自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

160 第122話 ホウロナの楔

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第122話 ホウロナの楔

1484年(1944年)3月8日 午後3時20分 ホウロナ諸島ファスコド島

シホールアンル陸軍第515歩兵旅団の指揮官であるラフルス・トイカル准将は、たった今、文書に自分の署名を終えた。

「ありがとうございます。」

目の前の変わった軍服を着た男。アメリカ軍第2海兵師団師団長であるジュリアン・スミス少将が礼を言った。

「これで、降伏文書の調印は終わりとなります。あなた方の将兵は、適正な処置の下に後方に送らせて頂きます。」

トイカルはその言葉を聴いても、返事を返そうとはせず、ただ頭を下げた。
アメリカ軍が上陸して4日目となる今日、ファスコド島守備隊は、島の北端部にある野戦病院前の陣地で、最後まで戦っていた。
僅か4日間の地上戦闘であったが、ファスコド島守備隊は勇敢に戦い抜いた。
兵力、火力、航空戦力。
どれもアメリカ軍が圧倒的に勝っていたが、トイカル旅団は力の限り戦い続けた。
トイカル旅団は、事前に構築していた、4重、5重にも及ぶ縦進陣地で持ってアメリカ軍部隊に抵抗を続けた。
特に、2日目の昼頃に起きた324高地の攻防戦では、実に4度も高地の主が変わったほど熾烈な戦いを繰り広げた。
武器も装備もアメリカ側に比べればかなり劣っていたものの、魔法騎士団の残余も加わったトイカル旅団は、勇猛果敢に立ち向かった。
残り少なくなった野砲を有効活用して、前進するアメリカ軍部隊の阻止攻撃や、攻勢にうつる友軍部隊の支援を最後まで行い続けた。
野砲部隊は、3日目の正午までには全ての砲を破壊されたが、最後まで撃ち続けたその砲弾は、第2海兵師団の将兵から“孤高の狙撃手”と
言わしめたほど、米軍を大いに悩ませた。
だが、相次ぐ激戦によって魔道銃の魔法石も切れ、将兵も皆が疲労困憊していた。
食料は大量にあったが、いくら食料があれど、肝心の武器が全く使い物にならなければ、無駄に兵を死なせてしまう。
ならば後退し、休息を取れば良い・・・・と誰もが思うであろう。

しかし、トイカル旅団は、だだっ広い大陸で戦っている訳ではない。
ファスコド島というちっぽけな島で戦っているのである。逃げ場などあろうはずも無く、当然、敵は守備隊に休息を取らせようとはしなかった。
トイカル准将は、守備隊の窮状を見て、もはや限界を超えたと判断していた。
アメリカ軍に勇敢に立ち向かった兵士達だが、損害が大きすぎた。
シホールアンル兵は、アメリカ軍部隊の容赦ない攻撃を受けていた。
少しでも敵を釘付けにすれば、後方から戦車がやって来る。
その戦車が、敵の足止めに貢献している魔道銃陣地を見つけては砲弾を叩き込んで沈黙させる。
野砲が敵の戦車を撃破して、敵を完全に食い止めることが出来ても、どこぞからアメリカ軍機がやって来て、陣地に爆弾を叩き付けて行く。
ひどい時には、空襲の後に沖合いの軍艦から猛烈な射撃が加えられる。
このような状況では、腰抜けの新兵であろうが、敵を軽く殺せるベテラン兵であろうが、陣地もろとも吹き飛ばされてしまう。
白兵戦に移っても、アメリカ兵は小銃や拳銃を使ってシホールアンル兵を次々と打ち倒す。
こちらが出てこなければ、銃眼や洞窟の穴に爆弾を放り投げ、火炎放射器で焼き払う。
アメリカ側の攻撃は、異常なまでに徹底していた。
敵と戦う前には、8912名はいた守備隊は、降伏直前には3018名にまで激減していた。
トイカル旅団は、僅か4日足らずで、4000名の戦死者、並びに捕虜を出し、1000名以上の負傷者を出していた。
ファスコド島守備隊は、事実上壊滅的な被害を受けたのだ。
トイカル准将は決断を迫られていた。
降伏か?それとも最後まで戦うか?
一昔前ならば、間違いなく最後まで戦う方を選んだであろう。
何しろ、偉大なるシホールアンル帝国軍の一員だ。
敵に無様な格好を見せるよりは、華々しく散ってシホールアンル軍将兵の素晴らしさを敵に見せ付けたほうが得策だからだ。
だが、そんな事は、アメリカ軍に全く通じないという事を、トイカル准将は嫌と言うほど思い知らされた。
(俺達は、もう義務を果たした。敵は血に飢えた野獣のように我ら味方将兵の命を貪り食った。だが、私は分かっている。アメリカ軍が特殊な軍隊であることを。)
彼は、もう既に決めていた。
彼としては、装備劣悪な友軍部隊が、陣地の作り方や、魔道銃等の近代兵器を揃える事で、曲がりなりにもアメリカ軍に
対抗出来たことが嬉しかった。

