自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

199 第154話 インリクの嘆き

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第154話 インリクの嘆き

1484年(1944年)6月30日 午前10時 マオンド共和国クリンジェ

マオンド共和国首相ジュー・カングは、宮殿内にある便所でちょうど用足しを終え、水面台で顔を洗っていた。
水は、鏡の後ろ側にある貯水槽に入っており、そこから水道管が繋がって洗面台の蛇口に繋がっている。
定期的に係りの者がやってきたは、その都度水を補充している。
蛇口を捻って、水を止め、懐から持っていた布を取り出して、顔を拭く。
ふと、鏡に移る自分の顔が目に入った。
(・・・・ひどい顔つきだ)
カングは、自分の顔の事を、まるで人事のようにそう印象づけた。
元々、太り気味で、口元に立派な髭を生やしていたカングであるが、ここ最近は丸まっていた頬もすっかりそげ落ち、皺が増えていた。
傍目から見れば、病院から抜け出してきた入院患者を思わせるような顔つきである。
カングはため息を吐きつつも、顔の水気を取って、布を再び懐に収めた。

「さて、これからいつも通りの会議だ。」

カングは気合いを入れるかのように言い放つと、手元に置いてあった書類入りの紙袋を携えて、国王の待つ会議室に向かった。
1分ほど歩くと、会議室の扉の前に辿り着いた。インリクは軽く咳払いをしてから、扉を開いた。
扉が開かれると、会議室の大きな窓が目に入った。窓の外に移る空は、ここ数日の雨の影響で、薄暗い雲が垂れ込めていた。

「おはようございます。」

カングは明朗な声音で、既に着席している参加者や、玉座のブイーレ・インリク国王に挨拶を行った。
会議の参加者達は、何気ない顔つきで振り向くと、軽く頭を下げた。

「おはようジュー。」

インリク国王は親しげな口ぶりでカングに返した。
カングは恭しく頭を下げた後、玉座のすぐ右隣にある首相専用の椅子に腰掛けた。
それから10分間の間に、海軍総司令官と陸軍総司令官が集まり、ようやく会議が開かれた。

「おはよう諸君。これより、定例の会議を執り行う。」

インリク国王が、ややドスの利いた低い声音で、参加者達に言う。カングは一瞬だけ、インリクの横顔に視線を移す。
インリクの表情はいつもと変わらぬ平静そうな物であったが、カングはこの表情に陰りがある事に気付いた。
(内心では、会議は聞きたくないと思っておられるだろうな。)
カングは、インリクの心境が分っていた。

「最初に、カング首相から話しがあるそうだ。ジュー、話したまえ。」

インリクはカングを促した。小さく頷いたカングは席から立ち上がった。

「1週間前の定例会議で提案された増税の件でありますが、昨日、議会での協議の結果、増税を行う事が正式に
認められました。これによって、共和国の税収は、通常よりも3割ほど上乗せされる事となります。」

カング首相の言葉を聞いた参加者達は、それぞれが別々な表情を表していた。
ある者は、微かながらも喜びに顔を緩ませる。
ある者は、本当にそれで良かったのかと言いたげに、首をかしげる。
別の者は、よく見ないと分らないが、増税はやるべきではなかったと顔を暗くさせる。
そんな参加者達の反応を余所に、カングは続ける。

「共和国の国民には、少しばかり苦しい負担を強いる事になりますが、戦争に勝利するためには、やむを得ぬ事です。
ここの所は、皆様方にもご理解を願いします。」

参加者達からは何ら質問も無かった。

カングの短い発表は終わり、彼は椅子に腰を下ろした。

「では、これより各部門の報告を聞こう。商工大臣。」

カングの言葉を受けた商工大臣が、ゆっくりと立ち上がった。

「陛下。先週に申しました、アメリカ軍の爆撃による商業関係の被害調査でありますが、今週、暫定的ですが結果が出ました。」

商工大臣はポケットから折り畳んだ紙を取り出し、それを読み始めた。

「6月始めから始まった敵爆撃機の攻撃は、本土北西部に甚大な損害をもたらしております。特に輸送船が壊滅した事で、
北西部のみならず、西海岸沿岸の海上輸送路は壊滅的打撃を被っており、6月の船舶輸送量は5月時と比べて7割減となっています。
また、陸上輸送路でも、爆撃機から投下された爆弾で被害を受ける輸送隊が出始めており、一部の地域では爆撃を恐れた輸送隊が
輸送作業を一時取り止めたため、荷の受け取り先であった村や町では物資が不足するという事態に至りました。」

