とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

2-7

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だれでも歓迎! 編集
(二日目)10時42分

凄まじい轟音と共に、高層ビルと同じ高さの砂埃が舞い上がった。
ブリッジを支えていた石柱は、アメ細工のようにグニャリと折れ曲がり、ブリッジごと黒い翼に呑み込まれていった。白髪の少年の眼前にある、ブリッジの終着点である国際ターミナルの全面ガラス張りの巨大な出入口を突き抜け、あらゆる物を貫通し、ターミナルの反対側で停泊している数機の旅客機を吹き飛ばした。
行倒しになった飛行機は、遅れて一際大きい爆発音と共に炎上した。ブリッジから数百メートル先までの国際ターミナルを跨ぐ一直線上は、ドロドロとした黒い物体一色に染め上げられる。
『一方通行(アクセラレータ)』の背中から噴射されたものは翼というより、何か意志を持った黒い液体のようにも見える。
白髪の少年の背中から噴射している『竜王の翼(ドラゴンウイング)』は、空中で巨大な半円を描くように湾曲し、『一方通行(アクセラレータ)』の正面に伸びていた。
『一方通行(アクセラレータ)』は両腕を前に突き出す。ゆっくりとその腕を真横に広げ、十字架のような格好をとった。
『竜王の翼(ドラゴンウイング)』もそれに倣う。
一対の黒い塊は二手に分裂し、真横に動いた。
バキバキと鉄注や鉄筋はへし折れ、ガラスをふんだんに使用した芸術的な建築物である国際ターミナルは、大量のガラスの破片をまき散らしながら、中心から横一直線に引き裂かれた。
ヒュン、と。
一瞬で、黒色の翼は『一方通行(アクセラレータ)』を中心に、円を描くように仰ぐ。


高層ビルやプロペラが、高さ二〇メートルの位置で真横に切断された。


ズズズウン!!と、大きな音を立てながら、『一方通行(アクセラレータ)』の真正面にある国際ターミナルと同じように、周囲の建物が崩れ去り、莫大な量の粉塵が吹き荒れた。
瞬く間にして、直径一〇〇〇メートル弱の一帯は瓦礫の山と化した。
粉塵が荒れ狂う中、黒色の翼はゆっくりと立ち上がり、長さは約五〇〇メートルまで伸びていた。白髪の少年は空を見上げた。
パン!と、翼の先端から、まるで蠅の群れが霧散するように黒い物体が四方へと飛び散った。
その破片一つ一つが、鋭い羽根へと変貌する。無数の羽根は、目に止まらぬ速度で粉塵の中を突き抜けていった。
五〇〇メートルまで伸びていた翼は、わずか一〇メートル足らずの長さに収縮した。
白髪の少年は辺りを見回す。自分が立っているのは高さ二〇メートル程のブリッジだった。しかし、今は見る影も無く、彼の前後の橋は既に崩れ落ちており、左右にあったガラス張りの塀すら吹き飛んでいた。たった一本の石柱に支えられた一〇坪程度の床に立っているようなものだった。
「――――――――ら――スト――――――オ――――――――――ダ―――――――」
『一方通行(アクセラレータ)』は、必死に言葉を紡いだ。彼の頭に、耳鳴りがしそうなほど大きな声が「聞こえた」。
(今、貴方の魂は『神の世界(ヴァルハラ)』に密接に『干渉(コンタクト)』している。『神の物質(ゴッドマター)』が貴方の感情にリンクして、大量に溢れ出しているから感情をコントロールして!ってミサカはミサカは貴方を支えていることをアピールしてみる!)
「――――――ど――――う――――――やれ――――ヴァ―――――――wrd――」
(自我を忘れないで!気を抜くと、貴方の魂が『神の世界(ヴァルハラ)』に完全にとりこまれて『死んで』しまうから!
―――ッ!!呑み込まれちゃダメ!魂が『神の物質(ゴッドマター)』に溶け込んで霧散しちゃう!
!!!そ、そうだ!あ、あな、貴方の、本当、の、なっ、名前、名前を!思い出して!!
私は知ってるけど、『今の貴方』は知らないはず!!だ、だか、キャッ!)
『時間割り(カリキュラム)』によって『力』に目覚めて以後、彼の世界は一遍した。生徒数二〇〇〇人に届く学校にいながら、彼一人だけの特別クラスが用意された。体育祭にも文化祭にも参加しない。狭い教室に、机がポツンと一つ置いているだけ。
別にそれに不満を持った覚えは無い。
『絶対能力(レベル6)』に進化するための特別クラスで、多くの研究者に囲まれながら、そこで淡々と『時間割り(カリキュラム)』をこなしていった。
『絶対能力(レベル6)』にたどり着ける者として、『一方通行(アクセラレータ)』と呼ばれるようになった。
検体名『一方通行(アクセラレータ)』。
それは、すなわち学園都市最強の称号。『超能力』を身につけるべく、この学園都市に入り、『時間割り(カリキュラム)』を受ける人々全ての憧れの的。
最初、この名前は自ら好んで使っていた。自分は最強だ。自分は特別な存在だ。選ばれた存在なんだ。と、悪を倒す正義のヒーローの素質を持っているものと信じて疑わなかった。両親に名付けられた名前よりも、『一方通行(アクセラレータ)』という名に酔いしれていた。
『一方通行(アクセラレータ)』の真の意味に気づかないまま。

