第三十九幕 猛攻


 機甲兵、いわゆる『ゴーレム』と呼ばれる存在。
 基本的に全身を甲冑で身を包んだ姿をしており、顔の部分は大抵人間の髑髏のようになっている。
 その顔を見れば、不気味さとともに一瞬でそれが機甲兵であると分かるのだ。
 機甲兵は通常、レイジェンス大陸に点在する『古代遺跡』の中で発見される。
 中には地中に埋もれている遺跡から『発掘』という形で見つかる場合も多い。尤も、その場合は当然稼動状態にないものしか出てこないが。
 そもそも彼らの役目は遺跡の番人、門番であり、遺跡への侵入者の排除を第一とする存在だ。
 その番人たる彼らだが、実は種類も豊富で基本系の兵士型を始めとして、下半身が馬で上半身が人の騎兵型、犬や鳥などの動物の姿を模した獣型、蜂や蟷螂といった昆虫の姿を模した昆虫型、などがある。
 中には、基本系である兵士型をベースに巨大にした巨人型というものもあるが、それはあまり現れない希少種だった。

 ――そして、その機甲兵は、今まさに戦場を駆け抜けて塞中関へと突撃を開始していた。









「放て、放て、放てぇッ! 決して近寄らせるな!」

 怒声が塞中関に響く。
 周囲の人間は、大慌てで遠方投石器に石を積み込んでは発射する。
 向かってくる敵の第二陣である機甲兵の軍勢は、それによってある程度破壊される。
 ただ、完全に破壊されるような痛手を被っているのは極僅かで、腕や足が取れる程度のものが多い。
 大半は胸部がへこんだり、頭部の兜がぐにゃりと僅かに変形するだけで戦闘に支障をきたすことはまずなさそうだった。

「クソッ! 硬すぎる! 奴等全然止まらんぞ!」

「えぇいっ! 遺跡の守り手がなんでダルフォードのために戦うんだ!」

「ふん! ダルフォードの奴等が何か連中を支配する下衆な方法でも見つけたのだろうよ!」

「そんなのはどうでもいい! 機甲兵どもを倒さないといかん事には変わりないからな!」

「喋る暇があるなら手を動かさんか!」

 怒声、軽口、叱責……それが塞中関で幾つも飛び交う。そして、それは自分達の怯えを隠す虚勢もいいところであった。
 厄介極まる事に敵である機甲兵の中には巨人型が何体か混ざっていたのだ。
 高さ一五メートル程の巨人型。全体的に重量感溢れる太い身体と手足を持っており、それらは全て銀で作られている。
 その事から『銀の巨兵』と呼ばれるのだが、その銀の身体こそが最大の曲者であると同時に、塞中関の守備兵の一部を怯えさせる要因であった。

 銀で出来たその身体には、強力な対魔法防御が施されており、それ故に全く魔法が通用しないのだ。
 貴族の絶対的な力の象徴である魔法が効かないという事は、この塞中関の守備兵として防衛の任に就いている貴族たちの精神的支柱を打ち砕かれるに等しい。それがもたらす恐怖は尋常ではない。
 尤も、こちらに迫って来る銀の巨兵自体の数は両手の指で数えられるほどであるし、不幸中の幸いにも大デルフリード帝国の軍隊編成は元々魔法の使えない市民兵が多く、軍機能が瓦解するほどの精神的衝撃は受けていない。それに市民兵も貴族階級と十分に戦闘が出来るほどに熟練している。市民兵は単純にその銀の巨兵の大きさに怯えているだけだ。

 大きな苦戦を強いられるだろうが十分に撃退可能、そのように塞中関の守備兵を指揮する立場の人間は考えていた。
 通常であれば、この考え通りに行くはずだった。塞中関という強固な関所が簡単に破れる訳がないのだから。

 ――ただ、今の相手が普通の敵ではない事を彼らは認識するべきだったのだ。

「もっと石を持って来いっ!」

「銀の巨兵には特大の奴で集中攻撃しろ!」

「くそ! あいつらもうかなり接近してきてるぞ!」

 散開しながら突撃してくる機甲兵。敗退した先陣と同じように攻城用の長い梯子と、先端部を鉄で覆った大きな杭を台車に乗せて運んでいるのもちらほら見受けられる。
 彼らは人間でないが故に疲労という言葉とは無縁の存在だ。
 戦場を全力疾走で駆け抜けようとも、連戦になろうとも彼らには関係がない。

 だが、塞中関の守備兵たちは違う。
 人間だから疲れもするし、睡眠・食事が必須だ。この点の不利は大きい。
 そもそも機甲兵との戦いの前に一戦している事が彼らに疲労をやや蓄積させている。