B-29の戦略爆撃は、主に魔法石精錬工場や軍事施設、鉄鉱石鉱山といった重要拠点に限られていたが、高度8000、
または10000メートル以上からの高々度爆撃では外れ弾も少なからず出た。
その外れ弾が、運悪く、爆撃地点の近隣にある町や街道等にも着弾しており、少数ながら、住民にも死傷者が出ていた。
この被害の中に、輸送隊も度々含まれていた。

「今は、輸送隊員達を説得したり、迂回ルートを設定することで何とか解決しています。陸上輸送路は、今の所は安泰です。
しかし、西海岸の海上輸送路に関しては、輸送船団が壊滅した上、制海権をアメリカ軍に握られている現状では、
機能不全の状態が続くかと思われます。」

カングは商工大臣から、海軍総司令官であるトレスバグト元帥に視線を向ける。
トレスバグト元帥は耳の痛い事を聞いたと思っているのか、渋い表情を浮かべている。
それから1、2分ほど、商工大臣は報告し、それから席に座った。

商工大臣に続いて、軍需大臣が席を立った。

「先月下旬より、アメリカ軍の爆撃機、スーパーフォートレスによる要地爆撃が続いておりますが、我々軍需省は、今後の
魔法石生産量がどれぐらいになるか計算いたしました。計算の結果、魔法石の生産量は、5月期よりも2割ほど落ちる事が
分りました。」
「2割だと?そんなに落ちてしまうのか?」

陸軍総司令官のガンサル元帥が軍需大臣に食い付いた。

「はい。本土北西部には、トハスタを始めとする地域に多数の魔法石精錬工場、並びに魔法石鉱山があります。アメリカ軍は、
この工場群、並びに鉱山を第1の攻撃目標としており、北西部の魔法石生産施設、鉱山は実に18回も爆撃を受けております。
この結果、工場の著しい損壊や、爆撃による鉱山の閉鎖によって北西部の魔法石生産量は、著しい低下を見せました。皆様方も
周知だと思われますが、被占領地を覗いて、共和国内では北西部全体で魔法石生産の3割以上を賄っています。魔法石がなければ、
魔動銃は使えず、艦船は動かない。それに、他の部門にも影響が及びます。アメリカ軍はそれを見越して、北西部の魔法石関連
施設を執拗に狙っているのでしょう。」

軍需大臣は淡々とした口調で説明を続けた。
B-29によって爆撃を受けているのは、魔法石関連施設だけではない。
6月18日には30機のB-29が港湾施設を爆撃し、流れ弾が市街地に落下して、あわや町全体も巻き込む大火事に発展しかけた。
幸いにも現地消防隊の迅速な処置によって大事には至らなかった。
21日には国境の町、リッドンボル近郊のワイバーン養成施設と鉄鉱石鉱山が78機のB-29に襲われ、ワイバーン養成施設と
鉄鉱石鉱山は、瞬く間に壊滅した。
25日にはジクス近郊の田園地帯と兵器製造廠が100機のB-29に狙われ、田園地帯は約4割を目茶苦茶に耕され、兵器製造廠は
壊滅的打撃を被った。
モンメロ沖海戦集結直後の28日にはスメルヌ沿岸にある造船所が64機のB-29に狙われ、造船所は壊滅。
一部の爆弾は市街地に落下し、死者12名、負傷者102名を出す惨事となった。
この間、マオンド軍のワイバーン隊は幾度となく出撃したが、彼らはB-29を1機も撃墜していない。

