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193 第149話 モンメロ沖海戦(後編)

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第149話 モンメロ沖海戦(後編)

1484年(1944年)6月26日 午後3時20分 モンメロ沖南86マイル地点

第72任務部隊第3任務群に所属する正規空母レンジャーⅡは、飛行甲板にずらりと艦載機を並べ、今しも発艦を開始しようとしていた。
空母レンジャー艦長、ラルク・ハーマン大佐は、艦橋の張り出し通路に出て、エンジンを吹かす艦載機群を眺めていた。
飛行甲板には、20機のF4U、24機のヘルダイバー、16機のアベンジャーが勢揃いし、エンジン音を高々と上げながら出撃の時を待っている。
本来であれば、攻撃隊に随伴するF4Uはもう少し多いはずであったのだが、早朝から続くマオンド軍の波状攻撃によって可動機数が減少し、
レンジャーが出せる戦闘機は、艦隊直掩用を除いて20機しかない。
とはいえ、この20機のコルセアを含む攻撃隊は、敵機動部隊に対して存分に暴れ回ってくれるであろうと、ハーマン艦長は信じていた。

「ハンコックとライトの恨みを晴らす時が来た。頼んだぞ、ボーイズ達!」

ハーマンは、万感の思いを込めて、小声でそう呟いた。
甲板士官が掲げていたフラッグを振り下ろすと、最初のコルセアが滑走を開始した。
コルセアの特徴ある肢体は、最前部に描かれた17というレンジャーの艦番号の上を走り去った直後に、フワリと浮き上がる。
それに続いて、2機目、3機目と、艦載機は次々と発艦していく。

「うちのボーイズ達も、ようやく慣れてきたな。」

ハーマン艦長は、艦載機の発艦を眺めながら呟いた。
最初に、初代と同じ名を冠した空母に派遣された航空隊の技量を見たとき、彼は物足りないと思った。
第2次バゼット海海戦で撃沈された初代レンジャーは、防御力は酷かったが、乗員やパイロットの練度に関してはピカ一であった。
だが、新鋭空母に配備された航空隊は、空母同様に“新品”そのものであり、まだまだ訓練を行う必要があった。
就役当初、ハーマン艦長の脳裏には不安ばかりが浮かんでいたが、同時に希望もあった。
以前、初代レンジャーで艦攻隊の隊長を務めていたウィル・パーキンス少佐が、新生レンジャーの航空群司令として配属された。
また、初代に乗っていたパイロット達が、より経験を積んだベテランパイロットして、レンジャーⅡに配属されたのだ。
この実戦を経験してきた“兄貴達”によって、レンジャー航空群は度重なる猛訓練に耐え、次第に練度を高めていった。

そして今日。新生レンジャーにとって、その実力を発揮する時が来た。
これから向かう戦場には、空母の宿敵である敵竜母部隊がいる。
空母艦載機のパイロット達が誰もが願っていた敵竜母との対決に、レンジャー航空群は向かおうとしている。
脱落した僚艦の切なる想いを乗せて・・・・・
気が付くと、飛行甲板に残っていた艦載機は、全てが飛び立っていた。
60機の攻撃隊は、TG72.3の上空を轟々たる爆音で圧しながら、颯爽と飛び去っていった。
レンジャーの乗員は勿論のこと、損傷したハンコックとライト、僚艦に救助された乗員達も含むTG72.3の全将兵が、歓声を上げて
60機の攻撃隊を見送っていった。

「さあ、今度は俺達の出番だ。TG72.3が受けた屈辱を10倍にして返してやるぞ。」

ハーマン艦長は、西の遠くに居るであろうマオンド機動部隊に向けて、自信に満ちた口ぶりでそう言い放った。

空母エンタープライズから発艦した攻撃隊は、午後4時20分までには、レンジャー隊との合流を終えていた。
リンゲ・レイノルズ中尉は、攻撃隊の護衛として母艦を飛び立っていた。

「ふむ・・・・新人連中にしては、そこそこ良い腕をしているな。」

リンゲは、エンタープライズ隊からやや離れた右側を飛行するレンジャー隊を見ながら呟く。
60機のレンジャー隊は、綺麗な編隊を組みながら飛行している。
編隊飛行という物は、傍目から見れば地味で、簡単そうに見える物だが、実際はかなり難しい。
2、3機の編隊でもなかなかに難しいが、10機以上の編隊を作るとなると、難易度はかなり上がる。
1機でも歩調を崩せば、編隊はバラバラとなり、最悪の場合は空中衝突を起こしかねない。
攻撃技能もそうであるが、編隊飛行が出来るか否かによって、その母艦航空隊の練度が分かってくる。
(レンジャーの指揮官連中は、初代レンジャーに勤務していた奴が多いと聞いている。もしかしたら、
初代にいた連中が、新兵達をしごきにしごいて、使える兵隊にしたのだろうな)
リンゲはそう思ったが、彼としてはレンジャー隊よりも、ボクサー隊と一緒に出撃したいと思っていた。

だが、ボクサー隊は今、ビッグEの攻撃隊と空を飛ぶ事は出来ない。
何故なら、ボクサー隊は、母艦が先の被弾で発着艦不能に陥っているからだ。
ボクサーは、第3波空襲で爆弾2発と至近弾3発を受けていた。
2発の爆弾のうち、1発は中央部に命中したが、それだけならば、応急修理をすれば穴を塞ぐだけだった。
だが、もう1発の爆弾が、上手い具合に前部エレベーターに命中し、破壊してしまった。
更に、左舷中央部の至近弾によって舷側エレベーターの昇降機が使用不能になり、ボクサーは3基あるエレベーターの
うち、2基までもが使用不能となってしまった。
まさに不運としか言いようがなかったが、撃沈されずに済んだだけでも、まずは良しとするべきであった。
エンタープライズは、午後4時までには、F6F23機、SBD16機、TBF16機の計55機を発艦させた。
敵機動部隊攻撃に向かっている艦載機の数は、TG72.1、TG72.2を合わせて268機に上る。
この268機の大編隊は、大きく二手に別れており、先行するのはTG72.1から発艦した130機の攻撃隊で、
その後方40マイルをTG72.2とTG72.3から飛び立った138機の編隊が続く。
通常なら、この2つの攻撃隊は1つに合流して敵に向かう筈なのだが、時間の関係上、任務群ごとに攻撃隊を向かわせる事となった。
しかし、TG72.3はゲティスバーグ隊しか居ないため、TG72.2と合流してから進撃を開始している。

「思えば、敵竜母部隊への攻撃に向かうのは、実に久しぶりだな。」

リンゲはふと、そんな言葉を口にした。
彼は、太平洋戦線ではレアルタ島沖海戦とグンリーラ島沖海戦、第2次バゼット海海戦に参加しており、このうち、空母と竜母が
戦ったのは、グンリーラ島沖海戦と第2次バゼット海海戦である。
リンゲは、この2度の機動部隊決戦で護衛機として敵艦隊に向かい、その任務を果たしてきた。