 そういう不安要素を含んでいる状況。かなり厳しい攻防戦になりそうだった。

「畜生がッ! 矢が刺さらんッ!!」

「射るなよ、弓兵! 矢の無駄遣いだ!」

「御喋りはもうそろそろ出来そうにないぞ!」

「ああ! 奴等、思ってた以上に早い! 直に攻城戦だ!」

 空気がより一層殺気立つ。
 次々に守備兵たちが剣を抜くか、槍や斧を構える。そして、視線の先にいる機甲兵の集団を睨みつけた。













「陛下、塞中関にて機甲兵どもが攻撃を始めまして御座います」

「そのようだな」

 そう言うと、片手に持っていた果実をかじる。
 ダルフォードは戦場に来たからといって、贅を尽くした生活を捨てるつもりはサラサラなかった。
 南方より取り寄せた高級木材で出来た椅子。大理石を削って作られたテーブル。そのテーブルの上に置かれた幾つかの水晶の器。
 そして、それに盛り付けられた色彩鮮やかな果実や、別の水晶の器で香ばしい匂いを漂わせる鳥の丸焼き。
 どれも極めて高価なもので彼の帝国の民衆が絶対に眼にする事がないものばかりが、小高い丘に位置するダルフォードの本陣には存在していた。

 ダルフォードは噛り付いていた果実をそこらに捨てると、鳥の丸焼きにその手を伸ばす。
 手でがっしりと掴んで、肉を引き千切る。そして、そのまま貪り喰らう豪快な食べ方をする。
 ひとしきり食べ終わると、口を真新しい布で拭い、一息つく。

「ふぅ……とりあえずこれでもう決まった。あそこまで接近されればどうしようもあるまい」

「ははっ、よもや彼奴等もアレをかように使うなど思いもしないでしょう」

「フッ、だろうな。余もまさかこのような事をするとは思いもよらなんだわ。……流石は漆黒宰相ロンガード、と言ったところか。奴の用意した我が『切り札』の前に、彼奴等は必ずや屈するであろう」

 ダルフォードは口を歪めて哂う。
 今回の戦いで大デルフリード帝国を滅ぼしさえすれば、自分こそがこの大陸の正当な支配者として君臨できるのだ。
 そうなれば、最早大陸統一はなったも同然。全てのものが余に忠誠を誓う事だろう。

 ダルフォードは夢想する。
 全ての人間が自分を崇め、跪く光景を。そして、その光景は直に現実のものとなる事を疑っていなかった。
 それ故に、愉快で愉快で仕方がなかった。ここは単なる通過点、自らの栄華を極める通過点に過ぎないのだ。
 大陸の覇者となり、全ての富を独占し、歴史に自らの名を刻む。偉業を成し遂げた偉大なる皇帝ガルフ=ヴァン=ダルフォードという名を。

 さあ、ゴミのように死んでいく、敵の無様な姿をせいぜい見物してやろうではないか。














「オオォォォォッ!!」

 声を張り上げ、両手で握った剣で一閃。
 梯子から塞中関に登ってきたばかりの兵士型機甲兵は堪らずバランスを崩す。
 それを見逃す事無く、一気に顔面に剣を突き立て、貫通させる。
 魔法によって強化された豪腕の下に兵士型機甲兵はカタカタと震えながら黒い煙を出して力尽きた。それを確認すると、すぐさま剣を引き抜いて、次の敵を探す。

 すると、まず眼に入ったのは少し離れたところで、兵士型機甲兵と揉み合いになっている男だ。しかも、兵士型機甲兵が何処からか出した短剣で今にもそいつを突き刺そうとしている。
 若干焦りながら、慌ててそこらに落ちている槍を拾うと、そいつ目掛けて思いっ切り投げる。
 上手い具合に首の辺りに命中して、吹っ飛ぶ。殺されかけていた男は一瞬、何が起こったか理解できなかったようだが、すぐさま持っていた剣を握り締めて吹っ飛んだ兵士型機甲兵を、奇声を上げて何度も何度も斬りつけた。
 しかし、すぐにぜぇぜぇ息を切らして、ふらついている。散々斬りつけたおかげで、兵士型機甲兵は動かなくなっているようだが、少し心配になって声をかけた。

