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236 第179話 レビリンイクル沖海戦(後編)

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第179話 レビリンイクル沖海戦(後編)

午後2時10分 第37任務部隊旗艦 空母タイコンデロガ

パウノールは、フランクリンから発艦した偵察機の報告を受けてから、しばしの間思考が停止してしまった。

「司令官、大丈夫ですか!?」

幕僚が心配になって声を掛けてくるが、パウノールは反応しない。

「司令官!パウノール司令官!!」
「ん?ああ。すまない。」

パウノールはようやく我に返り、幕僚に謝った。

「それにしても、とんでもない事になったぞ。」

彼はそう言ってから、深いため息を吐く。

「ハイライダーが見つけた艦隊は、明らかに正規竜母を含む機動部隊だ。そこから発艦した敵ワイバーンは総計で
300騎以上にも上るから、敵は恐らく、4、5隻程度は用意しているかもしれん。」
「4、5隻・・・・・では、サウスラ島沖海戦の敵正規竜母は一体?」
「うーん、詳しい正体は分からんが、シホールアンルの国力からして、エセックス級並みに竜母を揃える事は難しい筈。
しかし、形だけが立派な竜母を揃える事は可能だろうな。」
「形だけの竜母・・・・それはもしや、偽竜母の事ですか?」

タバトス大佐の問いに、パウノールは深く頷いた。

「断定は出来んが、姑息なマネをしたがるあいつらの事だ。偽竜母を仕立て上げて、それで我々を吊上げようとして
いる事は充分に想像が付く。いや、」

パウノールは首を横に振った。

「確実に吊上げられたな。」
「しかし司令官。TF58がサウスラ島沖海戦で撃沈した竜母は、正規竜母も含まれていたとあります。
それも、6隻。これは、シホールアンル側が持てる正規竜母の全てです。」
「敵がたった6隻しか持っているとは限らん。それ以外にまた何隻か前線に出ていたかもしれん。とはいえ、
新たに竣工した正規竜母のみで新艦隊を編成しても、果たして、300騎以上のワイバーンを一気に出せるかどうか・・・・」

パウノールの言葉に、タバトスは見る見るうちに顔を青く染め上げていく。

「もしかしたら、サウスラ島沖に出て来た竜母は、囮だったかもしれない。」
「囮?相手は小型竜母も6隻引きつれていましたぞ。」
「だから囮なのだよ。」

パウノールは抑え込むような口調で言う。

「正規竜母に見せかけた偽物と小型竜母を組ませれば、見た目は立派な機動部隊だ。」
「偽物・・・!?では、サウスラ島沖海戦の敵機動部隊は。」
「偽竜母が何隻も混じっている、まやかしの主力部隊さ。俺も、たった今気が付いたのだが、まさかこんな所で
偽竜母を使って来るとはな。」

パウノールは、片手で額を抑えながらタバトスに言った。

「どうやら、連中は以前から俺達を潰す作戦を練っていたようだな。」
「・・・・なんたることだ・・・・」

タバトスは顔を真っ青に染めながら、力無く呟いた。
艦橋の空気は曇りに曇っていた。
自ら虎口に入り込んでしまったTF37は、拷問にも等しい試練を受け続けているのだ。
作戦開始前は、あれほど楽観気分に包まれていた幕僚達も、今では誰もが暗然とした表情を浮かべていた。

そんなTF37司令部に、新たな通信が舞い込んで来た。

「司令官!TG37.1より通信です!我、敵飛空挺の攻撃を受けつつあり!」



「見えたぞ、敵機動部隊だ!」

第6攻撃飛行隊に属しているハウルスト・モルクンレル中尉は、直属の上司である第2中隊長の声を聞くなり、体を引き締めた。
所々に雲が張っており、海面が見辛くなっているが、それでも雲の合間には陽光に照らされた海が見える。
その美しい洋上に、幾つもの黒い物が浮かんでいた。

「あれが・・・・姉さんが戦ったアメリカ機動部隊か。」

モルクンレル中尉はそう呟くと、急に胃が締め付けられるかのような感覚に囚われた。
彼は、第4機動艦隊司令官を務めるリリスティ・モルクンレル中将の弟である。
今年で24歳になるハウルストは、18歳の時に帝立士官学校に入学し、20歳の時に卒業している。
元々は飛竜騎士を目指していたハウルストだが、彼はその選抜試験で落第してしまい、その後は首都近郊の騎兵旅団に配属されていた。
22歳の時に飛空挺搭乗員の募集を目にした彼は、飛空挺乗りの道を歩む事を決め、1482年10月には騎兵旅団から飛空挺部隊へ
転属となった。
83年10月には無事、訓練課程を修了し、編成されたばかりの第6攻撃飛行隊に配置となり、翌年4月にはいよいよジャスオ領の
飛行場に配置される事が決まった。
だが、第6攻撃飛行隊は、ジャスオ領とは真逆のシェルフィクル地方にある寂れた土地の飛行場に配備された。
飛行場の周辺には何も無く、第6攻撃飛行隊の将兵は誰もが地の果てに飛ばされたのだと言い合っていた。
第6飛行隊が配属されてから3日後の4月18日には、空中戦を専門とする第7戦闘飛行隊と第8攻撃飛行隊が、同じ飛行場に配置された。
そして3日後には、洋上での飛行訓練が始まり、3個飛行隊・計200機の飛空挺は、何も知らされぬまま、ひたすら訓練に励むしか無かった。
作戦の全容が明らかになったのは、今から2日前の事だ。

「機長!あれが敵さんの機動部隊ですか!?」

後ろに座っている後部射手のロレスリィ・インベガルド軍曹が、興奮で声を上ずらせながらハウルストに聞いて来る。

「ああ。そのようだぞ。その証拠に、俺達の前で第7の奴らが戦ってる。」

彼は前方よりやや上の方向に指をさした。
攻撃隊のやや前方では、迎撃い上がって来た敵艦載機と味方の護衛機が戦っている。
彼らの位置からは、どれが味方でどれが敵かは分からなかったが、護衛機は奮戦しているようだ。
動き回る機体の中には、翼の主翼が折れ曲がった機が幾つも居る。
(あれがコルセアって呼ばれている飛空挺か)
ハウルストは心中で呟く。
コルセアの外観は、スマートな感のあるケルフェラクと比べてどこか荒っぽそうな印象が感じられる。
コルセアの恐るべき所は、ヘルキャットよりも格段に優れた速度性能で、シホールアンル自慢のケルフェラクでも
苦戦する事が多いようだ。
ヘルキャットとコルセア、ケルフェラクが乱舞しているのを尻目に、攻撃隊は敵機動部隊へ向けて進んでいく。
5分ほど飛行してから、攻撃隊は大きく二手に別れた。

「第8飛行隊が輪形陣の右側に回り込んでいくな。」

ハウルストは、編隊から離れていく第8飛行隊に目を向ける。
第8飛行隊に属する64機のケルフェラクは、統率のとれた動きで第6飛行隊から離れつつある。
その半分は、雷撃進路に入るため、既に低空へ降下しつつあった。
やがて、攻撃開始の時がやって来た。

「各機に告ぐ。全機突撃せよ!繰り返す、全機突撃せよ!」

第6飛行隊の指揮官機から、各機に向けて通信が飛ぶ。
待ってましたとばかりに、対空砲の射程外で旋回を続けていたケルフェラクが、一斉に向きを変えた。
第2中隊は、第1中隊の後に続くようにして輪形陣に向かい始めた。
急降下爆撃を行う第1から第3中隊は、高度2000グレル(4000メートル)から敵輪形陣に向かう。
低空雷撃を行う第4から第6中隊は、30グレルの超低空まで降下してから、目標に向かい始める。

米機動部隊が対空砲火を撃ち始めた。
ハウルスト達と対面する事になった輪形陣の左側には、駆逐艦5隻と巡洋艦2隻、戦艦1隻が配備されている。
その向こうには、板を浮かべたような船が4隻、2列ずつになって航行している。
4隻中、2隻は大型空母で、2隻は小型空母だ。
ハウルストは、前方の2隻の大型空母に注目した。

「レキシントン級正規空母か。」

彼は、小声で空母の艦級を言い当てた。
レキシントン級正規空母は、シホールアンル軍内では開戦以来、各戦場で活躍して来た精鋭空母として広く知られており、
搭載されている航空団は、シホールアンルが誇る最精鋭の飛竜騎士団と比べても全く見劣りしない実力を持つといわれている。

「レキシントン級のうち、1隻は確か、姉さんが撃ち漏らしていたな。」

ハウルストは緊張を感じながらも、それを和ませるためにわざと不敵な笑みを浮かべた。

「俺が仕留めてやる。」

彼は、小声で呟いた。
先行している第1中隊に高角砲弾が集中している。
対空砲火はかなり激しく、第1中隊の周囲は、あっという間に砲弾の炸裂煙で埋め尽くされた。
第1中隊は、そのまま駆逐艦の上空を通り過ぎてから、急降下を開始した。
12機のケルフェラクは、半数に別れてからそれぞれの目標に突っ込んでいく。

「巡洋艦を攻撃するつもりだな。」

ハウルストはそう確信した。
眼下に見える巡洋艦2隻のうち、1隻はアトランタ級である事が確認されている。
先ほどの激しい対空弾幕は、このアトランタ級から発射された物が多分に混じっている。
もう1隻はポートランド級か、ノーザンプトン級巡洋艦であり、撃ち上げる対空砲もあまり多くは無い。

その2隻に向かって、ケルフェラクが6機ずつ急降下を行う。
対空砲の炸裂煙が、降下するケルフェラクを負っていく。
アトランタ級の対空射撃は激烈であり、7基の連装砲や機銃を撃ちまくるその姿は、まさに粗ぶる炎竜そのものである。
1機のケルフェラクが、至近に高射砲弾の炸裂を受ける。その瞬間、ケルフェラクは大爆発を起こした。
炸裂した砲弾の破片が胴体の爆弾に当たったのだろう。
散華したケルフェラクは皮肉にも、自らが抱いて来た爆弾によって粉砕されたのである。
更に高度が下がった所で、2番機が噴き上がる機銃弾を食らった。
大口径の機銃弾を受けた主翼が一撃の下に吹き飛ばされ、きりもみ状態となって墜落し始める。
アトランタ級が回頭を始めた。
細長い船体を持つ防空巡洋艦は、時速28ノットで急回頭を行い、ケルフェラクの急降下爆撃を避けようとする。
残り4機となったケルフェラクは、尚も降下を続ける。
新たな1機が機銃弾を食らってしまった。コクピットに突入した20ミリ弾は、薄い風防ガラスを叩き割って、搭乗員の胸板を容易く貫く。
射殺された搭乗員の血飛沫でコクピットが真っ赤に染まり、ケルフェラクは投弾コースを外れ始める。
損傷したコクピット以外には目立った損傷は無いが、搭乗員を失ったケルフェラクはそのまま降下を続け、ついには海面に
激突してバラバラになった。
残り3機が投下高度に達し、次々と爆弾を投げ落して行く。
アトランタ級の右舷前部側に弾着の水柱が噴き上がり、回頭中の艦体が衝撃で揺さぶられる。
2発目は左舷中央部側の海面に落下し、海水を高々と跳ね上げた。最後の3発目は、アトランタ級の後部に命中した。
後部に命中弾を受け、のたうつアトランタ級に、低空から5機のケルフェラクが迫る。
雷装のケルフェラクは、輪形陣突入前には32機居たのだが、巡洋艦の防御ラインに到達した時は26機に減っていた。
駆逐艦群は、主に低空侵入機に攻撃を集中したため、雷撃隊は相次いで撃墜された。
その生き残りの26機のうち、5機が未だに強力な対空火力を持つアトランタ級を黙らせるため、向きを変えて接近して来た。
アトランタ級の主砲が5機のケルフェラクに向けられ、咆哮する。
ケルフェラクの周囲に高角砲弾が炸裂し、海面が白く泡立つ。
1機が、40ミリ弾をまともに食らって空中分解を起こす。残り4機が、アトランタ級の左舷側から迫る。
更に1機が白煙を噴き出したが、その時には800メートルの距離にまで迫っていた。
被弾した機も含む4機のケルフェラクが、相次いで魔道魚雷を投下する。
魚雷が着水した瞬間、振動が魔法石に伝わり、動力部が作動する。やがて、魚雷は白い航跡を引きながらアトランタ級に向けて突進し始める。
アトランタ級は尚も急回頭を続けて魚雷を回避しようとする。
艦首が、4本の魚雷と向き合う形になった。アトランタ級の艦長はこのまま直進して、魚雷をやりすごそうと考えた。

だが、戦神はアトランタ級に過酷な運命を与えた。
艦長はすぐに愕然とした。魚雷の1本が、右舷側艦首部に突進して来た。距離は100メートルも離れていない。

「総員衝撃に備えよ!魚雷が来るぞ!」

艦長はマイク越しに、大音声で全乗組員に伝えた。その直後、猛烈な衝撃が基準排水量6000トンの艦を揺さぶった。
シホールアンル側は知らなかったが、このアトランタ級巡洋艦は、2番艦のジュノーであった。
ジュノーは1942年1月に竣工して以来、数々の海戦を潜り抜けて来たベテラン艦である。
初陣である第1次バゼット海海戦以来、ジュノーは艦隊の主力である空母を守るため、自慢の16門の5インチ砲や
機銃を使って艦隊防空網の要を担い続けて来た。
ジュノーはこれまで大きな損傷を負った事が無く、乗員達からは幸運のジュノーとして呼ばれて来た。
しかし、その幸運も今日限りで終焉を迎えてしまった。
右舷艦首部に命中した魚雷は、薄い装甲板を付き破って艦内に達し、炸裂した。
炸裂の瞬間、艦首の破孔から大量の海水が流れ込んで来た。
これに加え、ジュノーが28ノットという高速で洋上を驀進していた事が、被害拡大に繋がった。
艦首部の区画は、大量に入り込んで来た海水によって次々と浸水し、ジュノーの喫水は見る見るうちに下がった。
そこに2本目と3本目の魚雷が突き刺さった。
2本目は右舷中央部に命中した。魚雷は船体を突き破って内部で炸裂し、艦深部の缶室と機関室に損害を及ぼした。
更に、被雷と同時に発生した浸水によって被害個所は瞬く間に海水で満たされていった。
3本目は後部に刺さったが、この魚雷は不発であり、艦に何ら損害を与える事は出来なかった。
アトランタ級が魚雷と爆弾で叩きのめされている間、第2中隊は戦艦の上空を越えて、レキシントン級空母へ向けて降下をしようとしていた。
第2中隊の周囲に激しい対空弾幕が張られ、機体が音を立てながらしきりに揺れる。

「対空艦の上空を超えたというのに、相変わらず激しいな。」

ハウルストは、米艦隊の底なしの火力に肝を冷やしていた。
第2中隊は、巡洋艦の上空を飛び越えるまでは何とか被害を0に抑えていたが、戦艦の上空に差し掛かった時に、猛烈な対空砲火に見舞われた。
相次いで2機のケルフェラクが叩き落とされ、空母への降下地点に到達した直後にまた1機落とされた。
第2中隊は、たった5分と言う僅かな時間で、3機も落とされたのだ。
米機動部隊が放つ対空射撃の激しさは、姉であるリリスティから何度も聞かされていたが、実際に体験すると、何物にも勝る恐ろしさを感じた。

(道理で、味方のワイバーンや飛空挺の損害が大きい訳だ)
ハウルストは内心で呟く。
第2中隊長機が降下を開始した。第2中隊が狙うのは、レキシントン級の2番艦である。
中隊長の率いる第1小隊と第2小隊の5機が降下を始め、次にハウルストの属する第3小隊が降下を始める。
70度の角度で急降下を開始する。眼前には、レキシントン級空母が居る。
レキシントン級空母は、ネームシップであるレキシントンとサラトガの2隻が居る。
ハウルストは、目の前の空母がレキシントンであるか、それでもサラトガであるかが分からなかったが、彼にしてみれば、
それはどうでも良い事であった。
レキシントン級空母が回頭を始めた。
第1小隊や第2小隊は、高角砲弾の炸裂を周囲に受けながらも降下を続ける。
不意に、1機のケルフェラクに砲弾が直撃し、爆発した。
戦友の乗ったケルフェラクは、無数の残骸となって海面に落ちていく。
第1小隊と第2小隊は、高度900グレルまで降下した所で機銃の猛射を受けた。
新たな1機が機体の全身を穴だらけにされ、しまいにはバラバラに分解された。
別の1機が不意に右主翼が吹き飛ばされ、激しく回転しながら海面に直行し始める。
残り3機となった第1小隊と第2小隊が、投下高度まで辿り着き、次々と爆弾を落とした。
爆弾が、レキシントン級の右舷側海面に落ちて、水しぶきを上げる。
次いで、2発目が右舷中央部側の海面に至近弾として着弾し、水柱が立ちあがる。
3発目は見事に飛行甲板中央部に命中した。
だが、この爆弾は信管が不良であったため、炸裂しなかった。

「くそ、不発とは!!」

ハウルストは、味方が挙げる筈であった戦果が無効になったのを見て、思わず悔しがった。
3機のケルフェラクが投弾を終えると、ハウルスト機に向けて、砲弾や機銃弾が注がれて来る。
唐突に機体の真後ろで砲弾が炸裂し、金属的な音が響く。
ハウルスト機は、レキシントン級の後方から突っかかる形で降下を行っている。
照準器には、敵空母の飛行甲板が捉えられている。
敵空母は回頭しているため、最初は狙いを外してしまったが、冷静に愛機を操作したお陰で、再び敵空母を照準に捉える事が出来た。
高度が下がるに連れて、レキシントン級はますます大きくなって来る。それに比例して、対空砲火も激しくなる。

