窓の外の光景はもはや灰色にしか見えない。実際に目にするのは初めてだった。そこには光の色は無く、緩やかな明暗によってのみ構成される灰色の世界が広がっている。これは現実なのだろうか。それとも、私は古泉一樹が見舞われたのと同じように、幻を見ているのだろうか。私は目の前の光景の情報を解析しようと試みる。不可能。エラーの反応さえも帰ってこない。あらゆる機能は私から欠損してしまっている。
朝比奈みくるは、私が全てを話し終えて以降以降黙りこくっている。いつのまにか、私のためにお茶を淹れてくれていたようだ。それはもうすっかり冷めてしまっている。私は随分長い間窓の外を眺めていたらしい。
不意に、カーディガンのポケットの中で携帯電話が震動する。再び古泉一樹からのメールだろうか。冷えてしまった手で携帯電話を取り出し、画面を確認する。一件の新着メール。送信者は古泉一樹ではない。彼を保護していたはずの、「機関」のアドレスからだった。本文を開くと、其処には意味不明な、奇怪な記号が羅列されている。閲覧になんらかの解除コードを要する類いのものだ。恐らく、機関が内部の情報伝達の為に送信したメールが、何らかの手違いで送られてきてしまったのだろう。
彼らは脱走した古泉一樹を探しているのだろうか。
古泉一樹が施設を脱走し、私の下にメールを送ってきてから、もう十二時間以上の時間が経過している。「涼宮ハルヒ」が病院を抜け出した正確な時間は分からないが、双方が休むことなく接近しあえば、そろそろお互いが遭遇してもおかしくはない。
最後の時は近づいて来ている。
どこか遠方から、リノリウムの上を駆ける足音が聞こえてくる。それが谷口の足音であることが、私には直感的に理解できる。私は彼に会いたくないと願う。彼に全てを教える事も、最後の最後まで彼に真実を隠し続ける事も、私はどちらも願わない。
私には何も出来ない。
私は窓を開けた。
この世界で死ぬことが出来るのは「涼宮ハルヒ」だけだと言う事は分かっている。「涼宮ハルヒ」がそう望んだからだ。分かっていながら、私は冷たい空気の中に身を乗り出し、目の前の灰色に向かって飛んだ。
全てが終わる時まで、せめて眠っていられたら良いと思った。