「う、う~ん・・・」

ここは、花盛学園の屋上。夏休みに入って誰も来ないその場所に、固地債鬼は寝かされていた。

「・・・気付いたか」

その固地が目を覚ます。その横に座っているのは、成瀬台支部リーダーの椎倉。少し離れた所には、花盛支部所属の閨秀も居た。
ここには、閨秀の『皆無重量』を使って来たのだ。

「・・・ここは、何処だ?」
「花盛学園の屋上だ」
「・・・成程」

そう言って、固地は起き上がる。ちなみに、彼が負った傷は勇路の『治癒能力』にて完治している。

「・・・状況の説明をして貰いたいんだが?何故、俺はこんな所に連れて来られているんだ?」
「・・・いいだろう。じっくり、説明はしてやる。だが、その前に・・・」



ボコッ!!!



一足早くに立ち上がった椎倉の右ストレートが、固地の左頬に突き刺さる。丁度立ち上がりかけていた時に喰らったので、固地はあえなく地べたに転がる。

「ハァ・・・ハァ・・・」
「・・・フッ。その様子だと、あの“変人”に何か言われたのか?・・・・・・そうか・・・。これはまた、手痛い失態を演じてしまったな」
「・・・へぇ。もうわかったのかよ?」
「閨秀・・・。まぁ、俺が椎倉に殴られる理由を問われれば、候補は限られて来る。ククッ、いいぞ。この際、聞きたいことがあれば言えばいい。ククッ・・・」
「・・・その前に、まずはお前の身に起きたことを説明する。それから、今後のことについてもだ。その後に、じっくり聞かせて貰うぞ?」
「全部に答えるつもりは無いがな」

減らず口を叩く固地に怒り半分呆れ半分の心持となる椎倉は、それでも冷静さを保ちながら説明を始めた。そして・・・






「・・・チッ」

説明を聞き終えた固地の第一声は、舌打ちであった。

「まさか、その段階から策を張り巡らしていたとは・・・。下手をすれば、内通者を相手取るよりも厄介だな」
「おかげで、俺達風紀委員は『シンボル』に対して強く出れなくなった。界刺のことだから、進んで俺達を敵に回すようなことは望まない筈だが」
「奴の『光学装飾』を見誤っていた俺の失策だな。それ程までのサーチ能力を備えていたとは・・・」
「だから、面倒臭い相手だって言ったじゃねぇか」
「・・・今更何を言っても言い訳にしかならんな。俺の目算が甘かった」
「それと、お前にとっちゃあ黒歴史になっちまったな。風紀委員会に参加している人間は、もう全員知ってるぜ?お前が女の恋心に無頓着な男だってな」
「・・・・・・くそっ(しかし・・・『治癒能力』で治ったとは言え、それ程までに負傷したのは天魏と戦り合って以来か・・・)」

歯噛みする音がともすればこちらにまで聞こえて来るような感覚を抱く程に、固地は悔しそうな表情を浮かべていた。

「固地・・・。お前に質問する前に、1つだけお前に確認して貰いたいことがある」
「・・・何だ?」

椎倉の声が低くなる。それを感じ取った固地が、表情を引き締める。






「内通者は・・・176支部の網枷双真か?」






「・・・・・・」
「・・・そうか。本当だったか・・・」
「椎倉先輩・・・!?」

固地の表情がほんの少しだけ固くなった。『真意解釈』を使わずともわかる。

「・・・どうしてわかった?『真意解釈』を使ったのか?」
「いや、俺の成果じゃ無い。花盛支部に所属する、幾凪の力を借りたんだ」
「幾凪の・・・?ハッ、『表情透視』・・・!!」
「『表情透視』?何だ、それは?」

椎倉から出た幾凪の名前に、閨秀はある推測を立てる。一方よくわかっていない固地に、椎倉が詳しい説明を行った。

「・・・という感じだ」
「ひっでーな、椎倉先輩。初めからそのつもりなら、事前に言ってくれたっていいのにさぁ」
「閨秀達事情を知っている人間には、本当に済まないと思っている。だが、俺も自分の信念を曲げてまで『真意解釈』を要と幾凪に行使したんだ。
内通者に感付かれるような真似は絶対に許されない。これでも、必死に考えた末に出した答えなんだよ」
「・・・別に、そこまで怒ってないけど・・・」

椎倉の作戦を知らなかった閨秀はぶー垂れるが、それ程怒ってはいないようだった。

「それで・・・網枷に幾凪はどういう印象を持ったんだ?」
「原文そのままに読むとだな、『網枷双真:嘘は付いていない。というか、表情筋が喜怒哀楽に反応しねぇ。ピクリとも動かねぇ。
のっぺらぼうでも、もうちっと動かしてんじゃ無ぇの?って言うくらいに無表情。こんなつまらない男は初めて見た』・・・とある」
「・・・相変わらずペーパーの世界だと、えらい毒舌だな・・・」