圧倒的不利な状況にもかかわらず、ファスコド島守備隊は良く戦った。
(私は、彼らを無駄死にさせたくない。精一杯戦った部下達に対して、俺が出来る事はせめて、命を救ってやる事ぐらいだ。)

トイカル准将は、心中で決断すると、すぐに司令部や生き残りの指揮官達を集め、降伏する事を打ち明けた。
反対する者は、不思議と居なかった。
彼は、すぐさまアメリカ軍側に軍使を送り、降伏の申し出を行いたいと伝えた。

それから1時間余りが経った。
アメリカ軍は、トイカル准将の申し出に応じ、午後3時10分から降伏交渉が始まった。
トイカル准将は、文書にサインを終えた時、これで自分の役割は終わったと思った。
降伏交渉に使われた天幕を出ると、トイカル准将は第515旅団の司令部に戻った。
彼は、全部隊に武装解除を伝えると、ただ1人、自室にこもった。

トイカルは、椅子に座りながら酒を飲んでいた。
今までの思い出が、頭をよぎっていく。
初めて士官学校を見た時の高揚感。初の実戦で、無我夢中に戦っていた若き日の自分。
戦死者の遺族の家に1件ずつ回り、愛した部下の最後の務めを報告した時の、言いようの無い悲しみ。
様々な思いが、脳裏に浮かんだ。

「最後まで、私は優秀な部下と共に戦えた。義務を果たした以上、思い残す事は無い。」

司令部付の魔道士には、今回の戦闘報告を本国に送らせてある。
この情報が、願わくば、偉大なる帝国軍に勝利をもたらしてくれれば・・・・・
トイカルはそう心中で呟くと、杯に入っていた酒を一気にあおった。

「さて、私なりのけじめをつけるとするか。」

彼は、どこか晴れやかな表情を浮かべながらそう言った。彼は、テーブルに置かれていた短剣を手に取った。


1484年(1944年)3月18日 午前8時 エゲ島西50マイル地点

第5艦隊司令長官である、レイモンド・スプルーアンス大将は、作戦室内のテーブルに置かれた地図に、星条旗のついたピンが刺さるのを無表情で見つめていた。

「エゲ島が陥落したか。」
「はい。午前7時30分に、第5水陸両用軍団司令部から報告が入りました。海兵隊が被った損害は、戦死402、負傷2001です。」

情報参謀のアームストロング少佐がスプルーアンスに言った。

「ふむ・・・・・」

スプルーアンスは、側に置いていたカップを手に取り、一口だけ啜った。

「しかし、ホウロナ諸島攻略作戦で、海兵隊は無視できん損害を被ったな。」
「はい。事前に、入念な砲爆撃を行ったのですが、シホールアンル側はこれまでの戦訓を元に入念に防備体制を整えていたようです。」