「おい! 大丈夫か!」

「ぜぇ、ぜぇ……ごほ……あ、ぁ、大丈夫……大丈夫……」

 顔はこっちを向いていたが、目が虚ろで自分を見てないのがすぐに分かった。
 思わず舌打ちする。このままじゃ、こいつは死ぬのも時間の問題だ、と。

「大丈夫に見えんぞ! しっかりしろ!」

 バンッ、と背中を叩いてやる。
 そして、辺りを見回して傍に敵がいないことを確認したあと、そいつの前に出て肩を引っ掴んで眼を見る。

「俺の眼を見ろっ! いいか! ここでくたばったら何もならん! 生き残る事だけを考えてろ!」

「ハァ……ハァ……だ、けど、手柄を」

「手柄は生き残った奴だけがもらえるんだッ! いいか! 気まぐれだが、折角助けたお前に死なれちゃ俺も目覚めが悪い! 絶対に生き残れ! いいな! わかったなっ!」

 そう言って、そいつをそのままにして駆け出す。
 これ以上はもう知らん。死んだら、そいつの責任だ。
 自分でも今やったことは余計な御節介かもしれないと思ってるし、自己満足に過ぎないとも思ってる。
 だが、いいじゃないか。御節介の何が悪い? 自己満足の何が悪い?
 そうさ。人間なんて、自分のために生きてる生き物だ。俺のした事だって俺のためにやったことだ。
 これであいつが死んでも、俺は罪悪感を一切負わない。一緒にいてやればよかったとかも思わない。
 あれだけ言ってやったんだから、死んでも「ああ、運が悪かったんだな」ぐらいにしか思わない。

「……こんなもんだ。現実って奴はな」

 思わずそんな事を口走った。
 だが、すぐに気持ちを切り替える。そんな調子では、自分が死ぬからだ。
 それは怖い。とても怖い。死にたくない。だから、俺は目の前の敵を倒すんだ。

 そう思いながら、俺は手に持った剣を力強く握った。

「おい! 手が空いてる奴は門を守りに行けッ! 銀の巨兵が近づいてきている! 誰でもいいから止めろォッ!」

 考え事に耽っていたところに唐突に耳に入ってくる指示。
 無茶を言う。門に行ったところで、どうやってあんな化け物を止めろって言うんだか。
 思わず苦笑してしまうが、何とかして止めなければいけないのは事実。だから、俺は遠方投石器のあるところに向かって走り出す。

 流石に銀の巨兵相手に剣を振るったところで、どうしようもない事は分かる。止めるなら、遠方投石器で巨大な岩の塊をぶつけてやるぐらいしかない。
 途中で、塞中関に梯子を使って登ってきた兵士型機甲兵を適当にあしらいつつ、なんとか遠方投石器のある場所に到着する。

「発射準備よーーーしッ!」

「放てェッ!」

 ビュオン、という風を勢いよく切り裂く音とともに巨大な岩が放たれる。
 自分と同じ考えをする人間は他にも結構いたようで、狙いはやはり銀の巨兵に集中している。
 けれども、恐ろしい事に銀の巨兵は、飛んでくる岩を大きな腕を振り回して思いっ切りぶん殴る事で迎撃している。
 とはいえ、流石に手に負えないだけの数を放てば何発か命中し、中には膝の関節に大岩が鋭く当たったせいで、その間接から下の部分が吹っ飛んで動けなくなり、ジタバタしている銀の巨兵も見受けられた。そして、そういうのには止めと言わんばかりに岩の雨が降り注ぎ、ことごとく破壊されていた。
 しかし、ここから戦場を見た限りでは、まだ銀の巨兵は四体ほど残っており、それら全てが塞中関中央部にある門に向かっているのが分かった。門を破壊して、そこから機甲兵を突入させる意図が明らかに見えた。

「石の補充急げーーーッ!」

 指揮官らしい男が声を張り上げて叫んだ。
 彼もまた銀の巨兵の目的が分かっているのだろう。早急に破壊しないと、大変な事態になるのは容易く理解できる。
 尤も、この塞中関の門は非常に強固な作りになっているため、如何に銀の巨兵と言えど、そう簡単には突破できない事が救いだ。

「助太刀する! 何かすることはあるか?!」

「有り難い! 今は石の運搬か、投石器の防衛を頼む!」

「わかったッ!」

 周囲を見回して機甲兵が接近してきているかどうかを確認する。
 幸いこちらにはまだあまり来ていないようだ。現状の戦力で十分に防衛できるだろうと判断して、石の運搬に従事することにした。

 塞中関後方に設置された遠方投石器は兎も角、この塞中関そのものに取り付けられた遠方投石器に石を運び込むのは大変な重労働だ。
 まず、下にいる人間があらかじめ確保してある石を倉庫から取り出して運び、それを滑車で塞中関上部へと持ち上げ、更に遠方投石器の発射台に石を運んで、ようやく発射準備が出来るのだ。
 特に石の中には非常に重いものも当然あり――そこそこのサイズでも重量にして一四○kg前後――それを倉庫から出すだけでも一苦労だ。それに倉庫に確保してある石がなくなったら、そこいらから調達してこなければならない。……地味ではあるかもしれないが、大変厳しい仕事である。

