自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

183 第141話 Xデイマイナス1

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第141話 Xデイマイナス1

1484年(1944年)6月12日 午後7時 ユークニア島

レーフェイル派遣軍司令官であるダグラス・マッカーサー大将は、座乗する輸送船コズウェルトの甲板上で、
出港していく第7艦隊の空母部隊を見守っていた。
太陽は既に傾きかけており、洋上はオレンジ色に染まっている。

「前衛役となる高速艦隊が出港していきますね。」

マッカーサーは、右隣に立っているアルトルート・ソルトから声を掛けられた。

「はい。彼ら第7艦隊は、我々が上陸する前に、マオンド本国北部沿岸付近で派手に暴れる予定です。」

マッカーサーはそう言ってから、急に苦笑を浮かべた。

「私としては、予定通りに行かなかったのが少しばかり残念ですが。」

元々、レーフェイル上陸作戦は6月13日に行われる予定であったが、現地のワイバーン隊が思うように減っていない事や、
本国からの補給が未だに機能し続けており、これを壊滅させる必要があることから、作戦実行を13日から16日に変更した。
この3日間の間、アメリカ側は陸軍航空隊と、第7艦隊の高速機動部隊でもってヘルベスタン領並びに、マオンド本国北部沿岸の
要衝を壊滅させる予定だ。

「上陸作戦を成功させるためには仕方ない事ですよ。」

アルトルートは諫めるような口調でマッカーサーに言った。

「せっかくここまで来たんです。不意に焦って失敗するよりは、堅実な方法で行ったほうが良い。」
「同感ですよ。」

マッカーサーは頷いた。

「そのために、作戦を延期したのです。」

彼はそう呟きながら、どこか含みのある微笑みを浮かべた。
コズウェルト号の目の前を1隻の正規空母が通り過ぎていく。
その空母は、今さっき見た空母と違ってアイランドが一際長い。艦橋の前と後ろには、先ほど通り過ぎた空母にはあった
大砲が装備されておらず、変わりに機関銃が装備され、銃身が天に向けられている。

「あの軍艦は、さっき通り過ぎていったエセックス級と言われるものとは違うようですね。」
「ええ。あの空母はエセックス級より古い空母であるヨークタウン級空母に属する艦で、名前はエンタープライズ。
普段はビッグEと呼ばれています。」

マッカーサーは、コーンパイプに火を付けながら説明した。

「元々、あの空母は今度の作戦には参加しない予定でしたが、大西洋艦隊司令長官のニュートン提督が上と掛け合ったお陰で、
この作戦に参加できることが出来ました。」
「ビッグE・・・・・広報で不屈の3姉妹と言われている英傑艦の1隻を、こんなに近くで見るのは初めてですよ。」

アルトルートは、やや感激したような口調でマッカーサーに言う。
不屈の3姉妹とは、エンタープライズを含むヨークタウン級空母3隻に名付けられた渾名である。
海軍軍人からは、ヨークタウンスリーシスターズ(3姉妹)の通り名で呼ばれる3空母は、開戦以来常に第一線で戦い抜き、
3隻共が大破確実の損害を被りながら、不死鳥のように蘇って前線に復帰している事で広く知られている。
大西洋艦隊の古参艦で有名なワスプやイラストリアスと負けず劣らずの歴戦艦である3空母は、今や国民に知られており、
いつの間にか太平洋の不屈の3姉妹という渾名が付けられてしまった。
アルトルートは、暇潰しに呼んでいたアメリカの新聞(渡米後に英語を覚えた)に、時折海軍の関する記事が載っており、
写真入りで紹介されていた軍艦を見た事がある。

この時に、彼は3空母の存在を知り、開戦以来辿ってきた激戦の記録・・・・特にミスリアル王国の存亡を掛けた戦いの紹介では
深い感動を覚えた物だった。
今や、アメリカ海軍の顔と言っても過言ではない有名艦の1隻が、今、目の前を通り過ぎていく。
自らの祖国を解放するために、歴戦の精鋭艦までが加わっている。アルトルートは自然に、胸が熱くなるのを感じた。