閨秀は、己が後輩の変わりように呆れる。閨秀自身も『表情透視』を読んだことがある。当時初めて知った幾凪の変わりように、閨秀は内心恐怖したものだ。

「界刺は、内通者が固地の独自調査に気付いているという予測を立てた。これは、あの“風紀委員の『悪鬼』”の調査に内通者が対抗しているということを意味する。
ましてや、俺の『真意解釈』が使われないという可能性は0では無い状況下で、堂々とスパイ活動に勤しんでいる。
つまり、内通者は俺の『真意解釈』に対抗できる何かを持っている可能性が高い」
「その何かってのは・・・?」
「俺が予測しているのは2つ。1つは、何らかの手段で俺の『真意解釈』が働かないように表情筋の動きを抑制していること。もう1つは、内通者の精神状態が異常だということ」

閨秀の催促に、椎倉は自身の推論を述べる。固地の反応を覗いながら。

「俺の『真意解釈』は、対象の心理状態を読むための材料として視点の動きや表情筋の反応、他にも声を聞いたりする等が必須となる。
特に、表情筋の動きは重要な要素となって来る。この表情筋の動きを、何らかの力で抑制している可能性がある。例えば・・・薬を使ってとか」
「薬・・・。『ブラックウィザード』は、そういうのは得意っぽいらしいし。可能性は高いかも・・・」
「他にも、網枷は普段から積極的な言動は行わないと加賀美から聞いている。口数も少ないし、何時も無表情。
そんな男なら、薬を使ったとしても怪しまれることは無い。それが、例え常日頃からずっと貫いて来た演技だったとしても」

風紀委員会を立ち上げる前に加賀美から聞いた話では、網枷は支部内でも殆ど目立たず、必要最低限の仕事しかしない、そんな地味な男であった。
そんな男の言動を今思い返してみると、不自然な点が見受けられる。

「網枷は、以前開いた風紀委員会で俺に[対『ブラックウィザード』風紀委員会]の設置に関する質問を真っ先にした男だ。普段は、自分から発言をしない男の言動。
今思い返してみると、あれは不自然だった。幾ら風紀委員の威信を回復させるためとは言え、幾ら同僚の失態に関する名誉挽回的な言動であったとしても」
「・・・言われてみりゃあ、タイミングが良過ぎるよなぁ。・・・まさか、ハナっから[対『ブラックウィザード』風紀委員会]の設置を誘導していたってのか!?」
「おそらくは、支部単位での単独行動を阻止するためだったのだろう。あの時は、実際に動いていたのは花盛支部のみ。だが、情報自体は随時各支部に入っていた。
このままでは、別の支部が『ブラックウィザード』に関する捜査に着手するのは時間の問題。しかも、単独の可能性も高かった。
『ブラックウィザード』の規模を考えると、着手する支部が続々と増える可能性もある。
幾ら情報を共有していると言っても、実際の捜査に参加していない内通者では得られる情報も限られて来る。
だから、合同捜査本部の設置を促した。予め参加する支部を絞るため、そして合同捜査による情報の得やすさを狙って。
固地。お前が、あの時178支部の単独行動を認めるように迫ったのは、それに対する牽制の意味があったのだろう?」
「・・・・・・」

椎倉の質問に、固地は反応しない。それが、答えであると言わんばかりに。

「チッ・・・。そんな頃から・・・」
「だが、それは内通者にとってもリスクが増す。自身も、捜査本部の一員だからな。その上、固地の捜査にも気付いていたのならば、尚更プレッシャーは凄まじかっただろう」
「・・・そういえば、内通者の精神状態が異常とか何とかって・・・」
「あぁ。俺が、幾凪の『表情透視』を読んで一番引っ掛かった所だ。いいか、網枷の表情筋はまるでのっぺらぼうのように動かないとある。
もし、これが薬によるものでは無く、“自分さえ偽ることのできる精神状態の持ち主”だったら・・・どう思う?」
「椎倉先輩・・・。それって・・・」
「これは、界刺と話した時に聞いた奴からのアドバイスだ」


『椎倉先輩。いいことを教えてあげる。ウソツキには色んな種類が居るけど、一番厄介なのは“自分さえも平然と騙すことができるウソツキ”だよ?
もしかしたら、固地が苦戦している理由はそれかもしれない。普通そんな芸当は、精神系能力を使わない限りは無理なんだけど。
もし、それを素でできる奴が居るなら、そいつは精神が異常だね。ちなみに、俺のタイプは教えない。んふっ!』


