とは噴火の際に溶けて宙に投げ出された岩の破片が空中を飛んでいる際に冷えて固結したものである。噴火の規模が大
きければ大きいほど、山の岩を吹き飛ばした範囲は広くなる。それは、双葉岳を中心にまるで流星のように降り注いだ。木々を
なぎ倒し、大地を削り、森を徹底的に破壊していく。ゆっくりたちの叫び声や絶叫は少しも聞こえてこない。着弾の際の轟音が
その全てを掻き消しているのだ。

 瞬間的な衝撃は地震のそれを上回る。耳をつんざくような音。襲いかかる衝撃。それらが森に住んでいたゆっくりたちを殲滅
させるかの如く続いて行く。

「ゆっくりにぎゅべっ!!!!」

 火山弾の餌食になったゆっくりの数は凄まじいものがあった。規模は大小さまざまではあるが空から突如襲ってきた侵略者に
対して為す術などない。運まかせにあんよを動かして逃げるしかないのだ。広がる樹木の葉っぱに遮られてどこから火山弾が降
ってくるか予測がつかない。仮に予測がついたとしても、気付いたときにはもう潰されてしまっているのだろうが。

「い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!」

 上空高くに投げ出された拳大の岩でさえ凶器となる。巨大な火山弾に潰されて即死したゆっくりはまだ幸せだったのかも知れ
ない。一匹のれいむは顔の三分の一を陥没させた姿で地面の上をのた打ち回っていた。助けてくれるゆっくりなど一匹もいない。
激しい痛みに体を滅茶苦茶に動かす。破れた皮から餡子が四方に飛んでいく。

「むっきゅううううん!!! む゛ぎゅうぅ゛ぅ゛!!!!」

 火山弾に髪の毛を挟まれて身動きが取れなくなっているのはぱちゅりーだ。次々と降り注ぐ自然の弾丸に怯え、汗と涙としー
しーを大量に噴射している。ぱちゅりーの近くに火山弾が落ちてくるたびに凄まじい衝撃が顔を襲う。土煙によって視界を遮ぎ
られたぱちゅりーが、誰へともなく助けを求め続ける。そのとき、火山弾が木に直撃してそれを真っ二つに破壊した。それを見
て顔面蒼白になっているぱちゅりーを更なる悲劇が襲う。木が、ぱちゅりー目がけて倒れてきたのだ。

「む゛ぎゅぇっ!!!!!」

 視界を倒れてくる木で覆われ、潰される最後の一瞬まで絶望に苛まれながら、ぱちゅりーはようやくこの恐怖から解放された。

「おきゃああしゃああああん!!!」

「ちびちゃんたち!! ゆっくりしないでにげるよっ!!!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら森を逃げ回っているのはまりさ親子だ。既につがいであったありすは死んでいる。泣き叫ぶ子
供たちを引き連れて、山頂に現れた真紅の悪魔から少しでも遠くに離れようと必死だ。まりさが子供たちを振り返る。

「ゆ゛げぇ゛ッ?!!」

 間抜けな叫び声を上げるまりさの視界に映し出されたのは一直線に自分たちのもとへと転がってくる巨大な火山弾だった。そ
の足色たるやとてもゆっくりのあんよで逃げ切れるようなものではない。助かるための選択肢はいくつか残されていたが、正し
い判断を下すことはできなかった。それどころかその場でぴたりと立ち尽くし、迫る火山弾を見ていることしかできなかった。

「ぎぴっ!!」
「ぴゅげっ!!!」

 まるで計算されていたかのように二匹の赤ゆを叩き潰しながらまりさに襲いかかる火山弾。まりさは頬に空気を溜めて火山弾
に対し威嚇を試みた。次の瞬間、まりさがいた場所は小さな水溜まりの餡子が残されているだけだった。

 一瞬にして群れを壊滅の危機にまで追い込んだ火山弾はその勢いを留めることはない。ゆっくりたちだけではない。木や草や
花。あらゆる命を破壊していった。

 火山弾の直撃を逃れたゆっくりたちは巣穴の中や岩陰に身を潜めてがたがた震えていた。この場所もいつ崩落してしまっても
おかしくない。それを分かっていながら外に出ることはできなかった。出たら火山弾によって潰されてしまう可能性がある。八
方塞がりのゆっくりたちは泣きながら地獄と化していく森の姿を眺めていることしかできないのだ。

