少女綺想曲~そして全てはゼロになる~ ◆5ddd1Yaifw
桜井あさひが感じたのは恐怖だった。いきなりどこかもわからない所への拉致。
蛍光灯一本の明かりしかなかった狭く薄暗い部屋。その部屋にあった唯一の物――テレビに現れた若い銀髪の男。
衣服が和風ぽくて、背中に羽が生えていたのは何かのコスプレなのだろうか、とあさひは思ったが特に注目すべきことではないので余り考えない。
問題はその次。男の発した内容だった。
――諸君には、殺し合いをしてもらう――
あさひは最初、理解することができなかった。殺し合い。別に理解ができない単語というわけではない。
ただ現実として、理解ができなかっただけだ。
淡々と説明を行う男には恐怖を感じた。あの男は何も感じないのだろうか? このようなことを平気で出来る気が知れない。
ルール自体は簡単、ただ殺し合って最後の一人になればいい。それだけ。
だが、ただ“それだけ”のことがあさひにはとてつもなく重い。
そして説明の最中に聞き捨てならないことを男は言った。
――不運にも友人や家族、兄弟と分かたれてしまうこともある――
時が止まった。頭が停止するとはこういうことなのか、とあさひはふと考える。
友人――真っ先に思いついたのは自分が好きな同人作家で何回か話したこともある千堂和樹。他にも幾らか即売会で知り合った人達。
その人達も巻き込まれている、そんなこと、信じたくない。
そしてその友人でさえこの場では信用できないのが怖い。
思考の間にも時は過ぎていく。
「ひっ……!」
ボンっと軽い破裂音。テレビをふと見るとそこには首のない女の子が地に伏していた。
首からは止めどなく血が流れ出し、床を赤で染める。
「い、や……」
テレビから目をそらす。これ以上見ていられない。喉元まで出かかった胃液を無理やり押し戻して、深呼吸。
幸いのことに現場はテレビの向こう側。血の匂いがないだけまだましだった。
いや、そのようなことなど関係ない。人の首が破裂して死んだ。これだけで十分にショッキングな出来事だ。
どれだけ時間がたったのだろうか。一秒、一分、十分、一時間、
扉が開く。地獄への門が静かに。
「行かないと……いけないの……?」
あさひはふと横を見ると鞄が側にあった。この中に生き抜くための武器が入っている。
でも。
「使いたくないよ、あたしには」
口下手で極度の上がり症な自分がこれから生きのこれるのだろうか、とあさひは自嘲する。
答えはノー。無理だ。できっこない。あさひの頭の中が負の感情で埋め尽くされる。
「でも、死ぬのは嫌っ……!」
これを使わなければ生き残れない。ずっと此処で蹲っていたい。何も考えたくない。しかし、このままこの部屋にいれる訳がない。
あの天使の男はそれを認めないだろう。テレビの向こうで死んだあの少女と同じ目にあってしまう。それだけは嫌だった。あんな死に方御免だ。
「ナイフ……」
ともかくあさひは中に何が入っているか確かめるため、鞄の中に手を突っ込む。
ガサゴソと中を漁る。そして見つけたのはそれなりな大きさのナイフであった。御丁寧にホルダーもついている。
おっかなびっくり、それを腰につける。付けたくない、でも襲われたらこれで対処するしかない。
「生きるためには、これを使って……殺さないといけない……」
このゲームで生き残れるのはただ一人。では誰も信用できない? みんな敵?
「嫌だ、まだあたしは歌いたい、声優をやっていたい……! でも……」
あさひは殺す踏ん切りがどうしてもつかない。手が震える。とてもじゃないがこんな様で人を殺すなんて無理だ。
「……このままいたらあの人に殺されちゃう」
ひとまずは思考を打ち切って鞄を掴み、のろのろと動き出す。扉の先には何があるのだろうか。願わくば、安全なるところを。
あさひはそう思いながら扉を潜った。
光の先にあったのは――廊下だった。
一般的な学校の廊下。窓から入ってくる光があさひを照らす。
「ぁ……」
音のない静かな世界。そこにぽつんと存在している自分。
しばらくあさひは何も考えずにただ立っていた。
だがその世界の終焉は早かった。
「ひっ」
トトトと断続的な足音。それが徐々にあさひの方に近づいてくる。
(どうしよう、まだどうしようか何も考えてないのに……隠れないと。落ち着かないと)
途切れ途切れの思考をまとめてどこか隠れ場所がないか探す。
そしてあさひの目についた文字があった。
「資料室……」
ここなら物がいっぱいあって隠れることが容易かもしれない。
そう思って足音の主がここにやってくる前に急いでドアを開けて中へ入った。
「これで、大丈夫かな」
足音が遠ざかる。あさひがいたことには足音の主は全く気づかなかったようだ。
はぁ、とため息をつく。取り敢えずは落ち着くまで此処にずっと隠れていよう、それが一番だ。
そんな逃げの思考をあさひはしていた。
「そうだよ、落ち着くまでずっとここの隅に隠れていれば「あの……」……ぇ……?」
あさひが振り返った先にはバツの悪そうな顔をした一人の少女が立っていた。
「いらっしゃいませ」
「え、あ、あ」
ここには誰もいないという予想が粉々に砕け散ってあさひは思考停止、動き停止。
(人? 同じ参加者? じゃあ敵? 殺す? あ、あたしは)
「えっと、大丈夫ですか?」
少女が人懐っこい笑みを浮かべ近づいてくる。
見る者を落ち着かせるような、太陽のような微笑み。
しかし今のあさひにはそうは見えない。
「こ、来ないでっ!」
あさひは腰につけていたナイフを勢いよく引き抜き、前にへっぴり腰になりながらも構える。
(あの笑みは人を騙す笑みだ。そうだ、ああやってあたしを落ち着かせるようなことをしてから後ろから不意打ちで殺すんだ……!