ファスコド島制圧から始まったホウロナ諸島攻略作戦は、エゲ島のシホールアンル軍部隊が降伏した事で幕を閉じた。
アメリカ軍は、第1海兵師団が戦死390、負傷1420、第2海兵師団が戦死592、負傷2201、
第3海兵師団が戦死482、負傷1700、第4海兵師団が戦死402、負傷2001である。
総計すると、9000名以上の戦死傷が出た事になる。
原因は、シホールアンル側の防御態勢にあった。

ファスコドのシホールアンル軍は、これまでの経験を元に、効果的な防御陣地を構築していた。
だが、このような防御陣地は、515旅団のみならず、ホウロナ諸島に駐留する全部隊が行っていた。
その唯一の例外は、第75魔法騎士師団であったが、それ以外の部隊はずっと陣地に引き篭もり、海兵隊が上陸するまで行われた
事前砲撃に対しても、辛うじて戦力を温存する事が出来た。
これによって、シホールアンル軍は、思い通りとまでは行かなかったが海兵隊を苦しめる事が出来た。
だが、制空権、制海権を完全に握られていては、勝利など出来るはずも無く、圧倒的な火力の前に、ホウロナの島々は次々に陥落していった。
エゲ島が降伏した時、シホールアンル側は戦死者32000、負傷29000の損害を出していた。
無論、残りの負傷者や生存者はアメリカ側の捕虜となるから、シホールアンル側は、第54軍並びに、第22空中騎士軍、その他諸々も含めて、
10万以上の将兵、軍属を丸ごと失う事になった。
シホールアンル側は、それを覚悟の上でファスコド島を見捨てたが、それでも将兵10万の喪失は痛すぎる物であった。

「我々の損害もいささか大きいが、それでも、シホールアンル軍に与えた損害は大きいだろう。彼らは、貴重な戦力を失ったばかりか、
ホウロナ諸島までも失ったのだ。この事は、後の戦局に大きく左右するだろう。」

スプルーアンスは、視線を地図上の1つの島・・・・ファスコド島に移した。

「既に、ファスコド島には飛行場が建設され、第1海兵航空団の航空隊が駐屯を開始している。ファスコド島のみならず、ホウロナ諸島の
全ての島に工兵部隊が上陸する。大部隊の収容が可能な施設が完成すれば、ようやく次のステップに進める。」
「それは、来るべき大上陸作戦の事ですな?」

参謀長のカール・ムーア少将が聞いた。

「そうだ。」

スプルーアンスは、怜悧な口調で返事する。

「その次のステップに進むために、我々第5艦隊はホウロナ諸島を守らねばならない。シホールアンル側が、奪回を企図せぬとも
限らないからな。ひとまず、ホウロナ諸島を制圧した事で、まず一段落したが、この後も気は抜けない。」
「しかし長官、問題もあります。」

作戦参謀のフォレステル大佐が進言する。

「第57、58任務部隊は、攻略作戦開始以来ずっと働き詰めで、艦隊の将兵の疲労はかなりのものです。第5艦隊・・・・
いや、連合軍艦隊の精鋭ともいえる高速機動部隊といえど、疲労には勝てません。」
「その事に関しては、今私も言おうとしていた。」

スプルーアンスは苦笑しながらフォレステルに返事した。

「先に言われるとはな。まぁ、それはいいとして。TF57、58の両艦隊は後方に下げて休養させる。だが、万が一の場合が
起きた時、機動部隊が居なくては困るから、TF57か、TF58のどちらかだけを先に休養させ、後の部隊は、ご苦労だが
もう2週間ほど頑張って貰う。ファスコド島には、第1海兵航空団の航空隊200機が配備されているが、もし敵機動部隊が
来襲した時は、この200機ではとても太刀打ちできない。その場合は、必ず機動部隊の助けが居る。だから、TF57か58の
どちからは、ホウロナ諸島に近くに張り付いてもらいたいのだ。」
「なるほど、一時的にローテーションを組むのですね。」

