自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

142 第106話 上陸日前日

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第106話 上陸日前日

1484年(1944年)1月11日 午前8時10分 北ウェンステル領ファラムトラブ

まだ夜が明けたばかりの空に、不釣り合いな甲高い轟音を鳴り響かせながら1機の艦爆が突っ込んで来る。

「おい!早くこっちに来るんだ!!!」

チェイング兄妹の兄であるレガル・チェイングは、後ろから付いて来る妹のセルエレに向って叫んだ。

「もぅ!なんで行く所行く所空襲ばっかなのぉ!!」

走って来るセルエレは、腹立たしい気持ちになりながら喚いた。
セルエレは溝を跳び越して、兄が隠れている壁の影に隠れる。
その直後、ドカァーン!という轟音が鳴り響き、ゴー!という音を立てて爆風が吹き抜けていく。
上空を、爆弾を投下したヘルダイバーが、勝ち誇ったように飛び抜けて行った。
2人は、それから5秒ほど経ってから、恐る恐る顔を上げた。
壁の高さは2人の腰辺りまでしか無い。
先ほどまで、2人がすぐ横を歩いていた赤い小さな2階建ての建物が炎上している。
その建物には、シホールアンル軍補給部隊の食糧倉庫があった。アメリカ軍の爆撃機は、この倉庫に爆弾をぶち込んだのである。
遠くで、派手に爆炎が吹き上がる。

「北の倉庫街がやられているな。」

レガルが小さい声で呟く。
やや間を置いて、雷のような爆発音が響いてきた。
上空には、まだ爆弾を投下しようとしているアメリカ軍機がいるのだろう。
対空部隊の打ち上げる高射砲弾が盛んに炸裂し、上空に無数の黒い花が咲いている。
一見、この濃密な弾幕にアメリカ軍機が捉われ、片っ端から撃ち落せそうに思えるが、現実はそう上手くいかないものだ。
アメリカ軍機は、この弾幕の中でもなかなか落ちる気配を見せない。
それどころか、地上の被害はますます増えていく。
一群のアメリカ軍機が、逆落としになって急降下していく。
高射砲や魔道銃が狂ったように撃ちまくるが、射手が下手糞なのか全く当たらない。
アメリカ軍機は投下高度に達すると、次々と機首を引き起こしていく。
この時になってやっと1機が撃墜されたが、その次の瞬間には狙われた建物が命中弾を浴び、爆砕された。
10分ほどの時間が経ち、アメリカ軍機はサーっと潮が引くように撤退して行った。

「はぁ・・・・ここも酷くやられたな・・・・」
「ここ最近はどこも似たような物よ。連合軍の上陸が近いのは、どうやら本当みたいね。」

2人は、ため息まじりにそう呟いた。
ここファラムトラブはルベンゲーブの北西10ゼルドの場所にある田舎町で、ラムレイス山脈の左側にある。
現在はシホールアンル軍が補給基地として使用している。
チェイング兄妹が、このファラムトラブに到着したのは昨日の夕方頃であった。
彼らは新たな情報を入手したスパイと会うために、この町にやって来た。
スパイと面会したのは昨日の午後9時頃であった。
スパイの話によると、2ヶ月前にラグレガミアの南西6ゼルドの街道で、鬱状態に陥りながら歩いていた怪しい少女を見つけたと言う。
その少女が、3週間前に魔法通信で送られて来た脱走者の容姿と似ていたために、(シホールアンル軍上層部は、つい最近まで信用の置ける
スパイや捜索員、高官等にしか、鍵の詳細を教えていなかったが、12月の中旬ぐらいからは下っ端のスパイに対しても、詳細な情報を送る
ようになった)2人に連絡したのである。
チェイング兄妹は、この情報は信頼できると判断し、今日の午前8時までにはファラムトラブを出発する予定であった。
出発には前日に手配していた馬車を使う予定であった。
そして午前7時50分。2人が馬車の待機所に向っていた時に、突然空襲警報が鳴り響いたのである。
予め空襲を警戒していたためか、味方のワイバーン部隊が60騎ほど飛び立ち、アメリカ軍機を迎撃に向かっていくのが見えたが、ワイバーン隊の迎撃網はあっさりと突破された。
ワイバーンの迎撃を突破したアメリカ軍機は、対空砲火を浴びながらもファラムトラブを猛爆した。
爆撃は20分ほどで終わったが、その間、アメリカ軍機は爆弾や機銃弾を好き放題叩き込むなどして派手に暴れ回った。
アメリカ軍機の爆音が過ぎ去ったのを確認するや、2人は馬車の待機所を目指して歩き始めた。
待機所に向う途中で、戦闘を終えたワイバーン部隊が帰還していくのが見えた。
2人は歩きながら、そのワイバーン群に見入っていた。
戦闘前は、堂々とした編隊を組みながらアメリカ軍機を迎え撃ったワイバーン群だが、戦闘後のそのワイバーン群には、戦闘前の整然さはすっかり消えていた。
単騎、または2~3騎ほどの小編隊でワイバーン基地に戻りつつある。
帰還するワイバーンの中には、酷く傷付いたのか、よろよろと飛ぶ物もちらほらと見受けられる。

