H17.12.22 名古屋地方裁判所 平成16年(行ウ)第86号 消費税更正処分取消等請求事件

 各種織物の製造・販売業等を営む原告が,消費税法57条所定の第一種事業に該当することを前提として同法37条所定の簡易課税制度選択届出書を提出した後に第三種事業に該当することが判明したとして,上記届出書の取下げあるいは撤回を求めた上,実額による仕入税額控除の方法で確定申告をしたのに対し,被告が第三種事業としての簡易課税制度の適用を前提とした課税処分をした事案について,原告が,その事業を第三種事業に区分する通達に合理性がないこと,上記届出書の提出が錯誤により無効であることを主張してその取消しを求めたが,被告の処分に違法はないとして棄却した事案


平成17年12月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(行ウ)第86号 消費税更正処分取消等請求事件
口頭弁論終結日 平成17年10月13日
判決
主文
  1 原告の請求を棄却する。
  2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の請求
  被告が,平成15年6月18日付けでした原告の平成13年9月1日から平成14年8月31日までの課税期間における消費税及び地方消費税の更正処分のうち,消費税額51万0900円及び地方消費税額12万7700円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,各種織物の製造・販売業等を営む原告が,消費税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下「法」という。)37条所定の簡易課税制度選択届出書を提出したものの,その後に,同届出書の提出は,上記事業(製造問屋)が消費税法施行令(以下「施行令」という。)57条所定の第一種事業(卸売業)に該当するとの認識で行ったものであるが,消費税法基本通達(以下「基本通達」という。)では第三種事業(製造業)として取り扱われていることを知るに至ったとして,その取下げないし撤回を申し入れた上,法30条以下の定める実額による仕入税額控除の方法で確定申告したところ,被告から,第三種事業としての簡易課税制度の適用を前提とした課税処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,①原告の事業を第三種事業(製造業)に区分する基本通達が不合理なものであること,②上記届出書の提出は,原告の事業区分に関する代理人税理士の錯誤に基づくものであって,無効ないし撤回済みであることを理由に,その取消しを求めた抗告訴訟である。
1 前提事実(争いがない事実及び証拠により容易に認定できる事実)
(1) 原告の事業内容
原告は,肩書地で各種紡績糸,各種編・織物の製造・加工の仲介及び販売並びに時計,貴金属及び眼鏡の販売等を目的とする株式会社であり,主に柔道着のいわゆる製造問屋としての事業(販売先からの注文を受けて原材料を購入し,これを下請加工させて完成させ,納入する事業。以下,原告のそれを「本件事業」という。)を営んでいる。
(2) 原告による簡易課税制度選択届出書の提出
原告は,平成13年8月30日,補佐人税理士を代理人として,被告に対し,同年9月1日から平成14年8月31日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)について,法37条1項に規定する簡易課税制度選択届出書(以下,原告が提出したものを「本件届出書」という。)を提出した。
その際,原告は,本件届出書の「事業の内容」欄に「織物卸売,時計貴金属小売」と記載し,また,「事業区分」欄に「第一種および第二種」と記載した(甲1)。
(3) 原告らによる本件届出書の取下げ願い
原告は,平成13年11月9日,被告に対し,簡易課税制度上,本件事業が第一種事業としての取扱いが受けられるものと考え,本件届出書を提出したが,その後,第三種事業として取り扱われることを知ったので,本件届出書の取下げを承認されたい旨記載された「嘆願書」を提出し,同時に,代理人である補佐人税理士も,被告に対し,同税理士が本件届出書を提出するに当たって,本件事業が第一種事業に区分されると誤解した経緯や取下げが認められるべき根拠等について説明した「『嘆願書』提出に際してのお願い」と題する書面を提出した(甲2,3)。
(4) 原告による消費税等の申告及び被告による本件処分
原告は,平成14年10月30日,本件課税期間の消費税等について,簡易課税制度ではなく,法30条以下の定める実額による仕入税額控除(本則課税)を行い,納付すべき消費税額51万0900円,同譲渡割額12万7700円とする確定申告を行ったところ,被告は,平成15年6月18日,本件事業を第三種事業として簡易課税制度を適用し,本件処分を行った(甲4)。
これを不服とした原告は,同年8月4日,異議申立てをしたが,被告は,同年10月31日,これを棄却するとの決定をした。さらに原告は,同年11月13日,審査請求をしたが,国税不服審判所長も,平成16年11月1日,これを棄却するとの裁決をした(甲5ないし9)。以上の経緯は,別表1の当該欄に記載のとおりである。
そこで,原告は,同年12月28日,本訴を提起した。
(5) 関係法令の抜粋
ア 施行令
(中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例)
57条 次項及び第3項に定めるもののほか,法第37条第1項に規定する政令で定める事業は,次の各号に掲げる事業とし,同項に規定する政令で定める率は,当該事業の区分に応じ当該各号に定める率とする。
1 第一種事業 100分の90
2 第二種事業 100分の80
3 第三種事業 100分の70
4 第五種事業 100分の50
(中略)
⑤ 前各項において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。
1 第一種事業 卸売業をいう。
2 第二種事業 小売業をいう。
3 第三種事業 次に掲げる事業(前2号に掲げる事業に該当するもの及び加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業を除く。)をいう。
イ 農業
ロ 林業
ハ 漁業
ニ 鉱業
ホ 建設業
ヘ 製造業(製造した棚卸資産を小売する事業を含む。)
ト 電気業,ガス業,熱供給業及び水道業