「総司令官閣下。」

不意に、後ろから声がかかってきた。

「なんだね?」

呼び掛けられたマッカーサーが、煙をくゆらせながら振り向いた。

「上陸部隊は、あと2時間で出港を開始します。全部隊とも、準備万端です。」
「うむ、わかった。」

マッカーサーはその一言だけを返した。
普通に聞けば、単調な返事にしか聞こえなかったが、聞き耳を立てていたアルトルートには、その声が微妙に震えているのが分かった。
(マッカーサー司令官・・・・)
彼は内心、マッカーサーの心境を推し量ろうとしたが、マッカーサーの不遜げな表情からは、彼の内心を読み取ることは出来なかった。

6月13日 午後9時20分 マオンド共和国首都クリンジェ

海軍総司令官であるルードロ・トレスバグト元帥は、眉間に深い皺を作りながら、机に敷かれている海図。
正確に言えば、海図の上に赤い駒を睨み付けていた。

「それで、ユークニアから出港したと思われる敵機動部隊の規模は?」
「敵艦隊の詳細な情報は、今の所入っておりませんが、敵艦隊の速度や数からして、少なくとも7、8隻の空母がいると考えられます。」

魔導参謀は、淀みのない口調でトレスバグトに答えた。
スィンク諸島の周囲には、第61特戦隊のベグゲギュスが24頭配備されており、うち5頭はユークニア島の東側、
3頭は西側の洋上に配置されている。
このうち、東側20ゼルド(60キロ)の海域に配備されていた1頭のベグゲギュスから、敵大艦隊発見、約12リンル
の速力で東進中との報告が午後9時5分に入ってきた。
その5分後、別のベグゲギュスからも敵艦隊発見、東進中の報告が入った。
この2頭のベグゲギュスは、先に入ったほうが大小20~30隻前後の艦隊が2群ほど、後のほうが24、5隻の艦隊が1群ほど
と伝えているが、最も肝心な事・・・・つまり、空母を伴っているか否かが届けられた情報には含まれていなかった。
しかし、この情報を受け取ったトレスバグト元帥は、この3群の艦隊が米機動部隊であることを見抜いていた。
敵艦隊はいずれも12リンル以上の速力で航行していたと、ベグゲギュスは伝えている。
通常なら、ベグゲギュスが報告する敵艦隊は、輸送船や工作艦等を伴っているせいか、最大でも9リンル程度で航行する物が多い。
だが、今さっき送られてきた敵艦隊の航行速力は約12リンル。
普通の敵船団が出す速度にしては、明らかに早い。そして、普通の敵船団が、何の見込みもなしに高速で東進することは、まずあり得ない。
トレスバグトは、少しばかりそう考えた末に、ベグゲギュスが発見した敵艦隊は、護送船団とは似ても似つかぬ剣呑な敵。
マオンド海軍の強敵たる、高速空母部隊であると判断した。
敵の正体がおおむね掴めた今は、米機動部隊がどこに向かい、どこを攻撃するかを予測し、その地点の防備を固めなければならなかった。

「空母が7、8隻・・・か。」
「ベグゲギュスは、敵が3群に別れて行動していると伝えています。この情報から察するに、敵は1つの艦隊に最低で2隻ないし、
3隻の空母を配備していると思われます。」

「場合によっては、1群ごとに4隻ずつの空母を配備しているかもしれません。」

魔導参謀の後を追うように、作戦参謀が言う。

「アメリカ機動部隊が3隻。多くて4隻以上を一群に配し、それと同等の機動部隊を2、3個用意するのはもはや常態となっています。
この場合、敵の空母数は最低で6隻。最大でも10隻は居るものと考えたほうがよろしいかと。」
「いや、作戦参謀。いくらなんでも10隻もの高速空母は用意できないだろう。」

主任参謀がしかめっ面を浮かべながら言った。

「我々は、4月のユークニア島沖海戦で敵の空母部隊に大打撃を与えておる。あれから2ヶ月近く経って敵もいくらか戦力を
回復しているだろうが、損傷艦の中には相当な手傷を負った艦もおる。そんな中で、高速空母を10隻用意するというのは、
いくらアメリカといえど無茶だろう。もし用意するとしたら、航海技術や戦闘技術が未熟な艦を動員するしかないぞ?」

