自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

188 第144話 緊迫 ヘルベスタン戦線

最終更新:

tapper

- view
だれでも歓迎! 編集
第144話 緊迫 ヘルベスタン戦線

1484年(1944年)6月17日 午後2時 モンメロ南40マイル沖

「敵騎直上!急降下ぁ!」

対空機銃や高角砲がガンガン唸りを上げる中、艦橋に見張り員の切迫した声が響く。
護衛空母ガムビア・ベイ艦長のトリス・シアーズ大佐は、柔和そうな顔に皺を浮かべながら大声で命令を発した。

「取り舵一杯!急げ!!」

シアーズ艦長の命令を受け取った操舵員が、舵輪を勢いよく回す。
元々、商船改造空母でしかないキトカン・ベイ級護衛空母は、速度も遅いが、機動性も通常の軍艦と比べて鈍い。
そのため、タイミングを見計らって舵を切らなければ、敵弾を浴びる可能性が高くなる。
シアーズ大佐は、このガムビア・ベイを預かって以来、その事をよく知っている。
ガムビア・ベイの艦首が左に回り始めたとき、敵ワイバーン3騎は爆弾を投下する直前であった。
先頭のワイバーンが、至近距離でVT信管付きの高角砲弾の炸裂を受ける。
ほぼゼロ距離の位置で炸裂したため、夥しい断片がワイバーンや竜騎士の体を原型を留めぬほどに寸断し、爆風が肉片混じりの
血煙を霧吹きのように吹き散らす。
それを突っ切った勇敢なワイバーンが、胴体の2発の爆弾を投下した。
2騎から放たれた計4発の爆弾は、竜騎士達の努力をあざ笑うかのように、ガムビア・ベイの右舷側海面に着弾し、空しく水柱を吹き上げた。
4発の150リギル爆弾のうち、1発はガムビア・ベイの右舷中央部から30メートルと離れていない場所に落下し、基準排水量8000トンの
艦体を一際大きく揺さぶらせた。

「敵弾全て回避!艦に損傷なし!」

その報告を聞いたシアーズ艦長は、安堵したようにため息を吐き、ハンカチで額の汗をぬぐった。

「他に向かってくるワイバーンはいないか?」
「いえ、ありません。敵ワイバーンは全て、戦闘区域から離脱中です。」

見張り員は、シアーズ艦長に言う。その口調には、どこか安堵したような響きが含まれていた。
どうやら、ワイバーンの攻撃は先ほどので最後のようだ。

「わかった。引き続き、警戒を怠るな。」

シアーズ艦長はそう言ってから、見張りとの会話を終えた。

「しかし、艦長の操艦はお見事でしたよ。」

副長のイアン・フラント中佐が、感服した口調でシアーズ艦長に語りかける。

「18騎のワイバーンの攻撃を、動きの鈍いこのジープ空母でひらりひらりとかわすとは。」
「そんなに凄い事じゃない。」

フラント副長に対して、いささか冷たい口調でシアーズは言う。
彼はフラント副長に返事しながら、右舷側のとある場所をじっと見続ける。

「艦を預かる指揮官として、当然の事をやったまでだよ。それに、今回は運が良かったんだ。」

ガムビア・ベイの右舷側では、僚艦のメレヴェルト・ヒルが黒煙を噴き上げて海上をのたうっている。
メレヴェルト・ヒルには、12騎のワイバーンが襲い掛っていた。そのうち、3騎を叩き落としたのだが、
敵の魔の手から逃れる事は出来なかった。
ワイバーンの中には、爆弾を投下した後も効果を続け、10メートルも離れていない低空から護衛空母の小さい飛行甲板に向けて
ブレスを吹き掛ける強者も居た。

その結果、2発の直撃弾と、ブレス攻撃を受けたメレヴェルト・ヒルは格納庫や飛行甲板に火災が発生した。
シアーズ艦長は、不安そうな目付きで、傷付いた僚艦を見守っているが、機関部にまでは損害が及んでいないのだろう。
メレヴェルト・ヒルは18ノットの速力で航行を続けている。

「あの様子だと、飛行甲板のみならず、格納甲板の辺りまで大騒ぎになっているだろうな。ああなっては、沈む事は無いにしろ、
今後しばらくはドックの中で養生しないといかんだろう。」