「44騎しかいないな。」

レガルは、帰還していくワイバーン群を数えていた。

「最初は60騎いたのに。アメリカ軍機に16騎も落とされるなんて、何やってんのやら。不甲斐ないったらありゃしない。」

セルエレは、どこかがっかりしたような、(ワイバーン乗りが聞いたら激怒するような)口調で呟いた。

「まあそう言うな。ここ最近はアメリカ野朗も腕を上げているようだ。むしろ、200機以上の大編隊に突っ込んで、16騎のみの喪失だけで
切り抜けたんだから頑張ったといえるよ。」

レガルは、周りの光景を見ながらワイバーン隊を擁護するような事を言う。

「まあ、その頑張りも、この有様じゃあ無意味だがな。」

ファラムトラブの町は、あちこちで黒煙を吹き上げている。
その黒煙の大半は、シホールアンル側の軍事施設か物資の貯蔵施設ばかりである。
ファラムトラブには、1個軍相当の部隊を3ヶ月賄えるほどの物資が置かれていたと言う。
集積された物資は、この町のみならず、南の森林地帯にも相当数保管されており、万が一ファラムトラブが全滅しても補給物資は残る。
とはいえ、さっきの空襲で受けた打撃は、決して少ない数では済まなさそうだ。
いや、沿岸部を跳梁する米機動部隊が、このファラムトラブに対して2度か、3度の空襲を反復する可能性は充分にあるから、被害は更に積み重なるだろう。
「しかし、俺達の行く所、どうしてこんな酷い空襲ばかりを受けるのだろうか。俺達はアメリカ野朗に対して、あんまり
悪い事をしでかしてないのになあ。」
「何度かはやってるよ。」

セルエレが淡白な口調で言ってくる。

「あたしも、アメリカ人の首を飛ばした事あるし。」
「恐らく、俺達は呪われているかも知れんな。」
「ま、呪いなんか怖くないけどね。」

セルエレは鼻で笑うような口調で言うが、レガルにはどう見ても単なる強がりにしか思えなかった。
彼らが向っていた馬車待機所が見えてきた。待機所のすぐ側にあった高射砲陣地が爆弾を喰らったのか、黒煙を吹き上げている。
高射砲は、砲身が真ん中辺りからぐにゃりと折れ曲がり、その周囲には戦死者の遺体が、破片と共に散乱している。

「やあ、酷い空襲だったね。」

レガルは、馬車を点検している軍曹に声をかけた。

「ええ、もう本当に凄かったですよ。この待機所はなんとか無事で済みましたが、隣の対空陣地があの様ですよ。私はそこの壁に
隠れていたんですが、アメリカ軍の戦闘機が自分が隠れている場所に機銃を撃ってきた時は、もう駄目かと思いましたよ。」
「やりたい放題だったからな。まあそれはいいとして」

