自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

213 第164話 D-day(後編)

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第164話 D-day(後編)

1484年(1944年)7月26日 午前11時 エルネイル沖西方120マイル地点

「長官。今の所、上陸作戦は一応の進展を見せています。」

第3艦隊旗艦の戦艦ニュージャージー艦内にある作戦室で、第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将は、
参謀長のロバート・カーニー少将の説明を聞いていた。

「各ビーチは、第1進発部隊の奮戦によって敵の抵抗を抑えつつあり、第2進発部隊も上陸地点に続々と
上陸しています。5つのビーチの中で、テキサス・ビーチの海兵隊が突出しており、一部の部隊は後退中の
敵部隊と交戦しつつ、2キロの地点まで進出しました。それから、ミスリアル軍が制圧したスレリナ・ビーチでも、
第2進発部隊に属していた第1ジャスオ機甲旅団が上陸を完了しつつあり、午後には内陸へ向けて進行を開始するようです。」
「第1ジャスオ機甲旅団のみならず、カレアント軍第1機械化騎兵旅団も、着々と進行準備を進めてますね。」

カーニー少将の説明が終わると同時に、魔導参謀であるラウスもハルゼーに説明する。

「5つのビーチのうち、アイオワ・ビーチを除く全ての上陸地点では、敵部隊は後退しつつあります。
5分ほど前に受信した魔法通信では、バルランド軍の第32歩兵師団が要塞に残っていた敵部隊の掃討が
完了しつつあるとの情報が入っています。バルランド軍も、そろそろ第2進発部隊の第1自動車化歩兵師団が
海岸に到達しますから、本日中には内陸へ向けて前進するでしょう。」
「ふむ。作戦開始から実に8個師団、10万名以上の将兵が海岸に辿り着いた訳か。」
「先に降下した第10空挺軍団も含めれば、15万近い兵員がジャスオ領の土を踏んでいる事になります。」

ハルゼーが呟いた後、聞いていたラウスが相槌を打つ。

「しかし、アイオワ・ビーチの敵は、今も激しく抵抗しているようですが・・・・」

カーニー少将がやや不安げな口ぶりで呟きつつ、机の上にある作戦地図に視線を落とす。

作戦地図には、上陸部隊の展開状況が刻一刻と記されているが、アイオワ・ビーチだけが、上陸開始からほぼ変わらぬ状況にある。

「アイオワ・ビーチに上陸しているのは、確か第1歩兵師団だったな。」
「ええ。ビッグ・レッドワンの連中は南大陸戦線で活躍した精鋭師団なのですが・・・・今回ばかりは、
どうも上手く行っていないようですね。」

作戦主任参謀のラルフ・ウィルソン大佐がハルゼーに言う。

「護衛空母部隊から支援機が向かったようですから、状況は好転するでしょうが・・・・」
「好転しないと皆が困るよ。橋頭堡はまだ完全には完成していないからな。」

ハルゼーはぶっきらぼうな口調でウィルソンに返した。

「陸軍の戦況も問題ですが、機動部隊の事に関しても色々と問題が出ています。」

それまで黙っていた、航空参謀のホレスト・モルトン大佐が口を開く。

「まず、艦載機ですが、我が第3艦隊は、早朝から現在までに2波の攻撃隊を発艦させています。第38任務部隊は
早朝の第1次攻撃と第2次攻撃に450機、第37任務部隊も2次、計300機を発艦させています。それに加え、
各任務群の上空には直掩機が交代で待機している他、上陸地点にも直掩隊を差し向けています。これによって、
機動部隊上空の空の守りは今まで以上に薄くなっています。それに加え、上陸部隊の支援ともなれば必然的に
発着艦の回数も増えますから、パイロット達の疲労度も加速度的に蓄積されます。機動部隊が疲れ果てたままの状態で、
シホールアンル側の機動部隊に戦いを挑まれれば、我が第3艦隊は苦戦を強いられる可能性があります。」
「その点は俺も承知している。確かに、TF37、38が潰れれば、上陸部隊も危うくなるな。ホウロナ諸島から
ジャスオ領までは遠すぎる。そのせいで、陸軍の戦闘機隊で満足に行動できるのは、P-51とP-38ぐらいしかいない。
陸軍航空隊は、7月初旬までには沿岸の急造飛行場に航空隊を派遣させると言っているが、それまでは俺達、
海軍機動部隊が陸軍航空隊を助けなきゃならん。苦しくなるだろうが、今は贅沢を言ってられねえからな。
機動部隊と護衛空母部隊には、しばらく無茶をしてもらう。」

ハルゼーは仏頂面でそう言い放った。

「その代わり、陸軍の連中には、早く沿岸飛行場を完成できるようにしてくれと言っておく。一騎当千のパイロットが
多く在籍している母艦航空隊を、無闇に消耗したくないからな。」
「分かりました。」

モルトン大佐はハルゼーに軽く会釈した。

「長官。海岸部の戦況は、概ね我が方の有利ではありますが、内陸部の第10空挺軍団は、東方から進撃してきた
敵の増援部隊を相手に苦戦を強いられています。既に、亡命レスタン人で編成された第115空挺旅団は、敵側の
大攻勢を受けています。115旅団は、TG38.1から向かわせた支援隊の助力もあって、敵を何とか追い返せ
ましたが、他の戦域でも同様な動きが予想されます。」

カーニー少将が説明を行なっている時に、通信士官が作戦室に入室し、通信参謀のマリオン・チーク大佐に報告する。

「長官。たった今、101空挺師団より発せられた通信を通信班が傍受したようです。」
「内容は何だ?」
「ハッ。我、シホールアンル軍の大規模攻撃を受ける。各隊は懸命に応戦中なり。」
「ふむ、内陸にいる敵部隊は、空挺部隊の拠点を突破しようと、必死に攻撃を仕掛けているな。航空支援の要請はないか?」
「はっ。支援要請はありましたが、101師団の支援には陸軍航空隊が向かったようです。」

チーク大佐はハルゼーにそう報告する。そこに、別の通信士官が作戦室に入り、紙をチーク大佐に渡した。
紙に書かれていた内容を一読した彼は、表情をやや上気させながらハルゼーに向いた。

「長官。アイオワ・ビーチ沖合の輸送船団に向けて、約100騎以上のワイバーン隊が接近しつつあるようです。」
「敵のワイバーン隊だと?シホット共の攻撃隊は、先制攻撃であらかた潰したはずだが。」