何故なら、B-29は常に高度8000メートルから10000メートル上空を飛んでいるためだ。
上昇限度が8000にすら及ばぬワイバーンに、B-29の迎撃は無理であった。

「ますます悪くなっているな。今は、敵がスィンク諸島からしか発進できぬから良い物の、ヘルベスタン領に基地を構えれば、
それこそ大事であるな。」

インリクは陰鬱そうな口ぶりで軍需省に言った。
それから各部門の大臣達が報告を行った。
インリクが喜びそうな報告は、全くと言っていいほど無かった。
最後の大臣が報告を終えた頃には、インリクの表情は明らかに曇っていた。

「最後に軍事部門からの報告であるが、まず、ガンサル元帥からお願いしたい。」

インリクに呼ばれたガンサルが席を立つ。

「ヘルベスタン方面の戦況ですが、昨日、アメリカ軍はヘルベスタン領を縦断いたしましした。」

ガンサル元帥の言葉を聞いた(トレスバグトとインリク、カングを除く)参加者達は驚きの声を上げる。
その中には、仰天したような顔つきを表す者も居た。

「目下、ヘルベスタン派遣部隊主力、40万がアメリカ軍に包囲されています。派遣部隊主力は包囲網を突破するため、
昨日、大規模な攻勢作戦を行いましたが、あえなく撃退されてしまいました。これによって、戦況は・・・・最悪の事態に
至った事になります。」

会議室に重苦しい沈黙が漂った。
誰かが何かを言おうと口を開くが、苦い空気の前に躊躇う。

「海軍は、この件に関して、何か支援行動を起こすことは考えておりますか?」

商工大臣が尋ねた。しかし、トレスバグト元帥は首を横に振った。

「起こそうにも、それに必要な船がありません。4日前の大海戦で、我が共和国海軍は大型艦の大半を喪失いたしました。」
「そ・・・・・そん・・・・な。」

商工大臣は顔が真っ青になった。彼だけではない。軍需大臣や外務大臣を始めとする閣僚も、驚きの余り目を見開いていた。
彼らには、海軍がモンメロ沖で惨敗した事は伏せられていた。
彼らは、トレスバグトから聞き出すまで、あの勇壮な竜母部隊や戦艦部隊が健在であると思い込んでいた。

「主力竜母、並びに戦艦は、アメリカ軍によって全てが撃沈されました。残っている主力艦は、大破した小型竜母ミカルと
数隻の巡洋艦、そして駆逐艦だけです。」
「・・・・・なんたる事だ。」

誰かが絶望したような声音で呟いた。

「であるが故に、もはや、まともな作戦が立てようがありません。」
「陸軍も、今度の戦いでは多くの犠牲が出ました。特にワイバーン隊の損耗は、ここ2ヶ月で実に700騎近くにも上って
おり、現地空中騎士軍はほぼ壊滅と言っても良い状態です。」

ガンサル元帥が付け加えるように言う。

「それでは・・・・ヘルベスタンの軍はどうなるのです?」
「・・・・・」

ガンサル元帥は、そのまま押し黙ってしまった。
そして、またもや、重苦しい沈黙が流れた。

「陸軍もだめ・・・・海軍もだめ・・・・・」

沈黙を破ったのは、インリクの嘆くような呟きであった。

「このままでは、包囲部隊は破滅を迎えるであろうな。」
「!!!!」

参加者達は再び仰天した。

「陛下・・・・まだ手はあるはずでは?」

商工大臣が、恐る恐る聞いた。それに、インリクは目を剥き、

「あればやっておるわ!!!」

雷もかくやと思えるような怒声を上げた。

それから10分後に、会議はお開きとなった。
会議の参加者達は、終了までにインリクの罵声を浴びせられ続けたため、皆が表情を強張らせながら退出していった。
カングは、参加者の中では最後に会議室を出る予定であった。
海軍総司令官のトレスバグト元帥が、顔を赤くしながら退室したとき、インリクは内心で、ようやく解放されると呟きながら席を立った。