4 第五種事業 次に掲げる事業(前3号に掲げる事業に該当するものを除く。)をいう。
イ 不動産業
ロ 運輸通信業
ハ サービス業(飲食店業に該当するものを除く。)
5 第四種事業 前各号に掲げる事業以外の事業をいう。
(中略)
⑥ 前項第1号の卸売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に対して販売する事業をいうものとし,同項第2号の小売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する事業で同項第1号に掲げる事業以外のものをいうものとする。
イ 基本通達(平成7年課消2-25ほか)
(性質及び形状を変更しないことの意義)
13-2-2 令第57条第5項第1号に規定する第一種事業(卸売業)及び同項第2号に規定する第二種事業(小売業)は,同条第6項の規定により「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する事業」をいうものとされているが,この場合の「性質及び形状を変更しないで販売する」とは,他の者から購入した商品をそのまま販売することをいう。
なお,商品に対して,例えば,次のような行為を施したうえでの販売であっても「性質及び形状を変更しないで販売する」場合に該当するものとして取り扱う。
(1) 他の者から購入した商品に,商標,ネーム等をはり付け又は表示する行為
(2) 運送の利便のために分解されている部品等を単に組み立てて販売する場合(以下略)
(3) 2以上の仕入商品を箱詰めする等の方法により組み合わせて販売する場合の当該組合せ行為
(製造業等に含まれる範囲)
13-2-5 次の事業は,第三種事業に該当するものとして取り扱う。
(1) 自己の計算において原材料等を購入し,これをあらかじめ指示した条件に従って下請加工させて完成品として販売する,いわゆる製造問屋としての事業
なお,顧客から特注品の製造を受注し,下請先(又は外注先)等に当該製品を製造させ顧客に引き渡す事業は,顧客から当該特注品の製造を請け負うものであるから,原則として第三種事業に該当する。
(以下略)
2 本件の争点
(1) 製造問屋を第三種事業に区分している基本通達13-2-5(1)(以下「本件通達」という。)は,合理性を有するか。
(2) 本件届出書の提出行為は,錯誤等により無効か。
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(製造問屋を第三種事業に区分している本件通達は,合理性を有するか)について
(被告の主張)
ア 本件通達の合理性
(ア) 簡易課税制度における事業区分の趣旨
簡易課税制度において,事業区分ごとにみなし仕入率(仕入率とは,課税標準額に対する消費税額(売上税額)に占める課税仕入れ等に係る消費税額(仕入税額)の割合をいう。)が設定されているのは,具体的な事業者の個別性による差異を捨象し,当該事業の一般的な課税仕入れの態様に応じて類型化された事業区分と,それぞれの事業区分に対応するみなし仕入率を定めることによって,事業者が簡易に仕入れに係る消費税額を算定することを可能とするためである。
(イ) 第三種事業のみなし仕入率と第一種事業及び第二種事業のみなし仕入率の比較
みなし仕入率は,第一種事業が90パーセント,第二種事業が80パーセント,第三種事業が70パーセントと定められているところ,このように分類された理由は,第一種事業である卸売業や第二種事業である小売業では,譲渡される課税資産には何ら加工等の付加価値が付されないので,一般的に課税資産の譲渡額における仕入額の占める割合が高くなり,その結果,仕入率も高くなるのに対し,製造業などの第三種事業では,仕入れた資産に加工等の付加価値が付されるため,一般的に課税資産の譲渡額における仕入額の占める割合が,卸売業や小売業に比べれば低くなるから,その結果,仕入率も低くなることにある。
(ウ) 製造問屋を第三種事業に分類することの合理性
製造問屋は,自ら材料を仕入れた上で,下請業者に指示をして加工させ,加工された製品を販売する事業であることから,加工された製品を販売するときが課税資産の譲渡に該当するところ,その課税資産の譲渡の対価には,原材料の仕入れ以外に,下請の加工賃等が反映されることとなる。
そうすると,製造問屋における課税資産の譲渡の対価には,加工という付加価値が反映されていることになるから,仕入率は,一般的に,第一種及び第二種事業と比較すると低いと考えられ,他方,第四種事業である飲食店,金融・保険業等と比較すると,高いと考えられる。
したがって,製造問屋を第三種事業に区分することは合理的であり,本件通達には合理性がある。
イ 本件事業の第三種事業該当性
施行令57条6項は,「前項第1号の卸売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に対して販売する事業をいうものとし,同項第2号の小売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する事業で同項第1号に掲げる事業以外のものをいうものとする。」と定義しているところ,本件事業は,主として柔道着の生地の注文を受けた後,①糸の仕入れ,②機屋での生地の織り込み,③整理屋での巻き取り,④運送業者による発注者への納品を行うものであり(材料及び製品は業者間で直接受け渡しされている。),上記の「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで……販売する事業」に当たらないことが明らかである。
そして,本件事業は,顧客からの受注に基づき,下請先に製品を製造させて顧客に納品する事業であると認められるので,本件通達にいう「顧客から特注品の製造を受注し,下請先(又は外注先)等に当該製品を製造させ顧客に引き渡す事業」として製造問屋に該当する。
ウ 原告の主張に対する反論
原告は,①施行令57条6項の「その性質及び形状を変更しないで」の主語は当該事業者自らとなるべきであるから,自らは全く製造しない製造問屋は同項の要件を満たすこと,②相続税法その他の租税法においては,製造問屋を卸売業としていること,③他の事業者において製造された完成品を,自己の仕入れた商品として,他の事業者に販売する製造問屋は明らかに卸売業に当たることなどを理由に,製造問屋を製造業に区分する本件通達には合理性がなく,本件事業は卸売業に区分されるべきである旨主張する。