レガルは懐から一枚の紙を取り出した。

「今日、ここから馬車を一台借りる事になっていたんだが。」
「ああ、もしやあなた方ですか。自分の馬車に乗る客人は。」

軍曹はそう言うと、彼もまた懐から書類を出して、レガルから渡された書類を照らし合わせる。
「やっぱりそうだ。私は、国内相の役人2人をラグレガミアまで乗せろという指示を受けとったんです。ささ、どうぞ乗ってください。
点検はもうすぐで終わりますよ。」

2人は軍曹の勧めに応じて、そそくさと馬車に乗った。
2分ほど経ってから、馬車は動き始めた。

「なあ御者さん。ラグレガミアまでは、大体何時間ぐらいで付く?」
「あの辺りは道がくねくねしとりますからねぇ・・・最短でも1日、天候次第では2日、3日かかる事もあります。
まあ今の状況では正直、何日かかるかわかりませんね。」

御者の軍曹は、前方を見続けながら苦い表情で言う。
前方には北に続く街道があるのだが、街道は補給部隊の馬車隊や、前線に送られる予定の部隊で混雑している。

「敵の機動部隊が沖でうろちょろしている今では、最低で3日ほどは覚悟したほうがいいですな。空襲が始まったら馬車から逃げないと
行けませんからね。逃げ遅れたらすぐに風穴だらけですよ。」

シホールアンル軍は、馬車を広く取り扱っており、補給から司令部連絡、はては高級将校の移送等に携わっている。
アメリカ軍の攻撃隊は、馬車を見つけると見境無く機銃弾を撃ち込んできている。
この事がここ2、3日頻発しているため、馬車を動かす御者の間では、アメリカ軍の飛行機を見たらすぐに馬車を捨てろと言われるほどだ。
普通ならば、現地人の馬車も被害を受けていそうな物だが、憎らしい事に、現地人の乗る馬車は被害を受けていないようだ。

「ホント、アメリカ軍は忌々しい物ね。」

セルエレは、憂鬱そうな口調でレガルに言った。

「海軍がだらしねえからな。海軍がしっかりすりゃ、シホールアンルの名はここまで落ちる事は無かったのに。」

レガルは忌々しそうな口調で呟いた。
馬車がファラムトラブの町から出ようとしたその時、またもや空襲警報のサイレンが鳴り響いた。
1484年(1944年)1月11日午前11時 北ウェンステル領ナ・ウォク

シホールアンル軍第20軍司令官であるムラウク・ライバスツ中将は、急ぎ足でウェンステル防衛軍司令部へ入っていった。
上空には、帰還して行くアメリカ軍爆撃機編隊の爆音が響いている。

「全く、どこもかしこもアメリカ軍機だらけだな。」

ライバスツ中将は、隣を歩く参謀長に語りかけた。

「連中は上陸前に、こちらを出来るだけ叩いて障害を無くそうとしているのでしょう。忌々しいですが、理に叶ったやり方ですよ。」

参謀長は苦笑しながら、ライバスツ中将に返事する。

「確かにな。憎らしい事だが、アメリカは戦争のやり方が上手い。」

2人は適当に雑談を交わしながら、会議室に入って行った。
会議室には、ウェンステルに配置されている各軍の司令官と、ウェンステル防衛軍の総司令官が既に集まっていた。

「全員揃ったところで、会議を始めるとしよう。」

椅子に座っていた初老の男。ウェンステル防衛軍総司令官ソラフル・フラウゾ大将が口を開いた。

「現在、連合軍は南大陸北部に兵を集結させている。特にここ数日は、アメリカ軍航空部隊の空襲が続いている。その規模は、
日増しに激化しつつある。また、沖合いにはアメリカ海軍の空母機動部隊が頻繁に出没し、沿岸部にある我が軍の基地に空襲を
行っている。この執拗な空襲は、連合軍の北大陸侵攻作戦の前触れであろうと私は確信している。」