主任参謀はそこまで言ってから、フンと鼻で笑った。

「最も、そのような艦が出て来るのならば都合がよい。エセックス級だろうがなんだろうがひとひねりだ。」
「いや、ひとひねりにされるのは我々かも知れんぞ。」

トレスバグトの冷徹な一言が、主任参謀の自信を凍り付かせる。

「君の言うことも最もだが、残念ながらアメリカ側は強力な増援を送っていることが分かった。」

彼はそう言いながら、懐から数枚の紙を出した。

「これは、数日前に視察に言ったグラーズレットで、現地の司令官から渡された物だ。その絵を見たまえ。」

主任参謀は、言われるがままに海図の上に置かれた紙を取って、絵を見てみる。

「こ・・・・これは!」
「そう。そこに描かれている艦はヨークタウン級空母だ。我ら同盟国、シホールアンルに何度も煮え湯を飲ませ、
今の窮状を作り上げた憎き3姉妹のうちの1艦だ。」
「そのヨークタウン級空母の噂については、小官は幾度か耳にしています。」

魔導参謀が思案顔で言ってきた。

「これは、ヘルベスタン領に言っていた同僚から聞いた話ですが、撃墜された爆撃機の捕虜から情報を聞き出したところ、
敵機動部隊の増援にはエンタープライズが混じっていると言うのです。」
「エンタープライズか。その名前なら私も聞いたことある。」

トレスバグトは、苦笑しながらそう言った。

「何でも、つい先日まで居たイルクィネス提督のお気に入りだからな。」
「あの御仁は、雑談の合間にもエンタープライズを撃沈したいと申していましたな。」

主任参謀も、イルクィネス少将の顔を思い出しながらトレスバグトに言った。
3ヶ月前まで、シホールアンルからの派遣されていたルベ・イルクィネス少将は、竜母戦闘の専門家としてマオンド機動部隊の
編成に深く携わってきた。
彼によく鍛えられたマオンド機動部隊の実力は、この間の海戦で遺憾なく発揮された。
海戦の結果は不本意な物であったが、米機動部隊に痛打を与えることが出来たのは、師であったイルクィネス提督のお陰といって
も過言でもない。
そのイルクィネス提督は、エンタープライズを自ら率いる艦隊で撃沈する事を常に望んでいた。

「この世界で、初めて空母対竜母の戦いを経験したのは、イルクィネス提督だったからな。グンリーラ沖海戦では、エンタープライズを
大破させながらも、指揮下の竜母部隊が大打撃を被っている。その時から、イルクィネス提督はエンタープライズの撃沈を強く望み始めたようだ。」
「そのエンタープライズが、この機動部隊の中に混じっているのですな。」

魔導参謀は、海図上の駒を見つめた。
海図の上ではただの赤い駒として記されているが、実際は優秀な護衛艦艇に守られた精悍な米空母群が、白波を蹴立てて威風堂々と航行しているのだろう。
この空母群の中に、アメリカ軍の中でも腕の立つ乗員が揃うエンタープライズがいる。
(増援部隊に精鋭艦をつけるとは。全く、アメリカ人という奴は抜け目がないな)
トレスバグトは内心そう思った。

「いずれにせよ、敵が10隻だろうと、6隻だろうと、我々が機動部隊の戦力で劣勢に立たされていることには変わりはない。我々の手持ち竜母は、
5隻しか居ないからな。」

トレスバグトの言葉を聞いた幕僚達は、皆が一様に表情を暗くする。
マオンド海軍の一艦隊である第1機動艦隊は、現在5隻の竜母を保有しているが、これ以上増える見込みは全く無い。
護衛艦艇に関しては、シホールアンル海軍のフリレンギラ級巡洋艦を模したドンガードナ級巡洋艦の1番艦、2番艦が完成し、
以前の海戦でも活躍した偽竜母部隊も、対空艦に改装されて第1機動艦隊、並びに砲戦部隊に配備されている。
護衛艦艇は一応充実している物の、主力となる竜母は、5隻しかないのだ。
対して、アメリカ機動部隊は、最低でも6隻。多くて9隻か10隻。
それに加えて、搭載ワイバーンの数も、米正規空母や小型空母の搭載機数に比べて少なく、航空部隊の数でも相手を下回っている。
どう見ても、マオンド側の機動部隊が劣勢である。
機動部隊同士の決戦で正面から立ち向かえば、どんなに頑張ってもほぼ確実に量で潰される。
トレスバグトを含む総司令部の誰もがそう確信していた。