「ジュー。」

歩きかけたとき、インリクに呼び止められた。カングはすぐ左脇にいるインリクに顔を向けた。
インリクの表情は、すっかり憔悴しきっていた。

「ヘルベスタン領の軍は、結局、救えなかったなぁ。」

「陛下。そこの所は、あまりお気になさらないで下さい。」

カングはインリクに対して、諫めるような口ぶりで言った。

「ヘルベスタン領は、悲惨な事になってしまいましたが、我々にはまた次があります。残った兵力を結集すれば、
アメリカ軍にもある程度、対抗出来ます。」
「対抗出来る・・・・か。前にも同じ言葉を聞いたような気がするな。」

インリクは苦笑したが、カングは心中でまずいと思った。
しかし、インリクはカングの心境などお構いなしに言葉を続ける。

「兵力を結集すれば、その分属国の防備が薄くなる。そうなれば、属国の愚民共は好機とばかりに蜂起し、
我がマオンドの下から離れようとするであろう。それもこれも、アメリカのせいだ!」

インリクは、最後は憤りを露わにした口調で言い放った。

「陛下・・・・」
「だがなインリク。まだ手段は残っている。」
「手段?」

カングは怪訝な表情を浮かべた。

「それは何でしょうか?」
「今はまだ無いが、あと3ヶ月以内には、その手段を使える。まぁ、それが何であるかは、後のお楽しみだ。」

インリクは自信ありげに言った。

「はぁ・・・・」
「とはいえ、我が軍が、こうまでしてもやられるとは思っても見なかった。正直、私は軍が情けないと思う。
全滅するにしても、せめて、敵戦艦か空母の半数を撃沈すれば、まだ気休め程度にはなるのだが。」

その後、10分間に渡って、カングはインリクの嘆きを聞かされることとなった。

1484年(1944年)7月2日 午後7時20分 ヘルベスタン領モンメロ

第7艦隊司令長官であるオーブリー・フィッチ大将は、大西洋艦隊司令長官であるジョン・ニュートン大将を長官公室に招いていた。

「狭い所だが、寛いでくれ。」

フィッチは微笑を浮かべながらニュートンに入るように促した。

「構わんさ。それでは、失礼させてもらうよ。」

ニュートンもまた、通常通りの口調でフィッチに返しながら、質素な長官公室に足を踏み入れた。

「今、従兵に紅茶を持ってこさせるよ。レモンは付けるかね?」
「ああ、入れてくれ。」

ニュートンはフィッチの勧めに応じた。
フィッチはドアの外の従兵に指示を出してから、ニュートンの座っているソファーの反対側に腰を下ろした。
ニュートン大将は、7月1日に、修理の成った正規空母ベニントンに座乗してモンメロにやって来た。
今日の早朝に、レーフェイル派遣軍総司令官であるダグラス・マッカーサーとアルトルート・ソルトと会談を行った。
午後にはモンメロ周辺の村落や軍の施設、飛行場を視察し、6時30分には今日のスケジュールを終えた。
ニュートンは仕事が終わるや、その足で旗艦オレゴンシティに居る昔馴染みを訪ねに向かったのである。

「どうだね?調子のほうは。」
「まっ、なんとか上手くやっている。」

フィッチはさりげない口調で言った。

「正直、最初はこんな大規模艦隊の司令長官など務まるのかと思ったが、今ではすっかり慣れたな。」

「今度の海戦では、かなり危ない場面もあったな。」
「あの時はマオンド軍にしてやられたと思ったよ。でも、最後は護衛戦隊やPT部隊が奮闘してくれたお陰で、
大事には至らなかった。あの時は、心の底から助かったと思ったよ。」
「報告書を見たとき、俺もそう思ったよ。まさに、危機一髪だったな。」

