自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

210 第162話 D-day(前編)

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第162話 D-day(前編)

1484年(1944年)7月26日 午前5時40分 エルネイル

「一体、これはどういう事なのだ?」

第11軍司令官であるハウバ・グスムラッグ中将は、魔導士が持ってきた紙の内容を一読するなり、
理解しがたいといわんばりかりに呟いた。

「本当に、敵は空からやってきて、後方の要衝を占領してしまったのか?」
「は、はっ。その通りであります。」

魔導士は動揺に口を震わせながら、グスムラッグ中将に言う。

「既に、第9軍には出動命令が下っており、準備が完了していた部隊は既に出動した模様です。第9軍は
キリラルブスを主体とする石甲部隊を多数保有しているので、速やかにこの海岸地帯へ急行できるでしょう。」
「いや、速やかに、とは行かんぞ。」

魔導参謀の言葉をグスムラッグ中将は否定する。

「増援部隊は、どれも占領された地域を通らなければならない。迂回しようものならば、未だに未確認の
湿地帯や障害物に足を取られて進撃速度が遅くなる。そうならんためには、是が非でも、敵部隊が居座る
地域を突破せねばならん。だが、突破するまでにはかなり時間がかかるだろう。」

グスムラッグ中将は机に広げられている地図上にある、6箇所の地域を指でなぞった。
その地域は、第10空挺軍団によって制圧された拠点であった。

「アメリカ軍は、普通の歩兵部隊でもバズーカと呼ばれる携行式の強力な火器を持ち、他にも砲兵隊がおる。
先の報告にもあったが、敵の降下部隊は歩兵師団並みの火力でもって拠点を制圧したそうだ。それに加えて、
この6箇所の拠点は、いずれも狭隘部の中でも最も狭い地域であり、東側から来る第9軍は待ち構えている
敵の真正面から突っ込む形となる。そうなったら、第9軍は敵の激しい抵抗を受ける事になる。」
「つまり・・・・・この海岸陣地には、予定されていた増援は来ないのでありますか!?」
「それは分からん。」

グスムラッグ中将は頭を振った。

「ただ、第9軍の増援が予定よりも遅れるという事は、ほぼ確実であろうな。」

彼はそう言うなり、深いため息を吐いた。
本来の計画であれば、連合軍が上陸したとき。あるいは、上陸の兆候が見られる場合は、すぐに第9軍が出動し、
海岸陣地周辺の防備に当たる予定であった。
だが、その予定は、アメリカ側による予想外の奇襲攻撃・・・・それも、空から多数の歩兵部隊を下ろすという
前代未聞の戦術によって狂わされてしまった。

「この6箇所は、進撃部隊の要衝であると同時に、撤退するときにも重要な拠点となる。ここが奪われたままだと、
俺達は敵が上陸したときに退路を断たれたまま戦う事になる・・・・」

グスムラッグの背筋に冷たい物が走った。
背後に潜む降下してきた歩兵部隊がそのまま居座り続けた場合、撤退という状況に追い込まれた第11軍は身動きが
取れぬまま、全滅するまで敵の侵攻部隊と戦い続けなければならない。
つまり、10万前後の将兵が全滅か否かの瀬戸際に立たされているのだ。

「こんな状況で敵の上陸部隊が現れたら、俺達は破滅するぞ。」

グスムラッグ中将は、憂鬱そうな表情を浮かべながらそう呟いた。

「せめてあと1日。あと1日だけ、敵の上陸部隊が来なければ、情勢も幾らか変わっただろう。後方に陣取る敵部隊も、
必要な物資は通常の陸上部隊より少ないだろうから、いずれは第9軍に押し切られるだろう。」
「軍司令官閣下。」

そこに、別の幕僚が作戦室に入ってきた。

「陸軍のワイバーン隊が、第9軍の攻撃を支援するために出動準備を終えたそうです。第9軍の先遣隊は、午前7時
までにはプリシュケに到達する予定です。」
「プリシュケか。南部地区の後方に当たる区域だな。」

グスムラッグは、地図上にあるプリシュケの位置を確認してから呟く。

「他の地区はどうなっている?」
「はっ。第9軍の各隊はルツムレヤには午前7時過ぎまで、他は午前9時までには、攻撃開始位置に到達する予定です。」
「午前9時じゃ遅い。夜が明ければ洋上でたむろしている敵機動部隊から艦載機が飛んでくるぞ。そうなったら第9軍に
損害が出る。第9軍司令官に攻撃開始時刻を早めるよう努力せよと伝えよ。」
「はっ!」

魔導参謀は慌てて作戦室から出て行った。それと入れ替わりに、戦闘服姿の兵卒が入室してきた。

「伝令!水平線上に敵らしき船、多数を発見!海岸に向かいつつあります。」


午前5時56分 エルネイル海岸北部 “テキサス・ビーチ”

第3水陸両用軍司令官であるホーランド・スミス中将は、指揮輸送艦の艦上から、7キロほど先にある海岸線を双眼鏡で眺めていた。

「ほう、あれがエルネイル海岸か。砂浜にある障害物がなければ、立派に海水浴場として使えるな。」
「確かに。戦争が終わったら、一度はこの浜辺で泳いでみたい物ですな。」

幕僚が機嫌の良い口調で相槌を打った。

「間もなく、艦砲射撃が始まるな。」

スミスは時計を見ながら幕僚に言う。

「旧式戦艦10隻、巡洋艦9隻、駆逐艦30隻以上。連合国海軍も加えれば、実に100隻にも上る戦闘艦艇が砲撃を行なう。
これから、シホットの連中は長い一日を迎える事になるだろうな。」
「艦砲射撃と空襲が終われば、次は上陸です。既に、空挺部隊も作戦を成功させました。今度は、我々海兵隊を始めとする
上陸部隊の出番ですな。」
「うむ。」

スミスは頷く。

「今頃、シホットの連中はこの大艦隊を目にして大慌てだろう。その慌てようを直に見られないのが残念だが。」

彼は、冗談めいた口調で幕僚に言った。


第101軍団に属している第63歩兵師団は、ちょうどテキサス・ビーチと定められた海岸地区に布陣していた。
第63歩兵師団第519歩兵連隊第3大隊の指揮官であるルイバ・アウトムタ少佐は、眼前に浮かぶ無数の船を戦慄の眼差しで見つめていた。