「今日も、きっちりと役割を果たす。敵ワイバーンから攻撃隊を守ってやるぞ。」

リンゲはそう呟くと、自らを奮い立たせた。

午後5時 モンメロ沖南西97マイル沖

「司令官、来ました、敵編隊です。」

マオンド海軍第1機動艦隊司令官である、ホウル・トルーフラ中将は、シークル参謀長の言葉に対して、正面を見据えながら頷いた。

「魔導士の判断に寄りますと、生命反応からして、敵は最低でも90機以上の大編隊で、我が艦隊に接近中とのことです。」
「こっちの戦闘ワイバーンは何騎用意できる?」
「70騎が限度です。」
「70騎か・・・・・・ほぼ全てが、艦隊にいた居残り組だな。やはり、攻撃隊に参加したワイバーンからは出せそうにもないか。」
「ハッ。何分、戦闘時の消耗が激しい物ですから。」
「ふむ・・・・・まぁ致し方あるまい。上げてもすぐにやられるのでは意味がないからな。」

トルーフラ中将はため息を吐きながら言った。
第1機動艦隊は、アメリカ機動部隊攻撃に220騎の攻撃隊を差し向けた。
攻撃隊は、アメリカ軍戦闘機と機動部隊から激烈な反撃を受け、少なからぬ損害を受けた。
戦闘ワイバーンは110騎中42騎が未帰還となり、攻撃役のワイバーンに至っては、帰還数が僅か34騎という有様であった。
第1機動艦隊は、ただの一撃で5割近い数のワイバーンを失い、対艦攻撃力を大幅に削がれるという結果となった。
それに対し、敵に与えた損害は、敵駆逐艦2隻撃沈確実、空母2隻、駆逐艦3隻大破という甚だ不本意な物であり、目標であった
敵機動部隊の撃滅にはほど遠い戦果しか残せなかった。
第1機動艦隊が攻撃を行った他に、陸軍側から用意された応援の空中騎士軍も、アメリカ機動部隊相手に猛攻を繰り広げた。
第1機動艦隊よりも保有ワイバーンが多い陸軍空中騎士団は、第1機動艦隊よりも積極的な策を取った。
空中騎士軍側は、500騎近いワイバーンを総動員して敵に波状攻撃をかけた。
そのうち、第1波と第2波は戦闘ワイバーンを中心にした、敵戦闘機殲滅隊であり、これらは少なからぬ数の敵戦闘機を叩き落とした。
敵の空の守りが弱くなったところで、攻撃ワイバーンを含む第3波攻撃隊が敵機動部隊に殺到し、敵駆逐艦1隻撃沈、駆逐艦4隻撃破、
正規空母2隻撃破(実際に戦闘不能になったのは、ボクサーのみである)の戦果を上げ、敵の主戦力の1つを潰した。
だが、空中騎士団の奮闘にもかかわらず、敵の完全撃破には至らなかった。
その結果、第1機動艦隊は敵機動部隊の残存戦力から反撃を受ける羽目になった。

「ひとまずは、この健在な70騎を迎撃に出そう。それから、帰還したワイバーンの中で、比較的疲労度が軽いの
がいたら、そのワイバーンも出してくれ。」
「わかりました。」

シークル参謀長は頷いたが、内心では果たして、本当に出しても良いのだろうかと思った。
帰還した戦闘ワイバーンは、アメリカ軍機との激しい空戦で、体力を消耗が著しい。
今は、疲労緩和剤を投与して、ワイバーンの疲労感を和らげようと努力しているが、効果が現れるのは、投与後20分後であり、
それまでは70騎のワイバーンによって、敵編隊を迎撃せねばならない。
それ以前に、疲労緩和剤を投与しても、完全に疲労は抜けきれないため、ワイバーンの疲労は蓄積されてしまう。
そのような状態でワイバーンを出せば、いつも通りに戦えぬ事は目に見えている。
だが、それでも出さなければならない。
(味方艦隊の被害を減らすためには、仕方ない事なのだろう)
シークル参謀長はそう思うことで、自らを納得させた。
第1群、第2群の竜母からは、直ちに出撃可能なワイバーンが発艦を開始した。
発艦開始から10分ほどで、70騎のワイバーンは全てが母艦から発進を終えて、敵艦載機迎撃に向かっていった。

午後5時20分 

激しい空中戦が続く中、空母イラストリアス艦攻隊指揮官であるジーン・マーチス少佐は、パイロットであるジェイク・スコックス少尉の
言葉を聞いた。

「隊長、見えました!右20度、敵機動部隊です!」

彼は、スコックス少尉の言った方角に顔を向けた。
そこは、丁度雲の切れ目となっており、海が見渡せた。その洋上に、幾つもの航跡が走っており、中には航跡を引いている軍艦も見える。

「あっ!ゲティスバーグ隊のヘルダイバーがまた1機やられました!」

唐突に、悲報が飛び込んできた。

「くそ、またやられたか!」

マーチス少佐は忌々しげな口調で呟いた。
敵ワイバーン隊は、大半が制空隊の戦闘機と空戦を行っているが、一部のワイバーンは攻撃隊に襲い掛り、イラストリアス隊やゲティスバーグ隊に
犠牲が出ている。
マーチス少佐の直率するアベンジャー隊も、敵ワイバーンの奇襲によって2機が撃墜され、3機が被弾している。
ヘルダイバー隊は、今の所被撃墜機は1機で済んでいるが、被弾機が4機とやや多い。
一番被害が多いのはゲティスバーグ隊で、艦爆、艦攻を3機ずつ撃墜されている。
マーチス少佐は、このままでは敵ワイバーンの執拗な攻撃によって、攻撃隊の大半がやられてしまうのではないか?という危惧を抱き始めていた。
だが、彼の憂鬱な思いは、ここでようやく吹き飛んだ。

「全機に告ぐ!敵機動部隊を発見。これより接近する!」

マーチス少佐の指示に従って、TG72.1の攻撃機が右旋回を行う。やがて、雲を突き抜けた攻撃隊は、ついに敵の大艦隊を発見した。

「敵は2群に別れているな。」

彼は、前方の輪形陣と、そのやや離れた後方にいる別の輪形陣を交互に見やりながら言った。
前方の輪形陣には、中心に3隻の竜母が居る。3隻のうち、2隻は並行しており、1隻はその2隻の斜め後ろを航行している。
前方の2隻が、斜め後ろの1隻よりも形が大きい。
あれは正規竜母だなと、マーチスは思った。
もう1つの輪形陣のほうは、ここからは距離が遠くて船の形までは分からない。

「片方は竜母3隻・・・・もう片方は竜母2隻・・・か。俺達は、3隻の方を狙おう。第2波の連中には2隻の方を叩いて貰う。」

マーチスはそう判断すると、全機に向けて新たな指示を下した。

「これより攻撃に移る!攻撃隊随伴のコルセア隊は敵輪形陣を攻撃。イラストリアス隊は敵竜母1番艦、ゲティスバーグ隊は敵竜母2番艦、
ノーフォーク隊は斜め後方の敵竜母3番艦を狙え。全機、かかれ!」