シアーズ艦長は、複雑な表情を浮かべながら呟く。

「メレヴェルト・ヒルが戦線を離れるとなると、TF73の使用可能空母は更に減ってしまいますね。」

フラント副長の言葉に、シアーズ艦長は忌々しげな表情を浮かべながら、ああ、全くだ、と相槌を打った。


午後6時20分 モンメロ沖南西120マイル沖

第7艦隊の旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの作戦室では、司令長官オーブリー・フィッチ大将を始めとするスタッフ一同が、
一様に仏頂面を浮かべながら、机に広げられた海図を見つめていた。

「長官。これまでの戦況を見る限り、マオンド側は上空支援機の減殺に務めている事が分かります。」

参謀長のフランク・バイター少将は、腕組みをしながら眉間に皺を立てるフィッチ大将に語りかけた。

「マオンド軍は、今朝方から午後3時までに、4波の攻撃隊をモンメロ沖のTF73に差し向けており、集中攻撃を受けたTF73の
損害は、無視し得ぬ物となっています。」

6月17日の朝の静寂は、マオンド軍ワイバーン隊が行った護衛空母群強襲によって瞬時に打ち破られた。
現場海域に潜入させていた数頭のベグゲギュスによって、船団の近場をうろつく護衛空母群の位置を確認していたマオンド軍は、第7空中騎士軍に
対して総攻撃を命じさせた。
第7空中騎士軍は、アメリカ側がヘルベスタン領の空襲を開始して以来、常に第一線で戦い続けた歴戦の部隊である。
この空中騎士軍は相次ぐ空戦によって、稼働戦力が6割に落ち込んでいたが、6月13日に、レンベルリカ領や本国から増援を受けて戦力を回復していた。
第7空中騎士軍は、配下の部隊である第42空中騎士団が、モンメロに上陸したアメリカ軍部隊と最初に交戦していたが、米機動部隊から発艦してきた
艦載機群に対して惨敗している。
復仇の機会に燃えた第7空中騎士軍は、命令を受けるや早速出動準備を整え始め、午前6時10分には、第42空中騎士団と第43空中騎士団から、
合わせて140騎のワイバーンが出撃した。
第1次攻撃隊は、午前7時50分に、モンメロ沖にたむろする船団に空襲を仕掛けた。
この時、アメリカ側はTF73の護衛空母群のうち、TG73.1、TG73.2、TG73.4が既に戦闘状態に入っており、レーダーで捉えられた
ワイバーンの大群に向けて迎撃機を発艦させた。
この3個護衛空母群の他に、主力機動部隊であるTF72から、TG72.3が護衛空母群の西側20マイルの沖合に配備されており、合計で108機の
迎撃機がワイバーン群を迎え撃った。
上陸2日目にして始まった大規模な航空戦は、まさに凄絶を極めた。
マオンド軍は、第2波からは近海の護衛空母群に目標を変え、午後3時までに計320騎のワイバーンが3個の護衛空母群に襲い掛った。
第4波の一部は、その後方にいたTG72.3にまで押し寄せている。
アメリカ側は、今日の航空戦で、マオンド側のワイバーン160騎以上を戦闘機と、艦船の対空砲火で撃墜した。
だが、損害をゼロにすることは出来なかった。
輸送船団は、弾薬運搬艦1隻と兵員輸送船2隻が撃沈され(いずれも空船であった)、5隻が損傷した。
一方、TF73では、護衛空母ケープ・トアレと護衛駆逐艦2隻が撃沈され、護衛空母ヨイツ・ベイと護衛駆逐艦2隻が大破、護衛空母メレヴェルト・ヒルが
中破し、戦線離脱を余儀なくされた。
その他にも、船団の護衛に付いていたTG73.5の戦艦ニューヨークが、ワイバーンの自爆攻撃を艦橋トップに受けて射撃指揮所やレーダー類が全滅したほか、
TG72.3では、初陣の最新鋭戦艦ウィスコンシンが、ワイバーンの爆弾を2発とブレス攻撃を受け、左舷側の高角砲1基と40ミリ機銃4丁を吹き飛ばされ、
20ミリ機銃3丁が焼けて使えなくなった。
航空機の喪失は、TG72.3が16機、TF73が72機となっている。

TG72.3より、TF73のほうが航空機の喪失が多いが、これは、空母と共に海没した機体や、格納庫で爆砕された機体を含めた結果である。
実際の戦闘で撃墜されたのは40機にも満たない。
だが、この一連の猛攻で、TF73は3隻の空母が撃沈破され、航空機の可動機数が減ってしまった。
これによって、上陸部隊の航空支援が満足に出来ない可能性がある。

