とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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不完全な静寂が延々と続く。僅かに聞こえるのは、か細い呼吸音と足音。
日の光が完全に遮断され、黒ずんだ壁に囲まれたこの部屋で一人の少年が
落ち着かない様子で、コツコツと乱れた拍子を現代的なデザインの杖で奏でながら
右往左往していた。頭頂から靴の末端まで白一色に染まっている彼は
この一室では浮いて見える。
少年の名は一方通行。その整った顔からは嫌悪、焦燥の表情が絶え間なく
作り出されていた。動揺が隠せないからだろうか、寒気を感じる。
(……結果はまだ出ねェのか?)
その目線の先には、少し薄汚れたベッドで眠りにつく少女があった。
少女の名は打ち止め。かつての天真爛漫で、元気を振りまく姿は
一切その様子からは想像出来ない。以前の衰弱しきった病態から抜け出せたのが
せめてもの幸いだったが。
(やはり畑違いの人間じゃこの苦痛を取り除く手段はわからねェってワケか)
仮の答えを弾き出した一方通行は自分の考えを整理していく。
あのヒーロー……いや、あの『上条当麻』との再戦に破れた後、
奴が打ち止めに右手で触れた瞬間、打ち止めとエイワスの繋がりは一時
断ち切られた。少なくとも生命の危機からは辛くも逃れられたようだ。
その後二人は上条達が率いる軍用車の群から離れ、金髪碧眼の男と同行することと
なった。その者はオッレルスと名乗り、打ち止めの体を検査してみようと
提案した。一瞬罠かと頭をよぎったが、例えそうだとしても、
打ち止めに害意を加えない限りは利用出来ると踏んで、一方通行はそれを承諾した。
第一、あの上条達に誘導され出会った人物だ。おそらく学園都市の傘下に属す者では無い。
そしてそのままこの建物に辿り着いた。外観からしても相当老朽化した建造物とわかる。
今、オッレルスは席を外している。おそらく別室で文献を漁っているのだろう。
(だとしても、俺のやるべき事はもう決まってる。このガキのためなら……)

あの一戦から一方通行の思考はより尖っていった。今までの自分との剥離、
根源とも云うべき心の主柱の変化を自分自身でも確かに感じていた。電流が走ったかの様だった。
これまでの彼は『自分がこうあるべき』、『自分が果たさねばならない事』といった
義務感、使命感、自分勝手で自己満足的な、まるで子供が思念する目標を掲げ
動いているだけだった。あの少女が突きつけた言葉の通りに。
それだけでは結局は何も変わらない。身勝手な理想論を無理矢理描き、その実現に
走り続けるだけではこれより先に控える試練は絶対に乗り超えられない。
(だったらどォする?)
ならば、『自分がなりたいもの』、『自分が本当に成し遂げたい事』と心が叫ぶ
直接な願いや直感に従えばいい。無粋な言葉で語れば、夢、などとも言おうか。
そうすればもはや心身は揺るがない。もう心がどんな残虐な所行に引き裂かれても、
体の四肢を全て捻り切られようとも、どんな痛みにも耐えられる。突き進められる。
偶然にも、この理念はあのツンツン頭の少年の行動指針と重なる一面があった。
それに気づかない一方通行だったが、その転換に確実な手応えを感じていた。
ーーそうしてその後、彼は気怠そうに、明らかに意識してふと何気なく振り向き、こう呟いた。
「で、何でオマエがここにいンだァ?」
その背後には、かつて彼の心を打ち砕いた茶髪の少女が微笑みながらちょこんと座っていた。
少女の名は番外個体。第三次製造計画によって生み出された、新たな『妹達』の一人だ。

