とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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朝日が自然に差し込んでいた。乾きと温暖が一方通行の顔に現実の再来を叩き付けていた。
目を抉じ開けると、自分が壁に倒れ伏せているのに気付いた。毛布が被せてあるのも認知した。
あのまま、寝てしまったのか。乾燥した血液が指先に絵の具の様に付着しているのが視界に入った後、
昨夜の魔術の解読に思いを馳せた。あの苦痛は何だったのか。ぼんやりとした頭で考えを纏めようとしたが
途中で中断した。もうここに来て三日目。もうそろそろ学園都市も一方通行達の同行を把握する頃だ。
打ち止めの治療法を知った。自分の目的も判明した。

もう、ここにはいられない。
魔術的障壁が一方通行達を守り抜いても、強固な殻に閉じこもっている間に、
打ち止めはいずれ崩壊してしまう。それを防ぐには一刻も早く右方のフィアンマを屠殺し、
禁書目録を解放するしかない。その為にはこの孤児院から足を洗い、またロシアを放浪する必要がある。
一方通行は自分の頬を叩き、杖を引っ提げて、荷物をまとめ、準備を整えてから部屋を早足で出て行った。
「はぁはぁ、もっと、もっと……」
同室で一人怪しげな寝言を洩らしつつ、甘美な眠りに夢中になっている番外個体を引きづりながら。

二三、廊下の角を曲がって廊下を歩いていくと、打ち止めが寝かされている寝室に辿り着いた。
不要な物音を立てずにドアを開け、ずかずかと打ち止めのベッドに接近した。
今回はまだ寝たままで、鼾をかいていた。頭のアホ毛も萎びている。
薄い胸の上下運動が毛布にも影響を与え、呼吸が視覚でも感知出来る。
さすがに夜は寒かったからか、毛布が乱れておらず、打ち止めは蓑虫の様に丸まっている。
天使というより、ただのガキの生意気な寝顔だった。それには向っ腹が立つが、
久々に打ち止めの安らかな寝顔を見た気がする。今まではエイワスの影響によって、
安眠など有り得なかったからだ。このまま叩き起こすのも悪いが、目前の利益に囚われていては駄目だ。
それでも優しく頬を撫でると、打ち止めは静かに起きた。
「う……ん、もう朝なの?気候が違うと、起床時間にも狂いがでるもんだね、
 ってミサカはミサカは日本とロシアの時差について適当な見解を出してみる」
「早く顔洗って、朝飯を腹に入れてこい。三十分経ったら出発すンぞ」
「え!?もうここから出てくの!?友達と今日も遊ぶ約束してたんだよ!
 ってミサカはミサカは日本伝統のかまくらをロシアの子供達と堪能する予定を述べてみたり!」
こいつ、自分が死にかけてるのに随分気楽だな、と一方通行は冗談半分で絶句し、
オッレルスの治療が別の意味で良好なのかとも思ったが、打ち止めの尻を叩いて(あくまで比喩表現)
さっさと洗面台に行くよう急かした。
「ふ~ふふふふ。やっぱり第一位も男の子なんだね……ってミサカはあなたのあそ」
番外個体の尻も蹴って(今度は文字通り)覚醒を促した。

「で、本当にもう出向くのかい?」
玄関を出て、外壁の出入り口でオッレルスは一方通行一行を送ろうと外に出ていた。
周りには孤児達も並んでおり、打ち止めとの別れを惜しんでいた。
「フィアンマって奴の場所はオマエでも究明できねェンだろォ?だったら俺が直にこの足で
 突き止めるしかねェ。戦争の現場まで出向けば、首謀者の動向も掴める可能性がある。
 ……さすがにこの二人をここに預けておくのは危険すぎるからな。世話になった」
オッレルスはこの孤児院から離れられない。したがって、外界の情報を集めるのにも
限界があるのだろう。こんな辺境では秒単位で移り変わる戦況を完全に知り得るのは無理が有る。
よって一方通行は自分でフィアンマを探す事にした。そいつの目的もこの戦争を引き起こした理由も、
推測しか出来ないが、おそらく世界大戦自体は隠れ蓑であり、過激な陽動とも言える。
また違った計画が裏にあると、あまりにも闇に触れすぎた一方通行はフィアンマの真意を読み取っていた。
「……そうだな。君には君にしか成し得ない事もある。もしかしたら、君もあの少年の様に
 この大戦を終結させる切り札になるかもしれないな。何の力にもなれなくて済まない」
あの少年、といったらやっぱりアイツなンだろォな、と一方通行は見当をつけて呆れつつ言及する。
「ハッ、打ち止めの病状を和らげて、俺に魔術と禁書目録の概略を授けてくれやがった奴が
 吐くセリフじゃあねェな。まぁフィアンマとかいう雑魚ぐらいなら俺と上条が挑めば、なンとでも……」

