神様とサンタクロース
赤や緑や白色が町中を飾り付け、クリスマス定番の賛美歌が何処からともなく響いてくる、何となく楽しい気分になるそんな季節。偶然、二人きりになった学校の帰り道に、あたしは歩きながら何気なくキョンに聞いてみた。 「ねえキョン。あんた神様っていると思う?」「野球の神様とか、サッカーの神様とか言われる人なら居るだろ」 と、いつものようにとぼけた風にキョンは答える。 「あたしが聞いているのはそんな例えられた神様じゃなくて、この世界を造った創造主とか何でも願い事を叶えてくれる全知全能の神とか、そんなの神様の事よ。あんたはいると思う?いないと思う?」 きっとキョンは「居るわけ無いだろ」なんて答えると思ったのに珍しく考え込んでいるような素振りを見せた後、少し間があってポツリと漏らすように言った。 「お前がいると思うなら、居るんじゃないのか?」「何でそう思うわけ?理由も答えなさいよ」「さあ、何でだろうな。何となくそう思った、それだけのことさ」 理由になっていない理由。キョンらしいその態度と答え。そしてそれにあたしは不満を感じる。 「ふん。あたしは神様なんて信じてないわよ。神様が居るっていうなら、とっくにあたしの願いを叶えてくれて居るはずだしね。叶っていないのは神様がよほどのドケチか、この世界には居ないかのどちらかね。ドケチな神様なんて居ないのと同じよ」 「意外だな。宇宙人や未来人や超能力者を信じている割には神様は信じないのか?」 「それとこれとは別よ!宇宙人未来人超能力者は居ても神様はいないのよ! それともなに? あんたは神様に知り合いが居るって言うの? 居るなら信じてあげないこともないわね」 あたしがそういうとキョンはいつもの優しい笑みを浮かべた。 その笑顔を見るたびに胸のあたりで焼けるようなそれで居て心地よい痛みを感じる。でも、あたしはいつものように素っ気ないふりをして視線を逸らした。 「ハルヒがそう思っているなら神様は居ないんだろさ」 あたしの隣でキョンはそう答える。 面白くない答えにますますあたしの中の不満が募る。 そのイライラを振り切るように、あたしは早足で歩き始めた。 キョンも黙ったまま歩調を早める。 あたしはキョンになにを期待しているって言うの? 昔、宇宙人や未来人や超能力者が居るって言ったあの七夕の時のように、 神様も居るって言って欲しかったの? でも…… キョンはそのことを知らないふりをする。 あたしも気づいていないふりをする。 あたしはキョンを無理矢理引っ張っていく。 なのに、キョンは文句を言わずあたしに付いてきてくれる。 あたしはSOS団団長で、 アイツは団員その一で雑用係。 近くもなく遠くもない、そんな距離で二人は歩く。 きっといつまでもこんな感じの二人なんだろう。 これからもずっと……。 あたしは、沈黙がつらくなり別の話を振ってみた。 「そうだ!ねえキョン!今年もまた鍋パーティーをクリスマスイブにやるわよ! 鶴屋さんは当然だけど、準団員の面々も呼んであげるのもいいかもね! こういう事は大人数でパーッとやった方が楽しいわよね」 それを聞いたキョンが顔を曇らせる。 「そのことなんだがな、二十四日は日曜日だし、朝比奈さんや鶴屋さんも受験で忙しいらしいんだよ。だから俺からの提案なんだが、もう少し前か、二十二日の終業式の日に去年と同じように部室でパーティーをしないか?」 「イブにパーティーをしなくてどうするのよ!受験なんかそんなの気合いで何とか――」 そう言いかけたあたしは止めた。 キョンがいつもの厳しい表情を浮かべたからではない。 みくるちゃんや鶴屋さんは受験生。本当ならSOS団に付き合っている暇なんか無いはずなのにいつもあたし達に付き合ってくれている。 そのことがふと頭に浮かんだから、それ以上なにも言えなくなってしまった。 「――そうね。やっぱり、考えておくわ……」 あたしはそういいながら、再びキョンから目を逸らした。 そのままあたし達は無言で坂道を下り続る。 坂道の途中の道ばたのあるショップを通りかかったとき、赤や緑に飾られたクリスマスのイルミネーションがあたしの白いコートを照らした。ショップのショーウインドーには白いライトが光の結晶を形取り、冷たくなさそうな雪を積もらせている。 その雪の中で機械仕掛けのサンタクロースが、楽しそうに踊りながら歌っていた。 ふと、あたしは立ち止まり、そのサンタを見つめる。 楽しそうに踊っているだけ。 