フラウゾ大将は、重々しい口調で会議の参加者達に向けて言い放つ。

「敵の侵攻は、いつ起きてもおかしくない状況にあるだろう。そこで、各軍の現状の報告と、今後の対応について協議を行いたい。」
会議はまず、各軍の準備状況の確認報告から始まった。
シホールアンル軍は、ウェンステル北部の砂漠地帯に7個軍の兵を配置した。
この7個軍は、それぞれ西部地区、中部地区、東部地区に分けられた。
西部地区には陸軍第7、第6軍、中部地区には第19、第20、第49軍、東部地区には第4、第5軍が配備されている。
この7個軍の前線軍の他に、3個軍相当の部隊が後方で待機している。
ライバスツの第20軍は、南大陸戦線で消耗し尽くしていたが、北大陸に撤収後は新たに第30軍団と第33軍団を編入され、戦力を回復している。
前線部隊は、前回の教訓から全ての軍が応戦準備を整えていた。
また、前線軍のほとんどは、新型ゴーレムキリラルブスを主体とした石甲師団や機動旅団を保有し、機動作戦を行えるように部隊が改編されている。
この他に、非常手段として対空魔道銃の定数が大幅に増やされた。
対空魔道銃は軽量の81年型軽魔道銃が主に配備され、対空用のほかに、対人用として防御に当たる歩兵部隊にも手渡されている。

「一応、戦備は整った。問題は、その後だな。」

各軍司令官から報告を聞いたフラウゾ大将は、第7軍司令官に顔を向ける。

「フルレウト中将。君の軍には、例の物があったな。」
「はっ。」
「あれを効果的に使うとしたら、やはり上陸したての敵にぶつけるしか手は無いと思うのだが。」
「お言葉ですが総司令官。陸上装甲艦は夜間の強襲作戦において最も威力を発揮する兵器です。確かに魔法防御は強力ですが、
相手は何千機という航空機を持っています。敵の戦車部隊を蹴散らしている間に、それらに襲われれば、魔法石の消耗速度は激しくなります。」

第7軍には、最新鋭の陸上装甲艦を配備した第311特殊機動旅団が編入されている。
第311特殊機動旅団は、3隻の陸上装甲艦の他にキリラルブスと、それを改造した移動式重砲隊各1個連隊ずつで編成されている。
フラウゾ大将は、まずこの第311特殊機動旅団を主軸にして上陸する敵に大損害を与えたいと考えていた。
しかし、第7軍司令官であるフルレウト中将は、航空機の行動が制限される夜間のみこの特殊機動旅団を使いたいと思っていた。
昼間に使えば、陸上装甲艦の姿に驚いたアメリカ軍が、航空機の大群を差し向ける事は目に見えている。
しかし、フラウゾ大将は譲らなかった。
「白昼堂々と敵に突撃し、大打撃を与える事が最も効果的だ。確かに、夜間の攻撃でも通要するだろう。だが、夜間では陸上装甲艦の姿は
敵に見えにくい。それでは敵に恐怖感を与えにくいだろう。心理的な恐怖を与える場合は、やはり昼間の攻撃で大打撃を与え、陸上装甲艦の
勇姿を敵に見せ付けるしかない。」
「昼間攻撃に移る際、敵の激しい空襲が予期されます。その時、ワイバーン隊の支援は受けられますか?」
「私が空中騎士軍の司令官と会って話をつけよう。だから、上空援護の面では心配はいらぬ。」
「そうですか。それならば安心できます。」