命令一下、各母艦航空隊はそれぞれの目標に向けて行動を開始した。
護衛戦闘機のうち、大半は敵ワイバーンとの空戦に忙殺されていたが、それでも、イラストリアス隊のコルセア12機が、攻撃隊に随伴していた。
この12機のコルセアは、命令が下るや真っ先に敵艦目掛けて突進していった。
コルセアの主翼には、4発の5インチロケット弾が搭載されている。
2ヶ月前の第2次スィンク沖海戦で、同じイラストリアス隊所属のコルセアが、輪形陣外輪部の駆逐艦にロケット弾攻撃を仕掛け、
輪形陣の切り崩しに成功している。
アメリカ側は今回も、ロケット弾攻撃によって敵艦隊の陣形を崩そうと考え、コルセア群の一部にロケット弾を搭載させていた。
12機のコルセアは、輪形陣の左側に展開する、敵駆逐艦に接近しつつあった。
コルセアは4機ずつの小編隊に別れると、1チームが1隻の駆逐艦に低空から接近し始めた。
このコルセア群に対して、マオンド駆逐艦群は向けられる火力を総動員して、コルセアの突進を阻もうとする。
敵艦から放たれる光弾の量はなかなかに多く、海面は光弾の外れ弾や、高射砲弾の破片によって白く泡だった。
1機のコルセアが、主翼から火を噴き、もんどり打って海面に叩き付けられた。
もう1機のコルセアが、機首のすぐ目の前で高射砲弾の炸裂を受けた。
その瞬間、3枚のプロペラが破片と爆風で吹き飛ばされ、大馬力エンジンや操縦席に夥しい数の破片が突き刺さる。
操縦席のパイロットが血飛沫を吹きながら仰け反り、エンジンカウリングから真っ赤な炎が吹き出し、機首がガクンと下に向く。
猛速で機首から突っ込んだコルセアは、次の瞬間バラバラに砕け散り、搭載していたロケット弾や燃料が爆発して火炎と黒煙が上がった。

「いいぞ!その調子だ、アメリカの蝿をどんどん叩き落としてやれ!」

とある駆逐艦の艦長は、相次いで撃墜されたコルセアを見るなり、活きの良い声音で叫んだ。
だが、マオンド駆逐艦が撃墜できたコルセアは、その2機だけであった。
残ったコルセアは、600キロ以上の高速で目標との距離を急速に詰めていく。
魔導銃の射手は、罵声を浴びせながらコルセアに光弾を放ち続けるが、その放たれた射弾は、全てがコルセアを側を通り抜けていた。
余りにも早いスピードのため、射手が目標を捉え切れていないのだ。
コルセアは、あっという間に300グレル(600メートル)の距離まで迫ったと思うと、両翼から何かを撃ち出した。
その棒状の物体は、尻から炎と煙を噴きながら駆逐艦に突っ込んできた。

射出された5インチロケット弾のうち、1発が早くも、敵駆逐艦の艦橋に突き刺さった。
艦長を始めとする艦橋要因は、何が起こったのか理解出来ぬままロケット弾の炸裂によって絶命した。
艦橋が派手に火を噴いたのと同時に、左舷中央部や砲塔にもロケット弾が突き刺さる。
中央部に命中したロケット弾は、爆発によってその場にいた魔導銃の射手や魔導銃本体をなぎ倒し、甲板の周囲に破片を
撒き散らして容赦なく破壊する。
砲塔に命中したロケット弾は、薄い砲塔側面を貫通して内部で炸裂し、装填済みの砲弾が誘爆した。
そのため、砲塔自体が木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
それに加えて、コルセアから12.7ミリ機銃弾が奔流の如く放たれ、艦の全体に火のシャワーと化して降り注いだ。
運の悪い水兵がそれをまともに浴び、一瞬のうちに四肢を吹き飛ばされ、胴体を引き裂かれた。
輪形陣の左側を守っていた駆逐艦のうち、実に4隻がロケット弾を受けてしまった。
そのうち1隻は、被害が弾火薬庫に及び、火柱を吹き上げて轟沈した。
コルセア隊の短いながらも、熾烈な攻撃が終わると、待ってましたとばかりに艦爆隊が輪形陣に侵入してくる。
マオンド側の護衛艦艇は、この新たな敵に対して、ありったけの対空砲を撃ちまくる。
高度4000の高みから侵入しつつある艦爆隊の周囲に、高射砲弾が炸裂する。
ヘルダイバーは、高射砲弾の爆発に機体を揺さぶられ、飛んできた破片に機体の外板を傷つけられながらも、隊形を崩さずに突き進む。
猛烈な対空弾幕の中、斜め単橫陣の隊形で飛行を続けるヘルダイバー隊だが、輪形陣の中心部に近付くにつれて被撃墜機が出始めた。
頑丈なヘルダイバーの外板も、永遠に敵弾を弾け続ける訳が無く、1機、また1機と、翼をへし折られ、あるいは胴体や主翼から
火を噴きながら墜落していく。
次々と撃墜されていくアメリカ軍機ではあるが、4機目が落とされた時には、先導機が翼を翻し始めていた。
このヘルダイバー群は、左側を航行する正規竜母に狙いを定めていた。
機速が付きすぎないようにするため、主翼のハニカムフラップが展開される。
やがて、周囲に甲高い轟音が響き始めた。
狙われた竜母はミリニシアであった。ミリニシア艦長は、比較的冷静に指示を下していた。
ミリニシアは、艦長の指示通り左舷に回頭し始める。
ミリニシア艦長は、ヘルダイバー群の動きをよく見ていた。
そして、敵機群が全て急降下に入ってから、ミリニシア艦長はその内懐に入るようにして艦を回頭させた。
艦爆隊の先頭機が、慌てふためいたように急降下の角度を深め、敵竜母に接近する。
高度500で爆弾倉から1000ポンド爆弾を吐き出す。