「せめてあと2隻・・・・あと2隻の正規竜母があれば。」

主任参謀は悔しげに呻いた。

「正面から行けば、敵を喜ばすような物だが。我々は敵に対して、そんな事をするつもりはない。」

トレスバグトはゆっくりとした口調で呟きながら、作戦参謀に顔を向けた。

「作戦参謀。陸軍のフォトンドラ大将とは話はついたかね?」
「はい。フォトンドラ閣下は大いに乗り気で、6個空中騎士団を応援に回すと仰っていました。」
「6個空中騎士団!これはまた豪勢な物だな!」

トレスバグトの顔に笑みが浮かんだ。
フォトンドラ大将とは、マオンド陸軍ワイバーン部隊総監を務めるアランズ・フォトンドラ大将の事である。
現在、マオンド側は先月の下旬から始まったヘルベスタン領航空戦で、実に480騎ものワイバーンを喪失している。
この恐ろしい損耗ぶりに、マオンド陸軍は国内のみならず、被占領地のワイバーン部隊の一部も引き上げさせ、ヘルベスタン領防空軍の
増援として送り込んでいた。
今や、1騎でも多くのワイバーンが欲しい時期だが、このようなご時世に6個空中騎士団、約600騎近くのワイバーンを米機動部隊
殲滅のために用意してくれたことは、トレスバグト元帥にとっては嬉しいと同時に、驚きすら感じた。

「フォトンドラ閣下も、我が物顔で近海を航行する米機動部隊に対してはかなり頭に来ているようで、今度こそ敵空母を撃滅しようと、
大いに張り切っております。」
「なるほど。確かに、アメリカ機動部隊は厄介極まる敵だからな。」

トレスバグトは顔に笑みを張り付かせたままそう答えた。

「問題は、敵の機動部隊がどこに現れるかです。」

作戦参謀が険しい表情を浮かべて言う。

「先ほども申しましたとおり、アメリカ側は空母多数を含む機動部隊を出港させています。その機動部隊が、ヘルベスタン領の反乱軍の
支援に当たるのか、それとも、ヘルベスタン領沿岸に配置されている我が軍の陣地や物資集積所を叩くか。」
「あるいは・・・・また、我が本国に迫ってくるか・・・・ですな。」

主任参謀が付け加えた。

「このうちのどれかを取るだけで、敵に行う対応策は大きく変わってきます。ヘルベスタン領の反乱部隊を支援したり、後方基地を攻撃する
となれば、頻繁に飛来する敵の戦爆連合編隊も相手にしなければなりません。それ以前に、敵艦隊の来襲までに我が方の竜母部隊が現場海域
に辿り漬けることは、ほぼ不可能です。」
「そこの所は充分承知している。何せ、我が海軍の主要艦艇は、ほとんどが東海岸に回航するか、その準備をしているからな。」

マオンド海軍の主要艦艇は、今月初めから飛来し始めたB-29や、神出鬼没の米機動部隊に襲撃される事を警戒して、東海岸の軍港に
退避を行っている。
現在、マオンド海軍は第1機動艦隊が既に東海岸におり、他の主要艦艇も東海岸へ回航中か、回航準備中となっている。
これに続くようにして、輸送艦艇や輸送船団も、トハスタやスメルヌの港から順次、東海岸へ向けて避退を行い始めている。
アメリカ軍の反攻が開始されてから僅か2ヶ月。たった2ヶ月で、西海岸の制海権は、じわじわとアメリカ軍に奪われつつあった。