「おきゃ……しゃ、れーみゅ……あちゅくて……ゆっくち……ゆっ、ゆっ、ゆっ……」

 突如、巣穴の中の温度が上がり始めた。それにいち早く反応したのは体の小さな赤ゆたちである。空気が焼けるように熱い。

「もっちょ……」

 一瞬にして体中の水分を奪われた赤ゆがばたばたと死んでいく。まるで巣穴という窯の中で蒸し焼きにされているかのような
熱さだった。かろうじて生き残った親ゆがたまらず巣穴の外にあんよを向ける。干からびた赤ゆを見て流した涙は一瞬で蒸発し
てしまった。切れ切れの呼吸で巣穴から顔を出した親ゆは一瞬で消し炭となって死に絶えた。

 火山弾に加えて群れを蹂躙する新たな脅威が現れたのだ。まるで生き物のように斜面を滑り落ちるのは高温の火山ガスと火山
灰。灼熱の霧のようにも思えるその正体は“火砕流”である。森を焼き払いながら山頂から流れてくるその姿はまるで悪魔の魔
手のようにも見えた。まるで獲物を探して腕を伸ばすかのように地形に合わせて流れを変化させていく火砕流が、一匹のありす
をその手中に捕えようとしていた。他のゆっくりたちとはぐれてしまったありすは単身森を逃げ続けていた。

「や……やめて……、い、いや……」

 目の前に迫る火砕流はもはや動く壁にも等しい。怯えて動けないでいるありすを飲み込もうとその勢いは衰えるところを知ら
ない。

「いやぁ……ッ――――――――……っ、かはぁぁぁぁッ!!!!!!」

 ありすが一瞬で焼きつくされる。高温の火山ガスに触れた皮は焼けただれ、吸いこんでしまった高温ガスにより体内を焦がさ
れる。それはあまりにも熱く情熱的な無慈悲なる灼熱の抱擁。灰塵となったありすには脇目もふらずにその手を次の獲物へと伸
ばしていく火砕流。それが通過した後には真っ赤な炎が咲いていた。徐々に燃え広がっていく。

 降り注ぐ火山弾。全てを焼き尽くしながら森を飲み込んでいく火砕流。自然が引き起こした圧倒的な暴力が何もかもを破壊し
ていく。

「ゆっくりして……ゆっくりしてね!! おねがいだからゆっくりしてね!!!」

 まだ夜が訪れる時間ではないはずなのに周囲が暗くなっていく。火口から吹き上げられた噴煙が上昇気流に乗って空高く登り、
太陽を覆い隠してしまったのだ。

「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 ますます悪化していく状況に適応することなどできるはずもなく、次々に命の灯を消して行くゆっくりたち。粉塵や噴煙。焼
き払われていく木々から伸びる黒煙が視界をどんどん奪っていく。そして、突如闇の中から現れる悪魔の洗礼に訳も分からない
まま殺される。

「だれか……だれでもいいからたすけてねっ!!! かわいいかわいいれいむたちをたすけてねっ!!! おねがいだからたす
けてねっ!!!! れいむたち、なんにもわるいことしてないのにぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」



二、

 未だに地鳴りと共に小規模な爆発が山頂から響いている。降り続いた火山弾はようやく落ち着きつつあった。火砕流もそれ以
上流れ出すことはなく、巣穴の中に隠れて奇跡的に生き残っていたゆっくりたちがようやく外に這い出てくる。薄暗い森の中。
額にじんわりと汗をかく。周囲の気温が極端に上昇しているらしい。視界の悪い中でお互いの顔を確認することができたゆっく
りたちは泣きながら頬を寄せ合い、それぞれの無事を喜んでいた。そこへぴょんぴょんとまりさが一匹跳ねてくる。その表情は
お世辞にもゆっくりしているとは言い難い。

「た……たいへんなのぜ!! もりが……もりが、もえてるのぜ!!!」

「――――ッ?!」

 火砕流の高温ガスと熱風が熱源となり、木に燃え移ったのである。そして秒速十メートルものスピードで斜面を一気に駆け抜
けるそれは強い風を生み出す。燃え盛る炎は強風で煽られ燃焼範囲を一気に広げてしまった。火砕流による二次災害がこの時既
に発生していたのである。

 妙に息苦しいのも気温が高くなっているのもそれが要因の一つに間違いないだろう。しかし、生き残ったゆっくりたちはどこ
に向かって逃げればいいのかがわからない。大規模な山林火災が発生しているのは間違いないが、その炎がどこからやってくる
かまでは予測できないのだ。

