自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

218 第165話 オールフェスの理想

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第165話 オールフェスの理想

1484年(1944年)7月27日 午前8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

その日、ウェルバンルの天気は荒れに荒れていた。
3日前から続く大雨のせいで、首都の空気は完全に湿り、道行く人々の姿も通常時と比べて少ない。
露天は通常通り開いているが、どの店の主人も、降りしきる雨を忌々しげに見やりながら、一向に上がらない売り上げに表情を暗くしている。
そんな中を、1台の馬車が音立てて通り過ぎていった。

「しかし、数日前と比べると、雰囲気が暗いな。」

馬車の中から首都の様子を見つめていたウインリヒ・ギレイル陸軍元帥は、ため息混じりに呟いた。
彼は今、帝国宮殿に向けて馬車を走らせている。
何故、宮殿に向かうかは既に分かっている。

「それにしても、皇帝陛下から緊急のお呼び出しが掛かったとなると、俺はまた嫌みを言われてしまうだろうなぁ。」

ギレイルは疲れたような口ぶりで言う。
今日、朝は妻が作った上手い料理を食べ、すっかり精を付けたはずなのだが、どういう訳か、体の中に蓄えたはずの精は、
残っていないような気がする。

「それもこれも・・・・・!」

ギレイルは憤りを含んだ口調で言葉を発するが、最後までは言わず、胸にしまっておく。
帝国宮殿までの道のりは短く、あと5分もすれば目的地に到達する。

「はぁ。宮殿までの距離がもっと長ければ、俺も少しは楽する時間が増えるんだがなぁ。」

ギレイルは苦笑しながら呟いた。

それから5分後に、馬車は帝国宮殿に到着した。宮殿内に入った後、彼は会議室へと足を運んだ。
会議室に入ると、既に集まった閣僚や海軍総司令官が座っていた。

「おはようございます。」

ギレイルは、テーブスの前に置かれた椅子に座っている参加者達と、玉座に座るオールフェス・リリスレイ皇帝に向けて挨拶をする。

「おはようギレイル。」

玉座に座っている皇帝から返事が来る。オールフェスは、いつになくゆったりとした姿勢で席に座っている。
その表情は、傍目からは明るく見えるが、オールフェスをよく知るギレイルは、その笑顔は作られた物であると分かった。
(強張った笑顔だ。こりゃ、相当な修羅場になりそうだ)
ギレイルは内心でビクつきながらも、毅然とした態度で頭を下げ、席に座った。
長テーブルをぐるりと見渡すと、まだ空きがある。
ギレイルは、壁に掛けられている時計をちらりと見る。
(まだ8時15分か。)
彼はふぅっと息を吐きながらそう思った。会議は8時30分から始まる。
時間は8時15分であるから、開始までにはまだ時間がある。
既に集まっている参加者達は暇をもてあますために、別の閣僚と雑談を交わしている。

「しかし、大変な事になったな。」

隣に座っていたエウマルト・レンス元帥が小声で話しかけてきた。
レンス元帥が何を思ってそう言ってきているかは、すぐに分かった。

「ああ。全く、とんでもない事態になった。」

ギレイルは顔を俯かせながら、小声でレンス元帥に言う。

「敵がまさか、こっちが全く知らない戦法で来るとは夢にも思わなかった。あれさえ無ければ、計画通り、
海岸の防備はがっちりと固まっていた筈なんだが。」
「敵の侵攻兵力も、事前に予測していた物と比べてかなりの規模になるそうだが。」
「ああ。連合軍は、俺達が考えていた以上の大軍を送り込んできている。陸軍総司令部では、現地部隊からの
応援要請が殺到しとるよ。」

ギレイルはそう話しつつも、ちらりとオールフェスを見やった。玉座の皇帝は、ギレイルとレンスをじっと見つめていた。
無表情で見つめるオールフェスに、ギレイルは内心でぎょっとなった。