“詐欺師”である界刺のアドバイス。常日頃から騙しに騙しまくっている男の言葉だからこそ信憑性がある。そう、椎倉は考えていた。
『ブラックウィザード』のリーダーである東雲真慈の性格も参考にした別の推論を述べる椎倉。

「自分で自分を偽る。言葉にするのは簡単だが、それを実際に行うことは至難の業だ。
だが、もしそんな芸当ができるとしたら、“喜怒哀楽を表情に出さない人格を作り出し、その人格が自分であると自分自身に刷り込ませる”ということも可能なんじゃないか?
それか・・・その手の能力者の力を借りているとか・・・」
「精神系能力者でも無いのに?・・・そんな人間が、本当に居るのか・・・?・・・・・・なぁ、椎倉先輩?
『その手の能力者』って、まさか撫子の奴を疑ってるわけじゃないだろうな?」

閨秀は、己が親友の顔を脳裏に思い浮かべる。花盛支部員である山門撫子は『心頭滅却』という精神系能力を持ち、
対象の感情を抑制することが可能だ。その気になれば、必要最低限の感情の発露さえ封じることができる。
つまり、網枷がのっぺらぼうみたいに表情筋を動かさないのは山門の仕業―網枷と同じ『ブラックウィザード』の一員―ではないのかと、
椎倉自身が疑っているのではないかと疑念を抱いたのだ。これは、閨秀にとっても絶対に有耶無耶にすることはできないのだ。

「・・・その可能性は否定できない。幾凪のレポートでは、山門は自身に対してその能力を使ってはいなかったようだが。
幾ら山門が感情表現に乏しいとはいえ、あの状況では幾らかの表情筋は動いていたとレポートからは見受けられる。だが、網枷に使用していなかったとは断言できない。
俺も、これからあの2人に何か繋がりがないかを確認してみるつもりだ。親友であるお前や六花には辛いかもしれんが・・・」
「・・・撫子は、そんな人間じゃ無ぇよ。絶対に『ブラックウィザード』の一員なんかじゃ無い。・・・だけど、今はあたしも椎倉先輩を説得できる証拠は持って無ぇな」

閨秀は、頭を抱えながらも何とか椎倉とのやり取りを続行した。その彼女の心労を少しでも和らげようと、椎倉は己の推測を口に出す。

「まぁ、まだあの2人に繋がりがあるとは決まっていない。まずは、網枷の単独行動と仮定した上で俺の推測を話そう。
『ブラックウィザード』のリーダーである東雲真慈は、自分に害を及ぼす者は即座に切り捨てると聞く。つまり、内通者であろうと容易に切り捨てる可能性がある。
そんな人間に忠誠を誓っている人間なら・・・もし、切り捨てられることさえ受容している異常な精神状態の人間なら・・・」






「内通者を捕らえようと、『ブラックウィザード』には痛くも痒くも無いだろう。何故なら、そんな精神状態の人間なら、何時でも自決する覚悟を有しているだろうからな」
「「!!!」」






ここに来て、固地がその重たい口を開いた。彼の目からは、何時ものような禍々しさは感じ取れない。唯、少し吹っ切れたような瞳の色を映していた。

「“手駒達”と同じことだ。替えは利く。だからこそ、即座に捕まえるようなこともせず、洗脳することもせずに泳がせていたのだが・・・予想以上に骨が折れる」
「固地・・・」
「俺の見立てを教えようか?椎倉の言葉を借りるなら、網枷は精神状態が異常だ。俺の捜査に気付いているにも関わらず、全く動揺も隙も見せない。
その表情筋の動きとやらも、薬では無く奴の精神で制御しているのだろう。行き過ぎた忠誠心というのは、全くもって恐ろしいという典型例だな。
また、椎倉の言う通り他者の精神系能力が掛かっている可能性も否定はできん」
「・・・精神、か」
「夏休みの初日に、俺達178支部を尾行していた“手駒達”。あれは、俺達への牽制であったことは明白だが、それ以上に俺に対する脅迫でもあった」
「脅迫?」