フルレウト中将は、納得したような口調でそう言った。
しかし、ライバスツ中将は、フルレウト中将が内心ではあまり納得してはいないなと思った。
その証拠に、フルレウト中将はやや不満げな表情になっている。
(彼が心配するのも、無理は無いな)
ライバスツ中将は、フルレウト中将の心境を案じながらも、彼が心配する原因の事を思い出していた。
フルレウト中将の心配は、ワイバーンの援護を受けられるか否かにあった。
確かに陸上装甲艦は強力な魔法防御を持っているが、それが延々と機能する訳ではない。
丸1日程度の航空攻撃には耐えられるかもしれないが、それが2日、3日と続けば危ない。
陸上装甲艦の魔法防御は、消耗したらしばらく機能をストップさせ、自己回復を行わせなければならない。
魔法防御用の魔法石は、万が一ギリギリまで消耗しても、1日で魔力を回復して元の防御力を得る事が出来る。
それは、魔力を大きく消耗すれば1日は作戦に参加できないという事だ。
もちろん、装甲艦であるから、防御力はそれなりにあるが、魔法防御を外せば艦の各部に戦闘による損傷が生じる。
そうなれば、1日どころかそれ以上の時間を修理に費やさなければならなくなる。
フルレウト中将は、魔力の消耗をなるべく避けるために航空機の行動数が少ない夜間に敵を迎え撃ちたいと思っていた。
実を言うと、彼も最初は夜間に限らず、昼間攻撃でも差し支えは無いと思っていた。
だが、その思いは味方の保有するワイバーン並びに竜騎士の激減という形で覆された。
シホールアンル陸軍が保有するワイバーンの総数は、前年と比べて大きく下がっていた。
この影響は、各空中騎士軍の定数割れという未曾有の事態に発展し、本国の再編成部隊では新設予定だった空中騎士隊が、
いつの間にか無かった事になるという事が起きているほどだ。
シホールアンルのワイバーン保有数は、このような影響が出るほど落ち込んでいるのである。
ワイバーンは、ウェンステル領に3000騎ほど配備されているが、そのワイバーンもここ連日の迎撃で少しずつ減りつつある。
一昔前と違って、数の少なくなったワイバーン部隊に、果たして期待ができるのだろうか?
フルレウト中将は常日頃からそう思っており、フラウゾ大将の口から出た約束も、満足に信用できなかった。
その事は、ライバスツ中将も思っている。
彼の率いる第20軍は中部地区の防衛に当たっている。この中部地区にも、南ウェンステルから発進したアメリカ軍爆撃機の空襲を受けている。
幸い、偽装した防御陣地は見分けにくいのか、アメリカ側の爆撃はことごとく外れ、被害はあまり無いが、1波ごとに100機以上の大編隊を
何度も繰り出すアメリカの猛攻には、ライバスツも内心でいよいよ本気で攻めて来るなと思わせた。
それと同時に心配になったのは、やはり友軍ワイバーン部隊の上空援護をどこまで受けられるか、であった。
(南大陸戦で、航空戦力をごっそりすり減らされている。だから、期待した以上の支援は見込めないかもしれないな)
ライバスツ中将は、冷静にそう判断している。
「総司令官閣下。情報によりますと、アメリカ軍の大船団がエンデルドより出港したとの事です。この情報からして、連合軍の侵攻作戦は
1両日中に開始されるかと思われます。」
「その情報なら私も耳にしている。連合軍は本気で取り掛かってくるぞ。この1ヶ月以内に、上陸する連合軍を追い払えるか否かで、
この戦争の様相は大きく変わるだろう。出来れば、1ヵ月後には再びこの地で、諸君らと会議を開きたい物だ。」

フラウゾ大将は、最後の部分は重い口調で喋った。
(総司令官閣下も苦労されているな。まあ、相手が連合軍・・・・あのアメリカ軍を含むからな。閣下の苦労も並大抵のものではない)
ライバスツ中将はそう思った。
戦場は、いよいよ北大陸に移るのだ。この砂漠からずっと北に行けば、神聖なるシホールアンル本土がある。
ここで下手をすれば、その神聖な本土が敵に踏みにじられるかもしれない。
シホールアンル軍人としては、決して負けられない戦いとなるだけに、フラウゾ大将のプレッシャーも相当なものであろう。
(1ヵ月後、ここで再度作戦会議を開くためには、我々は努力せねばならんな。それには、敵地上軍に大打撃を与えるしかない)
ライバスツ中将は、密かにフルレウト中将に視線を向ける。
彼の持つ切り札が、大いに暴れ回れば、地上戦の主導権は(一時的にのみかもしれないが)シホールアンルに渡る。
しかし、切り札が早々に潰されれば、南大陸戦の繰り返しになる事は確実だ。
(ワイバーンの航空支援と、陸上装甲艦の活躍如何で、この戦の行方が決まる・・・・か。我が軍も切り札に頼るようになるとはな。
戦争のやり方も、余裕のあった昔と違って大きく変わったものだ)
ライバスツ中将は、内心でため息をつきながらそう思った。
その後、会議は思いのほか短く終わり、各軍司令官は、それぞれの司令部に戻って行った。
戦機は熟しつつあった。