「ここから先は会議が始まった時に話そう。ここでコソコソ喋り続けていたら、陛下に突っ込まれてしまうからな。」
「うむ。名案だな。」

レンス元帥は頷くと、先ほどと同じように黙り込んでしまった。
それから8時30分までの間に、新たに3人の参加者が加わった。

「さて、閣僚諸君。これより緊急の会議を始めるとしよう。」

オールフェスは、時計が8時30分を指したのを見計らって、自ら会議を始めさせた。
会議室には、各省庁の大臣と陸海軍の最高司令官が座っている。
彼は先ほどとは打って変わって、背筋を伸ばした格好で参加者達に話した。

「昨日未明、ジャスオ領中西部で、連合軍の奴らが大軍を送り込み、新たな大反攻を開始した。」

オールフェスの言葉に、事情を知らなかった(国内相や国外相は除く)閣僚達が驚きの声を漏らした。

「現地に展開している軍は、敵の侵攻部隊と激戦を繰り広げているようだが、情勢は俺達シホールアンルにとって、
あまり良いとは言えないようだ。ここから先は、陸海軍の責任者に説明して貰う。」

オールフェスは睨むような目付きで、ギレイルとレンスに視線を向けた。
まず、ギレイル元帥が席から立ち上がった。

「先ほど、皇帝陛下が申し述べましたように、昨日未明、連合軍はジャスオ領中西部にあるエルネイル地方に、
大規模な上陸作戦を敢行致しました。我々は、敵がどの地点に上陸しても対応出来るように戦備を整えておりましたが、
連合軍は我々の予想を遙かに超える大戦力でもってエルネイル地方に上陸しました。目下、現地軍は必死の防戦を続けて
おりますが、敵は有効な航空支援と、物量によってしゃにむに進撃を続けており、エルネイル地方の情勢はかなり厳しい
物にあると存じ上げます。」
「ギレイル。少しばかり聞きたいことがあるんだが。」

言葉が句切られたのを見計らって、すかさずオールフェスが聞いてきた。

「お前はこの前、敵が上陸してきたら内陸に展開している機動軍で海岸の兵力を増やし、敵の侵攻を防ぐと言っていたな。
だが、俺が聞いた情報だと、機動軍は海岸には来れなかったとある。なんで、海岸の部隊は増援を受けられなかった?」
「はっ。その事に付きましては、現地部隊から幾つか報告がありますが、連合軍に加わっているアメリカ軍は、上陸作戦の
直前になって、降下部隊によって交通の要衝を制圧しています。」
「降下部隊か。俺も報告では聞いたが・・・・アメリカの奴らは本当に、空から大部隊を投入出来たのか?」

オールフェスは、独自に得た情報によって、交通の要衝がアメリカ軍と思しき降下部隊によって制圧された事を知っていたが、
彼はこの報告を信じられなかった。
最初、彼は現地の反乱部隊が連合軍と呼応して蜂起し、交通の要衝である拠点に大挙押し寄せて占領してしまったのだろうと
確信していた。
オールフェスの反応は当然とも言えた。
今、オールフェスに説明しているギレイルでさえ、最初は蛮族共の蜂起かと漏らした程である。
だが、その認識は、やがて間違いである事に気付いた。

「はい。現地部隊からの情報を詳しく分析した結果、アメリカ軍は、輸送機であるスカイトレインを兵員輸送機に改造し、
それに歩兵を乗せて占領する地域に送り込んだようです。」
「スカイトレイン・・・・あの物資輸送用の飛空挺をか!」
「はい。アメリカ軍は、その輸送機を使って交通の要衝を押さえたのです。現地軍の報告では、敵は1個軍団相当の兵を
投入したとあります。」
「1個軍団・・・・おいおい、冗談だろう。」