その瞬間、一方通行とオッレルスは一点に振り向き、ベクトル操作で外壁を強引に引き詰めて
盾を拵え、そして『説明のできない力』で衝撃を最低限まで軽減した。
轟!と大砲が暴発したかの爆発音が孤児院に衝突する。しかし、孤児院どころか、子供達、
妹達には傷一つすら付かない。あまりにも広範囲で殺傷力に長けた攻撃だったが、
科学の頂点に立つ怪物と、魔術の限界に最も近づいた化物の前には、ガキの振り上げる拳にも満たない。
奇襲だ。
「遂に」
「来たってワケか」
一方通行はゴキ、と運動不足の首を斜めに曲げて鈍い骨の音を鳴らし、今の攻撃の発射点を観測する。
ベクトルの解析によって導かれた答えは一つ。これは学園都市による進撃ではない。
攻撃で生じた衝撃によって巻き起こった風を『反射』しきれなかった。
つまりは魔術。その証拠に、五十メートル先には深い青の布を纏った異様な集団が
血を滴らせた白っぽい槍を携え、こちらに目を向けている。
「……ロシア成教の回し者だな。魔術の形式からしてエノク魔術の使い手か」
オッレルスもまた魔術的な視点で敵を分析する。
「エノク語には通常の英語では発音出来ない音声的特徴が有る。
 その性質を抽出して、『音』による物理的干渉を変異させてこの威力を構成しているようだ」
一方通行には半分程しか魔術的仕組みが分からないが、とにかく『音』、即ち空気の振動を激盪させ、
物質にも振動を伝達することによってこの破壊力を実現しているらしい。超音波の強化版といった所か。
相手は二十人位。懐に潜り込めば一撃で殲滅できる人数だが、
こちらは妹達や孤児達と戦力外の者達を抱えている。明らかに不利だ。
「二手に分かれよう」
オッレルスが最も合理的な案を出す。
「奴らを迎撃する一人を残して、もう一人はこの子達を連れて離れる。敵の目的が誰かはわからないが、
 どっちみち自分達を攻撃してくる者を振り切ってまで弱者を確保し人質を取ろうだなんて考えはしない。
 少ない手数で広範囲に反撃を続ければ問題ない。ここは俺がーー」
「待て、それは俺がやる」
一方通行が口を挟む。
「俺のチカラじゃガキ共を守りきれねェ。向こうも二手に分かれるか、
 もしくは別働隊を控えてさせてンだろォな。そうじゃねェならこんな奇襲は使ってこない筈だ。
 この一隊が全ての戦力ですよ全力で真正面から戦いますよ、って印象づけるための罠だ。
 足止めは重要だが、その役割はオマエじゃ勤まらねェよ」
一方通行は自分一人なら無傷でこの襲撃を撃退出来る。魔術が『反射』しきれないとしても
竜巻で一気に薙ぎ払うか、五指で血管を破裂させ続ければ殺られる前に封殺出来る。
逆に自分以外は守り難い。可能なのはせいぜい、打ち止め一人を抱えて逃げるぐらいだろう。
だったら自分が残る。そう方針を決めかねている間にも、魔術師達は距離を詰めてくる。
「オマエの戦力は知らねェ。だが子供のためなら十二分の力を発揮するのがオマエじゃねェのか?
 だから任せる。こいつらを、頼む」

単に戦場から邪魔者を排斥したいだけだった。結局一方通行は自分のみにしか矛も盾も使えない。
だから、打ち止めや、番外個体も邪魔だ。
この二人をこれ以上、害悪に曝したくなかった。
その意思を汲み取ったのか、オッレルスが頷く。わかったとだけいい、子供達と打ち止めを連れて行く為に
魔術で視界を遮って、孤児院前から逃避していった。
打ち止めの瞳が自分に向けられているのは、背中で分かった。だが、しかし、だとしても、
「……必ず、戻ってくるよね?ってミサカはミサカは尋ねてみる」
「ああ、必ずだ」
それだけで、闘う理由は十分だった。