しかし,①については,簡易課税制度における事業区分ごとのみなし仕入率は,当該事業の課税資産の譲渡等の対価において仕入額の占める割合が高いかどうかに着目されて設定されたものであり,事業者が製造をしたか下請業者が製造をしたかは問題となる余地がない。しかるところ,製造問屋における課税資産の譲渡,すなわち完成した製品の受注者への販売における対価においては,原材料の仕入額のみならず,付加価値,すなわち下請への加工賃が反映されることは明らかであり,そのような付加価値が一切考えられない卸売業とは明らかに異なっている。
また,②については,取引相場のない株式の評価方式における類似業種比準法は,製造問屋を卸売業としているものの,これは多種多様な相続財産についての課税の統一・公平を図るために定められた財産評価基本通達の一つであり,事業内容に応じた課税仕入額を算出するために設けられた簡易課税制度における事業区分とは性格が異なる。かえって,法人税法における貸倒引当金の計算における特例措置においては,簡易課税制度と同様に製造問屋を製造業として扱っている(租税特別措置法通達57の9-5)。
さらに,③については,原告は,原材料である糸を仕入れてその所有権を取得している以上,これを下請業者が加工しても所有権は原告に帰属していることとなるから,加工された商品を再び原告が仕入れるなどと構成することはできない。
(原告の主張)
被告の主張は争う。
製造問屋を第三種事業(製造業等)に区分している本件通達は,実態に合わない不合理なものであり,原告の事業は,第一種事業(卸売業)に区分されるべきである。
ア 本件通達の不合理性
(ア) 施行令57条5項,6項との矛盾
施行令57条5項において,第一種事業は卸売業と定められ,同6項において,卸売業とは,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に対して販売している事業をいうとされているところ,かかる規定によれば,自ら製造行為を行わない製造問屋は,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売しているのであるから,卸売業にほかならない。しかるに,本件通達は,製造問屋を第三種事業として取り扱うこととしているから,施行令57条5項,6項と矛盾しており,合理性を欠くものである。
確かに,事業者に雇われた者が,事業者の指揮命令に従って製造行為をなす場合は,当該事業者自ら製造したもの,すなわち製造業ということができる。しかし,製造問屋は,製造要員を擁しておらず,製造を,当該事業者の指揮監督下にはない独立した他の事業者に発注しており,このように,事業者間の契約に基づいて製造されるような場合までをも製造業とみなすのであれば,自ら製造行為を行わない卸売業,小売業も,すべて製造業とみなすことができることになってしまい,不合理であることは明らかである。
原告は,材料費及び加工費を支払って織布としての完成品を仕入れ,自らは,その性質及び形状を変更することなく他の事業者に販売しているから,施行令57条5項,6項によれば,卸売業に区分されるものであって,これを第三種事業である製造業に区分している本件通達は,合理性がない。
(イ) 日本標準産業分類での扱い
複雑多岐にわたる業種分類に関し,社会通念を形成するものと考えられる日本標準産業分類は,製造問屋につき,「自らは製造を行わないで,自己の所有に属する原材料を下請工場などに支給して製品をつくらせ,これを自己の名称で卸売するもの」と定め,卸売業に分類している。
しかし,本件通達は,日本標準産業分類の上記要件のうち,「自らは製造を行わないで」,「自己の名称で卸売する」との部分を削除し,新たに「あらかじめ指示した条件に従って」という要件を加えるなど,日本標準産業分類とは異なる定義を用いて,本来卸売業に区分されるべき製造問屋を製造業として扱うこととしているが,このような取扱いは,社会通念や製造問屋の経済実態を無視したものであり,法37条1項,施行令57条5項の趣旨に反する。
(ウ) 他の租税法分野における扱い
本件課税期間当時,課税庁が法人税の確定申告書用紙に同封して配布する法人事業概況説明書は,卸売業,製造業・修理業,建設業等,業種別に12の書式に分かれていたが,卸売業を対象とした同説明書の記載項目には,卸売業の売上原価に「仕入高」,「外注費」という項目が設けられていたのに対し,製造業を対象としたものには「工員」及び「機械装置」などの項目が設けられていたことに照らすと,課税庁は,技術者や工員,機械装置などを有せず,自ら製造行為を行っていない事業者については,他人に加工してもらう事業者も含めて,製造業として把握せず,卸売業と考えていたことが明らかである。
また,相続税・贈与税につき,取引相場のない株式の財産評価をするに当たって用いられる類似業種比準法は,日本標準産業分類に従って,製造問屋を卸売業として扱っている。
(エ) 事業区分によるみなし仕入率の差異の根拠
消費税の簡易課税制度が,事業区分により異なるみなし仕入率を採用しているのは,各業種によって,課税売上高に対する課税仕入額の割合が異なるからである。
すなわち,第一種事業である卸売業では,業者を相手に販売行為を行っており,一般消費者への販売と比較して,販売数量がまとまっており,取引も反復継続して行われることが多いため,販売員一人当たりの売上高が大きくなるのに対し,売上利益率は比較的低くなるため,みなし仕入率を90パーセントと高く設定しているものと考えられる。他方,第三種事業である製造業では,原材料に付加価値を加えるべく,不動産や機械などの製造設備,作業員などの製造要員を一定の規模で充実させる必要があり,これらの固定費を負担することが可能となる利益率を確保しなければならないことと,受注の有無によって稼働率が変動することから,高い売上利益率を確保しなければ事業が成立しないこととなる。そのため,みなし仕入率は卸売業と比較してより低い70パーセントと設定されていると解される。
そうすると,原告のように,製造設備を有せず,自ら製造を行わずに他の製造業者に製造・加工を発注し,完成品を仕入れるだけの事業者には,完成品の付加価値が帰属しないから,製造業としてのみなし仕入率を適用するのは,経済的に不合理である。
イ 本件事業の第一種事業該当性
(ア) 本件事業の実態