オールフェスは呆れたように呟く。

「となると、アメリカ人共は、わざわざ3万から4万近くの兵員を運ぶために、腐るほどの数のスカイトレインを集めた、
という事になるのか?」
「はい。そうでなければ、プリシュケを始めとする6箇所の拠点は制圧出来ません。私としては、アメリカ側は極秘に、
この降下部隊を編成していたのではないかと思います。報告を見る限り、敵部隊の行動は迅速かつ、的確であり、
兵力の差もあるとは思いますが、守備隊は有効な手段を実行に移せぬまま、敵に制圧されています。その結果、
機動軍の第9軍は、拠点に居座った強力な敵部隊を突破できぬまま、損害ばかりを出して撤退する羽目になりました。
アメリカ軍は、この反攻作戦のために、あのような大規模な降下部隊を編成し、実戦に投入したのでしょう。」
「その結果、連中はエルネイル地方にまんまと、橋頭堡を築けました・・・・て訳か。」

オールフェスは頭を押さえながらギレイルに言った。

「練度の高い軍団規模の降下歩兵部隊を乗せるために、わざわざ1000機単位のスカイトレインを集めまくって、
作戦を実行に移す、か。アメリカの奴らは、狂った戦い方ばかりをしやがる。くそったれめ。」

彼は頭を振りながら、呻くように言う。

「しかし、第9軍の主力はまだ健在でありますし、中部方面軍では後方予備軍の投入を行なうと報告しておりますから、
戦局の挽回はまだ可能です。」
「まっ、それもそうだが・・・・」

オールフェスは小さな声でそう言った後、ギレイルから隣のレンスに顔を向ける。

「海軍からも話を聞こうか。」
「はっ。」

レンスは短く答えてから席から立ち上がる。代わりに、ギレイルが席に座った。

「陸軍総司令官が話したとおり、エルネイル地方の連合軍は急速に勢力を増やしながら、現地の支配権を広めつつあります。
陛下、海軍は昨日早朝から本日未明に掛けて、エルネイル沖の敵艦隊の情勢をレンフェラル等を使って調べさせました。
その結果、エルネイル沿岸には、少なくとも3000隻、多くて4000隻近くの大船団が居る物と思われます。」

レンスの言葉に、オールフェスは目を見開く。
閣僚達も、彼の言葉に驚きの声を発した。

「元帥閣下。いくら何でも、それは過大報告ではないのですか?」

国内相のギーレン・ジェクラが尋ねる。

「あなたは確か、連合軍は最大でも、1000隻の船団でもってジャスオ領に侵攻してくるはずと申したはず。
それだけでも馬鹿げた事ですが、いくらなんでも、3000隻から4000隻というのはあり得ないでしょう。
もしかして、海軍ご自慢の生物兵器は不調気味ではないのですかな?」
「いや、事実です。」

ジェクラの嫌味の含んだ質問に、レンスは即答する。

「陸軍のワイバーン隊から送られてきた報告にも、敵船団は少なく見積もっても予想の倍は居る事は確実、とあります。」
「レンス、その報告は確かなのか?本当に、あいつらはそんなに大量の船を用意出来たのか?」
「陛下。相手はアメリカ軍です。それに、南大陸からも船を徴用すれば、それぐらいの船舶はすぐに集まります。」

「という事は、連合軍の船団は寄せ集めではないか。」

閣僚の1人があざ笑うかのような口ぶりで言う。

「ならば、ワイバーン隊の一斉攻撃で沈めてしまえばよいでしょう。」
「残念ですが、それは極めて難しい相談です。」

レンスはムッとした表情になった。

「ギレイル。確か、船団上空に向かった攻撃隊は多数の敵戦闘機によって迎撃された上、対空砲火によって少なからぬ
犠牲を出したそうだな。」
「ああ。輸送船5隻を撃沈し、4隻を損傷、敵機25機を撃墜したが、船団攻撃に向かった130騎のうち、58騎が
帰らなかった。負傷したワイバーンや竜騎士も居たから、130騎の中で、すぐに作戦に使えそうなのは、60騎しか
居なかったよ。船団上空や橋頭堡には、常にアメリカ軍の戦闘機が待機している。攻撃隊が損害を出すのも、無理はない。」
「陸軍総司令官が言われるとおり、船団や橋頭堡には常時、多数の護衛が張り付いています。」
「敵の航空戦力が多ければ、こちらも増やせば良いでしょうに。レンス閣下、海軍にも自慢の竜母部隊がおるでしょう?」