月日が流れ、検体としてのコードネームが自分自身の固有名にすり替わった頃、二万人の『妹達(シスターズ)』殺害による『絶対能力進化(レベル6シフト)』計画が始まった。
外を出歩けば、狂気に満ちた馬鹿な連中に目をつけられ、返り討ちにし、何回、何千回と同じ顔をした少女を殺し続ける日々。彼の表情にあまり変化が見られなくても、彼の心は徐々に深い『闇』に侵されていった。
そして、上条当麻との出会い。
そこで味わった敗北という土の味。
能力を制限され、『打ち止め(ラストオーダー)』無くしては生きられない体となり、様々な人々を通して、『人』としての意味を学んでいる。
『一方通行(アクセラレータ)』では無い、『人』としての自分。
一度たりとも、考えたことは無かった。

真っ白な世界に、『俺』はいる。
(俺は、一体―――――――――――――――――――――――――――――――誰だ?)
(俺の―――名前は――――――――――――――――――何だ―――――――――?)
『俺』の声と、

(俺の――――――――――――――――――――――――――――――――――――)
『僕の――――――――――――――――――――――――――――――――――――』
『僕』の声が、

(名前は―――――――――――――――――――――――――――――――――――)
『名前は―――――――――――――――――――――――――――――――――――』
重なり、

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ら」
『誰』かの、

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ラ」
声が、
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――んラ」
聞こえる。
闇を焼き尽くさんとする灼熱の戦火の中、一人の少年の叫び声が聞こえた。
『俺』を、呼んでいる。
「おいっ!!大丈夫か!?目を覚ませ!!―――――――――――――――――――――ッ!!!」

「ナ―――――3――――――魔―――――――――え――――――em ――――――?」

聞き慣れぬ少年の叫び声と共に、真っ白な世界に覆われた視界が、明確になっていく。
頭に流れ込んでくる黒い何かは、自我が闇に呑み込まれる錯覚を覚えながら、その勢いを増した。
だが反対に、心は高揚し、そして、異常なまでの冷静さがあった。
まるで体全体に熱気と冷気を同時に当てられ、その間で交じり合うような感覚。
胸に溢れんばかりの何かを吐き出すように、白髪の少年は絶叫した。
「ォォォおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああアアア!!!」