ニュートンは頷きながら言った。そこに従兵が入ってきて、2人に紅茶を渡した。
2人は紅茶を一口啜ってから話を続けた。

「今回の海戦で、各部隊はよく奮闘してくれた。敵機動部隊は壊滅し、戦艦を主力とする艦隊も大半が沈むか、
酷い手傷を負った。俺達7艦隊司令部は、マオンド海軍は今回の海戦で、継戦能力をほぼ喪失したと判断している。」
「大西洋艦隊司令部でも同様だよ。モンメロ沖海戦の勝利は、28日に本土で伝えられたが、ニューヨークではこの大勝利の報に、
戦争そのものが勝ったとばかりに沸き返っていたようだ。」
「確か、ラジオが史上最良の海軍記念日だと報じていたな。」
「それも、声高にね。」

ニュートンは苦笑した。

「とはいえ、戦争はまだ終わらんよ。大勝利を得たのは確かだが、戦闘不能に陥ったのは海軍だけで、敵の陸軍は未だに健在だ。
現に、包囲下にあるヘルベスタン西部では、昨日も敵の大規模な攻撃があったと聞いている。マオンド海軍はまだしも、
マオンド陸軍がまだ元気一杯な内は、気は抜けんよ。」
「同感だ。この世界は魔法が普通に使えるから、魔法を元にしたとんでもない兵器が出て来る事もあり得るからな。私も、
勝利に浮かれる部下達に勝って兜の緒を締めよ、と伝えたばかりだよ。」
「ふむ、良い心がけだ。それにしても、PT戦隊の活躍ぶりは凄かったな。」

ニュートンは脳裏に、洋上を高速で疾駆する魚雷艇を思い浮かべながらフィッチに言った。

「事前に戦力を漸減されていたとはいえ、最後は魚雷の飽和攻撃で、敵戦艦部隊を見事撃滅したからな。7艦隊司令部幕僚にも、
魚雷艇隊の活躍に感心する奴は多く居たぞ。」

「PTボートは、今まで後方でしか使われなかったからな。口の悪い連中には、PTボートの乗員を遊覧船乗りとか、穀潰し
とか抜かす馬鹿がいたようだが、今回の海戦でそんな馬鹿げた言葉を、見事に吹き飛ばしてしまった。PTボートの活躍ぶりは、
早速、南大陸にも伝わっているようだ。カレアント公国のネコ王女などは、早くもPTボートを30隻ほどほしいと、お目付役の
カラマンボ元帥にしつこく言いまくっていたようだ。」
「ハハハ、流石はレミナ女王だ。南大陸首脳の中では一番熱い御仁だからな。」

フィッチは愉快そうに笑った。ニュートンも釣られて笑みをこぼす。
カレアント公国のレミナ王女が、PTボートの件で騒ぎ出したのは6月30日の事である。
その日、エスピリットゥ・サントへ視察に訪れていたレミナ女王は、久方ぶりに出会った親友(エリラ・ファルマントであるが、
久方ぶりの再会のあと、無理矢理連れ回された)と格闘の手合わせをしている際に、モンメロ沖海戦でのPT戦隊の活躍ぶりを聞かされた。
その話を聞いたレミナは、早速カラマンボ元帥にPTボートの購入を行いたいと話した。
この時のやりとりは、多くの米軍将兵が居る前で行われた。
その際の、レミナとカラマンボの掛け合い漫才のようなやりとりが米軍将兵に大ウケし、話は米軍中に広まったのである。

「今はまだ、PTボートの供与は出来ないとカレアント側に伝えたようだが、俺としては、もしPTボートを供与したら、
例のネコ女王が前のグレイハウンドを壊したみたいに、PTボートを実戦使用する前から潰してしまわんかと、心配に思うよ。」
「絶対にやってしまうだろうなぁ。」