閨秀の怪訝な視線に応えるように、自身の視線を向ける固地。

「“手駒達”の中に透視系能力者が居る。これは、相当な重圧だ。例えば、俺が網枷を尾行しようとしても“手駒達”による監視の目が無いとは言い切れない。
念話系や精神感応系の能力者も居るかもしれない。“手駒達”以外の構成員も張っているかもしれない。
だから、俺はあの男を尾行することができなくなった。尾行を知った時点で、網枷が自決する可能性も有り得る。
あの男が、『ブラックウィザード』の中でどのような位置に居る人間かがわからんからな。もし強硬手段に訴えれば、みすみす手掛かりそのものを失う羽目になる」
「だから・・・盗聴器や小型カメラなんてものも用意したのか?」
「何せ、成瀬台には監視カメラが無いからな。事務仕事をしている人間の行動を調べるには、それが一番有効だと判断した。
まぁ、それでも奴は尻尾を出さなかったがな。携帯電話等を傍受しようにも、奴に近付くことができなければそれも難しい。
そもそも、奴は普段の行動では携帯電話を殆ど使わないからな。メールともなると、完全にお手上げだ。
加えて、奴が持っているであろう『ブラックウィザード』との連絡に利用しているSIMの特定も困難だ。
『ブラックウィザード』に関する情報が集まれば奴を捕まえることもできるのだが・・・現状では成果が乏しい。まぁ、奴がリークしているのだから当然と言えば当然だが」
「だから、界刺の所に行ったのか?盗聴器や監視カメラを使ってまで・・・?」
「そうだ。あの“変人”なら、何かしら情報を持っている可能性があると考えた。俺達との接触が終わった後に、部屋内で情報を口走る可能性もあった。だから、仕掛けた。
椎倉程の見返りを与えるつもりは無かったが、ある程度の見返りも用意していた。
俺の話術と話の展開次第では・・・『シンボル』の助力も得られるとも考えていた。・・・その何歩も前で沈められたがな」
「だが、それにしたって不用意過ぎないか?露見した時のリスクが高過ぎだろう?
そもそも、そんな魂胆をあの男が見抜かないわけが無いだろう?
盗聴器等を仕掛けるという強硬手段を最初から考えていた人間に対して、あの界刺が助力すると本気で考えていたのか?お前らしくも無い」
「・・・俺も、心の何処かで焦っていたのかもしれないな。それと・・・さすがに疲れていたな。正常な思考能力が欠けていたのかもしれん。俺も、まだまだだな」
「やはり・・・」

椎倉の予想は当たっていた。固地は、かつての成瀬台支部と同じように『シンボル』の助力を得られる可能性を探っていたのだ。
加えて、固地自身が過労に陥っているという予想も当たっていた。椎倉は、事ここに至って、ようやく固地の迂闊な行動に得心がいった。
対する固地も、確かに冷静では無かったかもしれないが、ある予感めいたものを持ってあの部屋で界刺と対峙したのだ。
救済委員である雅艶からの情報で、界刺が情報通であることを知らされていたために。

「・・・あの“変人”となら、網枷に対する対策を見出せるとも考えていた。・・・どうやら、椎倉がその意を汲んだ行動を取ってくれたようだが」
「・・・済まなかったな。お前1人に、そんな重荷を背負わせて」
「いや、これは俺の失態でもある。これは・・・過去に対する俺の“ケジメ”だ」
「むっ?」
「・・・それより、椎倉。アンタが下した決断だが、中々にリスクが高いな。それも、“変人”の入れ知恵か?」
「・・・概ねは。よくもまぁ、あぁも簡単に作戦が思い付くモンだ。しかも、非情な作戦を」


『こうなったら、その内通者の動きを縛るんじゃ無くて、更に動きやすくしてあげればどう?きっと、内通者自身も固地の動き自体は警戒している筈だしね』
『・・・それは、固地を独自捜査さえも含めた全ての捜査から外せということか?』
『厳密には違うけどね。でも、表舞台からは降りてもらった方がいいかな?丁度彼はボコボコ状態だし、疲れが溜まっているとかの理由でいいからさ。
そうだ、内通者だけじゃ無くて、風紀委員全員を“本部”という縛りから解放させてあげればいい。
各支部に単独行動を認めることで、内通者に入って来る情報の即応性を奪うというのはどう?逆に、各支部の即応性は増すし』


「その代わり、全体的に纏まった行動が取れなくなるリスクが増大する。また、俺という重石が無くなった網枷の動きが活発化する恐れがある。
奴が、最大戦力である176支部に所属する風紀委員を罠に嵌める可能性も否定できない。殺害や人質もしくは薬物中毒にした後に“手駒達”として利用するために。
176支部のリーダーは、あの加賀美だからな。網枷なら、あいつを出し抜くのは容易だろう。・・・中々に非情な決断だな、椎倉?想定の範囲内だったろうに。
アンタ・・・176支部を『ブラックウィザード』を釣り上げるための餌にするつもりか?」
「・・・リスクは承知の上だ。仮に、176支部に所属する風紀委員の誰かが被害を被っても・・・それは止むを得ない。176支部以外でも同様に」
「つまり・・・それすらも想定した上での決断か?いざという時は、『ブラックウィザード』に風紀委員が捕えられたとしても非情になる腹積もりか、椎倉?」
「椎倉先輩・・・!!」