ハルゼーは口を歪ませながらチークに言う。

第3艦隊は、午前5時前に第38、第37の両任務部隊から総計300機もの攻撃隊を発艦させ、内陸部のワイバーン基地を強襲攻撃した。
その時、ワイバーン隊は沖合に現れた輸送船団を攻撃するために、攻撃ワイバーンを発進させようとしていた。
そこに第1次攻撃隊は殺到し、発進準備中であった攻撃ワイバーンの大半を地上で葬り去った。
ハルゼーは後に知る事になるが、この時、攻撃を受けたワイバーン隊は第72空中騎士隊と第76空中騎士隊であり、
戦闘ワイバーンは全てが上がれた物の、爆弾を搭載した攻撃役のワイバーンは、130騎中、僅か20騎が上空に
退避出来たのみで、残りは地上で銃爆撃を受けてしまった。
第72、76空中騎士隊は、空中戦で艦載機32機を撃墜した物の、戦力の過半を失って壊滅状態に陥った。
特に対艦攻撃力に秀でた攻撃隊を失った事は致命的であり、緒戦からシホールアンル側が防戦中心に追い込まれる切っ掛けとなった。
アメリカ側は、この強襲成功で、シホールアンル側の対艦攻撃部隊はほぼ制圧できたと思っていたが・・・・・

「恐らく敵は、我々が潰したワイバーン基地とは、別の場所からワイバーン隊を飛ばしているかもしれません。
我々は、100キロほど離れた内陸部のワイバーン基地を攻撃しましたが、そこからもっと先にある航空基地は、
未だに手つかずのままです。陸軍航空隊も沿岸部ばかりを叩いているので、敵の航空戦力はさほど減少していないでしょう。」
「となると、敵さんは今後も、攻撃隊を送り込んでくるかもしれない、か。」
「そこの所は、少々分かりかねますが、シホールアンル側が攻撃一辺倒で来るなら、そう考えても良いでしょう。
最も、航空打撃力を温存するために、戦闘ワイバーンのみを出して、攻撃ワイバーンは出さぬ、という事もあるでしょうが。」
「ひとまず、船団に向かう敵の航空部隊を排除せんとな。船団上空に友軍航空部隊はいるか?」
「はい。護衛空母部隊のFM-2が30機に、TG37.2の戦闘機が20機。あと、陸軍航空隊からP-51が
30機ほど、現地で待機しています。」
「輸送船団の守りは、これでなんとかなりそうだな。」

ハルゼーはため息を吐きながら呟く。
彼は時計に視線を移した。

「まだ11時か。時間が長く感じる事は、あまり気に入らないな。」

午後0時10分 ヘスレリナ・ビーチ

第1自由ジャスオ機甲旅団の指揮官であるアグド・デンクォルス准将は、乗車しているM-8グレイハウンドの
車上から指揮下の部隊に向けて指示を下そうとしていた。
(ようやく・・・・この時がやって来た)
デンクォルス准将は、内心喜びに満ちていた。
デンクォルスは、元はジャスオ王国軍第3騎兵旅団に所属していた。
年は今年で38歳になり、顔つきは年齢の割に若く、左頬には痛々しい切り傷が刻まれている。
顔の下半分は黒い髭で覆われており、その肩幅は広い。
彼の脳裏には、6年前に起こった、シホールアンルとの戦いの日々が浮かび上がる。
1478年7月。ジャスオ王国は、シホールアンル帝国軍の侵攻を受けた。
当時、ジャスオ王国で動員可能な兵力は20万ほどで、対するシホールアンル帝国は60万の大軍と、強大な航空戦力及び、
海上戦力を有していた。
開戦から僅か3日でジャスオ王国軍はほぼ全ての航空戦力、並びに海上戦力を失い、制空権、制海権を失った。
それから6ヶ月間、ジャスオ領で激戦が続いたが、最終的にはシホールアンル軍の勝利に終わった。
この6ヶ月間の戦争で、ジャスオ王国は崩壊し、当時の王、レイドラム・ハウドルム国王一家を始めとし、国民70万名が
犠牲になり、国軍も半数が戦死し、残りの大多数も捕虜となった。
捕虜となる道を拒んだ、約4万のジャスオ人は南に後退し、他の北大陸の民や、南大陸から派遣された連合軍と共に戦い続けたが、
強大な火力、兵力を有するシホールアンル帝国の前に、南に後退するしか無かった。
デンクォルス准将は、かつて率いていた騎兵第23大隊の将兵達が、勇敢に戦いつつも、ワイバーンやゴーレムの猛攻を受けて、
次々と戦死していった光景を今も忘れる事が出来ない。
それから早6年。デンクォルスの率いる第1自由ジャスオ機甲旅団は、新たな“馬”に乗って、久方ぶりの戦に出ようとしていた。

「旅団の将兵に告ぐ。これより、祖国の解放に向かう。前進!」

デンクォルスの声は、各車両の無線機に流れ、それを聞く旅団の将兵達の士気を極限にまで高めた。
ヘスレリナ・ビーチは、先発したミスリアル軍によってほぼ制圧されており、破壊された防壁には、随行していたアメリカ軍工兵隊が
ブルドーザーを使って、戦車が通れるぐらいまでに道を広げていた。
先頭大隊に所属するM4シャーマン戦車が、まず、防壁を通過していく。

防壁の周囲に居たミスリアル軍の将兵達は、それぞれが進撃の要となる新生ジャスオ軍に声援を送っている。
デンクォルスは、エルフとダークエルフの兵隊がガーランドライフルやトンプソン短機銃を片手に佇んでいる姿を見て、何故か吹き出してしまった。
(ほんの数十年前までは、人間なんかは敵だと言いまくっていた連中が、今や人間が作った武器を片手に戦っているとは。奴らも変わった物だなぁ)
彼は内心でそう思った。
それと同時に、改めて、アメリカという国の凄さを知ったような気になった。
ミスリアル軍将兵の声援に見送られつつ、ジャスオ軍部隊は続々と内陸へ進んでいく。
第1ジャスオ機甲旅団は、主力部隊に第1機械化連隊と第2機械化連隊を編成している。
この2個連隊の他に、旅団本部部隊や通信隊、衛生隊なども含めれば、7000人以上の人員である。
先頭部隊は、第1機械化連隊第2大隊が務めており、指揮官はデンクォルスの部下でもあったエドムス・タイブラグ中佐である。
出発開始から20分ほどで、第2大隊は隊形を整えつつ、本格的な前進を開始した。
タイブラグ中佐は、指揮下の大隊が楔形隊形・・・・通称、パンツアァーカイルを形成しながら街道を走行する様子を、
感無量といった顔つきで眺め渡していた。

「見事な隊形だ。これも、パイパーのお陰だな。」

タイブラグ中佐は、部隊編成に当たって積極的に指導してくれたアメリカ人(本人はドイツ人と言っていたが)教官の顔を思い出した。
その本人は、今年の4月にアメリカ軍第3海兵師団に配属となったが、それまでに聞かされた体験談や戦術理論は、騎兵戦術しか
知らなかった彼らを驚かせると同時に、現代戦術という物がどういう物であるかを理解させた。
その教え子である彼らは、祖国解放戦という待ちに待った晴れ舞台で、猛訓練の成果を敵に見せ付けるべく、今しも目標に向かいつつある。