この最初の1発目は、ミリニシアから右舷側に大きく離れた海面に落下した。
続けて2番機と3番機が爆弾を投下する。これらの爆弾もまた、右舷側海面に落ちて、空しく水柱を吹き上げるだけに留まる。
4番機が爆弾を投下しようとしたその瞬間、光弾の一連射がヘルダイバーの胴体下部を薙いだ。
その直後、ヘルダイバーは大爆発を起こした。
光弾の一連射は、偶然にも投下しようとしていた1000ポンド爆弾に命中していた。
光弾が突き刺さった後、1000ポンド爆弾はその場で炸裂し、ヘルダイバーの機体を微塵に吹き飛ばしてしまった。
その爆炎を突っ切って、5番機が猛禽の如き勢いで降下してくる。
胴体から1000ポンド爆弾が投げ放たれる。爆弾は、くるくると回転しながら、ミリニシアの左舷側後部の至近に落下した。
この爆弾は、ミリニシアにとってこの海戦初の直撃弾となった。後部昇降機より少し前の位置から爆炎と破片が吹き上がる。
続いて、6番機の爆弾が中央部に命中した。中央部の昇降機に突き刺さった爆弾は飛行甲板を貫通し、艦内で炸裂する。
炸裂の瞬間、艦内で休憩を取っていた少なからぬ数のワイバーンが、一瞬にして吹き飛ばされた。
2発の1000ポンド爆弾を受けたミリニシアは、早くも後部と中央部から黒煙を吐き出していた。
ミリニシアの右舷や左舷に、爆弾の外れ弾が次々と着弾し、水中爆発の衝撃が艦体のあちこちを小突き回す。
10番機、11番機と、ヘルダイバー群は次々に爆弾を投下するが、大半はミリニシアの回頭によって空振りに終わる。
最後の12番機の爆弾が、またもや中央部に着弾した。
着弾の瞬間、折れ曲がっていた昇降機が爆風によって空高く跳ね上げられ、そして海面に落下した。
爆弾3発を受けてのたうち回るミリニシアに、新たな敵が低空から迫りつつあった。
イラストリアス艦攻隊は、今しも、爆弾を受けて洋上をのたうつ敵正規竜母に近付こうとしていた。

「隊長!獲物は艦爆隊の爆撃で泡食ってますぜ!」

スコックス少尉は、電信員席に座るマーチス少佐に向けて言った。

「そのようだな。さて、今度は俺達の出番だぞ!」

マーチス少佐の率いるイラストリアス艦攻隊は、12機が目の前の敵正規竜母に向かっていた。
時間の都合上、挟叉雷撃は取り止めになり、片舷に集中して雷撃を行う事になった。
輪形陣の左側から侵入したイラストリアス艦攻隊は、左側を行く敵竜母2番艦を狙う手筈になっていたが、敵竜母は回頭のため、
艦首をイラストリアス隊に向けていた。

マーチス少佐はこれをチャンスであると確信した。
時間の関係で、艦攻隊は手っ取り早く雷撃を行うためにコルセア隊が切り崩した輪形陣左側から侵入をしていたが、敵2番艦があたらに
回頭を行ったために、挟叉雷撃を行える可能性が出てきた。
マーチス少佐の判断は速かった。
彼はすぐさま、第2小隊を敵竜母の右舷に回らせた。激しい対空砲火の中、イラストリアス艦攻隊の中には早くも被弾機が出ている。
第2小隊は、射点に付く前に1機が撃墜された。だが、事はマーチス少佐の思惑通りに進んだ。
敵竜母が右に回頭を開始した時、イラストリアス艦攻隊はミリニシアの左右から迫りつつあった。

「敵竜母、回頭を始めました!」

スコックス少尉がマーチスに言う。マーチスはそれに対して、全く動じた様子を見せない。

「敵さんの判断は、どうやら遅すぎたようだな。」

この時、11機のアベンジャーはミリニシアまで1300メートルの距離にまで迫っていた。
ここで回頭をされると、対向面積の小さい艦首、並びに艦尾に向けて魚雷を放たなければならない。
だが、マーチスはそれでも良いと考えていた。彼は、部下達に向けて、距離500という近距離で魚雷を投下しろと告げていた。
500という距離は、もはや距離とは言えない。
航空雷撃は、近付けば近付くほど命中精度は増すが、同時に、敵が放つ対空砲火も当たりやすくなる。
つまり、雷撃の必中距離は、敵魔動銃や対空砲の必中距離でもあるのだ。
通常の投下距離は、敵艦から1500から1000メートル以内に近付いてからであるから、マーチスの命令はいかに大胆かつ、
危険な物であるかが分かる。
だが、マーチスはそれをあえて承知で、部下に命じた。
敵竜母はぐんぐん回頭していく。
細長かった艦体は徐々に短くなる。しかし、それにお構いなしとばかりに、11機のアベンジャーは尚、300キロの速力で進み続ける。
敵竜母は、急回頭のため護衛艦の支援を受けづらくなっているが、それでもぴったりと随行していた2隻の敵巡洋艦が、マーチス少佐の
直率する小隊目掛けて対空砲を撃ちまくる。

(あの巡洋艦・・・・・・他の艦に比べて激しい対空射撃を行っているな。よく見ると・・・・フリレンギラ級とやらに似ている)
マーチス少佐は、敵巡洋艦の艦影を見ながらそう思っていると、いきなり後部座席から、悲鳴じみた報告が入った。

「5番機被弾!」

一瞬、マーチス少佐は顔を歪めた。だが、次の瞬間には元の表情に戻って、敵竜母を睨み付ける。
敵巡洋艦をあっさりと飛び越し、遂に艦尾を向けようとする敵竜母が見えた。

「ようし、これで邪魔者は居なくなった。待ってろよ、尻に一発食らわせてやる。」

マーチスは獰猛な笑みを浮かべながら、早く射点に付かないかと思った。
マオンド側の対空射撃はなかなかに激しい。
マーチス小隊のアベンジャーがまた1機叩き落とされる。
やられたのは、マーチス機の右斜めを飛行していた2番機であった。
2番機の乗員は、タラント空襲以来のベテランが乗り組んでおり、前回のスィンク沖海戦でも、2度も敵竜母に魚雷を放っている。
だが、今回の出撃で、遂に帰らぬ身となってしまった。
(くそ、元々居たメンバーがまた散ってしまったか・・・・!)
マーチスは悔しげな気持ちで一杯になったが、仲間の無念を晴らすためには、自分達が運んできた魚雷を敵艦に叩き付けるしかない。

「射点です!」

スコックス少尉が叫ぶ。その瞬間、マーチスは溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのように大音声で命じた。

「魚雷投下ぁ!」

その直後、開かれたアベンジャーの爆弾倉から、重い航空魚雷が投下される。
スコックス少尉は、咄嗟に操縦桿を押し込んで、機体が飛び上がるのを防ごうとする。
その瞬間、風防ガラスの後方で何かが光った。

「あぁ!?3番機がやられた!」

機銃手のスワング兵曹が悲鳴じみた声で言ってくる。
これで、マーチスの直率する小隊は半分に減ってしまった。
マーチス機は、敵竜母の左舷側に避退していった。
マーチス機を始めとする3機のアベンジャーに対空砲火が注がれるが、10メートル以下の超低空で飛行しているため、
弾は全くと言って良いほど当たらなかった。


第2波攻撃隊は、第1波攻撃隊が敵艦隊に突入を開始してから10分後に、敵機動部隊の上空に到達した。
リンゲは、空中戦が繰り広げられている空域を見た後に、そこからやや離れた海域に視線を向ける。

「うわ、派手にやってんなぁ。」

彼は、空に広がる無数の高角砲弾の炸裂煙を見てから、思わずそう言った。対空砲火の炸裂は今も続いている。
微かにだが、その弾幕の中を飛行する航空機の編隊らしきものが見える。
TG72.1から発艦した艦爆隊が、今しも敵竜母に向かっている最中なのであろう。リンゲは、その輪形陣の他に、やや遠くに
離れているもう1つの輪形陣を見つけていた。