「くそったれめ!奴ら、本当に来やがったぞ!何が1000隻だ。これじゃ、1000隻どころか、2000隻は下らんぞ!」

アウトムタ少佐は口汚い言葉を吐き出した。
つい先ほどまで、朝日に照らされた美しい水平線がそこにはあった。
それが、たった20分間の間に、無数の黒い点で埋め尽くされた。
黒い点の先頭に立っていた戦闘艦らしき船が回頭し、舷側を海岸に向けながらゆっくりと南に進んでいる。
戦闘艦の種類は様々で、中には南大陸軍が保有するポンコツ軍艦や、何世代前の代物かと思えるほどの、旧式の大型武装艦
らしき物も見える。

だが、そんな雑多な艦隊の中にも、中心戦力となるアメリカ側の戦艦や巡洋艦も複数居る。
少なく見積もっても30隻は下らないであろうその艦隊は、向けられるだけの筒先を海岸に向けていた。

「予算喰らいのワイバーン隊はどうした?早くあいつらを沈めないと、海岸に敵兵が殺到してくるぞ!」

アウトムタ少佐は苛立った口ぶりで部下の魔導士に言った。
その直後、沖合から1.5ゼルドまで迫った敵艦隊が、一斉に発砲を開始した。

「敵艦隊が発砲を開始しました!」
「!!」

アウトムタ少佐は驚愕に顔を歪めた。その瞬間、ドドォーンという轟音が鳴り、大地が激しく揺さぶられた。
彼らが居る陣地は、石造りの頑丈なトーチカ式陣地であり、ちょうど、海岸の小高い丘の上に設置されている。
陣地には銃眼が設けられ、そこから魔導銃が海岸線を睨んでいる。
その銃眼から爆発で吹き飛ばされた砂や煙がドッと吹き込んできた。
咄嗟に銃眼から体を離していたアウトムタ少佐らは、目潰しを食らわずに済んだ。
無数の炸裂音が外で響き、それまで清潔であった陣地内は、次から次へと吹き込む煙でみるみるうちに汚くなっていく。
米戦艦群を始めとする砲撃部隊は、海岸のシホールアンル軍陣地目掛けて砲を撃ちまくる。
砂浜に着弾した砲弾は、浜辺に埋められていた魔導地雷を一気に誘爆させた。
別の砲弾はトーチカに直撃する。幸いにも、5インチ以下の小口径砲弾であったため、そのトーチカの天蓋はなんとか耐え抜いた。
中に居た兵達は、陣地の頑丈さに感謝したが、その直後に戦艦アリゾナから放たれた14インチ砲弾が直撃する。
小口径砲弾の直撃には耐えた天蓋だが、戦艦の主砲弾は流石に受け止められなかった。
天蓋を突き破った14インチ砲弾は床に当たってから弾頭を炸裂させ、中に居た6人の守備兵ごとその陣地を爆砕した。
敵艦隊の放つ艦砲射撃は恐ろしく正確であり、尚かつ、密度が濃い。
戦艦の砲弾は勿論のこと、巡洋艦、駆逐艦等の主砲弾もドッと降り注いでくる。
とある砲兵陣地が我慢しきれなくなり、砲座の指揮官が怒鳴り声を上げて砲を沿岸の敵艦隊目掛けて撃たせる。
その発砲炎は、それまで秘匿していた砲兵陣地の場所を露呈するのに充分であった。
艦隊に付いていた2隻のブルックリン級軽巡洋艦が、その発砲炎を目にするやすぐさま目標を変更し、最初から斉射弾を浴びせる。
1斉射ごとに15発の6インチ砲弾が放たれ、それが掩蓋付きの砲兵陣地に降り注ぐ。

砲弾のスコールとも言うべき斉射弾が落下し、砲兵陣地周辺の土砂が空高く気上げられ、天蓋に命中した砲弾は貫通して内部で爆発する。
ブルックリン級巡洋艦は2度、3度と斉射弾を放つ。6秒おきに放たれる斉射弾の嵐は、その砲兵陣地に対して悪魔的な惨劇を引き起こした。
5度目の斉射を叩き込んだ後、目標地点がいきなり大爆発を起こした。
砲兵陣地があると思しき場所から火炎が吹き上がり、石造りの固い陣地や側壁が派手に吹き飛ばされる。
爆発が終わると、その地点からは濛々たる黒煙が後方に流れ始めた。
アウトムタ少佐は、敵艦隊の猛烈な艦砲射撃の前に、ただ床に伏せているしかなかった。


午前7時40分 テキサス・ビーチ

海岸地帯は、一通り艦砲射撃が終わった後、陸軍航空隊や洋上の機動部隊から飛び立った艦載機隊が事前爆撃を行なっていた。
テキサス・ビーチに上陸するのは、第3水陸両用軍に所属する第1海兵師団と第3海兵師団だ。
上陸予定地点はテキサス・ビーチだけではない。
他にもアイオワ・ビーチ、アンカレッジ・ビーチ、ヘスレリナ・ビーチ、リストヴァ・ビーチがある。
アイオワ・ビーチとアンカレッジ・ビーチにはブラッドレー第1軍指揮下の第1歩兵師団と第12歩兵師団が上陸する。
ヘスレリナ・ビーチにはミスリアル第2軍所属の第1親衛機動師団が上陸し、リストヴァ・ビーチにはバルランド第62軍所属の
第32歩兵師団が上陸する。
計7個師団、10万名以上の将兵が、エルネイル目掛けて殺到するのである。
上陸する戦力はこれだけではなく、第2部隊としてアメリカ軍2個機甲師団並びに1個歩兵師団、バルランド軍
2個自動車化歩兵師団、カレアント軍1個機械化騎兵旅団、北大陸志願兵部隊が準備を整えている。
その先駆けとなる第1波上陸部隊の将兵達は、上陸用舟艇に乗り込んだ状態で海岸への前進を待っていた。
第3海兵師団第3海兵連隊第1大隊B中隊に所属しているルエスト・ステビンス中尉は、揺れる上陸用舟艇の中から、
陸軍機の空襲を受けている海岸を眺めていた。

「ふぅ、こりゃ派手にやったなぁ。」

彼は、素っ頓狂な声音を上げる。
上陸予定地である海岸は、猛烈な艦砲射撃と爆撃によってあらかたの防御陣地が破壊されている。
特に、北側にある燃える石造りの陣地が、一連の事前攻撃の激しさを物語っている。

「上ではまだ戦闘が続いているな。」

ステビンス中尉の隣に居たウィル・スタンパート曹長がいかつい顔を歪めながら言う。
上空には、出撃してきた敵のワイバーンと戦闘機が争っている。
戦闘は一進一退であり、双方とも被撃墜機が出ているようだ。