幕僚たちが納得した表情を浮かべた。

「長官。では、どの部隊から後方に下げるのです?」

フォレステル大佐がすかさず聞いた。

「TF58を最初に下げよう。」

スプルーアンスは即答する。

「TF58は空母が2隻も欠けている上に、艦載機の出撃回数がTF57より多いからな。ミッチャーに休養を取るように命じよう。
それから、TF58には、後送する捕虜を乗せた輸送船団を護衛してもらおう。」
「分かりました。」

スプルーアンスはその後、一通りの連絡事項を聞き、それに指示を下してから会議を終えた。

「長官。」

会議の終了間際、ムーア参謀長はスプルーアンスに聞いた。

「そういえば、大西洋方面でも、近々大作戦が実行に移されるらしいですね。」
「うむ。そのようだな。」

スプルーアンスは頷いた。

「大作戦と言っても、今度の作戦は島の攻略・・・・いわば、ホウロナ諸島攻略と同じような作戦だ。だが、同時に大事な作戦でもあるな。」

スプルーアンスは知っていた。
大西洋艦隊も同じく、レーフェイル大陸侵攻の準備を進め、手始めに足場となる場所を占領すると言う事を。

「太平洋と大西洋。この二つの戦場で、我々は大きな楔を打つ。もし、大西洋でも作戦が成功すれば、この戦争の行方は完全に決まるだろう。
ミスター・ムーア、合衆国海軍は、これまで以上にないほど忙しくなるぞ。」
「ええ、承知しております。」

ムーア少将もまた、どこか緊張したような表情で返事する。
彼は、途端に悪戯小僧が浮かべるような笑みを見せた。

「最も、長官がもっと働いてくれたら、我々としては大助かりなのですがねぇ。」

その言葉に、スプルーアンスはただ苦笑するだけであった。


1484年(1944年)3月19日 午前8時 バージニア州ノーフォーク

その日、ジョン・マッケーン少将は、司令部スタッフと共に内火艇に乗って、今日から新しい仕事場となる軍艦に向かっていた。
ノーフォーク軍港の一角に浮かぶそれは、数ある合衆国海軍の空母の中では、いささか異色の存在であった。

「見るからにごつごつしているな。」

マッケーン少将は、目の前の軍艦を見てからそう呟いた。
彼が赴任する軍艦・・・・第7艦隊所属第72任務部隊第1任務群の旗艦である正規空母イラストリアスは、デザイン33・メジャー10Aの
迷彩塗装が艦体に塗られているが、独特の重厚さはそのまま醸し出されている。
TF72.1の僚艦である正規空母ベニントンや、軽空母ハーミズ、ノーフォークもまた、イラストリアスと同様に迷彩塗装を施されている。
内火艇がイラストリアスの左舷に接舷すると、マッケーンは階段を上がった。
飛行甲板に上がると、イラストリアス艦長のファルク・スレッド大佐が出迎えてくれた。

「初めまして。私は、イラストリアスの艦長を務めます、ファルク・スレッド大佐であります。」
「ジョン・マッケーンだ。出迎えありがとう。」

マッケーン少将とスレッド大佐は、互いに敬礼を送る。

「ようこそ、ジョンブル戦隊へ。ささ、こちらへどうぞ。」

スレッド艦長は、にこやかな笑みを浮かべると、先頭に立って案内してくれた。
マッケーンは、飛行甲板を横切る際に、艦橋のマストに視線を向けた。
マストには、旗がはためいている。
旗は2種類ある。
1つは、見慣れた星条旗だ。その下には、ユニオンジャックが誇らしげにはためいていた。
(ジョンブル戦隊のシンボル・・・か)
マッケーンは、心中で呟いた。
第72任務部隊第1任務群を構成する艦は、ほとんどが第26任務部隊・・・・元、イギリス本国艦隊所属第12艦隊のものである。
この艦隊には現在、エセックス級正規空母であるベニントンと、インディペンデンス級軽空母のノーフォーク、並びにアトランタ級軽巡の
フレモントと駆逐艦2隻が追加で配備されている。
実を言うと、この追加された艦艇にも、同じようにユニオンジャックがはためいている。
このユニオンジャックは、部隊旗として認められており、TG72・1の艦艇は全てがこの部隊旗を誇らしげにはためかせている。
他のアメリカ海軍将兵は、この旗からもじって、TF26の時期からこの英艦艇群達をジョンブル戦隊と渾名している。
そのシンボルとも言うべきマストのユニオンジャックは、国を失った英海軍兵達の闘志は全く衰えていないと主張しているかのように、
力強くはためいていた。
マッケーンとスタッフ一同は、イラストリアスの艦橋に上がっていった。
彼らはそこで、イラストリアスの主な幹部達と挨拶を交わした。