戦場に残る一方通行。久々の感覚だ。神経が余計な雑音まで察知し、
ただ殺し合いに特質した力と意思だけが浮き彫りになる。気の弛み、体の痒みといった
日常では当たり前の細事までもが勝敗に関与する。電極のスイッチは既に入っており、
学園都市最強の超能力者が、獲物の動きを舌舐めずりして伺う。
「で、何でオマエがここにいンだァ?」
と、横を振り返るともう一人、この戦いに入り込んでいた。
番外個体。『欠陥電気』の大能力者。
「やっほう、ミサカも力添えしたいと思って残ったワケだよ。第一位。
 お姉様程の出力は無理だけど、大能力者程度でも暗部で働いてる人もいるし、
 ミサカももしかしたらこの迎撃戦のキーパーソンになっちゃうかもよ?」
一方通行はもう溜息とかそういう文句は吐かない事にした。
こいつには驚かされたり、呆れさせたり、自我を崩壊させられたりしたが、今回だけは許した。
「……言っとくが、あいつらがどんな手を控えてンのかは不明だからな。
 もしかしたら、俺より強い奴だっているかもしれねェぞ?」
『グループ』の所属員にも感じなかった連帯感があった。
「ははは、あなたより強い人なんて異星人でも無い限りいないと思うよ。
 ミサカは宇宙人なんて信じてないけどね」
守りたい者と、共に戦いたい者との境にある殻が割れた気がした。
「来るぞ」
一方通行が身構える。それに応じ、番外個体は背中から顔全体を覆うゴーグルのスペアを取り出し、
再び装着する。決闘に来訪する覚悟を表したかのようだった。
「足手纏いにはなるなよ」
「もしそうなっても、あなたがミサカを守ってくれるんでしょ?」
もう間もなく、二団はぶつかり合う。魔術と科学の交差が全てである戦闘の火蓋が、切って落とされる。

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相手の布陣を確認する。横一列に並び、ややこちらを弧に囲むかのように扇形の陣形で魔術師達は
足を止め、槍を構え直す。一人だけ後列で安全な場所に引いていた。リーダーはあいつか、と
一方通行は目を付け、会話を投げ捨ててみる。
「学園都市からの使者にしては、服装が古風だよなァ。ンだったらやっぱこの羊皮紙が狙いか?」
ぴらぴらと、無防備に一束分だけあえて見せてみた。この挑発に乗ったかの様に、統制者が返答する。
「それもありますけれども、真の狙いはやはり貴方達なのだと、言い返し。
 ついでに学園都市からの使者で半分正解なのだと、ご忠言」
声質からして、若干少女さを残した女性のようだ。フードを被っているため、外見からは分かりづらいが。
どォいう事だ、と聞き返すと、軽快にその女性は答えた。
「今、学園都市は自軍に束ねるべき戦力の確保に一生懸命なのだと、ご発表。
 超能力者第一位の貴方とミサカネットワークの根幹たるクローン、そして学園都市の意に逆らった
 役立たずの個体の身柄を差し出す事で、我々は学園都市と対等の交渉を行い、
 我らとの関係を強引に取り持つ事で、我らはこの戦争の勝者になるであろう陣営の一員となるのだと、
 計画漏らし。もはやロシア側は敗北するのみ。よって先にロシアを裏切るのだと、勝利宣言」
つまりは、魔術に関わる者でも学園都市側が勝つであろうと考える一派が存在し、ロシアに所属していたが
科学側へ転がり込むために一方通行達を狙っているらしい。体のいい、交渉材料とされているようだ。
「ソイツは結構なこった。だが、俺達がそォうまく、お行儀よく『道具』になると思ってンのかァ?
 第一、オマエ等じゃ俺等を手懐けきれるワケねェだろォが。力不足なンだよ、オバサン」
話を持ちかけたが、これではフィアンマに関する情報は引き出せないようだ。ならば手は一つ。
「ほぉ?我らを下位に思っているのか?と、苦笑。
 このアドネッタ率いる一団を小馬鹿にした罪は原罪並に重いぞと、重層な脅し」
「ハッ。ンじゃそのガタイのイイ体に直接訴えかけてやろォか!!」
怒号と共に一方通行が能力を展開させる。空気中のベクトルを完全に掌握し、風という風を
全て制御下に従える。徐々に風は突風に、突風は竜巻に、竜巻は台風へと進化し、
M7クラスの荒風が魔術師達の陣形を跡形も無く吹き飛ばす。その勢いに乗り、
一方通行と番外個体は二人の距離を離さぬまま、戦地に飛び込んでいく。
今の風は布石に過ぎない。ロシア特有の冷風が戦局に直接絡む事は無い。
空気の振動を操る魔術師に対して、暴風による攻撃は半減されてしまう。
実際、能力者や銃器を持った部隊に猛威を振るったこの技はアドネッタ達にはそよ風としか思われない。
だからこそ、一方通行達は前に出る。片方は指先が擦れば絶対死を与える悪魔の能力、
片方は雷速で飛び、感電すれば確実に行動の自由を奪える電撃。これらの直撃を狙う。
「オイオイ、偉そうに作戦垂れてた奴らとは思えねェなァ!!
 もっと策練ってから出直して来いよ、雑魚共が!!」
と一方通行は、巻き上がられた雪の結晶によって視界が奪われた中、一人の魔術師に
一気に接近する。だが、その獲物はそれに気付かない。
何故なら、声がした方と、逆側から怪物が飛んできたからだ。
いとも簡単に背後を取った一方通行はその背骨を靴の裏で蹴り上げ、叩き折る。
一方通行は声、『音』の響く方向すらねじ曲げられる。ベクトル操作能力に懸かれば、
自分の位置を誤認させるのは朝飯前だ。例え、魔術に『反射』が効かなくとも、
相手に目標を察知させる術さえ奪えば何とでもない。
その内に、魔術師達は当たり前の事に納得してしまう。学園都市の頂点にある一方通行とは、
魔術すら鼻にもかけない、真性の化物だと。
そこまで考えが及べば、自然と狙いが変更される。縦横無尽に駆け巡る超能力者ではなく、
無害と言っても良い、哀れなクローンに矛先を向ける。
番外個体も電の槍と砂鉄の剣で応戦し、それなりの戦果を上げていたが、
一気に攻撃が集中されれば、対応策を無くす。確かな手応えを感じた魔術師達は『音』による
衝撃波を番外個体の死角から放ち、体の自由を奪おうとする。
正に音速。確実に番外個体を仕留める会心の一撃が幾つも彼女の知らずの内に放たれるが、