「現在、TF73の使用可能空母は、艦載機補充部隊であるTG73.3を除き、3群で計9隻。可動機数は248機となっています。」
「ううむ。3割近くも減ってしまったか。」

参謀長が言った言葉に対して、フィッチ大将は顔により深い皺を浮かべて唸った。

「特に、戦闘機隊の喪失が大きく、未帰還機32機を出しております。このうち、大多数はFM-2です。」
「どうも、ワイルドキャットじゃ、敵のワイバーンに対して分が悪いようですな。」

航空参謀のウェイド・マクラスキー中佐が言った。

「ワイルドキャットは、確かに既存の同型機と比べて性能は上がっていますが、敵ワイバーンは速力も580キロ近く出せ、
また機動性も良い。撃墜数から見るに、ワイルドキャット隊も相当善戦している事が伺えますが、開戦初期のように敵ワイバーンを
圧倒する事は、もはやできないのかも知れませんな。」
「唯一の救いは、パイロットの戦死者が11名と、意外に少なかった事です。被撃墜機の大半は、操縦席以外の部位を撃ち抜かれていたようで、
これによってパイロットは急死に一生を得ています。また、ワイルドキャットの頑強さも、パイロットを助ける要因となったようです。」

作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐が付け加えた。

「パイロットさえ救えれば、また飛行機に乗せられる事が出来る。敵が我々に与えた損害は、これで幾らかは減る事になるな。」

バイター少将は、やや安堵した口調で言った。

「問題は、可動機数が減少したTF73で、上陸軍の航空支援をどこまで出来るか、だが。」

フィッチ大将は、依然険しい表情を浮かべながらバイター少将に言った。

「もし、マオンド側が艦隊を向かわせて来るのならば、TF72は総力を挙げてこれを迎え撃たねばならない。その際、我々はモンメロ沖を
離れることになる。今日、TF72はTG72.1とTG72.2が洋上補給のため、モンメロ沖を離れた。敵はその隙を突く形で、空の
防備が薄くなったモンメロ沖にワイバーンの大群を差し向けている。輸送船や護衛空母が複数撃沈破されたのは、誠に痛い事だが、幸いにも
損害のレベルはさほどではない。だが、可動機数が少なくなれば、当然陸軍部隊の支援はやりにくくなるし、新たな航空攻勢を仕掛けられたら、
戦力の低下したTF73のみで防ぐ事は難しいだろう。」
「ここは悩みどころですな。」

マクラスキー中佐が、表情を険しくしながら言った。

「モンメロ沖は、陸軍機の航続距離圏内に入っていますが、スィンク諸島からの長距離飛行ですから、好きな時間に航空支援を行うことが出来ない。
そこに、護衛空母部隊や機動部隊が、飛行場が出来るまでに周辺地域の防空や航空支援を行うのですが・・・・・・現状では確かに難しい。
敵がモンメロに来る前に迎え撃てれば良いのですが、そうすればマオンド本土沿岸部に居る基地航空隊も相手取らねばなりません。」
「進むも苦。待つも苦・・・・・か。」

フィッチは、ため息を吐きながらそう呟いた。

「TF72は、TG72.3を除いて既に損耗機の補充を終えており、艦載機の搭載機数は全体で730機を数えます。TF72は、4月時と比べて
戦力が5割増しなっております。これなら、ワイバーン数が不足し始めた本土沿岸の基地航空隊を相手に、互角以上の戦いが出来ます。長官、ここは
あえて、侵攻してくるであろう敵艦隊を迎え撃ち、それと同時に敵の基地航空戦力を撃滅すべきです。」

バイター少将は、やや熱を帯びた口調でフィッチに進言したが、フィッチは首を縦に振らなかった。

「参謀長。確かにマオンド側のワイバーン保有数は減っているかも知れんが、依然、侮れない戦力を有している。陸上基地のワイバーン隊が
まだまだ元気一杯なのは、今日一日で証明されている。敵が西海岸に現れ、こちらの隙を伺っているのならばまだしも、敵が見えぬうちに
突っ込んで、あたらに損失を出すのは、決して良い物ではない。今は、敵が近付くまで、陸軍部隊の支援や船団の護衛に専念したほうが良い。」