「上げろォーーーッ!」

「「「「せーのっせッ! せーのっせッ!」」」」

 掛け声とともに滑車で石を持ち上げていく。
 その中の一人に自分も加わって、力一杯ロープを握り締めて引っ張る。無論、掛け声に合わせて引っ張っている。
 そして、やっとの思いで引き上げると、台車を使ってすぐさま発射台へと運ぶ。
 周囲にいる人間もそれぞれの遠方投石器に石を補充するため、各々の滑車を利用して石を持ち上げていた。

「ロープに緩みが無いか調べろよッ!」

「わかってるッ!」

「いいか?! 乗せるぞ!」

「慎重にやれよ!」

 運んで来た重量感溢れる大きな石を何人もの人間が手を貸して、ゆっくりと発射台に乗せていく。
 自分も額に汗を流しながら、慎重に作業を行う。

「発射準備よーしッ!」

「こちらも準備よーし!」

 大体、同じタイミングで次々に遠方投石器の発射準備が完了していく。
 それらの声に指揮官らしい男が声を張り上げて命令を下す。

「よし! 全員狙いを定めろ! 目標は中央門に接近する銀の巨兵ッ! 一番近い奴から狙っていくぞ! 発射は合図を待て!」

「目標、中央門に接近する銀の巨兵ッ! 一番近くに接近しているものを集中攻撃! 各投石器は合図があるまで発射準備状態で待機!」

「目標は中央門に近づく銀の巨兵! 最も中央門に近い奴から狙う! 発射は合図があるまでするな!」

 命令を大声で復唱する人物が、あちらこちらで見受けられる。
 それぞれに微妙な差異があるが、内容の意味自体は同じだ。

 この場にある全ての遠方投石器が狙いを定め、待機する。
 皆が皆、一点に視線を集中させる。その先にあるのは巨大な機甲兵、銀の巨兵。
 ズシン、ズシン、と大地を揺らしながら、歩くその姿に誰もが冷や汗をかく。
 あの巨体から繰り出される豪腕は勿論、ただの足踏みでさえ兵士たちにとっては脅威だろう。

 しかし、そんなことは我々には関係がない。銀の巨兵相手に白兵戦をするつもりなどないのだから。
 ただ一方的に、長距離からこの遠方投石器によってぶちのめす。それだけだった。

 指揮官が振り上げた腕を力一杯、叩きつけるようにして振り下ろす。一つの命令とともに。

「今だ! 放てぇッ!」

 瞬間、風を切る音と木が軋んで震える音が辺りに響く。同時に巨大な石が宙を舞う。
 途中までしか届かなかったり、逸れたりして当たらない石が多かったが、それでも相手の巨大さのために命中するものも出ていた。
 但し、中途半端な大きさの石はことごとく弾かれ、全くダメージを与える事が出来なかった。命中した石の殆どがそれだった。

 他のところからの遠方投石器による攻撃も中々効果的な打撃を与える事が出来なかった。
 結局、何とか仕留めれたのは二体だけで、残りのもう二体はそのまま中央門にたどり着きそうだった。

 もう、遠方投石器では味方を巻き添えにする危険性から攻撃できない。距離も接近されすぎて拙い。
 こうなれば古参の魔法戦士による白兵戦に期待するしかなかった。
 あんな巨大な敵を倒すのは至難の業だ。大勢犠牲も出るだろう。
 だが、それでも――ダルフォードに勝たせる訳にはいかないのだ。

「再装填ーーーッ! 急げ急げーーー!」

 大声で再装填を命じる声が聞こえる。
 辺りをバタバタと慌しく人が走り回り、手早く遠方投石器に石を補充する準備に入る。

 敵は銀の巨兵だけではないのだ。兵士型の機甲兵もまだまだたくさんいる。
 自分も急いで再装填の準備に取り掛かる。しかし、突然の大声に足が止まる。

「おい! 銀の巨兵が止まったぞ!」

 思わず、中央門付近に視線を飛ばす。
 そこには巨大な機甲兵が二体とも門の目の前で止まっていた。

 どういうことだ? 何故停止している。自分の心に沸いたのはまず不信と疑念だった。
 故障? 魔力切れ? 何らかの構造上の欠陥? ……頭の中を様々な推測が通り過ぎていく。ようするに混乱しているのだ。

 しかし、その数秒後に身を持って『理由』を体感する事になる。
 突然、銀の巨兵から白い煙噴出すと同時に目の前が真っ白な光に埋まる。

 そして、その瞬間――世界は衝撃の海に呑み込まれた。


最終更新:2007年10月31日 01:06