「主任参謀の口ぶりでは、アメリカ機動部隊は本国に来ると思っているようだが、戦術的に見れば、確かに可能だろう。」

トレスバグトは、視線を主任参謀に向けながら言った。

「だが、本国の主要都市には、少なくとも2個空中騎士団が配備され、耐えず周辺海域を監視している。それに加え、我が機動部隊と
同調する6個空中騎士団のワイバーンも、北西部の基地に配備される。通常でさえ、ワイバーンの巣窟と化している本国北西部沿岸に、
強力とはいえ、1000機にも満たぬ航空戦力しか持たないアメリカ機動部隊が、この危険な掛けに出ることはまず、ないと思う。」
「しかし、相手はアメリカ軍です。彼らは、時には意表を突くような作戦を考えますぞ。」
「それも時によりけりであろう。」

主任参謀は強い口調で言うのだが、トレスバグトは取り合わない。

「もし、あいつらが本国の沿岸にやって来るのならばむしろ好都合だ。各地に点在するワイバーン部隊を総動員して徹底的に叩くことが出来る。」
「ひとまず、敵機動部隊に対しては、これまで同様、厳重に警戒する必要がありますな。」

作戦参謀が口を挟んできた。

「うむ。全方面に対して警報を出そう。敵が向かう場所が特定しにくいのは致し方無いが、何もしないよりはましだ。それから、
トハスタの艦隊には、一刻も早く東海岸に向かえと命じたまえ。なけなしの艦隊を港で失うのはたまらんからな。」

トレスバグトは決断を下すと、視線を海図に移した。

「一番の問題は、スィンク諸島に群がっているアメリカ軍だが・・・・」

彼は、憂鬱そうな表情を浮かべながら呟く。
ベグゲギュスの定時連絡では、1ヶ月以上前から輸送船と思しき船団が頻繁に出入りを繰り返していることが分かっている。
総司令部の魔導参謀が調べた結果、アメリカ側はスィンク諸島に合計で1000隻の艦船を停泊させ、侵攻の準備に取りかかっている事が
これまでの調査で判明した。
この事は、2日前の国王も臨席した宮殿の会議でも話されており、軍部は、遅くても7月までにはアメリカ軍の侵攻が始まると予測している。
この会議が終了した後、参加者達には厳重な箝口令が敷かれた。

「今の所、動きは無いようだが、7月になれば、この島々に張り付いていた大輸送船団が、一気に海を押し渡ってくる。それまでに、
我々は備える事が出来るのだろうか・・・・」

彼は、重苦しい口調でそう呟いた。
彼の、いや、マオンド側の予想は、僅か数時間後に覆されるのだが、この時は誰1人として、アメリカ側の上陸作戦が目前に迫っている
事を知らなかった。

6月15日 午前3時20分 トハスタ沖北西250マイル地点

その日、リンゲ・レイノルズ中尉は、眠たそうな顔をしながらも個室から出てきた。

「おう、おはよう!」

後ろから誰かにバンと肩を叩かれる。

「おはようございます。ラウントスさん。」

リンゲはいささか、だらけた口調で同僚のラウントス中尉に挨拶を返した。

「なんだ、ノリが悪いなぁ。」
「俺が朝弱いのは知ってるだろう?」
「知ってるからあえてやるのさ。」

リンゲに対して、ラウントス中尉はニカッと笑いながら答えた。
2人は、途中で他の同僚や部下達と合流しながら食堂に移動していった。
食堂に入ると、既に先客が何名か座っていた。