椎倉の顔が苦渋に染まる。だが、事件解決に導かなければならない者として、時には非情な決断を下さなければならないことはある。確かに・・・存在するのだ。

「俺としても、実際に風紀委員の中からそういう人間が出る前にカタを着けたい。だが、現状では『ブラックウィザード』の潜伏先や活動範囲が掴めていない。
しばらくは、網枷を抱き込んでおくしか無い。罠に嵌められるリスクを負ってでも、早期に他の『ブラックウィザード』の構成員を捕捉しなければならない。
ハァ・・・最近は寿命が縮むような仕事ばかりが続くな。獅子身中の虫め・・・!!」

固地と椎倉が今後の対処について話し合っている中、閨秀が気になっていることを問い掛ける。

「なぁ、固地。このことを、加賀美に伝えなくていいのかよ?」
「・・・いい。あいつは、『部下を信じているから』を地で行くタイプだ。そんな奴に、『お前の部下の中に内通者が居る』なんて伝えてみろ。
絶対にあいつの態度が不審になる。そして、それを網枷が見逃す筈が無い。それでは、奴を泳がせておく意味が無い」
「だ、だけどよぉ・・・」
「俺も固地と同意見だ。今は、網枷を少しでも油断させることが重要だ。幸い、奴は基本的に事務仕事だからな。加賀美と行動を共にする機会は、然程多くない。
本部なら、俺の目も行き届く。奴が不審な行動を取った時は、俺が必ず加賀美達に連絡を入れる。私生活まではカバーできないが・・・後は彼女達を信じるしか無い」
「・・・・・・」
「固地。浮草には伝えてもいいのか?」
「駄目だ。あの“お飾りリーダー”が知ったら、不自然な挙動が出て来る筈だ。浮草は自分を律することができる男だが、内心を隠し切れる力は不足しているからな」
「・・・わかった。では、この情報を知る者は俺、固地、閨秀、そしてこの場にはいない数名だけとする。
念のために確認しておこうか。固地、内通者は単独・複数のどっちと見ている?」
「!!!」

椎倉の発言に、閨秀が反応する。今まで内通者を調査していた固地の言葉には、確かな説得力がある筈だ。
彼の答え如何によって、彼女の親友である山門が『ブラックウィザード』と繋がっている可能性が変動する。

「・・・単独だな。俺の目に届く範囲では、網枷1人だ。もちろん、絶対とは言い切れないが・・・」
「撫子は・・・関係無ぇんだな!?」
「監視カメラ等を使ってまで調査した上で、俺はそう判断する。山門の能力『心頭滅却』の効果範囲内は、自身を円の中心とした100m圏内だ。
今回の捜査任務は、支部ごとの持ち回り制だったろうが。それが何を意味するのか・・・わからないのか、“宙姫”?」
「・・・あっ!」
「やっと気付いたか。当然176支部が出勤していた時に花盛支部が休みだった日も存在する。その時でも、網枷の態度はあの無表情状態だった。
だから、もし他者の精神系能力が掛かっていたとしても、それは山門の仕業と俺は考えない!
もし、下克の奴が健在ならば話は簡単だったんだが・・・。今のあいつは絶対安静だからな。フッ、何事も思う通りにはいかないな」
「そうか・・・。そうか・・・!!」

肩を竦める固地の言葉に、閨秀は安堵する。固地がここまで言うのなら、山門はシロだ。

「わかった。では、緊急会議に挙がらなかった情報も数名の例外を除いて、今後も界刺の部屋に居た者だけの情報とする。
これ以上広がれば、網枷に察知される危険性がある。閨秀も、いいな?」
「・・・了解」

固地と椎倉が同調する意見を、自分が覆せるわけが無い。そう閨秀は判断し、承諾の意を伝える。






「固地・・・少しは俺達を頼れよ?お前に倒れられるわけにはいかないんだ」
「・・・あぁ、そうだな。・・・ならば、これも伝えておこうか」
「何だ?」
「今年に入って今まで学園都市全体で発生した行方不明事件を調べていた。これは、178支部・・・というか俺が独自に調査していたことだが。
この手の事件は、学生寮に帰って来ない人間が大きな割合を占めるのは知ってるだろう?」
「あぁ。大概はスキルアウトのように学校にも行かず、廃墟等で寝泊りするようになった学生だな。
後に風紀委員や警備員に見付かって、寮に連れ戻されるのが多いから迷惑千番だな。こっちは必死になって探しているのに、当人は暢気にしてる例は俺も何度か経験がある」

