6番目の団員
「SOS団ってバランスが崩れてるのよね」ある日、ハルヒが突然、そう言い放った。何のバランスの話だ。「うーん、戦隊物では正義の戦隊は5人中、女子は1名または2名と決まってるのよね。でも、SOS団では女子3名に、男子2名。これは良くないことだわ」一体、いつ何時からSOS団はなんとか戦隊の仲間入りをしたのだ、教えてくれ。すかさず、古泉が突っ込む。「さすがは涼宮さん、よいところに気がつかれました。バランスを回復するために役立つのであれば、この私が退団して差し上げても構わないのですが、それではかえってバランスが崩れてしまうところが口惜しいですね」 相変わらず、意味の無いことしか言わない奴だ。「で、100歩譲って、そのバランスとやらを回復しなければならないとしてだ、長門か朝比奈さんを追出しでもするつもりか?」どうせなら、朝比奈さんの方を残して欲しいものだが、長門はこの部屋の「備品」の様なものだしな。「冗談じゃないわ。有希もみくるちゃんもSOS団の欠くべからざる重要な団員よ。退団は許されないわ」じゃあ、どうするんだ。やめるのはおまえか、ハルヒ?「ふざけないで、私がやめてどうするのよ?」じゃあ、どうする?いかに、荒唐無稽、天下御免、奇想天外なハルヒの力を持ってしても、5人中3人いる女子を誰れも退団させずに、5人中1名ないし2名の女子という「バランス」は実現できまい(それとも、できるのか?)。 「チッチッチッ。正義の戦隊には『6番目の戦士』がつき物なのよ。バランスを完全に回復はできなくても、男子を1名、SOS団の名誉団員として加えれば、多少の改善ははかれるわ」一体、全体、どこのどいつをこの上、ハルヒ地獄に巻き込もうと言うんだ。鶴屋さんが第一候補だろうが、女子である以上、今回の目的にはそぐわない。「男子」というと国木田と谷口くらいしか思い付かないが、しかし、いくらなんでも、野球チームの助っ人や映画のエキストラならともかく、名誉団員となると影響が大きい。 大体、(古泉によれば)ハルヒの「鍵」である、俺と、3人それぞれにここにいなくてはならないそれ相応の理由がある残りの3人ならいざ知らず、どこのどんなもの好きがSOS団の団員になることを快諾するというのか。教えてくれ。 「そうねえ、どんな団員が望ましいかしらね、キョン」相変わらず、何も聞いてない奴だ。「狂気の天才科学者なんてどうかしら。戦隊物にはつきものよね」そうかもしれないが、普通、「狂気の天才科学者」は敵側に回ってるんじゃないか、おい。「決めたわ、6番目の名誉団員は狂気の天才科学者よ!絶対にそうするんだから」もうめちゃくちゃだ。謎の転校生や萌えキャラ童顔巨乳女子高生ならいざ知らず、いくらなんでも高校生に「狂気の天才科学者」はありえんだろう。今回ばかりはハルヒもご苦労さまなことだが、無駄足だな。さっそく、6番目の団員を調達するために部屋を飛び出していったハルヒを見送りながら、そう思った。 勿論、俺はハルヒの不思議パワーを見くびっていた。翌日。ハルヒ以外の全団員が部室で憩っていると「ジャジャジャジャーン!お待たせしました!6番目の団員(名誉)こと狂気の天才科学者をおつれしました〜!」と叫びながらハルヒが一人の男子生徒を連れて入って来た。いや、しかし、「狂気の天才科学者」と紹介されて平気な人物とはいったいいかなる人物なのか。怪訝に思いながら、顔をあげた俺の目に飛び込んで来たのは黒ぶちの眼鏡をかけ、不敵な笑いを浮かべたいかにも頭よさそうな生徒だった。 こんなやついたか、うちの学校に?「これはこれは。さすがは涼宮さん、素早いですね。私は副団長の古泉と申します。以後、おみしりおきを」さっそく、如才無く自己紹介する古泉を鼻であしらうと、その人物は部室につかつかと入って来て、他の団員や部屋の備品を睥睨するごとく眺めた。「おい、ハルヒ、一体全体、この御仁はどこのどなたなんだよ」「え、ああ、彼は物理部の部長よ。