『一方通行(アクセラレータ)』は、真名(まな)を、取り戻す。


「俺は――――――――――――――――――――――――――――――――――――」
(アプリケーション〇〇九一。検体番号(シリアルナンバー)二〇〇〇一号。個体名、ラストオーダーより起動の申請。
検体名、アクセラレータ以外の申請は、パスワード――クラス『A』の入力が必要。
入力確認、開始―――――――――――――――――――――――『ブルーE.M.』と判定。
『受理』
〇〇九一。アプリケーションコードネーム、『ドラゴンウイング』を確認。『マザー』による検体名、アクセラレータの存在を確認。
『三次元空間』演算による座標指定。――――――――――――――――――――完了。
アプリケーションコードネーム、『ドラゴンウイング』。
起動―――――――――――――――――――――――――――――――――――開始)
『打ち止め(ラストオーダー)』の無機質な声が、白髪の少年の脳内に響き渡る。
だが、白髪の少年には届かなかった。心の内に鳴り響く轟音に、全てが掻き消されていく。
(AIM拡散力場――――――――――――――――class;3.64。Level『A』と断定。
ヴァルハラとのアクセスによる『共振』を感知。
IFM振動数を空間周波数から逆算―――――――――――――――――――――成功。
130,55[Dz/s] 。SLF;4897.001[BQ/s]。 
エマージェンシーモードのブルーアクセスのため、カウント00.00。)

夜空を焼き尽くさんとする灼熱の戦火の中、一人の少年の叫び声が聞こえた。
『俺』を、呼んでいる。
「おいっ!!大丈夫か!?目を覚ませ!!―――――――――――――――――――――ッ!!!」

聞き覚えの無いはずなのに、ひどく懐かしい声。
「こんなとこで死ぬなよ!!……それに、『打ち止め(ラストオーダー)』はどうした!?」

俺の『世界』は、この少年との出会いから、変わりはじめた。
「くそっ!アイツらああああ!!フザケんじゃねえぞ!!おいっ!起きろ!!俺たち、約束しただろ!?必ず生き残るって!」

その出会いは、さらなる『絶望』の始まりであり、たった一つだけの『希望』。
「聖人だろうが魔神だろうが関係ねえ。世界の意思?バッカじゃねえの」

『俺』は願った。
「いかなる理由があろうと―――、ラを傷つけるやつは許さねえ!!神だろうと悪魔だろうと、全員俺の敵だ!」

そして、辿り着いたのだ。

白髪の少年は、髪を掻き上げた。
手にこびり付いたのは、一筋の涙。
とある少年の後ろ姿が脳裏に焼き付いていた。
『今の彼』は知らない、真の強者の姿。
その少年が、彼の『名前』を呼び続けていた。


「グチャグチャうっせえンだよ―――――――――――――――――――――――当麻」


白髪の少年の頭に、感情の無い『打ち止め(ラストオーダー)』の声が響き渡る。
(『竜王の翼(ドラゴンウイング)』に関するステータスを確認。
ヴァルハラとのシンクロ率―――――――――――――――――――――――2.00%
ゴッドマターの出力量――――――――――――――――――――――――グリーン
アプリケーション〇〇九一。正常動作―――――――――――――――――――確認)
(『接続(アクセス)』―――――――――――――――――『完了(コンプリート)』)