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「やっほう。やっとミサカの存在を受け入れてくれたね。第一位。ずっと後ろで
 ひたすらアピールを繰り返してた努力が実って嬉し涙が出そうだよ」
愛想を振りまく天使の様な笑顔を見せつけながら番外個体は少年に抱きつこうと迫って来る。
一方通行は溜息をつかざるを得なかった。何せ自分と打ち止めを殺しに馳せ参じたはずの
人物が、背後から吐息を吹きかけたり、体に触れて微弱な電流を流してきたりするのだ。
逆に関わりたくなくなるのが当然の反応だろう。
「あのなァ、オマエが抱えてた任務とかが頭からスッパリ抜け落ちてンならまだしも、
 どうして俺の側に平然といられンだ?俺がオマエにナニやったか覚えてねェのか?」
当然の疑問をこのアバズレ少女に投げかけてみるが、その回答はまたおかしな物だった。
番外個体が、その意外と膨らみがある胸を張って答える。
「もちろん覚えてるよ。第一位がミサカのこの美顔に何度も豪打したのも、ミサカの使命も。
 でもそれらの事情はこの番外個体における現在の行動には全く干渉しない」
どういうことだ?今一不透明で番外個体の本心が読み取れない。話を続けて聞くと、
「ミサカは超能力者第一位の一方通行と、ミサカネットワークの統制者である打ち止めを抹殺し
 その後ミサカ自身も『セレクター』によって処分されるはずだった。でも第一位の『温情』に
 よって偶然生き延びてしまった。破壊された『セレクター』には学園都市がミサカを監視、
 制御する機関が備わっている。それが無くなった今、もはや誰もミサカを縛る事は出来ない」
『温情』という言葉に引っかかりがあった。一方通行は確かにあの瞬間だけは番外個体を救おうと
した。しかしその感情と行動は、この世界への憎悪で全て吹き飛んでしまったわけだが……
「つまり、ミサカは第一位の手によって自由になった。だからもうミサカはかつての目的を捨て、
 新たに築かれた欲求に従って動く事にした」
ピクン、と一方通行の心臓が反応した。何か嫌な予感がする。
「ミサカは、あなたに興味が湧いた!」
番外個体の顔が彼の唇に触れそうになるまで近づき、そう言い放った。
「打ち止めというちっぽけな存在のために学園都市に逆らい、妹達という恨まれてもおかしくない
 群衆のために奔走し続ける、論理的に考えてもおかしいあなたはもうミサカの目を釘付けにした。
 だからずっと着いていく。ミサカが第一位を寸分まで理解するまで。
 あ、こんな可愛いミサカを傷物にしてくれた責任も取ってもらおうかな。だからミサカの事も
 大事に扱ってよ。そこで寝てるあの打ち止めの様にね!」
そう熱弁した直後にまたもや番外個体は一方通行を抱擁しようとダイブしてくる。

これは、好意からくる行動とは、違う、と思う。負の感情が芽生えやすい番外個体が
ここまで自分を好くのには、どうしても違和感を感じる。自分を憎んでいたのではないのか。
……とつい勘ぐってしまう。裏があるんじゃないか、そんな気がしてどうもこいつを
受け入れられない。うざそうにあしらってから、話題を変えた。
「そォいや俺はオマエをさんざん痛めつけたンだったな。なら何で外傷が一つも
 残ってねェんだ?『肉体再生』なンざ使えるワケでもねェし、俺はそこまで
 治療した覚えは無いンだが」
確かに今の番外個体は不思議な事に一方通行が負わせた傷も一切無く、健康そのものだ。
叩き折ったはずの腕の骨すら完治している。そんな状態で傷物とか言われても釈然としない。
ニヤニヤしながら、艶かしく手で全身を伝わせつつ答えてきた。
「『暗闇の五月計画』を覚えてるよね?第一位の演算パターンを元に自らの『自分だけの現実』を
 最適化させる実験があったんだけど、その中には第一位のベクトル変換能力を応用して
 生体電気を制御し、自分の細胞復元速度を早める能力データが残されていた。
 あなたを殺す際に『書庫』にアクセスする機会があったから、それを知って流用したの。
 体内の電子情報を操れるミサカなら、あなたとほぼ同じ精度で体を癒せる。
 理論上なら他の妹達にも実行可能だったろうけど、大能力者であるミサカ以外は
 実戦投入は無理だったかもね。そもそも絶対能力進化実験の障害になるから
 知らされていなかっただけかも」
「ほォ。ちゃんと理由があったンだな。だったらこのガキも類似した事が可能なワケだ。
 そいつを引用してこいつの中の異変を取り除けねェのか?」
そろそろ余興とも言える会話は打ち切るべきだろう。時間は待ってくれない。
ここで一方通行は核心に触れられるよう、また話を移行させた。番外個体も重要だが、
それより優先すべき事は山積みだ。何より打ち止めを救う可能性があるなら何でも試す必要があるからだ。
だが、番外個体は返答せずに頬をぷくーと膨らまし、そっぽを向いた。
自分より打ち止めを重く扱った事に不満があるらしい。面倒な奴だな、と思いつつ
番外個体に正誤を問おうとした瞬間、