「シホールアンル側の航空戦力はまだ残っていたようだな。」
「ええ。ジャスオ領だけでも4000機近く居るそうです。そのうち、1000機以上がこの中西部地区に
配備されているようです。」
「そんなにいるのか。こりゃ、安心して戦えないなぁ。」

ステビンス中尉は不安げな表情を浮かべた。
上陸作戦で最も恐ろしいのは、攻撃中に空から襲撃を受けることである。
戦闘中は、地上の敵ばかりに注意が行きやすいため、空に対する警戒は必然的に甘くなる。
海岸への上陸作戦ともなれば、ほぼ無警戒と言ってもいいだろう。
そんな時に敵航空部隊に襲われれば、攻撃は捗らなくなるし、最悪の場合はそれが原因で敵の逆襲に合い、海に追い落とされる事すらあり得る。
連合軍司令部としてはそうならぬように、機動部隊や護衛空母部隊の戦闘機を交代で常時30機以上を海岸上空に待機させる事にしている。
それと同時に、機動部隊の艦載機隊は内陸部にあるワイバーン基地を攻撃し、少しでも敵の航空戦力を減らそうと試みているが、
航空攻撃が上手く行ったかどうかはまだ分からない。

「とにかく、空からの攻撃も予想しておきませんと。」
「ああ。」

ステビンスは仏頂面で頷いた。
彼はしばらくの間、海岸上空で続けられている空中戦を見守り続けた。
やがて、ワイバーン群が戦闘機隊に撃退されると、それを見越したかのように上陸用舟艇の舳先が海岸に向けられ、
前進し始めた。
第1波の先発部隊を乗せた無数の上陸用舟艇がテキサスビーチ目掛けて進んでいく。
荒い波の頂きに船底が乗り上げ、その次にはドスンという音を立てて海水が艇内に入り込んでくる。

これが幾度となく繰り返されるため、中にいる海兵隊員達は、全員がたちまち濡れ鼠となってしう。
いつの間にか隊形を整えていた舟艇部隊は、時速4ノットの速力で前進を続ける。
上陸予定地である海岸が刻一刻と迫ってきた。

「障害物が大分吹き飛んでいるな。」

ふと、ステビンス中尉は、海岸線の様相が偵察写真で見た光景と比べて変わっている事に気が付いた。
偵察写真では、敵は海岸線に無数の槍や鉄製の斜め十字状に組まれた障害物を多数設置していた。
それに加え、海岸線には多数の地雷なども埋め込まれていると聞かされていた。
昨日、大隊内で行なわれた最終的な打ち合わせでは、最先頭部隊である戦闘工兵は、この障害物の除去を
第一に行なうように命じられていると聞いた。
しかし、今見る限り、そのような障害物はごく少数しか見受けられない。
(海軍の連中が派手に吹っ飛ばしやがったな。工兵の連中も、少しは楽が出来るな。)
ステビンスは内心、やや安堵した。
たかが障害物とはいえ、前進を阻む物はなるべく少ない方が良い物である。

「どうやら、引き潮のようですね。」

スタンパート曹長がランプの横から顔を除いて報告してくる。

「何?本当か?予報では満潮だと聞いているが。」
「いえ、引き潮です。この調子じゃ、予定地点よりも300メートル離れた手前で下ろされますよ。」
「くそ、気象班のやくたたず共め。」

ステビンスは、予報を外した気象班をののしった。
歩兵という物は、敵の銃火を浴びながら目標を制圧しなければならない。
それは海兵隊にも言える事であり、前進する距離は出来るだけ短い方が良い。
距離が長ければ、その分、部下達の犠牲が多くなる。
まして、海岸線から370メートルほど先は、障害物やそのかけらを除いてほぼ隠れる場所がない。
海岸線に付けばやや小高い砂丘に体を隠せるが、それまでは襲い来る死の恐怖に怯えながら前進するしかない。

「任務が終わったら、気象班の連中を誘って飲みに行きましょうぜ。もちろん、連中のおごりで。」
「そりゃ名案だ。奴らとの親睦を深めるためにも、この戦いは生き残らにゃならんね。」

ステビンスは笑いながら曹長に返した。
やがて、先頭の工兵隊が上陸を開始した。
第19海兵連隊と第17海兵連隊の将兵は、ランプが開くなり、一斉に浜辺に飛び出す。
最初の部隊が、未だに残っている障害物を除去しようとした瞬間、突然、敵陣から一斉に射撃が加えられた。
まだ生き残っていた魔導銃や大砲が唸り、工兵隊の将兵に襲い掛る。
たちまち、先頭部隊の周囲で爆発が起こり、海兵隊員が魔導銃に撃たれ、次々に倒れ伏す。

「!?」

ステビンスは仰天し、目を丸く見開いた。

「やはり艦砲射撃と空襲だけじゃ、防御の整った陣地内に引き籠もっている敵を潰しきれないか・・・・!」

彼は悔しげに呻いた。
先発部隊に、シホールアンル軍は容赦なく攻撃を加える。
七色の光弾、陣地から放たれる砲弾が次々に撃ち込まれ、第17、19海兵連隊の将兵達が吹き飛ばされるか、
ばたばたと倒れていく。
1両のLVTが車体に砲弾を食らって炎上し、真っ黒な黒煙を噴き上げた。
中から火達磨となった歩兵達が飛び出し、浜辺でのたうち回った。
別の車輌は海岸に辿り着く前に至近弾を浴びた。至近弾はLVTの薄い装甲をあっさりと叩き割り、一瞬にして
内部に大量の海水が入り込んできた。
海兵隊員達は逃げる間もなく、次々と海水に呑み込まれていく。
岸辺は一瞬にして修羅場と化していた。だが、彼らはその場で止まる事はしなかった。
海兵隊員は仲間の死を尻目に、障害物を盾にしながら、着々と前進していく。
やがて、ステビンスの乗る上陸用舟艇も海岸に到達し、車体後部のランプが開かれた。

「行くぞ、野郎共!!」

スタンパート曹長が怒鳴り散らした。舟艇内に居た兵達がランプから降り、海岸に足を付ける。
海兵隊が使用している上陸用舟艇は、LVT3と呼ばれる最新鋭の舟艇であり、これまでの舟艇と違って車体後部に
ランプが取り付けられている。
これは、兵員の上陸時に従来の前方開放式舟艇では、上陸間際に敵から狙い撃ちにされるという欠点があった。
それに、海兵隊がこれまで使用してきたLVT1、LVT2もランプが無いために、車体を乗り越えてから上陸する必要があった。
これもまた、上陸時の敵襲によって受傷する確率が高いため、アメリカ側は後部開閉式のLVT3の開発を急がせた。
当初は1944年後半に正式採用される予定であったが、用兵側の要求によって開発速度は速まり、1943年12月末には
開発が完了し、今年3月のホウロナ諸島制圧作戦で初陣を飾った。
その後は大量生産が続けられ、今回の上陸作戦では海兵隊の第1波進発部隊の全てにこのLVT3を割り当てる事が出来た。
ステビンスは、部下達と共に海岸に降り立った。その瞬間、すぐ隣にいた兵が流れ弾に太股を撃ち抜かれた。