フィッチは言葉を一旦句切り、顔を横に向けた。
彼は、ただ壁を見ているわけではない。壁の向こう側で戦って居る陸軍部隊を、心眼で見つめている。
今の所、上陸部隊は順調に進撃している。
17日の未明には、北上中の第14軍が早くも、マオンド軍守備隊の大規模な反撃に遭ったが、中世レベルの武器しか持たぬそのマオンド軍は、
戦車を始めとする機械化部隊の猛攻によって、瞬時に蹴散らされ、交戦開始から2時間後には、約4000名の敗残兵が第14軍に降伏した。
第14軍は、16日だけで40キロも北進し、確実にマオンド軍の主力部隊を包囲しつつある。
ヘルベスタン領は、米軍の快進撃によって解放されつつあるが、波に乗る上陸軍も、輸送船団が運んでくる補給物資が無ければ、進撃を続けられない。
護衛が失敗すれば、アメリカのレーフェイル大陸侵攻は頓挫する。
そうならぬためには、第7艦隊を始めとする大西洋艦隊が頑張らねばならない。

「この大西洋戦線の“主役”は、上陸軍と補給船団だ。彼らを守るためにも、我々は成すべき事をしなければならん。」

フィッチはそう言ってから、再び海図に視線を向ける。

「TG73.3は今どうなっている?」

フィッチは、マクラスキー中佐に聞いた。

「今の所、TF72に艦載機を補充した後は、補給船団と共にスィンク諸島に向かっています。」
「各空母の搭載機はどれぐらい残っている?」
「空母によってまちまちでありますが、少ない物では20機。多い物では27機が搭載されています。」

フィッチはマクラスキーからそう聞くと、しばし思考を巡らせた。
TG73.3は、護衛空母ミシシネワ、バザード、ペトロフ・ベイ、バイターの4隻が主力戦力となっている。
4空母のうち、サンガモン級護衛空母であるミシシネワとバザードは、護衛空母としてはやや大型であり、通常であれば32機の艦載機を積める。
今回、ミシシネワとバザードは、艦載機補充任務のために48機の航空機を搭載している。
航空機は、F6FかF4U、SB2C、TBF、S1Aと、機動部隊が使う物で占められており、TG72.1とTG72.2に航空機の補充を
終えた後も、格納庫には多数の航空機が残っている。
TG73.3は、補充任務を終えた今でも、最低で80機。多くて100機近くの航空戦力を有していることになる。
おまけに、パイロットは本格的な訓練を積んでおり、通常の護衛空母のパイロットよりは練度も高い。
(最も、後半期にはどこの母艦航空隊でも徐々に練度が上がっていくのだが)

(急場凌ぎにはもって来いの戦力だな。)
フィッチは内心でそう呟きながらも、TG73.3を呼び戻すことに決めた。

「TG73.3を呼び戻そう。TG73.3の4空母が積む艦載機80機以上があれば、TF73は再び、300機以上の航空戦力を用意できる。
そのうち、半数が艦爆、艦攻としても、最低150機近くの戦闘機を迎撃に飛び立たせられる。そこに我々も加われば、ワイバーン部隊の空襲にも、
十二分に耐えられるだろう。」