一方通行の腹下部に重圧が掛かった。


この合図はここに来た、いやこの男にあった瞬間にもあった。明らかに異質な反応。
かつて一方通行が海原と接触した時に感じた物と同じだ。
オッレルス。打ち止めと一方通行(と番外個体)を迎えいれた人物だ。
胡散臭さは感じない。むしろあらゆる人生の困難を全て切り抜けてきた経験がその肌に
刻み付いているかの様だった。その威厳はそこらの一般人ではまず発揮出来ないだろう。
そんな彼が羊皮紙の束を抱えてこの部屋に飛び込んできていた。待ちわびた。
「やっとこの子を治癒する手だてを思いつき、術式を構築出来たよ。君達に説明すべきだろうから
 包み隠さず話そうと思うが、いいかな?」
術式などとあまり耳に入った記憶の無い言葉を聴いた気がしたが、もはやどうでもよい。
このロシアまで渡って来た目的がやっと成就するのだ。一瞬の歓喜と焦りを感じた。
一方通行はその餌に食らいつく。
「ああ、よろしく頼む。さっさとこのガキを楽にしてやりてェからな」
「まぁ待て。その前に俺は君達の名前も抱えてる事情も完璧には把握出来てない。
 順序が逆になったが、そこら辺の背景を大雑把に教えてくれ」
確かに出会ったすぐからオッレルスは検査と思案に入ってしまったせいで説明不足に
なってしまった。この男の、人を救うのを優先する気質が先行したからだろうか。
とにかく解説を早く済ませて打ち止めを直して欲しかったが、

「はい!ミサカとこの人、一方通行は夫婦でこの子を助けたくてここまで来たんです」

(…………は?)
横槍が入った。いつの間にか番外個体が一方通行の片腕を抱きしめつつ懇願していた。
「学園都市の医療技術でも、ミサカとこの人の間に生まれたこの子の命を持たせられないのが
 わかって、どうしていいかわからなくて全国を経由してこの辺境まで行き着いたんです。
 お願いです!ミサカ達はどうなってもいいから、何でもしますからこの子を苦痛から
 解放してやって下さい!」
涙ぐむ仕草まで仕込んである。傍目にみれば本当に番外個体や一方通行と、打ち止めが
親子だと誤解してしまいそうな程の迫真の演技だった。

(……こ、こいつ人が黙ってりゃ嘘をペチャクチャ吐きやがって……!?)
ある事無い事吹き込む番外個体のデマカセを正そうと、声を荒げようとする一方通行だったが
そこで異変に気づく。
声が出ないのだ。
妙だ。まるで人為的に喉が働かなくなった感じがする。何かがおかしい。思わず番外個体の
方を向くと、オッレルスに見えないように、小悪魔的な含みを持つ笑顔を一方通行に見せつけていた。
そこで原因がわかった。こいつのせいだ。体内に残留した『シート』で一方通行の首元に
装着されている電極を強制的に誤作動させているのだ。
(な……言語機能を俺から奪いやがったのか!?器用なマネしやがって!)
といっても、常識的に観察すればこんな虚言などすぐにバレる。普通は信じるワケが無い。
常人なら「いや、それはありえない」と即座に突っ込む程度のウソだ。
と、オッレルスの反応に期待する一方通行だったが、

「そうか!それは難儀だったね。大丈夫だ。君たち親子の平穏が再び訪れるよう、俺も全力を尽くすよ!」

本気で信じちゃったよこの人。そういう変人だったのか。
こんな奴に打ち止めを預けた俺が間違ってたのか。いや、馬鹿だからこそ上条はこいつを推薦したのか?
歪曲した首肯があまりにも馴染みすぎている。もう訂正するのも諦め、事態が好転するのを待つ事にした。
自分が滑稽な扱いを受けてそれで済むなら大歓迎だ。今日までもそういった色眼鏡で見られてきた。
そうしている内にオッレルスが口火を切った。
「よし。必要な情報は揃ったし、本題に戻るとしよう。……申し訳ないが、
 奥さんは席を外してくれると有難い。君が娘さんを心配しているのは重々理解してる。
 しかし、先に彼だけに述べておくべき事が少しだけあるんだ。短時間で済む。いいかな?」
想定外の滑り出しだった。同時に危機感が一方通行の脳裏に行き渡った。これは艱難の暗喩だ。
打ち止めの治療に何らかのデメリットがあると、暗に示している。考え過ぎであってほしい。
そうとも知らず、口車に乗せられた番外個体は意外にもすんなりと申し出を受け入れ、
「そうですか!確かに懸念が残りますけど、どうしてもと言うなら指示に従うまでです。
 この子を頼みます……」
と着飾った決まり文句を漏らしながら、ドアを開けて廊下に出た。同時に妨害電波も
次第に減退していき、一方通行は平常に戻った。ここからが本番だ。固唾を飲んで、宣告を急かした。