それを、避ける。
いとも簡単に、その女性的な体を靡かせ、能力によって身体の電気信号における情報量を
増やし、格段に身体能力を伸ばした番外個体は空高く飛び上がり、『音』の槍を回避した。
まるで、イルカが海面から飛び上がる様な優雅さがあった。
当然、攻撃を放った魔術師は動揺する。完全に今の一撃にクローンが対応することは不可能のはずだった。
しかし、現に効いていない。その隙に番外個体の放つ雷はあっけに取られる敵その者達から意識を奪う。
(ふふふ、わかんないよねぇ?何でミサカが攻撃を避けられるかが)
反り返って自由落下しつつ、電撃で落下の隙をフォローして地面に着地する番外個体。
トリックがあった。番外個体の『欠陥電気』による電磁波では『音』の攻撃を感知する事は出来ない。
そう、ただの『発電能力』では今の一撃には一切防御策を持てない。
だが、番外個体にはもう一つの特別な能力がある。

体内に仕込まれた『シート』だ。これには、一方通行の電極と繋がるミサカネットワークの動きを
観測して、一方通行の思考パターンを読み取る機能が備わっている。
つまり、番外個体は一方通行の心を読む事が可能だ。
これを悪用すれば、一方通行の『視点』から入った戦況を横取り出来る。
『一方通行』は学園都市随一の感知能力でもある。これを把握する事は、その場の自然現象全てを
感じ取る事と同意である。よって、番外個体にはこの戦いは何もかもお見通しなのだ。
といっても、その事は一方通行本人にもわかっていた。もしこの技が番外個体に無かったら、彼は
絶対に番外個体をこの戦闘に巻き込もうとはしなかっただろう。
だが、実際には番外個体は一方通行と肩を並べる程の結果を出し続けている。

ワケも解らないまま、魔術師達は一方通行にも魔術による攻撃を放つが、もう、遅かった。
「残念だが、もう『解析済み』だ。残念だったなァ?遅い、もォおっそォいンだよ。
 運動不足のハイエナちゃァん?目先の結果に翻弄されてンと折角の勝機が無駄になっちまうンだぜェ?」
『音』が翻って、戻ってくる。なまじ威力に長けているがため、魔術師は自滅の一途を辿った。
実は一方通行は最初から本気は出していなかった。最初の一撃も風では無く、地面に能力で衝撃を与え、
地割れを起こせば魔術師達を生き埋めにも出来たが、あえて一方通行は正攻法で戦い、その片手間に
チカラの比重を『反射』から『感知』に割り当て、『音』の魔術の構成を解き明かしていたのだ。
これが魔術との戦い方。一方通行は科学の頂点だけでは飽き足らず、正反対の魔術にもその能力を
向け始め、正真正銘の怪物へと伸し上がろうとしていた。