「戦闘機隊!10時方向にお客さんだ!」

攻撃隊指揮官に任ぜられているウィリアム・マーチン少佐の声が無線機から聞こえた。
リンゲはすかさず、10時方向に顔を向けた。
そこには、新たに2、30騎ほどのワイバーンが飛行していたが、どういう訳か、敵ワイバーンの大半は編隊らしい編隊を組んでいない。
リンゲは不思議に思った物だが、すぐにフラットレー少佐からの指示が飛び込んできたため、彼の小隊もフラットレー機に続いて、敵編隊に向かっていった。
アメリカ軍戦闘機が向かってくるのを見たマオンド側のワイバーンも、やにわに速度を上げて、戦闘機隊に襲い掛ってきた。
この時、アメリカ側はエンタープライズとロング・アイランドに所属する戦闘機が、敵ワイバーンに向かっていた。

高度は、アメリカ側が4500メートルに対し、マオンド側が5000メートルである。マオンド側は、やや優位な体制で戦闘を開始出来た。
30機ほどのワイバーンが、ほぼ同数のF6Fに真っ正面から突っ込む。距離が迫ったところで、お互いが同時に攻撃を開始した。
ワイバーンの口から光弾が吐き出され、F6Fの両翼から機銃弾が撃ち出される。
1騎のワイバーンが、3機のF6Fから射撃を集中される。
しばしの間、防御結界が機銃弾を阻むが、すぐに霧散して竜騎士やワイバーンがたちまちのうちに射殺された。
正面攻撃が終わった時には、アメリカ側は1機が白煙を引きながら戦域を離脱しようとし、マオンド側は5騎が海面目掛けて墜落しつつあった。
敵ワイバーンの大半は、すぐにF6Fとの乱戦に移るが、7騎のワイバーンがそのまま空戦域から脱し、攻撃隊に向かった。
だが、このワイバーンも、攻撃隊の護衛に付いていたレンジャー隊のコルセアによって散々に追い散らされてしまった。
リンゲは、先の迎撃戦と同様に、2番機のガラハー少尉と共に敵ワイバーンと空戦を行っていた。
リンゲ機が、敵ワイバーンの右斜め後ろに占位する。

「よし!」

リンゲはそう呟くと同時に、照準器の向こうの敵ワイバーンに向けて6丁の12.7ミリ機銃を放つ。
6条の火箭が敵ワイバーンの体を斜め上に舐めたかと思うと、血らしき物を吹き出しながら急激に高度を下げていった。

「やりましたね、小隊長!」

ガラハー少尉が興奮気味な口調で言ってくる。

「ああ、当然だよ。」

それに対して、リンゲは素っ気ない口調で返事した。
敵ワイバーンは、最初こそはF6Fと互角に渡り合っていたが、空戦が5分、10分と続く内に押され始めて来た。
空戦開始から15分が経った今では、ワイバーンはF6Fの攻撃をかわすのに精一杯となっている。

リンゲ達は、ワイバーン群の動きが鈍いことを不審に思い始めていたが、それでも、ワイバーンは隙あらば、F6Fの迎撃を突破しようとする。
リンゲが都合、2騎目のワイバーンを落としたとき、エンタープライズ隊は攻撃を開始していた。
エンタープライズ隊は、敵機動部隊の第1群に迫りつつあった。
第2群の攻撃は、レンジャー隊とロング・アイランド隊に任せており、エンタープライズ隊は第1波攻撃隊が討ち漏らした敵竜母を攻撃しようとしていた。
エンタープライズ艦爆隊指揮官であるロバート・スキャンランド少佐は、敵第1群の輪形陣が大幅に崩れているのを見て、表情を緩ませた。

「TG72.1の連中は、敵さんをさんざん引っ掻き回したな。」

敵機動部隊は、第1波攻撃隊の猛攻を防ぐため、各艦が盛んに回避運動を行った。
そのため、防空戦闘ではありがちな陣形の乱れが起きてしまった。
今、敵の輪形陣は半ば半壊している。輪形陣のやや後方には、停止した敵艦船がおり、うち2隻ほどが黒煙を噴き上げている。
1隻は特に大きい。スキャンランドは、その艦の特徴から、敵の正規竜母であると確信した。
敵竜母は、飛行甲板から黒煙を噴き上げているほか、心持ち右舷側に傾斜しているようにも見える。
恐らく、ゲティスバーグ隊か、イラストリアス隊か、どちらかに所属しているアベンジャーが、その横腹に複数の魚雷を叩き付けたのであろう。
そこから400メートル先に停止している艦も、やはり竜母だ。こちらは比較的小柄だが、この艦もまた、黒煙を激しく噴き上げている。
詳しい被害状況までは分からないが、よくても大破の損害を受けたことは、誰の目にも明らかであろう。

「奴さんも、手傷を負ってはいるようだが・・・・・受けたダメージが少ないな。」

スキャンランドは、目標の竜母に視線を向けたから呟く。
エンタープライズ隊が目標に定めた敵竜母もまた、飛行甲板から煙を噴き上げている。
しかし、被弾した爆弾が少なかったのだろう、吹き上がる黒煙は薄く、艦自体も高速で動いている。
どうやら、あの艦の艦長は、ヘルダイバーとアベンジャーの猛攻を見事に凌ぎきったようだ。

「よし、今度は俺達が相手になってやる!」

スキャンランドはそう言って、内心であの敵竜母を仕留めてやると決心した。
エンタープライズ隊が輪形陣に侵入し始めた途端、周囲に高射砲弾が炸裂し始める。

高射砲の弾幕は、陣形が崩れているせいであまり厚くはない。
だが、精度は意外によく、早くも破片がドーントレスの機体に当たり始めた。
ドン!ドン!という音が鳴り、機体が金属音と共に振動する。
砲弾炸裂時の爆風が機体に吹き込み、操縦桿を取られそうになるが、スキャンランドは手慣れた手つきで機体の姿勢を保っている。
幸運な事に、16機のドーントレスは、敵巡洋艦の上空に到達するまで1機も落ちなかった。
通常なら、いくら頑丈な米軍機とは言え、駆逐艦群の上空を通り過ぎるときは必ず1機や2機は落とされている物なのだが、今回に至ってはそれがない。

「マイリー共の陣形が乱れているせいで、ここまで1機も脱落せずに済んだぞ。」

スキャンランドは、内心で第1波攻撃隊の奮闘に感謝した。
その直後、敵から放たれる高射砲弾の数が一気に増した。それまでは、あまり数の少なかった炸裂煙が、敵巡洋艦の上空に来た瞬間増え始める。
周囲には、いつも通りに見られる無数の黒煙が咲いており、今も機体の近くで砲弾が炸裂する。
いきなりガン!という音が聞こえた。スキャンランドは一瞬、首を竦めたが、機体には何ら異常がない。