「第1目標、モンクレフトまであと4キロ。ここを落とせば、あとはリケクまで一気に前進するのみだ。」

タイブラグ中佐は自信に満ちた口調で言う。
さほど間を置かずに、街道上にシホールアンル軍と思しき集団を認めた。

「大隊長!敵です!」
「ああ、見えてる。海岸から後退中の部隊だな。ここは一気に蹴散らすぞ。増速!」

タイブラグ中佐は勢い込んだ口調で指示を下す。
それまで、第2大隊を始めとする前進部隊は、20キロ前後のスピードで走行していたが、ここで一気に40キロまでスピードを上げる。
後方からやってくる機械化部隊の騒音に気付いたシホールアンル軍部隊は、慌てて街道上から離れ、左右に分かれて逃げ散っていく。
先のミスリアル軍との戦いで、心身共に疲れ果てていたその部隊は、突然現れた戦車部隊に仰天していた。

「各車へ、逃げる敵には構うな。あいつらは後続の部隊に任せろ!」

タイブラグ中佐は続けて指示を伝えた。彼らの任務は、早急にモンクレフトを制圧した後、リケクに陣取るアメリカ軍部隊と合流する事である。
交通の要衝であるリケクをシホールアンル側に奪取されれば、以降の進撃に支障を来してしまう。
そうならぬためにも、目の前を逃げ惑う敗残兵には構う暇など無かった。

「見ろ!シホールアンル兵が蜘蛛の子を散らすように逃げていくぞ!」
「6年前のお返しだ!ざまあ見ろ!」
「かつては最強だったシホールアンルも、戦車が相手では弱兵同然だな!」

無線機から、僚車の乗員達が興奮した口調で喋るのが伝わってくる。

「油断するな!内陸には例のキリラルブスとやらも居るんだぞ。気をしっかり引き締めろ!」

タイブラグ中佐は浮かれる部下達に対して叱責の言葉を送る。
街道上に居たシホールアンル兵達はあっという間に逃げ散り、無人となった街道やその横を、パンツァーカイルを形成した前進部隊が疾走する。
モンクレフトまであと1キロに迫った時に、彼らはキリラルブスの迎撃を受けた。

「大隊長!前方にキリラルブス!数は約30!」

無線機から報告が伝えられてくる。タイブラグは目視でそのキリラルブスを視認していた。
キリラルブスは、斜め単橫陣でタイブラグの第2大隊に迫りつつあるが、陣形はあまり整っていない。
まるで、おっとり刀で駆け付けてきたかのような感がある。

「ようし、これより戦闘に入るぞ!」

タイブラグは声高に指示を送りつつ、車長席から敵の様子を見つめる。
敵のキリラルブスは、大きく二手に別れて、前進部隊の左右から襲い掛ろうとしている。
一部のキリラルブスは正面から突っ込もうとしている。タイブラグは、キリラルブスに搭載されている主砲に注目した。
(長砲身砲・・・・では無いな)
彼は内心で安堵しながらも、指揮下の部隊に指令を出す。

「第1中隊は右の敵を、第2中隊は左の敵を、第3中隊は中央から接近する敵を狙え!全部隊、一時停止!」

彼の指示の下、前進を続けていた第2大隊は進撃を停止する。
第2大隊に習って、追随していた機械化歩兵部隊のハーフトラックや自走砲も動きを止めた。

「中央から突進してくる奴を狙う。」

タイブラグは、中央から向かいつつあるキリラルブスのうち、1台に狙いを付ける。
6台のキリラルブスは、戦車砲の狙いを外すためにジグザグに移動している。
距離は約800メートル。充分に射程内だ。

「目標、前方のキリラルブス!撃て!」

タイブラグは射手に命じる。ドン!という音と共に、37.5口径76ミリ砲が咆哮する。
砲弾は、あと少しの所で外れた。
装填手が素早く76ミリ砲弾を込める。

「装填よし!」

装填手の合図が聞こえた。その直後に第2射が放たれる。31トンの車体が発車の反動で揺れた。
今度は、キリラルブスの前方で爆煙が吹き上がり、茶色の土砂が宙高く舞い上がる。

その爆炎を、キリラルブスは突っ切り、尚も距離を詰めてくる。

「落ち着いて狙え!訓練通りにやればいいんだ!」

タイブラグは、射手を叱咤する。

「了解です!」

射手は快活のある声音で返すが、語尾は微かに震えていた。

「装填良し!」

装填手が砲弾を込めた直後、ジグザク走行を行なっていたキリラルブスが急停止した。
同時に、キリラルブスが砲を放つ。
車体の右側の地面で爆発が起こり、爆風が車体を揺さぶった。

「怯むな!撃て!」

タイブラグが叫ぶ。了解とばかりに76ミリ砲が咆哮する。
今度は、目標に命中した。台形状の車体に火花が散ったかと思うと、いきなり爆炎が吹き出し、四つん這いになっている体の背中部分を覆う。
76ミリ砲弾は、薄い装甲板を叩き割って搭乗員室で炸裂し、予備弾薬を誘爆させた。
別のキリラルブスも、シャーマン戦車の主砲弾を浴びせられる。
側面に回り込もうとしていたキリラルブスのうち、1台が前脚に被弾する。
一瞬のうちに脚を粉砕されたキリラルブスはバランスを崩し、前のめりになるようにして擱坐した。
とあるキリラルブスは、側面に砲弾を受ける。砲弾が石造りの体と、装甲板の繋ぎ目に命中し、爆発する。
その瞬間、装甲板が大きくまくれ上がり、石の部分が半円状に抉れた。
キリラルブスは爆煙を引きずりながらもしばらく走っていたが、5秒ほどでスピードを落とし、やがては地面に突っ立ったまま動かなくなった。

「やった!1台撃破したぞ!」

「凄い、一撃で吹き飛んだぞ!」
「派手に転びやがった!あれじゃ助からんぜ。」

無線機越しに、部下達の歓喜の声が聞こえてくる。だが、キリラルブスもやられっぱなしではなかった。
第1中隊の3番車が側面に72ミリ砲弾を食らった。
正面装甲ならなんとか弾くことが出来たはずだが、シャーマンの薄い側面装甲では、それは不可能であった。
唐突に爆発音が鳴り、真っ赤な炎が3番車から吹き上がった。

「第1中隊3番車被弾!脱出者無し!」

無線機にさきとは打って変わった、悲痛な声音が流れ込んでくる。
唐突に、ガン!という強い衝撃がタイブラグ車に伝わった。余りにも強い衝撃に、一瞬、彼はやられたかと思った。
だが、幸いにして、キリラルブスの砲弾は正面装甲に弾かれていた。

「お返しを食らわせてやれ!」

タイブラグは唸るような声音で射手に命じる。ドン!という音が響き、76ミリ砲弾が飛び出す。
キリラルブスに76ミリ砲弾が命中する。装甲板にボコリと穴が開いた後、被弾穴や天蓋から炎と黒煙が吹き出し、やがて地面に体を伏せた。