そうだ、きっとそうだ!信用なんてできない!!!)
「えっと、大丈夫ですよ。私はこんな殺し合いをする気はありませんから」
引き抜かれたナイフを前にしても少女は変わらず微笑みを絶やさない。
あさひは少女が怖かった。なぜ怖がらない? これは殺し合い、他人の寝首をかくことが当然のヴァーリトゥード。
他人と接触することなんて恐怖以外の何物でもないはずだ。
「自己紹介がまだでしたね、私は宮沢有紀寧といいます。貴方の名前は?」
それでも少女――宮沢有紀寧は依然と笑みを見せる。
「……」
「名前ぐらいは教えて欲しいんですけど……ほら! 名前がわからないと呼びにくいじゃないですか」
あさひは有紀寧の言葉に返答せずにただ黙るのみ。相手のペースに乗せられてはだめだ、そうだ優しくして騙そうだなんて。
疑心暗鬼は加速する。
「ね、だから」
「五月蝿い!!! そうやって騙そうとするんでしょう、そうはいきません! あたしは、まだ生きたいんです!
声優の仕事だってまだやりたい!」
涙を流しながらあさひはナイフを握る。握る力が強すぎて掌から血が滲み出すくらいに強く。
「声優、素敵なお仕事だと思います。貴方は大切なものを持っているんですね……羨ましいです」
「……!」
「こんな殺し合いに乗っては駄目です。一緒に協力して何か脱出できる方法でも考えましょう。あの天使の人の思惑に負けないでください」
有紀寧が一歩ずつ近づき、あさひが一歩ずつ下がる。
「や、あっ……!」
「怖がらないで下さい、私は――」
「あ、あああああぁああああああ!」
二人の距離がゼロとなる時、それは起こった。
――ズブリ――
“何か”にナイフが刺さった。
「え……!」
「かっ……はっ」
その“何か”、宮沢有紀寧がゆっくりと仰向けに倒れていく。
あさひには本気で有紀寧を指すつもりなどなかった。ただ威嚇のためにナイフの刃先を前に向けて突き出した、ただそれだけのはずだ。
「あたし……人を、殺しちゃった……!」
力が抜けたのかぺたんとあさひはその場にへたり込む。
有紀寧の腹から流れだす血が辺りを染めていく。
「うっ……」
「ひゃっ……!」
そのまま数分が過ぎ、場に変化がおこった。
倒れたきりに動かなかった有紀寧の体がぴくりと動きを見せ、そのままふらつきながらも上体を起こす。
「ごほっ……あっ……」
ブルブルと震える手で腹に刺さったナイフを少しずつ、ほんの少しずつ引き抜いていく。
抜ききったナイフがカランと音を立てて床に転がった。
「っお……がはっ……!」
有紀寧がゆっくりとあさひの元へ這って進む。そして――
「――――え?」
有紀寧はあさひを力強く抱きしめた。
何が起こったのだろうか、理解ができない。
「だい、じょう、ぶです、こわが、らな、いでくだ、さい。ね?」
「ああ、あ、」
「わた、しのぶ……ごほっごほっ……んま、で、あ、なたは、生きて」
「ま、待って!あたし、貴方にまだ!」
「いい、んです。あや、まらなくても。あな、たは、な、にも、わる、くない。ただ、こわ、がって、いただ、け」
最後に淡く、儚く笑って。宮沢有紀寧は死んだ。死ぬ寸前であったというのに、顔は変わらず笑みを浮かべていた。
静寂。生きているのは血塗れの桜井あさひただ一人。数分前まで生きていた有紀寧はもういない。死んでしまったのだから。
「有紀寧さん、あたし――」
抑揚のない声が血濡れの資料室に響く。
「やっぱり、生きるの無理です」
あさひは床に落ちていたナイフを拾い。
「生きてって言われたけどもう無理です、疲れちゃいました。それにこんな人殺しじゃ、ファンのみんなを笑顔になんてできっこない」
刃の先を胸に向けて。
「ごめんなさい」
突き刺した。
【時間:1日目午後12時30分ごろ】
【場所:E-6 学校 資料室】
桜井あさひ
【持ち物:ボウイナイフ、水・食料一日分】
【状況:死亡】
宮沢有紀寧
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:死亡】
最終更新:2011年08月28日 03:54