高度が900グレルを切ってから、目を覆うような機銃弾の嵐が注がれて来た。
ハウルストは、内心で早く高度を上げねばと叫んだが、同時にもっと高度を下げなければ当たらないとも思う。
高度が400グレルを切ったあたりで、大きな揺れが愛機を襲った。
ハウルストはやられた!と思った。
しかし、彼の思いに反して、機体はまだ快調に動き続け、しっかり操縦桿も握る事が出来る。
高度が250グレルに達した所で、彼は爆弾を投下した。
重い300リギル爆弾が胴体から離れ、機体が軽くなる感触が伝わる。
ハウルストは、渾身の力で操縦桿を引き、機体を立て直す。
訓練で何度もやった行動だ。体は自然に動き、操縦桿はすぐにではないが、徐々に手前に引かれていく。
ふと、彼は横目で、低空で迫るケルフェラクを見たような気がした。
しかし、彼の意識は機体を水平に立て直す事だけ集中しており、低空のケルフェラクなどは気にも留まらなかった。
高度が50グレルを割った時に、ハウルストは愛機を水平にする事が出来た。
後方から爆発音が響いた。

「機長!命中しましたよ!」

後部座席から、絶叫めいた声音が聞こえた。
ハウルストは一瞬だけ頬を緩ませたが、すぐに無表情になり、地獄の釜からの脱出に集中し続けた。

10分後、彼は集合しつつある味方と共に、敵機動部隊から離れた空域で旋回していた。

「凄いな。敵空母が停止しているぞ。」

ハウルストは、操縦席の右側方から敵機動部隊の輪形陣を眺めていた。
敵艦隊は、ハウルストを始めとするケルフェラク隊の猛攻によって手痛い損害を被った。
空母のうち、レキシントン級空母1隻に爆弾3発と魚雷4本を浴びせ、インディペンデンス級に爆弾2発を食らわせた。
レキシントン級は飛行甲板に3発の直撃弾を食らった他、左舷に3本、右舷に1本を食らっている。
敵空母は徐々に速度を落として行き、やがては停止した。
今は左舷に大きく傾いた状態で盛大に黒煙を噴き出している。
インディペンデンス級は爆弾2発を食らいながらも、機関部には損害を与えられず、被弾した後も全速力で驀進しながら、対空砲火を撃ちまくっていた。

この他にも、アトランタ級巡洋艦1隻に撃沈確実の損害を負わせ、巡洋艦2隻と戦艦1隻に爆弾を浴びせた。
これが、第6飛行隊と第8飛行隊が挙げた戦果であるが、空母に手傷を負わせたのは第6飛行隊だけである。
第8飛行隊は、急降下爆撃隊が空母へ投下した爆弾を全て外すという悲惨な結果に終わった物の、雷撃隊は第6飛行隊と同様に空母への攻撃を成功させていた。
しかし、問題は攻撃が成功した後・・・・つまり、魚雷が海中に投下された後にあった。
第8飛行隊は、空母に辿り着くまでに18機が生き残って魚雷を投下した。
敵空母は急回頭を行ったため、魚雷の大半は外れてしまったが、それでも3本は確実に右舷側に命中していた。
だが、ここで思わぬ珍事が起きた。
あろうことか、命中した魚雷は全てが不発であり、目標のレキシントン級にはかすり傷すら負わせられなかった。
第8飛行隊の指揮官は、魚雷の酷い欠陥ぶりに、ここが戦場である事も忘れて、しばしの間激怒した。
それも当然である。
何しろ、折角転がり込んで来た敵正規空母撃破(それも、長い間シホールアンル軍を苦しめて来た精鋭空母の1隻である)という大戦果が、
魚雷の不良によって台無しになってしまったのだ。
これでは、どんなに優しい人物でも烈火の如く怒り狂うであろう。
しかし、救いはあった。
第6飛行隊が雷撃に成功した敵空母には、第8飛行隊が投下し、外れた魚雷のうちの1本が、反対舷に命中した。
片舷に3本も食らってグロッキー状態であったレキシントン級空母は、この最後の被雷によって止めを刺された形となった。

「これで、ケルフェラクでも敵空母を撃沈出来る事が証明されましたね。」
「ああ。」

ハウルストは頷く。
ケルフェラク隊は、果敢な攻撃により、敵正規空母1隻撃沈、1隻撃破、他に巡洋艦1隻撃沈、2隻撃破、戦艦1隻損傷という戦果を挙げた。
ケルフェラク隊には、映像を撮る事の出来る撮影機も混じっており、もし、その機が生き残っていたら、この戦果は貴重な資料として今後に役立つだろう。
(それにしても・・・・・)
ハウルストは浮かない顔つきで、集合しつつある仲間の機を見つめる。
(随分とやられた物だなぁ)
彼は、ぼそりと呟いた。
第6飛行隊の生き残りは続々と集まって来ているが、その数は、攻撃開始前と比べて大きく目減りしていた。

午後2時55分 TF37旗艦 空母タイコンデロガ

タイコンデロガの属するTG37.3は、この日で4度目の空襲を受けようとしていた。

「くそ、シホット共は一体どれだけのワイバーンを用意しているんだ!?」

タイコンデロガの艦長は、苛立った声音で言い放つ。
司令官席に座っているパウノール中将は、今しがた飲み干した紅茶を従兵に下げさせた。

「畜生。いつもは良く飲む紅茶も、負けが込んでいるとあまり美味いと感じん。」

彼は、しわがれた声でそう言う。早朝と比べて、パウノールは憔悴していた。

「TG37.1は、飛空挺の来襲でサラトガと軽巡ジュノーを大破させられ、どちらも助かるかどうか分からんと聞く。その上、
軽空母のモントレイまでもが使用不能にさせられた。これで、わがTF37で使える正規空母は4隻、軽空母は4隻に減ってしまった。」
「司令官。今はひとまず、空襲を乗り越える事を考えましょう。」

タバトス航空参謀が横から口を挟んだ。

「この空襲を凌げれば、残った航空戦力で反撃を行う事も可能です。」
「残った戦力か。この8隻の稼働空母が、あと何隻減るのだろうか・・・・・」

パウノールは、悲観的になりつつあった。
だが、その半面、艦隊司令官としての矜持が彼の理性を維持し続けていた。

「司令官。本隊に敵ワイバーン90騎が現れました。」
「90騎か、意外と少ないな。」
「はっ。それから、50騎がこちらに向かっています。」
「・・・・・・・」

パウノールは何も言えなかった。
タイコンデロガは、本体から10マイル離れた後方で、損傷艦と共に航行していた。
先の空襲で、TG37.3は4隻の喪失艦と13隻の損傷艦を出している。
そのうち、本隊と共に行動できる艦は本隊に戻り、大破、あるいは25ノット以上のスピードが出せなくなった艦は、そのやや後方から
続く事になっていた。
パウノールは、この損傷艦ばかりの艦隊に戦艦サウスダコタと駆逐艦3隻を護衛に付け、残りを艦隊の防空に回した。
敵は、この傷だらけの艦隊にも刺客を送り込んで来た。
5分後に、敵ワイバーンが姿を現した。
先ほどまで、100騎以上の大群で群がって来たせいか、今見えるワイバーン群は大した数では無いと思い始めていた。
だが、艦隊の将兵達は、自分達の置かれている状況を思い返し、気を引き締めた。
ワイバーン群が、艦隊の左側に回り込みつつある。

「敵は、陣形の右側に居るサウスダコタを警戒しているな。」

パウノールが呟く。
陣形の左側に回り込んだワイバーン群は、高空と低空の二手に別れてから攻撃を開始した。
損傷艦群が対空砲火を放つ。
ワイバーン群の周囲で炸裂する砲弾は、最初と比べて余りにも少ない。
損傷艦群の中には、アトランタ級防空巡洋艦のリノも含まれているが、そのリノも、使える主砲は6門に減じているため、
有効な対空射撃が困難になっている。
敵ワイバーンは、接近していく内に1騎、また1騎と落ちていくが、最初のようにばたばたと落ちる姿は見られない。
敵騎群は、5騎を失っただけで、悠々と陣形の外郭を突破した。
ワイバーン群はこのままの調子で、タイコンデロガに殺到するかと思われた時、唐突に3隻のフレッチャー級駆逐艦が猛然と火を噴いた。
この3隻のフレッチャー級は、低空侵入のワイバーンを狙っていた。
それまで、敵のか弱い抵抗を嘲笑いながら進撃を続けていた竜騎士達は、周囲で炸裂する対空弾幕に度肝を抜かれた。
フレッチャー級駆逐艦は、1隻で5門の5インチ砲を持つ。
それが3隻集まれば、計15門の5インチ砲を敵に対して放つ事が出来る。
3隻のフレッチャー級駆逐艦は、ここぞとばかりに撃ちまくる。
低空から侵入して来たワイバーンは、慌てて高度を20グレルまで下げるが、相次いで2騎が叩き落とされた。
高空のワイバーン群は、サウスダコタからの援護射撃や、タイコンデロガ自身が撃ち上げる対空砲火によって、急激にその数を減らし始めた。

いきなり活発化し始めた米艦隊の防空網の前に、低空で、あるいは高空でワイバーンが次々に落とされていく。
撃てる砲の数が減っていようが、VT信管の威力は健在であり、ワイバーン群は至近距離で炸裂する高角砲弾の前に犠牲を増やしていく。
だが、それだけであった。
傷だらけの艦隊では、50騎程度のワイバーンですら満足に数を減らす事は出来なかった。
高空から侵入して来たワイバーンが、最初に攻撃を行って来た。
このワイバーン群は、25騎から16騎に減じていたが、竜騎士達の士気は旺盛であり、誰もが手負いのエセックス級空母を仕留める事で頭が一杯だった。
ワイバーンに向けて、タイコンデロガは左舷側の高角砲や機銃を一斉に発射する。
敵騎は、20ミリ機銃、40ミリ機銃の弾幕に絡め取られて落ちていく。
しかし、残りの敵騎は投下高度に迫り、爆弾を投下した。

「取舵一杯!」

タイコンデロガの艦長は、声を張り上げた。
予め舵を切っておいたのだろう、艦首がすぐに回り始める。
(遅いな・・・・)
パウノールは、回頭が遅い事が気になった。
その刹那、艦橋の左横から閃光が差し込んで来た。


閃光で奪われた視界は戻りつつあった。
(う・・・・)
パウノールは、体に痛みを感じ、顔をしかめた。
(体が痛い。さっきの衝撃でどこかに体をぶつけたのだろうか)
彼はふと、そんな事を思った。
(そうだ、すぐに起きなければ)
パウノールははっとなって、体を起こしに掛った。その瞬間、腹部から強烈な痛みが走り、喉から何かが込み上げて来た。
彼は、そのこみあげて来た物を吐き出した。
(一体・・・・何だ?)
パウノールは、腹部の激痛に開けかけた目を瞑ったが、痛みを我慢して目を開ける。
彼の目に入って来たのは、著しく破損した天井であった。

(これ・・・・は・・・・?)
パウノールは理解が出来なかった。
周囲に視線を巡らせる。そこには、あり得ない物が存在した。
艦橋内には、夥しい数の死体が散乱していた。
死体の種類は様々であり、満足に五体をとどめている物もあれば、どこかが欠損したり、上半身、あるいは下半身が無くなっている物もある。
艦橋職員や幕僚達は、文字通り全滅していた。彼の側に常に居続け、アドバイスを送って来たタバトス大佐も、今では物言わぬ骸と化している。
(なんたる事だ・・・・)
彼は、頭をハンマーで殴られたようなショックを感じた。
(最悪の事態になってしまった・・・・・こうなってはもう、TF37司令部は艦隊を指揮出来ない。誰かに・・・・誰かに代わりに指揮を譲らなければ)
パウノールは、心中でそう決意すると、声を出そうとした。
だが、彼は声が出せなくなっていた。
(喉が、やられている。)
パウノールはそう思った。その時になって、彼は自らもまた、死に関わる手傷を負っている事を確認した。
(艦が止まっている。そういえば、傾斜が酷いな)
彼は、タイコンデロガが左に傾いている事に気が付いた。
(また魚雷を食らったか。)
先のワイバーン群は、犠牲を払いながらも2隻目のエセックス級空母を仕留める事が出来たのだ。
(1日で、正規空母が2隻。それも、新鋭のエセックス級空母が2隻も・・・・・今頃、シホットの奴らは久方ぶりの大戦果に狂喜しているだろうな)
悔しげな心境でそう思うと、心なしか涙が出て来た。
(そもそも、あんな情報さえ来なければ・・・・こんな事にはならなかったのに・・・・・畜生・・・・・・畜生!)
パウノールは、後悔の念で胸が一杯であった。
彼は、衛生兵が来るまで思考を続けたが、彼の手傷は思ったよりも深かった。
再び、彼は吐血する。今度は、先ほどよりも量が多い。
(もはや・・・・これまで・・・か)
パウノールは、自らの死を悟った。
彼は虚ろげな目になりながらも、脳裏にある将官の顔が浮かんだ。
(シャーマン・・・・・どうか・・・・俺の代わりに、艦隊を率いてくれ。そして・・・TF37の生き残りを、無事に帰してくれ・・・・)
彼は、心中でそう呟くと、ゆっくりと瞼を閉じて行った。

攻撃を受けているのは、TG37.3だけでは無かった。
TG37.1も、3度目の空襲を受けつつあった。

「敵ワイバーン多数が、輪形陣右側の上空を突破しつつあります!」

戦艦インディアナの艦長であるユニオス・ルーストン大佐は、対空砲火の喧騒の中、見張りから発せられた言葉に耳を傾けていた。
既に、輪形陣右側の防空網は滅茶苦茶になっている。
巡洋艦と駆逐艦の上空を突破した多数のワイバーンは、急速に輪形陣に迫りつつある。
インディアナは、右舷側に向けられる高角砲や機銃を必死に撃ちまくる。
敵ワイバーンは、インディアナから発せられる対空砲火の前に、確実にその数を減らしてはいるが、敵の数は余りにも多い。

「低空のワイバーン28騎、間もなく直上に差し掛かります!」
「低空侵入のワイバーン、レキシントンより距離2000に接近!」

ルーストン大佐は、次々に入る報告に苛立ちを募らせていた。
(くそ、このままでは空母群が危ないな・・・)
現在、インディアナはレキシントンの右舷600メートルを航行している。
普通ならば、インディアナは900から1000メートルほど離れた位置に付かなければならないのだが、インディアナ艦長はレキシントンを
守るためには、より接近して援護を行う事が大事だと判断し、敢えてレキシントンの右舷前方600メートルに占位した。
護衛艦が相次いで被弾し、対空火力が確実に減っている以上、レキシントンを守るにはこうするしかないと、ルーストン大佐は考えたのであった。

「高空の敵ワイバーン10騎が急降下開始!目標は本艦の模様!」

見張りが、それまで以上に緊迫した声音で伝えて来る。
一部のワイバーンが、後続して来る雷撃隊に気を利かせたのだろう、インディアナの対空火器を減らすために急降下爆撃を仕掛けて来た。

「撃ち落とせ!戦艦の対空火力がどんな物が、思い知らせてやれ!」

ルーストン大佐は吼えるような声で指示を飛ばした。
敵ワイバーン群は、丁度、インディアナの上空を超えてから急降下を開始したため、左舷側の対空火器が射撃出来る状態になった。

それまで沈黙していた左舷の高角砲と機銃が一斉に火を噴いた。
10門の高角砲と、数十丁もの対空機銃が唸りを上げ、上空を砲弾と機銃弾で埋め尽くす。
レキシントンやベローウッド、モントレイから撃ち上げられた高角砲や機銃弾も加わり、敵ワイバーン群は次々と撃ち落とされる。
1騎、2騎、3騎と、敵ワイバーンはVT信管付きの砲弾に吹き飛ばされ、あるいは機銃弾によってずたずたに引き裂かれていく。
残った6騎のワイバーンは、高度800メートルまで降下してから爆弾を投下した。

「敵騎爆弾投下!」

見張りから報告が伝えられるが、ルーストン大佐は顔色一つ変えずに、ただ対空戦闘を見守る。
インディアナは回避運動を全く行わなかった。最初の爆弾が左舷側中央部の海面に着弾し、海水が跳ね上がる。
2発目の爆弾は、艦首正面の海面に至近弾として落下し、高々と水柱が跳ね上がるが、インディアナの艦首は、それを邪魔だと言わんばかりに踏み潰した。
3発目と4発目の爆弾が艦尾側の海面に落下した。
水中爆発の衝撃がインディアナに伝わる。35000トンの艦体は、一瞬後ろ側から持ち上がるような形で揺さぶられたが、その揺れもすぐに収まった。
5発目は右舷側の海面に外れ弾として落下し、6発目がついにインディアナに命中した。
重い300リギル爆弾は、第3砲塔の天蓋に命中し、派手な爆炎を噴き上げる。
爆弾命中の炸裂が、艦橋にも伝わって来たが、揺れは艦尾付近の至近弾よりも小さい。

「爆弾が第3砲塔に命中!損害は軽微!」

ルーストン大佐は、その知らせを聞いてニヤリと笑う。
(フン、シホット共の柔い爆弾なぞ、16インチ砲弾の直撃にも耐えられるように設計されたインディアナには通用せん。シホット共は、
本艦の対空火器を潰すつもりで編隊を分離させ、攻撃に当たらせたようだが・・・・それも無駄に終わったな。)
彼は、心中で敵の判断ミスを嘲笑った。
しかし、その嘲笑も、艦尾方向から伝わった突発的な振動によって吹き飛ばされた。
彼は、至近弾に取り囲まれるレキシントンに視線を移し、指示を飛ばしていた。
唐突に、原因不明の振動が艦全体を襲い始めた。

「な、何だこの揺れは!?」

彼がそう叫んだ時、後ろの艦内電話がけたたましく鳴った。

ルーストンは、電話に飛び付く。

「こちら艦長だ!」
「艦長でありますか!こちらはダメコン班です!先の至近弾で、推進機に異常が発生したようです!」
「何?推進機に異常が起きただと!?」
「はい!恐らく、至近弾が艦尾付近のスクリューシャフトを損傷させたかと思われます!それから、推進機の1基が停止しかけています!」
「停止しかけているだと?それは本当なのか!?」
「はい!間違いありません!」