本当は無理矢理踊らされているだけ。 あたしの胸の奥の方で、冷たい何かが流れ始めていた。 ずっと、みんなと一緒に居れるだけで幸せだと思っていた。 そう思いたかった。 でもきっといつか離れてしまう。 今はSOS団という形のないものだけがあたしとアイツをつないでいるけれど、 それが無くなったとき、アイツはきっと離れてしまうかもしれない。 あたしがいくら神様にお願いしても、いつか無くなってしまうSOS団という絆。 そして離れていくアイツとの距離。 あたしの行きたい方へ引っ張っていこうとしても、 この硝子の向こうにある作り物の雪の世界のサンタのように、 きっといつか手が届かなくなる。 忘れたはずの寂しさ…… 一人きりで過ごしたあの3年間…… 神様に祈っても、誰も助けてはくれない孤独…… どうしようもない焦燥感にさいなまれ、灰色が心を覆う。 あの夢で見た巨人がどこかで咆吼する。 ミンナ、アタシノソバカライナクナルナラ……ミンナキエチャエバイイ…… アタシガ、アタラシイセカイノ『カミサマ』ニナレバ…… きょんトフタリキリデ、ズットイッショニ……
「――おい!ハルヒ!」 「ひゃぃ!」 キョンの冷たい手が、後ろからあたしの両頬にそっと触れていた。 あたしは、その冷たさに思わず変な声をあげてしまう。 「な、なにすんのよバカキョン!!」「ボーッとしてどうしてるからだろ。どうしたんだ?このサンタが欲しいのか?」「そんなわけないでしょ!」 あたしは怒ったふりをして、再び歩き出した。 キョンの触れた所が再び熱くなるのが自分でもわかる。鼓動が早くなる。 アイツはまたさっきの距離にいるのだろうけど、あたしは顔を見せないように背けた。 遠すぎず、近すぎない距離。 きっと、さっきのあの笑顔であたしを見ているのだろう。 でも今のあたしは、その顔を見ることが出来ないでいる。 そんなあたしに、キョンは優しい声で話しかけてきた。 「なあ、ハルヒ」「なによ!」「神様の居場所は知らないけどな、サンタクロースなら知り合いに一人いるぞ」 あたしは思わず、キョンのほうをふり返る。 「えっ?うそ!」「なんだ?神様は信じない癖にサンタクロースは信じるのか?」 キョンはまた茶化したようにそういった。 「ち、違うわよ!あんたの知り合いにいるなら、信じてあげてもいいってことだからね! そのサンタに合わせてくれるんでしょうね!」 詰め寄るあたしにキョンは、あたしの大好きな包み込むような微笑みを見せた。 「そうだな。24日にならサンタに合わせてやるよ」「本当でしょうね!」「ああ、本当だ。二人きりで会わせてやる」「イブに会わせてくれるのね。約束よ!偽物だったりしたら即刻死刑よ!」「ああ、絶対約束だ。偽物でもないぜ」 キョンがサンタクロースが居ると言った。 きっと本当にいるに違いない。宇宙人や未来人や超能力者が居たように。 さっきまで灰色に支配されていた心がウソのように晴れる。 「ねえキョン!そのサンタクロースの正体ってじつは宇宙人じゃないの? あたしが睨んだ所によると、鍵がかかっている部屋に音のも無く進入できるなんて、きっと宇宙人、もしくはそれに準じる何かだと思うのよ! それとも超能力者かしら?ねえそこの所どうなの?」 キョンは可笑しそうに吹き出した。 「さあてね。それは教えられないな」 キョンは急にまじめな顔になってあたしの目を見つめる。「ところでな……ハルヒ……」「なによ?」 また、頬が熱くなっていくような気がする。 「そのサンタがお前にプレゼントを用意したいらしいんだが、何を送っていいのか迷っているらしい。お前はクリスマスプレゼントはなにが欲しいんだ?」 そこであたしはようやく気が付いた。 ――目の前にいるサンタクロースの存在を――。 「…………」 「どうした? 何がほしいんだ? ハルヒ……」 「バカ……」 あたしは小さく呟くと、キョンを睨み返した。 「そんな事言ったサンタを後悔させてあげるわ!あたしが欲しいのものはね――」 睨んでいるつもりだけど、きっと嬉しそうな顔でキョンを見ているのだろう。 あたしの欲しいものに困惑するキョンの顔を笑い飛ばしながら、あたしは駆けだした。 遠くからまたあの歌が響いてくる。 あたしは一人じゃない…… 神様は居ないかもしれないけど…… ずっと側にいてくれる人がいる…… Fin
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