1時間後、一通り挨拶が終わったマッケーン少将は、司令官公室で身の回り私物の整理を行っていた。
マッケーンは、家族の写真を机に置いてから、それをしばし眺める。
写真に写っている青年は、彼の息子であるジョン・マッケーンジュニアで、同じ合衆国海軍軍人でもある。
マッケーンジュニアは、潜水艦ガンネルの艦長として、太平洋戦線で戦っている。

「やっと、俺も前線に出向く事になったよ。」

マッケーンは、写真の息子に対し、そう語りかけた。

その時、ドアがノックされた。

「おう!」

マッケーンは、やや野太い声音で、ドアの向こう側の人物に言った。
ドアが開かれると、スレッド艦長の姿があった。

「司令、整理は順調に進んでいるようですな。」
「ああ。私物は少なくしたからね。しかし、部屋の質素さは、アメリカ海軍とあまり変わらんな。」

マッケーンは苦笑しながら言った。

「まっ、私としては、別に気にもならないがね。まぁ、立ち話でも何だし、椅子に座って少しばかり雑談でもかわそうかね。」
「ええ、喜んで。」

スレッド大佐は、マッケーンの勧めを快く受けた。
彼は、質素なソファーに腰掛けた。マッケーンは、その反対側に座る。

「従兵に紅茶を持ってこさせましょうか?」
「ああ。ティータイムには若干早いが、ひとまず、1杯もらおう。」

スレッドは、従兵を呼び付けると、紅茶を頼んだ。

「司令。どうですか、このイラストリアスは?」

スレッドは早速、マッケーンから感想を聞き出そうとする。

それに、マッケーンは淀みなく答えた。

「いいフネだよ。特に、装甲を施した飛行甲板は素晴らしい物がある。2年近く前のレーフェイル奇襲で、この艦はかなりの爆弾を
食らったようだが、飛行甲板より下には全く被害が無く、僅か2週間程度の修理で前線復帰出来たと聞いている。あの重防御ぶりなら、
いつぞやに耳にした、あの大げさな例え話もありかな、と思ったよ。」
「はぁ。食らった側としては、いつ大事に至らないかヒヤヒヤ物でしたが。」

イラストリアスは、42年6月後半に行われたレーフェイル大陸急襲作戦の終盤で、マオンド軍のワイバーン隊に多数の爆弾を浴びせられている。
この時、イラストリアスは、500ポンドクラスの爆弾11発を受けて中破したが、目立った損害は、甲板前部の非装甲部に受けた被弾部分だけであり、
装甲に覆われた部分の被弾箇所は、幾ばくかの凸凹が生じていたのみであった。
この様子を見た、あるアメリカ海軍の連絡士官は、

「我々の空母ならば、10発以上の爆弾を受けたら最低でも4ヶ月はドックから出れないだろう。だが、イラストリアスの場合は、
おい水兵、ほうきを、で済んでしまう。」

と、かなり大げさな言葉を漏らしたほど、イラストリアスは異常とも思える強靭ぶりを発揮した。
米正規空母群では、最強の防御力を発揮したイラストリアスに、海軍側は大きな魅力を感じ、しまいにはリプライザル級正規空母の建造ピッチが
急激に上がる事になった。
そのため、リプライザル級正規空母は、1番艦リプライザルが44年12月下旬、2番艦キティホークが44年2月に竣工予定と、本来の予定よりも
3ヶ月、または4ヶ月以上も早まった。
アメリカ軍主力艦の建艦スペースにプラス効果を与えたほど、イラストリアスの奮戦は注目されていた。
だが、あの時、現場に居た人物たちは、かなりヒヤリとなったようだ。