「その調子だ。どんどん潰せ!」

タイブラグは意気込んだ口調で射手に言う。その時、キューポラの右側方の観測窓からオレンジ色の光が差し込んできた。
その直後、大音響が響き渡った。

「第2中隊第3小隊長車被弾!」
「またやられたか!」

タイブラグは忌々しげな口調で叫ぶ。それから立て続けに被弾車輌が続出する。

「大隊長!正面のキリラルブスは全て破壊しました!後は側面に居る敵のみです!」

射手が弾んだ声でタイブラグに言う。見ると、正面に陣取っていたキリラルブスは、全て破壊されていた。
これに対して、第3中隊はほぼ無傷である。

「こちら第1中隊長車!敵が後退を始めました!」

無線機に第1中隊長の声が流れる。見ると、側面で撃ち合っていたキリラルブスが次々と向きを変え、撤退していく。
戦闘開始前は30台ほどあったキリラルブスだが、今では17、8台が残っているのみである。

「各隊、損害を知らせろ。」
「第1中隊、被弾車輌3。うち2台大破。」
「第2中隊、被弾車輌4。うち3台大破。まだまだ行けます。」

タイブラグはその報告に、やや愁眉を開いた。
シホールアンル側との初めての交戦で、5台の戦車を失ったが、逆に10台以上のキリラルブスを破壊した。
キルレシオは2:1であり、ジャスオ軍の方が有利だ。
(見たかシホールアンル軍。これが新生ジャスオ軍の力だ。)
タイブラグは微かに笑みを浮かべた後、各部隊に指示を下した。

「前進を再開する!」

彼の一声で、停止していた前進部隊は再び動き始めた。先よりも若干数が少なくなった物の、依然として整った隊形で部隊は進み続ける。
目標のモンクレフトは既に見えていた。
平原にぽつりと浮き上がるように存在する小規模の町。特徴と言えば、町の中央に設置された高い尖塔ぐらいだ。

「もう少しだ。もう少しで到着するぞ。」

タイブラグは、茂みの向こうに見える石造りの家や高い尖塔を見つめながら、興奮を隠しきれぬ口調で呟く。

距離700まで近付いた時、いきなり、茂みの中から発砲炎が煌めいた。

「!?」

仰天したタイブラグは、全車に向けて叫んだ。

「注意!前方の茂みに敵だ!」

しかし、言葉を発し終わる前に、耳を劈くような爆発音が周囲に木霊する。

「第3中隊2番車被弾!脱出者無し!」
「第1中隊4番車に命中弾!キャタピラを損傷した模様!」

タイブラグは思わず耳を疑った。
(1中隊4番車の損害はまだしも、3中隊2番車は、正面装甲を一撃で破壊されたのか!もしかして・・・・)
彼は、出港前に聞いた情報を思い出した。
シホールアンル軍は、今年の5月頃から、砲身を伸ばした改良型を配備しており、その厄介さは並みのキリラルブスを上回るという。
特に、通常の交戦距離・・・距離1000メートル前後からシャーマンを撃破できるほどの砲戦力は、まさに脅威であり、
アメリカ軍は度々、このキリラルブス改によって手酷い損害を受けている。
その厄介極まりない敵が目の前に居るかどうかは分からないが、可能性は無いとも言い難い。

「各隊!前方の茂みに向けて砲を撃て!」

タイブラグの指示通りに、残存の戦車は茂みに向けて76ミリ砲弾を撃ちまくる。
茂みに弾着が集中し、爆煙に包まれる。
その爆煙に包まれた所から左側にずれた位置に、またもや発砲炎が煌めいた。

「なっ!?」

タイブラグは驚く。同時に、左翼に展開している第1中隊の戦車に砲弾が命中した。
被弾した戦車は2両。砲弾は、いずれも正面に命中したが、驚くべき事に、砲弾はシャーマン戦車に致命的なダメージを与えていた。
耳を劈くような大音響が鳴り、2両の戦車が相次いで爆発する。
うち1両は派手に砲塔を吹き上げた。

「砲兵にしては、移動するのが早い。間違いない。あいつらは改良型のキリラルブスだ!」

タイブラグは確信した。
通常、シホールアンル軍砲兵は、戦車等の装甲車両を砲撃する際は、1小隊につき4門の野砲で砲撃を行なう。
例外もあるが、大抵は4門か、多くて5、6門だ。
それに対し、タイブラグと戦っているシホールアンル軍部隊は、3門の大砲で砲撃し、しかも陣地移動が異常なまでに早い。
これは、移動式野砲としても開発されたキリラルブス以外では出来ぬ行動だ。
この事から、タイブラグは敵の正体を突き止める事が出来た。

「こりゃ厄介だぞ・・・・・どうすればいい?」

タイブラグは思案する。このまま突っ込み続ければ、キリラルブスに撃たれたままになる。
かといって、キリラルブスを潰すために戦力を割けば、隊形は崩れ、市内に待ち構えて居るであろうシホールアンル軍に逆襲され、
思わぬ損害を食らう可能性もある。
思案する最中にも、被弾車が相次ぐ。新たに2両のシャーマンが被弾する。
1両は砲塔に被弾し、砲撃不能となり、もう1両は左のキャタピラを切断され、走行不能となる。
(ええい、悠長に考える暇はない!)
タイブラグは心中でそう叫び、命令を発しようとした。
そこに無線手が声を掛けてきた。

「大隊長!大隊長!」
「どうした!?」
「航空部隊が支援は必要かと聞いとりますが、どうしますか?」
「繋げ!」

タイブラグは即答した。

「こちらは自由ジャスオ軍所属のタイブラグ中佐だ。」
「おお、あんたが指揮官か。どうやら苦戦しているようだが、支援は必要か?」
「ああ、頼む。今から敵が居そうな場所に発煙弾を撃ち込む。」
「OK。待ってろよ、すぐに吹っ飛ばしてやるからな。」

相手はそう言ってから、無線機を切った。

「敵の居そうな場所に発煙弾を撃て!」

タイブラグは各車に命じた。やや間を置いて、それぞれの戦車から発煙弾が発車される。

シホールアンル軍第85歩兵師団第82独立石甲大隊に所属する3台のキリラルブスは、茂みの中から迫り来る敵機甲部隊を砲撃していた。

「よし、これで時間が稼げるぞ。」

3台のキリラルブスを指揮するエウドル・レンゴド中尉は、黒煙を噴き上げる敵前進部隊を見つめながら、安堵の表情で呟く。
彼らの役割は、1人でも多くの味方を逃すために時間を稼ぐ事である。
既に海岸線に張り付いていた師団主力は、上陸してきた連合軍によって守備陣地から叩き出され、這々の体で内陸へ後退している。
本来であれば、真っ直ぐ東へ向けて後退する所なのだが、街道の要衝であるリケク、ハルマスド方面が敵の降下部隊に制圧されているため、
南部の山岳地帯に逃れるしかない。
それを支援するために、第82独立石甲大隊は敵に立ち向かったのだが、初期型のキリラルブスで編成された大隊主力は
シャーマン戦車に太刀打ち出来ずに撃退されてしまった。
残るは、高初速の長砲身砲を搭載した3台のキリラルブスのみだ。
待ち伏せは上手く行っていた。50口径2.9ネルリ砲はシャーマン戦車の正面装甲を貫き、爆砕している。
そのため、敵の前進部隊は速度が鈍っている。
彼はこの調子で、更に敵戦車を撃破しようと思ったが、その矢先に、敵が別の行動を起こした。
唐突に、目の前で赤色の煙が立ち上がり、視界が遮られる。同時に、空から新たな敵がやって来た。