ジェクラはレンスに質問する。
シホールアンル海軍は、最近は続々と新鋭艦が竣工、就役している事もあって戦力が増えている。
竜母機動部隊である第4機動艦隊は、7月に入ってからは新戦力が追加された事もあって、保有戦力は正規竜母7隻、
小型竜母8隻、戦艦7隻、巡洋艦17隻、駆逐艦68隻。
航空兵力は実に940騎を数え、洋上航空兵力としては最大規模である。
ジェクラは、機動部隊の兵力と、ワイバーン隊の航空兵力を総動員すれば、敵にも大損害を与えられるのでは?と、
暗に尋ねていた。
だが、

「簡単に言って貰っては困る!」

レンスはジェクラを睨み付ける。

「エルネイル海岸の輸送船団は、アメリカ太平洋艦隊主力の援護を受けているのですぞ?主力部隊はあのハルゼーが
率いる高速空母部隊で、空母20隻、艦載機1000機以上の大機動部隊です。我が海軍は、行けと命じられれば
すぐに出動します。ですが、その時には、ハルゼーは必ず、全力でもって迎え撃つでしょう。」
「アメリカ軍は主力以外にも、小型空母20隻以上を保有し、船団護衛や地上部隊の支援を行なっている。
これに加え、ファスコド島には陸軍所属の大航空部隊が控えている。昨日だけで、敵は陸軍機2000機、
艦載機1000機、計3000機以上の実戦機を出動させ、我がワイバーン隊や地上部隊と互角以上に張り合っている。
海軍が勝利しても、その時は敵機動部隊との戦闘でかなり疲弊しているだろう。そこに陸軍航空隊との戦闘に入れば、
量に押し潰されるのは目に見えている。」
「では、このまま何もせずに居ようというのですか?連合軍の思うままに任せれば、ジャスオの領民共は一斉に反乱を
起こすかもしれませんぞ?」

ジェクラが語調を強めながら言う。

「勿論、我々も策は練っている。」

レンスは言い返した。

「海軍では、昨日からエルネイル地方の敵に対してどう対応するか盛んに話し合っている。」
「レンス。海軍としては、連合軍に対してどうするか話は決めたのか?」
「いえ、まだ結論には至っておりません。」

オールフェスの問いに、レンスは首を振る。

「しかし、幾つかの戦法で持って、エルネイル沿岸の敵船団、並びに海上戦力を攻撃しようかという案が出ています。
案の中には、竜母機動部隊を用いた洋上作戦も含まれています。」
「機動部隊・・・・リリスティ姉の艦隊をねぇ。」

オールフェスは小声で独語してから顔を俯かせる。
彼としては、機動部隊を使うのはまだまだ先にしたいと考えていた。
第4機動艦隊は、例の計画を成功させるにはどうしても必要であり、敵が計画に乗ってくるまでは、竜母を1隻たりとも
失いたくなかった。
しかし、このまま主力部隊を後方に引っ込めたままであれば、調子に乗ったアメリカ機動部隊はジャスオ領のみならず、
レスタン領やヒーレリ領にまで襲い掛ってくるかもしれない。
いや、今のままでは確実にやって来るだろう。
(まっ、あそこの航空兵力は、機動部隊なしでもかなりあるからな。機動部隊が分派・・・いや、全部離れても、まぁ
何とかなるだろ)
オールフェスは内心で呟くと、俯いていた顔を上げた。

「海軍の作戦に関しては、お前達に任せるよ。ひとまず、がら空きに近いヒーレリ近海を補強しねえといけないな。」
「分かりました。必ずや、連合国海軍に一泡吹かせてやりましょう。」