学園都市における行方不明事件の殆どは学生達の失踪である。人口の8割が学生なのだから仕方無いのかもしれないが、学生故の安易さが目立つケースは確かに存在する。
中には凶悪事件に巻き込まれたケースもある。能力者同士の戦闘で行方不明になるケースももちろんある。
だが、それと同じくらいに多いのが学生個人の身勝手が元になった失踪である。家出と言った方がわかりやすいかもしれない。
『学校でのいじめ』、『授業に付いていけないから、学校に行きたくない』、『レベル0(低能力者)の自分に絶望した』等の理由が例に挙げられる。
親元を離れて子供だけで生活しているというのが、大きな要因でもある。頼れる大人が身近にいないというのは、子供にとっての大きなストレスにもなっている。
そのために、姿を眩ます。何もかも投げ出したくなって。レベルという構造から解放されたくて。これ等は、大体が衝動的なものである。
言い換えれば、『人様に迷惑を掛ける気晴らし』である。後先のことを考えないので、捜査する側の風紀委員や警備員にとっては堪ったものではない。
当人としては数日レベルで帰宅する腹積もりというのも多く、椎倉自身も成瀬台の生徒(不良や不良に苛められた人間)の暢気さや考えの無さに辟易したことが何回もある。

「椎倉の言う通り、行方不明とは言っても連れ戻されるパターンが結構ある。だから、事件の数が多くても、実際に行方不明のままというのはそれ程多くない。
だが・・・今年に入って発生した行方不明事件の解決率は、学園都市全体で見ると5割を切っている。まだ、完全には調べ切れていないから断言はできないが」
「何だと!?」
「マジかよ・・・!?」

固地の調査内容に、椎倉と閨秀は驚愕する。

「普段は管轄内にしか携わらない俺達風紀委員には把握し辛い事案だな。いや、風紀委員に限らず警備員もか。
支部単位では、単位ごとに発生した単発事件を繋げるのは難しい。中々、そこまで思考が至らない。
しかも・・・それ等行方不明者の割合で一番大きいのが『置き去り』と呼ばれる学生達だ」

『置き去り』。学園都市における社会現象の1つで、入学した生徒が都市内に住居を持つ事となる学園都市の制度を利用し、
入学費のみ払って子供を寮に入れ、その後に親が行方を眩ます行為である。

「『置き去り』だと・・・?」
「あぁ。入学費を払った後に親が行方を眩ました学生だな。学園都市における生徒の生活費は、大体が奨学金や補助金で賄われているがそれにも限度はある。
中学・高校に進級する時の入学金や、その他経費による圧迫は馬鹿にはならない。
それに、『置き去り』には幼稚園・小学生の頃に学園都市へ来た人間も数多く存在する。金の使い方等、理解できてるかどうかも怪しい年代だ。
だから、そんな人間を保護する制度が学園都市にはある。具体的には、生活の場を提供したり資金援助が挙げられるな」
「その、『置き去り』が行方不明・・・?」
「そうだ。『置き去り』の人間は、一般学生に比べて不登校になる割合が大きい。
親に見捨てられたというコンプレックスもあるだろうし、金が支払えなくなって学生寮を追い出されるケースも存在する。
俺も、実際に『置き去り』を保護している施設に行って調べたりもしたが、中には通報すらしていないケースが幾つもあった」
「・・・まさか、その『置き去り』を『ブラックウィザード』が“手駒達”として利用しているって言いたいのか?」
「・・・・・・」

閨秀は、嫌な予感を止められない。不登校の生徒は、自分達風紀委員の目も届き難い。『落第防止』のように、風紀委員が寮にまで出向くことはまず無い。
教員である警備員ならまだ可能性はあるが、元来風紀委員と警備員は組織の腐敗を防ぐために、完全に独立している。
もし、警備員の中にそういう経験がある教員が居たとしても、そのノウハウが風紀委員に伝わる機会は中々無い。

「(チッ!・・・そもそも、学内の案件は風紀委員、学外の案件は警備員が担当している。生徒個人の問題に、警備員は余り関与しねぇ。
もし、『ブラックウィザード』がそこに付け込み、自分達の都合のいいように動く兵隊として『置き去り』を誘拐していたとすれば・・・?クソッ!!)」
「・・・可能性は十分に考えられる。そもそも、『置き去り』の中には学校に通わず、保護している施設内で勉強を教えていることも多い。つまり・・・」
「『置き去り』が行方不明になっても、施設の責任者等が責任を問われることを恐れて通報しなければ表沙汰にならない・・・ハッ!!
まさか・・・その施設が『ブラックウィザード』と繋がっている可能性もあるのか!?」
「・・・ある。中には、正式な許可を取っていない施設もあるだろう。そこと『ブラックウィザード』が繋がっている可能性はある。
それに、その手の施設は施設外の『置き去り』に関する情報をよく知っている筈だ。それを利用しない手は無いだろう。
今となっては、『置き去り』だけでは無く一般学生にまで手を伸ばしているようだがな。だが、最近はそれも表沙汰になり難くなっているようだ。
もしかすると、一般学生を陥れる方法を確立したかもしれん。今まで以上に注意深く捜査を展開しなければな」