「ぐあぁぁ!やられた!」

太股から鮮血を吹き散らしながら、その兵士は苦痛に顔を歪める。

「おい、大丈夫か!?」

ステビンスはすぐに、くずおれようとする兵士を支え、障害物に隠れた。

「衛生兵!ここに負傷者だ!」
「畜生、シホット風情が、ぶっ殺してやる!」

兵士は顔を赤くしながら進もうとするが、脚に激痛が走り、立つ事が出来ない。

「足が、足が言う事を聞かない・・・・!」
「無理だ!見ろ、血が出まくっているぞ。」

ステビンスはその兵士に撃たれた足を見せる。光弾に撃ち抜かれた位置は太ももに近く、傷口から少なからぬ量の血が出ている。

「負傷者はここですか!?」

腕に赤十字の腕章を撒いた海軍の衛生兵が走り寄ってきた。

「ああ、こいつが太股のあたりを撃たれた。みてやってくれ。」

ステビンスは兵士の右足を指さしながら衛生兵に指示する。
その瞬間、後方でドーン!という爆発音が響く。
今しも上陸しようとしていたLVTが砲弾を食らって大破した。中から出て来る兵員は誰1人としていない。
戦友の散華を尻目に、衛生兵は兵士の傷口を見る。

「出血が激しい。下手したら動脈を傷つけているかも知れません。すぐに後送しないと。」

衛生兵は傷口にサルファ剤(抗生物質である)を掛け、ガーゼで止血しながらステビンスに言う。

「そんな、ここまで来て逃げろって言うのかよ!」

撃たれた兵士は顔を真っ赤にして叫んだ。

「仲間が戦うのに、俺だけが病院船でのんびりとしていられねぇよ!」
「馬鹿野郎!言う事を聞け!」

ステビンスは怒声を張り上げた。

「確かに1人でも欠けるのは痛いが、それでも治療して助かるんなら御の字だ。ここは大人しく、衛生兵の指示に従え!」
「でも、小隊長!自分は・・・・自分・・・は。」

兵士は急に虚ろな表情となり、言葉が満足に発せ無くなった。

「中尉!出血のせいで意識が途切れかけています。今すぐ運ばないと。」
「よし、後送しろ。」

ステビンスは即断した。兵士は虚ろな目付きを浮かべたまま、衛生兵と別の兵士に担架で慌ただしく運ばれていく。
ステビンスは目を陸地側に向けた。
シホールアンル軍は猛烈に光弾や砲弾を放ってきている。
トーチカらしき物からは盛んに光弾が吹き出し、障害物に隠れる海兵隊員はなかなか身動きが取れない。

「前進だ!前進するぞ!」

ステビンスは怒鳴った。一瞬、目の前を光弾が通り過ぎたが、彼は意識してそれを無視した。

「ここで止まっていては何も始まらん!前進してシホット共のケツを蹴っ飛ばしに行くぞ!」

彼の言葉を待っていたかのように、伏せたり、隠れたりしていた兵士達が一斉に動き出す。
いつの間にか、浜辺には別の海兵連隊も上陸を終えていた。
LVTから海兵隊員が次々と飛び出す。LVTの射手は搭載されている12.7ミリ機銃を激しく撃ちまくった。
重々しい連射音が後方から響き、曳光弾がトーチカや石造りの壁の上にいるシホールアンル兵達に向けて注がれる。
重機の発射音を聞いたステビンスは、内心で実に頼もしい音だと思った。
海兵隊員達はシホールアンル側の応戦に怯むことなく、じわじわと浜辺を進み続ける。
前進を開始してから10分ほど経ってから、ステビンスの中隊は濡れた海岸から砂浜に到達した。
ステビンスは、頃合いを見てやや盛り上がった砂浜に飛び込んだ。
体が地面に付いたとき、すぐ背後で光弾が砂浜に突き刺さる音が聞こえた。
やや離れた所で砲弾が炸裂し、それに誰かの悲鳴が重なった。
彼の右隣にスタンパート曹長が這い寄ってきた。

「小隊長、被害が大きすぎます。自分の分隊だけで3人やられました。」

「ああ、分かっている。全体の被害は、もっと大きいかもしれんな。」

ステビンスは単調な口ぶりでスタンパートに言う。
方々でガーランドライフルやM1カービン等が発する発砲音が響く。
小高い砂丘から150メートル向こうには、敵陣がある。
シホールアンル側の陣地は、コンクリート状の防波堤の上にあり、そこから下の海兵隊員目掛けて攻撃を加えてきている。
兵士達の距離が近くなったためか、シホールアンル兵の中には魔法攻撃を仕掛ける者もいる。
とある魔導士の放った攻勢魔法が、ちょうど伏せていた海兵隊員の側で炸裂する。
火炎属性の攻勢魔法は、発動した瞬間に3名の海兵隊員を包み込んだ。
一瞬にして火あぶりにされた3人の海兵隊員は、猛烈な熱さにのたうち回った。
そこに砲弾が落下し、火達磨となった兵達は止めを刺された。

「畜生、ここまで来れたのは良いが、敵の攻撃が激しすぎて前進が出来ん!」

ステビンスは忌々しげな口調で喚いた。
ふと、不意に上空からエンジン音が近付いてきた。
彼は後ろに振り返って、そのエンジン音の正体を確かめた。
洋上から飛んできた8機のF4Uコルセアが両翼から機銃を撃ちながら飛び抜ける。
それまで、壁の上やトーチカから見えた発砲炎に機銃弾が注ぎ込まれ、白煙が上がる。
半数のコルセアは両翼に吊り下げていたロケット弾を叩き込んだ。
1発のロケット弾は、トーチカの銃眼に飛び込んだ。
内側の壁に弾頭が命中した瞬間、猛烈な爆炎がトーチカ内に溢れ、内部に居た6人の兵を全て吹き飛ばした。
別のコルセアは、壁の上に陣取っていたシホールアンル兵の一団を掃射する。
魔道銃を操っていたシホールアンル兵が12.7ミリ弾によって体を真っ二つに千切られるか、体に大穴を明けられて絶命する。
とある1弾は魔道銃に命中し、銃身をぽっきりと叩き折ってしまった。
この8機のコルセアを始めに、TF37から発艦した120機の攻撃隊が、苦戦する海兵隊を支援するために敵陣目掛けて襲い掛かった。