不思議な気分だった。
脳に直接、冷水を流しこんだような冷静さと、激しく燃え盛る激情に体が震えながらも、全身を突き抜ける爽快感がある。
無地の紙に、あらゆる色が描かれるような情報の把握。
全てが見通せるような視界。
『何か』が違っていた。
(血が流れてるのに痛みが無ェ。なのに、風や温度の感覚がある。一体どうなッてンだ?)
「ラストオーダー」
彼の周囲には誰もいない。共に在る『彼女』に話しかける。
「あれはお前の記憶か?」
(うん。って私の記憶を見たの?ってミサカはミサカはとっても恥ずかしがってみたり!)
「…ありゃア、『戦争』の最中か?辺り一面が火の海だったぜ。あの『無能力者(レベル0)』に叩き起こされるヤツだったんだが…あンなこっ恥ずかしいセリフを言うとは、かなりのオメデタさンだな」
心の隅で、自分が決める『善人』の像と被ったことは口が裂けても言えない。
(あちゃー…って、ちょっと待って!?ミサカはミサカはそんな記憶は無いよ!ってそれは違うって断言してみる!)
「…なンだと?」
(私の魂も貴方の魂を通して『神の世界(ヴァルハラ)』にアクセスしてるから、記憶を垣間見ちゃったと、ミサカはミサカは思ったんだけど…)
「なら、『この時代の俺』の記憶の残滓だったンだろうな……おかげで、助かったぜ」
(よく頑張りました!とミサカはミサカは『今の貴方』に盛大な拍手を送ってみたり!)
「手が無ェだろ。お前」
(そういう悪質なツッコミはNGだよ!ってミサカはミサカは貴方のマナーの無さにプンプン怒って警告してみたり!)
「勝手に言ッてろ」
『打ち止め(ラストオーダー)』の声を無視して、何気なく右手を前にかざす。
ブバッ!!と、突然の爆風と共に、前方100メートルにある大量の瓦礫が勢いよく吹き飛んだ。
「……ハァ?」
白髪の少年は首をかしげた。
操作しようとしたでは無く、前方に佇む瓦礫の山が鬱陶しいと『思った』だけだ。
(貴方の力は『ベクトル操作』だけど、この状態時には、触れることが無くても半径三一〇・一七メートルの範囲内なら『ベクトル操作』が可能だよ。でも、この『力』は既存の物理法則が成り立たないから、ミサカネットワークによる演算処理が行えないし、ベクトルの方向性は通常の数万倍だから、緻密な操作が一切行えないの、ってミサカはミサカは説明してみる!)
「…オイ。俺はまだ何もしちゃいねェぞ。ただ手を動かしただけだ」
(『操作』するというより、『思い込んだ』ことがそのまま現実に『反映』するの。けど、今の開発段階では物体を操作することだけ。食べ物が欲しいって望んでも生み出すことはできな…)
もの凄い勢いで、白髪の少年の手元に何かが飛んできた。
それを掴んで、視認する。
「……缶コーヒーが飛ンできたンだが、しかも俺が飲みてェと『思った』銘柄だ」
(――――――――――――――)
『打ち止め(ラストオーダー)』が沈黙する。
白髪の少年は、『打ち止め(ラストオーダー)』の説明と身に起こった現象で、自身の能力を把握した。
『ある範囲内の物体を支配する力』


つまり、演算などを用いて、現実の操作で自分の理想に沿うように動かす力では無く、現実を理想に沿うように動かせる力。


白髪の少年は小さく笑った。
「物事を自分の思い通りに動かせる、か。まるで神様みてェな力じゃねえか」
自分の願望が、領域(テリトリー)内における物理法則(ルール)なのだ。
まさに『神の如き者(ミカエル)』。
神の領域に踏み入った学園都市第二位『絶対能力者(レベル6)』の名に相応しい力。
少年に向かい風が吹いた。白い長髪が大きく風に靡く。
少年は絶叫した。


「フッ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


かつて自分が願っていた力。二万人の少女を殺し尽くして初めて到達する領域。
その力が、手中にある。
心の奥底から震える驚喜を、体から解き放った。
溢れんばかりの高揚感を噛み締めながら、声を殺して、彼は告げる。
「ラストオーダー」
(…分かってる)
『打ち止め(ラストオーダー)』に声をかけた白髪の少年は、鋭く目を細めた。