北高の物理部は高校生物理コンテストで3年連続ベスト10入りしてるのよ。知らなかった?彼はその原動力なの」3年連続入賞の原動力だと?じゃあ、3年生じゃないか(少なくとも)。「そうよ。それがどうかした?」どうでもいいが、兼部は認めないのじゃなかったのか?いくらなんでも3年連続ベスト10入りの原動力の物理部の部長をやめさせるわけにはいかんだろう。「いいのよ、別に。正規の団員じゃなくて名誉団員なんだから。有希だって、最近はコンピ研に出入りしているじゃないの。それと同じよ。」いいかげんな奴だ。で、この御仁の名前は?「彼は...」「名前など符号に過ぎない」物理部の部長氏(こと狂気の天才科学者)ははじめて口火を切った。「僕はかねてから、このSOS団が実に興味深い研究対象であると注目していた。名誉団員になる条件として君達を詳細に研究する許可を頂いた」勝手に許可するな、ハルヒ。それにしても、いくら頭良くても高校生だろう?こいつのどこが「狂気の天才科学者」なんだ?「あら、だって、『あなた、狂気の天才科学者なの』って聞いたら『そうだ』って答えたからちょうどいいなと思って。入団条件も団員の詳細な研究の許可だけだったし」 いつもながら何もかんがえてない。「それでは諸君、明日から君達の調査を開始させて頂くことにする。本日はこれにて」部長氏は帰っていった。このとき、まだ俺は実際に何が始まったのかまったく理解していなかった。翌日、部長氏は勢ぞろいしたSOS団員の前にコードがごちゃごちゃついた大きな箱をもって現れた。入れ違いに、ハルヒは「名誉団員任命式の準備をする」と言って部室を飛び出していった。 「さて、諸君、それでは、順番に検査を受けて頂こう」なぜ、俺がおまえの検査をうけねばならんのだ。「いやだというなら、入団要請受諾は即刻取り下げさせていただこう」それは困る。そんなことになったらハルヒがどんな大きさの閉鎖空間を作り上げ、何人の神人を出現させることか。「まあまあ、ここは穏便に。まずは私がその検査とやらを受けさせて頂きましょう」そうなったら、まっさきに影響をこうむる古泉がモルモット1号を買って出た。部長氏は古泉に奇妙なコードを巻き付けるとスイッチをいれた。ブーンという音とともに装置に電源が入り、ランプが瞬き始める。 次に起きたことを見た瞬間、俺は不覚にも卒倒しそうになった。なんと、古泉の周囲に、あの閉鎖空間でしか発生しないはずの赤い球体が出現したのだ。「これは」さすがの古泉も動揺を隠せないようだ。「ふむ、やはり思ったとおりだ。古泉君、君は超能力者ですね」おい、おまえ、その機械は一体全体なんで、どういう機能をもっているんだ。「おまえ呼ばわりとは失敬な。これは『そのものの本質を明らかにする機械』だ。この装置で分析することでそのものの本質が明らかになるのだ」そんな馬鹿な。そんな、自己好都合的その場しのぎ超SF的な機械があってたまるか。部長氏は気にせず、取り外した装置を長門のそばに移動すると長門にコードをつけ始めた。長門は意に介さず、読書に没頭している。 「これはまずいことになりました。どうやら、涼宮さんの『狂気の天才科学者がいてほしい』という要望は、本物の天才科学者を出現させてしまったようですね。涼宮さんの望みの残り半分である『狂気』の部分は実現していないことを望むばかりです」 賭けてもいいが、それはない。ハルヒの望みの後半分だけ実現して残りは実現していないなどということは金輪際ありえない。後半が実現していれば前半もきっちり実現しているはずだ。俺はこいつが『狂気の』天才科学者であることにわずかの疑いも持たなかった。長門に接続された装置が起動すると、長門の体は半透明になり、中に詰まっている機械部品が透けて見えるようになった。長門ってロボットだったのか。