空母イントレピッド艦爆隊に所属するカズヒロ・シマブクロ2等兵曹は、愛機のヘルダイバーを操りながら眼下に広がる地上戦に見入っていた。

「おい、見ろよ。すげえ光景だぜ!」

後部座席に座っているニュール・ロージア2等兵曹が興奮した口調でカズヒロに言ってきた。

「海兵隊の連中とシホールアンルの奴らが戦っているな。」

カズヒロはそう呟きながら、視線を味方機の編隊に向ける。
イントレピッド艦爆隊は、30分前にTG37.2に属する正規空母フランクリンと軽空母プリンストンの艦載機と共に、
海兵隊の地上支援を行なうため、母艦から飛び立った。
イントレピッドはF6F12機、SB2C12機、TBF8機を発艦させている。
フランクリンはF6F12機、SB2C8機、TBF12機、プリンストンはF6F8機、TBF8機を発艦させた。
TG37.2の他に、TG37.3の空母タイコンデロガとバンカーヒルからもコルセアを始めとする50機が発艦した。
一足先に発艦したバンカーヒル隊とタイコンデロガ隊は既に攻撃を開始しており、敵陣の上空でコルセアやヘルキャットが乱舞している。

「注意!前方上方に敵ワイバーン!」

戦闘機隊の指揮官機から攻撃隊の全機に向けて警告が伝えられる。
カズヒロは、左前方上方から多数のワイバーンが飛行しているのを視認した。
(あんなにいっぱい居るのか・・・・TF38の攻撃隊がワイバーン基地を手酷く叩いたと言ってたけど、他にもワイバーン基地があるんだろうな)
彼は内心で呟く。周囲に張り付いていた護衛のヘルキャット隊が定位置から離れ、敵ワイバーンに向かっていく。
戦闘機隊の中には、彼の同僚であるケンショウ・ミヤザト2等兵曹も混じっている。

「ケンショウ、無理して敵を追い回すなよ。」

カズヒロは、小声で戦友の無事を祈った。

「こちら隊長機。これより敵陣に攻撃を仕掛ける。第1小隊はコンクリート上に陣取っている敵歩兵部隊。第2小隊はトーチカ。
第3小隊はやや後方に居る敵の砲兵隊を狙え。」

無線機からイントレピッド隊指揮官機の声が流れる。
カズヒロは第3小隊に所属しており、彼のポジションは2番機である。

「聞いての通り、俺達は敵陣から500メートルほど離れた砲兵陣地を攻撃する。戦闘機隊が敵ワイバーンを食い止めている
間にさっさと終わらすぞ!」
「了解!」

カズヒロはマイクに返事をした。
第3小隊は、高度3000メートルを維持しながら目標上空に迫った。
目標である砲兵陣地が視界にはいると、そこから発砲炎が煌めくのが見える。
砲兵陣地の周囲には、先の事前攻撃で穿たれた砲弾穴や爆弾跡が見えるが、どうやらこの砲兵陣地は運良く、事前攻撃の餌食にならずに済んだようだ。
(まっ、俺達に見つかったのが運の尽きだけどな)
カズヒロは内心で呟く。その時、隊長機の下方で対空砲弾が炸裂した。
それをきっかけに、第3小隊の周囲に高角砲弾が次々と炸裂する。

「おい、目標の砲兵隊には対空部隊が付いてるようだぞ。」

後部座席のニュールがカズヒロに言ってくる。

「ああ。数はあまり多くないけど、下手したらやられるかもしれんな。」

カズヒロは冷静な口調で返した。
昨年9月の初陣以来、幾多もの戦場を渡り歩いてきた彼は、今や腕に自信のある中堅パイロットに成長している。
始めの頃は、対空砲火の反撃にも緊張したが、今ではすっかり慣れた。
シホールアンル側の対空砲火はあまり激しく無く、第3小隊は1機も撃ち落とされる事なく、目標上空に到達した。

「行くぞ!」

無線機に機の声が響く。
先頭のヘルダイバーが、その無骨な機体をくるりと翻らせる。
その次の瞬間には、ヘルダイバーは敵陣目掛けて急降下していく。

「突っ込むぞ!」

カズヒロは気合いを入れるかのように叫ぶと、愛機を左に横転させながら急降下の態勢に移る。
前面の視界に地面が写る。
視界の右側では、海兵隊を食い止めているコンクリート状の壁と陣地が見え、左側には緑や茶色の大地を横切る
白い街道が見えた。
そして、真ん前には、偽装された砲兵陣地が確認出来る。
敵陣の偽装は中途半端であり、よほど目が悪い者でなければすぐに判別できた。
艦砲射撃や事前爆撃で偽装網があらかた吹き飛ばされたか、あるいは時間が無くて満足に出来なかったのだろうか。
偽装が中途半端に終わった理由は分からないが、第3小隊4機のヘルダイバーはまっしぐらに急降下していく。
主翼に取り付けられている赤色のダイブブレーキが上下に開かれ、周囲に甲高い音を撒き散らし始める。
無数の穴が開いたダイブブレーキは、それ自体が巨大な演奏楽器と化し、狙われる敵兵達に単調ながらも、神経を
掻き乱すような音色を無理矢理聴かせる。
急降下の際のGによって、体が座席に食い込むような感覚になるが、カズヒロはこれに耐えて、前方の目標を睨み据える。
高度が下がるにつれて、敵陣からの対空砲火も激しくなる。撃ち放たれる七色の光弾が先頭機の横や下方を通り過ぎ、
それがカズヒロの機にも向かってくる。
しかし、敵の射手が下手くそなのか、光弾は一発も命中しなかった。
そうこうしている内に、先頭の隊長機が高度500で爆弾を落とした。
それから5秒後に、カズヒロの操るヘルダイバーも投下高度である500メートルに達した。

「投下!」

カズヒロは短い一言を発しながら、爆弾の投下レバーを引く。

開かれた胴体の爆弾倉から1000ポンド爆弾が放たれ、同時に両翼に付いていた2発の小型爆弾が落下する。
カズヒロはすぐさま引き起こしにかかるため、操縦桿を思い切り引いた。
引き起こしの際のGが体にかかり、体の中の血が一気に逆流するかのような感覚に囚われる。
機体が水平飛行に移ろうとしたときに、後部座席のニュールが弾んだ声を上げた。