1484年(1944年)1月11日 午後3時 シホールアンル帝国ジャスオ領

第4機動艦隊は、ジャスオ領北部にあるスマドクナに停泊していた。
以前までは、中西部の軍港レドグナに根拠地を置いていたのだが、海軍上層部は去年10月より行動を活発化させた米機動部隊の奇襲を恐れて、
より北にあるスマドクナ軍港に根拠地を移した。
レドグナには、以前と同じように艦船やワイバーン部隊が置かれているが、主力艦隊は全てこのスマドクナに置かれている。
第4機動艦隊司令官であるリリスティ・モルクンレル中将は、旗艦である正規竜母モルクドの艦橋から、桟橋に向っていく短艇を見つめていた。

「しかし、あの国内相の役人はとんでもない事を言ってくれましたね。いきなり、戦艦を2隻貸してくれと言い出して来るとはね。」

第4機動艦隊の主任参謀を務めるマクガ・ハランクブ大佐は、眉をひそめながらリリスティに言った。

「本当にとんでもない奴よ。一瞬、海に叩き込んでやろうかと思ったわ。」

リリスティは、怒りを露にした口調で吐き捨てた。
彼女が不機嫌な理由は、5分前まで行われていた会議にあった。

午後2時50分ごろ、旗艦モルクドに、2日前にスマドクナに入港したばかりの第11艦隊司令官と、国内相の役人が乗艦して来た。
国内相の役人は、ロハクス・カリペリウと名乗った。
リリスティは最初、何故国内相の役人が第11艦隊と一緒にいるのか疑問に思った。
ちなみに彼女は、ロハクス・カリペリウとは2年前、首都のパーティーで一度だけ見た事がある。
カリペリウ家は、シホールアンル帝国の中では10位以内に入るほどの有力貴族であり、地方のみならず、首都の役人や有力貴族と深い関係を持っている。
しかし、カリペリウ家はリリスティのいるモルクンレル家とは犬猿の仲であり、パーティーの席上では、最初に儀礼的な挨拶を交わして、
後は互いに無視を決め込むほど、関係は冷え切っている。
2年前のパーティーでは、リリスティはロハクスと会話を交わさなかったため、彼が何の仕事をしているかわからなかったが、
今日、そのロハクスが初めて国内相の役人である事知った。

「初めまして。私は第11艦隊司令官を務めます、イル・ベックネ少将です。」
「私は国内相特殊課の課長を務めます、ロハクス・カリペリウと申します。以降、お見知り置きを。」
互いに席についた後、話は始まった。

「まず、単刀直入に申し上げます。モルクンレル司令官、我が第11艦隊にあなた方の戦艦をお貸し願いたい。」
「はぁ?戦艦を貸してくれ、ですって?何でそんな事言うのよ。」

リリスティは、突然の申し出に苦笑しながらそう言った。
第11艦隊の編成は、リリスティにも伝わっている。
ベックネ少将の第11艦隊は、最新鋭の巡洋戦艦であるエレディングラを旗艦に定め、この他にオーメイ級巡洋艦のサラムク・ライド、
バルブンカ、駆逐艦12隻で編成されている。
艦隊に竜母は居ないものの、エレディングラはマレディングラ級巡洋戦艦の2番艦であり、装甲がやや不充分な点があるものの、
エレディングラの持つ13ネルリ砲9門は、水上艦の持つ砲力としては破格の物だ。
それに、他の艦艇はいずれも砲力はそこそこあり、15リンル以上の高速が出せる快速艦ばかりである。
戦力的には一応整っているといえる。なのになぜ、戦艦2隻を貸してくれと言うのだろうか?
それ以前に、国内相の役人が、艦に乗っている事自体異例だ。
(何か、重大な任務を帯びているのかな?)
リリスティがそう思った時、ベックネ少将は言葉を続けた。