「ドラゴンはまだ…死ンでねェ」


ターミナルの残骸の向こうに見えるのは、黒い煙が幾つも立ち上がる飛行場。
その先に漂う強烈な存在感を、白髪の少年は感じ取った。
『行くぜ』と思った瞬間、
バオォ!!と、足元の床を、ブリッジを支えていた一本の柱ごと吹き飛ばし、弾丸並みの速度で、前方へと突進した。
風に靡く『竜王の翼(ドラゴンウイング)』は、一本の直線を描いた。
白髪の少年は、一〇〇〇メートル以上ある距離を一秒強で詰める。
そこには旅客機や運搬車が巨大な黒煙を上げて炎上し、ターミナルの残骸などが散乱している光景が広がっていた。
所々で警報が鳴り響き、消火作業をしている大型スプリンクラーが作動しているが、そんな作業でこの火災が止められないことは目に見えていた。
白髪の少年は周囲を見回す。
これだけの騒ぎになっていながら、誰一人としていない。
(避難が完了したにしては早すぎる。ってことは予め、これは予想されてたってことか。それに今回の大規模な避難が秘密裏に行えたってことは統括理事会クラスの大物が承認してたことになる。アレイスターの関与は間違いねェ……チッ!学園都市ってのは、どこまでも食えねェ連中がいるもンだぜ)
はき捨てるように、少年は舌打ちをした。
ブツッ…と、突然、周囲のスピーカーから回線が焼き切れたような音が聞こえると、甲高い警報の音が止み、少年の周辺に覆っていた黒煙は一瞬で消え去った。
(うるセェと『思った』らスピーカーが故障して、前が見えねェって『思った』ら煙が消し飛ンだ上に、スプリンクラーまでオジャンかよ。…ったく、強すぎる力ってのも考えもンだな)
しかし、遠い場所では警報の音は鳴り響き、砂塵と黒煙が混じり合った巨大な煙は依然として空に昇っている。黒煙が消し飛んでいる地点を身長と視界から捉えられる遠近感覚、傾斜角を見積もり、自分の領域(テリトリー)の境界線を割り出した。
(煙の変化から見て、効果範囲はざっと半径二〇〇メートルってトコか。この力はまだまだ発展途上の上に不安定だな。今回はちッとばかり範囲が狭いらしい。――――が)
白髪の少年は宙に浮いたまま、ある方向に目をやる。
まるで船を引きずったように、アスファルトや地面が抉り捉れ、ターミナルから遠く離れた第二滑走路まで伸びていた。その終着点に、無数の鋭い羽根で出来た奇妙な漆黒のオブジェがある。
その目標物との距離は四〇〇メートル弱。
『竜王の翼(ドラゴンウイング)』から放たれた一部が変質した羽根。
スライムのように粘着性の高い液体の時もあれば、鉄板をバターのように切り裂く硬度を持つ時もある。鋭い羽根は後者の性質を持っていた。『何か』に無数の羽根が突き刺さり、巨大な黒いサボテンのような印象を与える。
もし、その『何か』が人間であった場合、肉や骨は跡形も無く切り刻まれ、おびただしい血の跡と僅かな肉片しか残っていないだろう。
しかし、その『何か』が『魔神』であった場合―――――――――――――――――――
パリン!というガラスが割れたような音と共に、無数の黒い羽根は粉々に砕け散る。その粒はカットされたダイヤモンドのように煌びやかな光沢を放ちながら崩れ落ちていった。
そして、『魔神』の姿を捉える前に、
『魔王』は動く。
「潰せ」
少年の周囲にある旅客機二機と、一五台の運搬車が浮かび上がった。