「爆弾命中!お見事だ!!」

この時、第3小隊に狙われた砲兵隊は、第81重装砲兵師団第201砲兵連隊所属の砲兵小隊であった。
この4門の大砲と対空分隊で編成された小隊は、第1、第3海兵師団が上陸を開始した当初から効果的な砲撃を行なって、
上陸部隊を手酷く痛め付けていた。
砲撃開始から30分が経過して、そろそろ陣地を移動しようかと指揮官が考えたときに、第3小隊4機のヘルダイバーが
襲い掛ってきたのである。
1番機の爆弾は、惜しくも陣地のすぐ側へ外れてしまったが、2番機の爆弾が横一列に配置された砲の内、右から2番目と
3番目の大砲の間に命中した。
1000ポンド爆弾の炸裂は2門の大砲を爆風でひっくり返し、操作していた兵員をばらばらに引き裂いた。
小型爆弾は大砲の後ろに積まれていた弾薬に命中した。
爆発の瞬間、砲兵陣地の半分が爆炎に包まれ、夥しい破片が舞い上がった。
この命中弾だけで壊滅的損害を被った砲兵陣地だが、そこに3番機、4番機の爆弾が立て続けに落下して、4門の大砲と
対空部隊は残らず叩き潰されてしまった。

「隊長、やりました!敵の砲兵陣地は壊滅です!」

無線機から4番機のパイロットが、興奮した声音でに報告するのが聞こえる。
4番機は、今年7月始めに、イントレピッド艦爆隊に入ってきたばかりの補充兵である、キム・ハースト2等兵曹と
ベイ・ハモンド2等兵曹のペアが乗り組んでいる。
新人ではあるが、既に実戦は経験しているため、ある程度胆力も付いてきた。
とはいえ、戦果報告の度に興奮している所から見ると、奴らもまだまだ新人の域だなとカズヒロは思った。

空母艦載機の支援攻撃は、僅か20分ほどで終わった。
ステビンスは、艦爆隊の急降下爆撃を食らって破壊されたトーチカを眺めながら、スタンパート曹長を呼んだ。

「曹長、後ろの連中が閊えだしている。小隊を前進させよう。」
「わかりました。さっきと比べて、幾分マシになってますからな。」

曹長はニヤリと笑って、小隊の生き残りにこれから前進するぞと命じた。
ステビンスと同じ考えの者は他にも居たのだろう、多くの兵隊達が、シホールアンル軍陣地に向かって前進していく。
シホールアンル側は前進を止めようと、残った魔導銃や砲を必死に撃ちまくるが、艦載機の支援攻撃で火力を大幅に
弱体化されたため、今や勢いに乗った海兵隊員達を阻止する事は出来なかった。

「前進だ!他の奴に負けるな!」

ステビンスは大声でそう言うと、小隊の先頭に立って走り始めた。
大勢の将兵が、目の前に立ちはだかる石造りの壁に向かって殺到していく。
壁は、艦爆隊の爆撃によって半壊しており(事前の艦砲射撃と爆撃には耐えたが、既に強度が限界にたっていたため、
支援攻撃には耐えきれずに崩壊した)、そこに開かれた大穴から沿岸要塞の内部に入る事が出来る。
シホールアンル側は尚も迎撃するが、人の波はあっという間に、壁の前にまでやって来た。
生き残っていたトーチカから魔導銃が狂ったように放たれるが、その銃眼に爆発が起きる。
この時点でようやく、第3戦車大隊のM4シャーマン戦車が浜辺に上陸し、歩兵達の支援に当たり始めた。
海兵隊員達がこぞって、空いた穴に突入していく。
ステビンスの小隊も後に続こうとした瞬間、海岸に野砲弾が降り注ぎ、あちこちで爆煙が吹き上がる。
艦載機隊の支援攻撃が終わってからは、散発的にしか降ってこなかった野砲弾だが、部隊が要塞内に突入し始めてから
再び本格的になった。
砲弾の落下は続き、しまいには第3戦車大隊にも被害が出始めた。

「敵の本格的な阻止砲撃だぞ!艦載機は敵の砲兵部隊をあらかた叩き潰した筈なのに!」
「小隊長!恐らく、敵はもっと内陸に砲兵陣地を隠していたかもしれませんぜ。落下してくる砲弾の数は10発前後の
ようですが、精度が良い。これじゃ後発部隊の連中は狙い撃ちにされたままですよ。」

「陸軍の航空支援はどうなっている?」
「陸さんはどうやら、他の海岸の支援で忙しいみたいです。当分、この海岸には航空支援は行なわれないでしょう。」
「・・・・くそったれめ!」

ステビンスは、遠く離れた場所から好き放題に撃ちまくるシホールアンル側の野砲部隊を呪った。

「とにかく、今はどうしようもありません。自分達も突入して、味方部隊の前進を助けましょう。」
「そうだな。」

ステビンスは頷いた。

「よし、前進再開だ。シホット共の横っ面を張り飛ばしに行くぞ!」

ステビンスは改まった気持ちでそう言うと、小隊を率いて穴に突進していった。

浜辺の海兵隊が砲撃を受けつつも、ようやく要塞内への攻撃を仕掛ける中、その海兵隊を砲撃する犯人達は、
海岸から6キロ離れた内陸に居た。
シホールアンル軍第第81重装砲兵師団第203砲兵連隊に属する第1大隊第2中隊は、12門の5.3ネルリ重砲で
砲撃を行なっていた。

「中隊長!上陸中のアメリカ軍部隊は、かなりの数が要塞内に突入したようです!」

偽装網が掛けられた天幕の中で、中隊の指揮を取っていたアルグベン・エーヌノウ大尉は、隣の魔導士から報告を聞かされる。

「チッ、たかだか12門の大砲じゃ戦の流れは変えられんか!」

エーヌノウ大尉は悔しさに顔を歪めた。
彼の所属する第81重装砲兵師団は、海岸に配備されている2個師団を援護する事を目的に、海岸部からやや内陸に配置されている。
第81師団は第201、202、203の3個砲兵連隊を主力に編成されており、203連隊は海岸の北側、アメリカ側が
テキサスビーチと名付けた地域をカバーしている。

敵が上陸を開始した直後は、203連隊の多数の砲兵隊が上陸部隊を迎撃したのだが、つい先ほどの空襲で砲兵隊の殆どが叩き潰された。
203連隊は、上陸前の艦砲射撃と事前爆撃で甚大な損害を負っていたが、更に加えられた空襲によってほぼ壊滅に等しい損害を被ってしまった。
(人的損耗は少なかったが、何よりも装備していた大砲多数が、敵の空襲で使用不能にされている)
今、203連隊でまともに反撃能力を残しているのは、この第2中隊ぐらいであり、後は散発的に撃っているのみだ。