『置き去り』の利用。それは、完全に捜査の盲点を突いていた。まだ可能性の段階だが、椎倉は調査する価値があると判断する。

「・・・今後は、『置き去り』の件についても詳しく調査しなければならないな。上手く行けば、『ブラックウィザード』の尻尾が掴めるかもしれない。
よし、これは俺達成瀬台支部が中心となって調べることにする。いいな、固地?」
「・・・大丈夫か?」
「あぁ。寒村、勇路、速見の3人はいずれも体力が有り余っている連中ばかりだ。その手の捜査には向いている」
「・・・いいだろう。では、俺は休暇中に“自由行動”を取らせて貰うぞ?」
「・・・無理はするなよ?」
「あぁ。わかってる」
「・・・いいだろう。・・・固地。最後の質問だ」
「・・・・・・」

固地の“自由行動”を認めた椎倉は、最後に気になっていたことを質問する。

「お前が網枷を内通者と判断した理由と、お前が言っていた“ケジメ”とやらは何か関係があるのか?
さすがに、あの風紀委員会の段階で網枷を『ブラックウィザード』に所属する内通者だという判断を下すには、判断材料が乏し過ぎる」
「・・・・・・」

固地が漏らした“ケジメ”という言葉に、椎倉は注目していた。その“ケジメ”に、『ブラックウィザード』の一員である網枷が関わってる気がしたからである。
数十秒後、固地は観念するかのように言葉を吐く。かつての自分が犯した失態を。

「かつて、俺は風路形慈という男から訴えられた案件を、証拠不十分として退けたことがある。
内容は、『176支部に所属する網枷双真という男が「ブラックウィザード」の一員で、元176支部所属の風路鏡子という妹が網枷に薬物中毒に落とし込まれた』というもの」
「「!!!」」

椎倉達は、風路鏡子という名前に反応する。去年の11月頃に薬物中毒となった彼女が一般人に能力を暴発させ、風紀委員から籍を外された事件を2人は知っていた。
そして、暴走する彼女を逮捕したのは目の前に居る男・・・“風紀委員の『悪鬼』”こと固地債鬼。

「そもそも、俺は風路鏡子の逮捕後管轄外として176支部のリーダーである加賀美に引き継いだ。一応俺も調査はしたが、薬物の出所は掴めなかった。
その後・・・風路鏡子は入院していた病院から失踪した。その行方は、未だに掴めていない。
彼女の兄である風路形慈から訴えられたのは、確か12月の下旬くらいだったか・・・」

椎倉と閨秀の顔が驚愕に染まる中、固地は顔色を変えずに淡々と言葉を紡いだ。

「今回の件に参加することになってから、俺はずっと風路形慈の行方を追っている。網枷の正体や『ブラックウィザード』を知る重要参考人として。
だが、今の所風路形慈の行方は掴めていない。奴は、自身が通う小川原中学付属高等学校にも全く登校していない。
それどころか、1年ダブっている始末だ。学生寮にも全く帰っていない。一部のスキルアウトに流れる噂では、単身『ブラックウィザード』に挑んでいるらしいが・・・。
これは、俺が犯した失態だ。今回の『ブラックウィザード』の事件を解決することは、かつての自分が見逃してしまった風路兄妹の“結果”に対する俺なりの“ケジメ”なんだ。
公私の“混同”という指摘は甘んじて受けよう!!だが、判断自体に私情を挟むつもりは無い!!
いざという時は・・・。だから・・・この事件を解決するためなら、俺はどんな手でも使う!!」






「んー、何だ、またアンタかい?懲りないねぇ・・・。いい加減、臓器を質に入れた借金とかは限界に来てるんじゃないの?」
「・・・うるせぇよ」

ここは、第5学区のあるアパートの一室。そこに、2人の男の姿があった。

「あー、また『ブラックウィザード』に関する情報でも欲しいのかい?囚われの身の妹さんを救うために、後先考えずに唯ひたすら猪突猛進する兄。うー、泣けるわー」
「・・・・・・」
「がー、でも最近はあのスキルアウトも大変らしいねぇ。あるスキルアウトに雇われた殺し屋の猛攻を喰らってるって情報があるけど。どー、知りたい?」
「・・・その殺し屋となら、一度だけ会った」
「へー、何だ、つまんないの。折角70万くらいで売ろうと思ってたのに」

首にかかるかかからないかくらいの長さの髪を茶色に染め、首からスマートフォンをぶら提げている長身の少年。
彼の本名は不明。“裏”の世界では情報販売(インフォメーション)という名で通っている情報屋である。