「小隊長!3時方向に敵機です!」

頭の中に、3番車の車長から発せられた魔法通信が入る。
天蓋を開けて見ると、双発機と思しき8機ほどの機影が側面から接近しつつあった。

「いかん!航空支援だ!」

ハッとなった彼は、各車に急いで命じる。

「敵の支援機が迫っている!急いで茂みから離れろ!」

しかし、時既に遅し。支援機は猛速で突き進みながら、機首の機銃を乱射し、次いで爆弾を投下する。
エンジンと中央の操縦席の間に搭載された500ポンド爆弾は、発煙弾で覆われた茂みに着弾した。
車体にガンガンガン!という、小槌を打ちまくるような振動が響く。直後、ダーン!という爆発音と共に石造りの体が大きく揺さぶられた。

「くそ・・・・しくじった!」

彼は深い後悔を感じながらも、必死にキリラルブスを茂みから逃そうとしたが、そこに別の爆弾が1番車の至近に落下した。
ドゴォーン!という大音響が鳴り響き、脇腹の辺りに熱を感じた時、レンゴド中尉の意識は途絶えた。

8機のP-38が機銃掃射を行ないながら爆弾を投下した後、茂みの中からは何も反応が無くなった。
ただ、3つの黒煙が吹き上がっているだけだった。

「こちらタイブラグ中佐。貴隊の支援に感謝する。出来れば、所属部隊を教えて欲しいのだが。」
「所属部隊は第6航空軍だ。俺達は燃料の都合で、そろそろ戻らないといけないが、あんた達の幸運を祈るぜ。」
「ありがとう。」

タイブラグは、無線機の向こう側に居る戦闘機隊指揮官に感謝の言葉を送る。
8機のP-38は前進部隊の上空をバンクしながら通り過ぎていった。

「さて、邪魔者は消えた。今度こそ、モンクレフトを制圧するぞ!」

モンクレフト市街地で、今までに聞いたことの無い炸裂音が断続的に聞こえ、その後に、何かの集団が慌ただしく逃げていく物音が
延々と続いた後、辺りは唐突に静かになった。
市街地の中心部に居を構えているリアス・フェリデムは、直感的に戦闘が終わったのだなと思った。

「一体・・・・何だったのかしら?」

彼女は、隠れていた小部屋から顔を出すなり、不安げな口調で呟く。

「おい、迂闊に外に出ない方が良いぞ。戦闘に巻き込まれるかも知れん。」

同じく、一緒に隠れていた夫のレルドがそう言いながら、彼女を部屋の中に戻そうと肩を掴む。
ふと、テーブルに置かれていたコップがカタカタと震えているのに気付いた。

「地震か?」

レルドは、眉をひそめながら呟く。

「ねえ、何か・・・・声が聞こえない?」
「声?」
「ええ。ここじゃ聞こえ辛いわ。」

リアスは夫の手を振り払って、窓の側に歩み寄る。閉じられたカーテンを引き、窓を開いた。
しばらくすると、石畳の街道をゆっくりと走る異形の物体が見え始めた。
まるで、小さな小屋がそのまま動いているかのような物体には、大砲らしき物が付いており、その上には人が乗っている。
その物体の前面に描かれた模様は、ジャスオ国民にとっては忘れがたい物だった。

「水色と白のタテ縞と・・・・横に敷かれた花のシルエット。あなた・・・・あなた見て!」

リアスは興奮した口調で夫を呼びつけた。

「何だ・・・・どうしたと言うんだ?」
「あれを・・・・・あれを見て!」

彼女は、異形の物体の正面に描かれた模様・・・・かつて、シホールアンル帝国に侵略されるまで、ジャスオ王国の
シンボルとして知られた美しい国旗がある。

「は・・・・は・・・・・おい。これは・・・・これは、夢では無いだろうな?」

夫が息を荒くしながら彼女に言う。

「ええ。夢じゃないわ。」

そう言う彼女のは、感動の余り涙を流していた。

「解放だ・・・・・祖国の解放が始まったんだ!!」

レルドは興奮も露わに、満面の表情で叫んだ。
それが切っ掛けとなったかのように、家の中で縮こまっていた市民達は窓辺に身を乗り出し、進軍するジャスオ軍に向けて歓声を送り始めた。

「こちらは、自由ジャスオ軍です。皆さん、我々は祖国を解放するためにやって来ました!これより我々は、内陸部へ
向かいますが、市民の皆さんはそのまま家々で待機を続けて下さい。我々の後には後続部隊がおり、近いうちにここを
通るはずです。皆さんは、外に出て我々を出迎えたいでしょうが、今しばらく抑えて下さい!皆さんの行動次第では、
友軍部隊の進撃に影響を及ぼす可能性があります。せめて、今日1日は派手な歓迎は控えて下さい!繰り返します!」

先頭の戦車に乗る男は、片手に拡声器を持って住民達に繰り返し伝えている。
住民達もそれを理解しているようで、家の窓辺や、道の側で歓迎をしてはいるが、街道を走行する異形の物体・・・・
もとい、ジャスオ軍の車輌に飛び乗ったり、通行を妨げる事をする者は居ない。
いや、実際にやりかけた者も多数居たが、男の説明を聞いている内に、自分達の行動が味方の進軍を・・・・ひいては、
祖国の解放を送らせる原因になりかねぬと思い、寸での所で思いとどまった。

先頭の戦車に乗って、説明を続けるタイブラグは、住民達の歓呼に迎えられながら、内心、誇らしげな気持で満たされていた。

「見て下さい。凄い熱狂ぶりですよ。」
「そりゃそうだろうな。6年もの間、ジャスオはシホールアンル帝国に支配されていたんだ。だが、これからジャスオは、
真のジャスオに生まれ変わる。そのためにも、俺達はこれから更に苦労しなきゃならん。」

タイブラグの冗談に、戦車の乗員達は一斉に吹き出した。

「ハハハ。でも、悪くないですよ。何せ、自分達は解放者なんですから。」
「解放者・・・・か。ふむ、確かに悪くない。」

彼は満足げに呟きつつ、頭の中では次の目標に進むことを考えていた。


午後2時30分 プリシュケ

「畜生、また懲りずにやって来たか・・・・!」

第115空挺旅団第726連隊第2大隊に所属しているアースル・ヴィンセンク軍曹は、草原地帯に現れたシホールアンル軍の
大軍を前にして、不快な表情を浮かべる。

「あれだけ痛い目に会ったというのに、あいつらはまだここを諦めないつもりか。」
「というより、ここしか行く道がないから、嫌でもここを通るしかないのよ。」

側に立っていたテレス・ビステンデル軍曹が呟く。

「今度は、朝方に来た奴らよりも多そうだ。苦労するぞ。」
「望む所よ。ここはヴァインパイアらしく、出来るだけ多くの血を啜ってやりましょう。」

テレスはニヤリと笑った。口元に尖った牙がすらりと現れる。

「だな。じゃ、また後でな。」

彼はそう言って、テレスの背中を叩いた。

「ええ。」

テレスは頷くと、自分の分隊に戻っていった。
陣地は、朝方に攻撃を受けた時と同じ場所である。機銃班は30口径機銃を据え、迫撃砲班は少し離れた後方で、
60ミリ迫撃砲弾を撃ち出すタイミングを図っている。
シホールアンル軍は、今度の攻撃では珍しく、砲兵の事前砲撃を行なっていない。