ルーストンは唖然とした表情で受話器から耳を離した。
ダメコン班からの報告は事実であった。
インディアナは、艦尾付近に落下した至近弾によって、4基あるスクリューのうち、2基を損傷していた。
損傷した2基のスクリューの内、1基は損傷の度合いが激しい他、衝撃が艦内の推進器室にも損傷を与えていたため、スクリューの回転速度は
3分の1以下に落ちていた。
このため、インディアナは機関を全力発揮しているにも関わらず、最大速度である28ノットが出せぬ状態になっていた。
(なんてこった!これじゃただの足手まといになるぞ!)
ルーストンは、思わず頭を抱えそうになった。
だが、インディアナの受難はこれだけではなかった。
彼は、見張りから「敵ワイバーン、魚雷投下!」という言葉を聞いた。
この時、彼は敵ワイバーンがレキシントンに向けて魚雷を投下したのだと思っていた。
実際はその通りである。
レキシントンを狙っていた敵ワイバーン群は、シホールアンル側の竜母部隊には珍しく、殆どが実戦を経験していない新兵
(とはいっても、入念に訓練は積んでいるため錬度は高かった)で編成されていた。
この新米竜騎士達は、訓練のお陰で、何とか米空母まで距離900メートルの位置に辿り着けた。
レキシントンを狙っていたのは、正規竜母ジルファニアから発艦した20騎のワイバーンであった。
目の前のレキシントン級は、随行するサウスダコタ級戦艦と共に回避運動を行いながら爆弾をかわしている。
レキシントンは、少しばかり舵を切っただけであったが、雷撃隊同様、新米ばかりで編成された爆撃隊は、急降下爆撃を全て空振りに終わらせていた。
雷撃隊の指揮官は、今がチャンスだとばかりに、レキシントンの未来位置を狙って一斉に魔道魚雷を投下させた。
本来ならば、もう少し接近してから魚雷を投下するのが良いのだが、それはベテランや、中堅の竜騎士が行う事であり、新米である彼らに
同じ事をさせるには、無理があった。

彼らの投下した20本の魔道魚雷は正確に作動し、扇状に広がって行く。
20本の魚雷網は、確実にレキシントンを捉えていた。
雷撃隊の指揮官は、レキシントンはもらったと確信していた。
しかし、彼らは思いがけぬ光景を目の当たりにする。
何と、レキシントン級のやや前方に出ていたサウスダコタ級戦艦が、速度を落とし始めたのである。

「なっ!?あいつら・・・・・・」

雷撃隊の指揮官は、その戦艦の献身的行為を目にして、思わず絶句してしまった。
アメリカ戦艦は、自らを盾にしてレキシントンを魚雷から救おうとしているのだ。
彼らはそう思った。
だが、実情は違っていた。
インディアナの乗員には、空母を守りたいと思う者は居るものの、わざわざ盾になってまで任務を遂行しようという者は皆無に近かった。

「回避だ!面舵一杯!」

艦長からしてそうであった。
しかし、

「艦長!魚雷7本が急速接近!距離200!!」

状況は絶望的であった。
重い戦艦の舵が効き始めるまで、時間は最短でも30秒は掛る。30秒たてば、艦首は思い通りの方向へ回り始める。
それまでに魚雷は、インディアナの腹を抉っているだろう。

「そ、総員、衝撃に備え!!」

ルーストン艦長は、大音声で乗員に命じた。
(こんな・・・・こんな馬鹿な事が!)
彼の心中で、やり場のない怒りが熱く煮え滾る。

(至近弾ごときで・・・・このような事態に陥るとは!!)
ルーストンは、内心でそう叫んだ。
直後、35000トンの艦体は、右舷側から襲って来た激しい衝撃に大きく揺さぶられた。
シホールアンル軍の魔道魚雷は、戦争の後半頃になって、連合軍艦艇相手に猛威を振るったが、いずれの戦場でも魚雷の作動不良や不発に泣かされて来た。
後に、魔道魚雷は半ば傑作、半ば不良品として言われるようになるが、インディアナに命中した7本の魚雷は、全てが通常通りに作動していた。
インディアナの被雷から3分後に、別の竜母から発艦した雷撃隊は、軽空母ベローウッドに4本を命中させ、うち3発が起爆していた。
ベローウッドの被弾を最後に、シホールアンル側の航空攻撃は再び鳴りを潜めて行った。


午後3時20分 第37任務部隊第2任務群旗艦 空母フランクリン

TG37.2旗艦であるフランクリンの作戦室に、パウノール司令官戦死の凶報が入ったのは、TG37.1の攻撃が終息してから5分後の事であった。

「そうか・・・・・分かった。」

第2任務群司令官であるフレデリック・シャーマン少将は、力無い声で、報告して来た通信参謀に返す。

「まさか・・・・パウノール司令官が・・・・・」

航空参謀は、今にも泣き出しそうな声音で言う。

「TF37司令部が事実上、壊滅してしまった今、誰かがTF37の指揮を取らねばならないが・・・・それにしても、よりにもよって、
こんな時に最高司令官が亡くなるとは。」
「艦隊の損害も、甚大その物です。」

参謀長が発言する。

「敵飛空挺と敵機動部隊との攻撃によって、我々は旗艦タイコンデロガを始めとする空母5隻、戦艦1隻、巡洋艦1隻、
駆逐艦14隻を撃沈破されています。そのうち、旗艦タイコンデロガやサラトガ、軽空母キャボットとベローウッド、
戦艦インディアナ、巡洋艦ジュノーは大破と判定される損害を受けています。特に、TG37.3の損害は甚大です。

使える空母がボクサー1隻に減った今、第3任務群は第2任務群か、あるいは第1任務群に統合するしかありません。」
「司令。たった今、第2任務群のモントゴメリー司令より指示を受けるとの通信が入っています。ここは、早急に
第2任務群が指揮をとり、悪化する状況に歯止めをかけねば・・・・」
「ふむ。」

シャーマンは頷きながら、頭の中では様々な事を考える。
被害甚大となった艦の中には、沈没確実の被害を被った艦が居る。その艦から生き残りの乗員を助けなければならない。
それと同時に、TF37は、陸上からの航空攻撃や、敵機動部隊からの反復攻撃を受ける可能性がある。
状況は、最悪である。12隻の空母のうち、使える空母は6隻しか居ない。
航空戦力も大幅に減少し、長い間迎撃戦闘を行って来た戦闘機パイロットは、半数以上が疲労している。
ここで、敵が再び大規模空襲を反復すれば、TF37は全ての母艦を撃沈されてしまうだろう。
(いや、陸上からの航空攻撃は、今の時間からしてもう無いかもしれない。)
シャーマンは、自らの考えを一部否定する。
(敵のワイバーン部隊の中で、夜間作戦が可能な部隊はごく限られていると聞く。それに、敵の基地航空部隊は、我々との戦闘でかなり消耗
している筈だ。戦力を再編して攻撃を再開するにしても、もう少し時間はかかる。攻撃があるとすれば、明日になるだろう。我々は、明日の
早朝までには陸地から離れるから、敵の基地航空隊は、TF37に再攻撃を行う事は出来んだろう。)
シャーマンは、心中でそう思った。

「陸地からの攻撃は、まず無いかもしれないな。だが、問題はまだある。」

彼は、ハイライダーから送られて来た情報を思い出した。
フランクリンは、新たに2機のハイライダーを発艦させていた。この2機は、機上レーダーで敵艦隊を探知し、位置と進路を知らせて来た。
情報によれば、TF37の南西側の海域270マイルの沖合を、敵機動部隊が航行しているという。
このまま行けば、TF37は安全圏に出るまでに、敵機動部隊から攻撃を受け続ける事になる。
(ただ待っているだけでは、基地航空隊の脅威は去っても、敵機動部隊の脅威は去ってはくれない。この脅威を取り払うには・・・・・
やはり、攻撃しか無い)
シャーマンは顔を上げた。

「よし。通信参謀、艦隊の各艦に通達せよ。我、これよりTF37の指揮を継承。航空戦の指揮を執る。各空母は、攻撃隊発艦の準備を行われたし、だ。」
「司令、攻撃隊を発艦させるのでありますか?」

通信参謀が驚く。

「そうだ。攻撃だ。」

シャーマンは即答する。

「これより、各空母は急ピッチで攻撃隊を編成して貰う。それから、第3任務群は解隊し、第1任務群の指揮下に入るように伝えよ。」

彼は、有無を言わせぬ口調で通信参謀に命じる。

「急げ!敵は新たに攻撃隊を編成している筈だ。ここで反撃に転じなければ、我々はずっと、敵に付き纏われてしまうぞ。それに」

シャーマンはここで頬を緩ませた。

「ようやく、念願の正規竜母が現れたのだ。沈められる機会があるのならば、1隻でもいいから海底に送ってやるべきだろう。
攻撃隊のパイロット達も、早く出撃させてくれと、内心やきもきしている頃だ。」
「分かりました。全艦艇に指令を伝えます。」

通信参謀は頷くと、駆け足で艦橋から出て行った。


午後4時40分 TG37.2旗艦 空母フランクリン

幸か不幸か、太陽はまだ高い位置にあった。
時間は午後4時40分を回っているが、気象班が予測した日没まではまだ時間もある。
飛行甲板上には、弾薬を搭載した艦載機がずらりと並べられている。
弾薬の搭載作業は、事前に準備を終えていた事が功を奏し、比較的短い時間で終わった。

「第2次攻撃隊は、本艦からF4U24機、SB2C14機、TBF14機が発艦します。次に、イントレピッドからはF6F18機、
SB2C16機、TBF12機、軽空母ラングレーとプリンストンは、それぞれF6F12機とTBF6機ずつを発艦させます。」
「レキシントンとボクサーは?」

シャーマンは、すかさず航空参謀に聞き返す。

「レキシントンからはF6F18機、SB2C10機、TBF8機、ボクサーからはF4U30機、SB2C12機、TBF9機が発艦予定です。
このうち、本艦とボクサーのF4Uは、12機ずつ、計24機がロケット弾を搭載して、敵の輪形陣攻撃に当たります。それからプリンストン、
ラングレー、ボクサーの艦爆、艦攻も護衛艦の攻撃に回ってもらう予定です。」
「コルセアのロケット弾で駆逐艦の防空網に穴を開け、艦爆、艦攻の攻撃で巡洋艦や戦艦を叩き、残りの航空隊で敵竜母を狙う、か。
敵がやって来た戦術を、そっくりそのまま叩き返してやるという訳か。」
「はい。それも、徹底した形で行います。」
「潜水艦からは、何か新しい報告は無いか?」
「20分前の第一報以来、消息は途絶えています。」

今から20分前、TG37.2司令部に潜水艦タイノサから敵機動部隊発見さるという報告が伝えられた。
潜水艦タイノサは、僚艦であるハンマーヘッドと共に、この作戦で生じた未帰還機の搭乗員を救出するために派遣された潜水艦の1隻である。
アメリカ海軍は、アルブランパ港を監視している潜水艦部隊とは別に、12隻の潜水艦を動員してシェルフィクルやレビリンイクル列島の周辺に
配置していた。
タイノサとハンマーヘッドは、本来はトンボ釣りが主任務であったのだが、TF37が敵航空部隊の大空襲を受けているとの通信が入ってから
は付近の哨戒活動を行っていた。
この2隻が、敵機動部隊発見という殊勲を挙げたのである。

「シホールアンル艦隊の最新の位置を掴めた事は幸いだが、それよりも、タイノサとハンマーヘッドは生き残って欲しい。」
「貴重な搭乗員救出艦ですからね。1隻でも失えば大損害です。」
「だな。」

シャーマンは頷く。

「2隻の潜水艦が命懸けで伝えて来た情報を生かすためにも、俺達は攻撃を成功させねばならん。」

彼は、静かながらも意気込みを感じさせる言葉を呟いた。
飛行甲板から、航空機のエンジン音が聞こえ始めた。
エンジン音はすぐに大きくなり、数分足らずで飛行甲板上は艦載機の発する爆音に満たされた。

「司令、各空母の発艦準備が間もなく終わります。TG37.1と37.3はあと10分で発艦準備が終わるとの事。」
「あと10分か。やはり、事前に準備を怠らなかったのが幸いしたな。」

シャーマンは満足気な笑顔を浮かべてから言う。
同時に、通信士官が紙を手に携えながら艦橋に飛び込んで来た。

「司令官!ピケット艦より緊急連絡です!」
「読め。」

シャーマンは冷淡な声音で通信士官に言う。

「はっ。ピケット艦コルホーンが、方位260度方向、距離180マイルの地点より接近する敵編隊を捉えたとの事です。」
「敵機動部隊から発艦したワイバーン隊だろう。早速追い討ちを掛けて来たか。」

シャーマンはうんうんと頷く。

「だが、シホット共が思い上がるのも、これまでだ。俺達も攻撃隊を飛ばし、敵機動部隊に空襲を行う。見てろよ、シホット。」

彼は、静かな口調で言い放った。

「バンカーヒルとタイコンデロガ、そして、TF37全体が味わった苦痛と恐怖を、そっくりそのまま叩き返してやるぞ。」


午後5時50分 シェルフィクル沖南南東380マイル沖

第2次攻撃隊が発艦を終えてから1時間が経った。
艦隊には、南西方面から新たな敵編隊が迫りつつあった。

「こちらフランクリン。ウィックスリーダーへ、敵編隊は君達から西に10マイル、1000メートル下方を飛行中だ。数は約200騎程だ。」
「こちらウィックスリーダー了解。すぐに向かう。」

ケンショウは、耳元のレシーバーから流れる隊長機とFDOとのやり取りを耳にしながら、先頭を飛ぶ隊長機に目を向ける。

「各機に告ぐ。聞いての通り、敵編隊約200騎が艦隊に近付きつつある。俺達は今より、この敵編隊を迎撃する。全機、俺に続け!」

イントレピッド隊を束ねるジャン・オーキス大尉の指示が飛び、イントレピッドから発艦した12機のF6Fは、オーキス機に従って、
敵編隊の居る方角に向かう。
迎撃に飛び立った戦闘機は、イントレピッド隊が12機、フランクリン隊が10機、プリンストン隊が8機、ラングレー隊が16機。
TG37.3のボクサーからはF4Uが14機発艦し、レキシントンからは12機が飛び立った。
総計で82機の戦闘機が発艦し、敵編隊に向かっているが、この82機が、TF37が出せる精一杯の戦力である。
残りの戦闘機は、第2次攻撃隊の護衛に出払っているか、艦内の格納庫で修理を受けている。
(いつもなら200機、多い時には300機以上を迎撃に出せる筈なのに、今ではたったの82機とは。この消耗率は異常だぞ)
ケンショウは内心で思う。
早朝から始まった第1次攻撃隊の発艦から既に半日が過ぎ、TF37がCAPに繰り出せる戦闘機は、通常の半数以下である。
TF37の損害は、主力艦だけでも正規空母2隻、軽空母1隻が沈没確実の被害を受け、戦艦1隻に正規空母1隻、軽空母1隻が
沈没するかどうかの瀬戸際まで追い詰められている。
それと同時に、航空機の損失も膨大な物に上っており、TF37は推定で300機以上の艦載機を失っている。
この300機という数字は、敵に撃墜された機以外に、艦内で母艦と共に海没した機体や不時着水、あるいは着艦事故で失われた機も含んでいる。
戦闘はまだ続くため、航空機の損失数は更に増えるだろう。
イントレピッド隊が、他の母艦の戦闘機隊を率いる形で敵に向かってから5分が経過した。

「敵騎発見!」

オーキス大尉の叫び声が響いた。
イントレピッド隊の左下方に、敵ワイバーンの大編隊が飛行している。
敵編隊の全容は、所々に掛っている雲に覆われて把握しきれないが、FDOの言う通り敵の総数は、200は下らぬと思われた。

「イントレピッド隊はこれより、敵戦闘ワイバーンと空戦を行う。攻撃開始!」

オーキス大尉の気合のような言葉が響いてから、先頭の第1小隊が機首を翻し、1000メートル下方に居る敵編隊目掛けて突っ込む。

「第2小隊も続くぞ!」
「了解!」

ケンショウは小隊長にそう返事し、小隊長機にならって操縦桿を右に倒し、愛機を横転させながら降下の姿勢に移す。
視界がぐるりと回り、前方に翼を上下させるワイバーンの大群が見え始める。
緊密な隊形を維持しながら飛行を続けるワイバーン群だが、戦闘機の接近に気付いたのであろう、一部の敵騎が向きを変えて来た。
6000メートルを指していた高度計は急激に下がり、あっという間に5200まで下がった。
先頭の第1小隊が、向かって来たワイバーンに対して機銃を撃つ。
対するワイバーンも口から光弾を連射して来た。
第1小隊の攻撃で、1騎のワイバーンがひとしきり光を明滅させたあと、何かの液体らしき物を吹き出した。
同時に、第1小隊のうちの1機が機首から白煙を引き始め、小隊から離れ始める。
敵ワイバーン群が第1小隊とすれ違い、被弾騎を除いた残りのワイバーン8騎が第2小隊に迫る。
(来る!)
ケンショウは心中でそう叫び、目測で敵が距離400まで接近した瞬間、機銃を発射する。
両翼の12.7ミリ機銃が唸りを上げ、6本の火箭が狙いを付けた1騎のワイバーンに注がれる。
機銃弾は敵ワイバーンの下方に逸れてしまった。
それと入れ替わるように、敵ワイバーンから放たれた光弾がケンショウ機に向かって来る。
緑色の光弾が機体の右方向を飛び去って行く。
敵の攻撃は逸れるかと思った瞬間、外から叩かれたような振動が伝わる。
振動は2回だけであり、いずれも機体に致命傷を負わせるほどではなかったが、