「我々第11艦隊は、将来起こりうるであろう事態に備えられて編成された艦隊です。その起こりうる事態については、誠に申し訳ありませんが、
私の口から言う事はできません。」

ベックネ少将は、どこか複雑な表情でそう言い放つ。しかし、カリペリウは、それとは対照的な表情を浮かべている。
(こいつ・・・・なんでニヤけているの?)
リリスティは、何故か薄気味悪い笑みを浮かべるカリペリウを見て、不快な思いになった。

「言えるとすれば、ただ1つ。この艦隊は、皇帝陛下の命によって直々に編成された艦隊です。これをご覧下さい。」

ここでロハクスが口を開き、持っていた鞄から書類を取り出した。その書類に、リリスティの見慣れた筆跡がある。

「皇帝陛下から渡された全権委任状です。私は、この委任状によって、第11艦隊の戦力補充を自由に行なう権利を与えられています。」
ロハクスは、見せびらかすように書類をリリスティの前に置いた。

「いきなりそんな事言われても・・・・・あたし達の竜母は、ワイバーンは勿論の事、戦艦、巡洋艦、駆逐艦の援護があって、初めて行動が
できるのよ。特に、対空兵器を多く乗せている戦艦はどんな秘宝よりも貴重な代物。こんな書類を見せられて、はい、そうですかとは・・・・・」

リリスティは、困惑した表情を浮かべて2人に言った。

現在、第4機動艦隊は正規竜母6隻、小型竜母6隻を主力に置いている。
リリスティは、この12隻の竜母を4隻ずつに分け、3つの機動部隊を編成している。
1月10日現在までの編成は次の通りである。

第1部隊
正規竜母モルクド、ギルガメル、小型竜母ライル・エグ、リテレ
戦艦オールクレイ、ケルグラスト
巡洋艦ラスル、ルブルネント、ルバルギウラ、フリレンギラ、フラミクラ
駆逐艦14隻
第2部隊
正規竜母ホロウレイグ、ランフック、小型竜母リネェング・バイ、ゾルラー
戦艦クロレク、ネグリスレイ
巡洋艦リムクレイ、マクヅマ、ルムンレ、ルンガレシ、サトナレミル
駆逐艦16隻
第3部隊
正規竜母コルパリヒ、ジルファニア、小型竜母アンリ・ラムト、ナラチ
戦艦ポエイクレイ、巡洋戦艦マレディングラ
巡洋艦エフグ、ジョクランス、ラビンジ、マルバンラミル、マル・トロル
駆逐艦14隻

43年時の編成と比べて、護衛艦艇に続々と新鋭艦が増え始めている。
喜ばしい事は最新鋭戦艦であるネグリスレイ級や、新鋭巡洋艦のマルバンラミル級が機動部隊へ優先的に配備されている事である。
新鋭戦艦のネグリスレイ級、新鋭巡洋艦のマルバンラミル級は、従来の艦と違って初めから対空戦闘も念頭に置いて建造されているため、
保有する対空兵器が多い。
それに加え、駆逐艦も砲力を増したスルイグラム級が2隻~3隻ずつ配備されており、各部隊の対空火力は以前より向上している。
しかし、対空戦闘の要となる戦艦がいるといないとでは、状況は違って来る。
戦艦は、1隻で巡洋艦2隻分、駆逐艦4隻分の対空火力を有しており、1隻でもいれば輪形陣の対空戦闘はよりやりやすくなる。
脆い竜母にとっては、まさに頼れる存在と言っても良い。
その貴重な戦艦を、ロハクスは第11艦隊に回せ、と言うのである。
(この小男は、ネグリスレイ級を狙っているかもしれない)
リリスティは、目の前の小男が狙っている艦を予想した。
もし、ネグリスレイ級を2隻も持って行かれたら、第2部隊、または第1部隊の対空火力は下がってしまう。
そうなれば、戦闘開始前から大きな痛手を被る事になる。
ロハクスは、要求を述べた。要求の内容は、リリスティの予想していた物とは少し違った。