「いくら重装甲空母といえど、無限に爆弾を受け止められる訳ではありませんからね。あの時は、11発の被弾で済みましたが、
あのまま15発・・・・いや、20発と受けていたら、このイラストリアスもどうなっていたか。」

スレッドはそう言うと、やや深いため息を吐いた。

「人間が作った以上、必ずしも壊れん、とは限らないからなぁ。」

マッケーンもまた、同意したかのように呟いた。
従兵が紅茶を運んできた。2人は従兵に礼を言ってから、一口すすった。

「そういえば司令。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「何だね?」

スレッドの質問に、マッケーンは耳を傾けながら言った。

「どうして、TG72.1の旗艦をこのイラストリアスにしたのです?TG72・1には、このイラストリアスよりも新しいベニントンが
配備されているのに。」
「そうだなぁ・・・・・」

スレッドの質問に、マッケーンは少しばかり考え込んだ。
20秒ほど思考してから、彼は質問に答えた。

「言うなれば、このイラストリアスが打たれ強い、からかな。」
「打たれ強い、ですか。」
「そうだ。」

マッケーンは深く頷いた。

「エセックス級空母は、確かにいい艦だ。搭載機数はもちろん、艦自体の防御力も、性能も申し分無い。だが、欠点もある。」

マッケーンはそう言いながら、紙とコインを取り出した。

「エセックスに関わらず、合衆国海軍の空母は、甲板に爆弾を受けると」

彼はそう言いながら、指を紙に押し込んだ。紙はあっさり突き破られた。

「このように、簡単に穴が開いてしまう。我が合衆国海軍の空母は、全てがこのイラストリアスより装甲が薄く、甲板の表面は
木材しか使っていない。そのため、爆弾を受ければたちまち被害が発生し、穴が開いた空母は、良くても数時間は飛行機を下ろしたり、
上げたり出来ない。だが、このイラストリアスは違う。」

マッケーンは紙を置いて、コインの表面を指先でつつく。

「このコイン同様、イラストリアスは硬い装甲で覆われ、その効果は以前の戦いで実証済みだ。私は、旗艦を置くのならば、
傷付いたら高い確率で後方に下げざるを得ない空母より、多少傷付いても、機能を維持できる空母が良いと考えたのだ。
旗艦となる艦が大破したら、司令官は別の艦に移乗するという面倒な作業も起こる。私はそのことも考え、効率化を図るためにこの
イラストリアスを旗艦にしようと思ったのだ。」
「なるほど、いい考えですな。」