レンスはそう言うと、恭しげに頭を下げてから、席に座った。

「陸海軍の責任者が言うように、エルネイル地方の戦況は良くない。敵の兵力は、事前の見積もりよりも多いだろう。
レンス、ギレイル。敵の上陸兵力は、どれぐらいだ?」

オールフェスの質問に対して、ギレイルが答えた。

「これはかなり大雑把ではありますが、推定ながらも、連合軍は20万以上の大軍をエルネイルに向かわせてきた、
かと思われます。」
「これは、昨日来寇してきた船団に乗っているか、あるいは上陸した敵を合わせた数です。」

レンスもオールフェスに返答する。

「連合軍部隊があれだけとは限りません。ファスコド島には、まだかなりの兵力が待機している事でしょう。後方に居る
予備部隊も含めれば、敵の反攻戦力は、事前の見積もりの3倍ないし、4倍以上に膨れ上がるでしょう。」
「つまり・・・・連合軍は、最低でも40万以上の実戦部隊を、ジャスオ領に送り込んでくるって事か。」

オールフェスは深いため息を吐いた。

「しかし皇帝陛下。これは好機でもありますぞ。」

それまで黙っていた、国外相のグルレント・フレルが発言した。

「ここで連合軍の陸海軍に大打撃を与えれば、講和を結ばせる事も可能です。特にアメリカは、我々と違って国の首脳部は
民意を気にしながら戦争を行なうという欠点があります。ここで多くのアメリカ人を殺し、それが国民に知られて厭戦気分
が広まれば・・・・」
「まっ、それも手ではあるんだけどな。でも、俺達はジャスオだけじゃなく、レスタン領からも敵の攻撃を受けている。
そのため、軍はレスタン領とジャスオ領に兵力を分けれなければならねぇ。要するに、俺達は奴らのせいで、やりたくも
ない2正面作戦をやる事になったんだ。もし、ジャスオの敵さんを潰しましたーとなっても、レスタン領の敵が前進して
くれば結果は同じ。俺達はまた攻められまくる。」
「ですが陛下。どちらか一方の敵を壊滅させれば、戦力を一方向に差し向ける事が出来ます。そして、その敵もまた
壊滅させる事が出来れば、必ず、連合国・・・・特にアメリカは講和を申し入れてくる筈です。」
「ジャスオやレスタン領を失う事になってもか?」

オールフェスは鋭い目付きで、フレルを見つめる。

「はい。我が軍も犠牲は大きいでしょうが、時間を掛ければ必ず、敵の進撃を止められる筈です。再来年には新兵器も
続々と登場します。例の浮遊艦隊も」
「フレル国外相!それまで、敵が待ってくれるとお思いですか?」

フレルの言葉を、ちょうど正反対の席に座っていた内需大臣が遮った。

「私が聞いた話によると、アメリカは既に、B-29スーパーフォートレスという高性能の大型飛空挺によって、
帝国本土へ爆撃を開始したようですな。敵がエルネイルにスーパーフォートレスの発信基地を置けば、西部にある
有数の工業地帯、並びに軍需工場、そして軍の訓練施設等が狙われます。そうなれば、資材は思うように調達出来難く
なるでしょう。となれば、新兵器の開発速度にも影響が及びます。」

内需大臣は姿勢をずいと前のめりしてから、更に続ける。

「同盟国マオンドでは、B-29の戦略爆撃によって首都を含む各地が狙われ、兵器生産を含む各分野に影響が出ている
ようです。それと同じ事が、この帝国において起こらぬとは限りません。そうなる前に、我々は敵に決定打を与えねば
なりませんぞ?」
「そうだ!今こそ、帝国の総力を挙げて敵と戦うべきだ!」

他の閣僚がフレルを指さしながら叫ぶ。

「待って下さい!確かに、あなた方の言われる事も理解できます。」

ギレイルが顔色を変えながら皆に言う。

「しかし、今戦うにしても、我が軍は装備全般において、敵に後れを取っています。無論、我々も出来る限りの事はします!
各地で限定的な攻勢も行なう予定です。ですが、ここで全軍を挙げて決戦に持ち込み、勝利したとしても、損害が大きすぎて
次の敵の攻勢を支えられないという事態に陥りかねません。」
「海軍としても同意見です。攻勢に移るにはまだ早い。陸にしろ、海にしろ、敵部隊の戦力は余りにも強大で、今は付け込む
隙がありません。こちらが打って出られるまでは、もうしばらく、時間が必要なのです。」

