自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

251 第190話 フライングタイガース

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第190話 フライングタイガース

1484年(1944年)11月6日 午前11時 エンテック領

エンテック領は、レーフェイル大陸の東部にあり、元々はエンテック帝国という国が存在していた。
そのエンテック帝国は、過去にマオンド軍の侵攻を受けた末に滅亡し、つい最近までは、マオンド共和国の一領土に過ぎなかった。
だが、支配者たるマオンドも、エンテックを永遠に支配する事は出来なかった。
1484年9月11日。西のヘルベスタン領から進軍して来た異界の軍…アメリカ軍は、他の国々を解放しながら、ついにエンテックの攻略に取り掛かった。


それから2カ月近くが経った、11月6日。
エンテック領の南西にあるフィットイコムと呼ばれる小さな町の近郊では、ある武装集団が絶望的な戦いを強いられていた。

エンテック解放軍に所属する、ウルド・ヒッカルスは、今や戦力の半数以下に減った自分の部隊を率いながら、進軍して来る
マオンド軍を望遠鏡で見つめていた。

「ヒッカルス!あいつら、ゴーレムの大群を先頭に突っ込んで来るぞ!」
「おい、もうあんな大軍を相手に戦うのは無謀だ!今すぐここから逃げよう!」

彼の指揮下にある部下達が、必死に懇願してくる。

「馬鹿野郎!俺達が逃げたら、一緒に連れて来た町の住民はどうなる!?」

ヒッカルスは、うろたえる部下達に怒声を発した。
しかし、彼らの懇願は止む様子がない。

「俺達は、ここで死にたくねえよ!」
「頼む!ここから逃がしてくれ!お願いだ!!」

部下達……もとい、彼らの学友達は、泣き叫びながらヒッカルスに懇願する。
(くそ……リーダーの判断ミスのお陰で、とんでもない事になりやがったぞ!)
ヒッカルスは、エンテック解放軍のリーダーであった男の顔を思い浮かべた。


事の発端は、3日前に遡る。

エンテック解放軍は、1484年9月に、フィットイコムを始めとする高等学校の生徒達や、地元の有志達を集められて結成された。
数は、総数で7000名余りにも上り、エンテック解放軍の中には、これまでレジスタンス活動に従事していた猛者もいた。
そのレジスタンスの1人が、元地方官僚の息子で、長い間秀才と噂されていたヒルス・エイクリと呼ばれる青年であった。
ヒルス・エイクリは、時機が来るまで鳴りを潜めようと決意し、マオンド軍が弱体化したら、まずはエンテック南西部の主要都市を
同時に攻撃して制圧し、アメリカ軍の進撃を支援しようと、エンテック解放軍の有志達に伝えていた。
そして、アメリカ軍がエンテック領の3分の2…中部から東部全域を制圧した事が知らされると、エイクリは11月3日に決起を行おうと、
各地の同志達に伝えた。
当初、エンテック解放軍には、密かにバルランド製の良質な武器や、一部にはアメリカ軍から供与された火器が行き渡っており、
決起を行えば、連戦で弱体化したマオンド軍を撃退出来ると思われていた。
しかし、エイクリの判断は誤っていた。
決起の日となった11月3日午前零時。フィットイコムを始めとする5箇所の町や都市で、エンテック解放軍は武装蜂起を行い、
蜂起から2時間後には、各地の行政府を制圧する事が出来た。
住民達は、警備のマオンド軍をたちまちのうちに蹴散らしたエンテック解放軍の登場に狂喜し、一時は各地で戦争が終わったかのような騒ぎが起きた。
だが、エンテック解放軍は、それから1時間後に悪夢のような光景を目の当たりにする事になる。
各地の制圧完了から1時間後、突如として、マオンド軍の大部隊が、エンテック解放軍が制圧した町や都市に猛攻撃を仕掛けて来た。
エイクリが制圧に参加したフィットイコムには、ざっと見でも2万以上のマオンド軍が攻め込み、11月3日の昼ごろまで激しい市街戦が展開された。
マオンド軍は、現地の住民が攻撃の巻き添えになる事も構わずに戦闘を行ったため、各地で住民が巻き添えを食らって死亡するのが相次いだ。
とある町では、エンテック解放軍の部隊が住民の避難をさせている時に、マオンド軍が大規模攻撃魔法を仕掛けて住民諸共、エンテック解放軍の
部隊を壊滅させる事もあり、エンテック解放軍と住民の被害は急増した。
それから3日が経ち、各地の部隊は極度に損耗していた。
フィットイコム占領に参加した2千のエンテック解放軍は、今や、たったの600人に減っている。
エンテック解放軍のリーダーでるエイクリは、昨日、戦闘中にマオンド軍のストーンゴーレムに踏み潰されて死んだ。