スレッドは、マッケーンの言葉に納得した。

「それに、自室の質素さは、エセックス級もイラストリアス級もあまり変わらんからね。だから、私はより安全度の高い方を選んだのさ。」

マッケーンはそう言ってから、ニヤリと笑った。

「頑丈な船は安心できますからな。」

スレッドもまた、微笑みながら言った。

第7艦隊は、機動部隊である第72任務部隊と船団護衛部隊である第73任務部隊、そして、輸送船団である第74、第75任務部隊に別れている。
その中で、主力を成すのが第72任務部隊である。
第7艦隊の司令長官は、歴戦の指揮官であるオーブリー・フィッチ大将が任命されている。
機動部隊指揮官は、意外にもジェームス・サマービル中将が任命された。
当初、機動部隊の指揮は、これもまた歴戦の空母部隊指揮官であるレイ・ノイス中将が選ばれるかと思われていたが、当の本人は大西洋艦隊参謀長に
引っ張られていた。
この他にも、色々な将官が立候補に上がったが、大西洋艦隊司令部は、元TF26司令官であるサマービル中将に機動部隊の指揮権を与えた。
この件では、海軍内で色々と議論が交わされたが、サマービルは、転移前にはタラント空襲作戦等で空母部隊を指揮していた事や、グラーズレット空襲で
敵戦艦撃沈という功績も挙げているため、機動部隊指揮官としても申し分無いと判断され、サマービルは抜擢されたのである。
サマービルの指揮する事になった第72任務部隊は、現在2つの任務群から成っている。
第72.1任務群はマッケーンが指揮官に任命され、正規空母イラストリアス、ベニントン、軽空母ノーフォーク、ハーミズを主力に据えている。
これの護衛には、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レナウン、重巡洋艦カンバーランド、ドーセットシャー、軽巡洋艦ケニア、ナイジェリア、フレモント、
駆逐艦16隻が当たる。
第72.2任務群はジョン・リーブス少将が指揮官に任命され、、正規空母ワスプ、ゲティスバーグ、軽空母ロング・アイランドⅡ、シアトルを主力に、
護衛艦が巡洋戦艦コンスティチューション、重巡洋艦ウィチタ、オレゴンシティ、軽巡洋艦セント・ルイス、ダラス、マイアミ、駆逐艦16隻となっている。
今はまだ編成中ではあるが、早ければ5月。
遅くても6月にはアイオワ級戦艦2隻にエセックス級空母2隻、インディペンデンス級軽空母1隻を主力とした第3任務群が編成される予定である。

「出撃が、確か4月の初旬でしたよね。」
「ああ、その予定だな。」

マッケーンは、さり気ない口調で答えた。

「大西洋艦隊は、まずはレーフェイル大陸の西の海域にある島を奪おうとしているらしい。そのため、陸軍の2個軍が準備中で、うち1個軍は、
命令が下ればすぐに輸送船に乗れるほど、準備が進んでいるようだ。」

「いよいよ、大西洋でも本格的な反攻作戦が始まりますね。」
「うむ。しかし、太平洋戦線と違って、いささか厳しい戦いを強いられるかも知れんぞ。」
「ええ。」

スレッド艦長は、それまで浮かべていた微笑を打ち消し、不安そうな色を滲ませる。

「我々は、ただ一国だけで、レーフェイル大陸に攻めなければいけませんからね。」

太平洋戦線では、アメリカは南大陸という味方と共に、敵と戦っている。
北大陸の攻勢は既にアメリカ軍が主力といっても良い状況で進められているが、それでも南大陸側の協力には大きく助けられている。
それに対して、大西洋戦線では、受けられる支援と言えばレーフェイル大陸に多数侵入したスパイの情報提供だけで、太平洋戦線の南大陸連合軍のような
頼れる味方は、ほとんど居ない。
つまり、アメリカ一国だけで、広大なレーフェイルを収めるマオンド共和国相手に戦わねばならない。

「せめて、大西洋艦隊にも、太平洋艦隊と同じ数の機動部隊が用意出来れば、あっさりとまではいかんが、敵さんの行動を
大きく制限できるのだがなぁ。」

マッケーンは、残念そうな口調で言った。

「せめて、6月になれば、こっちも11隻の高速空母が揃えられるんですが・・・・」
「まぁ、いずれにせよ、4月には前哨戦の開始だ。敵の本陣を襲う作戦ではないから、幾らかは楽に戦いができるだろう。」
「それまでに、何度か訓練をやりたいものですな。錬度低下を防ぐためにも。」
「出撃までには、まだ2週間はあるだろうから、1度か2度は外洋訓練が出来るだろう。次の演習時には、ジョンブル戦隊の腕前を
ゆっくり見せてもらうよ。」
「ええ、とくとご覧に入れましょう。」

この時、2人の心中は、出撃まであと2週間はあるという、どこかのんびりとした思いがあった。
そんなのん気な思いをぶち壊しにする出来事が、遠く東のレーフェイル大陸で行われようとしていようとは。
誰一人、知る由も無かった。
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