朝倉との戦闘時には「赤い液体」が体から飛び散っていたし、普通に食事をしていたから、中身も人間と同じだとばかり思っていた。 「なるほど、彼女は人造人間だな。しかも、人間の科学レベルをはるかに越えた技術が駆使されている」部長氏は装置をこんどは朝比奈さんの方に持って行った。朝比奈さんはどうすべきかおろおろしていたが、拒否する選択肢は部長氏の退団=ハルヒによる閉鎖空間の生成を意味するから彼女には拒否の選択肢はないだろう。朝比奈さんはただの人間だから、装置が何もみいださない可能性もあるが、怪しいものだ。なにせ、彼は「天才科学者」なのだから。 「これはまずいことになりました。これでは我々の正体が涼宮さんに解ってしまうのも時間の問題です。それだけはなんとしても避けなくてはなりません。どうすべきでしょうか?」 俺にどうしろというんだ。「ひとつの選択肢としては、いますぐ、部長氏を追い出して、その結果、涼宮さんが閉鎖空間を生成した場合には、あなたにこの前と同じ方法で涼宮さんをこの時空間に連れ戻して頂くと言う可能性が考えられます」 それだけは全体、ごめんこうむりたい。「では、あなたとしてはどの様な解決策をお持ちでしょうか?」俺が答えようとした瞬間、ドアが勢い良く開くと、両手一杯に飲物やらお菓子やらかざりやらをかかえこんだハルヒが部屋に飛び込んできた。どうやらハルヒのいう「任命式」とは単にどんちゃん騒ぎをすることに過ぎないらしい。 「お待たせーしましたー。さっそく、記念すべきわがSOS団の名誉団員の任命式を開始するわよ!」ふとみると装置は既に朝比奈さんからはずされており、その脇にはにやにやしてる部長氏とうつむいている朝比奈さんが立っていた。どうやら、彼女も正体を隠しおおせることはできなかったようだ。 「さて、と。次に検査を受けて頂けるのはどちらかな?」部長氏は、ハルヒと俺を交互にみつめた。「ね、それ後にできないの?まずは任命式がさきよ」「お断りする。SOS団の研究は名誉団員就任受諾の大前提だ。守って頂けないから即刻、退出させて頂く」「仕方ないわね。じゃあ、さっさとおわらせましょう。有希とみくるちゃんと古泉君は終わったのね?じゃあ、後はわたしとキョンね。私から先に..」いや、まて、ハルヒ、それはまずい。おまえがおまえの正体を知ることは最悪の事態なのだ。とりあえず、その決定的な瞬間をわずかでも引きのばして、あとは、古泉や長門や朝比奈さんの所属組織がこの決定的な瞬間に何か手段を講じてくれることを祈るしかない。 「なによ、あんた、先に検査されたいの?じゃあ、いいわよ、さっさとやっちゃって」部長氏は装置をもって俺に近付くと、コードをつけ始めた。俺だけは正真正銘、全く100%の普通人だから、今度ばかりは部長氏も失望するはずだ。古泉、長門、朝比奈さん、頼む、俺が時間を稼いでいる間になんとかしてくれ!部長氏がスイッチをいれると、やおら、俺の体から青い燐光が発し始めた。とたんに息が苦しくなる 「い、息が...」あとは言葉にならない。装置が起動するにつれて今度は俺の体から青い稲妻状の電光が発して部室の壁や床を直撃し始めた。「ちょっと、あんた何やってるのよ。装置をとめなさいよ!」ハルヒが叫んだが、部長氏の耳には入らない。部長氏は装置のディスプレイをのぞみ込ながら何かつぶやいている。「なんだと、そんなばかな。こんなことがあるわけがない。彼の正体がこんなものであるはずは...」「ちょっと止めろっていってんでしょうが、わかんないの!」ハルヒの声には既にドスが入っている。徐々に薄れゆく意識の中でハルヒが椅子を持ち上げて装置にたたきつけるのが、そして部長が「やめろ!」といい、装置が爆発して「なんてことを」を言うのが見えた。ついに俺の体からは青い炎が上り始めた。俺に駆け寄ろうとしているハルヒを朝比奈さんと古泉が必死に抑えている。ハルヒが何か叫んでいる。「きゃー、キョンがしんじゃう。神さまごめんなさい。