さらに、半径二〇〇メートル以内にある残骸全てが、地球の自転と同じ、時速一六六六キロの速度で『魔神』に襲いかかった。


グシャアア!!
突如、投下された爆弾が地面に突き刺さり、爆発したような黒煙が舞い上がる。
二〇トンを超す旅客機のような鋼鉄の塊でさえ、破片をまき散らしながら、バスケットボールのように地面をバウンドし、二列の滑走路を越えて飛行機整備用の格納庫に直撃した。
白髪の少年の周囲には、何も無かった。
下には、地下通路がむき出しになった地面のみ。塵一つ、彼の周りには存在しない。機械が溢れる飛行場で、その一部だけ、金属類の物体が皆無だった。
一〇メートルを超す黒の翼を羽ばたかせながら、少年は接近する。
ものの数秒で、立ち上る黒煙は、『魔王』の領域(テリトリー)に入った。
「邪魔だ」
轟!!と、土砂の入り混じった黒煙が吹き飛ばされ、その周囲に散乱していた何かの部品やガラス、タイヤや鉄筋などが紙クズのように『魔王』の前方に飛んでいった。
音速を超えた破片の雨は、飛行場から十数キロ離れた学園都市を覆う城壁に激突した。
残ったのは、直径四〇メートルを超すクレーターのように、ポッカリと穴が開いた土の地面。
その中心に『魔神』はいた。
無傷。
服に塵一つさえ付いていない。
その光景を見降ろしながら、白髪の少年は息を呑む。
「超能力で『チカラ』を手に入れて以来、俺は周りに随分とバケモノ扱いされてきたが…」
赤い眼光が、『魔神』に殺意を込めた視線を送る。
キイイイイイィ!!と、直後、耳を劈くような一際高い音が鳴り始めた。
周囲には、再び砂埃が舞い上がり、『魔神』の正面には、まるで水で出来た壁があるかのような波紋を帯び、眩い光が生じる。
『魔王』の『願望』が実現する世界で、『殺せ』という『法則(ルール)』が適応されない。
「俺がバケモノなら、テメェは一体何なンだよおおおおおおおおおおおおオオオ!!!」
白髪の少年は、心に溢れ出す『殺意』と、『竜王の翼(ドラゴンウイング)』を『魔神』に向けた。
空間に揺らぐ波紋はさらなる拡大を見せ、響き渡る音と目が眩むような光は激しさを増した。そして、その波紋の中心に、二対の『竜王の翼(ドラゴンウイング)』は激突した。
しかし、ドロドロとした黒い何かは、まるで透明なガラスに泥水が当たるかように弾かれていく。
『竜王の翼(ドラゴンウイング)』に呑み込まれた物体は、数百万Gという力で圧縮されてしまう。翼が黒く見えるのは、当たった光が全て翼の内部に取り込まれてしまうからである。ブラックホールのような吸引性を持っている翼を弾くこと自体、異常なのだ。
鋭く尖った赤い視線は、眩い光の中、『魔神』の深淵な黒い瞳と交差した。
辺りには鼓膜が破けそうなほどの高音が響き渡っているにも関わらず、『魔王』は、『魔神』の言葉がはっきりと聞き取れた。


「弱い。弱すぎる。興ざめだ」


失望の色を露わにした声を、『魔神』は紡ぐ。
その言葉に、白髪の少年の喉が、砂漠のように干上がった。
「……………………………………………………………………………………………ッ!!」
この恐怖を、彼は知っている。
かつて、自分を最強から引きずり下ろした少年の姿を、
『垣間見た』。
瞬間。
白髪の少年の顔面に、『見えない』右手の拳が突き刺さった。
「ブッ!……ガハァア!?」
『魔王』の脳天に、頭を貫くような激痛が走った。
急に鼻の周辺が熱くなり、目下からは涙が溢れる。
両手で顔を押さえたまま、円状の砂埃を発てて、地面に着地した。
ポタ、ポタ、と。両手から流れ落ちる血で、アスファルトに赤い斑点を作る。
(一体、何が…)
理解できなかった。
少年は殴られた。
鼻の骨をへし折られた。
それは分かる。
では、一体誰に殴られたのか?『魔神』は指一つとて動かしてはいない。
その時、悲鳴に近い少女の叫び声が「聞こえた」。
(『恐怖』や『絶望』を考えてはダメ!範囲内の人間に『死ね』と『願った』ら、実現可能な殺害方法によって死ぬけど、これは貴方も例外じゃないの!もしも貴方が『死にたい』って『思った』ら、同じように死んでしまう!ってミサカはミサカは貴方に警告してみる!!
さっき貴方は、『ドラゴン』の視線から、一年前に『上条当麻』に殴り倒された時のことを思い出した!その『恐怖』があまりにも強烈で具体的だったから、大気の圧力で、その時の同等の威力を持つ衝撃波が作り出されて、それが『現実』になっちゃったの!)
「―――――――――――――――――――――――ッ」
軽い脳震盪が起こり、白髪の少年の頭は大きく揺らいでいた。
目元の涙を、赤く染まった袖で拭った。鼻血と服に付いた乾いた血も相まって、生臭い鉄の匂いが酷く鼻につく。
しかし、体がフラつく状態であっても。獣のような眼光は『魔神』を捉えて離さなかった。
『魔神』の異変に気づく。
黒髪の少年の周囲だけが、蜃気楼のように揺れていた。
フワリと、クレーターのように陥没した地面から体を浮かせた。
目線が白髪の少年と同じ高さになると、その浮上が止まる。
『魔神』と『魔王』の視線は再び交差した。
黒髪の少年は、白髪の少年を見つめ、言葉を紡いだ。