原告は,工場や製造設備,製造要員を一切持たず,自らは一切の製造行為を行っていない。原告が扱う商品は織布であり,基本的には,販売先から注文を受けると,その注文内容どおりの糸を糸問屋に発注し,同時に機屋や撚糸の加工先にも加工を発注する。これらの発注は,販売先からの受注どおりの織布を仕入れるための一連の取引行為にすぎない。このような原告の取引実態は,単一メーカーから商品を仕入れ,これを小売業者に卸すのと何ら異ならず,卸売業そのものである。原告の仕入原価を,材料費と外注費に分類することもできるが,外注費も含めて仕入勘定で会計処理しており,このような取扱いは,卸売業としての一般的な決算内容に符合している。
(イ) 被告による従前の扱い
被告は,毎年,原告に対して,卸売業を対象とする法人事業概況説明書を郵送してきたが,このことは,被告も本件事業を卸売業と考えていた証左である。
ウ 被告の主張に対する反論
被告は,第三種事業のみなし仕入率が,第一種事業及び第二種事業と比較して低くなっているのは,課税資産の譲渡に付加価値が反映されているからであると主張する。
しかし,原告は,製造・加工のために給与等を支払っているものではない。下請業者の加工の対価は,生地の仕入価格の一部を構成しており,課税仕入れに該当するものであるから,付加価値が原告に帰属することはない。実際にも,原告の仕入率は90パーセントを超えるか,これと同水準となっており,まさに卸売業の場合の比率そのものであることからしても,被告の主張には理由がない。
(2) 争点(2)(本件届出書の提出行為は,錯誤等により無効か)について
(原告の主張)
本件届出書の提出行為は,錯誤に基づくものとして無効であり,あるいは撤回済みであるから,被告は本則課税に基づいて課税すべきである。
ア 簡易課税制度選択届出に対する民法(平成16年法律第147号による改正前のもの。以下同じ。)95条の適用
消費税の簡易課税制度は,その適用を事業者の選択にゆだねているところ,これは,私人の意思を尊重することを認めたものである。したがって,上記届出書の提出は,公法上の行為ではあるが,私人の意思を尊重する必要性の高い行為であって,しかも,これが錯誤によって無効になったとしても,当事者以外の一般人に影響を及ぼすものではない。
また,錯誤の主張を認めるか否かは,究極的には立法政策の問題であって,法律が,私人のした公法上の行為の是正又は撤回を,専ら特別な制度によってのみ可能と規定している場合には,原則として錯誤の主張を認めないと解されるが,簡易課税制度選択届出書の提出については,消費税法は,その撤回の制度を設けていないから,民法上の錯誤に臨機応変に対処しようとしていると解される(最高裁昭和39年10月22日第一小法廷判決・民集18巻8号1762頁。以下「昭和39年最判」という。)。
さらに,簡易課税制度選択届出書の提出について錯誤の適用を認めなければ,更正の請求を行うことによって一定の期間内は是正できる機会を設けている納税申告の場合との均衡を失することとなり,不合理である。
したがって,簡易課税制度選択届出書の提出についても,民法95条の適用を認めるべきである。
イ 原告の錯誤に基づく本件届出書の提出
(ア) 事業区分に関する錯誤
原告らは,日本標準産業分類によると本件事業が卸売業に該当することから,消費税法上も第一種事業に区分されると判断し,その旨申告して本件届出書を提出したが,後日,本件通達によると,第一種事業ではなく,製造問屋として第三種事業に区分されることが判明した。
仮に,当初第一種事業と考えていた自己の事業が第三種事業に該当するものであることを知っていれば,原告は本件届出書を提出せず,また,提出しないことが社会通念上相当と認められるから,上記錯誤は,法律行為(公法行為)の要素の錯誤というべきである。
(イ) 動機の表示
本件は,本件届出書の提出に至る原告の意思表示の形成過程に,動機の錯誤があったものであるが,このような場合であっても,それが相手方に表示されておれば,その信頼を保護する必要はないから,無効を来すと解されている。ところで,本件届出書の提出のように,受理段階で課税庁側が動機の表示を受ける体制になっていない場合には,動機を表示すべき時期を,届出の時点とすべきではなく,表意者において錯誤に気付いた時点とすべきである。
しかるところ,原告は,平成13年8月30日に本件届出書を提出した後,このような錯誤に気付き,同年11月9日,直ちに被告に嘆願書などの文書を提出し,その撤回を求めているから,この時点で被告としても原告の錯誤を知り,錯誤の解消に向けた対応を取ることが十分に可能であったから,動機は相手方に表示されたものというべきである。
(ウ) 重過失の不存在
被告は,原告の主張する錯誤には,代理人である補佐人税理士の重過失があると主張する。
しかし,前記のとおり,製造問屋に区分されている本件事業の内容は,消費税法以外の法人税法,相続税法等の領域では卸売業と扱われており,これを製造業とする本件通達の取扱いは例外的であって不合理なものである。また,産業区分の社会通念ともいうべき日本標準産業分類においても,製造問屋は卸売業として区分されている。
このようにしてみると,租税の専門家である税理士といえども,すべての通達に精通することは不可能というほかなく,ましてや,上記のとおり,不合理な内容の通達を一度失念し,その発見が1,2か月後となったとしても,注意義務を著しく欠いていたということはできないから,補佐人税理士に重過失はない。
(被告の主張)
原告の主張は否認ないし争う。
ア 簡易課税制度における錯誤主張の制限
(ア) 簡易課税制度の趣旨
簡易課税制度は,中小事業者の消費税等の納税事務の負担軽減を図る趣旨から設けられたものであって,納付すべき税額の軽減を図るために設けられた制度ではない。
また,法37条3項,4項は,いったん,事業者が簡易課税制度選択届出書を提出し,簡易課税制度を選択した以上,基準期間における課税売上高が2億円以下の課税期間である限り,最低2年間は継続して簡易課税制度の適用を受けなければならず,その適用を受けることをやめるためには,簡易課税制度選択不適用届出書を提出しなければならないと定めており,その趣旨は,納税者が,簡易課税と本則課税を恣意的に選択することによって,租税回避行為の誘引となることを防止することにある。
(イ) 錯誤主張の制限
上記のような簡易課税制度の趣旨・目的,簡易課税制度選択不適用届提出制度の存在とその制約等を考慮すると,法は,いったん簡易課税制度を選択する旨届け出た中小事業者が,これを取りやめるためには,一定期間経過後の不適用届の提出によるとの立法政策を採用しているものであり,民法上の錯誤の主張等により,選択届出の効力を否定することは安易に認められるべきではない。