「畜生!」

ケンショウは悔しげな口調で罵声を上げた。
しかし、そんな感傷もすぐに振り払い、彼は新たなワイバーンとの正面対決に入る。
今度は5騎が迫って来た。
相手も500キロ以上のスピードで飛んでいるため、距離はあっという間に縮まる。
ケンショウは真ん中のワイバーンに狙いを付け、300メートルまで迫ってから機銃を撃った。
両翼の12.7ミリ機銃が再び唸り、操縦席にリズミカルな振動が伝わる。
今度は見事に命中した。

敵ワイバーンは、真正面からモロに連射を食らった。
襲い来る機銃弾は、敵の防御魔法によって弾き返され、敵ワイバーンの周辺が赤紫色に明滅する。
相手の攻撃は見当違いの所に飛んで行った。
ケンショウ機と敵ワイバーンが高速ですれ違う。彼はすぐに後ろを振り向いたが、目標のワイバーンの姿を確認する事は出来なかった。
(落とせてないだろうな。だが、防御魔法の明滅時間は比較的長かったから、あと少しで防御は敗れるだろう)
彼は心中でそう呟いた。
ケンショウも含む第2小隊は、全機が無事に敵編隊の下方に飛び抜けた。

「これより各ペアで戦闘に当たれ!ブレイク!」

中隊長機から指示が下る。それを聞いたケンショウは、相棒が後ろに続いている事を確認してから、愛機を左に旋回させた。

「さて、ここからが本番だぞ。」

ケンショウは自らを戒めるかのように、小声でそう言う。
敵編隊の周囲では、既に乱戦が始まっていた。
82機のCAPは、敵の護衛と渡り合いながら、隙を見ては攻撃ワイバーンに向かおうとした。
敵の護衛を振り切った2機のコルセアが爆音を響かせながら、攻撃ワイバーンに接近する。
狙われた攻撃ワイバーンが狙いを外そうと、慌てて蛇行するが、コルセア2機は無駄だと言わんばかりに容赦なく機銃弾を撃ち込んだ。
12.7ミリ機銃弾12丁の集中射撃を食らったワイバーンは、最初は防御結界に守られる物の、それもすぐに効果が切れる。
魔法の恩恵が無くなり、生身の体が晒された瞬間、竜騎士とワイバーンは無数の高速弾によってずたずたに引き裂かれた。
別のヘルキャットは、ワイバーンから真正面から受けながらも、それを強引に突っ切って攻撃ワイバーンへ急速接近する。
ヘルキャットは、ワイバーン群の指揮官騎と思しき敵騎を見つけるや、脇目も振らずに突進した。
ワイバーン群の指揮官は、自らに迫り来るヘルキャットを見て死を覚悟した。
その瞬間、下方から幾条もの光弾が吹き出し、それがヘルキャットに突き刺さる。
幾つもの光弾に穴を穿たれたヘルキャットは、主翼から黒煙を吐きながら錐揉み状態で墜落して行った。
敵編隊の周囲で戦闘機やワイバーンが墜落していく中、ケンショウ達は敵編隊の下方に居ながら目標を見定めていた。

「やはり、敵編隊の先頭付近をやるか。なあ、お前はどっちがいいと思う?」
「俺は君の指示に従うよ。それより、時間が無いぜ。」

ケンショウは、相棒にそう言われて苦笑する。

「そうだな。では、先頭のヤツを叩くか。」

ケンショウは頷いた。愛機のスロットルを開き、速度を上げる。
機首の2000馬力エンジンが轟々と開き、重い機体を高空に引っ張り上げていく。
目標は、敵編隊の一番右側を飛ぶ4騎のワイバーンだ。
上空では、味方の戦闘機隊と護衛のワイバーンが空戦を行っている。
敵編隊は半数近くをワイバーンで固めていたため、戦闘機隊の大半が戦闘ワイバーンとの空戦に忙殺されている。
だが、それでも一部の戦闘機は、ワイバーンに勝る速度性能を生かして、思い出したように敵編隊目掛けて突っ込んでいく。
味方戦闘機隊はいずれも上方から突っ込んできたため、敵の竜騎士達の注意は上に向いていた。
そのため、下方から迫りつつあるケンショウ機とそのペア機には気付かなかった。

「良いカモだぜ。」

レシーバーから相棒の声が聞こえる。
敵編隊との距離は既に600を割っている。ケンショウは、距離400まで近付いてから射撃をする予定であったが、敵は一向に気付く様子が無い。
そのまま2機のF6Fは、目標のワイバーン編隊の下方から接近を続ける。
と、その時、1騎のワイバーンがこちらに気付いたのか、急に体を左右に揺らした。

「今更気付いたって遅い!」

ケンショウは静かな声でそう言うと、躊躇い無く機銃の発射ボタンを押した。
曳光弾が敵ワイバーンの下腹に注がれ、しばしの間防御結界が働き、ワイバーンの周囲が光に包まれる。
光の明滅は僅か1秒で終わり、その次の瞬間、ワイバーンは全身を12.7ミリ弾に貫かれた。

「!!」

ケンショウはふと、背筋に悪寒を感じた。

「来るぞ!!」

彼は反射的に相棒に叫ぶと同時に、機体を右に横転させた。
愛機の姿勢がぐらりと右に傾いた時、斜め上方から光弾が降り注いで来た。

「ワイバーンだ!」

ケンショウは叫びながら、愛機を旋回降下させる。その時、彼は自らを襲ったワイバーンを見つけた。
襲って来たワイバーンは3騎いた。
その3騎は、ケンショウ機を狙って光弾を放って来た。ケンショウがこの集中攻撃を避けられたのは、奇跡に等しかった。
(タイミングが少しでもずれていたら、今頃は・・・・)
彼は脳裏に、自分の機体が炎に包まれながら墜落していく光景を思い浮かべ、身震いした。
(ええい、怖がっている暇は無い!)
彼は内心でそう思うと、再び奮起して襲い掛かって来たワイバーン相手にどう立ち回るかを考える。

「ケンショウ!そっちに2騎言ったぞ!俺の方にも1騎食らい付いている!」
「了解!」

ケンショウは答えながら、自分が圧倒的に不利な状況に陥ったと確信した。
速度性能ではヘルキャットが上だが、最近のワイバーンはスピードも580キロ程度は出せるため、この差は決定的ではない。
それに比べて、運動性能では圧倒的にワイバーンが上であるため、コルセアやヘルキャットでは1対1で分きつい。
それが2対1となると、ヘルキャットはかなり不利となる。

「奴らの思い通りになってたまるか!」

ケンショウは静かな声で言い放つと、スロットルを更に開き、エンジン出力を最大にする。
下降に入っていたヘルキャットは更に増速し、高度計の回転速度が更に上がる。
彼はGに耐えながら、後ろを振り向いた。
愛機の右後方にワイバーンが占位しているが、その姿は徐々に小さくなっていく。
しかし、後方から追跡して来るワイバーンは1騎しか見当たらない。

(もう1騎はどこに居る!?)
ケンショウは心中で叫ぶ。
もう1騎のワイバーンは、いつの間にか居なくなっている。
彼は左右は勿論の事、全方位に目をこらしたが、もう1騎のワイバーンはどこにも居ない。
(見えるワイバーンと同じように、こっちの死角から追跡しているかもしれないな)
ケンショウは、内心でそう確信した。
いつも慎重に行動する彼にしては、珍しく都合の良い判断ではあるが、戦闘で疲労していた頭は、この時、ケンショウの売りの1つである
慎重さを奪い去っていた。
高度1000メートルまで下降した所で、ケンショウは愛機を旋回させた。

「よし、続いて上昇に移るぞ。」

彼は旋回上昇に移ろうとした。その時、機体に横から殴られるかのような衝撃が伝わった。
金属が裂け、何かが音立てて砕けるような音が耳に響く。
防弾ガラスが割れ、その破片がケンショウの左頬を切り裂き、真っ赤な血がコクピット内に飛び散った。

「!?」

ケンショウは驚くと同時に、自らの失態を悟った。
機体の真上を1騎のワイバーンが飛び去る。
(くそ、しくじった!)
ケンショウは叫び出したかったが、不思議と声が出なかった。
体は恐怖と緊張で硬直し、それまで滑らかに行っていた機体の操作にも無駄な手間が生じる。
エンジンにも被弾したのだろう、機首に穴が開き、2000馬力エンジンがひっきりなしに振動している。
速度は急速に落ち始め、今では440キロまで低下していた。
ケンショウ機をフライパスしたワイバーンが、距離800メートルの距離でくるりと向きを変え、また向かって来た。
ワイバーンの姿が徐々に大きくなる。最初は見え辛かったが、距離が狭まるに連れて、竜騎士の姿がはっきりと分かるようになった。

「逃げなければ!」

ケンショウは無我夢中で機体を操作する。
が、被弾でエンジンのパワーが落ち、各所に手傷を受けた愛機は、七面鳥を思わせるような緩慢な動きしかできなかった。
ワイバーンが500メートルまで迫った。相手の姿ははっきりと見て取れる。

「・・・・畜生!」

ケンショウは悔しさの余り、大声で叫んだ。
その瞬間、攻撃が放たれた。

「?」

ケンショウは思わず目を閉じたが、この時、彼は首を傾げた。
(この音は・・・・機銃弾?それに・・・・)
彼の耳に響いたのは、唐突に発せられた機銃の発射音と、2000馬力エンジンが発する爆音であった。
轟音が左から右に飛び去った。
ケンショウはすかさず、音が飛び去った方角に目を向ける。
自分を狙っていた筈のワイバーンは、突然の攻撃を受けて墜落しつつあった。そして、そのワイバーンを討ち取った張本人が、大きく旋回を行っていた。

「あれは、俺と同じF6F・・・・じゃないな。」

ケンショウは、その機に取り付けられている物・・・・夜戦仕様のF6Fに取り付けられた右主翼の丸い物に目が止まった。

「夜間戦闘機か。最新型のF6F-N5だな。」

彼は、安堵するかのような声音で呟く。
夜戦仕様のF6Fは、滑らかな動作でケンショウ機に近付いて来る。
ケンショウはまず、尾翼に注目した。

「ラングレー所属の艦載機か。」

彼は、尾翼に描かれている白地の長方形に黒のダイヤマークを見て、そのF6Fが軽空母ラングレーの搭載機であると確信する。

「そこのヘルキャット、聞こえる?」

無線機に声が響いて来た。ケンショウは、その声が異様に高い事にやや驚いた。

「ああ、聞こえる。感度はバッチリだ。」
「ふぅ、良かった。生きているみたいね。」
「お陰さまで、何とか生き延びる事が出来たよ。礼を言う。」

ケンショウは、右側方を飛ぶF6Fを見つめながら話す。
相手の顔は、風防眼鏡と飛行帽に隠れて見えない。

「君はラングレーの所属か?」
「ええ。と言っても、半ば居候のような物だけど。」
「居候か。てことは、君はあの噂の・・・・・・」
「あら、ご存知なのね。」

相手はそう言うと、ニコリと笑って来た。

「やはりね。あんたらの噂は前から聞いてるぜ。良い腕前だ。」
「どうも。」

相手は笑いを含んだ口調でケンショウに返した。

「しかし、酷い有様だねぇ。エンジンからは煙が出ているし、胴体は穴ぼこだらけだし、こりゃスクラップ前のポンコツ機みたいだわ。」
「俺の機体はそんなに酷い状況なのか?」
「ええ。何しろ、尾翼にも穴が開いているからね。でも、幸い、飛ぶ事だけは出来そうよ。今は、艦隊からやや離れたところで待機するのが吉かもね。」
「そうか・・・・・」

ケンショウは、幾分落ち込んでしまった。
さっきの判断は完全に誤りであった。もし、目の前のラングレー所属機が助けに来なければ、今頃は機体ごと海に叩き落とされていたであろう。
(まさに、九死に一生、て奴だな)
ケンショウは鬱屈とした心中でそう思った。

「おっと、長話は良くないね。じゃ、私は姉貴の所に行かないといけないから、これで。」
「ああ。気を付けてな。さっきは助かった。」

ラングレー搭載のF6Fは、ケンショウの言葉を聞いた後、3度ほどバンクを振ってから離れて行った。

「あのF6Fのパイロット。女だったな。帰れたら、ラングレーの連中に聞いてみるか。」


迎撃隊の奮戦にもかかわらず、敵編隊は護衛のワイバーンの援護のお陰でさほど損害を受けずに、アメリカ機動部隊へ近付く事が出来た。
迎撃隊が戦闘を開始してから15分が経った頃、TG37.2は輪形陣の右側に迫った敵編隊を目視で捉える事が出来た。
巡洋戦艦アラスカは、陣形の右側に配置されている。艦の右舷側800メートル程離れた海域には、僚艦のボルチモアとサンアントニオが布陣している。
艦の乗員達は既に各所で配置に付き、敵の接近を今か今かと待ち構えていた。

「ついに来たか。」

アラスカの艦長であるリューエンリ・アイツベルン大佐は、第12戦艦戦隊司令官であるフランクリン・ヴァルケンバーグ少将の声を聞いた。

「多いですな。ざっと見ても100騎以上はおります。」
「うむ、厄介な事になって来たぞ。」


ヴァルケンバーグ少将は唸るような声音で返した。

「シホールアンル軍は、これまでの戦闘でマジックランスどころか、魚雷も使用している。既にTG37.1やTG37.3は大損害を
被ってしまった。この第2任務群までもが大損害を被れば、TF37は潰走を余儀なくされるだろう。」

「潰走ですか。嫌な言葉です。」

リューエンリは顔をしかめながら相槌を打った。
撤退と潰走。
この二つの言葉は、軍事にあまり詳しくない者が聞けば、似たような意味になると思われがちであるが、撤退と潰走では意味が異なる。
撤退は、軍人からすれば最も聞きたくない言葉の1つであるが、撤退という行動は、軍が部隊としての秩序を保ちながら戦線を離脱する事を言う。
潰走とは、その撤退中に起こりうる行動・・・・算を乱しての敗走の事を言う。
撤退はしていても、部隊としての秩序が保たれていれば再び軍として再生出来るが、潰走ともなれば、部隊を形成する基幹部隊がでんでんばらばらに
戦線を離脱するため、部隊は四分五裂して再編が困難な状況となり、もし再編の目処が付いたとしても、普通に撤退した部隊と比べて再編のスピードは
段違いに遅くなる。
これはTF37にも言える事であり、ここで更に大損害を受けてしまえば、TF37の命運は決まったも同然となる。
最悪の場合は、個別で離脱した損傷艦が、敵の水上艦隊やレンフェラルの襲撃で相次いで討ち取られる可能性もある。
いくら戦力が豊富なアメリカ海軍といえど、空母12隻を主力とするTF57を丸ごと失えば、戦力の再編に時間がかかり、以降の反攻作戦に
支障を来す事になる。

「最悪のケースを避けるためにも、ここは頑張らなければいけませんね。」
「だな、艦長。」

ヴァルケンバーグが頷いた瞬間、輪形陣外輪部から発砲音が響いた。
どうやら、敵編隊が輪形陣に向けて突入を開始したようだ。

「敵さんはいつも通りのサンドイッチ戦法を取らずに、片側を集中して攻撃するつもりのようです。」
「ほほう、一点集中と来たか。時間も時間だし、敵も焦っているのかもしれん。」

ヴァルケンバーグは、視線を夕日で赤らみ始めた空へ向ける。
時刻は既に夕方の6時を過ぎ、海上は夕焼けに覆われている。もう少し時間が経てば、日は完全に落ちる。
敵編隊の指揮官は、日没までに勝負を付けようと考えたようだ。

「だが、もはや敵の思う通りにはさせんぞ。」

ヴァルケンバーグは呟く。その瞳には、熱い闘志が籠っていた。

「先頭のワイバーン群、駆逐艦に向けて降下を開始!」
「輪形陣崩しをやるか。敵も生真面目だな。」

見張りの声を聞いたリューエンリは、小声で呟いた。
敵騎の数は、これまでの来襲騎数と比べて100騎前後と、幾らか少ない。(普通は多いのだが)
しかし、それでも敵編隊は、少ない戦力を割いてまで輪形陣潰しを仕掛けて来た。
駆逐艦群が猛烈な対空砲火を放ち、突入して来るワイバーン群が次々と撃ち落とされていく。
しばしの間、敵ワイバーン群は撃たれっ放しの状態にあったが、やがて、高空から迫ったワイバーンが相次いで爆弾を投下した。
駆逐艦3隻の周囲に爆弾が落下し、水柱が噴き上がる。
1隻の駆逐艦が命中弾を受け、艦の前部から猛烈な火焔を噴き上げた。
更にもう1隻の駆逐艦が艦中央部に爆弾を食らい、爆炎が夥しい破片と共に噴き上がる。
駆逐艦2隻が相次いで被弾した事により、輪形陣の対空砲火網に穴が開き始めた。
その穴から、後続のワイバーン群が次々と輪形陣内部へ侵入を試みる。

「こちらは艦長だ。両用砲、撃ち方始め!」

リューエンリはすかさず、艦内電話で砲術長に指示を飛ばす。
それから2秒後に、アラスカの右舷側に配置されている4基の38口径5インチ連装砲が射撃を開始した。
8門の5インチ砲は射撃の切れ目を短くするため、2門の砲を交互に撃ち放っている。
アラスカの右斜め前800メートルを航行するボルチモアや、右斜め後ろを航行するサンアントニオも、それぞれ8門の5インチ砲を向け、
敵編隊を猛射している。
敵ワイバーン群は高空と低空に別れている。
駆逐艦攻撃に戦力を割いたため、敵騎の数は幾分減ったが、それでも70騎以上が上下に別れて輪形陣内部に突入しつつある。
アラスカのみならず、反対側に居る他の護衛艦艇も対空砲火を放っている。
陣形左側の護衛艦群は、位置の関係上、低空から迫る敵騎は狙えないが、代わりに高空から迫る敵騎には射撃を行う事が出来た。
アラスカは高空からの敵騎を狙って対空射撃を行っていたが、サンアントニオとボルチモアは、専ら低空侵入の敵騎を狙い撃ちにしていた。
2隻の重巡、軽巡が放つ対空砲火はまさに戦艦並みであった。
低空侵入のワイバーンは、矢継ぎ早に放たれるVT信管付きの高角砲弾や、40ミリ機銃弾の乱射の前に1騎、また1騎と、次々と討ち取られていく。