「アイツが漏らした通り、このガキは科学の枠に留まる技術じゃどォにもならねェ。
 この病状自体が学園都市の差し金で惹起したからだがな。それで俺達は奴らと反目した。
 そこで『全く別の法則』とやらが必要になると聞いた。それを求めてここまで来たワケだ」
「先刻までの戯言は彼女に真実を知らせない為の詭弁だよ。混乱を招くからな。
 君の抱える問題も学園都市の策謀もこの子に降り懸ってる異常の根源も承知している。
 あのアレイスターの聖守護天使がこの子を踏み台にして顕現したんだろう。
 正確にはミサカネットワークによってAIM拡散力場を前導させるのを
 強引に打ち止めを『始動キー』として、持続させている」
一方通行は目と耳を疑った。この男は今、打ち止めの病状の原因を明かすどころか、
学園都市が抱える闇そのものの正鵠を射った。門外漢かと思いきや、一方通行以上に現状を理解している。
どこからそれほどにまで正確な情報を知り得たのか、疑問は残るが、
ならば話は早い。先程の発言に引っかかりと底知れぬ不安を感じるが、今は前に進むしかない。
「そこまで把握してンのなら、さっき口走った『治癒』も的確なンだよなァ。
 だったら、ここまで焦らす必要は毛頭無ェはずだ。……何を隠してやがる?」
一番の不安材料にメスを入れた。打ち止めの『治癒』に弊害があるならば、全て排除するまでだ。
だが、その弊害についてはこの男は黙ったままだ。まさか、そこまで事態は深刻なのか?
オッレルスは重い口を開いた。
「『治癒』の方法は二つある。一つは最終信号をミサカネットワークから断絶させる事だ」
何?
「聖守護天使は最終信号を『始動キー』としているが、本来なら顕現した時点でミサカネットワークを
 間借りするだけでAIM拡散力場を永続的に連結し続ける事が可能だ。
 しかし、どうやらアレイスターは念には念を入れて『始動キー』を常に待機状態に設定し、
 万一聖守護天使が崩壊したとしても、すぐまた現世に回帰できる体制を取っているようだ。
 故に最終信号に、極難解で不安定な演算を常に無意識の内に反芻させるような仕組みを植え込んだ」

つまり、エイワスとの戦闘時に奴の『核』を弾いたにも拘らず平然と復活したのは、
打ち止めに『始動キー』を埋め込まれた証拠だという事か。
それが理由。最終信号としての役割を果たすため、望んだ訳でもない不条理な重荷を背負わせ続ける。
彼女は何も悪い事をしていないのに。一人の人間なのに?どうして道具としてしか彼女を扱わない?
「……じゃァ、その仕組みを解けばいいんだろォ?どうしてこのガキをミサカネットワークから
 切り離すなんて解決法が取られるんだ?」
打ち止めがミサカネットワークから外される。即ち、ミサカという大脳からの脱却とは
妹達との意識疎通がされなくなり、情報や記憶の共有が途切れる事を指す。
いや、ミサカネットワークの司令塔である彼女がいなくなれば、学園都市は同機能を持つ新たな個体を
刷新するはずだ。それか、それこそが伴う痛み、なのか?
「『始動キー』は、最終信号個人の脳だけではとても抱えきれないほどのヘッダを持つ。
 つまりこの子の頭で処理出来ない部分は他の妹達に分割され、代理演算をさせるように
 最終信号が上位命令文を妹達に送りつけているんだ。即ち、最終信号が上位命令文を出せない状況に
 なれば『始動キー』は不完全な計算式の固まりと化し、最終信号に埋め込まれた『始動キー』そのもの
 も自然と意味をなさなくなる。こうなれば後は学習装置で治療出来るレベルまで落ちる」
ここまで判明しているなら、問題は解決したと同義ではないか。一方通行はここでようやく
心のしがらみが和らぐのを自覚した。

しかし、現実はまだ一方通行と打ち止めを許さない。
「ミサカネットワークと最終信号を切り離すにあたって、俺の術式を施すわけだが、
 ここで一つの欠点があるんだよ。最終信号の超能力を人為的に消し去る必要があるんだ」

……つまり、科学以外の手で能力を消滅させる。
電流を操れなくなれば打ち止めはミサカネットワークと繋がらずに済む。
『全く別の法則』に乗っ取って。
それは、その結果が齎すデメリットは、