この点につき,原告は,昭和39年最判を援用した上,本件届出について錯誤を認めなければ,一定期間において更正の請求が認められている納税申告の場合と均衡を失するなどと主張する。
しかし,上記最高裁判決は,私人の行政上の届出等の行為について錯誤の主張が認められるかどうかは制度の趣旨・内容にかんがみて判断されるべきであると判示しているにすぎず,法が特別の救済制度を設けていなければ直ちに錯誤の主張を許すとしているものではない。そして,納税申告においては,申告すべき内容が多岐にわたり,毎年度の申告が義務付けられているのに対し,簡易課税制度選択届出書の提出では,その内容が簡易課税制度を選択するとの意思表示に尽きているばかりか,納税申告のような義務は全くなく,納税者の自由な選択にゆだねられていることからすると,前者において,過誤を訂正する更正の請求の機会がある一方,後者にそのような機会がないことが,明らかに均衡を失しているとまではいえない。
イ 本件における錯誤無効の不成立
(ア) 意思表示における要素の錯誤の不存在
原告は,本件事業が第一種事業に該当すると判断し,本件届出書を提出したが,本件通達によれば第三種事業に該当することが判明したため,動機の錯誤があり,かつ,その動機は表示されていたなどと主張する。
しかし,簡易課税制度の選択において,納税者がする意思表示は,簡易課税制度の適用を受けるか否かの意思表示に尽きるのであって,当該事業が第一種事業であるか第三種事業であるかについては,意思表示の内容ではない。このような事業区分は,最終的には,税務署長が,申告後の適用年度において実際に営まれた納税者の事業の実態から法令に従って判断するものであって,届出時の納税者の意図とは無関係である。
したがって,原告が提出した本件届出書に第一種事業との事業区分が記載されていたからといって,第一種事業としての簡易課税制度の適用を受けるということが意思表示の内容となっていたと認めることはできないから,民法上の錯誤の規定の適用は認められない。
(イ) 重過失の存在
一般に代理行為における意思表示の瑕疵の有無は,代理人において判断すべきとされているところ,原告の代理人である補佐人税理士が本件届出書を提出しているから,その過失の程度は,同税理士において判断されるべきである。
そして,税理士が税法における専門家である以上,同人の過失の有無及び程度は,一般水準の税理士として通常払うべき注意を尽くしたかどうかによって判断されるべきところ,本件において,補佐人税理士は,消費税関係法令や基本通達を検討すれば容易に判明する本件事業の事業区分を見落とし,本件届出書の提出後に誤りに気付いて,約2か月後に嘆願書等を提出しているのであって,税理士として通常払うべき注意義務を怠ったことは明らかであるから,重大な過失があったというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(製造問屋を製造業に区分している本件通達は,合理性を有するか)について
(1) 簡易課税制度について
ア 簡易課税制度の導入と改正の経緯
簡易課税制度は,納付すべき消費税等の税額の計算上,税負担の累積を防止する観点から課税仕入れによる税額控除を要するため,消費税等の創設当初(昭和63年法律第108号)から,中小事業者が複雑な税務会計処理を負担することを回避するための制度として導入されたものであり,当初は,基準期間の課税売上高が5億円以下の事業者に,売上げに係る税額の80パーセント(卸売業の場合は90パーセント)相当額を仕入税額とみなして控除することを認めていた。
しかし,導入当初の簡易課税制度が,事業の種類と規模によって異なるはずの仕入率を一律に設定することで,実際の仕入率が80パーセント未満の事業者に益税効果が生じる結果となったため,かかる不合理を解消すべく,平成3年には,事業区分を4種類に分類し,事業の種類により,みなし仕入率を90パーセント,80パーセント,70パーセント及び60パーセントの4段階に細分化する内容に改正され(平成3年法律第73号),さらに,平成6年には,みなし仕入率を50パーセントとする事業区分を追加することにより,事業区分とこれに対応するみなし仕入率を5種類に分類する内容の改正が行われた(平成6年法律第109号)。
イ 簡易課税制度の内容
消費税等の税額は,課税標準額を計算し,これに税率を乗じて計算した売上税額から,仕入税額のほか各種の控除を行って算出する。簡易課税制度は,以下のとおり,中小の事業者が,仕入税額控除を簡便な方法により行うために設けられた制度である。
(ア) 売上税額の計算
売上税額は,事業者が,課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等の対価の額の合計額(課税標準額)を計算し(法45条1項1号,28条1項),これに4パーセントの税率を乗ずることによって算出される(法29条)。
(イ) 実額による仕入税額控除
次に,売上税額から,仕入税額の控除を行うが,法は,仕入税額控除の方法として,本則課税による控除(実額による控除)を原則としている(法30条以下)。これは,課税期間における売上税額から,その期間中の実際の仕入税額を控除するものである(法30条1項)。
(ウ) 簡易課税制度による仕入税額控除
これに対して,基準期間における課税売上高が2億円以下の事業者は,簡易課税制度を選択することができる。これによれば,売上税額の一定割合(みなし仕入率)を仕入税額とみなすことになり(法37条),仕入税額に関する複雑な会計処理や計算を行うことなくして売上税額のみから税額を算出できることになる。
そして,みなし仕入率は,第一種事業(卸売業)については90パーセント,第二種事業(小売業)については80パーセント,第三種事業(農・林・漁業,鉱業,建設業,製造業,電気・ガス・熱供給業,水道業)については70パーセント,第四種事業(第一種,第二種,第三種及び第五種以外の事業)については60パーセント,第五種事業(不動産業,運輸通信業,サービス業(飲食店業に該当するものを除く。))については50パーセントと定められている(法37条1項,施行令57条1項,5項)。
(エ) 簡易課税制度選択届出書
簡易課税制度の適用を望む事業者は,その納税地を所轄する税務署長に対し,その基準期間における課税売上高が2億円以下である課税期間について簡易課税制度の適用を受ける旨を記載した届出書を提出することによって,当該届出書を提出した日の属する課税期間の翌課税期間以後の課税期間について,簡易課税制度を選択することができ,課税売上税額の一定割合(みなし仕入税率)が仕入税額とみなされることになる(法37条1項)。