「ゆゆっ!?」

 深い霧の中にいるような状態だが、れいむは気づいた。霧の向こう側がやけに明るくなっている箇所がある。他のゆっくりた
ちもそちらに意識を向けると微かに枝木が燃えて弾ける音や、倒されていく木々の凄まじい音が聞こえてきた。それぞれの顔を
見合わせたゆっくりたちは、そこから火の手が迫ってきていることを理解した。焦げくさい匂いが漂う砂塵の霧に向かって飛び
込むゆっくり。前が見えなくても前に向かって逃げるしか道が残されていなかった。そこら中に転がった火山弾に移動ルートを
限定されながらも必死になって跳ね続ける。

「た……たすけて……」

 れいむ以下三匹のゆっくりたちは微かに聞こえた助けを求める声に反応し、霧の中を一生懸命に探し始める。ゆっくりたちは
根元から倒れた木に挟まれて動けなくなっているありすを見つけると、頬をすり寄せたり破れてしまった皮の周りを舐めて癒そ
うとしたりし始めた。ありすはそれらの行動に少しだけ安心したのか静かに涙を流し始めた。れいむたちからは見ることができ
ないが、ありすの後頭部は完全に木によって押し潰されて既に形を成していない。それでもありすがかろうじて生きているのは
“自分はまだ動けないだけだ”と思い込んでいるからだろう。虚ろな視線をれいむたちに向け、涙交じりの声で“たすけて”を
繰り返す。

「まっててね、ありす! れいむたちがぜったいにたすけてあげるよっ!!!」

「ゆぅ……れいむ、ありがとう……ほんとうにありがとう……」

「こまったときはおたがいさまだよっ! それっ……ゆーえす! ゆーえす!!」

 れいむの掛け声に合わせてゆっくりたちが木をどかそうと頬を押し付けるがそれで動くはずなどない。必死の形相で木を動か
そうとしているにも関わらず、びくともしないのを見てありすが半ば諦めたような表情を浮かべた。ぽろぽろと涙がこぼれてく
る。

「れ……、れいむっ……!」

 想像以上に火の回りが早い。当然だ。ここは森の中である。拡大していく炎を遮るものは一切存在しない。気がつくとれいむ
たちの周囲に火が迫りつつあった。苦虫を噛み潰したような顔で炎を睨みつけるれいむ。

「もう、むりよ……ありすのことはいいから……みんなはにげて……」

「……ゆーえす……ゆーえす……っ!!」

「れいむ……ありすのことは……」

「ゆ、ぎぃぃ……っ!! はやくどいてね!! ゆっくりできないよっ!!!」

「おねがい……っ! もういいから……っ! れいむたちまでゆっくりできなくなっちゃう!!!」

 目の前で燃え上がった木が崩れ落ちる。炎から発せられる熱風がゆっくりたちの頬を軽く撫でた。がたがた震えながら眩しそ
うに炎を凝視して涙を流す一行。まるでドミノ倒しのように崩れていく無数の樹木たち。辺りが火の海と化していく。れいむも
ぶるぶる震えていた。震えて泣きながら、ありすの頬に自分の頬をすり寄せた。

「ゆっくり……ごめんなさい……」

「いいのよ……ありがとう、れいむ。 ありすはれいむのこと……ぜったいにわすれないから……」

 見ず知らずのれいむとありす。それでもれいむはありすを助けてあげたいと願った。ありすも、自分の命よりもれいむの無事
を願った。何が二匹をそうさせたのかはわからない。

「れいむ……っ!! はやくにげるのぜっ!!」

 唇を噛み締めて涙を流すれいむの姿を見て、ありすがにこりと微笑んだ。ありすは飛び跳ねて行くれいむの後姿をいつまでも
見送っていた。せめて、あなたは生き伸びてほしい。そんなことを願いながら。ゆっくりは情に弱い生き物である。

「……っ!!!」

 ありすの視界に映るのは自分を動けなくさせている木に燃え移った炎。ゆらゆらとその残酷なまでの赤と熱がじわりじわりと
這い寄ってくる。ありすがぎゅっと目を閉じる。もう理解できているのだ。今から自分は焼かれて死ぬ。目の前でボロボロにな
って壊れていく木々と同じような末路を辿る。ありすの金髪に炎が触れた。

「あ……あぁぁぁ……っ!!!」

 そこから一気にありすの全身を炎が包み込んだ。ぶすぶすという音を立てながら髪が、カチューシャが、目が、舌が焼かれて
いく。熱い。痛い。苦しい。

「ゆ゛ぎゃああ゛あ゛あ゛あ゛っ!!! あ゛づい゛よ゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛!!!!」

 森の中を逃げ続けるれいむたちがあんよを止める。どのゆっくりも振り返るようなことはしない。後方から聞こえてくるあり
すの恐ろしい叫び声を聞いて全身が硬直してしまっていた。時間にしてほんの僅かな出来事だったはずだ。それなのに、ありす
の絶叫は永遠に続くのではないだろうかと思うぐらい長い時間に感じた。ありすの声が完全に聞こえなくなってから、ようやく
後ろを振り返る。まるで炎で全身を覆われたありすがその場にいてこちらに近づいてきているかのような錯覚を起こす。