もう片手の指の数程にまで減った魔術師達は『音』で障壁を作り上げ、
一方通行達の猛攻に静止を掛けようとする。しかし、それに対して一方通行は毅然と対応していく。
今更拳銃を取り出し、折り畳んだ杖の真っ先に『結合』させる。
「……ンな壁、風穴でも開けて欲しいのかァ?才能による超能力と、努力による魔術、か。
 どっちも等価値だが、オマエらは使い方を間違えた。敗因はそれだけだ」
薬莢が飛び、弾丸が放たれる。しかし、火薬の爆発による銃声が鳴らない。代わりに耳に飛び込んでくる
のは、キィィンと金属を摺り合わせた様な不自然な高周波音。
その瞬間弾丸は超電磁砲を超えた速度で飛び、『音』の壁を悠々と貫通し、
何と、九十度に折れ曲がり、並んだ魔術師達を一気にぶち抜く様な不自然な軌道を描き、彼らに
九ミリの銃痕を残していく。同一の急所に風穴が開いた彼らは、一人を残して倒れ伏せた。
もう一つの仕込み。能力発動時には収納されている杖だが、これにはカエル顔の医師から受け取った
電極の設計図から構築した、妨害電波のジャミング機能が備わっている。しかし、一方通行はさらに
この杖と銃に手を加えていた。電極の極一部の機構をジャンクで再現し、杖と銃にそれを組み込ませる
事で、弾丸そのものにベクトル変換能力を宿らせ、軌道、速度、威力を完全に、敵に着弾するまで
自由に操る事が出来る。これによって、派手に能力を連発して敵を撃滅する手間を減らし、
シンプルに一手で敵を殺すのを可能にした。
そこらの石を蹴り飛ばすのと違い、攻撃の方向を直線以外にも修正できるのが強みだ。
電極の機能を不完全に写したため、能力使用モードで無くともベクトル変換弾を銃単体で打てるが、
上条戦ではそれが仇になり、弾丸自体の軌道をあの右手で止められる場合を考慮したため、使えなかった。

いつしか風も静まり、戦場における死体と戦闘不能者の山が積まれ、場には一方通行と番外個体、
そしてアドネッタの三人が立っていた。と、一方通行は一つの懸念を抱いた。
唯一アドネッタだけは一方通行達に対して、積極的な攻撃を行わず、一人戦局から離れていた。
明らかに不自然だった。まるで、今倒れている全ての仲間を盾にして、何かを待っていたかのようだった。
慎重さが伝わったのか、それとも倒される運命を受け入れたのか、アドネッタが口を開く。

「いやいや、恐れ入ると、ただ驚愕。
 しかし、ここまで計画通りだと返って清々しいと、ご安心。
 時間稼ぎとは、待つ者に取っては退屈かつ、とても浮き立つ時間だ、と大感激」
一方通行は銃口を下げない。この一発でもう決着する。
「減らず口もそこまでだ。計画通りだろォがなンだろォが俺達には関係ねェ。
 俺だけならまだしも、無害で、何の悪さもしてねェただのガキ共を利用するなんざ、
 ンな時点でもうその計画とやらは破綻してやがンだよ」
「その『悪さもしてないただのガキ共』が学園都市を巡り、
 今や世界の均衡さえ崩す一因になっているのだと、ご説明」
もう、語る必要も無い。一方通行は地面に強烈なベクトルを衝突させ、地面を抉り、
視界を奪う。そのまま銃のトリガーを引いた。この一撃は不回避。確実に決まる。

が、その直後、一方通行に何かが飛来してきた。あえて『反射』せず、この『何か』を掴み取る。
弾丸だった。一方通行が放った物と全く同じ銃弾。血の跡も無く、銘名まで読める。

…………全く同じ弾丸が、『全く同じ軌道を描いて返ってくる』?

不可解に思う一方通行に思わず駆け寄る番外個体、だが、その視線が、一瞬で折れ曲がる。
土煙が晴れ、掠れた、金属音のような声で、『それ』は言った。
「知ってるか。旧約儀典の一つ、『エノク書』にはこんな記述がある。
 筆頭のアザゼル、つまり『第十番目の支配者』は軍刀と鎧と、あらゆる戦具の作り方を教え、
 大地の鉱石と金をいかにして製作するか、また女達のためにこれらを『飾り物』に作る仕方や、
 銀子の作り方を教えた。さらに選ばれた鉱石や染料できらびやかにし、美粧することも彼らに伝えた、
 とな、とご解説。その『飾り物』は最も優れた材料によって
 『最も優れた姿』を女性に『模倣』させた。この記述を解釈すれば、こんな事も出来る、とご体現」

頭頂は白髪、衣服は黒、整った顔立ちに、赤い瞳。それは、

「これこそが処女の一生を犠牲にして初めて効果を放つ究極の霊装。
 『最も優れた能力』を完全に、『全盛期のまま』に写し取る『最姿装飾』。
 ……て、理解できンのかなァ?魔術初心者の三下くゥン?」