「よう!遅かったじゃないか!」

1人の将校が、リンゲらを見るなり元気のある声音で言ってきた。

「おはようございます、ケイン飛行長。」
「おはよう、ねぼすけさん達。」

ウィリアム・ケイン中佐は微笑みながら言うと、傍らで食器を準備していた主計兵に何かを質問した。

主計兵の答えを聞いたケイン中佐は深く頷くと、視線をリンゲらに向ける。

「眠り心地はどうだったかな?」

ケイン中佐の質問に、リンゲ達は率直に答えた。

「まだ少し気持ち悪いし、おまけに眠いです。」
「ラウントスに同じ。」
「自分もっす。」

エンタープライズが所属している第72任務部隊は、14日未明頃から嵐の中に突っ込んでしまった。
嵐を抜けたのは14日の昼頃であったが、余り経験した事のない激しい揺れによって、船酔いに悩まされる者が続出した。
無論、パイロットや搭乗員達も例外ではなく、昨日は船酔いのせいでエンタープライズ・エアグループの大半がダウンするという
珍事に見舞われた。
嵐によって、エンタープライズ・エアグループは“壊滅”してしまった訳だが、あれから半日近く経った今、戦力は一応元通りに
なりつつある。
とはいえ、船酔いと少しばかりの寝不足に悩まされる者は、決して少なかった。
リンゲのほうは、船酔いは治ったのだが、睡眠時間は余り取れておらず、食堂の席に座った今でも、瞼がまるで重しが括り付けられて
いるかのように重く感じられた。
誰もが眠い、あるいはちょっと気持ち悪い、と口にしたとき、1人だけ元気な奴が居た。

「自分は大丈夫ですぞ!」

リンゲの2番機を務めるフォレスト・ガラハー少尉が気合いのこもった口ぶりでケイン中佐に言った。

「私は元々、乗り物酔いはしない体質なので、どんな揺れでもへっちゃらですよ。」

ガラハー少尉は、鼻の下に蓄えた立派なカイゼル髭を撫でながらケイン中佐に言った。

上官侮辱髭とも呼ばれるカイゼル髭を撫でながら語るガラハー少尉の態度は、ともすれば飛行長であるケイン中佐を見下しているようにも見える。
(本人としては全く見下しているつもりはないため、余計に始末が悪い)

「流石は司令官だ。兵の模範たるそのお姿には、私も感動しますなぁ。」

ケイン中佐はわざと敬語で言った。

「そんな、やめてくださいよ飛行長。そこまで皮肉めいたこと言わんでも。」
「だったらその髭を撫でながら話すのはよせ。他の奴に見られたら毟り取られるぞ。」

ガラハー少尉は、無意識のうちに手が髭を撫でていたのを気付いて、慌てて引っ込めた。
いつもカイゼル髭を自慢にしている彼は、少しでも暇があれば髭の手入れに専念するほどだが、時たま無意識のうちに、手が髭を撫でている場合がある。
そのことについては何度も注意されており、本人も気にしているのだが、なかなか癖は直らないようだ。

「今度、キラー・ケインに注意されたら、“切髭”の刑に処されるぞ。」

と、リンゲは2日前に冷やかしたばかりだが、ケイン中佐はただ注意しただけで何も言わなかった。
顔はすぐに機嫌の良い表情に戻っていた。
「さて、気になる朝の・・・・というにはやや語弊があるが。とりあえず、今日の朝食は、船酔いや寝不足に悩まされる君達にとって
うってつけの料理が用意されている。」
「ステーキですか?」

リンゲがすぐに質問した。

「いや、ステーキよりももっといい料理さ。朝っぱらから食べるには、最初は俺もどうかと思ったが、眠気覚ましにはもって来いだろう。」

ケイン中佐の言葉が終えると同時に、数人の主計兵が士官食堂に入ってきた。

主計兵は、それぞれが料理の入った缶を重たそうに持って、テーブルの側に置いた。
蓋を開けると、そこからとても香ばしい匂いが漂ってきた。

「飛行長、これはカレーライスですな?」
「そうだ。サムナー兵曹自慢のカレーだ。」

料理の正体が知れ渡るや、席に座っていたパイロット達は一様に笑みを浮かべた。
エンタープライズの古参主計兵であるサムナー2等兵曹(44年1月に昇進)が作るカレーライスは、月に2度の割合で夕食や、朝食に出される。
ここ最近は、米海軍中にカレーライスは広まっており、艦隊勤務の将兵は誰もが味わっているが、米海軍内ではやはりエンタープライズのカレーが
一番旨いと言われている。
後に出版された戦記本、ビッグEには、戦時中はサムナー兵曹より上手いカレーを作れる主計兵は居なかったと記されたほどである。
主計兵が、更にライスを載せ、その上に切られた揚げ物を乗っけていく。

