キミを泣かせたくないから ◆92mXel1qC6



正直、困ったことになった。
いや、これまでは困ってなかったのかと言われれば、既に困った状況ではあった。
神への反逆を目論でたと思ったら、天使二号みたいなのに殺し合いに放りこまれてた。
この状況を困ったると言わずになんつうか。
けど、それはそれ、これはこれだ。
なんだかんだで非常識なできごと自体には慣れている。
こちとら死後の世界なんていうでっかい非常識を味わった後だ。
今更ちょっとやそっとじゃ動揺しないさ。
どんぱちだって散々経験してんだ。
殺し合いってのはいけすかべえが、それこそ、慌てるようなもんじゃない。

だから、今俺を困らせてるのはもっと別のものなんだ。

「びええええええん、ですの~」

女の子が泣いていた。
俺の目の前で、女の子らしくぺたんと地面に座り込んだ御影すばるが泣いていた。
これが困ったことその1である。
説明はわざわざするまでもないだろう。
女の子が泣いている。
それだけで、世の男性の半分以上にとってはすんげえ困った事態なのである。
正直、どう声をかければいいのか分からない。
俺がいわゆるスケコマシじゃないというのはモチロンのことだけど、それ以上に、正直女の子に泣かれるなんつう状況は未知の未知なんだ。

生前俺は野球一筋で生きてきた……んだと思う。
いまいち記憶が曖昧なところもあるが、少なくとも、それが未練で成仏できないくらいには野球に入れ込んでいた。
年がら年中汗水流して練習していた。
女の子と仲良く和気あいあいと付き合う暇なんて、あるはずがない。

おい、そこ!
青春を棒に振ったとか言うな!
誰が上手いこと言えと言った!
確かに棒は振ってたけど!

かといって死後はというと知っての通りだ。
確かに戦線のメンバーには女の子もいっぱいいるさ。
ただ、そん中に人前で泣くような可愛げのある女の子がいたか?
……いねえ、一人もいねえ。
いやまあ可愛くなかったってわけでもねえんだけどさ、あいつらも。
……可愛く“なかった”ってわけでもない、か。
あーくそ。

と、に、か、く、だ!

話を戻そう。

「そんな、そんな、由宇さんと詠美さんが、びええええええ~~~ん!」

今、俺の前で女の子が泣いている。
俺には別に女を泣かせる趣味なんてないが、それ以前に、女の子が泣いているという状況にかなり参ってた。
困惑してたと言ってもいい。
これまで直面したことのない事態にめちゃくちゃ焦ってる。
ほんとまじでこういう時どうすりゃいいんだ!?
音無、音無ー!
お前、なんか、俺よりは慣れてそうだから助けてくれー!

「ぱぎゅ~! 由宇さんと詠美さんが、死んでしまったなんて、嫌ですの、嫌ですの~!」

……そして、これが困ったことその2だ。
俺には泣いている女の子に胸を貸してやる甲斐性もなけりゃあ、女の子を笑わせる方法も知りやしない。
でもそれ以上に分からないのだ。
知人の“死”を重く捉え、誰にはばかることもなく、素直な想いのままに声をあげて涙し、悲しんでいる奴にどう声をかけていいのかが。
ユイ達が死んだと聞かされても、実感が沸かず、泣けないどころか悲しいかも判別つかない俺には、なんて慰めてやればいいのか分からないのだ。

俺達にとって“死”はあまりにも近すぎた。
自分の“死”に関してはまだいい。
もう死んでんだしと半場自棄気味に意味もなく死に芸をやってみたりもするが、それでも、俺達はSSS――死んだ世界戦線だ。
未練を残して死なねばならなかった運命に激怒し、その怒りを神にぶつけようとしているのだ。
少なくても、これでも俺達はみんな、自分が“死んでしまった”ということは軽く扱ってはいないさ。

けれど。

他人の“死”についてはどうだろうか。
野田が爺さんを殺しちまったことを思い出すまでもない。
言えない。
自分の“死”と同列に扱ってるなんて、口が裂けても言えない。

だってそうだろ?
もし俺達が他人の“死”をも重く扱っているというのなら。
俺達は誰か新しいメンバーがあの世界にやってくるたんびにお通夜ムードになっちまってたはずじゃねえか。
なのに実際はそうじゃなかった。
あの世界に誰かが来るたびに、俺達は、そいつを戦線に勧誘しようとした。
そいつの事情はお構いなしに、ただ自分達の戦力を増やしたいがために、だ。

……あれ?
よく良く考えてみっと、俺達案外、ろくでなしじゃね?
いやいやいや、これはこれで、空気が重くなりすぎないっつう利点もあるんだぜ?
あるんだけどなー、参った。

「びええええええん、びええええええ~~ん!!」

どうしても、いつものように、馬鹿をしようとは思えないんだ。
それはきっと、こいつがあんまりにも当然のように悲しそうに泣くからだ。
本気で泣いたり悲しんだりなんて、俺はいったいいつが最後だったか。
あの夏の日。
俺が死ぬきっかけになったあの日。
飛んでくるボールを取れなかったあの日でさえ、俺は泣けなかった。
ただ呆然としていただけだ。
……思えばあの日から、俺は文字通り、魂を奪われていなたのかもしれない。

その奪われた魂が、今頃になって震えている。
どくん、どくんと。
すばるの嘆きに共感するように震えている。
泣いている。
……泣いている?