あの時のままの、学園都市最強の超能力者、が一方通行の前に君臨していた。

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今度こそ理解が指先を素通りしていった。魔術とはここまで万能だったのか。
いや、それよりも、魔術の効果の崇高さにではなく、過去の一方通行の再来に、
現在の一方通行は目が釘付けになった。目が離せないのに、直視するのが嫌で嫌で仕方なかった。
忌まわしい過去。妹達を屠り、穿ち、畜殺した『あの頃』の姿。
その姿の一方通行は打ち止めを救ったものでもあるが、一方通行の嫌悪はそれでも止まらなかった。
もしアドネッタの言う事が事実なら、こいつは一方通行の姿だけでなく、触れたベクトルを全て変換する、
科学の頂にある超能力をも模倣した事になる。
(このままじゃ負ける)
確実に冷や汗が皮膚を流れた。一方通行は誰よりも今の状況に危機感を抱いていた。
(本当に俺の『全盛期』を写し取ったのならば、向こうには能力の発動に制限時間が存在しねェ。
 こっちが全開で動けるのは残り二十三分。力が拮抗したら持久戦に持ち込まれンのは明白だ。
 そォなれば絶対にこちらが自滅する。奴はそれを指銜えて待っているだけでイイ)
番外個体にもその後ろ向きな思考が伝わるが、この現実は絶対だった。
(加えてこっちには妹達までいる。俺だけを集中して攻撃してくる筈が無い。
 このままじゃ番外個体を守ってるだけで手一杯でこっちから攻められねェ……)
「ハッ、学園都市最強ってのはこんな感触なンだなァ。空気の流れ、物体の持つ位置、運動エネルギー、
 数値化されたベクトルってのが頭に勝手に入って処理してやがる。あァ、言っとくが、
 こっちはイチイチ計算式を組み立てなくても、全部この霊装が代理でやってくれるから、
 科学的な知識が要らないワケだ。霊装発動までには相手の情報を認識させる時間がいるがな。
 オイオイ、これって凄ェ事じゃねェのか?科学の超能力を魔術で再現できるなンざ、
 アレイスターが知ったら腰砕けて死ぬかもしれねェぞ?」
アドネッタの余裕さが一方通行達にも向けられる。だがそれに反応している余裕は無い。
この不利な状況を打破する策を練り続けている間に、アドネッタが一歩一歩接近してくる。
そのまま、口元が横一線に切り裂かれた様に鋭い笑みを浮かべて、
「ンじゃァ、存分に力を奮ってやる。手頃な位置に『あの時』みてェな贄がいるしよォ。
 ……妹達総撃破数+1ってところですかァ!?」
そのまま一直線に番外個体に飛び込むアドネッタ。ベクトル変換能力は問題無く発動し、
推進力を得たロケットの如く、不可視の速度で突進する。
「……させるか、猿真似野郎が!!」
一方通行も当然反応して壁になる様にアドネッタの動きを体を張って止める。
そのまま相手のベクトルに干渉してアドネッタの血流を操作しようとするが、
(……やはり、効かねェか)

そう、互いがベクトルを操作出来る場合、その効果は相殺され、能力の衝突は無効と化す。
一方通行とアドネッタの運動はどちらも意味を無くし、その場に静止する。
こんな馬鹿げた事が平然と起こりうる。笑えるが、愉快さとは程遠かった。
前屈みになったまま激突したアドネッタはそれでも笑顔を歪ませず、そのまま首を振る。
アドネッタの白い髪が靡く。今の一方通行より短めで、整っている。散髪など無縁の髪のままだった。
「おォ、科学実験ってのは割と爽快じゃねェか。これじゃァこいつをを一万回繰り返すのも
 仕方ねェよなァ?学園都市もさぞ愉快な街だろォな。人殺しが日常茶飯事なンだからよォ!!」
自分と同じ、全く同じ声が、一方通行の精神を徐々に蝕んでいく。番外個体が一気に心の柱を折りに来た
のと違って、こちらは柱が自然に腐っていくのを助長していく様な、そんな陰険な手法だった。
くっ、とアドネッタが距離を取る。一方通行が自分の前方に爆風を起こしたからだ。
『反射』の壁がある限り、無傷のままであるはずだが。
(こいつ、俺の記憶もトレースしてるのか?言動からすればそォとしか取れねェ。
 ……くそ、何のヒントにもならねェぞ)
無意味な考えは切り捨て、勝利条件を整理していく。
(霊装の破壊……は無理だ。装飾にも『反射』の膜が施してあるはずだ。
 なら、こいつの演算を遮る。それしかねェ)
霊装の直接粉砕は不可なら、霊装の代理演算を妨害すればいい。その結論を読み取った番外個体が
能力を研ぎすませ、その場に雷鳴を轟かせる。閃光が拡散し、それに遅れて、
ゴォオオオン!!と空気を引き裂く爆裂音が鳴り響く。『反射』は音に対しては初期状態だと
殺傷能力がある物を除けば、一応素通りするよう設定されている。その大きな音で動揺を誘い、
演算を狂わせ、その隙に一撃を叩き込む寸法だったが……
「あァ?耳でも壊す気だったのか?無駄だよ無駄。大方霊装をビビらせようとでもしたんだろォが、
 そいつはさすがに無理があるンじゃねェか?もうネタ切れかよオイ。学園都市最強の名が泣いてンぞ?」
効かない。完璧に撹乱と妨害のタイミングに合わせ、背後に回り込んだが、
後頭部に刺したはずの拳には何の効果も発生しない。さすがに猫騙しでは勝機は見えない。