「砲兵の支援射撃が来ないとなると、1時間前に受けた空襲がかなり効いているようだな。」

アースルは、空襲を行なったアメリカ軍航空隊に心の底から感謝した。
1時間前の午後1時半。攻撃準備中の敵陣に、突如やって来たアメリカ軍機の大編隊が襲い掛った。
P-47サンダーボルトとA-26インベーダーを主力に編成されたこの戦爆連合編隊は、護衛のワイバーンと激しい
空中戦を繰り広げながら、再編成中のシホールアンル軍を手荒く叩いた。
戦果の程は不明であるが、それでも濛々たる黒煙が敵陣から噴き上がっていた。
アースル達は知らなかったが、この時、シホールアンル側は攻撃を実行に移す直前であった。
その矢先に、ホウロナ諸島からから発進した戦爆連合編隊に襲撃されたのである。
インベーダー隊は整然と並んだキリラルブスや歩兵部隊等を攻撃したが、特に狙われたのは、後方に並べられた幾十門もの大砲であった。
インベーダー隊はこの砲兵隊を集中的に狙い、僅か10分余りで壊滅させてしまった。
この結果、シホールアンル軍は砲兵の支援を欠いたまま、部隊を前進させる事になったのである。
とはいえ、先の第1次攻撃で貴重な砲兵隊や対空部隊を失った115旅団にとって、今しも向かいつつある敵の攻撃部隊は、充分に脅威であった。

「敵は先ほどと同じく、キリラルブスを先頭に迫りつつあるな。くそ、こっちは砲兵の支援が無い分、相当に不利だぞ。」
「よく見ると、キリラルブスの移動速度も若干遅いですね。」

先の攻撃では、キリラルブスは素早く突進して防御線を突破しようとしていたが、今はせいぜい10~15キロほどの早さでのろのろと進むぐらいだ。

「さっきの攻撃で敵も学んだんだ。迂闊に近付けば、とんでもない目に遭うと。」

アースルは憎々しげに呟く。
敵部隊の先頭が距離1キロまで迫った時、突然、キリラルブスが発砲を開始した。

「来るぞ、伏せろ!」

アースルはそう叫んだ。皆が地面に掘ったタコツボに身を隠したとき、周囲にキリラルブスの砲弾が落下してきた。
ドドーンという轟音が立て続けに鳴り、大地が震える。
キリラルブスは先頭のみならず、後方にもおり、そこからも発砲炎が煌めく。
守備陣地は、第1次攻撃前の砲撃と同じように、一方的に射弾を浴びせられる。
キリラルブスは、10キロ前後で進みながら、断続的に射撃を繰り返す。
唐突にダーン!という炸裂音が近くで鳴り、爆風が泥だらけの背中を薙ぐ。

「よく考えたら、キリラルブスの搭載砲は野砲でもある。連中は、陣地の近くまでは砲兵隊の代わりに大砲を撃ちまくって、
こっちの戦力を出来るだけ減殺しようとしている。全く、頭も回るもンだな、シホールアンルのくそったれめ!」

アースルは罵声を漏らした。
シホールアンル側は確かに、野砲の支援を受けられなくなった。
だが、キリラルブスは戦車に匹敵する兵器でありながら、元々は移動式の野砲として開発された武器である。
敵にとって、砲兵隊の代わりをするぐらいはたやすい事であった。
シホールアンル側がのろのろ進んでいる分、距離はなかなか縮まらないが、その分、防御陣地の損害は拡大していく。
敵は距離500メートルという近距離に迫っても、先と同じように、のろのろとしか進まない。
砲弾を通常よりも多く積んでいるのか、キリラルブスは1台ごとに20発以上の砲弾を消費していた。
今回の攻撃に参加しているキリラルブスは、少なくとも100台余り。多くて150台だ。
そうなると、防御陣地には2000発以上もの砲弾が叩き込まれている計算になる。
この時点で、防御線上に居た部隊は、負傷者で溢れかえっていた。

アースルのタコツボから10メートル右側に砲弾が落ちる。爆風が吹き込み、泥で汚れた戦闘服がより一層汚くなる。
ふと、彼は後ろで、誰かが苦痛の呻きを上げている事に気付いた。
振り返ると、そこには1人の若い兵士が、腹を押さえながら唸っていた。

「分隊長!ラムスが・・・・ラムスが!」

リケルナ・ジェスティム伍長が、相棒のラムス・レンド1等兵の肩を掴みながら、アースルに言う。
先ほどの戦闘で、2人は対戦車班として活躍し、シホールアンル軍の撃退に貢献している。
だが、ジェスティム伍長の頼れる相棒は、砲弾の破片に腹を切り裂かれ、重傷を負っていた。
ジェスティム伍長は、ラムスを自分のタコツボに引っ張り込もうとしている。彼女自身も、タコツボから大きく体を出していた。

「やめろ!お前も砲弾に吹っ飛ばされるぞ!」

アースルが注意した瞬間、後ろでまたもや砲弾が炸裂した。ドーンという爆発音が鳴り、大量の土砂や破片が周囲に撒き散らされる。
彼は咄嗟に身を伏せたため、難を逃れた。

「全く、どれだけの量の砲弾を撃てば気が済むんだ!」

アースルは、延々と砲撃を繰り返すキリラルブスに悪態をついた。
その時、急にジェスティム伍長の事が心配になった。
(そういえば、あいつらは!?)
彼は体を起こして、2人が居た方向を見つめた。

「・・・・・なんてこった・・・・!」

アースルは頭を抱えそうになった。
ジェスティム伍長は、レンド1等兵の側に倒れ伏していた。
彼女の脇腹は赤黒い血で染まり、顔の左側は砲弾の破片によって大きく切り裂かれている。
一方のレンド1等兵は、新たに肩の部分から血を流し、意識を失っていた。

2人のレスタン人空挺隊員は、倒れたまま、ピクリとも動かなかった。

「衛生兵!衛生兵ー!」

アースルは大声で衛生兵を呼んだ。傍目から見て、2人は死んでるようにしか見えないが、アースルは生きていると信じていた。

「待ってろよ、今衛生兵を呼ぶからな!」

彼は、倒れ伏した2人に向けてそう叫ぶ。

「キリラルブスが増速してきたぞ!」

誰かが悲鳴じみた声音で言う。
それまで、陣地に対して猛砲撃を行なっていたキリラルブスが、砲撃を止めてスピードを上げ始めた。
一気に30キロ程までスピードを上げるや、防御陣地との距離を急速に詰める。
あっという間に、100メートルを切る所まで迫った。
生き残りの30口径機銃があちこちで放たれているが、その火箭は驚くほど少ない。
砲撃で30口径機銃が、あるいは射手のどちらかがあらかた潰されたのであろう。