「ふぅ、良かった。」

彼がそう呟いた瞬間、

「7番機被弾!墜落していきます!」

という悲報が飛び込んできた。この時、7番機は敵の高射砲弾によって胴体をすっぱりと切断されていた。
2枚の尾翼と、1枚の垂直尾翼を丸ごと失ったドーントレスは、火も噴かずに、そのまま大小2つの破片となって海に落ちていく、その姿は、
途中で夕焼けの光に遮られて見えづらくなり、やがては完全に消えた。
対空砲火は、敵竜母に近付くに従ってより激しくなっていく。
竜母の左右には、2隻の戦艦が配備されており、それらは他の護衛艦と違って多数配備された対空砲を撃ちまくっている。
敵巡洋艦を飛び越し、敵戦艦の上空に達しようとしたところで、立て続けに2機が撃墜された。
だが、マオンド側が高射砲で事前に撃墜出来たドーントレスは、これだけであった。

敵竜母は、左舷側の側面を艦爆隊に晒す形で航行している。その姿は、太い機首の下に隠れつつあった。
敵竜母が完全に視界から消え去ったとき、スキャンランドは突撃する事にした。

「行くぞ!」

スキャンランドはただ一言、そう言ってから操縦桿を前に押し倒した。ドーントレスのやや小振りな機体がお辞儀をするかの如く、前方に深く沈み込む。
眼前にオレンジ色に染まりかけた海が見え、次いで、敵竜母の姿が見え始めた。
斜め単橫陣の隊形で飛行していた13機のドーントレスは、一糸乱れぬ動きで次々と降下に入っていった。
第1機動艦隊旗艦である竜母ヴェルンシアの艦橋上で、トルーフラ中将はドーントレス群の動きを見ていた。

「ドーントレスか。となると、エンタープライズは戦闘力を残していたのか・・・・」
「陸軍のワイバーン隊からの報告では、確かにヨークタウン級空母1隻撃破とあったのですが、どうやら彼らの見間違いだったようですな。」

シークル参謀長が、口調に憤りを滲ませながらトルーフラに言ってきた。
(こいつ、心中では誇大戦果を知らせて来やがって、と思っているな)
トルーフラは、その口ぶりでシークルの心境を察した。
高度2000グレルから降下を開始したドーントレス群は、護衛艦やヴェルシンアが撃ち上げる必死の対空射撃に臆することなく突っ込んで来る。

「連中、見事な腕前だな。水平飛行から急降下に移る際の動きだが、あれほど見事な動作で降下を開始する所は、今まで見た事がない。」
「エンタープライズに乗っている飛空挺乗りは、シホールアンル側との戦闘で鍛えられた猛者ばかりですからな。正直言って、我々も連中の
2、3人は拉致してでも欲しいと思うぐらいですよ。」

シークル参謀長は自嘲気味にそう言った。彼の最後の言葉は、ハニカムフラップの轟音でトルーフラには聞こえなかった。
ドーントレス群の先頭1000グレルまで降下したとき、艦長が大音声で何かを命じた。
上空から響き渡る甲高い轟音はますます大きくなってくる。
トルーフラは心なしか、ドーントレス群の発する甲高い轟音が、先のヘルダイバー群から発せられていたそれと比べて大きいように感じられた。
(いや、まさか)
トルーフラは気のせいであると思い、首を横に振ったが、轟音はそうではないと否定するかのようにますます大きくなる。

やや間を置いて、ヴェルンシアが左に回頭を始めた。
(取り舵だな)
トルーフラが心中で呟いた瞬間、上空から響き渡る轟音がこれまでにないほど大きくなり、そして発動機特有の音が混じったかと思うと、
音は右舷側に飛び去っていった。

「来るぞ!」

トルーフラは被弾を覚悟し、足を踏ん張った。見張りの声が艦橋に響くが、彼はそれを聞き流した。
いくら何でも、最初は外れるであろうとトルーフラは思っていた。
案の定、最初の爆弾は、ヴェルンシアの右舷側海面に落下した。続いて2弾目、3弾目と爆弾が落下する。
敵機の爆弾は、連続で3発が空振りとなった。
(いいぞ!この調子でどんど)
いきなりダァーン!という耳を劈くような爆発音が鳴り、トルーフラの足が一瞬だけ、床から浮かび上がった。

「くっ・・・やはり思うようには行かないか!」

トルーフラは衝撃に耐えながらそう呟いたが、最初の被弾から5秒後に2発目がヴェルンシアに突き刺さった。
それから連続で5発の爆弾が命中した。トルーフラは、4発目まで命中弾の数を数えてから、やめてしまった。
ヴェルンシアの艦体に次々と爆弾が命中し、飛行甲板が爆発によって大きく断ち割られる。
既に、1発の爆弾を食らっていたヴェルンシアは、ドーントレス群から受けた7発の命中弾で満身創痍となった。
7発の爆弾は、前・中・後部に満遍なく命中した。
先の命中弾によって、格納庫で発生した火災は、この被弾によって一気に拡大し、格納庫にいた生き残りのワイバーンや将兵は、
生きたまま焼かれる事になった。
命中弾のうち1発は、防御甲板を突き破って機関室まで浸透し、機関の一部をも破壊していた。
そのため、ヴェルンシアの速力はみるみる内に低下していった。

「速力が落ちている・・・・・さては、敵弾が機関部を痛めつけたな。」

トルーフラは、狼狽する艦長をみてから、そう確信した。
艦長は、しきりに指示を飛ばしているが、ヴェルンシアの被害は、応急班が対応困難になりかけるほど深刻な物であった。

「左舷方向より雷撃機接近!」

先の被弾の対処で大わらわとなる艦橋に、見張りが新たな報告を送ってくる。
トルーフラは、左舷側海面に目を向ける。
ヴェルンシアの左舷側には、戦艦コルトムが占位している。
コルトムは、舷側の対空砲や光弾を、超低空から迫り来るアベンジャー目掛けて撃ちまくっている。
アベンジャー群は、対空砲火の弾幕を潜り抜けて、コルトムを通り過ぎようとしている。が、犠牲は避けられなかった。
アベンジャーの1機が、尾翼の真上で高射砲弾の炸裂を受けた。
破片は少ししか当たらなかったため、傷は余り付かなかったが、その代わり、猛烈な爆風が機体をテコの原理で押し上げた。
不意に高度が上がったアベンジャーに射弾が集中された。
アベンジャーは、頑丈で落ちにくい機体としてマオンド、シホールアンル双方で有名であるが、それでも、多数の光弾を食らったら当然落ちる。
アベンジャーは全身を穴だらけにされた末に、左の主翼を中ほどから千切られ、そのまま火を噴きながら海面に落下した。
その際、胴体内の燃料が引火して、水飛沫と共に猛烈な火炎が吹き上がった。
しかし、別の機はコルトムの前や後ろ通り過ぎて、ヴェルンシアに接近していく。
1機のアベンジャーが、コルトムからの追い撃ちを受けて撃墜されるが、残りは超低空でヴェルンシアに向かってきた。
ヴェルンシアは迎撃するのだが、既に先の直撃弾で、少なからぬ魔道銃や対空砲が破壊されたため、アベンジャーに向けて放たれた対空火器は驚くほど少なかった。