「……彼女の言語機能と計算能力を削ぎ落とす。今の君の様に、だ」

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死角からの残酷な事実。覚悟を背負ってここまで来た。打ち止めのためなら、
自分の信念も生き様もプライドも、自己の破壊に当て嵌まる犠牲なら、それらを受け入れる覚悟を。
だが、実際の代償は覚悟だけでは足りなかった。
つまりは、打ち止めを救うなら打ち止めそのものを犠牲にしろと言っているのだ。
一方通行は嘲った。打ち止めを敵に回してでも戦う決意があろうとも、
打ち止めの属する世界をぶち殺してまで、打ち止めを守り抜く手腕が無かった自分を。
言語機能、計算能力への後遺症。その重みは苦渋を洩らすほどわかる。
一方通行本人も、あのカエル顔の医者に与えられたチョーカー型電極によって
ミサカネットワークの補助を受けなければ廃人に限りなく近い存在になってしまう。
打ち止めがそうなったら?もう光は途絶える。彼女をミサカネットワークから切り離す為の処方だ。
一方通行と同じ埋め合わせは不可能。待つのは物事を楽しみに笑う彼女、
自分にだけ向けてくれる、無邪気で、バカらしくて、こっちも笑い飛ばしたくなる太陽の様な笑顔、

それらが抉りとられた灰色の世界だ。

絶望が境界線を逸脱して光の世界にまで浸食してくる。その光の中心にいるはずの打ち止めに向かって。
だが、頭の中は驚愕するほど冷静だった一方通行はどうしても拭えない考えに至っていた。
(イイじゃねェか。簡単だ。この『治癒』が終われば、少なくとも学園都市のクソったれどもは
 もう打ち止めを奪ったり、始末しようとはしねェはずだ。打ち止め本来の役割が白紙になるからな。
 言語機能?計算能力の低下?それだけの犠牲で済むなら大満足のハッピーエンドで終幕だ)
そう、自分が頷いてしまえば。もう終わるのだ。戦いも、打ち止めの災難も。

自分の脳裏に焼き切れるまで刻み付けた、打ち止めのいる光の世界を守るはずの、自分の覚悟さえも。

「どうするんだい?この『治癒』なら10分で準備できる。やるなら今しかないだろう。
 学園都市にこの末路を漏洩させないためなら、ここで打ち止めの『自分だけの現実』を無くすんだ」
オッレルスが何かほざいている。学園都市?そんなものもあったっけ?
放心状態だった。だが理性はこれに従えと煩く後押ししてくる。やれ、やってしまえ。

でも、でも、それでいいのか?一方通行は自分の脳、心、魂に真義を問うた。
自分の本心。未来の夢。それは、

「ォ断りだ」
はっきりと言い放った。誰かに命令されたワケでもない。熟孝して導いた論理的に正しい結論でもない。
「……このガキの生涯まではオマエも片耳でしか聴いた事ねェだろォ?こいつはな、
 本来なら本当に小せェ存在のはずだったんだ。普通に大きくなって、ダチ見つけて遊んで、
 黄泉川や芳川に恋愛相談なんかして、騒がしいモンには野次馬気分で覗きにいって、
 それで最後に自分から笑う。そんなどこにでもいるただのクソったれの子供でいられたはずなんだ」
一方通行は信じていた。あらゆる闇や暗躍するクソ共を駆逐しきれば、打ち止めもただの少女として
生きられる。そんな純朴な幻想を。
それが本心だった。そうしたかった。ウソは無い。本当にそうしてやると無意識に願い続けていた。
だから、引き下がれない。善人だろうが悪党だろうが関係ない。

一方通行という個人のみが持つ、譲れない思いだった。

「そいつを乱すようじゃァ、納得出来ねェンだよ。言語機能?計算能力?ンなモン捨てなくても
 門は開いてゆく筈だ。もし無かったとしても、俺が学園都市最強の力で風穴開けてやる。
 ……だからオマエの申し出は受けられねェ。すまなかったな」
一方通行は頭を下げた。オッレルスも打ち止めの心配の末に
この『治癒』を提案したのだ。無下にはできない。本来なら人に会釈する一方通行などありえないはず。
それを実感して、オッレルスは深い笑みを浮かべて頭を上げてくれと言い、
「そう決断すると予想してたよ。そうだ。どうせ未来を切り開くのなら
 より輝かしい方が良いに決まってる」
未来か。
「ンじゃ、俺らはここにはもう用は無ェな。夜が更けたら出てくが、それでイイよなァ?
 こっちもか細いヒントを幾つか持ってるしな。そいつを手がかりに動くさ。世話になった」
「ふむ……君らしくない。少し前の要点を忘れてないか?」
少し前?第一『治癒』の壮絶さに戦慄したせいか、些細な情報を抜け落としたかもしれない。
が、ここで前の記憶を取り戻した。打ち止めを救う手段は『治癒』だけではない。それは、