フィッチは眼鏡を掛けているウェリントン中佐に顔を向けた。

「TF73に、TG73.3を呼び戻せと命じよう。主役達に暴れて貰うためにも、ここは全機動部隊を挙げて、敵の航空攻撃を阻止せねばな。」

同日 午後9時30分 マオンド共和国クリンジェ

海軍総司令官のルードロ・トレスバグト元帥は、この日の夜半に、ようやく海軍総司令部に戻ってきた。
彼は、やや疲れた足取りで作戦室に入った。

「お疲れ様です、総司令官閣下。」

作戦室の中にいた数人の幕僚が、入ってきたトレスバグトを見るなり挨拶をしてきた。
トレスバグトも頷きながら挨拶を返した。

「閣下。陸軍総司令部での話し合いは如何でしたでしょうか?」
「正直言って、疲れたよ。」

幕僚の問いに、トレスバグトはどこか呆れた口調で答える。

「陸軍の長たる者が、ああも取り乱してしまうとはな。」

トレスバグトは、午後7時から陸軍総司令部でガンサル元帥と話し合った。
ガンサル元帥は、アメリカ軍の機動部隊が極秘作戦そのものを粉砕した事が非常に気に入らなかった。
反乱側の拠点に対して行われようとしていた、薬品兵器の大規模散布は、実行する暇も与えられずに敵機動部隊の艦載機によって、
用意した不死の薬と部隊が、丸ごと焼き討ちにあった。当然、部隊と薬品は全滅である。
作戦失敗の報を聞いたとき、ガンサル元帥は怒りの余り、自室で暴れ回ったという。
最も、事情を知らぬ部下達は、物資集積所がまた破壊されたことで堪忍袋の緒が切れたか、としか思っていない。
ちなみに、ガンサル元帥以上にショックを受けたのは、他ならぬインリク王であり、作戦部隊が敵の空襲によって全滅したとの報が入るや、
数時間は寝込んだという。
怒りに燃えるガンサルは、急遽、ヘルベスタン領の防衛戦に使う予定であった第7空中騎士軍にアメリカ輸送船団、並びに機動部隊に対する攻撃を命じた。
しかし、ガンサルの放った怒りの攻撃は、甚だ不本意な結果に終わってしまった。

第7空中騎士軍は、5個空中騎士団から4波、計470騎の攻撃隊を発進させたのだが、アメリカ側は予め、大量の戦闘機を用意して反撃してきたほか、
輸送船団や敵空母部隊上空の対空砲火が予想外に激しく、未帰還騎148騎を出してしまった。
戦果のほうは、敵輸送船8隻、空母2隻、巡洋艦4隻撃沈、輸送船5隻、空母2隻、戦艦1隻、駆逐艦7隻撃破(実際の戦果は、この誇大報告よりも少ない)
というものであったが、これだけの損害を与えたにも関わらず、敵の大船団を撃退するには至っていない。
むしろ、マオンド側のほうが損害は大きく、戦力の低下した第7空中騎士軍では、早くも補充部隊を送られたしの魔法通信が、ひっきりなしに送られてきている。
(出撃したワイバーンの3割以上が未帰還なのだから、当然の事といえよう)
先の極秘作戦失敗とこの第7空中騎士軍の攻撃失敗。そして、ヘルベスタン領の悪化する戦局。
事態はどんどん悪くなる一方である。
陸軍としては、ガンサル以外にも、負け戦続きで頭に血が上っている者は大勢居るだろう。

「ヘルベスタン領の戦況は、かなり悪いようですからな。相手があのアメリカ軍ともあれば、取り乱されるのも致し方無い事でしょう。」
「うむ。だがな、一軍の長たる者が、あんなあからさまな態度を取ってはなぁ。元帥ともあろう者が、非常に情けない。」

トレスバグトは、最後の部分は吐き捨てるように言った。

「ガンサル閣下は、海軍の方針に関して何か言われていましたか?」
「ああ。海軍も早く、ヘルベスタン領に艦隊を差し向け、敵の侵攻船団を撃滅して欲しいと何度も言われたよ。とっくに行動は起こしているんだがね。」
「その事ですが、第1機動艦隊並びに、第2、第3艦隊はグラーズレット沖を通過して、北上しています。最低でも4日。遅れても6日後には、アメリカ艦隊と
決戦が始まります。」

幕僚は、どこか自信を感じさせる口調で言うのだが、トレスバグトの表情は冴えない。

「決戦・・・・・か。艦艇の数は、まぁいいとして。航空戦力が足らんからなぁ。」

トレスバグトは悩んでいた。
彼の頭痛の種となっているのは、彼我の航空戦力の差であった。
艦隊が敵と交戦を開始する際には、陸軍側も6個空中騎士団を応援に寄越してくれると約束してくれた。
だが、そのうちの1個空中騎士団が、先日に起きた敵機動部隊のトハスタ空襲によって戦いもせずに失われ、もう1個空中騎士団は、何故かヘルベスタン方面に
回されてしまった。

結果、海軍の作戦に使用できる部隊は4個空中騎士団に減ってしまい、航空戦力は470騎しか揃っていない。
対して、アメリカ機動部隊は空母8、9隻で編成されており、艦載機の総数は600~700機にも上る。
航空戦力は、竜母部隊のワイバーンも加えればほぼ互角である。
だが、トレスバグトは、それが気に入らなかった。

「私は、陸軍の空中騎士軍の奴らに、敵の高速機動部隊を打ち破るには、敵よりも多い数の航空部隊をぶつけねばならないと口酸っぱく言ったんだが・・・・・」
「陸軍も、ヘルベスタンの防戦でてんやわんやですからな。」
「そこの所は分かっているのだが、しかし、完全に納得することはできんな。」