ニュートンとフィッチはそう言った後、互いに笑い合った。

「所で、先の海戦では大分損傷艦が出てしまったな。」
「ああ。」

フィッチは頷く。

「主力戦艦の殆どはドック送り。使えるのはアラスカ級巡戦のコンスティチューションぐらいだ。巡洋艦も1隻が沈み、
8隻が本国送還だ。機動部隊にはこのオレゴンシティも含めて、巡洋艦が4隻しかない。駆逐艦の数は充分だが、
それだけでは不十分だ。せめて、巡洋艦はあと2、3杯欲しい所だな。」

「ウィスコンシンとミズーリは軽い損害で済んでいるから、遅くても今月下旬までには修理が完了する。とはいえ、
君の言うとおり、機動部隊の対空火力は充分とは言い難いな。」

モンメロ沖海戦では、数字の上では第7艦隊の圧勝であったが、マオンド側も力の限り奮戦し、主力戦艦の殆どと、
巡洋艦の大半を撃沈、又は撃破されている。
特にフィッチが憂いているのは、巡洋艦の不足であり、可動できる巡洋艦は、旗艦であるオレゴンシティ、フレモント、
セント・ルイス、ダラスのみである。
この中で、重巡はオレゴンシティのみで、残りは全て軽巡である。
この4艦は、いずれも充分な対空火器を搭載しているが、正規空母、軽空母、合わせて6、7隻を護衛するには明らかに少なすぎる。
ちなみに、第7艦隊の機動部隊は、モンメロ沖海戦前には3個空母群が存在していたが、正規空母2隻、軽空母1隻がドック入り
したため、2個任務群に減じている。
TG72.1は、正規空母イラストリアス、ゲティスバーグ、軽空母ノーフォークを主力に、巡洋戦艦コンスティチューション、
重巡洋艦オレゴンシティ、軽巡洋艦セント・ルイス、駆逐艦21隻で成っている。
TG.72.2は、正規空母エンタープライズ、レンジャーⅡ、軽空母ロング・アイランドⅡを主力に、軽巡洋艦ダラス、
フレモント、駆逐艦19隻で構成されている。
編成表から見て、空母と駆逐艦の数は、まだ充分と言えるが、その反面、戦艦と巡洋艦の数がごっそりと減っており、傍目から
見れば薄ら寒さすら感じさせる程だ。

「だが、そこに君が乗ってきたベニントンとハーミズが加わる。巡洋艦は確かに少ないが、今は空母の数が増えた事で、満足するべきだろうな。」

フィッチは苦笑しながら言った。空母数が増えれば、その分、艦隊上空を守る戦闘機も増える。
現状で機動部隊の脅威と言えるのは、未だに戦力を残しているワイバーン基地の航空隊のみだ。
つい最近から、マオンド側はヘルベスタン方面から、航空兵力を引き上げつつある。
この引き揚げ部隊の中には、訓練中と思しきワイバーンも多数見受けられており、それを最初に発見したのは、行方不明となった
潜水艦パンパニートの捜索に当たっていた、護衛空母ガムビア・ベイ搭載のワイルドキャット隊である。
このワイルドキャット隊は、不運にも敵ワイバーン隊を逃してしまったが、護衛空母のみならず、TF72の偵察機からも、
同様のワイバーン隊の移動を複数回確認している。

「まっ、そうなるな。だがなフィッチ。俺は今、君に残念な事を伝えなければならない。」
「残念だと?」
「ああ。君は使える空母が8隻になったと思っているようだが、それは間違いだ。」
「まさか・・・・エンタープライズを返すのか?」
「そうだよ。」

ニュートンは、やや苦笑を浮かべながらフィッチに言った。
「キング作戦部長がな、出港前にこう言ってきたんだ。ビッグEのレンタル期間は終わった、とね。」
「はぁ・・・・レンタル期間終了ねぇ。確かに、エンタープライズはベニントンらが復帰するまでという条件付きで、
大西洋艦隊に貸し出されたが、俺としてはこのまま、7艦隊で使いたかったんだ。」

空母エンタープライズは、モンメロ沖海戦では合衆国海軍屈指の精鋭空母に相応しい奮闘ぶりを見せた。
あの大海戦の勝利に少なからぬ貢献をしたビッグEに対し、フィッチは連れてきて良かったと思っている。