「第二の手段だ。禁書目録を呪縛から解放し、彼女から完璧な治療法を聞き出すんだ」


禁書目録。エイワス、上条と一方通行の力の及ばぬ強者達が示した最大のヒント。ここまでの
パズルのピースの欠片だけでは人名なのか、書物の集積かもわからぬ得体の知れない言葉だった。
しかし、その詳細を今一番心底から望んでいた。何しろ打ち止めの命脈に直接関与する大きな意味を持つ。
それを知っている人物が目の前にいる。あまりの衝撃に目眩が思わず走った。都合の良さに腹を抱えたい。
「学園都市に属す人間では、一部の例外を除けば意味不明としか形容出来ないだろうな。
 だが『こちら側』では現在、最も着目されている存在でもある。……だからこそ手を付け難くもあるが」
「待て。オマエが言ってる禁書目録ってのはコイツと関連性はあンのか?」
と、懐から拳銃を除けて一枚の拉げた紙を引っ張りだす。それに書かれた文字列を読み取らせた。

Index-Librorum-Prohibitorum°

上条が一方通行に残した、禁書目録の意を含む単語の羅列。
これが繋がるのなら目指す道の一つが浮き彫りになる。それに対してオッレルスは賛意を感じたようだ。
「ああ。それこそが鍵だ。これは禁書目録の個人名とも言い換えられるがな。よく手に入れたな」
「個人名?超能力名じゃねェのか?」
事の拍子に乗って馬鹿げた解釈を吐いてしまったが、先刻学園都市とは関係無いと断言されたばかりだ。
それを知っていたエイワスとは何だったのか。第一上条がこんな情報を見聞きしていたのもおかしい。
科学には幾千もの知識の引出しを構えている一方通行だが、
オッレルスの言う『こちら側』への理解は素人同然だった。

だが、遂に禁忌の扉をノックしてしまった。
そして知る。掌握の手から溢れ出かねない、かつて所属していた世界を外藩へと退かせる智識を。

切れ筋の跡が辛うじて見受けられるオッレルスの唇から発せられる『こちら側』の世界の概要。
それは一方通行が心得る既知の常識とは、あまりにも懸け離れた物だった。

天地が反転したのか、と忌まわしい錯覚が一方通行の全身を張り巡る。理屈はわかる。道理は通ってる。
むしろこの説明によって埋没する疑問の方が圧倒的に多い。
打ち止めを侵したウィルスの名称『ANGEL』、海原に感じた重圧、
垣根帝督の最後の呟き、エイワスの現出、
偶然回収した羊皮紙、襲撃者達の氷撃を『反射』した時に生じた七色の光。
あの黒い翼が発現した原因。
科学の枠、いや学園都市がひた隠しにした未知の現象全てに納得がいく。
「は、はは」
笑いが止まらない。白く、白皙し、白禍した一方通行は、自らを白痴と罵った。
学園都市最強の超能力者の頂点に君臨する彼は、天上から見下ろせば無知無学な赤子同然だったのだ。
気付くチャンスなら今日に至るまであった筈なのに。
例えば土御門や海原が稀に自分の能力や認識を語る時にも魔術、の一言が混じっていた。
彼らは俺を裏で笑っていたのか?闇を喰らい闇に生きるとほざいても真の闇を知らない愚か者だと。
『グループ』に在籍していたあの時期に問いつめれば、彼らも禁書目録について話しただろうか。
禁書目録。求めて探して掴み取った情報はとても簡素な物だった。
10万3000冊の魔導書、『原典』の知識を一字一句正確に記憶する少女。
インデックスと自称し、白い修道服(『歩く教会』と言うらしい)を纏うシスターだという。
(インデックス……?聞き覚えがあンのは記憶違いか?)
衝撃を無理矢理押し込めて、大雑把な追想を行うと答えは自ずと出た。

ハンバーガーを食い漁り、恩返しを勘違いし、
『一字一句正確に』バッテリーの正式名称を復唱したあの修道女か。

嘲笑した反動だろうか、今度は愉快な苦笑が芽生えて、あんな近くに鍵があった情実が馬鹿らしくなった。
だったら、そいつの頭根っこを引っ張ってでも打ち止めの治療法を教示してもらおうかと
思った境に、今度は世界情勢の現状にまで話が進んだ。どうやらそう簡単に聞き出せる状況でないらしい。
「今、禁書目録は自己制御を奪われ、イギリスの聖ジョージ大聖堂に隔離されているとの事だ。
 呪縛を解くには彼女の意識を操作する遠隔制御霊装を破壊するしかない」
「つまりはその霊装とやらを保有してやがる外道を微塵に料理しちまえばいいワケか」
「だが、その外道もそれ相応の実力者だ。現時点でそいつを打破しようと動く一派も尽力しているが、
 どうも成功にまでは至らないようだ。右方のフィアンマ、今は名前だけ知っていればいいだろう」