レンスもまた、ギレイルに同調する。
だが、2人の意見を聞いた閣僚達は、それでも収らない。

「情けない・・・・余りにも情けない!」

ジェクラがあきれ果てたように言い放つ。ギレイルの目からは、どこか芝居がかっているようにも見えた。

「かつては無敵帝国軍として謳われた陸海軍が、このような弱気な言葉を発するとは。私は真から失望しましたぞ!」
「国内相!あなたはまだ分からないのか?」

レンスが怒りに顔を赤くしながら、ジェクラに向かって言う。

「ジャスオに上陸した敵は、実戦経験や練度の高い部隊を持つ米軍が中心戦力です。空には無数の飛空挺。
海には沿岸を好き放題に攻撃出来る大機動部隊が控えている。加えて、上陸作戦に参加した南大陸連合軍は、
今までの連合軍とは違う。武器・装備は優秀なアメリカ製に更新された侮れぬ敵です。それに対して、我々は
敵と比べて、質・量共に満足とは言えない。こんな敵と戦ったらどうなるかは、言わずとも分かるでしょう!」
「私はそんな言葉を聞きたくない!前線軍が負けるのは、将兵の意地が足りぬからだ!」

ジェクラの口から飛び出した暴言とも取れる言葉に、ギレイルは怒りに顔を赤く染めながら立ち上がった。

「貴様・・・・今何と言った!?」
「何度でも言おう。」

ジェクラはその剣幕に怯まず、フンと鼻を鳴らした。

「軍は昔と比べて余りにも」
「いい加減にしろ!!」

いきなり、ドスの利いた怒鳴り声が会議室に木霊する。参加者達は、皆が声の響いた方向に顔を向けた。

「おい、お前達は、ここでクソつまらん口喧嘩をするために集まったのか?」

オールフェスは左手で頬杖を立てながら、憤りを露わにした口ぶりで言う。

「喧嘩するぐらいなら、家に帰って自分のくそったれな姿と睨めこっでもしてろよ。それとも、口喧嘩を止めて、
建設的な話をするか?俺はどっちでも良いぜ。面倒が無くなるからな。」

オールフェスは投げやりな口調で皆に言った。会議室はしんと静まり返ってしまった。

「なぁ、どうすんだよ?」
「陛下・・・・申し訳ありませんでした。」

ギレイルが畏まった口調で言うと、深く頭を下げた。
レンスもそれに見習って非礼を詫びる。

「陛下。正直申しまして、私は納得できません!」

ジェクラは尚も議論を続けようとする。そのしつこさに、頭を下げたレンスとギレイルがピクリと動いた。

「ああ、ちょっと黙ってろ。」

オールフェスは何気ない口調でジェクラに言った。

「話は終わりだ。それとも、エルネイルに行って見るか?お前の足りない知識を埋められると思うんだが。」

ジェクラはオールフェスの言葉を聞くや、たちまちのうちに顔からサッと血の気が引いた。

「おっしゃる通りです。しかし、私はまだやる事がありまして・・・・」
「なら、普通に議論をしよう。とりあえず、今は静かにしようか。」

オールフェスは微笑みながら、口元に左手の人差し指を立てつつ、ジェクラに言う。
穏やかな表情に対して、視線は刺すように鋭かった。

「は・・・・はい!」

ジェクラは慌ただしく頭を下げると、そそくさと席に座った。

「ま、下らん事は置いといて。ひとまず、しばらくは防戦と言うわけだ。俺としても、奴らに主導権を握られるのは
我慢ならねえが、でも、人間、時として我慢しなければならない。今はその時期だと、俺は思う。ギレイル!」