「やはり、中隊長の進言が各部隊に伝わっていれば、艦砲射撃や空襲で戦力が壊滅する事もなかったのでしょうが。」

魔導士は残念そうな口ぶりでエーヌノウ大尉に言う。
彼は4日前に、砲兵隊を海岸部から最低でも2ゼルド、良ければ3ゼルドほど離れた内陸に置いてはどうかと大隊長に進言した。
エーヌノウ大尉は、現在の配備状況では、事前攻撃で戦力を喪失するのではないかと危惧していた。
第81師団のみならず、第11軍の各砲兵隊は、ほぼ全ての部隊が海岸から1ゼルド以内の場所に陣を敷いていた。
上層部の判断では、砲兵隊に偽装を施した上で敵の空襲を避け、敵が上陸してきたときに多数の大砲を用いて敵上陸部隊を砲撃し、
壊滅させるという策を取った。
(要するに水際戦法である)
だが、エーヌノウ大尉は、この方法では洋上の艦艇や、支援に赴いた敵航空部隊に位置を突き止められ、砲兵陣地が
攻撃されるのではないか?と危惧していた。
そこで彼は、思い切って大隊長に進言した。大隊長はエーヌノウ大尉の意見に賛成であり、早速、連隊の作戦会議で
エーヌノウ大尉の提案を披露した。
しかし、連隊長を始めとする主要スタッフは現状維持を続けるとし、大隊長の意見具申を取り下げた。
本来ならば、このままで終わる筈であったが、大隊長は余程腹に据えかねたのか、発案者であるエーヌノウ大尉の砲兵隊を
2ゼルド後方に移して実績を挙げさせると伝えてきた。
エーヌノウ大尉の中隊は3日前の早朝から陣地移動を始め、昨日の夕方に陣地設営を終えた。
第2中隊は、ルツムレヤから西に1キロ離れた森林地帯の間隙に陣地を設営し、小隊ごとに100グレルの間隔を開けて
砲を横一列に配置した。
また、敵の空襲を避けるため、特別に用意した偽装網を砲や陣地に被せた。
そして今、第2中隊は203連隊の中で唯一、まともに戦闘が行える部隊として、必死に反撃を続けていた。

「大隊本部はまだ繋がらないか?」

エーヌノウ大尉は魔導士に聞いた。

「いえ、先ほどと変わらず、大隊本部の魔導士とは連絡が取れません。」
「連隊本部も繋がらなかったからな。こりゃ、海岸部に近い部隊はほぼ壊滅してるかもしれんぞ。」

彼は不安げな口調でそう呟いた。

「後方も気になりますね。」

魔導士が別の話題に切り替える。大砲の発射音が響いて、最後の言葉の部分がやや聞き取りに難かった。

「ルツムレヤの方には、アメリカ軍の未知の部隊が飛空挺から降下して制圧してしまったようですが。」
「そうだな。昨晩はずっと銃声らしき物が鳴り響いていたが、今ではそれが聞こえないから、アメリカ人共は
市内にいた守備隊を全て追い出したようだな。あっちが取られたとなると、第29軍団は前進が難しくなる。
おい、第29軍団からはまだ攻撃開始の報告はないのか?」
「いえ、相変わらず攻撃準備中という返事が来るだけです。朝方に受けた空襲がよっぽど応えているかも知れませんね。」

第29軍団は、ルツムレヤを占領した未知の部隊・・・・第10空挺軍団の一部隊である101空挺師団を攻撃するために、
快速部隊である第201石甲師団が、狭い街道を驀進していたが、午前7時前、ルツムレヤまであと3ゼルドまで前進したときに、
来襲してきたアメリカ軍の爆撃機部隊に襲われ甚大な損害を被った。
第201師団には、後方のワイバーン基地から発進した52騎の戦闘ワイバーンが護衛に付いていたが、対するアメリカ軍は
200機以上の大軍で押し寄せ、護衛部隊は満足に任務を果たせなかった。
この攻撃で、最先頭を進んでいた第559石甲連隊が保有しているストーンゴーレムのうち、半数以上を破壊され、連隊長までもが
A-26インベーダーから投下された爆弾を受けて戦死した。
この攻撃に恐れを成した師団長は、攻撃部隊を再編成するために前進を止めている。
これと同じ事はハルマスドやプリシュケに向かっていた部隊にも起こっており、第29軍団は、前進部隊が片っ端
から空襲を受けた事になる。

「通常なら、俺達は第29軍団を見送っている筈だったんだが、アメリカがやった変な戦法と、朝の大空襲のお陰で
予定は狂いまくっている。早く敵の拠点を突破せんと、海岸の部隊は全滅しちまうぞ。」

エーヌノウ大尉は苛立った口調で魔導士に言い放つ。
魔導士はやれやれと言った表情を浮かべる。その時、魔導士は第1小隊から発せられた魔法通信を受信した。

「どうした?」

魔導士はエーヌノウ大尉の質問にも振り返らず、受信する魔法通信の内容に聞き入っている。
エーヌノウ大尉は、魔導士の顔がすぐに強張るのが分かった。

「中隊長!第1小隊の背後に敵の歩兵部隊が出現したとの報告が!」
「な、なにぃ!?」

彼は、思わず仰天してしまった。

「攻撃されているのか!?」
「は、はい。」

その瞬間、エーヌノウ大尉は頭から血の気が引いた。
この近くに居る敵と言えば、アメリカ軍しか思い当たらない。
エーヌノウ大尉は、この時、自分の判断が間違っていた事を後悔していた。
彼は、降下してきたアメリカ軍部隊はルツムレヤの保持だけで精一杯であろうから、特に変わった防御態勢は
取らなくて良いだろうと判断していた。
だが、アメリカ軍は砲声を頼りに、巧みに偽装されたエーヌノウの砲兵隊を見つけたのだ。
砲兵隊は、各小隊に魔導銃を2丁ずつ手渡している。
個人の携帯武器は長剣と短剣、それに弓矢かクロスボウと、投擲型の小型爆弾が4つ程度だ。
これに魔導士も戦列に加わる。通常の敵部隊(これまで相手にしてきた南大陸軍等の敵)ならば、これである程度は凌げる。
だが、相手は1人1人が強力な銃器を携えた戦闘集団だ。この敵と戦えばどうなるかは、もはや言うまでもない。