情報収集のミスという致命的な失態を犯したエンテック解放軍は、もはや風前の灯火であった。

耳に、学友達の懇願の声が尚も張り付く。
その声は、かなり遠くから叫んでいるかのような感じがある。
(ああ……俺達は、一体どうしたらいいんだ。武器もくたびれ、肝心のアメリカ製兵器は、弾切れで役立たず……)
ヒッカルスは、心中でそう呟く。

「ヒッカルス!お願いだ、全滅する前にここから逃げよう!」

とある学友の声が耳に入った時、ヒッカルスは自然と口を開いていた。

「いや、逃げては駄目だ!」
「なっ……どうしてだ!!」
「どうして?決まってるさ。」

ヒッカルスは、今までに何度となく口にした言葉を放つ。

「もうすぐ。もうすぐで、アメリカ軍がやって来る。リーダーもそう言っていた。」
「その言葉はもう聞き飽きたぞ!」

別の学友が、大声で叫ぶ。

「決起の日だって、昨日だって、同じ言葉をずっと聞いて来た。だけど、アメリカ軍は一向に来ないぞ!」
「マオンド軍の奴らは、アメリカ軍は進撃を停止したと俺達に言っていた。つまり、アメリカは俺達の事なんかどうでも良いんだよ!」
「ま、待て!それはマオンド軍の謀略」
「黙れ!!」

別の学友が言葉を遮る。
その瞬間、彼らの陣地の前に布陣していた別の部隊が、マオンド軍魔道兵から放たれた攻勢魔法を受けた。

轟音と共に青白い閃光が光、その次には盛大に火花が飛び散った。
魔法の着弾点からは煙が立ち込めている。その煙の中から、彼らと同じ学友達が動く事は無かった。

「う…もう、駄目だぁ!!」
「逃げるぞ!!」

前方からその声が上がったと思うや、別の陣地に布陣していたエンテック解放軍の同志達が、恐怖に駆られて逃げ始めた。
しかし、時すでに遅し。
逃げようとする学友達の背後から、何かが接近する。

「キメラだ!!」

すぐ側に居た学友が叫ぶ。
マオンド軍の隊列の中から、ざっと見ても10頭以上のキメラが飛び出し、逃げようとする同志達に襲い掛かっていた。
化け物特有の禍々しさを感じさせるキメラ達は、面白いように同志達を嚙み千切り、あるいは踏み潰したりして、
1人、また1人と、この世から消し去って行く。

「おい!住民達の近くにもマオンド軍が現れたらしいぞ!」

唐突に、魔道兵役の学友が、青白い顔を浮かべながら、ヒッカルスに知らせる。
その言葉が、ヒッカルス達の部下を、遂に行動へと導いた。
次の瞬間、部下達は我先にと、陣地を離れ始めた。

「お、おい!勝手に持ち場を離れるな!」

ヒッカルスは、体を張って制止しようとするが、学友の達は彼を振り払って逃げる。
彼はそれでも止めようとしたが、その瞬間、マオンド軍の魔道士が放った攻勢魔法が放たれ、それが陣地の前で炸裂した。
爆風で吹き飛ばされた彼は、陣地の後ろの木の幹に背中を強く打ちつけた。