オールフェスは一際高い声で、ギレイルを呼んだ。

「はっ。」
「例の武器が完成し、部隊に行き渡るまで、軍はなるべく消耗させないようにしろ。その間、苦しいだろうが、
出来る限り、敵に出血を強要しろ。手段は問わない。」
「はっ、仰せの通りに。」

ギレイルは改めて頭を下げた。

「海軍の方でもしっかり頼む。敵の艦隊をなるべく、ジャスオ領の付近に留めてくれ。」
「分かりました。我々も全力を尽くします。」


2時間ほどの会議が終わった後、閣僚達は自らの仕事場に戻っていった。
オールフェスは会議室を出てから、いつも使用している執務室に戻った。
執務室に入ると、彼は執務机の前にある椅子に腰掛けた。
執務机には、書類の束が幾つも置かれている。彼は普段、この書類の山と格闘している。
仕事はいくらでもあった。

「はぁ。ここんとこ、毎日が疲れるぜ。」

オールフェスは愚痴をこぼしながら、書類の1枚を取って目を通す。
20分ほど、淡々と仕事した後、彼は手を休めて後ろの窓に振り返った。
外は、降りしきる雨のせいで視界が悪いが、晴れの日になれば、ここから首都が一望出来る。
オールフェスは、ここから眺める風景が好きだった。

「俺の生まれ育った街・・・・ウェルバンル。俺の全ては、ここから始まった。俺を変える切っ掛けとなった
あいつに出会ったのも、ここだった。」

彼は、脳裏にあいつの顔を思い浮かべた。
オールフェスとどこか似ていながら、頭はかなり良かった、昔のあいつ・・・・
変わり者だったあいつは、オールフェスの馬鹿げた提案にも、しっかりと答えてくれた。


「はぁ?世界を平和にしたい、だって?」

オールフェスの提案を聞いたとき、あいつは何気な口調で返してきた。

「ああ。今はまだ早いけど、シホールアンルは近いうちに、他国を超える力を持つ。そして、その力を使って、
北大陸や南大陸を統一するんだ。」
「こりゃ、突拍子もない事をいいやがる。」

あいつは笑いながらオールフェスに言った。

「何でそんな事を思いついた?」

あいつは俺に質問してきた。それに、オールフェスは自信満々に答えた。

「誰もが、のほほんとして暮らせる世界を作りたいからさ。シホールアンルなら、それが出来るかも知れない。」

しばしの間を置いて、あいつは愉快そうに笑った。
あいつの笑い声はかなり大きかった。ツボにはまったのだろう。

「な、何がおかしいんだよ!」
「いや、別に。何でもねえよ。」

怒るオールフェスを、あいつはたしなめた。

「その心意気、気に入ったよ。お前なら、そんな世界を作れるかも知れないな。」

あいつは、心底感嘆した口調でそう言った物だった。

そして、オールフェスは準備を整えた上で、行動を起こした。
それから、早10年が経った。

「10年か・・・・・・」

オールフェスは、ため息を吐きながら呟く。

「もう、10年も経っちまったんだな。」

彼は寂しげな表情で、外を見続ける。
様々な悲劇を体験した末に、自らの信念に基づいて起こした大陸統一戦争。
その様相は、未知の国、アメリカというとてつもない国の参戦によって大きく変化した。
戦争の行く末は、10年前には予想もし得なかった方向に向けて着々と進みつつある。
雨の中に、うっすらと建物の輪郭が移っている。
時折、彼は宮殿を抜け出して首都を歩き回っていた。