なるほどね、と頭のメモに書き殴っておく。面倒な道程が待ち構えているのには腹が立つが、
一方通行の気はむしろ晴れていた。目的が一筋に限られて、気分が高揚してくる。
「まァ、ヤル事山積みだっつーのもこの世の尋常なンだろォな。そいつが『原典』とかいう
 雑誌の立ち読みにどんな魅力を感じてンのにもカスっぱちな興味があるが、戦争引き起こす代償とは
 釣り合わねェ。ガキ救ったら世界も平和になりましたとか爆笑モンだな」
久々に冗談を走らせる余裕が出来た。それでも本筋は変わらない。

打ち止めのいる光の世界、それを乱す奴なら率先して潰してやる。

あのシスターも、そこにいるべき人に決まってる。
だったら両方に救済の手を差し伸べるのが一方通行の生き様だ。
「そのフィアンマっておめでた野郎のいる場所を探すのがまず第一歩か」
「そうだな。だがもう夜も遅い。明日まで待てるか?」
短時間で済むと番外個体に嘘をついたが、確かに太陽が頭を何時出してもおかしくない時間になっていた。
仕方ない、か。とドアを抜けて廊下まで歩き番外個体の様子を確認したら、
壁に凭れながら寝ていた。緊張感の無い奴だと思いつつも、自室に戻るオッレルスを見届けながら
毛布を掛けてやった。
「……風邪でも引いたら即置き去りにすンぞ」
と苦言を洩らしても、本当は連れて行くつもりでいた。息が浅い。まだ睡眠に入ったばっかりだ。
自分なりに話を聴いて、役に立ちたかったのかもしれない。少しこいつへの抵抗感が払拭された気がした。
一方通行自身もベッドに横たわる打ち止めを視界に入れつつ、徐々に微睡む眠気に従っていった。

5.5
今買ってるコーヒーに飽きた。最後の一滴が舌に潤いと苦さを与えた際にそう確信した。
ソファーに横たわっていた一方通行は今飲んでいた飲料の空き缶をゴミ箱に投げ捨て、
床に倒してあった現代的なデザインの杖を地面と垂直に立てて直立し、玄関へと向かった。
刺激的な匂いが鼻に付く。寂れていた筈のキッチンは今や選抜きされた食材と
使い込んだ調理具が並んでいる。それらを手に取り料理を進める茶色の毛髪の女性を横目に見つつ
外へ出た。近所のコンビ二に新商品のコーヒーが入荷した筈だ。
「堅苦しくてタマンねェな」
ジジ臭い文句を呟きつつ杖をついて前進する。晴天で日光が眩しい。紫外線を反射しようが目に焼き付く。
しばらく歩くと横道から誰かが飛び出してきた。無意味と知りつつも条件反射で電極のスイッチを入れる。
右手で触れられた彼は『反射』が適用しているにも拘らず、比重に耐えられずに横倒しになった。
杖がガシャンと鉄骨が落下したような不快音を放ちつつ地面に転がった。
接触した男がそれを拾い上げ、テカってしょうがない笑顔を浮かべつつ一方通行に手渡す。
「いやー義兄さん、マジですいません。この『御坂』当麻と不幸を共有しちゃうのも嫌ですかねぇ?」
ツンツン頭の男は学園都市最強の怪物だった彼に軽口を叩く。ハァ?と一方通行は口が開いてしまう。
「オマエを義弟と認めた覚えが無い」
「あっー!この人、未だにツンツン態度が途切れてない!俺そんなに嫌われてるの!?」
能力使用モードを解除しながら再びコンビ二を目指す。関わったら負けだ。
「いや、でも口を訊いてくれるだけ有難いかなーとも思うワケですよ。最初は顔合わせたら
 ちゃぶ台やら電灯をぶん投げられちゃって、もうこの人俺との姻戚関係を人生の汚点と考えてるんじゃ
 ないかと思う度に涙が滝の如く噴出して……って無視ですか!?耳ほじってるし!」
足が自然と早くなる。時間の無駄は所詮損だ。男はそれからも「これはもうDVの域だよ……」とか
「家内に相談しようかな……」などと呟いている。絡んでほしくて仕方ないようだ。
心底怒りを込めて真正面に立って怒鳴った。
「あのなァ!何度も繰り返すが、俺と同居してンのはあくまで妹達であって、オマエの家庭とは
 何の接点もねェンだよォ!俺はオマエの義兄じゃねェ!親戚面してンじゃねェぞコラ!」
が、御坂当麻は真っ向から向かい合って、
「そんなに恥ずかしい事じゃないって俺も何度も言ってるじゃないか!妹達も美琴の『妹』に
 かわりないだろ!?だったら家族だと誇って当たり前だ!血?体裁?まだそんなの気にしてるのか!?」
言い合うとすぐこれだ。こっちが口火を切っても、必ずペースを奪われる。
「そりゃ過去にも色々あったさ!でも大切なのは俺達が勝ち取った『今』だろ!手を取り合って
 助け合わなきゃ、また昔みたいな争いになっちゃうだろ!?第一、いがみ合ってるのは俺と
 義兄さんだけじゃないか!」
「だからその義兄さんってのをやめろっつってンだよォ!」
あっという間にヒートアップする二人。その内に民衆が集まってきてザワザワとひしめき合う。
それに一足先に気付いた一方通行は嫌々矛を鞘に戻し、周りを睨んで人を払った。
今度こそコーヒーを買いに行こう。とまた歩行を始めると、