6番目の団員も狂気の天才科学者もいらないから、全部なしだったことにしていいから、キョンを殺さないでー」それが俺の最後の記憶だった。「ちょっと、聞いてんの」はっと気づくと、俺は部室でうたたねをしているところだった。部室はいつもどおりで、狂気の天才科学者もいなければ、謎の装置も見当たらなかった。「何だって?」「だからー、SOS団ってバランスが崩れて....」その瞬間、俺は信じられないもの目にした。まず、朝比奈さんがお茶を派手に床にぶちまけた。これはいいにしても、慌ててかけよった古泉がすべって転び、転ぶときにたまたまにぎったナイフをもったまま長門に覆いかぶさるように倒れこんだのだ。古泉が立ち上がるとその手にナイフが無く、代わりにナイフは長門の胸に深々と刺さっていた。長門が無表情なままナイフを引き抜くと胸から噴水の様に「赤い液体」が吹き出した。 「きゃー、有希、大変!古泉君、何かしばるものをもってきて、血を止めないと有希がしんじゃう。みくるちゃんは救急車を。あんたはなにぼさっとつったってんのよ、先生を呼びにいきなさいよ!」 この状況でも冷静なハルヒはさすがだ。長門は病院に担ぎ込まれたものの、「なんともない」と言い張り、実際、あれほどの怪我だったにも関わらず、病院につく頃には血が止まっており、何の異常もみつからなかったため、念のため一夜病院に止めおかれたものの、翌日には退院した。結局、ハルヒが「6番目の団員」を入部させることは無かった。「古泉、おまえ、覚えてるんだろう全部」「はい。御推察のとおりです。私と長門さんと朝比奈さんと、それから、どうやらあなたご自身も記憶を保持しておられるようですね」「でも、時間が戻ったんだろう。なぜ、記憶が残ってるんだ?」「解りません。ですが、いくら時間を戻しても涼宮さんがあれを言い出せば同じことがおきます。彼女はそれを望まなかった。だから、我々に記憶を残し、同じことが起きることを防ぐチャンスを与えたと考えられます」 「面倒な奴だな。どうして自分で狂気の天才科学者なんて言い出すのを単純にやめられないんだ?」「そればかりはわかりかねます。ですが、結局、こうなったのだからいいのでしょう」「しかし、ずごい芝居だったな。長門の胸から血が吹き出したときはど肝を抜かれたぜ」「はい、あれくらいしないと涼宮さんの思い付きを封じられないと懸念したものですから。あなたに事前に根回しできなかったことはあやまります。」「あとひとつ解らないのは、結局、あれはなんだったんだ?なぜ、俺の時だけ装置が暴走したんだ?おまえたちはなんともなかったのに」「推察するに、あれは暴走ではなかったのでしょう。あなたは息が苦しくなり、気も遠くなったのかも知れませんが、それは一時的なもので、無事、検査が済めば亊無きを得た。しかし、動揺した涼宮さんが装置を破壊したため、あなたの体から発火して死に至った。そういうことなのだと思います」 稲妻が出たのはハルヒが装置をぶっこわす前だった様な気がするがな、それも正常動作だったのか?「いや、本当のところはよく解らないのです。既に部長氏は天才科学者ではありませんから、あの装置は存在せず、確認は不可能です。いいではありませんか。全て丸く収まったのですから」そうかもしれない。だが、古泉が、そして俺自身が、注意深く避けた話題がひとつだけ有る。100歩ゆずってあれが正常動作だったとして、古泉や長門に起きたことから類推すると青い燐光や稲妻は「俺の本質」に関わる何かだったことになる。部長氏はあの装置を『そのものの本質を明らかにする機械』と呼んでいたのだろう。俺の本質とはなんだろう?部長が「彼の正体がこんなものであるはずは...」と叫びながら装置のディスプレイの中に見ていたものは一体全体、なんだったのだろうか?
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