ならば、
「なら頭の出来を競ってみるかァ!?所詮コンピュータに演算任せてるようなオマエじゃ俺の侵入には
 さすがに耐えられねェだろ!!」
垣根帝督による一方通行の攻略法と同じく、『反射』のフィルタをかいくぐり、有効なベクトル攻撃を
加える。一方通行自身の弱点をアドネッタも引き継いでいるはずだ。再び竜巻を四刃従え、
アドネッタに激突させる。四万のベクトルを直撃させ、完全に『反射』の盲点を突いた。
だが無傷。アドネッタは無形のまま平然と笑っている。
「『全盛期』ってのは便利な概念でな。今のオマエじゃ出来ない事も実現できちまう。
 完全に穴の無い『反射』。オマエの能力でも理論上は可能だ。そいつを現実に引き起こしちまうのが
 『最姿装飾』の大きな利点。模倣を超えるついでにオリジナルまで凌駕しちまうンだよ」
思考パターンですら上を行かれる。これでは自滅を待たずとも決着が付くだろう。

一方通行の完全な敗北が。
敗北は、番外個体の、打ち止めへの悲劇に直結する。
それを知った一方通行は、今までで一番使いたくなかった、下賎で、卑怯で、唾棄すべき攻略法を
選んだ。完全なる『反射』。それすら貫通する起死回生の手を打つ。
低く構えたまま俊足でアドネッタの手中に迫る。このまま拳を握り、左手で殴りかかる。

その直後、インパクトの直前に、拳のベクトルを『正反対』に変換する。

その結果は予想を超越した。完全だと思われたアドネッタの『反射』の枠を素通りし、
左手の衝撃がアドネッタの土手っ腹に一直線に入ったのだ。
「ごォ!?」
無視出来ない威力にアドネッタは仰け反り、二メートル程後ずさる。
(イケる!)
原理は単純。ベクトルが正反対に返ってくるならば、その攻撃を当てる瞬間に『引けば』良い。
木原数多が一方通行に取った戦法と同じだ。
一方通行を散々苦しめた戦法が、皮肉にも今回は一方通行に勝機のチャンスを掴ませた。
殴られるのに慣れていない体質すら真似たのか、アドネッタはすぐには体勢を立て直せないようだ。
(ハハッ!感謝するぜ木ィィ原くゥゥゥン!墓前に花でも添えてやるよォ!)
勝機を掴んだ一方通行は追撃に全力を出す。今度は血流爆破のベクトルを反対に入れ込むことで
アドネッタを確実に即死させる。そのまま前に出るが、
「……イイのかなァ。そのクローンから離れてよォ?」
「ッ!?」
アドネッタの様子がおかしい。絶対有利が崩れた今、防御一向に走るだろうと推測していたが、
逆に勝利を確信された様な、そんな意味合いを含む発言だった。
その違和感は当たっていた。冷静さを欠いた一方通行は、その感情と思案がまっさらになる。