「ご……ごわ゛いよ゛お゛ぉ゛!!!」

「もうやだぁ!! おうちかえるぅぅぅ!!!!」

 炎の鮮やかな色を反射させながらオレンジ色の霧が迫ってくる。同じように森の中を逃げ惑っているのはこの一団だけではな
い。あちらこちらで焼け饅頭の残骸を見たり、火だるまになった他のゆっくりが徐々に焼け死んでいく姿を見てしまった。体力
的にも精神的にも限界が近付いており、中身もほとんど底をつきそうになっている。燃え盛る森の中で食料を探し出すのは不可
能である。程なくして一歩も動くことができなくなったれいむたちをありすと同じように炎が蹂躙し、焼け饅頭の仲間入りを果
たした。

 山火事の勢いが弱まる気配は一切なかった。恐らくこの森を焼き尽くすまで山火事は続くのだろう。それでも未だに逃げ続け
ているゆっくりたちもいるにはいた。もはやゆっくりたちの生死には関係のないことではあるが、噴火口から溶岩が流れ出して
きた。谷の部分をゆっくりと流れてくるその姿はまさに巨大な紅蓮の大蛇である。既に火山弾と火砕流で周囲を焼け野原に変え
つつあると言うのに、自然の猛威は一切の情け容赦を持ち合わせてはいないようだ。

 一瞬にして森は死んだ。同時にゆっくりぷれいすも壊滅した。豊富な食料も残らず焼き尽くされてしまったのである。この地
で生物が生きていくことは、事実上不可能に近い状態にまで陥っていた。

 真夜中になっても火の勢いは衰えない。まるで真昼のように夜空を赤く染め上げながら時間をかけて森を蹂躙していく。生き
残ったゆっくりたちは呆然としながらその様子を見つめていた。息を吸い込むと喉が熱くなり咳き込んでしまう。そんな環境の
中でも食料を見つけて口にしなければ生きていくことはできない。いつまでも呆けているわけにはいかなかった。かろうじて焼
けずに残った雑草などに口をつけた数匹のゆっくりが、苦悶の表情を浮かべてそれらを吐き出した。

「ゆげぇっ!! ぺっ、ぺっ!!!」

 しきりに唾を吐き出す。草は砂まみれだった。正確には火山灰が降り積もっているのである。爆発の際に上空高く舞い上がっ
た火山灰がこの時間になってようやく降灰し始めたのだろう。気がつけばゆっくりたちのあんよは汚れにまみれている。基本的
に綺麗好きなゆっくりたちは、泥や砂の付着した食料を食べるようなことはしない。

「……ゆっ、ゆっ……」

 それでも食料を口にしなければいずれは死んでしまう。口の中でじゃりじゃりと灰混じりの草を咀嚼していく。

「むーしゃ、むーしゃ……それなりー……」

 火の勢いが弱まってきた場所ではなんとか食料を探すくらいの余裕が生まれてきているのだが、森全体に目を向けてみれば山
火事はまだまだ続いている。あちらこちらで火だるまになったゆっくりたちがのた打ち回っていた。生きながらにして火で焼か
れるのは想像を絶する苦痛だろう。

 夜の闇を激しく照らし続けた炎は一晩中燃え続けた。火山灰と黒煙がゆっくりたちの行動を著しく制限する。巣穴の中に隠れ
ているわけにもいかない。引きこもっていては変化していく状況についていくことができなくなるのだ。一晩かけて麓まで流れ
出した溶岩流もようやくその動きを止めた。未だ液状の形態を保っており、焼け落ちた木屑などがそこに触れると一瞬にして溶
けてなくなる。溶岩流は森を東西に分断してしまった。

 翌朝。

 溶岩流の中央に大きな岩が顔を出している部分があった。

「おでがいじばずぅぅぅ!! れいぶだぢをだずげでくだざぃぃぃぃ!!!」

「ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛、ゆ゛……」

 岩に取り残された親れいむと子れいむ、子まりさが必死になって助けを求めている。子れいむは顔の一部が真っ赤に膨れ上が
り、髪の毛とリボンも燃え屑のような状態になってしまっていた。炎に包まれた森の中を逃げてくる途中に引火してしまったの
を親れいむと子まりさが必死になって消したのだが、間に合わず顔まで火傷を負ってしまったのである。更に子れいむの火を消
すのに夢中になっている間に溶岩流が流れてきた。進路も退路も塞がれたれいむ親子は少しでも高い岩の上によじ登り、迫りく
る溶岩流から逃げようとしたのだが、現在は炎の河の中州に取り残されている状態となっている。