高空から迫る敵騎は、輪形陣内部に突入した瞬間に数騎ずつの編隊に別れた。

「高空の敵騎が分散!」

リューエンリは敵の動きを見て、思わず舌打ちをする。

「連中、180度方向に散らばりつつある。考えたな。」
「こうなっては、レーダー管制で繰り出される統制射撃も意味を成さなくなる。全く、厄介な事になった。」

ヴァルケンバーグも、額に冷や汗を浮かべながらそう呟いた。
小編隊のうちの幾つかが、唐突に急降下を開始した。

「あっ!複数の敵騎がボルチモアをサンアントニオに向かいます!低空侵入の騎も20騎前後が両艦に接近します!」
「巡洋艦にまで手を出すか。」

リューエンリは眉をひそめた。
敵ワイバーンは、低空と高空からほぼ同時にサンアントニオとボルチモアに向かった。
ボルチモアとサンアントニオは、これらに向けて高角砲と機銃を撃ちまくる。
敵ワイバーンは機銃弾や高角砲弾によってその数を減らして行くが、敵は全く怯む事無く、2隻の巡洋艦目掛けて突進する。
最初に攻撃を加えたのは、低空侵入を行ったワイバーン隊であった。
このワイバーン隊は5騎がサンアントニオに、6騎がボルチモアに対して攻撃を行った。
これらのワイバーンは、いずれも対艦爆裂光弾・・・・通称マジックランスを搭載しており、距離600に迫った所で2発ずつ搭載されていた
マジックランスを一斉に撃ち放った。
ボルチモアとサンアントニオの右舷側に10発以上のマジックランスが殺到する。
対空砲火が迎撃するも、時すでに遅し。ボルチモアとサンアントニオの舷側に次々と爆発が起きた。
マジックランスの恐ろしい所は生命反応探知式という点にある。
この兵器は、必ず人が密集している場所に向かって行くため、着弾した場合の死傷者数がかなり多い。
ボルチモアは5発、サンアントニオは4発のマジックランスを受けた。
ボルチモアは、右舷側の機銃座と、右舷1番両用砲に損害を受け、機銃員の約半数が死傷するという被害を被った。
それに加え、1発は艦橋に命中したため、ボルチモアは艦長以下多数の艦橋職員を爆殺されてしまい、一時操艦不能に陥った。

サンアントニオは4発中、3発が右舷側の甲板に命中し、機銃座や両用砲座に損害を被った。そして、サンアントニオもボルチモアと同様に、
艦橋にマジックランス1本が突入したが、不幸中の幸いで光弾は起爆しなかったため、艦長戦死という最悪の事態は避けられた。
2隻の巡洋艦が相次いで被弾し、炎上した始めた所に、高空からワイバーンが急降下爆撃を仕掛けた。
ボルチモアとサンアントニオに爆弾が降り注ぐ。
急降下爆撃を行ったワイバーン隊は腕が悪かったのが、投下した爆弾の殆どが外れ弾となったが、それでも1発ずつがボルチモアとサンアントニオに命中した。
サンアントニオは、後部第3砲塔に爆弾を食らった。
爆弾が炸裂した瞬間、砲塔自体が弾け飛び、3本の砲身がくるくると回りながら吹き飛んでいく。
サンアントニオは後部部分の命中弾によって濛々たる黒煙を噴き上げたが、機関部にまでダメージは及んではいないため、そのまま30ノット以上の
スピードで海上を驀進する。
ボルチモアは左舷側中央部に爆弾を受けた。
爆弾は、左舷側の丁度真ん中・・・・1番煙突と2番煙突の前側に命中し、2基の40ミリ4連装機銃座と、舷側に張り出されるような形で
釣られていた救命ボートが無残に粉砕された。
この被弾の直後、ボルチモアは急激にスピードを落とし始めた。

「ボルチモア、速力低下!」

リューエンリは、見張りの報告を聞くなり悔しげに顔を歪める。

「今の被弾で、ボルチモアは機関部にダメージを負ったかもしれんな。」

ヴァルケンバーグも、味方艦の落伍を目にしてに渋い表情を浮かべる。

「敵編隊の後続が更に接近します!」

リューエンリは見張りの言葉を聞きながら、目視で残りの後続部隊が輪形陣の内部に侵入しつつあるのを確認した。

「低空侵入騎が20から30・・・・降下爆撃隊が20騎前後残っています。」
「あれが奴らの全力だ。恐らく、低空侵入騎は魚雷を搭載しているだろう。艦長、最低でも低空侵入騎だけは食い止めろ。」

ヴァルケンバーグはリューエンリに言う。

「今、TF37の士気は危うい所まで来ている。ここでまた、空母を大破させられれば、士気はどん底まで落ちるぞ。」
「ハッ。分かっています。」

リューエンリはヴァルケンバーグに顔を向けて頷き、再び敵編隊に視線を送る。

「連中に、これ以上好き勝手させる訳にはいきませんからな。」

彼は静かな声音でヴァルケンバーグに返事しつつ、敵編隊を鋭い相貌で睨みつける。

「見張り員!低空侵入騎との距離を知らせ!」

リューエンリは大音声で命じる。

「ハッ!低空侵入騎は、本艦より右舷1800メートルまで接近中です!」
「ふむ・・・・あまり時間は無いな。」

リューエンリはそう呟くと、すぐに艦内電話に飛び付いた。

「砲術長。聞こえるか?」
「こちら砲術長です。何でしょうか艦長?」
「これより低空侵入騎に対して主砲を撃つ。すぐに発射準備かかれ。」
「え・・・・艦長!今は対空戦闘中ですぞ!」
「構わん。すぐに発射準備を行え!急げ!!」

リューエンリは有無を言わさぬ口調で砲術長に命じた。
砲術長は慌てて了解と言うと、すぐに艦内電話を切った。

「艦長・・・・まさか、主砲で敵騎を撃つつもりか!?」
「はい。無茶だ、と言いたいのは分かります。しかし、空母をなるべく傷付けぬためには、今はこれしか方法がありません。」
「しかし、相手はワイバーンだ。戦艦の主砲弾を撃っても、あんな小さい的に当たる確率は限りなく0に近い。いや、紛れも無く0だ。」

「それも承知しています。」

リューエンリはニヤリと笑う。彼の表情からは、僅かばかりだが、自身が感じられた。

「私が狙っているのは、敵騎を派手に脅かすだけです。その間、本艦の対空火器は使えなくなりますが。」

リューエンリとヴァルケンバーグが会話を交わしている間、アラスカの前後に配置された55口径14インチ3連装砲は、ワイバーンの居る
右舷側に向けられていく。
3基の主砲が敵に向けられる間、主砲発射準備のブザーを聞いた機銃員や給弾員は、旋回していく主砲を見るや、仰天し、大慌てで艦内に避難していく。

「こんな忙しい時に主砲を使うだと!?うちの艦長は何を考えてんだ!」
「そんな事知るか。さっさと走れ!主砲の発射に巻き込まれちまうぞ!」

ある機銃手は悪態を付きながら、射手席から飛び跳ねて艦内に続くハッチに走り寄り、ある給弾員は、装填しようとしていた機関砲弾を海に放り込んで、
仲間の後に続く。
最後の機銃員が艦内に飛び込み、扉が音立てて締められた瞬間、ブザーが鳴り止んだ。
9門の14インチ砲は、殆ど水平の状態で向けられていた。
ブザーが消えて3秒ほどの沈黙が流れた後、リューエンリは溜めた物を吐き出す様に、大音声で命じた。

「ファイア!」

その瞬間、アラスカの右舷側が爆発した。9門の14インチ砲は、一斉に砲弾を放つ。
大音響が0.2秒遅れで3度鳴り響く。
低空侵入を図っていた30騎のワイバーンにとって、アラスカの取った行動は、まさに常識破りの物であった。
ワイバーン隊の指揮官がアラスカの主砲発射に唖然となった時、目の前で巨大な水柱が立ち上がった。
その時になって、ワイバーン隊の指揮官は、アラスカの取った行動を瞬時に理解し、指揮下のワイバーンに対して指示を送ろうとした。
だが、指揮官はワイバーン共々、水柱に巻き込まれてしまった。
ワイバーンの群れの中で、9本の水柱が轟々と立ち上がった。
リューエンリは、指揮官騎らしきワイバーンが、水柱に巻き込まれる様子を見て、思わず溜飲を下げた。

「ワイバーンが・・・吹っ飛んじまった。」

彼は、小声で独語した。
ワイバーン群は、立ち上がる9本の水柱に姿を覆い隠されてしまった。
だが、水柱が晴れると、そこから多数のワイバーンが現れて来た。
敵編隊の数は幾らか減ってはいるが、それでも20騎以上は居る。主砲の水柱で落とせたのは、せいぜい2、3騎。多くても4、5騎程度のようだ。

「クソ!やはり、主砲弾をぶち込むというのは無謀すぎたか!」

リューエンリは、自ら考えた作戦は失敗したと悟った。

「おや?」

と、その時。傍で眺めていたヴァルケンバーグが、意外そうな声を漏らした。

「敵さん、編隊が大幅に乱れている。それに・・・・何かパニックを起こしているワイバーンも居るぞ。」
「何ですって!?」

リューエンリは双眼鏡を構え、改めて敵編隊を見つめる。
良く見ると、先ほどまで整然としていた編隊は、今ではでんでんばらばらとなり、1騎1騎が思いのまま飛行している。
それに加え、最後尾に居るワイバーンは、急に上昇したり、あるいは横転したりする等、怪しげな動きを見せている。
そのようなワイバーンが8騎ほど見受けられる。

「やったぞ!これで敵は統制雷撃がやり難くなっただろう。艦長、どうやら、君の作戦は当たったようだな。」
「ええ、確かに。」

リューエンリは僅かに頬を緩ませるが、すぐに引き締めた。

「ですが、まだ喜んでいる場合ではありません。敵は依然として近付きつつあります。後は、両用砲と機銃でどこまで頑張れるか。」

リューエンリはそう返した。その時になって、両用砲と機銃が戦闘を再開した。
再び対空砲火の弾幕が敵ワイバーンに対して張られる。
敵騎群は、大きく数を減らしている物の、一向に引く気配を見せなかった。


対空戦闘が終わりを告げたのは、それから10分後の事であった。

「うーむ・・・・空母がまた傷付いてしまったか。」

TG37.2旗艦であるフランクリンの艦橋で、シャーマン少将は腕組をしながら僚艦イントレピッドを見つめていた。
彼の表情は険しい。

「イントレピッドからの報告によりますと、先の空襲で爆弾3発と魚雷1本を受けた模様です。この損害で、イントレピッドは28ノットまで
しか速度を出せず、飛行甲板は使用不能との事です。」
「爆弾3発に、魚雷1本か。TG37.3や、TG37.1に属している空母が受けた被害に比べると、まだ傷は浅いと言えるのが唯一の救いだな。」
「ええ。ですが、イントレピッドから発艦した攻撃隊は、他の母艦に移すしかありません。」
「攻撃隊の連中には苦労を掛ける事になったが、それはともかく、母艦に大破以上の損害が出なかった事は喜ばしい事だ。」
「ええ、確かに。」

ウェルキン中佐は頷いた。

「使える母艦がまた1隻減った事は痛いですが、とにもかくも、被害の極限には成功した、と言えますな。」
「ああ。」

シャーマンは頷きながら、黒煙を噴き上げるイントレピッドを見つめ続ける。
イントレピッドは、先の攻撃で飛行甲板に爆弾3発を食らった他、舷側に魚雷3本を受けた。
だが、敵の魚雷は3本中2本が不発であり、唯一、右舷側中央部に命中した魚雷だけが、イントレピッドに損害を与える事が出来た。
イントレピッドは、被弾によって前部エレベーターと後部エレベーターが使えなくなった他、艦深部の缶室にも損害が出たため、艦載機の発着は
不可能となり、速度も28ノットまでしか出せなくなった。
今、イントレピッドでは必死の消火活動が行われている。

艦体から流れる黒煙は後ろに棚引いているが、機関部へのダメージは深刻というレベルではないため、船としての機能は充分に生きている。
シャーマンは、損傷したイントレピッドから、その奥の右舷真横を航行するアラスカに視線をずらす。

「敵の雷撃隊は、イントレピッドに到達する前に、アラスカや巡洋艦群に散々痛めつけられていた。特に、アラスカが行った常識破りの攻撃の
お陰で、敵編隊はイントレピッドを撃沈する機会を失った。航空参謀。」

シャーマンはウェルキン中佐に顔を向けた。

「もしアラスカが、あの時主砲を発射していなかったら・・・・イントレピッドがこうして、フランクリンの真横を航行している事は無かった
かもしれんな。」
「ええ。敵のスコア表に、大型空母のシルエットがまた1つ増えていたでしょうな。だが、アラスカ艦長の咄嗟の判断が、それを未然に防いだ。」
「そうだ。ひとまず、これで敵の空襲は終わりだ。後は・・・・」

シャーマンは、心中で敵機動部隊に向かっている第2次攻撃隊の姿を思い浮かべる。

「こちらが繰り出したパンチが、うまくヒットするかどうか・・・だな」


時刻が午後6時45分を回った頃、TF37を発艦した第2次攻撃隊は、敵機動部隊が繰り出した迎撃を撥ね退けながら、敵機動部隊の上空に到達を終えていた。

「ふぅ。敵のワイバーン共は何とか食い止められたな。」

カズヒロは、イントレピッド艦爆隊第2小隊の2番機として敵機動部隊への攻撃に参加していた。

「カズヒロ、こんな天気で攻撃しても、ちゃんと当たると思うか?」

後部座席に座っているニュールが尋ねて来る。
空は既に太陽が落ちかけ、周囲は薄暗い。第2次攻撃隊は薄暮攻撃という、あまり好ましく方法で敵に挑もうとしている。

「自信はあまり無いね。」

カズヒロはきっぱりと言う。

「敵の竜母へ攻撃する、という事自体初めてだ。いつもの通りに上手くやれる自信は無い。だけど、やるしかない。」
「・・・だな。」

ニュールは頷いた。

「やるしかねえな。」
「そうさ。でなきゃ、TF37は明日も敵のワイバーン相手に海上でダンスだ。無駄なダンスをさせないためにも、敵の竜母に必ず爆弾をぶち込んでやる。」

カズヒロは強い口調で言う。彼の表情には、緊張と期待の混じった色が浮かびあがっていた。

「攻撃隊各機に告ぐ。これより、敵機動部隊を攻撃する。」

指揮官騎の声がレシーバーから聞こえ、各母艦航空隊に攻撃目標が割り当てられる。

「イントレピッド隊は敵竜母1番艦、フランクリン隊は敵竜母2番艦、レキシントン隊は敵竜母3番艦を攻撃する。ボクサー隊、プリンストン隊、
ラングレー隊はコルセア隊の突入後に敵護衛艦を攻撃せよ。」

攻撃隊指揮官は、一呼吸置いてから最後の一言を吐き出した。

「全機突入せよ!」

その命令が発せられるや、攻撃隊の先頭を飛行していた22機のコルセアが待ってしましたとばかりに翼を翻し、低空に降下していく。
敵機動部隊に対する攻撃は、まず、コルセアのロケット弾攻撃から始まる。
ボクサーとフランクリンから発艦したロケット弾搭載機は24機だったが、2機はワイバーンの襲撃によって、敵機動部隊に到達する前に撃墜されている。
残り22機となったコルセアは、輪形陣の左側に向かっていた。
コルセアは敵艦の射程に到達する前に、6機、または5機ずつに別れた。
コルセア隊の目標は、輪形陣外輪部を航行する敵駆逐艦である。
各機には、5インチロケット弾が8発ずつ搭載されており、これを撃ちこむ事によって敵艦の対空火力を減殺する。

その後、艦爆や艦攻が輪形陣を突破し、竜母や戦艦、巡洋艦に攻撃を仕掛ける。
時間の都合で、輪形陣の両側から攻撃する事は出来ないため、第2次攻撃隊は陣形の片方から敵艦隊の上空に侵入して攻撃する手筈になっている。
奇しくも、第2次攻撃隊の戦法は、敵機動部隊が送り出した攻撃隊が取った物と全く同じ物であった。
この時、第2次攻撃隊に襲われた艦隊は、リリスティが直率する第1部隊であった。
第1部隊は、輪形陣の外輪部に12隻の駆逐艦を配置している。コルセア隊は、左側の外郭を埋める6隻の駆逐艦全てに襲いかかろうとしていた。
駆逐艦群が前、後部に配置された主砲を放つ。
コルセア隊の周囲には砲弾が炸裂し始めるが、飛んで来る砲弾の数は多くは無い。
輪形陣外郭を固める駆逐艦群の任務は、輪形陣突破を図る攻撃機を複数の艦で攻撃し、弾幕で敵機を撃ち落とすか、あるいは追い返す事である。
通常なら10以上の砲弾が敵機の周りで炸裂する筈なのだが、コルセアは、それぞれ駆逐艦1隻ずつに迫っているため、敵駆逐艦は単艦で
迎撃をするしかなかった。
そのため、砲弾はばらばらの位置で炸裂し、高射砲弾幕を形成する事はほぼ不可能となった。
コルセア隊は、それぞれの小編隊が横一列となり、猛速で目標である駆逐艦に接近していく。
周囲に高射砲弾が炸裂するが、数が少ないせいもあって、全く命中しない。
コルセアは更に高度を落とし、高射砲の狙いを外そうと試みる。
駆逐艦スェルインバの艦長は、一向に両用砲が有効打を与えられない事に業を煮やし、砲術長に対して敵機の前方の海面を撃てと命令した。
両用砲は、狙いをコルセアの前の海面に定め、再び発砲する。
最初の砲弾が弾着し、水柱が噴き上がるが、弾はコルセアの後方に逸れていた。
敵機が800グレルに迫った所で、対空用の魔道銃が一斉に撃ち放たれる。
七色の光弾が、横一列になって迫るコルセアに注がれ、そこに両用砲の射撃も加わった事から、コルセアの周囲の海面は砲弾の破片の落下と、
光弾の弾着によって白く泡立った。
コルセア1機に魔道銃の光弾が集中された。その次の瞬間、コルセアの機体から弾着の火花が飛び散り、次いで、右の主翼から紅蓮の炎が噴き出した。
操縦不能に陥ったコルセアは、機体を右に傾けながら海に突っ込み、激しい水飛沫が噴き上がった。
魔道銃の射手達が頬を緩ませ、この調子とばかりに別のコルセアにも狙いを定める。
しかし、そのスェルインバが撃墜できたコルセアはこの1機だけであった。
コルセア隊の速度は600キロ近くにまで達しており、敵駆逐艦が対空射撃に専念できる時間は、思いのほか短かった。
コルセアは距離800メートルまで迫るや、両翼から機銃を放って来た。
スェルインバを襲ったコルセアは、正規空母フランクリンから発艦したVF-13所属の機体であり、6機中1機が撃墜されている。