「ん?そいつはなんだい?」

ケイン中佐が怪訝な表情で主計兵に聞いた。

「豚肉をパン粉で揚げた物です。通常はカツと呼ばれています。」

主計兵は自慢気に言いながら、皿のライスとカツにカレーのルーをとろりと掛けていく。その掛け方がなかなかに上手く、見る者の喉を唸らせた。
席に座っている16人全員の更にカレーが掛けられた後、カツカレー独特の姿が彼らの目に前に姿を現した。

「へぇ~、これはまた変わった料理ですね~。」
「やべ、見てるだけで涎が出てきた。」

リンゲとラウントスが、目前のカツカレーを目にしながら呟く。

「さて、まずは食べようか。」

ケイン中佐が言うと、全員がスプーンを取ってカツカレーを突き始めた。
リンゲは、ルーが掛かったカツにスプーンを突き立てる。
最初は硬いかと思ったが、予想に反してサクッと軽やかな音を立てて、カツはスプーンでもあっさりと切れた。
ライスとカレー、カツが程よく混じった一口分を口に放り込むと、リンゲはその旨さに頬を緩めた。

「こいつはとてもうまいですよ。」
「カツの感触が何とも言えんな。ルーがいつもより辛いが、カツの独特の旨味とライスがマッチしていておいしい。」
「飛行長!サムナー兵曹はやはり、エンタープライズに住まう神様ですよ!」

皆がそれぞれ、勝手な感想を言い始めるが、誰もがカツカレーの美味しさに感動していた。

「これまた、サムナー兵曹はいい料理を出してくれたもんだ。この料理はあいつが考えたのか?」

ケイン中佐は、隣に立っていた主計兵に問いかけた。

「いえ、サムナー兵曹は、輸送船に乗っていた友人の主計兵からこの新しいカレーを教えて貰ったと言っていました。何でも、
その友人の主計兵は、ファスコド島上陸作戦時に輸送船の主計兵でして、その時に乗員や海兵隊員にカツカレーを振る舞ったと
言っています。サムナー兵曹は友人から教えて貰ったカツカレーを参考にして、これを作ったようです。」
「なるほど。いつものカレーと比べてちょっと辛さが増しているが、これはこれでとても美味い。」

ケイン中佐は、カレーを頬張りながら席上のパイロット達を見回した。
つい先ほどまで眠く、暗い顔をしていた部下達は、今やそんな事は無かったとばかりの明るい顔つきでカツカレーを食べている。
程よい辛さは、少しばかり溜まっていた酔いや眠気を吹き飛ばしたようだ。

それから50分後、リンゲ達は軽い足取りで飛行甲板に出てきた。
ケイン中佐を始めとする第1次攻撃隊のパイロット達は、全員が既に飛行服を身に纏っていた。
リンゲは、愛機が留められている飛行甲板後部へ走り寄った。
愛機を見つけると、彼は翼によじ登って操縦席に座っている整備兵に挨拶を交わした。

「おはよう!」
「お、これはレイノルズ中尉。おはようございます!」

作業服の所々をオイルで汚したその整備兵曹は、リンゲを見るなり威勢の良い声で挨拶を返した。

「暖機運転は完了!機体の整備は万全です!」
「ありがとう!いつも助かるよ!」

リンゲは、整備兵曹に対して感謝の気持ちを込めて言う。整備兵曹が操縦席から降りた後、彼は愛機に乗り込んだ。
現在、TF72は、トハスタの北西約200マイル沖を時速28ノットで航行している。
第1次攻撃隊は、誘導役であるS1Aを除いて、全て戦闘機で編成される。
エンタープライズの属するTG72.2からは、3空母から計42機の戦闘機と、3機の偵察機が発艦する。
第1次攻撃隊は、全体で150機に上る。戦闘機隊が発艦した後は、艦爆、艦攻を交えた本隊が30分後に発艦を開始する予定だ。

「今日の戦闘も、いつもと同じようにしんどくなりそうだが、俺はいつも通り帰ってくるぞ。」

リンゲは、内心でそう決意する。
やがて、発艦始めの合図が聞こえたとき、9隻の空母は一斉に艦載機という名の矢を放ち始めた。

レーフェイル大陸を巡る戦いは、Xデイマイナス1日にして、早くも新しい局面を迎えようとしていた。
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