「まー、聞こうかな?今日は何がお望みだい?」
「・・・『ブラックウィザード』から鏡子を助ける力がある奴の情報をくれ」
「!!うー、こりゃまた大きく出たモンだ」

情報販売と対峙するのは、ツンツン頭を手入れせずにボサボサにした感じの髪型の男・・・名は風路形慈。
固地が捜し求めている男は、事ここに至ってある賭けに打って出ようとしていた。

「・・・その殺し屋にも頼んでみたが断られた。『仕事中だ』と言われてな」
「はー、そりゃそうだろな。というか、その殺し屋に殺されてたりして?」
「・・・まだ、そうと決まったわけじゃ無ぇ。あの野郎は鏡子の顔に見覚えが無いって言ってたしな」
「んー、そういう解釈もできなくはないか」
「・・・このままじゃあ、こっちが擦り減って行くばかりだ。俺1人の力じゃあ、『ブラックウィザード』には、網枷の野郎には全く通じねぇ!!!
今がチャンスなんだ!!鏡子を奴等から奪還するための最初で最後のチャンスかもしれねぇ!!
こうなったら、もう賭けに出るしか無ぇ!!何でもいい!!鏡子を助けられる力を持った奴の情報を!!頼む!!!」
「ふー、結局あの時俺が売った情報は、風紀委員には証拠不十分として無視されたもんねぇ。まー、物的証拠は無かったからねぇ。
さすがは、『ブラックウィザード』の一員と言った所かな。動きが早い早い。でも、それ以来アンタは風紀委員や警備員を一切信用しなくなった。
愛しい妹を助けるために多額の借金までして俺から情報を買い、単身『ブラックウィザード』に挑み続けている。
生きているっぽい情報はあるけど、その場合十中八九“手駒達”として操られているだろうに。あー、感動モノだわー」
「・・・・・・」

軽薄な口調にもすっかり慣れてしまった。この男との付き合いも長い。だが、それも今日で終わり。それだけの覚悟を有して、ここへ来た。

「金は・・・300万ある。だから・・・だから!!」
「ほー、質に入れたのは腎臓か肝臓か?んー、そうだねぇ・・・」

情報販売は、自分の頭の中にある情報群から金額に見合った人間or組織を抽出して行く。

「あー、風紀委員・警備員を除いて、しかも『ブラックウィザード』と戦える人間や組織・・・。
レベル5とかの力は借りられるわけが無いし、たかだか男1人のために暗部の連中が動くわけも無い。
うー、『ブラックウィザード』に比肩するくらいでっかいとなると、やっぱり『軍隊蟻』かな?でも、あそこは専守防衛で縄張りから出て来ないからな。望みは極薄。
むー、『霞の盗賊』は家政夫(ヘルプマン)がな・・・。依頼って形だと、要求金額がべらぼうな値になりそうだ。アンタにはもう、そんな余力は無いだろうし。
えー、救済委員は少し前に穏健派と過激派がぶつかったらしいから、『ブラックウィザード』を敵に回す余裕があるかどう・・・・・・」
「・・・どうしたんだ?急に黙りこくって・・・?」

風路が怪訝な表情を浮かべる中、情報販売は救済委員同士が衝突した戦場に参戦していた、あるグループを頭に思い描いていた。正しくは、そのグループのリーダーの顔を。

「くー、あの兄(あん)ちゃんならアンタの願いを叶えてくれるかもしれないねぇ。でも、あの兄ちゃんって変わり者だし、人使い荒いからなぁ。
何せ、一度俺を助けたことがあるからって、それ以降全部情報をタダでやる羽目になっちゃったし。やっぱ、命に勝るモノは無いね」
「だ、誰でもいい!!その男の名は!?何て言うんだ!!?」
「かー、きっとアンタが命懸けでも首肯するかどうかはわからないよ?かつて、“閃光の英雄(ヒーロー)”と呼ばれたあの男はある意味俺より残酷だからねぇ」
「それでも構わねぇ!!鏡子を助けられる可能性があるなら!!頼む!!!もう・・・もう、俺にはその変わり者に縋るしか道は無ぇんだよ!!!」
「あー、わかったわかった。だから、一旦落ち着こう。な?」

必死。本当の意味での必死が、風路の表情や態度には見て取れた。だから、情報販売は決断する。
正当な金を払う以上、客にはそれ相応の情報を与える。それが、彼のポリシー故に。


「えー、男の名は界刺得世。その男がリーダーを務める『シンボル』ってグループなら、あの『ブラックウィザード』から妹さんを助け出せるかもしれないね」

continue…?

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最終更新:2022年12月26日 11:51