全身を司る機能が全て奪われた。
電極が受信する筈のミサカネットワークとの繋がりが完全に断たれた。

ベクトルによる推進補助を受けていた一方通行の体が冷たい雪原に頭から飲み込まれる。
アドネッタの策は一方通行の自滅を目的に入れていなかった。今までの道化振りは
ミサカネットワークの電波のベクトルを見定めるまでの時間稼ぎ。
受信状況にジャミングを掻けるのとは全く違う。電波そのものを拡散させ、完全に電極の機能を
停止させた。策士特有の笑みを浮かべたアドネッタが一方通行の頭を蹴って、番外個体の足下まで転がす。
この絶望的展開に、一方通行の名を叫びながら番外個体は彼の体に訴える。涙ぐみ、
心配によって敵が目前に君臨している現実にまで気が届かない。
アドネッタはフン、と鼻で笑い、饒舌になる。
「これで目標達成。今の一方通行は廃棄され、私が新しい『一方通行』になるのだと、ご確定。
 本当は一方通行の姿と能力を借りて、学園都市に入り込むのが私の本来の目的。
 番外個体と最終信号は一方通行が捕獲し、そのまま統括理事長直々の手で処分される。そして
 超能力者第一位と全妹達を新規させる。もはや過去の最強もクローン達も不要なのだと、ご発覚」
アドネッタはこれからは一方通行として生き、学園都市に逆らい続けた旧一方通行とは違い、
完全に学園都市の駒となる。それによって自分の一生は犠牲となるが、その代償から得る物は大きい。
「クローンである貴方にもわかるだろうと、求同意。本人と入れ替わる願望を分身は絶対に夢想する。
 貴方には達成出来ないが、私になら楽勝なのだと、ご断言」
確かに、番外個体も、打ち止めも、妹達も、御坂美琴の影でしかない。本人は超能力者でも
自分達はそれに劣る出来損ないだ。
お姉様は、どうあっても、妹達よりは幸福で平和な暮らしを営んでいただろう。自分たちとは違って。
「居場所が欲しいのだろうと、決めつけ。私ならあの下賎な一方通行とは違う。
 生ゴミのような貴方にも、好意を向けられる。アレイスターに頭を下げて貴方を生かしてやってもいい。
 一緒に学園都市に戻らないかと、提案。……そォ思わないか?俺は違う。オマエを大事にする。
 オマエが嫉妬している最終信号よりもだ。だから、俺と来い。二人で、恒久の平和に浸らないか?」
甘い誘い。今全身の力を失い、意識があるのかすら不明の一方通行では無く、この二人目の一方通行を
受け入れる。その方が楽に、簡単に、番外個体の夢も安易に叶うかもしれない。
一方通行を許し、少しでも彼の背負う痛みを和らげさせてあげたい、という純粋な夢。
一方通行を愛して、一つになりたいという無垢な夢。
それが一挙に、何の苦労も無く実現する手段が番外個体の目の前に提示される。

「……お断りだ」
それでも、番外個体は言い放つ。
「例えアンタがミサカの思うがままの一方通行でいられるとしても、ミサカはそれを幸福とは思わない。
 ミサカはアンタのような張りぼてには興味は無い。ミサカが好きになったのは、ミサカが
 一緒に寄り添いたいと願った一方通行は一人しかいない。冷たくて、乱暴者で、いつも文句ばっかり
 言うけど、ミサカ達全員を救うために奔走するこの人だけ!アンタは所詮偽物だ。それが全てだ。
 自分の保身と名誉しか頭に無いアンタにこの人の気持ちを完全にトレースする事なんか出来っこない!」
立ち上がり、真の一方通行を守る様に立ち塞がる。例え敵わなくても、このまま触れられただけで
死ぬのがわかっていても。屈せず、動じず、揺るがない。
番外個体は一方通行のステータスに惚れ込んだのではない。
この一人の少女は少年の中に偏在する、複雑で、揺れ動きやすい、それでも一途な『あるもの』を好いた。
「アンタに一方通行の名も、この人が背負う痛みも、打ち止めの命も絶対に渡すもんか!
 ミサカ達にはアンタが道化師だって事がすぐに分かる。だからアンタの計画なんか成功しないのよ!」
その瞳には意思が有った。かつての闇一色の仄暗い目とは全く異なった熱い光が差し込んでいた。
「アンタにはこの人を殺させない。ミサカが、この人から貰った命に懸けて!!」
一方通行に貰ったあの想い。それは、この偽者には絶対に感じられないものだ。
だから、アドネッタはどれだけ一方通行を再現していても、番外個体には下賎な幻想にしか見えなかった。
だから、守りたい。とても単純な理屈と行動だった。だが、番外個体はそれに大きな価値を見いだした。
番外個体の強固な思いは、アドネッタの思惑にすらヒビを入れさせる。
完全に精神面では番外個体が優位だった。
自分を捨てたアドネッタと、自分と大切な人を決して捨てない番外個体。
その差は、有り合わせの学園都市最強の能力を持ってしても埋め合わせる物ではなかった。

だが、
「……そォかい。せっかくお友達になれると思ったのになァ。
 じゃあ、一万三十二体目の遺体も、ド派手に素敵にオブジェにしてやンよォ!!」
アドネッタの一撃が番外個体を吹き飛ばす。即死には至らないが決して少なくない血が傷口から噴射した。
もう一度腕の骨に強大な苦痛が走る。それでも死ねない。死ぬものか。
圧倒的な戦力差があっても抗い続ける番外個体。それを眺めるアドネッタは、
「では、お二人さン、あの世に優雅にご招待だ。……こっちは私に任せて、向こうで幸せにね、とご祝福」
アドネッタは優雅に手を振りかざす。
あまりにも激化の頂点に達した、一万もの人間をまとめて臨終させる程の爆風が二人を襲った。

衝撃で、血塗られた、ゴーグルが、跡形も無く、吹き飛び、消し去られた。

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