そして,消費税法施行規則17条1項によれば,簡易課税制度選択届出書には,①届出者の氏名又は名称及び納税地,②届出者の行う事業の内容及び施行令57条5項1号ないし5号に掲げる事業の種類,③法37条1項に規定する翌課税期間の初日の年月日,④③の翌課税期間の基準期間における課税売上高,⑤その他参考となるべき事項を記載しなければならない。
(オ) 簡易課税制度の不適用を求める場合の手続
いったん,簡易課税制度選択届出書を提出した事業者は,法37条1項の規定の適用を受けることをやめようとするとき又は事業を廃止したときは,その旨を記載した届出書(簡易課税制度選択不適用届出書)をその納税地を所轄する税務署長に提出しなければならず(法37条2項),その提出があったときは,その提出があった日の属する課税期間の末日の翌日以後は,法37条1項の規定による届出は,その効力を失う(同条4項)。そのため,簡易課税制度不適用届出書は,簡易課税制度の適用を受けることをやめようとする課税期間の初日の前日までに提出しなければならないことになる。
さらに,簡易課税制度選択届出書を提出した事業者は,事業を廃止した場合を除き,法37条1項に規定する翌課税期間の初日から2年を経過する日の属する課税期間の初日以後でなければ,簡易課税制度選択不適用届出書を提出することができないこととされている(法37条3項)。
ウ 製造問屋の事業区分について
施行令57条5項は,卸売業を第一種事業,小売業を第二種事業,製造業などの事業を第三種事業に区分し,同条6項は,卸売業及び小売業に共通する事業内容を,「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売すること」としている。
そして,このような施行令57条5項,6項の規定を受けて,基本通達13-2-2は,上記「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する」とは,他の者から購入した商品をそのまま販売することをいうと定め,本件通達は,自己の計算において原材料等を購入し,これをあらかじめ指示した条件に従って下請加工させて完成品として販売する,いわゆる製造問屋としての事業を,第三種事業に該当するものとして取り扱うこととしている。
(2) 簡易課税制度における事業区分の合理性について
以上のとおり,簡易課税制度は,中小事業者が,自らの行う課税資産の譲渡等の対価の額に対し,あらかじめ定められた事業区分に対応するみなし仕入率を適用することにより,複雑な計算をすることなく,仕入税額を控除することができる仕組みであるが,もともと,この社会に存在するあらゆる事業形態を,その実態に即して詳細に区別した上で,それぞれに符合するみなし仕入率を定めることが不可能であることは明らかである。
そのため,過去2回にわたる法改正によって,益税効果を防止すべく簡易課税制度における事業区分が細分化されてきた経緯があるとはいえ,実態調査の結果等を踏まえて,課税売上高に占める課税仕入金額の割合において顕著な差異があると認められる主要な事業類型ごとに区分され,これに対応するみなし仕入率が定められたものである以上,その類型に収まらない個々の事業の個別性,特殊性が捨象されることは避け難く,その結果,第一種事業から第五種事業までの5種類の事業区分とこれに対応するみなし仕入率が,当該事業者の現実の仕入率とそごすることがあるとしても,これは,実額によらず仕入税額控除を可能にする簡易課税制度が当然に予想している事態であって,これをもって事業区分とみなし仕入率が不合理であるということはできない。
そして,上記のようなそごのために,簡易課税制度を選択した事業者が税額上の不利益を被ることがあったとしても,そもそも本則課税によって仕入税額を控除するか,簡易課税制度を利用するかは,当該事業者が,会計処理上の事務負担や自己の事業形態・現実の仕入率などを総合的に考慮した上で自由に選択することが可能であることに照らすと,上記のような不利益は,簡易課税制度を選択した事業者において甘受すべきものであって,このことが事業区分とみなし仕入率の合理性の有無を左右するものではない。
(3) 本件通達が製造問屋を第三種事業に区分することの合理性について
ア 本件通達は,いわゆる製造問屋としての事業を,第三種事業に該当するものとして取り扱うこととしているところ,製造問屋は,自己の計算において,購入した原材料を加工業者に支給して指示どおりに加工させ,完成品を顧客に納入する形態の事業者であって,自ら加工,製造を行うわけではないものの,購入した原材料から製品が完成し,これを顧客に納入するまでの一連の過程を自己の計算において企画,指図していることに照らすと,一般的には,購入した商品をそのまま納入する卸売業及び小売業と比較して,課税売上高に占める課税仕入金額の割合が小さくなると考えられるから,製造問屋を第三種事業に区分し,卸売業及び小売業よりも低いみなし仕入率を適用することとした本件通達は,施行令57条5項,6項の解釈基準として不合理であるとはいえない。
イ この点について,原告は,①自ら製造行為を行わない製造問屋を製造業として第三種事業に区分する本件通達は,他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に販売する事業を卸売業等と定める施行令57条5項,6項と矛盾すること,②製造問屋の事業においては,完成品の付加価値が事業者に帰属しないのに,これを製造業に区分するのは経済的合理性に欠けること,③本件通達は,製造問屋を卸売業に区分する日本標準産業分類と異なる区分をしており,社会通念に反すること,④本件通達は,製造問屋を卸売業とする他の租税法(法人税,相続税・贈与税)分野と異なる不合理な内容であることなどを理由として,本件通達が不合理であると主張する。