「もはや、これまでか・・・・」

アースルは、諦めたように呟く。

テレスは、分隊の生き残りの1人であるエイミス・テルフェイト伍長と共にバズーカを撃っていた。
最初の射撃は、惜しくもキリラルブスから外れた。

「あっ、外れました!」

テルフェイト伍長は、装填手であるテレスに叫んだ。

「落ち着いて狙って!深呼吸よ、深呼吸!」
「は、はい!」

彼女はテルフェイト伍長を叱咤しつつ、ロケット弾を装填する。
装填が終わり、彼女は後ろを振り返って確認した後、テルフェイト伍長のヘルメットを2度叩いた。
テルフェイト伍長がバズーカを放つ。ロケット弾は、先頭から左側の位置を走っていたキリラルブスに命中した。
ロケット弾が命中した後、キリラルブスは被弾箇所から黒煙を吹きながら、急激に速度を落とし、やがて停止した。

「やった!命中しました!」
「さ、次行くよ!今度も命中させたら、あんたの好きな酒をおごってやるよ!」
「ありがとうございます!」

2人は覇気のある声音で会話しながらも、次の目標を見定める。
彼女たち以外にも生き残りのバズーカ班が居るのか、他の所からもバズーカ砲が放たれている。
しかし、敵の数は圧倒的であった。

「やばい・・・・このままじゃ、突破されるかも。エイミス、これを撃ったら後退の準備をして。命令がかかり次第、町に逃げ込むよ。」
「わかりました!」

テルフェイト伍長は頷く。装填が終わり、テレスは再びヘルメットを叩く。
ロケット弾が発射され、目標と定めたキリラルブスに突き進んでいく。今度も、ロケット弾は命中した・・・・が。

「ああ!?」
「クッ、不発とは・・・・!」

2人は悔しげな声を漏らした。ロケット弾は確かに命中したのだが、不発であった。
逆に、狙われたキリラルブスがテレス達の所へ向きを変えた。

「軍曹!」
「ええ、とんずらよ!」

2人は慌ててタコツボから離れた。その直後、キリラルブスから砲弾が放たれ、彼女たちが居たタコツボの前に着弾した。
ドーン!という轟音が鳴り、2人は後ろから吹き込んだ爆風によって押し倒された。
少数のバズーカ班による奮戦にも関わらず、キリラルブスは後続の歩兵と共に、距離を急速に詰めつつあった。

「もうそろそろ、後退命令が来るだろうな。」

アースルは、この防御線で敵は食い止められないだろうと確信していた。
迫り来るシホールアンル軍は、100台近くのキリラルブスに守られながら猛進を続ける。
そう間を置かぬうちに、この防御線は蹂躙されるであろう。
アースルのみならず、誰もがそう思っていた。目の前で、キリラルブスが立て続けに撃破されるまでは。

午前2時50分 プリシュケ

エリラの所属する第2機械化騎兵連隊第3大隊がプリシュケに到達した時は、戦闘は既にたけなわとなっていた。
防御線があると思しき場所には、既に第1機械化騎兵連隊のM3グラント戦車やM10駆逐戦車が先行しており、今頃は
防御線の間近まで迫ったキリラルブスと戦闘を繰り広げている筈だ。

「もうプリシュケに到達とは、うちの旅団長も無理しますね。」

無線手のグルアロス・ファルマント伍長が半ば呆れたような口ぶりでエリラに言った。

「でも、無理しなかったら115旅団は防衛戦を破られていたかも知れないわよ。」

エリラは苦笑しながらグルアロスに返した。
今、彼女たちの部隊は、時速40キロでプリシュケ市街を駆け抜けていた。
前線である東側の郊外までは、あと1、2分で到達する予定だ。

遡ること4時間前。旅団長のファメル・ヴォルベルク准将は、115旅団が敵の大規模攻撃を受けたと聞くや、旅団の全部隊に
プリシュケまでの急進撃を命じた。
当初、第1機械化騎兵旅団は昼頃に中間地点であるイリシュケを制圧し、夕方にプリシュケを制圧する予定であった。
だが、ヴォルベルク准将は、

「敵は私達を海岸で抑えようと、死に物狂いでやって来る。空挺部隊の装備がいくら優れているとは言え、戦力は少ない。
軍団単位の戦力を動員出来る敵の攻勢を支えるには不十分過ぎる。我々が悠長に進んでいる間に、空挺部隊は敵に蹂躙されてしまうぞ。」

と述べた上で、旅団の進撃速度を早める事にした。
第1機械化騎兵旅団は、途中のイリシュケ攻略で2時間ほど足止めを食らった者の、戦車部隊の機転で無事突破でき、2時にはイリシュケを出発した。
途中、シホールアンル軍の抵抗はあったものの、フェメル旅団はそれを蹴散らし、ついにプリシュケへ到達した。
無人となった市街地を駆け抜け、橋を渡った後、第2大隊は戦闘に加わった。

「ひょお・・・戦車隊は派手にやったねぇ。」

エリラは戦場の様相を見るなり、驚いた口調で呟いた。
防御線の手前には、M3戦車やM10駆逐戦車によって爆砕されたキリラルブスが散乱している。
無論、カレアント側も無傷とは行かなく、所々に黒煙を噴き上げて擱坐する戦車が見受けられる。
しかし、戦況はカレアント側有利に変わりつつあった。

「車長!2時方向にキリラルブス!」

エリラの所属する第2中隊に向けて、7台のキリラルブスが向かってくる。

「第2中隊は右側面のキリラルブスを撃つ!第1小隊は敵の左、第3小隊は右側面に回れ!第2小隊は敵の真正面から攻撃する!」

1個小隊4両ずつ、総計で12両のM6スタッグハウンドが、慣れた動きで散開し、敵を包み込む。
それに対して、キリラルブスは正面から突破を図ろうとしている。
キリラルブスは、東側に向けて進もうとしている。東側には、シホールアンル側の本陣があり、今しも撤退をしようとしていた。

その進路を第2中隊が塞いだため、キリラルブスの指揮官はまず、第2中隊を相手取ってから撤退する事に決めたのであろう。
だが、カレアント側は1台も逃すつもりはなかった。

「停止!目標、10時方向のキリラルブス!距離400、撃て!」

エリラは凛とした声で命じる。14トン近い車体が急停止し、直後、キリラルブスに向けて旋回している37ミリ砲塔が火を噴いた。
目標のキリラルブスに37ミリ砲弾が命中した。砲弾は石造りの車体に命中したのか、黒煙と共に白い破片が飛び散る。
その刹那、別の砲弾が装甲板に命中し、爆発が起こる。
すると、そのキリラルブスは次第に行き脚が遅くなり、被弾から10秒足らずで突き立てていた脚をへたり込ませ、擱坐した。