「面舵だ!面舵一杯!」

艦長は、声を上ずらせながら指示を飛ばす。幸いにも、ヴェルンシアはアベンジャーが射点に付くよりも早く、回頭を始めることが出来た。
艦長は、先ほどと同じように、対向面積の少ない艦尾を向けて魚雷をやり過ごそうと考えていた。
(果たして、魚雷を避けられることが出来るか。それとも・・・・・)
トルーフラの脳裏に、15分前に起きた出来事が蘇る。
ヴェルンシアの左舷を航行していた僚艦マウニソラは、必死の操艦にも関わらず、アメリカ軍機から投下された魚雷を食らってしまった。
魚雷は4発が命中し、うち1発は艦尾に命中していた。トルーフラは、マウニソラの艦尾に付き立った真っ白な水柱をはっきりと目にしていた。

マウニソラはその後、右舷側前部に2本、後部に1本を受け、陣形から脱落した。
マウニソラと同様の運命を辿るか・・・・それとも、魚雷を回避して、この地獄の戦場から生き残るか。
しかし、現実は酷く、残酷であった。
ヴェルンシアは、確かに回頭を始めていた。だが、この時、ヴェルンシアの速力は11リンル(22ノット)しか出せていなかった。
そのため、艦はのろい動作でしか回頭を行うしかなかった。

「敵機、更に接近!あ、魚雷を落とした!」

見張りの口調が唐突に変わる。14機のアベンジャーは、ヴェルンシアから400グレルの位置まで近付くや、順繰りに魚雷を落とした。
14本の魚雷が、扇状に広がっていく。ヴェルンシアが回頭しているためか、14本の雷跡のうち、早くも半数が衝突コースから外れる。
だが、残る半数がヴェルンシアに向けて進みつつあった。

「魚雷接近!距離200グレル!」

トルーフラは、近寄ってくる魚雷を凝視していた。
(俺は、今度こそは、アメリカ機動部隊を打ちのめしてやると思っていた。今日の朝までは、敵に打ち勝てると思っていた。)
彼は、胸中でそう呟いた。
マオンド側は、前回の海戦と違って、航空戦力ではアメリカ機動部隊と互角の勢力を保てた。
やや劣勢であった前回でさえ、優勢な敵機動部隊相手に奮戦出来たのだから、今回こそは勝利できるであろうと、トルーフラは思っていた。
だが、現実は今、違った物になろうとしている。
雷跡が、あと50グレルの位置まで接近してきた。ヴェルンシアが回頭しているため、敵の魚雷は左舷側の斜め後方から追い掛けている形になっている。
この時、更に1本の雷跡が衝突コースから外れた。残る6本は、無情にもヴェルンシアの左舷側に迫りつつある。
敵の魚雷が、更に30グレルの位置まで迫る。

「敵魚雷、更に接近!」

見張りの声が、これまでないほどに上ずっていた。トルーフラはふと、ヴェルンシア艦長に視線を向けた。
艦長の顔には焦燥の色が滲んでおり、双眸は艦首側を睨み付けている。

曲がれ!もっと早く曲がれ!!と、艦長は心中で叫んでいるのだろう。
その時はやって来た。
唐突に、ガンという何かが当たる振動が伝わった、かと思うと、突き上げるような強い振動がヴェルンシアを揺さぶった。
衝撃は一度だけではない.2度目、3度目と、立て続けに起こる。振動はそれだけに収まらない。
4度目、振動が新たに伝わり、ヴェルンシアの艦体は一瞬ながら、文字通り、海面から飛び上がっていた。

「うおおおおぉ!」

トルーフラは、その猛烈な振動に足を取られ、床に転ばされた。床に転倒した際、彼は右肩倒れた。その瞬間、猛烈な痛みが肩から伝わった。

「う・・・ぐ!」

激痛に顔を歪めるが、彼の体を案じる者は、現時点で誰も居なかった。
何故なら、幕僚や艦橋要員の全てが、トルーフラ同様、床に転倒するか、壁に叩き付けられ、痛みに悶えていたからだ。
トルーフラは、右肩の痛みに耐えながらも、艦のスピードが衰えていくのが分かった。
それと同時に、艦は左舷側に傾斜を始めていた。
この時、ヴェルンシアは6本の魚雷を受けていた。
まず1本目は、ヴェルンシアの左舷側中央部に突き刺さった。
魚雷はバルジを突き破って防水区画で炸裂した。
続いて2本目が、先の命中箇所より30メートル離れた後ろ側に命中し、これもまた防水区画で爆発し、隔壁の一部を破壊して艦内に爆風を流れ込ませた。
もし、この被雷数がこの2本だけに終わっていれば、ヴェルンシアは大破止まりの損害で済んだであろう。
しかし、3本目と5本目の魚雷が、ヴェルンシアの船としての生命を奪い去った。
3本目は、ヴェルンシアが速力を落としたせいで、命中箇所が本来の位置よりも前側になり、バルジの施されていない左舷側前部に深々と食い込んだ。
魚雷は、通常よりも薄い防御区画をあっさりと貫通して第5甲板前部兵員室に達し、そこで爆発した。
爆発の瞬間、紅蓮の炎が艦内を席巻し、たまたまそこから被害箇所に向かおうとしていた、12名の応急班を瞬時に焼死させた。
爆炎がひとしきり艦内の一部を焼き払うと、今度は大量の海水が雪崩れ込んできた。
炭化した無残な焼死体は、海水の奔流によって綺麗さっぱり流された。
次いで、4本目が艦尾に命中したが、この魚雷は信管が作動せず、そのまま弾頭部を強かに打ち付けた後、そのまま海中に沈んでいった。

突っ込んできた魚雷が不発魚雷という幸運に恵まれたのも束の間、5本目が、ヴェルンシア突き刺さった。
この被雷が、ヴェルンシアにとって命取りとなった。魚雷は、ヴェルンシアの後部に命中すると、そのままの勢いでバルジと防水区画をぶち抜き、
更には隔壁を貫いて、第2魔導機関室の壁に弾頭部を覗かせた。
席に座って、魔力計を眺めたり、機器の点検をしていた魔導士達は、いきなり現れた魚雷の弾頭部に釘付けとなった。
ある魔導士が逃げろと言った瞬間、魚雷は弾頭部の信管を作動させ、300キロ以上の炸薬がそのエネルギーを解き放った。
爆発は一瞬にして魔動機関室を覆い尽くし、魔導士達は即死し、魔法石は瞬時に砕け散った。
先の急降下爆撃で、第1魔動機関室に損傷を受けていたヴェルンシアは、魚雷が第2魔動機関室を完全破壊したことでその動力の大半を一気に失い、
それまで勢いよく回転を続けていた4基の推進器は、急激に動きを緩めた。
6本目の魚雷は、容赦なく左舷側後部に突き刺さったが、魚雷の信管は何故か作動しなかった。
しかし、ヴェルンシアの命運は、既に決まったも同然であった。
4本の魚雷を受けたヴェルンシアは、被雷箇所から大量の海水を呑み込み続け、艦の傾斜は分を追うごとに深くなるばかりであった。