しかしながら,①及び②については,施行令57条5項,6項の趣旨に照らせば,第一種事業及び第二種事業の最大の特色は,当該商品に特段の付加価値が加えられていない点にあると考えられるところ,製造問屋のように,事業者自らでなく,他の者によって製造・加工行為を行っているとしても,商品に製造行為による付加価値が加えられたことに変わりがないから,これを第一種事業に区分しない本件通達は,上記施行令と矛盾するものとはいえない。もっとも,他の者によって製造・加工行為がなされた場合,かかる役務の提供も消費税の課税対象となり得るが,上記のように,製造問屋においては,原材料の納入から完成品の引渡しまでの一連の過程を自己の計算において企画,指図しているのであって,当該商品の付加価値は,消費税等の課税対象とならないこのような企画,指図行為によっても生ずることは否定できない。そして,当該商品の付加価値のうち,事業者自身の企画・指図行為によってもたらされるものの割合は,具体的な事業の形態等によって千差万別であると考えられるところ,簡易課税制度における事業区分は,上記のとおり,個々の事業が有する個別性,特殊性を捨象しつつ,近似した仕入率にあると考えられた事業を類型化したものであるから,上記の点を考慮して製造問屋を一律に第三種事業に区分した本件通達が不合理であるとはいえない。
また,③及び④については,日本標準産業分類が事業区分の分類において一定の基準としての役割を果たしていることは否定できないが,これは専ら各種統計上の指標として作成されたものであり,上記のような簡易課税制度の趣旨からすれば,同制度における事業区分が必ずしも日本標準産業分類における事業区分と一致するよう分類されなければならないものでもない。また,各租税法の趣旨・目的ごとに事業区分等が定められることは,むしろ上記趣旨・目的を適正に反映した結果と考えられるから,他の租税法分野において,製造問屋を製造業として第三種事業に区分する本件通達と異なった扱いがされているからといって,直ちに本件通達が不合理であるとはいえない。
ウ さらに,原告は,販売先から注文を受けると糸問屋に発注し,機屋や撚糸業者に加工を発注するという本件事業は,その実態において,他の業者から完成品である織布を仕入れ,これを顧客に販売するのと同じであり,卸売業と何ら異ならないこと,被告からも,卸売業を対象とする法人事業概況説明書の郵送を受けてきたことなどを主張する。
そこで検討するに,前記前提事実に証拠(甲17)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,柔道着の生地を受注すると,まず,その原材料となる糸を糸問屋(服部猛株式会社)から購入し,同時にこれを受注内容どおりの生地に加工するよう機屋(水山織布)や撚糸業者(小田忠撚糸)などの複数の加工業者に必要な加工作業を発注し,最終加工業者から完成品を発注元へ搬送させており,発注元からは完成品の代金を収受し,加工業者には加工賃を支払っていること,原材料や製品は,原告の手を経ることなく業者間で直接授受されること,以上の事実が認められ,これによれば,原告の事業内容が,自己の計算において原材料等を購入し,これをあらかじめ指示した条件に従って下請加工させて完成品として販売する,いわゆる製造問屋の実態を有することは明らかである。
そして,被告から卸売業を対象とする法人事業概況説明書の郵送を受けてきたとしても,被告が本件事業の実態を調査して卸売業と判断した結果に基づくものでないことは明らかであるので,上記判断を覆すものとはいえない。
(4) 小括
以上によれば,本件通達は不合理とはいえないところ,本件事業は,本件通達にいう製造問屋に当たると認められるから,簡易課税制度においては製造業として第三種事業に区分されるべきものと判断するのが相当である。
2 争点(2)(本件届出書の提出行為は,錯誤等により無効か)について
(1) 公法上の意思表示における瑕疵と民法の適用について
ア 民法第1編第4章の諸規定は,本来,私法上の法律行為を適用対象とするものであり,これらが公法上の法律行為にも適用(ないし準用)されることを定めた法規は存在しない。しかしながら,そのこと故に,直ちに上記諸規定,とりわけ意思表示の瑕疵に関する諸規定が公法上の法律行為とは無関係なものであると断定すべきものではない。瑕疵ある意思表示をした表意者の利益を保護しつつ,行為の相手方の信頼との調整を図るという上記諸規定の趣旨は,公法関係においても,基本的に妥当すると考えられるからである。
もっとも,公法上の法律関係は,私法上のそれと比較して,取引の安全保護の要請が弱い反面,多かれ少なかれ公益と関わる側面を有し,早期の確定が望まれること,大量かつ反復して行われることが少なくないため,画一的・効率的な処理の要請が強いことなどの特色があるから,表意者の保護の必要性の程度とこれらの要請の強弱とを比較考量しつつ,当該公法上の法律関係の基となる行政法規が表意者の個別的利益の保護よりも法律関係の早期安定等に重きを置いているかどうか,当該行政法規それ自体が瑕疵ある意思表示が行われた場合の救済方法を定めている場合には,それ以外の救済方法を認める趣旨か否かなどをも斟酌して,慎重にその(類推)適用の可否を決すべきである。
イ ところで,前記のとおり,簡易課税制度は,中小事業者にとって煩雑である仕入税額控除の計算を簡便にするものであって,法が,同制度を選択するか否かを当該事業者にゆだねたのは,中小事業者については,本則課税による控除を行うか,又はそのために要する煩雑な会計処理の負担を回避してみなし仕入率に基づく簡易課税制度によって控除するかの選択を,実際に行われている事業内容や事務体制の現状について熟知している事業者自身の判断にゆだねるのが最も合理的と考えられたことによるものと解される。したがって,本則課税よりも簡易課税制度を適用すると消費税額が増加する見込みであっても,事務負担の軽減のためにあえて後者を選択することは十分にあり得ることである。
また,事業の性質,内容によってみなし仕入率が異なるのは,それぞれの事業の実態に対応した適正なみなし仕入率を定めることにより,各事業間における実質的な不均衡を是正するとともに,可能な限り実額による仕入税額に近似した金額を算出しようとする趣旨であると考えられるから,簡易課税制度において用いられるみなし仕入率は,課税期間中に実際に行われた事業の内容・割合に応じて定まるべきものであり,届出書に記載された事業区分のとおりのみなし仕入率が適用されるとは限らないというべきである。
さらに,実際に納付すべき消費税額が,本則課税の場合と簡易課税の場合とでどちらが大きいかは,課税期間終了後に計算してみないと正確には判明し難いにもかかわらず,簡易課税制度の選択は,適用を受けようとする課税期間の初日の前日までに行わねばならないとされているから,現実の納付すべき消費税額が見込みと異なったとしても,当該事業者はその結果を甘受しなければならず,しかも,選択後1年目の課税期間が終了し,上記のような見込み違いが明らかになっても,原則として,その是正の機会はさらに1年後でないと与えられないなど,簡易課税制度を利用した租税回避行為を許容しない趣旨を明確にしているものと解される。