「第一位~!お財布忘れてるよ~!」
「またあの人と言い争ってるし!いい加減、過去は水に流して欲しいってミサカはミサカは御坂家の
 安穏をもう一度祈ってみたり!」

声域が全く同一かつ、一方通行の『嫁と娘』が夏に見合った服装を靡かせながら坂道を駆けて来る。
顎が外れそうになるのを空いた左手で押さえつつ、ハァ、と重い、重ーい溜息を深く吐いた。
その様子を確認した当麻が二人の助力を期待しつつ、状況の一変を狙う。
「あ、義兄さんお金持ってないんですね?だったら俺がタダで貸しますよ!
 財布持ってきてくれた二人には悪いけど、ここは義兄弟の親睦を深めるという大義名分に乗っ取ってど」
「なにそれ!気の使い方にも善悪があるって力説してたのあなたじゃん!ってミサカはミサカは
 言動の整合性にツッコミを入れてみたり!」
「うむ、でもミサカはあなたの作戦は意外と的確だと言わざるを得ない。
 金の切れ目が縁の切れ目なら、金の繋がりは縁の安寧だとも言えるよね!」
「……オマエらそこまでして俺を懐柔させたいワケか?逆に癇癪玉が破裂しそォだぞ……?」
正直さを追求して、ついうっかり文句を滑らせたら、かえって三人の説得がエスカレートした。
「また怒って破壊活動か!?俺にあたるのは良いけど周辺への被害、いや、自分の保守のために
 ミサカ達の思いをこれ以上無下にしようっていうなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す」
「この人は悪くないし、あなたを一番心配しているのはこの人なんだよって客観性を捨てて
 涙を浮かべてみたり……ってミサカはミサカは本気で悲しみを背負ってみる」
「第一位は素直になってほしいな。ミサカは知ってるよ?この人が仕事でヘマした時も
 第一位がフォローに回って、謝りの電話を代わりに深夜にかけ続けたのを。
 本当は家族として認めてるんだよね?」
あのな、と本心を述べようとさすがに思い、ただ俺は義兄さんと呼ばれるのに羞恥心を感じているだけで
普通に一方通行と言い換えて欲しいだけなんだ、といったニュアンスを伝えようとしたら、
「……ほぉおー。どうやらまたこの二人にお灸を据える必要があるようねぇ……?」
『御坂』当麻、打ち止め、番外個体の背後から、重圧を超越した色濃い気配が二つ飛来してきた。
三人の動きがビクゥ!と石像の如く静止する。そしてすぐグダダダダと鐘の様に小刻みに振動していった。
「これ以上おいたが過ぎるようなら、即刻断罪を執行しますとミサカは最後の警告を腹黒く押し通ります」
一方通行だけがその鬼気迫る激情を直視した。あいつの恐妻とその姉妹が
正に世界の終焉を開闢させる瞬間を。歯が小刻みにガタガタ鳴る。
『反射』を展開しても耐えられるかどうかわからない攻撃を察知して、
一方通行はただただ汗と血の匂いに怯えるが故、底知れぬ恐怖に震える指先をスイッチに持って行った。

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