幕僚はやんわりとした口調で宥めようとするが、トレスバグトの腹の虫は収まる様子がない。

「あの鬱陶しいアメリカ空母部隊が消えれば、どんなに楽な事か!奴らさえ居なくなれば、戦況は変わるのに。」

彼は、憂鬱な表情を浮かべる。

「とにもかくも、後は用意した戦力で、何とかやるしかないな。今はただ、味方艦隊の勝利を祈るだけだ。」

トレスバグトは決意すると、海図上の駒に視線を移した。


6月18日 午前2時 

第1機動艦隊司令官であるホウル・トルーフラ中将は、艦橋の張り出し通路に出て夜空を見上げていた。

「本当に、綺麗な星空だ。戦争をやっている事など忘れてしまうな。」
「ええ。心が癒されますよ。」

側に立っていたシークル参謀長が相槌を打ってくる。

「そういえばな、出航前の休暇に、うちの息子と一緒に家の近くの丘で、今みたいに星空を眺めていたんだ。あの日も、今日のように
満点の星空が広がっていた。」

彼は、シークル参謀長に顔を向ける。

「その時、息子は何と言ったと思う?」
「はぁ・・・・」
「こういったんだ。いつか、あの星々を渡り歩いてみたい、とね。」
「これはまた、凄い言葉ですな。」

シークル参謀長は、驚きの余り目を丸くした。

「ハッハッハ。驚いたか。俺の一人息子はな、時折変な事を言うのだよ。恐らく、その時もいつもの癖が出たんだろうな。」
「あの星に・・・・ですか。我々の技術では、神に挑むよりも難しい事ですな。何せ、あそこは幻想が渦巻く世界なのですから。」
「ふむ。確かに、俺達の技術では、あそこに行くのは無理かも知れんなぁ。」

トルーフラはそう言いながらぼんやりとした表情で再び空を眺めた。
夏ももうすぐで盛りを迎えるが、それでも、吹きすさぶ夜風はひんやりとして気持ち良い。
ふとすれば、その場で眠ってしまいたいと思うほどである。
(・・・・どう考えても無理・・・・か。)
トルーフラは、内心、そう呟いていた。
マオンドよりも進んだ技術を持つシホールアンルですら、あの星空の向こうに行こうとは考えていない。
それは当然の事であろう。何しろ、この世界では技術がないし、何よりも誰も行くことすら考えていないのが現状である。
シークル参謀長は、話題を変えた。

「司令官。今度の戦は、先の海戦と同じか、それ以上に苦しくなりそうですな。」
「ああ。だが、覚悟はしているさ。命令とあらば、戦うのが俺達軍人の仕事だ。それに、今度の戦は確かに厳しいが、同時に楽しみもある。」

トルーフラはニヤリと笑みを浮かべた。

「アメリカ機動部隊には、シホールアンル軍相手に暴れ回った精鋭空母が混じっている。君も知っていると思うが、その空母はベックネ提督の仇だ。」
「エンタープライズですな。」

シークルは即答した。エンタープライズの事を知らぬ者は、幕僚の中では誰も居ない。
シホールアンル帝国を向こうに回し、開戦以来第一線で戦い抜いてきた敵の英傑艦は、この戦線でも暴れている。

「そうだ。もし、俺達がそのエンタープライズを討ち取る事が出来たら、ベックネ提督は間接的にも、復讐を果たした事になる。いや、それどころか、
敵に対しても少なからぬ動揺を与えられるだろう。」
「敵は空母を嫌というほど持っていますが、一流に値する名空母は、数が少ないですからな。」
「うむ。だから、俺はエンタープライズを沈めて、マオンド機動部隊の底力を見せてやりたい。」

トルーフラは、意を決するかのような口ぶりで、シークルに言った。

「目標はエンタープライズ、ですな?」
「ああ、その通りだ。」

トルーフラは頷いた。

「とはいっても、選り好みしている暇はないがね。まぁ、前回は気持ちが空回りしてしまったが、今回こそは、我々の力を敵に
思い知らせてやる。」

彼は、漲る闘志を露わにして、シークルに言う。

「ええ。今回こそは。」

シークルもまた、武者震いを感じながら、トルーフラにそう言ったのだった。
+ タグ編集
  • タグ:
  • 星がはためく時
  • アメリカ軍
  • アメリカ

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー