獣耳衆(ケモミミスタ)
 それは、ネコミミとかウサミミとかイヌミミとかそういうのが好きで好きで堪らない馬鹿共が集まり、ケモミミを広めたり愛でたりするために作り上げた学生組織である。少なくとも当人たちにとっては。
 彼らのケモミミ活動は多岐にわたり、ある時にはイベントに潜入してケモミミを広め、またある時にはラジオをジャックしてケモミミ愛好番組を流したりと様々だ。
 だが、メンバーの誰も彼もがそんな破壊(的に迷惑な)活動に参加しているわけではない。平和に学生しながら関わる者もいるのである。

 * * * *

 大柄な男が道端で屈んでいる。
 学校指定のブレザーが恐ろしく似合っていない彼は、獣耳衆の頭領(リーダー)である黒井錬児。
 何やら足元に向かって――というか、足元にいる何かに話しかけている。

「――うむ、そうだ。これを小川原の瞬火に届けろ。場所は分かるな?」
「にゃあ」

 そこには一匹の黒い猫。彼はその猫に向けて声をかけている。
 そう、ネコミミを魂の底から愛する漢である黒井は学園都市の猫たちの頂点に君臨しており、猫と意思疎通が出来るのである。正確には彼がそう公言しているだけで、実際のところは不明だが。
 ちなみにその様子はどう見ても「猫に話しかけている2m近い男」であり、周囲の人々は若干引いている。

「よし、行け!」
「にゃ!」

 彼の合図とともに猫は走りだす。首には黒いリボンとそれに付けられた小型の保存装置。学園都市の技術によって極小ながら大容量のデータ保存を可能にしている。
 その中には次の『商品』の納付期限、次回の会合の日にちなどのデータが入っており、黒猫はその配達を命じられたのだ。
 黒猫はあっという間に細い路地に消えてゆき、それを見届けた黒井はまるで何もなかったかのように平然と歩き去る。

(あんな強面なのに猫が好きなんだ……)

 ……周囲からの生温い視線を受けながら。

 * * * *

「あぁ~やっぱり猫はいいわぁ~。癒されるにゃ~」

 コンピュータディスプレイを見つつ、一人の少女がつぶやいていた。
 度の強そうなぐるぐる眼鏡に三つ編みの黒い髪と、一見して地味とも思える容貌。
 だがよく見れば顔の造作は整っており、眼鏡を外せば美人とも見られるだろう。
 彼女、小川原高校附属中学校2年生の瞬火陽子は、猛勉強の疲れを癒すべく自室で猫の画像を眺めていた。
 彼女の通う小川原は学力重視の学校であり、当然彼女も勉強に力をいれているのだ。

「はふう、やっぱり猫もネコミミも可愛いにゃ……って、うん?」

 そうやって画像を眺めて和んでいること数分、かりかりと部屋の窓をひっかくような音が聞こえる。
 加えてにゃあにゃあという鳴き声も。

「あ、そろそろ連絡の時期だったっけ。今開けるからまっててね」

 その音を聞いて察したのか、彼女は窓を開けて小さな客を迎え入れる。
 窓から入ってきたのは、先ほど黒井の命を受けて送り出された黒猫だ。

「あれ、新顔くんかな。頭領からの連絡を持ってきたんだよね?」
「にゃあ」
「……可愛いにゃ~。頭領の人脈……猫脈?が羨ましいよ」

 黒猫の動作に和みながらも慣れた調子で窓を閉め、首の保存装置を取り外す。
 そして装置をコンピュータに接続すると、データを検分していく。

「あ、新しいネコミミのデザインできたんだ。えっと、脳波受信装置を小型化したから自由度が増した?すごいなあ」
「うん、新しい材料は次の会合で渡されて、今回作ったのは会合の3日前までに納めるっと。ここはいつも通りね」

 と、かまって欲しいのか彼女の足元で黒猫が鳴く。爪を立てずに彼女の足に猫パンチをするおまけ付きだ。

「あ、ごめんごめん。ありがとね、黒猫ちゃん……触っていい?」
「にゃあ」
「あはは、頭領じゃないから分からないよ。でも嫌じゃないみたいだね」

 猫じゃらし等の玩具を持ち出したり、喉や背を撫でたりしてしばし和む。
 黒猫も心地良さそうに喉を鳴らしている。

「ああ、和むにゃ~」
「ふにゃあ」

 結局、黒猫が彼女の部屋から出たのは夜になってからだった。

 * * * *

 察しの良い方は気づいているだろうが、彼女は獣耳衆のメンバーである。
 ただしテロ行為に関しては殆ど知らず、黒井の計らいもあって合法的な仕事のみが割り振られている。
 その他の非合法活動を行うメンバーたちも彼女のようなメンバーにはテロ活動等について関わらせないようにしている。