 溶岩流の熱が岩に伝わり、激しく熱されていく。それはまさに自然が生み出した天然のフライパン。溶岩流から吹きあがる熱
気とあんよに直接伝わる岩の熱が三匹に地獄の責め苦を味わわせようとしていた。

「おぎゃ……じゃ、まり……しゃ……おみじゅしゃん……ごーきゅ……ご……しちゃい……」

 体内の水分をほとんど失ってしまった子まりさが、消え入るような声で親れいむに訴えかける。表面積の小さな二匹の子ゆた
ちのあんよは既に焼けただれており、岩にくっついてしまっている。最初は狂ったように泣き叫んでいたが、今となっては泣き
叫ぶ力も残されていないのだろう。乾燥しきった目玉が親れいむの方向を向いたまま動かない。ゆっくり、ゆっくりと焼き上げ
られて変わり果てた姿となっていく我が子の姿を見て、親れいむもまた発狂しそうなほどに怯えていた。

「あぢゅいよぉ……あちゅいよぉ……」

 ほぼ全身を火傷している子れいむも力なく訴える。親れいむもまた岩にあんよをつけていられるような状態にはない。しきり
にその場で小さく飛び跳ねていた。しかし、それは親れいむの死期を早めることとなる。二匹の子ゆたちも今の親れいむと同じ
ことをした。そのせいで中身の餡子をどんどん消費してしまい、最後は動けなくなってあんよを丹念に焼き焦がされた。では、
どうすればいいのか。答えは簡単である。諦めるしかないのだ。人間の跳躍力を持ってしても岩からどちらかの岸に飛び移る事
は不可能である。溶岩流が冷えて固まってしまった後ならその上を飛び跳ねて脱出することはできるだろうが、それを待ってい
れば家族揃って焼け死ぬだけだ。頭の悪い親れいむが考えても理解できた。この状況を打開する方法は何一つしてない。ただ、
岩の上で意識を失うまでじわじわと皮を焼かれるしか道は残されていなかった。

「おぎゃ…………――――」

 損傷の激しかった子れいむがついに永遠にゆっくりしてしまった。それはある意味幸せだったとさえ思えるほど、現実は酷い
ものだった。涙も枯れ果てた子まりさは、もうまともに言葉を喋ることができなくなっていた。カサカサになった舌がだらりと
垂れる。目を見開き、びくびくと痙攣を起こしていた。時折、“がひっ、こひっ……”などと咳き込むように呼吸らしきものを
行う。

「あ……あ゛づい゛……っ!! ゆっぐりでぎな゛い゛……っ!!! どぼじで……どぼじでぇぇぇ??!!!」

 あんよに感じていた熱が強くなっていく。既に親れいむにも耐えることができない温度まで岩は加熱されていた。親れいむが
暴れ始めるとほぼ同時に子まりさがぴくりとも動かなくなった。死んだのだ。

「あ゛づい゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!! ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 絶叫しながら身を捩る親れいむ。どれだけ抵抗しても、どれだけ泣き叫んでも岩の熱が弱まることはない。懇願する相手も、
呪詛をぶつける相手もいない。孤独の中、ひたすらあんよを焼かれ続ける。

「ゆ゛ぎいぃぃぃぃ!!!」

 熱さはやがて痛みと化していく。歯を食いしばり苦悶の表情を浮かべる姿は、ゆっくり本来の表情など微塵も残されていなか
った。ひたすら激痛が親れいむの全身を蝕む。溶岩流の熱気が親れいむを包み込んでいるため呼吸をするのも息苦しい。あまり
の苦しさに体を滅茶苦茶に動かす親れいむ。そのとき、振り回された揉み上げが既に息絶えた子れいむに当たった。

「ゆぁっ……!!」

 岩の下に落ちて行く子れいむ。溶岩流に触れた瞬間、じゅっ……という音を立てて跡形もなく溶けて消えた。燃えたのではな
く、溶けたのだ。親れいむの額を冷汗が伝う。もうどこにも逃げられない。溶岩流が岩の上まで到達することはないものの、高
温となった岩に触れている限り安息の時は決して訪れないのだ。