10分後。
ヴェルンシアの傾斜は、かなり急な物になっていた。

「くそ・・・・・もはや、これまでか。」

艦長は、絶望に顔を染めながらそう呟いた。今や、艦橋に立っている物は、何かに捕まっていなければそのまま転倒しそうなほど、艦は深く傾斜していた。

「司令官、残念ですが、ヴェルンシアはもはや・・・・・・ここはひとまず、退艦してください。」

トルーフラは、艦長から退艦するように進められたが、彼は艦長の言葉が嘘であると思いたかった。

「し、司令官。第2群から緊急信です。」

後ろから、魔動参謀が声をかけてきた。

「第2群のニグニンシとルグルスミルクィも敵機の猛攻を受けて火災を発生、目下消火作業中との事ですが・・・・・・」

魔動参謀は、言葉の途中で口をつぐんだ。

「どうした、最後まで言いたまえ。」

トルーフラは、厳しい口調で発言を促す。

「黙っていても、事実は覆らない。」
「・・・・ハッ。両艦とも、爆弾、魚雷を受けておりますので、損害が酷く、特にニグニンシは弾薬庫の誘爆のため、生還の見込みは薄いようです。」
「・・・・・そうか。」

トルーフラは、ため息を吐いた後、そう言った。
第1機動艦隊は、全ての正規竜母に沈没確実の被害を負わされた。前半はあれほど押したにも関わらず、後半はあっさりと、敵機動部隊に叩きのめされたのだ。
トルーフラは絶望するどころか、むしろ呆れていた。
(やはり、魚雷という武器は便利なもんだな)
彼は、胸中でそう呟くと、魔動参謀に振り返った。

「第2艦隊に通信を送れ。航空戦終了せり。後は頼んだ、と。」


午後6時20分 モンメロ沖南西90マイル地点

第7艦隊旗艦である重巡洋艦オレゴンシティの作戦室は、久方ぶりに沸き返っていた。

「攻撃隊の戦果は、敵正規竜母3隻、小型竜母1隻、駆逐艦3隻撃沈確実。小型竜母1隻、巡洋艦1隻、
駆逐艦5隻大中破、ワイバーン31騎撃墜となっております。」

参謀長のバイター少将が、誇らしげな口調で第7艦隊司令長官であるフィッチ大将に報告した。

「こちらの損害は、駆逐艦2隻沈没、空母1隻、駆逐艦2隻大破、空母2隻、駆逐艦2隻中破・・・・か。今回の機動部隊決戦で、
TF72はほぼ完勝に近い戦果を上げたな。」

フィッチは、バイター少将ほどではないが、それでも口元をやや緩ませながら、皆に言った。

「今回の海戦では、前半こそ押され通しでありましたが、後半は見事に、敵を討ち取ることが出来ましたな。これで、我が第7艦隊の
念願であった、マオンド機動部隊の撃滅はほぼ果たされたと言って良いでしょう。」

バイター少将は、嬉しげな表情を浮かべながら言う。
その一方で、航空参謀であるマクラスキー中佐は、浮かぬ表情を滲ませていた。

「それにしても、航空機の損害が多すぎます。」

マクラスキーの口調は、バイターと比べると、どこか憂鬱そうだ。実際、マクラスキーはやや憂鬱であった。

「前半戦で、マオンド側は執拗にファイターズスイープを仕掛けてきました。それによる損害も勿論ですが、敵機動部隊攻撃に向かった
艦載機にも、未帰還機が予想以上に多く出ています。」

TF72は、敵空中騎士軍との戦闘で戦闘機120機を失い、続く敵機動部隊から発進した戦闘ワイバーンとの空戦で18機を撃墜された。
更に、敵機動部隊に向かった攻撃隊は、敵ワイバーンの迎撃と敵艦の激しい対空砲火を浴び、最終的には73機が未帰還となった。
このうち、第2群を攻撃したレンジャー隊とロング・アイランド隊の損害が大きく、敵がいかに死に物狂いで戦ったかを如実に表していた。
現在判明している喪失機数だけを合わせれば、総計で211機を失った事になる。
今後出て来る使用不能機も含めれば、その数は更に増大する事になり、航空機の損害は前回と同等か、それ以上になる可能性がある。

「敵さんも、それだけ必死であったという事なのだろう。戦争とは、相手がいるからな。とはいえ、TF72は空母の損失は1隻も無く、
使える母艦の数はまだ多い。それに、艦載機も400機以上を保有している。壊滅した敵機動部隊に比べて、TF72はまだまだ戦える
状態にある。特に、空母の損失をゼロに抑えた事は、手放しで喜んでも良いと、私は思う。」

フィッチの言葉に、幕僚達は誰もが頷いていた。

「長官。ひとまず、敵機動部隊は叩きました。次は、敵の戦艦部隊が相手ですな。」

作戦参謀のコナン・ウェリントン中佐が言う。

「敵の戦艦部隊は、依然として北進を続けているようです。このままで行くと、長くても深夜1時までには、我が機動部隊を
砲戦距離に捉えるでしょう。」
「敵の戦艦部隊は、急行してきたTG73.5が当たることになっている。応援の巡洋艦は我が機動部隊から出すようだな。」
「はい。TG72.2から重巡ウィチタ、セント・ルイス。TG72.3からロチェスター、リトルロック、マンチェスターが出る予定です。」
「敵の戦艦部隊との戦いに話が行っているようですが、敵機動部隊も4隻の新鋭戦艦を保有しています。」

バイター少将が横から入ってきた。

「敵機動部隊の護衛に付いていた新鋭戦艦は、約28から30ノットほどの速力で航行していたと、攻撃隊の搭乗員から報告が上がっています。
敵は竜母全てを撃沈破させられた以上、何が何でも戦果を上げようと必死になるはずです。現に、彼らはここで我々や輸送船団に大損害を与えな
ければヘルベスタン領どころか、レーフェイル大陸の覇権すらも失いかねません。その事を考えれば、敵の新鋭戦艦も、他の護衛艦共々、
輸送船団目掛けて突入する可能性があります。」
「その時は、残った戦力を全てつぎ込む。このオレゴンシティを使っても構わん。」

フィッチ大将は、躊躇う事なく言った。

「敵は確かに、高速力を発揮できる新鋭戦艦を揃えているが、我が第7艦隊もそれに負けぬ物を揃えている。もし、彼らが最後の行動に
出るのならば、その時は、我が新鋭戦艦の有する17インチ砲の威力を思い知らせてやるまでだ。」
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