砲声の中に、独特の発砲音が混じってきた。
第1小隊の兵達がアメリカ軍と戦っているのだ。

「こうなったら、敵にやられるまで大砲を撃ちまくるまでだ!」

エーヌノウ大尉は、半ばやけっぱちな口ぶりでそう喚いた。
その直後、彼が直率する第3小隊の陣地にも独特の発砲音が鳴った。

「中隊長!ここにも敵が!」

天幕に歩哨が悲鳴じみた声音を発しながら飛び込んできた。歩哨の顔は恐怖で引きつっていた。

「応戦しろ!砲を守れ!」

エーヌノウ大尉は有無を言わさぬ口ぶりで兵士に命じた。その刹那、天幕のすぐ側で爆発が起こった。
ダーン!と言う耳を劈くような轟音が鳴ったかと思うと、天幕が裂け、そこから爆風が吹き込んできた。
中隊本部に居た者達は、その爆風で全てがなぎ倒された。
地面に倒された瞬間、エーヌノウ大尉は背中や足に激痛を感じた。
倒れ伏してからさほど間を置かずに、意識が薄れてきた。
(ああ・・・・俺は死ぬんだな。満足に敵を見る事が出来ずに・・・・)
彼は内心で呟いた。
どうせ死ぬなら、自分の中隊を襲っている敵の姿を見てから死にたいと思ったが、彼の思いとは裏腹に、
意識は次第に薄れていった。

頬に何かが当たる感触がする。まるで、叩かれているかのようだ。
(ん?何だ・・・・・・)
彼は、ぼんやりとした感覚に揺られながら呟く。
再び、頬に何かが当たる。先は右だったが、今度は左だ。
目の前はほぼ真っ白だが、所々に黒い点が写っている。

どうやら、それは人影のようである。人影らしき物は3つ確認出来る。
(ああ、そうか。俺はあの世に行くんだな。こいつらは、あの世からの案内人か)
彼はそう思った。

「・・・・い。お・・・・。おい、大丈夫か?」

案内人は声を掛けてきた。どうやら、案内人は心優しい性格の持ち主のようだ。
しかし、エーヌノウはその言葉に腹が立った。

「大丈夫だと?死んでいるのに大丈夫な訳があるか。」

その憤りを露わにした言葉に、しばし“案内人”達は固まった。
それから2秒後に、どっと笑いが起こった。

「中隊長!このシホットは、自分が死んだと思い込んでますぜ!」

「笑いすぎだぞマラーキー。相手は将校だ、失礼の無いようにしろ。」
「そういう中隊長だって、人一倍笑っているじゃないですか。」

3人の男達は、互いに指摘し合いながらも、笑いを含んだ口調でしばし問答する。
エーヌノウは手で目をこすった。それで、ぼやけていた視界がはっきりした。
彼の目の前には、異様な戦闘服を身につけた3人の男が居た。

「俺は、生きているのか?」
「ああ。生きているとも。」

1人の男がエーヌノウに言った。

「貴官はこれより、アメリカ軍の捕虜となるが。」
「捕虜・・・・・砲台は・・・・・・!」

エーヌノウはハッとなって、周囲を見渡す。目的の物はすぐに見つかった。
ついさっきまで、海岸に向けて砲撃を行なっていた3.5ネルリ重砲は、砲身部分が無惨にも折れ曲がっている。
あれでは、もはや砲撃など不可能である。

「悪いが、我々が全て破壊させてもらった。これも仕事でね。」

男は悪びれた様子もなく、エーヌノウに言い放つ。

「ちなみに、貴官はあそこの天幕で気絶していた。背中と足に負傷しているが、幸いにも傷は大したことない。
爆発時に地面に頭を打ったせいで脳震盪を起こしたんだろう。今しばらくは動かない方が良い。」
「俺の部隊はどうなった?」

彼は男の言葉を聞かずに、肝心な事を質問した。

「4分の1は死んで、残りは降伏したよ。最も、俺の中隊も9人が戦死、10人が負傷したがね。」
「そう・・・・か。」
エーヌノウは、指揮官らしき男の言葉を聞いて、ただ一言だけ呟いた。

「ウィンターズ。大隊本部に報告だ。E中隊はF中隊の協力のもと、敵の砲兵陣地制圧を完了、次の指示を待つ、だ。」
「分かりました。」

ウィンターズと呼ばれた男はそう頷くと、立ってその場から去っていった。

「おい、あんたの名前は?」
「ん?俺かね?」

指揮官は自分に親指を向けながら答えた。

「俺はミーハン中尉だ。このE中隊の指揮官さ。」

午前8時20分 テキサス・ビーチ

ステビンス中尉の小隊は、B中隊の主力と共に、ようやく要塞の一部を占領した。
彼らは、要塞の内側にある爆弾穴に隠れながら話し合っていた。

「小隊長、ひとまず、中央は少し静かになりましたが、北側と南側では、敵さんはまだ暴れているようです。」
「ふぅ、シホットの連中も戦が上手いもんだ。」

ステビンスはため息を吐きながらスタンパート曹長に返す。
第3海兵師団は、第1海兵師団と共に要塞内部に突入し、ようやく突破口を開いた。
海兵隊は戦車の支援の下、じりじりと敵を追い詰めつつあったが、上陸当初から行なわれた敵の反撃で、両師団の
被害は無視し得ぬ物になっている。
ステビンスの小隊だけで、3分の1の兵が死傷しており、通常であれば壊滅判定を受けているところである。
それでも、彼らは戦い続けるつもりだった。

「おっ、そういえば・・・・」

スタンパート曹長は、急に不思議そうな声を上げた。

「敵さんの砲撃が止みました。」
「おお、そういえば、いつの間にか静かになったな。」

ステビンスは浜辺の方に顔を向ける。
彼らが要塞内でシホールアンル兵と戦っている間、上陸地点には頻繁に野砲弾が降り注いでいた。
この砲撃で後続の部隊に被害が続出していたのだが、その砲撃もぱたりと止んだ。
今では、2個海兵師団のほぼ全戦力が海岸に上陸しており、要塞内部や内陸に対する攻撃はより強化されるであろう。

「どうして敵さんの砲撃が止んだかはわからんが、ともかく、これで橋頭堡は確保できた。後は、その大きさを広げて、
内陸にいる空挺部隊の連中と握手するだけだな。」

彼らは後に、その握手を交わすはずであった空挺部隊が、海兵隊を襲っていた忌々しい砲陣地を潰した事を知るのだが、
それはまた別の話である。
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