残り5機のパイロットは、洋上に散った戦友の仇とばかりに機銃を乱射する。
合計で30丁もの12.7ミリ機銃から発射された弾丸は、文字通り弾丸の雨となってスェルインバを襲った。
コルセアのガンカメラは、スェルインバから放たれる七色の光弾と、コルセアから撃たれた無数の曳光弾が交錯した後、艦体のあちこちから
弾着の煙が噴き上がる様子を克明に捉えていた。
距離400メートルまで迫った5機のコルセアは、一斉に5インチロケット弾を発射した。
5機のコルセアが放ったロケット弾は計40発にも及び、それらが白煙を引きながら、猛速で敵駆逐艦目掛けて殺到していく。
40発中、その半数近い18発がスェルインバの艦体に満遍なくし、外れ弾となったロケット弾も、艦の周囲に弾着して水柱を上げた。
5インチロケット弾は、シホールアンル側が使用していく対艦爆裂光弾とは違って無誘導であり、威力も段違いに劣る。
しかし、ロケット弾の飛翔速度は爆裂光弾と比べて、約1000キロ以上とかなり早く、敵艦の乗員から見れば、ロケット弾はあっという間に距離を縮めて来た。
ロケット弾は、全てが瞬発信管であり、ある程度の装甲を有した軍艦には余り効果は無いが、スェルインバのような駆逐艦や哨戒艇といった、
弱装甲の艦艇に対しては侮れない威力を発揮する。
スェルインバは、艦体に満遍なくロケット弾をぶち込まれた。
それまで、コルセアに対して放たれていた主砲や魔道銃が、襲い掛かってっきたロケット弾によって瞬時に破壊されてしまった。
主砲塔は側面や天蓋を穿ち抜かれて使用不能になり、吹きさらしとなっていた銃座は、射手や給弾員もろとも艦上から薙ぎ払われた。
艦橋にも3発のロケット弾が命中する。ロケット弾は、光弾と比べて確かに威力は低い物の、それでも数発が纏まって着弾すれば恐ろしい結果を招く。
スェルインバの艦橋職員は、時速1000キロで突入して来たロケット弾によって、艦長を含むほぼ全員が即死した。
ロケット弾の連続爆発が止むと、スェルインバは艦の前部から後部にかけて火災を起こし、やがてスピードを落とし始めた。
残り5隻の駆逐艦も、スェルインバと同様にロケット弾の斉射を浴びせられた。
5隻の駆逐艦は次々と被弾していく。その内の1隻が弾薬庫の誘爆を引き起こし、艦体が艦橋の手前から引き裂かれてしまった。
被弾した6隻のうち、1隻が爆沈し、3隻が甚大な損害を負って艦隊から落伍して行った。
コルセア隊のロケット弾攻撃で対空砲火の薄くなった所を、好機とばかりに艦爆隊や艦攻隊が次々と突入し、輪形陣内部に侵入していく。
最初に輪形陣の内部へ侵入したのは、正規空母ボクサー、軽空母プリンストンとラングレーから発艦したヘルダイバー9機とアベンジャー19機である。
元々、ヘルダイバーは12機居たのだが、機動部隊手前で生起した空中戦で3機が迎撃のワイバーンによって撃墜されている。
アベンジャー隊も、3飛行隊合わせて21機は居た物の、やはり敵騎の急襲を受けて散華している。
ワイバーン隊の迎撃は熾烈であり、護衛のF6FやF4Uも、数で勝るワイバーンに押し切られてしまった。
そのため、攻撃隊は17機の艦爆、艦攻が目標到達前に撃墜されている。
とはいえ、生き残った艦攻、艦爆は、目標である敵艦まであと一歩の所まで迫っている。
その先陣を切るボクサー隊、プリンストン隊、ラングレー隊は、対空砲火を浴びながらも、目標目掛けてひたすら前進を続けていく。
駆逐艦の防衛ラインを最初に突破したのは、プリンストンとラングレー隊であった。
11機のアベンジャーは1隻の巡洋艦に狙いを付け、そのまま超低空で目標に接近していく。

プリンストン、ラングレー隊に狙われたのは、巡洋艦ルバルギウラである。
ルバルギウラはフリレンギラ級対空巡洋艦の2番艦であり、4インチ口径の両用砲を160門積んでいる。
プリンストン、ラングレー隊の指揮官は、無線で短い会話を交わし、このアトランタ級防空巡洋艦に匹敵する巡洋艦を潰すため、合同で雷撃を行う事にした。
11機のアベンジャーは、プリンストン隊が横一列になって先行し、ラングレー隊が同じ隊形でその後ろから続き、前後に2段構えの陣形を取る。
プリンストン隊が先行しているため、ルバルギウラの砲火をまともに浴びるのは必然であった。
5機のアベンジャーは、アトランタ級にも匹敵する対空砲火を浴びせられ、早くも1機が左主翼を高射砲弾に吹き飛ばされ、もんどりうって海面に叩き付けられる。
残り4機のアベンジャーも、周囲で炸裂する高射砲弾の破片を浴びる度に、機体の外板に傷が増えていく。
グラマンワークスの異名を取る航空機会社が作り出した雷撃機は、この戦闘においてもその名に恥じぬ強靭性を発揮した。
ルバルギウラの艦長は、高射砲弾が周囲で炸裂してもなかなか落ちないアベンジャーを見て苛立ちを募らせた。
アベンジャーは、高射砲弾が炸裂するたびに右に、左によろめくのだが、機体自体は火を噴く事無く、ルバルギウラとの距離を詰めていく。
距離1300メートルに近付いた所で、ルバルギウラの対空魔道銃が一斉に火を噴いた。
片舷だけでも22丁もの魔道銃が向けられるフリレンギラ級の対空射撃は、ライバルとされているアトランタ級のそれと遜色の無い物であった。
七色の光弾が鮮やかな軌跡を曳きながら、4機のアベンジャーに注がれる。
しかし、アベンジャーは高度5グレルという目も眩むような超低空で飛行しているため、光弾の大半は敵機の上か、あるいは横を通り過ぎると言う有様であった。
アベンジャー群は、周囲に高射砲弾の炸裂や、光弾を撃ち込まれても、海面が泡立っている事も気にせず、急速にルバルギウラへ向かって来る。
1機のアベンジャーが、操縦席の真正面から光弾を受けた。
その瞬間、操縦席の前面に何か赤い物が飛び散り、その1秒後に右主翼に光弾の連射が命中した。
アベンジャーは右主翼から夥しい燃料を吹き出した後、そこから炎を吹き出した。
パイロットを失い、機体にも致命傷を負ったアベンジャーは、機体をぐらりと右に傾け、炎上しながら海面に激突する。
その直後、海上で爆発が起こり、アベンジャーが墜落した箇所には炎が燃え広がった。
敵機の壮絶な最期に、ルバルギウラの射手達は怨念じみた物を感じ取った。
僚機の散華に怯む事無く、敵機は距離800メートルに迫ると、胴体から一斉に魚雷を投下した。

「敵機魚雷投下!距離400グレル!」

見張りが上ずった声で、艦橋へ報告する。
ルバルギウラの艦長は、魚雷の航跡を見定めた上で取舵一杯を命じた。
フリレンギラ級巡洋艦は、戦艦や竜母といった大型艦と違って機動性が良いため、艦の乗員からは踊り上手とまで言われている程だ。
ルバルギウラは比較的短時間で回頭を始めた。舵を回してから実際に動き出すまでの時間は、僅か20秒である。
鋭角的な艦首が鮮やかに回っていく。そんなルバルギウラの操艦でも、扇状に放たれた3本の魚雷をかわせるかどうかは分からない。

3本中、2本まではかわせたが、1本が左舷側後部に迫っていた。

「速度上げ!最大戦速!」

艦長は咄嗟に命じた。
ルバルギウラは、艦隊速度である15リンルに合わせてスピードを出していたが、機関室力を最大にすれば、17リンルまでスピードを出す事が出来る。
艦長は艦の速度を上げる事によって、左舷後部に迫る魚雷をかわそうとした。

「魚雷、尚も接近!」

見張りが逐一報告を知らせて来る。
ルバルギウラに真っ白な航跡が迫りつつある。魚雷は、ぎりぎりで衝突コースに乗っていた。

「魚雷、本艦まで40グレルに接近!」

見張りが更に声を張り上げた。甲板上では、新たなアベンジャー編隊に対して、両用砲や魔道銃が猛射しているが、ルバルギウラの艦長は
その喧騒が耳に入らなかった。
(頼む、外れてくれ!)
彼は、心中で叫んだ。本当は声に出して叫びたいが、艦長である彼にとって、そのような事は許されるものではない。
彼は命中するかと覚悟し、足を踏ん張った。
しかし、ルバルギウラには、何の反応も無かった。

「敵魚雷、艦尾後方を通過!右舷側に抜けました!」

見張りが歓喜を上げるのを、艦長は伝声管越しに聞き取り、思わず安堵する。
そして、

「敵編隊、魚雷投下!距離350グレル!」

凶報も間を置かずに飛び込んで来た。

「畜生、アメリカ人共め!」

彼は唸るような声でそう言った。
第2陣のアベンジャーは、第1陣から放たれたルバルギウラの動きを読むようにして魚雷を投下していた。
アベンジャー群は投下する前に、対空砲火で1機を撃墜されたが、残りの5機は無事に投雷を果たしている。
アベンジャーが投下した5本の魚雷は、舵を切るルバルギウラの左前方から迫りつつあった。

「舵戻せ!」

艦長は咄嗟に伝える。このまま舵を切れば、ルバルギウラは右舷を敵の魚雷に晒す事になる。そうなっては、複数の魚雷を艦腹に叩きこまれてしまう。
少しでも被雷のリスクを少なくするためには、魚雷と真正面から向き合うしか無かった。
艦長の判断は僅かに遅れ、ルバルギウラは右舷やや斜め前から魚雷の来襲を迎える事になった。
アベンジャーが轟音を立てながら上空を飛び去って行く。5機中、2機は機銃を発射して、ルバルギウラの銃座を潰そうと試みた。
ルバルギウラは、両用砲や魔道銃を総動員して、小癪なアベンジャーを叩き落とそうとする。
1機のアベンジャーに光弾が集中した、と思われた次の瞬間、アベンジャーは両翼から火を吹き出し、力尽きたように機首を下げて、海面に激突した。

「魚雷2本、左舷方向に抜けます!」

見張りの声が艦橋に届く。アベンジャー群は、5本の魚雷を扇状に発射したため、2本は被雷コースから外れて行った。
残り3本が、ルバルギウラに迫って来る。更に右奥を進んでいた魚雷が被雷コースから外れた。だが、そこまでであった。

「魚雷2!本艦に向かって来る!距離30グレル!」

見張りの声音は、絶叫めいた物に変わっていた。
艦長は艦橋の窓から、2本の白い航跡が右前方からスーッと迫るのを見つめていた。

「総員、命中時の振動に備えろ!」

彼は艦内に繋がる伝声管へ向けてそう叫んだ。その直後、ルバルギウラは猛烈な振動に揺さぶられた。
ラングレー隊の放った魚雷は、2本が命中した。
まず、1本目は敵巡洋艦の右舷前部に斜め前から当たった物の、信管が作動しなかったため、不発であった。
その2秒後に、右舷中央部に2本目が同じく斜め前から突き当たった。2本目は無事に起爆し、ルバルギウラの横腹に穴を穿った。
リリスティは、モルクドの左舷を行くルバルギウラが、右舷から高々と水柱を噴き上げる様子を見て、憎らしげに顔を歪ませる。

「ポエイクレイに敵機が迫ります!」

間を置かずに、新たな報告が艦橋に飛び込んで来る。
リリスティは視線を移す。彼女の眼には、戦艦ポエイクレイの上空から、逆落としに急降下していく機影が捉えられていた。

「戦艦を狙うとは。」

リリスティは感情の無い声で呟く。
ポエイクレイは、両用砲や魔道銃を撃ちまくって、敵艦爆を迎え撃つが、思うように敵機を落とせない。
ポエイクレイに向かっている敵は艦爆だけではない。
低空からは9機のアベンジャーがポエイクレイの柔らかい腹に魚雷を撃ち込むべく、射点に迫りつつある。
ポエイクレイは上空のヘルダイバーと、低空のアベンジャーに対して対空戦闘を行っているため、満足な射撃が出来ていない。
リリスティの旗艦モルクドを含む4隻の竜母も、苦境に陥る僚艦を救うため、向けられるだけの両用砲や魔道銃を撃ちまくるのだが、敵機は
その努力を嘲笑うかのように、次々と爆弾を投下した。
唐突に、1機のヘルダイバーが爆弾を投下した瞬間に魔道銃の連射を浴び、右の主翼を吹き飛ばされた。
切断面からは炎が吹き出し、ヘルダイバーは錐揉み状態に陥った後、海に落下した。
ポエイクレイの左舷側海面に高々と水柱が噴き上がった。水柱の頂が夕日に照らし出され、まるで大量の真っ赤な血が噴き上がったように思える。
ヘルダイバーの爆弾が次々と落下し、ポエイクレイの周囲にはひっきりなしに水柱が立ち上がる。
中央部付近に閃光が走った。

「ポエイクレイ被弾!」

見張りに言われるまでも無く、リリスティは自らの目で、ポエイクレイが爆弾を食らったのを確認していた。
前部艦橋と後部艦橋の間にある中央甲板には、4門の両用砲が設置されていたが、ヘルダイバーの1000ポンド爆弾は、この4門の両用砲を
纏めて吹き飛ばしてしまった。
最初の被弾から3秒後に、ポエイクレイは被弾個所から2次爆発を起こした。

「予備弾薬が誘爆したようね・・・・」

リリスティは小声で呟く。彼女の言う通り、ポエイクレイは破壊された両用砲の予備弾薬が誘爆を起こし、被害が拡大していた。
唐突に、ポエイクレイが左舷に舵を切った。後続の艦爆が投下した爆弾が、ポエイクレイの未来位置を抉り、空しく海水を噴き上げる。
米艦爆の急降下爆撃は、それで終わったが、ポエイクレイには別の敵が迫っていた。

「ポエイクレイにアベンジャーが接近します!あっ、魚雷を投下した模様!」

見張りは、緊張と興奮に声を裏返しながらも、刻々と状況を伝えて来る。
ポエイクレイに迫っていたアベンジャーは8機居たが、その内2機が対空砲火で撃墜され、残りの6機が距離900で魚雷を投下した。
ポエイクレイには、6本中2本が衝突コースに入っており、ポエイクレイの艦長は慌てて回避を命じたが、艦爆の対応に気を取られ過ぎていたのが
仇となり、魚雷を避ける事は出来なかった。
ポエイクレイの左舷に中央部魚雷が命中し、水柱が立ち上がる。
その次に、艦尾部分からも水柱が噴き上がり、ポエイクレイの艦体は、一瞬だけ後ろから突き上げられた。

「ポエイクレイが・・・・!」

リリスティの隣に立っていたハランクブ大佐が、僚艦の受難を前にして表情を凍り付かせた。
ポエイクレイは魚雷2本を受けたが、流石に防御の行き届いた新鋭戦艦だけあって、機関部等の艦深部の重要区画は無事であり、致命傷には至らなかった。
だが、ポエイクレイは致命傷こそは免れた物の、重大な損傷を負った事には変わりなかった。

「ん?ポエイクレイの動きが・・・・」

リリスティは異変に気付いた。
ポエイクレイは、若干左舷側に傾斜してはいたが、傍目から見れば大した損傷は負っていないと思われていた。

だが、ポエイクレイの動きは、被雷前と比べて明らかに異常だった。
ポエイクレイは、何故か左に回頭を続けていた。

「おい、ポエイクレイは一体何をしている!?」

ハランクブ大佐もポエイクレイの異変に気付いた。

「魔道参謀!各艦へ、ポエイクレイとの衝突に気を付けろと伝えて!」
「は、はっ!」

リリスティの急な指示に、魔道参謀は慌てながらも命令通りに動いた。
その間にも、敵の後続編隊が輪形陣内部に迫りつつあった。

「敵大編隊!我が母艦群へ向かって来ます!」
「ポエイクレイより緊急信!我、操舵不能!」

2つの凶報が時間差で入って来たが、リリスティは2つめの報告を聞くなり、顔を怒りで赤く染め上げた。

「く・・・・また戦艦がやられるとは!」

彼女は、怒りで口を震わせながら、敵機襲来前に第2部隊で起こった出来事を思い出した。

午後4時20分頃、第1部隊の北東側20ゼルド付近を航行していた第2部隊は、突然、敵潜水艦の雷撃を受けた。
当初、敵潜水艦の雷撃は輪形陣外郭を固める駆逐艦を狙ったようであり、敵潜水艦は駆逐艦から距離1000グレルという距離から魚雷を放っている。
しかし、駆逐艦が運良く、魚雷が発射される直前に潜望鏡を発見したため、魚雷発射と同時に舵を切った。
敵潜水艦は、発射された魚雷の数からして2隻から3隻は居たと思われたが、駆逐艦は見事な操艦で全ての魚雷を回避した。
狙われた駆逐艦は2隻であったが、この2隻の駆逐艦は魚雷をやり過ごすと、魚雷の発射点目掛けて突進した。
2隻の駆逐艦の艦長は、姑息なマネをしてきた敵潜水艦の息の根を止めるべく、生命反応を頼りに、あっという間に潜水艦を追い詰めた。
駆逐艦が、慌てて潜航していく潜水艦の真上に占位し、爆雷を投下しようとした時、後方から腹に答えるような爆発音が連続で轟いた。
魚雷は確かに目標から逸れた。だが、魚雷その物が、その時点で役目を果たした訳では無かった。