「ぐ……!」

痛みと衝撃で、一瞬息が詰まり、意識が朦朧となった。
ぼんやりとした視界の中で、彼は、絶望を感じていた。
町の近郊にある森は、たけり狂うキメラや、それを操るマオンド軍によって、殺戮の場と化しつつある。
前方から逃げて来るエンテック解放軍の同志達は、大部分が背後から攻勢魔法に体を砕かれ、あるいはキメラに殺されていく。
同志達の中には、女性も多く含まれているが、マオンド軍は全く容赦しない。
ヒッカルスは、徐に空を見上げる。
空には、2、30騎ほどのワイバーンが編隊を作っており、今すぐにでも対地攻撃を仕掛けられる体制を取っていた。
敵とみなした物は、全て殲滅する。
この容赦ない攻撃が、それを如実に物語っていた。
キメラが、60メートルほど手前で、とある同志の手足を引き千切っている。殺戮に狂うキメラは、その大きな牙を剥き出しにしている。
その目が、ヒッカルスに向いた。
面白い玩具を見つけたと言わんばかりに、キメラはいかつい体をヒッカルスに向け直す。
彼の背中からは、尚も、悲鳴を上げながら逃げて行く仲間達が居る。
3日前に、避難民達を必死に誘導していた彼らだったが、今日で彼らも戦士から避難民になり変わったようだ。

「ハハ…これじゃ、俺達解放軍も、避難民と全く同じだな。」

ヒッカルスは、そう自嘲気味に呟いた。
彼の聴覚は、先ほどの轟音を聞いたせいで思ったよりも回復しておらず、外から聞こえる音は、相変わらず現実味が薄いように感じられた。
キメラが、唾液をしきりに垂らしながら、ヒッカルスという獲物にゆっくりと近付いて来る。
耳に、不思議な音が聞こえ始めた。
羽虫の羽音のような音は、キメラが距離を縮める度に大きくなっていく。
キメラは、40メートルほどの距離まで近づくと、一気に走りだした。それと同時に、羽音らしき物もかなり大きくなる。
(ああ……これが噂に聞く、死神の羽音って奴か。)
ヒッカルスは、顎を広げながら接近するキメラを見つめながら、人ごとのような感覚でそう思った。
距離は20メートルを切った。キメラが跳躍の姿勢を見せる。
あと数秒ほどで、ヒッカルスの命は途絶える。

筈、であった。
跳躍したキメラは、その瞬間、斜め上から降って来た光の束を受けた。
光の束は、キメラの硬い皮膚に当たると、あっさりと貫通し、反対側に抜けて土煙を上げた。
キメラは顔を吹き飛ばされ、体を両断された後、ヒッカルスから13メートルほど離れた場所に倒れた。
ふと、上空を何かが通り過ぎた。

「……?」

ヒッカルスは、訳が分からぬといった表情を浮かべつつも、空に視線を向ける。
唐突に、視界に奇妙な飛行物体が飛び込んで来た。
その飛行物体は、意外と大きく、翼の付け根に発動機らしき物を取り付けている。
全体の印象としては、大きい割になかなかスマートな感が強い。

「あれは……」

ヒッカルスは、一度だけ、あの機体を見た事があった。そして、あの機体が何と言う名前で呼ばれているかは、既に知っていた。

「インベーダー…と呼ばれる飛空挺、だったかな?」


アメリカ第8航空軍に所属する第61戦闘航空団第200戦闘航空群から発進したP-40ウォーホーク32機は、第217爆撃航空団
第417爆撃航空群から発進した、28機のA-26インベーダーを援護しながら、マオンド軍ワイバーン隊との戦闘に突入しようとしていた。
第200戦闘航空群指揮官であるトーマス・アンダーセン中佐は、1000メートル下方に居るワイバーン群を見つめながら、命令を発した。