「オールクレイ級を・・・2隻?」
「はい。オールクレイ級2隻で構いません。」
「どうしてオールクレイ級なの?」
「本当は、ネグリスレイ級を持って行こうかと思ったのですが、よく考えてみれば、1番艦ネグリスレイ、2番艦ポエイクレイは、
共に就役して1年も経っていません。兵士に例えれば、新兵そのものです。実戦を経験していない艦よりは、火力がやや小さくても、
既に幾度かの戦闘を経験したベテランを連れて行ったほうがよろしいか、と思いましたので、実戦経験を積んでいるオールクレイ級2隻を
貸してもらおうと考え付いたのです。」

(ク・・・・これはこれで、相当痛いわ)
ロハクスの申し出に、リリスティは内心やられたなと思った。
オールクレイ級は、新鋭艦であるネグリスレイ級と比べると、確かに旧式だ。しかし、乗員は既に艦自体に慣れ親しんでおり、錬度も高い。
おまけに、オールクレイ級も速力や対空火力は悪くないから、ある意味ではネグリスレイ級2隻を取られるより痛手であった。

「拒否権は、無いのよね?」
「申し訳ありませんが。なるべく、私の申した通りの戦力をお貸し願いたい。勿論、永遠にと言う訳ではありません、あくまで一時的にです。」
「正確には、どれぐらい?」
「陛下が、第11艦隊が必要でなくなった、と言う時までです。その時には、貸してもらったた艦を返すだけではなく、この艦隊をあなた方の
機動部隊にそっくり編入するよう申し出てみましょう。」

ロハクスは、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、リリスティに言った。
隣に座っているハランクブ大佐は、眉をひそめていたが、リリスティは笑顔を作って答えた。

「わかったわ。では、第1部隊と第2部隊から、それぞれ1隻ずつ貸してあげる。それでいいわね?」
「はい。貴重な戦力を毟り取るような真似をしてしまいましたが、作戦が終了した際には、貸していただいた艦は必ずお返しいたします。」

ベックネ少将のその一言が、不快な会合の終わり言葉となった。

「全く・・・・あの小男の顔を思い出すと、無性に腹が立ってくるわね!」

リリスティは、苛立ったような声でそう言い放った。彼女にとって、ロハクスの言葉1つ1つが癪に障るものだった。

「自分の背後にある力を見せ付けて、圧力をかける輩とは、生きているうちに何度か必ず出会うと聞いた事がありますが、
しかし、あの小男はなかなかに強烈でしたな。」
「本当にね。ま、あんなのは後ろ盾が無くなったら、コロっと敵に寝返るもんだけどね。」

リリスティは、フンと鼻で笑いながらそう呟いた。

「それにしても、オールクレイ級2隻が取られるのは、ちと痛すぎましたね。」
「ええ。まあ、オールクレイ級以外で余分な艦は取られなかったから少しは安心したけど、この状態で敵機動部隊と戦うとなると、
攻撃された時が怖いわね。」

リリスティは苦笑しながら主任参謀に言ったが、頭の中ではそれとは別の事を考えていた。
(皇帝陛下の委任状を持った国内相の役人。その役人を乗せた第11艦隊・・・・あの艦隊は、皇帝陛下・・・つまり、オールフェスの命で
編成されていると、あの小男は言ってた。竜母を伴わない第11艦隊で、何をするというの?)
彼女は、そう思いながら、北東の方角に顔を向けた。
遥か北東の方角には、首都ウェルバンルがある。ウェルバンルにある帝国宮殿では、オールフェスが普段通りの政務を行っているはずだ。
(オールフェス・・・・・あんたは一体、何を考えているの?)
リリスティは、遠い先に居る幼馴染に向かって、心で呟いていた。
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