【SS】コテハンを安価で萌えキャラにするスレ by:たかあき
匿名板発生の、コテハンを安価で萌えキャラにするスレから個人的に始まったSS企画です。
このスレにたかあきが書いた小説を投稿していきます。書きこむ頻度は低いかもしれませんが、ご了承ください。
投稿順で見れば最初から順番に読めます。
主人公たちの設定、小ネタリクエスト、感想、意見などは雑談板にあるスレ(
こちら)によろしくお願いします。
涼しさの残る空気を大きく吸い、吐き出す。
背負った荷物を片手に持ち変え、俺は足早に進んだ。
黒猫大学付属黒猫学園に通い、目立ったへまをすることもなくその大学に合格した俺は、それを機に親元を離れ一人暮らしをすることになった。
いい物件がないかと探し、行き着いたのがここ、黒の館だ。
学園に通っている時、いつも見かけていたここなら安心できるものもあるし、何よりこの近所で悪い事件を聞いたことが一つもない。
そして、バイトの先輩に手伝いを頼んで車を借りてもらい、何日間かかけて荷物を運び込み、今日からここに住むことになるのだ。
大変で時間はかかるけれど、引っ越し業者を雇わない分、車のレンタル代だけですむ。
それに、長く時間をかけただけあり、住んでる人の顔は何人か見れたし、挨拶もできた。
何事も、順調に進んでいるようだったんだ。
「これはこれは、蒼斗くん」
「あ、黒猫さん」
黒い。まず彼女に抱く印象はそれだろう。
黒の館の管理人の黒猫さんはちょこちょこと俺のほうに歩いてきた。
「今日からだにゃ、蒼斗くん。鍵はちゃんと持ってるかい?」
小首を傾げて黒猫さんは俺を見た。
俺は急いで鍵を取り出して、かざすようにして見せた。
「ああ、はい。勿論です」
にゃらよろしい、と一言残して黒猫さんはきびすを返した。
俺が思うに、いや、誰でも彼女は不思議だと思うだろう。
まず、頭に生えている黒猫のような艶やかな耳がピクピクと動いている。まずこの時点で不思議としか言いようがない。
まあ、どうしてそうなのかはよくわからないし、どうせなら知りたいとは思うけれど。
とりあえず、今は自分の部屋に荷物を置くことが最優先だ。
自分から徐々に離れていく彼女を追いかけるように、足早で館に歩いた。
館の中は結構広い。
それに、大浴場、アトリエ、憩いの間、地下室などなど、ただの貸し住宅には思えないようなものがある。
因みに、風呂は各部屋に一つついている。大浴場は混浴になっているみたいだ。
だから、入るなら水着を着て入ってくれと言われている。まあそれでもこっぱずかしいものもあるけど、いろんな人がいろんな会話をしているらしい。あと、当番制で掃除があると聞いたから、入らなきゃ損だろう。
そんなことを思い返していたら、黒猫さんはいきなり振り返り、人差し指で俺をびしりと指した。
「言い忘れてた。アトリエ、大浴場、憩いの間、地下室に変にゃ奴が出てきてもスルー。それが出来にゃいほど酷い奴だったら私に言うこと」
わかったにゃ?と俺の顔をちらりと見て、また前を向いた。
彼女の言う変な奴は、言われてうまく想像できないけど、まあ見たらわかるんだろう。
そして、黒猫さんはまた話し始めた。
「それと、ここに引っ越しする際に話したと思うけど、ここではみんな偽名を使うのがルールだにゃ。だから、君もにゃにか名前を考えておきにゃさい」
「わかりました。でも、なんで偽名を使うんですか?」
「…ここの住人には、事情があって住んでるにょが多いんだ。本名やら偽名やらがどうとかと飛び交ってややこしかったから、じゃあ最初から偽名制度にしようぜってことだにゃ」
「…なるほど」
その人たちの事情というのが気になるが、首を突っ込むことじゃないな。