「だ……だれがぁぁぁ!!! だずげでぇぇぇぇ!!!!」

 天空に向かって叫び声を上げる。もちろんそれに応えてくれる者などいない。

「ゆゆっ?!」

 一瞬の出来事だった。熱さに耐えることができずに暴れ回っていた親れいむはあんよを踏み外して岩から落ちてしまった。

「おそらを……」

 仰向けに落下していった親れいむが最後に見たのは灰色の空。溶岩流に“着水”した親れいむは一瞬で溶けてその一生を終え
た。




三、

 炎による蹂躙は三日三晩に及んだ。ようやくその勢いを弱めつつある山火事の片隅では、奇跡的に生き残ったゆっくりたちが
這いずりまわっている。都会に住んでいるわけでもないのにどの顔も泥だらけだ。

 辺り一面が焼け野原である。体力のあるゆっくりたちが食料集めを兼ねて付近を散策していたが、徒労に終わってしまった。
破壊の限りを尽くされた森の中には食料など残されていなかったのだ。かつてのゆっくりぷれいすは跡形もなく消え去ってしま
った。もちろん、全てのゆっくりが火山弾や火砕流、溶岩流に飲み込まれて死んでしまったわけではない。群れの半数は死滅し
てしまったが、なんとか無事に逃げることができたゆっくりも少なくはないのである。

 しかし。本当の地獄はここからだった。

 太陽は厚い噴煙に覆い隠され森に陽の光は届かない。四月の半ばであるということも手伝って気温がなかなか上がらないのだ。
それどころか肌寒さすら覚えるので、巣穴の中に籠ったきり出て来ないゆっくりたちが多かった。春を迎えたゆっくりたちは、
予期せぬ越冬に嘆き苦しんでいる。食料の備蓄は皆無に等しい。突然越冬を強いられたゆっくりたちは家族単位で死んでいった。

 それでも果敢に食料を集めようとするゆっくりもいた。しかし、堆積した火山灰に埋もれとてもじゃないが口に入れることは
できない。この時、双葉岳噴火の際に噴出された噴煙による火山灰は直径二十キロメートルほどの範囲を埋め尽くしていた。そ
の山の麓に存在していたゆっくりぷれいす。十キロもの道のりを飛び跳ね続けることのできるゆっくりはいない。根性論などで
はなく、成体ゆっくりでも途中で中身が尽きて動けなくなってしまうのだ。この時点で、生き残ったゆっくりたちも、死から逃
れることはできない運命を背負わされていたのである。

 真綿で首を絞められるような長い長い苦痛。中身が失われていくのをゆっくりは理解しているという。だからこそ、必死にな
って食料を集めようとするのだ。しかし、ありもしない食料を探して飛び跳ねることは自殺行為としか言いようがない。実際、
志半ばで永遠にゆっくりしてしまう者が多かった。死んでしまったゆっくりから沸き立つ死臭は森全体を漂っている。晴れる見
込みのない粉塵の霧に、大地を灰色に染め上げる火山灰。これに死臭までが加わってしまった。視覚、嗅覚、味覚を同時に奪わ
れながらも、それに対抗する手段を思いつくものは一匹もいなかった。

「おきゃあしゃん……まりしゃ、おにゃかすいちゃよ……」

 やつれた一口饅頭が巣穴の中で情けない声を漏らした。巣穴の中を見回してみると、確かにそこには何もなかった。食べ物を
乗せていた葉っぱも口の中に入れたのだろう。あまりにも殺風景なゆっくりのおうちである。どうすることもできない成体ゆっ
くりのまりさとありすは、ぺーろぺーろと子供たちを舐めながら空腹を紛らわせようとしていた。当然、そんなことは無意味で
ある。

「ゆゆ……ん、きょんなとこりょに、いもむししゃんが……いちゃよっ。 ゆっくち、むーちゃ……むーちゃ、しゅりゅよ……」

「ゆゆっ?」

 赤まりさの言葉にまりさとありすが視線を向ける。赤まりさは小石を口に咥えてそれを飲み込もうとしていた。小石が芋虫に
見えたのだろう。慌ててその小石を払いのける親ありす。

「ゆぐぇ……どおちて……こんにゃこちょ、しゅりゅのぉ……?」

「ちびちゃん! ゆっくりりかいしてね!! いまのはいもむしさんなんかじゃないよ!! むーしゃむーしゃなんてできない
んだよっ!!」

「まりしゃの……いもむししゃん……いもむししゃん……ゆっくちしにゃいで……まりしゃに……たべられちぇにぇ……?」

「ちびちゃ……」

 二匹の親ゆの声は届いていないらしい。ずりずりとあんよを這わせて小石の元へとたどり着き、それを口の中に入れた。

「むーちゃ、むーちゃ……」

 などという台詞とは裏腹にゴリッ、ゴリッという音が聞こえ赤まりさの歯が粉砕されていく。

「ちあわちぇぇぇぇ……」

 口を開いた瞬間、親ゆたちは絶句した。砕けた歯でズタズタになった舌が露わになったのだ。激しく餡子を吐きながら、

「ちあわちぇ。 ちあわちぇ。 ちあわちぇ……」

 とうわ言のように繰り返す。親まりさと親ありすは互いに身を寄せ合って震えていた。やがて、ゼンマイが切れた人形のよう
にぴくりとも動かなくなる赤まりさ。顔面蒼白のまま固まってしまっている赤まりさの口から小石がころりと落ちる。