以上のような簡易課税制度の趣旨・内容に照らすと,同制度が納付すべき消費税額を軽減する機会を与えるものではないことは明らかであり(簡易課税制度を選択することによって,節税効果を享受し得ることがあったとしても,それは,同制度を選択したことに伴う反射的な効果にすぎない。),したがって,簡易課税制度選択届出書の提出においては,どの事業者がいつから簡易課税制度の適用を選択するのかに関わる事項(消費税法施行規則17条1項1号,3号参照)など,簡易課税制度選択の趣旨に必要不可欠と考えられるものは,その本質的内容を構成するが,みなし仕入率に関係する事業の内容や事業区分など,それ以外の事項(同項2号,4号,5号)については,課税庁の事務処理上の便宜のために記載される非本質的事項にとどまると解するのが相当である。
そうすると,本件のように,簡易課税制度選択届出書の提出に当たって,事業者の営む事業の区分に認識のそごがあり,その結果,予想していたよりも低いみなし仕入率が適用されることとなったとしても,民法95条を適用して直ちに上記届出を無効とすべきものではなく,ただ,上記届出書の提出が,第三者による詐欺,強迫に基づいて行われた場合などのように事業者に帰責事由がなく,かつ簡易課税制度の不適用を許さないならば,事業者の利益を著しく害して正義に反すると認められる特段の事情がある場合に限り,錯誤による無効を主張することが許されると解すべきである(昭和39年最判参照)。
(2) 本件における特段の事情の有無について
ア これを本件について検討するに,前記前提事実に証拠(甲1ないし4,13,16,17)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(ア) 原告の代理人である補佐人税理士は,本件事業が卸売業に該当し,簡易課税制度選択届出書を提出すれば,第一種事業としての取扱いを受け,みなし仕入率90パーセントを適用した仕入税額控除をすることができると考え,平成13年8月30日,適用開始課税期間を平成13年9月1日から平成14年8月31日までと,事業区分を「第一種及び第二種」と記載して,被告に対し,本件届出書を提出した。
なお,原告における実際の仕入率は,平成3年度から平成13年度までの間,93.64パーセントから80.84パーセントの間で推移しており,平成10年度は88.24パーセント,平成11年度は85.70パーセント,平成12年度は82.70パーセント及び平成13年度が82.03パーセントであった。
(イ) しかし,補佐人税理士が,平成13年度の決算をする上で再度確認したところ,本件事業は,いわゆる製造問屋を製造業とする本件通達によって,簡易課税制度の適用においては,第三種事業として扱われていることを初めて知った。
そこで,原告代表者及び補佐人税理士は,平成13年11月9日付けで,被告に対し,それぞれ「嘆願書」及び「『嘆願書』提出に際してのお願い」と題する書面を提出し,本件届出書の提出は,原告の事業区分を誤解した結果,錯誤に陥ってした意思表示であり,このような誤解は,誤解を招きやすい外形的事実が原因であり,納税者に帰責性はないことなどを理由として,同選択届出書の提出の取下げ(撤回)を要請した。
(ウ) これに対し,被告は,担当者を通じて,原告代表者及び補佐人税理士に対し,本件届出書の撤回には応じられない旨連絡したものの,原告側がこれに応ぜず,本則課税による控除を行った上で確定申告をしたため,平成15年6月18日付けで本件処分を行った。
イ 以上の認定事実によれば,原告の代理人である補佐人税理士は,原告の事業内容のうち,第三種事業である製造問屋に該当する部分を,第一種又は第二種事業に該当するものと誤信し,過去10年間における本件事業の実際の仕入率が93.64パーセントから80.84パーセントであったため,これよりも高いみなし仕入率(90パーセント)の適用を受けられるとの見込みの下に,本件届出書を提出したものであり,その動機として,主として簡易課税制度の適用による節税効果を期待していたことが明らかである。
しかしながら,原告は,上記の見込みや動機を形成するについて,第三者による詐欺や強迫行為を受けたわけではなく,自由な意思決定の下に簡易課税制度を選択したと認められる上,錯誤の内容が簡易課税制度の本質的部分に関わるものではないことなどを総合すると,原告及びその代理人である補佐人税理士が,簡易課税制度の適用を選択した課税期間の始期から2か月余を経過したにすぎない時点で取下げ(撤回)を申し入れたとしても,なお上記特段の事情に当たらないと判断するのが相当である。
(3) 小括
以上によれば,原告による本件届出書の提出は有効であり,錯誤による無効の主張は許されないと解するのが相当である。
3 本件処分の適法性について
(1) 消費税等の更正処分について
前記のとおり,本件事業を含む原告の事業については,本件課税期間中,簡易課税制度が適用されるところ,証拠(甲6,9)及び弁論の全趣旨によれば,これを前提として原告が納付すべき税額を算出すると,別表1ないし3のとおり,納付すべき消費税の額は101万8200円,納付すべき地方消費税の譲渡割額は25万4500円となり,これらの金額は,いずれも上記更正処分のそれと同額であるから,同処分は適法である。
(2) 過少申告加算税の賦課決定処分について
また,原告は,簡易課税制度の適用を前提とする仕入税額控除を行うことなく,納付すべき税額を過少に申告していたことになるところ,原告において,国税通則法65条4項に規定する正当な理由が存在したと認めることはできないから,上記賦課決定処分も適法である。
4 結論
以上の次第で,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について,行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

    名古屋地方裁判所民事第9部

          裁判長裁判官   加藤幸雄


             裁判官   舟橋恭子


             裁判官   片山博仁
(別表省略)






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最終更新:2006年02月15日 17:08
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