他にも、黒猫さんは家賃を払う金がなくてもその分働いてくれたら居てもいいこと、館は1ヶ月に一度大掃除があること、アトリエや憩いの間などの娯楽スペースも住人内で掃除当番をローテーションすることなどを俺に告げた。
そして、3階へと続く階段を上りながら言った。
「部屋、鍵開けっ放しにしといて良かったんだよにゃ」
「ああ、はい。片付けの手伝いをしてくれる人がここに住んでいて、俺より先に来てやってくれるって言ってたので」
「ういうい、にゃら平気だにゃ」
先に来ているというその人は、実は車を運転してくれた先輩の妹だ。
彼女は同じ黒猫学園に通っていた後輩で、2つほど年下。この館では、taと名乗っているらしい。
正直、先輩に会うまで学校で遭遇することはなかったが、誼ということで手伝ってくれることになったんだ。
俺の部屋のそばにくると、黒猫さんは用事があるからと、ここからもっと奥にある部屋へ歩いて行った。
速いペースで進む黒猫さん。
なびく髪のその隙間に、
「見間違い、じゃないよな」
彼女が居なくなった廊下に独り言が響いく。
彼女のこめかみあたりに、有るはずの耳が見当たらなかった。
「あっ、蒼斗さん。お帰りなさい!」
「こんにちは、taさん。お疲れ様です」
「蒼斗さんも、お疲れ様でしたっ」
部屋に入り、まず見つけた彼女そう言った。そしたら、その子も言葉を返してにこりと微笑んだ。
ふわりとする髪と、大きな胸がたぷりと揺れる。
彼女が、先輩の妹さんだ。
「ダンボールとか、色々整理しておきましたよ」
「ありがとうね。あ、お礼にドーナツ買ってあるけど今食べる?」
「食べます食べますー!」
カバンの浅い部分から、まだ暖かさの残る紙袋を取り出す。中には勿論ドーナツが入ってる。
『食器』と書かれた箱から、カップやら皿やらを用意して、ヤカンに水を入れて火にかけた。
茶色の小さなテーブルは彼女が運んでいた。
「飲み物は紅茶でいい?」
「はい、お願いします」
taさんも駆け寄り、上目遣いで手伝えることありませんか?と聞いてくる。
座って待ってて下さいと言えば、子犬のようにふにゃりと笑い返してくれた。何か癒される。
「すぐ用意できるから、大丈夫だよ」
「うにゅう、了解です」
彼女は少し残念そうな顔をして、テーブルの前で正座した。
あの捨てられた子犬みたいな顔されたら断るものも断れないが、今回はお手伝いさんでありお客さんだ。
もうすぐでお湯沸くから、と伝えて視線をヤカンに落とした。
紅茶、ドーナツと準備ができ、テーブルの上が華やかに飾られた。
気付けば既にtaさんはチョコがかかったドーナツを一つ取って食べていた。
「むふー、美味しいのですよー」
「食べるの早いね」
「細かいことはいいんだよー」
すっかり笑顔になった彼女を見ながら紅茶に口をつける。
と、そしたらじっとこっちを見つめて、「蒼斗さん」とだけ言ってきた。
「なに、taさん」
「えっと、その…。…いえ、何でもないです、お疲れ様でした。」
「taさんもお疲れ様でした。食べ終わったら俺が全部やるから、帰って休んで大丈夫だよ」
「あ、大丈夫です。お手伝いまだまだしますから」
そう言って、二個目のドーナツに手を伸ばして、またかじりつく。
俺はありがとうと返してから自分の皿に置いてあるそれを、こっそりtaさんの皿に一つ移した。
少し戸惑ったような表情をしたけれど、「お礼だから受け取って」と頭を撫でながら微笑んだら、俯きながらこちらこそと返してくれた。
さて、一段落したら整理の再開だ。
ただいま時刻は20時23分。
taさんが帰宅する時間になった為、送り届けて帰った結果がこの時間だ。
殆どとは言い難いが、部屋のダンボールの数は確実に減っている。
今日はとりあえずここまでにして、ゆっくりする事にした。
と、不意に部屋にチャイムが鳴り響く。
箱に気を付けながらも、駆け足で玄関まで行った。