『ケモミミとの付き合い方は人それぞれ』

 というのもまた彼らの理念なのだ。

 ちなみに彼女の同級の友人には風紀委員がいるのだが、このこともあってか単なるネコミミ好きとしか認識されていないことは幸いといえるだろう。

「それにしても、こんなにいっぱいのネコミミが全部売れてるのかな?ホームページで売ってるのは知ってるけど……」

 まあネコミミ可愛いから売れるのかな、と結論をだして明日の授業に備えた予習にとりかかる。
 獣耳衆ネコミミ派ネコミミ供給係、瞬火陽子。
 彼女の日常は今日も平和である。


 ※ネコミミの行き先の一例

「ええい、またあいつらか!」
「ふはははは!獣耳衆頭領兼ネコミミ長、『黒猫』推参!」
「てめえのどこが黒猫だボケェ!いいとこ虎かライオンじゃねえか!」
「何を言うかこの戯けがぁ!虎やライオンの耳は丸いであろうがぁ!あくまでもネコミミの基本は三角形だ阿呆!」
「キレるのそこかよ!しかもマジギレ!?」
「ふん、蒙昧の輩め。黙ってこの美しい三角形のネコミミを受け入れるがいいわ!」
「嫌だっつの!いい年してネコミミなんぞつけたくないわ!てめえこそ今日こそお縄につきやがれ!」

 ……知らないほうがいい真実(ゆきさき)もある。

 * * * *

『さて、そういうわけで第53回獣耳衆定例会議を始めるとしよう』
『応!』

 彼女が大量のネコミミを納入してから5日後。
 マンションの一室、学生寮、個室型ネットカフェに路地裏など、様々な場所で声が上がる。
 声を上げた彼ら彼女らは一様にケモミミの頭飾りを付けており、携帯型タブレットやコンピュータのディスプレイ、あるいは虚空を見上げて話しだす。
 彼らの頭のケモミミには通信機能が付いており、好きな場所に居ながらこういった会議に興じることが可能なのだ。

『うむ、まずは一般ケモミミの納入についてだ』
『はーい!ネコミミの納入は完璧です、頭領!』
『ウサミミもだ』
『イヌミミも納入しました!』
『キツネミミもね』
『ゾウミミもー』

 頭領たる黒井の言葉に応じて、各々が報告をする。
 ちなみに一般ケモミミというのは、主に『布教用』として使われる特段変わった機能のない只のケモミミだ。
 一部はネット販売もしているが、そちらではどちらかというと脳波ケモミミ(脳波に連動して動くケモミミ。大きさに合わせて5000円から)が売れ筋だ。
 瞬火が納入したのもこの一般ケモミミであり、この一般ケモミミをベースにして脳波ケモミミや通信ケモミミ(脳波ケモミミに通信機能を付加した物。この会議にも使われており、獣耳衆の標準装備)が作られる。

『うむ、こちらでも確認している。技術班がそのうち4分の1を脳波ケモミミに改造し、在庫に加えた』

 脳波ケモミミはよく売れる、と黒井は続ける。

『ふむ、ついでだから現在の組織資金についてだ。まず収入はケモミミグッズ売却で72万5千円、各員からの寄付で52万2千円、それと前回までの繰越が3万4千円。合計128万と千円だ』
『そしてケモミミグッズの材料費で35万円、技術環境の維持で40万円、年少メンバーの生活補助で約45万円の支出があり、しめて約8万円のプラスだな』

 彼らは馬鹿な目的のもとに動く組織ではあるが、それでも組織である以上資金は必要だ。
 ケモミミ促進用のグッズの開発、イベント調査やラジオをジャックするための技術設備に稲葉のような『置き去り』あがりの年少メンバーの生活費など、求めるものは多い。
 ちなみにケモミミは意外に売れているらしい。彼らのケモミミテロの際も、大抵一人か二人はケモミミの魅力にめざめているのだとか。
 しかし彼らはあくまでもケモミミ普及組織(自称)であって商売組織ではない。その運営はせいぜい「赤字でなければ良い」程度の考えで行われており、儲けもある程度貯まればパーティなどを開催して消費している。

『ふむ、あとはうちのメールマガジン『獣耳衆のわくわく☆ケモミミマガジン』の登録数が千人を超えたぞ。以後もケモミミ普及に励むとしようではないか』
『了解!』
『では、各々連絡事項・雑談等があれば――』
『それじゃウサミミ長からウサミミ派に連絡を――』

 それぞれの連絡事項を伝達して適当に話した後に通信機をオフにしていき、それにより彼らのミミには静寂が戻る。
 そして一時の静寂が得られた場所で、彼らは日常を再開する。

「――ふう、私のネコミミも沢山売れてるみたいで嬉しいな」

 ネコミミを外した瞬火は、嬉しそうに微笑みながらそう呟く。
 なんだかんだで、自分が役に立てるこの組織は彼女にとっても良い居場所となっているようだ。

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最終更新:2020年10月06日 02:17