駆逐艦が避けた魚雷は、全てが輪形陣内部に侵入し、他の巡洋艦や戦艦、そして竜母にまで迫っていた。
発射された魚雷が10本以上あった事。そして、発射した潜水艦が扇状に魚雷を撃った事が、第2部隊の混乱に拍車を掛けた。
魚雷は、1本が巡洋艦イーンベルガに、3本が戦艦ロンドブラガに命中した。
イーンベルガは左舷中央部に魚雷を受け、艦腹に穴が開いた。
イーンベルガ被雷から僅か5秒後には、ロンドブラガが相次いで魚雷を受けた。
ロンドブラガは、2本が左舷前部に命中し、1本が中央部に命中した。これによって、ロンドブラガは左舷に傾斜した。
更に別の魚雷が竜母群に迫った所で、第2部隊の各艦は回避運動を行い、最終的には陣形が大幅に乱れてしまった。
幸いにも、被雷したイーンベルガとロンドブラガは、沈没するような損害は受けなかったが、両艦は9リンル以上の速度は出せなくなった。
リリスティは、敵潜水艦の思わぬ攻撃によって混乱した第2部隊を案じ、第1部隊を第2部隊より東に進めた。
そこに、アメリカ機動部隊から発艦した艦載機が襲い掛かって来たのである。
リリスティは、日が落ちた後は、戦艦部隊と巡洋艦部隊を、複数の駆逐艦と共に切り離し、アメリカ機動部隊に夜戦を挑もうと考えていた。
第4機動艦隊本隊には、新鋭戦艦であるネグリスレイ級戦艦が4隻おり、巡洋艦や駆逐艦も新鋭艦ばかりであり、水上戦闘になればアメリカ軍にも
充分に渡り合えると思われていた。
しかし・・・・

「どうやら、艦隊を突っ込ませる事は出来なくなったみたいね。」

リリスティは口元を歪めながら独語する。
敵潜水艦の攻撃と、今行われているアメリカ機動部隊との攻撃で、予定されていた夜戦の主役になる筈であった戦艦4隻のうち、2隻までもが
魚雷によって損傷している。
1隻は浸水によって速度が出せなくなり、もう1隻は舵が故障してぐるぐると回るだけしか能が無い。
ネグリスレイ級戦艦は、性能からしてみればアメリカ海軍のサウスダコタ級戦艦とも対等に渡り合えるとされているが、たった2隻で、尚3隻の
サウスダコタ級戦艦、2隻のアラスカ級巡洋戦艦を擁する敵機動部隊に立ち向かっても、必ず負ける。
こうなっては、竜母に搭載している航空兵力で攻撃を続行するしか、方法は無かった。
だが、その唯一の方法ですら、今しも迫りつつある敵編隊によって潰されるか否かの瀬戸際に立たされている。

「敵機急降下!ホロウレイグに向かう模様!」

見張りから、新たな報告が伝えられて来た。
どうやら、敵機は竜母に対して、攻撃を仕掛けて来たようだ。アベンジャーの編隊が、モルクドの前方1000グレルを横切って行く。

艦首の銃座が横合いから射撃を行うが、低空飛行している事に加え、殆ど追いかけ射撃のような形になっているため、弾は全く当たらない。

「本艦左舷上空にヘルダイバー!急降下―!」

相変わらず、見張りの声が伝声管を伝って、艦橋に響いてくるが、リリスティは動じなかった。

「さて・・・・ここからが勝負ね。」

彼女は、誰にも聞かれぬような静かな声音で、そう呟いていた。


カズヒロの操るヘルダイバーは、高度4000メートルの上空を飛行しつつ、攻撃目標である敵1番艦に向かっていた。

「空が暗くなりかけている。早いうちに済まさんと、薄暮攻撃が夜間攻撃になってしまうな。」

後ろに座っているニュールが、心配そうな声でカズヒロに言った。
太陽は半分以上が隠れており、空にはこの世界の特徴でもある、2つの月がうっすらと現れている。
敵艦隊に対する攻撃は、完全に薄暮攻撃の様相を呈しているが、真っ暗闇な夜間よりは今の内に済ませた方が幾分マシである。

「第1小隊が行ったぞ!」

カズヒロは、薄暗い中でも、艦首側に回った第1小隊が急降下を開始する姿を確認できた。
敵騎の襲撃で、第1小隊は4機から3機に減ってはいるが、そんな事は機にはしていないと言わんばかりに、3機のヘルダイバーは急角度で突っ込んでいく。
高射砲の弾幕がこの3機に向けて注がれる。
対空砲火の弾幕は意外と厚い。
先行のコルセア隊や、ボクサー、ラングレー、プリンストン所属の艦攻、艦爆は輪形陣左側の陣形を崩す事に成功した物の、竜母群の近くに来ると、
未だに無傷であった輪形陣右側の艦艇が激しく高射砲、魔道銃を撃ちまくって来た。
高射砲弾の弾着が連続し、第1小隊の各機に幾度となく至近弾が出るが、3機のヘルダイバーはダイブブレーキを開きながら、敵竜母1番艦目指して
急降下していく。
第1小隊が高度1000メートルに達した時、敵竜母はいきなり右舷側へ急回頭を行った。

小隊の指揮官は、敵竜母は僚艦の居ない左舷側を回頭すると思っていたのだが、敵はその逆を行った。
第1小隊の指揮官は知らなかったが、モルクドの右舷を航行していたホロウレイグは、ボクサー隊の攻撃を避けるために、右舷へ回頭を行っていた。
モルクドとホロウレイグの間隔は1200メートル程であったが、ホロウレイグが回頭した事によって、間隔が広まり、モルクドは右舷に回頭する事が
出来たのである。
第1小隊が次々に爆弾を投下した時には、敵艦は爆弾の命中コースから完全に離れていた。
最後尾のヘルダイバーが、引き起こしを掛ける際に被弾し、炎を拭きながら墜落して行った。
投下された3発の爆弾は、いずれも敵竜母の左舷側海面に外れて行った。
その頃には、第2小隊が敵艦の左舷側方向から急降下を行っている。
第2小隊の突入開始を尻目に、カズヒロ達の第3小隊は敵艦の左斜め後方に回り込んでいた。
時折、高射砲弾が近くで炸裂し、愛機が不気味な音を立てながら振動する。

「対空砲火が意外と激しいな。」

カズヒロは、緊張に声を震わせながら、後ろのニュールに話し掛けた。

「そりゃそうさ。連中だって大事な母艦は傷付けられたくはないだろうから、必死こいて対空砲を撃ちまくるのは当然だ。」
「確かにね。」

カズヒロは苦笑しながらニュールに答える。その時、後方で高射砲弾が炸裂し、後ろから押し出すような衝撃が伝わった。

「おわ!?」

カズヒロは、今までのよりも強い衝撃に、思わずやられたかと思った。

「おい、大丈夫か!?」

彼は咄嗟に、後部席のニュールを呼ぶ。

「ああ、大丈夫だ。心配無いぜ。」
「ふぅ、良かった。いきなりガン!て音がしたから驚いたぜ。」

カズヒロは安堵しながら、愛機の状態を確認する。
幸いにも、機体に命中した砲弾の破片は急所を避けたていたらしく、何ら異常は認められなかった。

「第3小隊!突っ込むぞ!」

無線機に第3小隊長の声が響いた。カズヒロは咄嗟に、薄暗い闇に隠れている敵竜母を見つめる。
敵竜母の上空を、第2小隊のヘルダイバーが超低空で横切って行く。
爆弾が右舷側海面に落下して、水柱が立ち上がる物の、敵竜母は何ら損害を受けた様子は無い。

「第2小隊も失敗したか。」
「第2小隊もだって?」

カズヒロの言葉に、ニュールは驚きの余り声を上ずらせた。

「第1、第2小隊が失敗したとなると、後は第3、第4小隊が残るのみだ。こりゃ責任重大だぞ。」

カズヒロはその言葉には答えず、2番機の後を追って急降下を開始した。
ヘルダイバーは左側にぐらりと傾き、機首が敵空母の甲板に指向される。降下角度は70度を超えていた。
主翼に取り付けられている穴開きのダイブブレーキが展開され、すぐに甲高い風切り音が鳴り始める。
対空砲火が急に激しくなり始めた。敵竜母の対空砲火は、新たに左舷後方から迫って来たヘルダイバー編隊に向けられている。
初めての敵母艦攻撃に、カズヒロは自分でも不思議に思うほど、心を落ち着かせていた。
小隊長機は、カズヒロ機よりも更に低い高度に達し、噴き上がる対空砲火に絡め取られる事なく、投下高度である600メートルを目指して急降下していく。
(流石は小隊長だ。いい位置に付いている。)
カズヒロは、降下の際のGに苦しみつつも、小隊長の腕の良さに感心した。そのまま行けば、敵竜母の甲板に爆弾を叩き付けられるだろう。
だが、その次の瞬間、衝撃的な事が起こった。
隊長機の前面で高射砲弾が炸裂した直後、機体が飛び散って来た破片によって前面をずたずたに切り裂かれた。
そして、更に噴き上がって来た光弾の連射が追い討ちをかけ、隊長機はあっという間に爆発した。
(!?)
カズヒロの内心に衝撃が走る。
小隊長機の余りにもあっけない最後。

文字通りの散華であった。
カズヒロは、小隊長機の最後に驚いたが、そのすぐ後には、むらむらと闘争心が沸き起こって来た。
敵竜母は再び回頭を始めた。
2番機は、敵艦の艦首が左に回り始めた直後に爆弾を投下した。
(2番機が爆弾を投下した・・・・・だが)
カズヒロは爆弾の行方がどうなるか分かっていた。
2番機のパイロットは絶好のチャンスだとばかりに爆弾を投下したであろう。
しかし、敵艦は、パイロットが爆弾の投下レバーを押す直前に、被弾コースから逃れていた。
爆弾は、ぎりぎりの所で敵竜母右舷側海面に至近弾として落下した。
これまで7機のヘルダイバーが投弾に成功したものの、命中数は0。
いずれもが、本来は必中コースであった筈なのに、敵艦の艦長は巧みに爆弾を裂けている。
(やばい・・・・あの艦の艦長は出来る奴だ)
カズヒロは内心で、敵竜母艦長の腕前の良さに感心した。
(だが、俺は絶対に当てる!)
しかし、彼は諦めなかった。
高度計が1200を切り、1000に達しようとする。敵竜母は、対空砲火を狂ったように撃ちまくりながら、左舷へ回頭しつつある。
このままいけば、カズヒロ機も爆弾を外してしまう。
(このままでは当たらない。それでも、当てる方法はある)
カズヒロは内心で呟きながら、愛機の動きを敵艦に合わせた。急降下を行いながら機体の向きを変えるのは至難の業である。
しかし、カズヒロは無我夢中で、愛機を敵艦に近づけていた。
(投下高度は・・・・400だ!)
彼は、事前に決められた投下高度を無視し、高度400で爆弾を投下する事にした。
海上には、ダイブブレーキから発せられる金切り音が最高潮に達し、敵艦の乗員達は耳を塞ぎたい衝動に駆られながらも、尚も接近する
ヘルダイバーを撃ち落とそうとする。
目を覆うような光弾の連射が、次々と向かって来る。
右主翼にハンマーで叩かれたような音が響くが、カズヒロは意に返さない。
事前の指定投下高度である600を超えた。胴体の爆弾倉は既に開かれ、内部から1000ポンド爆弾が除いている。
更に3度ほど、強かな振動がヘルダイバーに伝わるが、カズヒロは気にしなかった。
目の前には、敵竜母が間近に迫っていた。大きさは、カズヒロの乗るイントレピッドよりは小ぶりであるが、それでも敵艦の巨大さは感じ取る事が出来た。
高度計が400メートル台に達するのを目にしたカズヒロは、投下スイッチを押した。

「投下ぁ!!」

道場の試合で相手を威嚇するのと同じように、彼はボタンを押すと同時に気合を放った。
ヘルダイバーの爆弾倉から、1000ポンド爆弾が誘導策に引っ張り出された後、敵竜母の甲板目掛けて解き放たれた。
カズヒロは機体が軽くなった感触を手に感じ取るや、咄嗟に操縦桿を引いた。
急激なGが彼の全身にのしかかって来る。
頭が締め付けられるかのような重圧に、カズヒロは必死に耐える。
高度計が100メートルを指してから、ようやく愛機の姿勢が水平になった。

「やった!命中したぞ!!」

後ろからニュールの弾んだ声が聞こえたのはその時であった。


そのヘルダイバーが投下した爆弾は、モルクドの後部飛行甲板に命中した。
爆弾は木製の飛行甲板をあっさりと突き破り、格納庫に達してから炸裂した。
爆発の瞬間、モルクドの艦体が激しく振動した。

「飛行甲板に敵弾命中!火災発生!」

振動に辛くも耐えたリリスティの耳に、そのような言葉が聞こえて来くる。
更にもう1機のヘルダイバーが爆弾を投げ落す。この爆弾はモルクドの右舷側海面に落下した。
ヘルダイバーの攻撃は休む間もなく続けられる。
第4波のヘルダイバーが、右舷側方から第3波と入れ替わるようにして急降下して来た。
モルクドの対空砲陣が猛烈な勢いで撃ちまくり、大事な母艦をこれ以上傷付けさせまいと奮闘する。
2番機のすぐ後ろで高射砲弾が炸裂するや、垂直尾翼が粉砕され、そのまま死のダイブへと移行する。
残り2機が、高度600メートルまで下降し、爆弾を投下した。
2発の1000ポンド爆弾がモルクドに降り注ぐ。
最初の1発目は、左舷側に至近弾として落下し、水柱が舷側の魔道銃を撃ちまくっていた数人の射手を海にはたき落とした。
2発目が、モルクドの飛行甲板に命中した後、盛大に爆炎を噴き上げた。

(これで2発目か。やはり、そのまま無傷で済むって事は無いものね)
リリスティは、幾分醒めた気持でそう思った。

「低空よりアベンジャー接近!距離700グレル!」

ヘルダイバーの爆撃が終わった後も、攻撃は続く。
低空侵入を果たした10機のアベンジャーは、モルクドまであと一歩の所まで迫っていた。
敵機は対空砲火を浴びながらも、徐々に距離を詰めて来る。
海面スレスレを飛行する敵雷撃機は、魔道銃の射手にとってただ怖いだけでは無く、苛立ちをも募らせる難敵である。
低空侵入機に対しての射撃は、舷側が高い竜母にとってなかなかやり難い仕事である。
敵機が5グレル以下の高度で接近して来る物ならば、魔道銃は設置個所の関係上、銃身を、水平より下げながら撃たなければならない。
魔道銃は光弾を発射する指向性兵器ではあるが、米軍が使うような、火薬式の銃と同様に反動がある。
射手はこの反動を抑えながらアベンジャーを狙い撃つのだが、これが意外と難しい。
経験を積んだ射手は、5、6発置きに撃つ事で反動による影響を幾らか少なくできる。
しかし、経験が未熟な新兵の場合、興奮して魔力が切れるまで撃ちまくる場合が多い。
モルクドでも、そのような傾向は現れていた。
魔法石の交換を要求して来る射手は、殆どが新兵か、経験未熟な若い兵ばかりであった。
逆に、経験を積んだ物は、効率よく射撃を行い、常に弾道の修正を試みている。
1機のアベンジャーが、胴体を光弾の連射に撃ち抜かれた。
機体には目立った損傷は無かった物の、命中弾のうち数発はコクピットのガラスを砕いて、パイロットに命中していた。
操縦手を失ったアベンジャーは、頭から海面に突っ込んで、飛沫と共に姿を消した。
残ったアベンジャーは、仲間の死を見ても臆する事無く迫って来る。
敵機は、モルクドから800メートルまで近付き、胴体から魚雷を投下した。
9本の魚雷は扇状に広がっていく。
9本中、5本が直撃コースに入った。モルクドの艦長はすぐさま取舵一杯を命じ、艦の回頭を再開させた。
予め舵は切っていたのだろう。モルクドの艦体は、大型艦にしては滑らかな感じで左に回ろうとしていた。
モルクドの回頭のお陰で、大半の魚雷が艦の左右を通り過ぎる事になった。
だが、モルクド艦長の判断は、完全に良い物とはならなかった。