「何でも、太平洋方面にいるブルが、そろそろヨークタウン級3姉妹が揃っている所を見たいと抜かしやがったのが原因だそうだ。」
「全く、ハルゼーのごうつくばりめ。」

フィッチはやや複雑な表情を浮かべた。

「太平洋方面には、TF38、37合わせて、正規空母11隻、軽空母9隻も居るんだぞ。それだけあれば、もう充分だろうに。」
「だが、相手はマオンドとはひと味もふた味も違うシホールアンル帝国だ。奴らの厄介さはマオンドを上回る。それに、太平洋では
近々、壮大なイベントが行われるからな。それに備えるために、空母が欲しいのだろう。後方に下がったボクサーも取り上げられたからな。」
「ふぅ・・・・まっ、キング作戦部長が言うなら仕方があるまい。エンタープライズは返すとしよう。」

フィッチはそう言ってから、渇いた喉を潤すために紅茶を啜った。

フィッチら第7艦隊司令部は、この一連の報告からして、マオンド側が航空戦力の温存に動き出したのではないかと考えている。
マオンド側が航空戦力の温存、強化を図っているのなら、俄然、機動部隊の航空戦力も強化しなければならない。
そんな状況下でのゲティスバーグとハーミズの現場復帰は、第7艦隊司令部にとって、喜ばしい物であった。

「しかし、主力艦の喪失は1隻だけに留まったが、その喪失艦がカンバーランドとは。」
「カンバーランドだけじゃない。駆逐艦も2隻沈められている。あの海戦では、元TF26のメンバーが一気に3隻も減ったよ。」
「サマービル司令官は失望していなかったか?」

ニュートンは心配そうな口調でフィッチに訪ねた。

「してたよ。あの3隻は、欧州戦線以来の歴戦艦だったからね。しかし、サマービル司令官はそれほど失望していなかった。
確かに、艦を失ったのはショックだったようだが、人員の損耗は思いのほか少なかった。」

海戦当時、巡洋艦カンバーランドには980名、駆逐艦ヴァンパイアとセイバーにはそれぞれ250名の乗員が乗り組んでいた。
そのうち、カンバーランドでは戦死者28名。ヴァンパイアでは戦死者18名。セイバーでは20名と、思いのほか犠牲が少なかった。
残りの乗員は海戦後に全員救出され、アメリカ本土に送還されている。
サマービルは、最初こそはショックを受けた物の、犠牲者の数が少ない事で気を取り直した。

「艦もそうだが、それ以上に、経験を積んだ乗員は貴重だからな。サマービル司令官も、乗員の大半が助かったことで、ショックを
ある程度和らげる事が出来たんだろう。」
「助かった乗員は、新鋭艦に使い回す事も出来るからな。」

ニュートンはそう言ってから、やや安堵した。

「俺としては、サマービル司令官がかなりショックを受けているのではないかと心配していたが、君の話を聞いて安心したよ。」
「サマービルさんも、実戦を潜り抜けてきた猛者だからな。」

フィッチは当然とばかりに、ニュートンに言った。

「ひとまず、このレーフェイル大陸方面は、海軍に限って言えば一段落した。」

ニュートンは改まった口調でフィッチに言う。

「今後しばらくは、マオンド側の大規模な航空攻撃もないだろう。フィッチ、艦隊の各部隊には交代で休養を取らせてくれ。
ここしばらくは連戦続きだ。彼らも疲れているだろう。」
「勿論、休養は取らせる。モンメロ沖海戦を大勝利に導いた勇士達だ、それに見合った褒美は、ちゃんと用意しているよ。
後は、来るべきヘルベスタン領東進・・・・そして、マオンド本土攻略作戦に向けて備えるだけだな。」

フィッチは言い終えると、残っていた紅茶を一気に飲み干した。

その後、2時間にわたって、2人の海軍大将は談話を続けた。
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