「少し前までは、あいつらの顔を見て回るのが楽しみだったんだが、今ではそれも出来なくなっちまった。」

彼は苦笑しながらそう言い放つ。
何故、大帝国の皇帝たるオールフェスが、わざわざ城を抜け出して街をぶらぶらと歩き回るのか?
答えは簡単である。

「あいつらはのんびりと、生活を送っているかなぁ。」

オールフェスは、雨の中の町並みを見つめながら呟いた。
彼は、自分達の国民が、自分の理想としていた、のほほんとしながら生活を送っている様子を見るのが好きだった。
いずれは、他の国の住民も、このような生活を送らせてやりたいと、オールフェスは思っていた。
だが、それに至るまでには、色々な問題が立ちはだかる。
オールフェスはそれを解消するために、あえて、邪道とも言える方法を取って来た。
それで、犠牲が少ないのなら、別に良かった。
その責任は、自分が負うつもりだった。
だが、世界は、彼が思っているほど甘くはなかった。
奴ら・・・・・アメリカ合衆国がこの世界に召喚されてから、全ては変わった。
オールフェスは、1枚の書類を手に取り、それをさっと読み通した。

「ハッ、国際法違反・・・・ねぇ。」

彼は馬鹿にしたような口調で呟いた。その書類は、捕虜の取り調べに関する物だった。
シホールアンル側は、捕虜の取り調べによって、アメリカ軍が国際法という決まりに基づいて行動している事を突き止めている。
捕虜からの証言によれば、シホールアンル帝国が行なってきた行動は、明らかに国際法違反であり、責任者たるオールフェスは
確実に戦争犯罪人として裁かれる、と、書類にはそう書かれていた。

「何が戦争犯罪人だよ。無茶苦茶言いやがって。」

オールフェスは口元を歪めながら、書類を机に放り投げた。

「ウィステイグを無差別爆撃したお前らだって、同罪だろうが。」

彼は憎らしげな口調で呟きつつも、後ろの窓を眺めてみる。
ウィステイグの空襲で、シホールアンル側は住民に死者1892名、負傷者4800名を出す損害を受けている。
負傷者の中でも、腕や足を失ったり、目などをやられたりして、重度の障害を負った物が実に3割以上にも及び、
仕事が出来なくなった彼らは、実質的に死んだも同然である。
シホールアンル側は、このウィステイグ空襲に対して、

「アメリカは無垢な住民を狙い撃ちにし、6000名以上の市民を死傷させた!我々シホールアンルは、
この無差別爆撃を決して許さない!」

と、広報誌は勿論の事、南大陸陣営に至る各所にまで声明を発表した。
それに対して、アメリカ側は、住民に死傷者が出たのは、事前に通達を行なったにも関わらず、住民を避難させなかった
シホールアンル帝国が悪いと派手に宣伝した。
南大陸各国の中には、都市爆撃を行なったアメリカに対して非難する声が多数あったものの、アメリカ側の声明が
発表されるや、悪いのはアメリカではなく、シホールアンルであると認識された。
そして、シホールアンルは被害を局限できる好機があったにも関わらず、無為に国民を死なせた国家として南大陸中のみならず、
解放されたばかりの被占領国からも笑い物にされてしまった。
アメリカはその後、更に声明を発表し、ウィステイグ空襲を非難するシホールアンル帝国に対して、

「自らは被占領国において、それの数千倍もの住民を虐殺している上に、自国民までもを無為に死なせている。
シホールアンルの蛮行は、明らかに国際法違反であり、厳しく罰せられるべきである。」

と、シホールアンル側を激しく非難した。
この一連の出来事をフレルから聞かされた時、オールフェスは心底から失望した。
彼から見れば、アメリカは敵国に無差別爆撃を行なっても、その責任を相手になすりつける薄汚い畜生共にしか見えなかった。

「敵国の領土を平気で爆撃し、その責任を相手に押し付ける奴と戦争してるなんて・・・・・俺の計画書には、
こんな狂った国と戦争するなんてどこにも無かったぞ。」

ま、悪いのは俺だがね、と呟いた後、彼は口を閉じた。
昔から住み慣れてきた首都ウェルバンル。
自らが生まれ、自らが変わるきっかけを作ってくれた町。
その町が、B-29によって蹂躙されたら、死傷者は計り知れない数になる。
そうなったら・・・・・

「俺は、皆をのんびり暮らさせるどころか、絶望を与えまくった悪魔・・・・て事になるな。」

彼は、自嘲するように小声で呟いた。
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