「左舷前方より魚雷接近!距離100グレル!」

2本の魚雷が、モルクドの斜め前方へ迫っていた。魚雷のスピードは思いのほか早く、あと10秒足らずでモルクドの艦体を抉る事は、ほぼ確実であった。
魚雷はあっという間に、モルクドの至近に迫った。
艦長が大音声で、艦内各部へ魚雷の衝撃に備えるようにと伝えていく。
幕僚達の顔は、一部を除いて真っ青になり、誰もが来るべき衝撃に耐えようと、足を踏ん張る。
そんな中、リリスティは平静さを保っていた。
(アメリカ人達は、このような状況を朝から幾度も体験して来た。今頃、アメリカ人達は自分達が味わった恐怖を思い知れ、とか叫んでいるかもしれないね・・・)
彼女は、内心でそんな事を思いながら、幕僚達がやるように、床に足を踏ん張り、姿勢をややかがめて魚雷命中時の衝撃に備える。
唐突に、突き上げるような強い震動が床から伝わった。
その瞬間、モルクドの左舷側前部には巨大な水柱が立ち上がり、24000トンの艦体が大きく右舷に傾いた。
強烈な振動のため、艦橋に居た乗員や幕僚の殆どが床に転がされてしまった。
リリスティはよろけながらも、振動が収まるまで耐え切った。

「応急班!至急対処を急げ!」

艦長が咄嗟に伝声管に飛び付き、応急班へ指示を送る。

「こちら左舷前部兵員室!艦長はおられますか!?」
「こちら艦長だ。どうした?」
「敵の魚雷は第4甲板前部食糧庫とワイバーン糧食庫の間で炸裂し、兵員室にまで浸水が及んでいます!今、乗員が消火作業と防水作業を行っています。」
「分かった。ひとまずは、浸水を食い止め、被害を抑える事を考えろ。じきに応急班も現場に辿り着くから、それまで頑張ってくれ。」
「はっ!最善を尽くします!」

艦長は、伝声管で各部署との確認を行っている。リリスティは、モルクドの速度が落ちている事に気が付いた。

「魚雷の浸水で艦が重くなっている。命中個所は前の辺りだから、命中と同時に艦の速度も相まって、浸水が多くなったかもしれない。」

彼女が小声でそう呟いた時、後方から大音響が轟いた。
(この音・・・・・もしや・・・!)
リリスティは、音が聞こえた方角に何があるのかを思い出した。

「ギルガメルが大爆発を起こしています!」

見張りが泣かんばかりの声音で、伝声管越しに報告を送って来た。
ギルガメルには、空母レキシントンから発艦したヘルダイバー10機と、アベンジャー8機が迫っていた。
レキシントン隊の攻撃は、まず、艦爆の急降下爆撃から始まった。
彼らの攻撃は、どの母艦航空隊よりも精確かつ、気迫に満ちている物であった。
レキシントンのパイロットは、僚艦シスター・サラが沈没確実と判定される損害を被った事をきっかけに、全員が敵竜母撃沈の意気に燃えた。
ヘルダイバー隊は、対空砲火によって3機が撃墜されたものの、残り7機は高度300メートルまで突っ込み、怒りの一撃を加えた。
レキシントン隊に狙われたギルガメルは、まさに不運としか言いようが無かった。
7機のヘルダイバーが放った1000ポンド爆弾は、いずれもがギルガメルに降り注いで来た。
7発中2発が外れ弾となったものの、残り5発が飛行甲板の前、中、後部と、満遍なく命中し、ギルガメルはたちまち大破同然の損害を受けた。
それに加えて、低空から8機のアベンジャーが攻撃を加えて来た。
アベンジャー隊は、途中1機が魔道銃に撃墜されていたが、残る7機は、あろうことか、ギルガメルまで500メートルという近距離にまで迫り、
一斉に魚雷を投下した。
7本の魚雷のうち、1本がギルガメルの艦尾を抜け、もう1本は投下時に故障して、海中に沈んで行った。
だが、残り5本の魚雷が、ギルガメルの中央部から後部にかけて命中し、左舷側に高々と水柱を噴き上げた。
水柱が崩れ落ちた直後、ギルガメルは艦深部の弾薬庫から大爆発を起こし、多量の黒煙を吹き出しながら大傾斜し、被雷から5分と経たぬ内に停止した。
火災と黒煙を上げながら傾斜を深めていくギルガメルの姿は、この艦が竜母としての機能を失っただけでは無く、船としての機能も完全に失われた事を現している。
ギルガメルが遠からぬうちに、水面の底へ召される事は、誰の目から見ても明らかであった。

ギルガメルの被弾炎上を最後に、アメリカ軍機の空襲は終わりを告げ、敵編隊は去って行った。

「ひとまず、空襲は終わりましたな。」

リリスティの後ろに立っていたハランクブ大佐はそう言ってから、ホッとため息を吐いた。

「しかし、敵編隊も派手に暴れ回った物ね。」

リリスティは、艦橋の窓から燃えるギルガメルを見つめながらハランクブ大佐に返した。
彼女は表面上、冷静さを装っていたが、内心では竜母を喪失した事によって、少なからぬショックを受けている。

「ギルガメルはもう、助からないわね。」

彼女は、小さな声音で言いながら、拳を力強く握る。
ギルガメルは、開戦以来シホールアンル海軍機動部隊の一員として活躍して来た名竜母であり、搭乗員にも腕利きが多く揃っていた。
海軍内でも、不屈の古参空母として広く知れ渡り、ギルガメルよりも性能が上のホロウレイグ級竜母の艦長達も、ギルガメルに対しては
尊敬の念を抱いていた。
そんな名竜母ギルガメルも、その輝かしい艦歴に幕を下ろす時がやって来たのである。

「浮かぶ物は、いつか沈む。戦場では普通の出来事。でも・・・・」

リリスティは、顔を俯かせる。

「いつも見慣れた艦が沈んでいく光景は。やはり、慣れない物ね。」

彼女は、頬に一筋の涙を流した。

「司令官。ギルガメル艦長より、あと10分で総員退避が終わるようです。」
「・・・・分かったわ。」

リリスティはゆっくりと頷いた。

「司令官。夜戦の方はいかがいたしましょうか?」
「夜戦は中止する。」

彼女はきっぱりと言い放った。

「こっちの戦艦は、4隻中2隻が傷物にされて使えない。それに加えて、他の竜母や艦艇にも被害が出ている。ここは追撃を中止して、
損傷艦の援護に当たるべきよ。」
「しかし、敵機動部隊は全滅した訳ではありません。敵の正規空母は、多くても3隻程度は健在です。ここは追い討ちをかけて、敵に更なる
損害を与えるべきかと思いますが。」

「主任参謀の意見は最もだわ。」

リリスティは振り向く。

「でも、こっちにまで、更なる損害が出てしまう。あなたはさっきの空襲で分からないの?相手はあのアメリカ機動部隊よ。今は自分達が劣勢だから、
大慌てで逃げているけど、あたし達だけで追撃したら、これ幸いとばかりに猛然と反撃して来るわ。それに、こっちの損害も無視できないしね。
それ以前に、戦力が少ない。少ない手勢で数に勝る敵に挑めばどうなるかは、マオンド海軍が証明している。」
「はぁ・・・・では。我々は今後、損傷艦を引き連れて帰還する事になるのですな?」
「そうなるわね。」

リリスティはそう答えると、ため息を吐いた。

「それにしても、あたし達は運が無かったわね。」

彼女は肩を竦めながら主任参謀に語る。

「不意に近付き過ぎた挙句、敵さんから手痛い一撃をくらってしまうとは。本当、我ながら迂闊だったわ。」
「アメリカ人達も相当怒っていたようですからな。何せ、我が第1部隊は、4隻中、3隻の竜母を撃沈、撃破されてしまいましたから。」
「このモルクドは爆弾2発に魚雷1本。ホロウレイグは爆弾5発を食らっている。ギルガメルは・・・・まぁ、見ての通りね。」
「でも、これで敵機動部隊は、戦力の半数を撃破されました。それもこれも、皇帝陛下の策のお陰ですな。」
「そうね。」

得意気に語るハランクブ大佐の言葉に、リリスティはさり気なく答える。
(まっ、こっちが優勢だったとはいえ、あのアメリカ機動部隊とまともにやり合って、勝てたのは良かったわね。でも・・・・・)
リリスティは、先ほどからある事を心配し始めていた。
陸海軍の共同の大規模航空作戦は、現時点で敵機動部隊が敗走しつつある事から、勝利はほぼ確定したと言える。
戦果は、暫定ながらも敵正規空母2隻、小型空母2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦14隻撃沈確実。
正規空母2隻、小型空母1隻、戦艦1隻、巡洋艦5隻、駆逐艦8隻大中破。航空機約600機撃墜、撃破となっている。
この集計結果には、今後、多少の修正が為されるであろうが、それでも新鋭空母エセックス級正規空母の撃沈や、サウスダコタ級戦艦といった
大型艦に大損害を与えた事は確認されている。

それに対して、シホールアンル側は、陸軍がワイバーン468騎、飛空挺98機、リリスティの第4機動艦隊が、ワイバーン150騎を失うか、
あるいは損傷し、最後の最後で正規竜母1隻、駆逐艦2隻を喪失するという手痛い損害を被った物の、主力である正規竜母群は未だに4隻が無傷である。
この結果を見るに、敵機動部隊に壊滅同然の損害を与えたシホールアンル側が、この決戦を制した事になる。
しかし、リリスティは、自軍が与えた損害よりも、自軍が被った損害・・・・特に、航空部隊の損害が気になっていた。
この決戦に用意したワイバーン、飛空挺は約1800。
そのうち、撃墜された物は400から、多くて500。損傷は最低でも100以上は行く。
喪失と損傷を合わせれば、航空部隊は600以上。実に、総兵力の3割にも及ぶ損害を被った事になる。
今回の決戦では、腕利きの部隊も多く参加していたという。これらの部隊もまた、少なからぬ損害を受けている事はほぼ確実である。
今のシホールアンルの現状から言えば、今回の決戦で勝利はしたものの、それで生じたこの大損害は余りにも大きい。
ジャスオ領の戦闘の際、陸軍では2ヶ月半の間に、喪失並びに損傷を600騎出していた。
それに対し、今回の戦闘では、たった1日で600以上もの損害をだしてしまったのだ。
敵正規空母並びに、大型戦艦、その他諸々を撃沈破するために、シホールアンル軍は上手くすれば2カ月間は使える航空戦力を丸々すり潰したのである。
(この戦闘は、恐らく、後になって響いてくるかもね。部隊全体の錬度や、ワイバーン、飛空挺の補充の問題等で)
リリスティは、内心で呟いた。

ギルガメルが沈没したのは、それから20分後の事であった。


攻撃隊が敵機動部隊への攻撃を完了した頃。
TF37でも、ギルガメルの後を追うように、最後の時を迎えようとするフネがあった。

空母サラトガの艦長であるジョージ・ベレンティー大佐は、艦橋の張り出し通路から敬礼をした状態で、最後の儀式を見届けていた。
辺りは日が落ちかけているため薄暗かったが、それでも、マストから引き下ろされていく星条旗だけはみえていた。
(3か月前に、俺がこの栄光の空母にやって来た時は、これで俺も古参の仲間入りになったかと思った物だが・・・・・それが、今では・・・・・!)
ベレンティーは、悔しさのあまり叫びそうになったが、彼の艦長としてのプライドが、それを抑え込んだ。
飛行甲板には、ベレンティーと同じように下ろされる星条旗を、敬礼しながら見上げる乗員達が居る。
歴戦の空母、サラトガ。
開戦以来、数々の戦場で武勲を立てて来た彼女は、今日、軍艦としての輝かしい経歴に幕を閉じる。
サラトガは、今日の戦闘で4本の魚雷と3発の爆弾を受け、大破した。
特に痛かったのは魚雷による損害であり、左舷側と右舷側の缶室が破壊された上に、機関室にも重大な損傷を負った。

この事は、後の消火活動や復旧作業にも大きく影響し、最終的には左舷側に17度傾斜したまま洋上に停止する事になった。
空襲から3時間後には、火災も浸水も止まったが、機関室が損傷を負って満足な動力が確保できないため、艦の排水作業は遅々として進まなかった。
午前6時。瀕死のサラトガを運命づける決定的な出来事が起きた。
乗員達が総出で復旧作業に取り組んでいる最中に、浸水を止めていたハッチが水圧に耐え切れずに弾け飛び、再び浸水が発生した。
至急ダメコン班が駆け付けて対処を行ったが、今度ばかりは浸水を止める事は出来なかった。
浸水は拡大し、艦の深部を次々と呑み込み始めた。
ベレンティー艦長は熟慮の末、決断を下した。
それは、総員退艦であった。

短いながらも、荘厳な儀式は幕を閉じた。

「艦長より、総員に達する!これより、総員退艦を行う!各員は、魚雷の損害が少ない右舷側より脱出するように!諸君の武運を祈る!」

ベレンティーは、飛行甲板上を見回しながら言うと、乗員達に対して敬礼を送った。
乗員達も答礼を返した。
やがて、サラトガの別れが始まった。

それから20分後。ベレンティーは、僚艦ヘレナの艦上から、傾くサラトガを見つめていた。
不意に、遠くから腹に応えるような爆発音が聞こえた。

「あの音は・・・・・インディアナの雷撃処分は予定通り行われたのか。」

彼は、音の下方角に目を向けながら、寂しげな声音で呟く。
TG37.1は、空母サラトガと軽空母ベローウッド、戦艦インディアナ、軽巡ジュノーが大破した。
そのうち、ジュノーは総員退艦後に、魚雷発射管に詰められていた魚雷が火災に誘爆して爆沈し、ベローウッドは今から10分前にその後を追った。
戦艦インディアナは、右舷側に7本もの魚雷を食らったため、大浸水を起こして洋上に停止した。

後にダメコン班の奮闘で火災と浸水は食い止められた物の、インディアナは既に機関部が壊滅した他、推進機や舵機室にも重大な損傷を受け、
復旧は絶望的と判断された。
その瀕死のインディアナは、味方駆逐艦によって雷撃処分された。
サウスダコタ級戦艦2番艦として、42年半ばから活動して来たインディアナは、期待とは裏腹に、あっけない最後を遂げたのである。

「インディアナが先に逝くか・・・・・」

ベレンティーは、悲しげな口調で呟いた後、視線をサラトガに移した。
それから20分ほど経ってから、サラトガに大きな変化が見られた。
真っ暗になった洋上に浮かぶ黒い影は、急に沈下のスピードを速め始めた。

「あ・・・・・」

ベレンティーは、思わず声が漏れた。
サラトガが沈む。
ヘレナの甲板上に集まっていたサラトガの乗組員達は、誰もがレディ・サラを注視する。
サラトガは、左舷側へそれ以上傾く事無く、艦全体が沈降しつつあった。
黒い影。サラトガの乗員達がいつも見ていた、あの巨大な煙突が、徐々に下がって行く。

「レディ・サラが・・・・・俺の乗艦が・・・・」

隣に立っていた、古参の兵曹長が嗚咽しながら、サラトガの最後を見届けている。
サラトガの乗員達は、ヘレナのみならず、別の駆逐艦3隻にも救出されている。
駆逐艦の中には、サラトガとは馴染みの深かったデューイもおり、艦の乗員達も、サラトガの乗員達と同様に、慣れ親しんだシスター・サラの最後を悲しんでいた。
艦の沈降は緩やかに進んでいく。シンボルである巨大な煙突も、海中に消えていく。
やがて、浮いていた艦首側の飛行甲板も海に没し、サラトガの姿は見えなくなった。

開戦以来、サラトガは太平洋艦隊の所属艦として、シホールアンル軍と戦って来た。
レアルタ島沖海戦では、レキシントン、エンタープライズと共同して、この世界で初の戦艦撃沈という快挙を成し遂げ、史上初の空母対竜母の
戦闘であるグンリーラ沖海戦では、自らは脇役に徹しつつも、別働隊であった敵巡洋艦群を艦載機で翻弄した。

ガルクレルフ沖海戦では、敵の拠点であったガルクレルフ基地に、エンタープライズと共に殴り込みを仕掛け、その後のバゼット海海戦には
参加できなかった物の、後のミスリアル軍に対する航空支援では、海戦に参加できなかった鬱憤を晴らすかのように、艦載機隊が地上で奮闘している
シホールアンル軍を蹂躙した。
43年前半の敵補給路寸断作戦では、僚艦レキシントンと共に作戦をこなし、9月の犯行時には、TF57の一員として作戦に参加し、44年前半に
行われたフリントロック作戦では、敵がTF58を襲っている間に、レキシントンと共同で敵の航空基地襲って壊滅状態に陥れ、5ヶ月後のエルネイル
上陸作戦では、第3艦隊の一員として史上最大の作戦に参加し、艦載機で上陸軍を支援した。
この世界にやって来てから3年11カ月。
英傑艦サラトガは、生き残りの乗員達が無事、退避出来た事で満足したかのように、静かに沈んで行った。
後に乗員達は、サラトガの最後を「穏やかであった」と、口に揃えて言う事になる。



空母サラトガの沈没を最後に、ヘイルストーン作戦は終わりを告げた。
第37任務部隊は、艦載機を収容し、損傷艦と合流後、出し得る限りの速度で現場海域を離脱した。
TF37はこの戦闘で壊滅的な打撃を被り、帰還後はTF38に編入される事になる。
この海戦の顛末は、後にラジオで放送され、アナウンサーが涙を流しながら、9月19日は史上最悪の海軍記念日である、
と言う事になるが、それはもう少し日が経ってからの話である。



レビリンイクル沖海戦

アメリカ海軍 損害
喪失 正規空母バンカーヒル タイコンデロガ サラトガ 軽空母ベローウッド キャボット
戦艦インディアナ 軽巡洋艦ジュノー バサディナ(19日午後5時頃、レンフェラルの攻撃によって沈没確実の被害を受ける)
駆逐艦カシンヤング以下10隻
大破 軽空母モントレイ 重巡洋艦ボルチモア 軽巡洋艦リノ サンアントニオ 駆逐艦4隻
中破 空母イントレピッド 重巡洋艦ピッツバーグ 軽巡洋艦モービル バーミンガム
航空機喪失 502機

シホールアンル軍
喪失 正規竜母ギルガメル 駆逐艦3隻
大破 正規竜母モルクド ホロウレイグ 駆逐艦3隻 巡洋艦2隻 戦艦2隻
ワイバーン・飛空挺喪失数 518騎 損傷179騎
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