「あ……」

頬に手で触れる。
もちろん俺は涙なんて流しちゃいない。
それでも。
理解はできる。
誰かが死んで悲しいという気持ちは理解できる。
理解できるからこそ、巫山戯られない。

「ああ、そっか……」

俺達にとって“死”はあまりにも近すぎた。
“死”に慣れきって、“死”に麻痺してしまっていた。
だけど。
その凍っていたものが俺の中で少しずつ、少しずつ動き始めていた。
もう誰かが死ぬのは見たくないと強い意志で言い切った少女の言葉に。
親しい者の死を前に、感情のままに嘆く少女の涙に。

「誰かが死ぬっつうのは、こういうことなんだよな」

“死”は悲しい。
“死”は人と人を切り裂く。

実を言うと、こと此処に至っても、ユイ達が死んだってことが信じられない俺がいる。
岩沢みたいに成仏ならともかく、幽霊が殺されるってそれこそおかしな話じゃねえか。
実際にこの目で見たわけでもねえのに、納得出来るかっつうの。

ああ、そうだ、そうだよ、俺は、あの天使野郎の言葉は信じられない。
けど、けどな。

御影すばるは信じられる。

こいつは正しい。
正義だとか、正義の味方だとか、恥ずかしげもなく口にしまくるこいつは、ホントの本当に正しいんだ。

“死”を悲しいと想い泣く。
死んだ奴ともう会えないことを寂しがって泣く。

どっからどう見ても、誰がどう聞いても、そいつは正しい感情だ。
正義だ。

だから俺はこいつを信じる。
あのクソったれな放送を信じて泣くこいつを信じて、俺もユイ達が死んだってことにする。
もうあのアホと馬鹿なこともできねえんだなって寂しがったりもする。
そんで、あのアホ達が実は消えてなかったって判明したなら。
そん時は、思いっきり笑えばいい。
騙された俺達アホみてえだなーって笑えばいい。
んなわけないと認めないで、後の本当のこと知って悔やんでやれなかったと後悔するよりは、さ。

「なあ、御影。そいつら、どんな奴だったのか聞かせてもらってもいいか?」
「ぱぎゅ? 由宇さんと詠美さんのことですの?」
「ああ」

なあ、野田。
お前の怒りはもっともだと思う。
俺だって、あの女の物言いにはカチンと来たさ。
狂ってるなんて一言で否定されていいほど、お前やゆりっぺ達を戦いに赴かせた死んでも残る想いは安っぽいものじゃない。
死んじまった俺たちの事をまだ生きていると言い放ったあの女は、分かろうともしてくれなかったと思う。

「えう、ぐす。いいですの。あたしも、お二人のこと、聞いて欲しいですの。由宇さんと詠美さんは、正義の味方ですの」
「正義の味方ってことは、お前みたいに、変な合気道使うのか?」

でもよ。
俺達も分かってなかったんじゃないか。
死んじまってる俺達だからこそ、誰かに死なれちまった奴らのこと、分かろうとしてなかったんじゃないか。
誰かを置いてきぼりにするか、置いてけぼりにできる誰かさえもいなかった俺達だからこそ、遺された奴らの想いを理解してなかったんじゃないか。
理解してたら……殺せねえよ。

「ぱぎゅ~! 変なじゃないですの! 大影流合気術ですのー!
 それに、由宇さんも詠美さんも、格闘術はやってませんでしたの。同人作家さんですの!」

すばるの笑顔が眩しい。
さっきまで泣いてたのに、そいつらを想うと笑わずにはいられないほど、お前はそいつらのことが好きだったんだな。
分かる、分かるよ、分かっちまったらやっぱりだ。

やっぱり俺にはもう、人を殺せない。
人が死ぬのを俺が見たくないって以上に。
誰かが、こいつみたいに泣いてるのを見たくない。
こいつの笑みが曇るのを見たくない。

「作家? それのどこが正義の味方なんだ?」
「自分一人の力には限界がありますの! 
 でも、正義の味方の漫画を書いて、沢山の人に読んでもらえたら、その分だけ、みんなの心に正義が宿りますの!
 それが、すばるの目指す漫画家で、由宇さんと詠美さんはそんな漫画が書けるすごい人でしたの!」

そっか。
ならきっとお前もすごい漫画家になれるよ、すばる。
俺はお前に会えたから、人を殺したくないだなんて、当たり前のことを当たり前のように思えるようになったんだからさ。



……口には出してやらねえけどな。なんか恥ずかしいしよ


【時間:1日目18:20ごろ】
【場所:G-3】


御影すばる
【持ち物:拡声器、水・食料一日分】
【状況:健康】


日向秀樹
【持ち物:コルト S.A.A(0/6)、予備弾90、釘打ち機(20/20)、釘ストック×100、水・食料一日分】
【状況:健康】


:]]|[[時系列順>第ニ回放送までの本編SS :[[]]
125:ただ、御許で、永遠に、咲き誇って 投下順 127:紅い紅い夕陽が沈む中で
076:死と狂いと優しさのセプテット 御影すばる :[[]]
076:死と狂いと優しさのセプテット 日向秀樹 :[[]]


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最終更新:2011年10月05日 19:11