「はい、どなた様ですか」
「蒼斗君、乃人だけど」
なんと、taさんのお姉さんの乃人さんだ。
今日は彼女のシフトが入っていたから来ないと思っていたので、少し驚きながらドアを開く。
「どうも、こんばんは」
「こんばんは、先輩」
「片付けはどんな感じかな?」
「あ、taさんが手伝ってくれたおかげで結構進みました。本当に助かりましたよ、ありがとうございます」
頭を下げると、乃人さんのからから笑う声が聞こえた。
「いいっていいって。あの子が迷惑かけてないか心配だったけど、そうじゃなさそうで良かった」
「とても良い妹さんでしたよ。…そういえば、先輩今日シフト入ってなかったんですか?」
そう聞いたら、違う人と変わってもらったと肩にかけたカバンを持ち直しながら言っていた。
軽い返事を返すと、先輩も口を開いた。
「蒼斗君、明日空いてる?」
「明日ですか?片付けに回そうと思って1日空けてありますけど…」
「なるほど。うんとさ、蒼斗君がよければ、あの子に館の案内をさせようと思うんだけど、どう?」
「え…、本当ですか?それは助かるんですけど、迷惑じゃ…」
「あの子が自分からやりたいって言ってたから、大丈夫」
にこり、と笑った。
一呼吸置いて、先輩は「じゃあ」と言う。
「明日、またあの子くるから。多分、お昼過ぎくらいかな。私は剣道の練習試合あるから行けないけど…」
「わかりました、待ってます。先輩は試合頑張って下さい」
「ありがと、じゃあ私はもう行くから。またね」
手を振って乃人さんは一歩引く。
と、いきなり小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃっ」
「わっ…ごめんなさい、大丈夫?」
「あ、わ、ご、ごめんなさい!」
どうやら、先輩と誰かがぶつかったよう。
先輩の影に、小さな赤毛の女の子と、鈍く光る何かが見えた。
その小さな女の子はおっかなびっくりしながらも、一歩一歩と俺の部屋のドアに近付いた。
「え、と、蒼斗さん」
「ああ、レベッカさんでしたか」
「こんばんは」
大きな目をした赤毛のツインテールの彼女がLv.57さんだ。引っ越す準備で何回か通っていたとき、お隣さんということで知り合いになったんだ。
Lv.57とは言いにくいから、レベッカと呼んでくれと言われてる。
先輩は俺たちが知り合いとわかったようで、一つ会釈して帰って行った。
レベッカさんもそれに返してから、俺を向く。
こんばんは。どうかしましたか?
聞いたら彼女は抱えていた何かを差し出してきた。どうやら鍋のよう。
「今日はお疲れ様でした。これ、引っ越し祝いです。…といっても、ただの煮物ですけど」
「ありがとうございます。まだ食事の準備なにもしてなかったし、助かります」
受け取った。かなりずっしりしていて、結構な量ありそうだ。腹が減ってたからかなり嬉しい。
「あ、あのっ、蒼斗さん」
「ん?」
マッチに火を付けたようにいきなり声が上がり、語尾が小さくなる。
「こ、これからも料理お裾分けしていい、ですか?」
まん丸い瞳で見つめられた。
俺は勿論、と頷いてわたされた鍋を抱え直す。まだ仄かに暖かい。
レベッカさんは花が咲いたように微笑んで、「はい!」と大きく言った。
「じゃあ、また来ますね。お鍋は、食べ終わってからでいいので返していただけると嬉しいです。一言言っていただけたら取りにも行きますので」
「あ、大丈夫ですよ。隣ですし、ちゃんと届けさせてもらいます」
「そうですか…わかりました。それじゃあ失礼しますね。おやすみなさい」
頭を下げてレベッカさんは引いた。小さく手を振り、閉まるドアの影に消えていった。
さて、これから晩御飯にしますかね。
最終更新:2010年09月27日 01:27