「共同撃破か・・・まっ、最初にしちゃ悪くないわね。」

エリラはひとまずの戦果に安堵しながらも、早くも次の目標を決める。今度は、最後尾に居るキリラルブスが標的だ。
そのキリラルブスは、あろうことか、エリラ車に姿勢を向けていた。

「敵がこっちを見ているわよ!早く撃って!」

彼女は早口でまくしたてた。射手が引き金を引こうとした時、目標のキリラルブスは側面に命中弾を受けて爆発した。

「遅い!味方に横取りされるな!」

エリラは射手を怒鳴りつけた。
いきなり、左側の方で爆発が起きた。

「1中隊3番車被弾!」

無線機に悲痛な叫び声が響く。
どうやら、キリラルブスの反撃を食らったようだ。

「次いくよ!」

エリラはそれに構うこと無く、次の目標を探した。不意に、1台のキリラルブスが背を向けるのが見えた。
(敵に背を向けるって言うのは、あまり褒められた行動じゃないわね)
彼女はそう呟きながら、砲手に命じる。

「目標、前方の逃走キリラルブス!撃て!」

エリラは鋭い声音で命じる。射手が37ミリ砲を撃ち放つ。ドン!という砲声が響き、14トン近い車体が揺れた。
エリラ車に狙われたキリラルブスは、ちょうど、真後ろに砲弾を受けた。
被弾したキリラルブスは即座に動きを止め、その場に擱坐する。
擱坐したキリラルブスから搭乗員が脱出してきた。搭乗員のうち、1人が長い棒のような物を持って、それをエリラ車に向ける。
次の瞬間、夥しい光弾がエリラ車に向けて注がれた。砲塔や車体に光弾が突き当たる音が響く。

「機銃手!抵抗する搭乗員を撃って!」

エリラは複雑な表情を浮かべながらも、機銃手に射撃を命じた。
ボール・マウント式の7.62ミリ30口径機銃が放たれ、シャワーでも撒くように、曳航弾が注がれる。
機銃弾によって、3人の搭乗員は撃ち抜かれ、その場に昏倒した。


午後3時20分を回ると、戦闘は一応の終息を見せた。
アースルは、防御線の前に広がるキリラルブスと、戦車の残骸を目にして、ただ唖然とした表情を浮かべていた。
防御線から100メートルほど離れた手前には、救援に駆け付けてくれた機甲部隊の戦車や駆逐戦車が陣取っている。

「軍曹殿。軍曹殿。」

不意に、誰かに呼び掛けられた。アースルはその声がした方向に振り向く。
そこには、狐耳を立てたカレアント兵が居た。

「先ほどのお二方ですが、幸いにもまだ生きています。今は野戦病院で治療を行なっておりますが、まだ余談は許しません。」
「そうか。ありがとう。」
「では、私はこれで。」

カレアント兵はアースルに敬礼をすると、そそくさと立ち去っていった。その横を、負傷兵を乗せたハーフトラックが走り去っていく。
このハーフトラックはカレアント軍の物だが、旅団長のヴォルベルク准将は、防御線を守った負傷兵を後送させるため、わざわざ機械化歩兵
1個大隊を町に下ろして、後送用の車輌に仕立てた。
このため、防御線にいた負傷兵は、手早く野戦病院に移送される事になった。

「どうやら、勝ったようだね。」

聞き慣れた言葉が耳に響いた。

「テレスか。」
「ええ。しかし、酷い格好ねぇ。」

テレスは、アースルを見るなり冷やかし気味に言った。

「そういうお前こそ、俺と同じように泥だらけだぞ。というか、みんな似たような格好をしてるぞ。」
「まっ、確かにね。」

テレスは肩をすくめる。

「それはどうした?」

アースルは、テレスが左肩を押さえている事に気が付いた。

「ああ、これね。ちょっと、砲弾の破片にやられちゃって。でも、傷自体は大したこと無いから。」
「早い内に見せて貰った方が良いぜ。いくら治癒力の高い俺達だからって、基本的には人間とさほど変わらないんだからな。」

「分かってるわよ。」

テレスは苦笑しながら言う。

「しかし・・・・カレアント軍が来なければ、あたしたち、どうなっていたことやら。」
「ああ。本当に助かったな。」

2人は、防御線の前に佇む戦車部隊を見つめながら言う。
戦車のキューポラからは、車長と思しき搭乗員が敵陣を見つめ続けている。
アースルは、自然に、その戦車兵に敬礼を送っていた。不意に振り返った戦車兵が、アースルに気付く。
その戦車兵は誇らしげな笑みを浮かべながら、アースルに答礼した。

午後6時30分 ホウロナ諸島ファスコド島

「現在、上陸部隊は海岸から8キロないし、9キロの内陸にまで達しています。空挺部隊が拠点を守り続けたお陰で、
我々は内陸への進撃路を確保する事が出来ました。」

アメリカ軍総司令官であるドワイト・アイゼンハワー大将は、机に置かれた地図を指さしながら、司令部内にいる
各国の将官に向けて説明を行なっていた。

「エルネイル橋頭堡には、夕方までに20万近くの将兵が上陸し、橋頭堡を着々と固めつつあります。」
「となると、今回の上陸作戦は成功した、といって良いのですね?」

バルランド軍総司令官であるウォージ・インゲルテント大将がアイゼンハワーに聞く。

「はい。作戦自体はほぼ成功と言えます。」
「死傷者の数も、予想よりも小さいですからな。」

ミスリアル軍司令官であるラルブレイト大将が、どこか安堵したような口ぶりで発言する。

「事前の予想では、戦死傷者3万名以上とありましたが、現在はその半数以下の、1万3千名程度で済んでいます。」
「未明に、空挺部隊が交通の要衝を制圧した事が、大きく影響していますね。」

カレアント軍司令官のフェルデス・イードランク中将も言う。

「もし第10空挺軍団が目標を制圧していなかったら・・・・このような快進撃は望めなかったでしょうな。」

エルネイル上陸作戦の趨勢は、アイオワ・ビーチの米第1歩兵師団が敵の防衛戦を突破した事と、カレアント軍を始めとする
機甲部隊が空挺部隊との合流を果たしたことで大きく変わった。
これによって、シホールアンル軍の沿岸守備軍は完全に包囲される事になり、夕方までに、連合軍は1万7千名の捕虜を得ている。
今も、海岸や内陸では戦闘が続いているが、情勢は現地のシホールアンル軍にとって、かなり不利な代物であった。

「ひとまず、第1段階は我々の勝利となりました。」

アイゼンハワーの言葉に、皆が一様に頷いた。

「今頃、ウェルバンルにふんぞり返っている皇帝陛下も驚いている頃でしょうなぁ。」

インゲルテントは得意げに言い放った。

「さて、第1段階はこれで終わった。問題は、これからですな。」
「ええ、これからです。」

アイゼンハワーはラルブレイトを含む連合国の将官を眺め回しながら言う。

「これからが大変です。この戦勝で気を緩めず、今以上に引き締めて、敵と戦わねばならないでしょう。あのシホールアンルの事です。
きっと、何かを考えているに違いない。」

アイゼンハワーの言葉は、皆の肩に重くのしかかった。
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