「所詮は人が作り出した、『余』の紛い物か」


「…なンだと!?」
白髪の少年は言葉を張り上げた。言葉の意味を理解できなかった。
(―――――――――――――――、っ!!)
『打ち止め(ラストオーダー)』は絶句した。
(え、ウソ!?『ドラゴン』の『神の物質(ヴァルハラ)』とのシンクロ率が三〇%を超えてる!?
『マザー』によるアプリケーションで『感情』と『魂』の範囲固定化を組み込んで、私たちの魂を合わせても二・〇%が限度なのに!
やばい!やばいよ!!早くここから逃げて!!)
少年の脳裏に、昨日、少女が言った言葉が頭をよぎった。

≪能力なんて貴方が一〇〇人いようが勝てっこないしー。天然の『神上』だもんねーって、ミサカはミサカは反則すぎる彼の設定に世界の不条理を訴えてみたりー≫

その現実が、目の前に立ちはだかっていた。
少年は奥歯をギュッと噛みしめた。
(『恐怖』や『絶望』を感じるな!俺は。俺はッ!!)
「俺は、『絶対能力者(レベル6)』!『神の力』を持つ絶対者なンだよォ!!」
これは『魔神』に言った言葉では無い。自分自身に言い聞かせた『魔王』の『願望(ルール)』。
だが、彼は知っている。
『圧倒的』な力は、『絶対的』な力には敵わないことを。
だからこそ、『魔神』に紡がれた言葉は、心に強く響いた。
「だから貴様は、『神の如き者(ミカエル)』なのだろう?」
『魔神』の表情からは笑顔が消えた。
『魔神』は、まるで『魔王』が視界に入っていないかのように、独白する。
「『竜』とは古来から『破滅』を象徴する生き物だ」

両腕を大きく広げた。彼の周囲の大気の歪みは、さらに増す。
「『無』から『有』を作り出すのが『神』というのなら」

蜃気楼のような空間の歪みは『魔神』の左右に大きく広がっていく。
「余は『有』を『無』に帰す『神(バケモノ)』だ」

白髪の少年の背後から噴射している黒い翼は、その歪みに打ち震えた。
『魔神』は、告げる。




「神を殺す『神』――――――――――――――これこそが『ドラゴン』たる存在の本義」




『魔神』の左右に広がる、蜃気楼のような空間の歪み。
『魔王』の役目は終わった。


「退場しろ。『魔王』。これが余の―――――――――――――――――――――――――」


四〇〇〇メートルを超す滑走路を覆い尽くすほどの巨大な大気の揺らぎは、『あるもの』を形作る。


「――――――――――――――――――――『竜王の翼(ドラゴンウイング)』だ」


透明な一対の『翼』が、全てを薙ぎ払う。
激しい光が周辺一帯を包みこんだ。


この瞬間、第二三学区が『消滅』した。


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