「う……うわああああ!!!!」

 絶叫する親ありす。ぶるぶると震えながら、親まりさにぴったりと頬をくっつける。親ありすは親まりさにすーりすーりで慰
めてもらうのを期待していた。しかし、親ありすに与えられたのは安堵感ではなく鋭い激痛である。

「いだい゛ぃ゛ぃ゛!!!」

 突如自分を襲った激痛に思わずその場から飛びのいて状況を確認しようとする。大好きな親まりさを視界に入れて安心したの
も束の間だった。

「むーしゃ、むーしゃ……しあわせ……」

「ま……までぃざぁあ゛あぁあ゛ぁ゛ッ??!!!」

 親まりさが咀嚼をしているのは噛みちぎった親ありすの頬の皮である。親ありすが激痛の意味をゆっくりと理解した。親まり
さによって噛みちぎられた箇所から中身のカスタードが滴り落ちる。親まりさが親ありすの元へとにじり寄ってきた。親まりさ
の目は正気の沙汰ではなかった。繰り返される大異変。次々と死んでいく仲間、友、家族。それらすべてが親まりさを狂わせた
のだろう。その狂気は長い間一緒にゆっくりしてきた親ありすへと牙を向けさせた。親まりさが親ありすに飛びかかる。恐怖で
あんよを動かすことができなかった親ありすがあっさりと捕捉される。親まりさの下で苦悶の表情を浮かべながら足掻く親あり
す。

「ゆっくり……しないで、はなし……て……っ!!!」

 振りほどこうとするものの、親まりさを押しのける力は残されていない。それどころか力をかけると破れた皮からカスタード
がぴゅるぴゅると飛び出してしまう。

「ゆぐぅ……っ!!」

 一瞬の隙をついて、親まりさが親ありすの左頬にかぶりつく。親まりさの親ありすを求める力は凄まじいものがあった。これ
ほど激しく自分を求められたことなどない。そして、それが恐ろしくてたまらなかった。親まりさは、親ありすの事をもはや食
料としか見ていないようである。一思いに皮をぶちぶちと噛みちぎる。

「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 再び襲う激痛。親まりさは親ありすの皮を乱暴に咀嚼しながら、親ありすの破れた皮に自分の顔を突っ込んだ。中身に直接侵
入されてそこを食い散らかされる凄まじい激痛に、痙攣を起こし二度三度と体を跳ね上げる。もう枯れ果てたと思っていた涙が
まるで噴水のように噴き出す。親まりさは親ありすの皮と中身を滅茶苦茶に食い荒らした。

「い゛だい゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!」

 体が、心が激痛に蝕まれていく。大好きな親まりさが捕食種のごとく自分の体に食らいついている。ぐちゃぐちゃと音を立て
ながら親ありすの顔に何度も、何度もその歯を立てる。目玉を、口を、舌を、次々と飲み込まれていく。親ありすは自分の体が
少しずつ崩れていくことに恐怖し涙した。親まりさは一心不乱に親ありすを食い続けた。やがて親ありすはその意識を完全に閉
ざした。耐え難い苦痛に心が崩壊してしまったのである。親まりさはそれでもなお、親ありすの皮を破っては口の中に入れてい
った。

「むーしゃ……むーしゃ、…………しあわせええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」

 巣穴の中に狂ってしまった親まりさの絶叫が響き渡る。親まりさは、親ありすの髪の毛一本も残さないようにその全てを自身
の腹の中に収めた。

「ゆぎゃああああああ!!! やめでぇぇぇぇ!!! れいむはおいしくないよぉぉぉぉぉ!!!!!」

 巣穴の外からも他のゆっくりたちの悲鳴が聞こえてくる。極限状態のストレス。耐え難い飢え。その全てがゆっくりたちを狂
わせてしまったのだろう。森のあちこちで、ゆっくりを食うゆっくりの姿が散見される。一匹のれいむは数匹のゆっくりに追い
回されている最中だった。

「ゆんやああああ!!!」

 追い詰められたれいむが子供のような悲鳴を上げる。れいむを追いかけていたゆっくりたちの口周りには餡子や生クリームが
べったりと付着していた。真っ先に運動が苦手なぱちゅりーが狙われたのだろう。

「やべでええええええ!!!!!」

 れいむの視界に映るは無数の口、口、口。動物のように鋭い歯を持たないゆっくりたちが皮を噛みちぎるのには時間がかかる。
その間中、れいむを耐え難い激痛が襲うのだ。四方から皮を引っ張られ、やがてそれが弾けるかのように引きちぎられる。

「うっめ!! これめっちゃうっめ!!! ぱねぇ!!!!」

 先ほどの親まりさ同様にれいむの皮を咀嚼するゆっくりたち。すぐに飲み込んでしまい、第二陣がれいむを襲う。離れた位置
から見るとそれはゆっくりとはいえ、恐ろしい光景だった。数匹のゆっくりたちが固まって頭を上下に動かし、顎を震わせてい
るのである。

「もっど……ゆっぐり……じだが……」

 同族に食われて殺されるという最悪な形で死を迎えたれいむがこと切れる。ぐちゃぐちゃのボロ雑巾のような姿になったれい
むが森に放置された。何もかもを火山灰で覆い隠されてしまったゆっくりたちの食料は皆無に等しい。生き延びるためには、同
じゆっくりを食らうしか道は残されていなかったのである。

 それは檻だった。自然が作り上げた巨大な檻。その中に閉じ込められてしまったゆっくりたちに生きる術は残されていなかっ
たのである。脱出しようと思えばいつでも脱出できるのに、決して脱出することはできない無情の檻の中で、ゆっくりたちは最
後の一匹になるまで互いの皮を食らい続けた。

 やがてその最後の一匹も、孤独の中で餓死してその命の灯を消すこととなる。

 圧死。焼死。餓死。共食い。火山の噴火はゆっくりたちに様々な死の洗礼を浴びせた。かつて、南九州を襲った七千三百年も
前の大噴火。鹿児島の鬼界カルデラをその端とする巨大な爆発による火山灰は西日本一帯を覆ったという。

 その圧倒的な力を前に、ゆっくりたちが抗うことができるだろうか。

 いや。できない。

 絶対に。






おわり







日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。



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感想

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  • ゆっくりはただ死ぬんじゃなくてしぜんを守ってからしねよー -- 2016-04-06 14:11:04
  • 火山さんは、ゆっくりしてるね
    -- 2016-01-06 02:19:38
  • 「このふんかさんはてんこがおこしたんだよ。だから、おれいにてんこをいじめてね!」 -- 2014-08-19 07:52:20
  • 動物達は逃げたから被害は無いね。
    ヨカッタ ヨカッタ(´∀`)
    ゆっくりは死んで当然だからね。
    ナイスだよ火山。 -- 2014-04-15 00:28:35
  • ちょっとしたことでも大惨事になりかねないゆっくりに
    火山噴火というオーバーキルっぷりがたまらない -- 2012-01-26 21:07:46
  • 火山さんゆっくりしてぇー花や草を焼かないでぇー
    あ、ゆっくりはどうぞ

    的な考えを持っている僕 -- 2012-01-06 14:53:31
  • 天災には無力すぎるな -- 2011-01-16 14:06:28
  • 「このSSはゆっくりの日常起こりうる悲劇を描いたものです」とはどこにも書いてないのに的外れな揚げ足とりしてる餡子脳が約2名。
    余白あきさんだって非日常をえがきたいときもあるんだよ! -- 2011-01-09 18:39:03
  • 人間や他の動物達が災害を事前に察知して避難したりしてる中
    ゆっくりだけが何も知らず呑気にゆっくりプレイスに留まり続け
    いざ、災害が起こったらパニック起こして右往左往するばかり。
    結果見事に全滅してる辺りに、ゆっくりという種の愚鈍さが見て取れるな。

    自然災害に対して「ゆっくりしてね!」とかw -- 2010-12-02 23:04:24
  • >日常起こりうるゆっくりたちの悲劇


    …日常?w -- 2010-09-19 16:27:53
  • ゆっくりの苦しむ描写が素晴らしいな。 -- 2010-08-01 09:38:36
  • すげえw -- 2010-07-31 01:58:47
  • すごい情景が頭の中で再生できるくらいわかりやすかった -- 2010-07-25 22:09:29
  • 天災は人間でもどーにもならんもの。ましてや、ゆっくりじゃねぇ -- 2010-07-06 01:59:41
  • おもしろかった。 -- 2010-06-21 23:27:16
  • これ日常じゃなくね?w -- 2010-06-11 04:02:30
最終更新:2010年05月27日 20:44
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