「全機に告ぐ!マイリーの連中は、下で暴れているマッド・ボンバーズ(417爆撃航空群の渾名)に突っ込もうとしている。奴らに、
相手は俺達だと教えに行くぞ!」
「「ラジャー!!」」

無線機から、部下達の威勢の良い返事が聞こえる。

それを皮切りに、32機のP-40は、飛行隊ごとに敵騎へ向けて降下し始めた。
アンダーセン中佐は、機体を右横転させた後、急角度で下方のワイバーン編隊へと突っ込んで行く。
機首の液冷エンジンから発する音は猛々しく、速度はあっという間に最大速度の580キロを振り切る。
アンダーセン中佐の直率する小隊の接近に気付いたのか、A-26に向かっていたワイバーンの群れが散会し始める。
だが、

「遅い!!」

P-40は既に、敵騎を射程に捉えていた。
アンダーセン中佐は機銃の発射ボタンを押す。
両翼から6丁の12.7ミリ機銃が火を噴き、曳光弾がすぅーっと狙いを定めたワイバーンに吸い込まれていく。
機銃弾が命中したのだろう、ワイバーンの周囲に防御結界の反応と思しき光が煌めくが、このワイバーンは、アンダーセン中佐のみならず、
2番機の機銃弾までもが撃ち込まれていた。
総計12丁もの機銃から放たれた弾の雨を、完全に防ぎ切る事は出来なかった。
短時間で数十発もの高速弾を叩き込まれたワイバーンは、防御結界が破綻し、竜騎士とワイバーンが12.7ミリ弾に串刺しにされた。
全身をズタボロに撃ち抜かれたワイバーンは、P-40が音を立てて下方に飛び抜けて行った後に、ぐらりと傾き、そのまま地上に落下して行った。
アンダーセンは、愛機が高度600メートルに達した所で降下速度を緩め、旋回上昇に移る。
彼はちらりと、上空に視線を送る。
敵のワイバーンは、今や完全にバラバラになっている。ワイバーンのうち、5、6騎は僚機の攻撃を食らったのか、地上目掛けて墜落していく。
部隊全体で、7、8騎は撃ち落としたようだ。

「P-40も、まだまだ捨てたもんじゃないな。」

アンダーセンは、顔に微笑を浮かべながらそう呟いた。
32機のP-40は、最初の第一撃である急降下攻撃をやり終えると、2機一組に別れて獲物を追い始めた。
アンダーセン中佐も、2番機を引き連れて、辛うじて不意打ちを免れた2騎のワイバーンに狙いを付け、追撃に移る。

「さて、本番はこれからだぞ!」

アンダーセンは自らに気合を入れるかのように、そう小声で言いつつ、愛機のスロットルを全開にする。
彼らの操縦するP-40Nは、P-40シリーズの中では最新の量産型であり、前期型と比べると、性能が幾らか向上している。
とはいえ、最大速度は580キロ程であるため、性能的には、今対峙しているマオンド側のワイバーンと比べて、良くて互角。
ワイバーン特有の空戦機動を考えれば、やや劣る。
しかし、アンダーセンが率いる第200戦闘航空群は、今までP-40を装備し続けてきたため、パイロット達はP-40を
完全に使いこなし、各々の錬度も高い。
それに対して……

「……ふむ。あいつら、手慣れていねえな。」

アンダーセンは、目標であるワイバーンの機動を見つめ続けているうちに、相手が錬度不十分である事を見抜いていた。
通常、手錬のワイバーンは、空戦時には盛んに蛇行運動を繰り返したり、ワイバーン特有の空戦機動を使って、こちら側の照準を容易につけさせない。
敵のワイバーン乗りの中には、時として、とんでもない腕前を持つベテランが混じっており、5日前のマオンド本土航空戦では、僅か10機の
ワイバーンに、13機のP-47と8機のP-51がキリキリ舞いさせられた末に、8機を撃墜されるという事も起きている。
そのワイバーンの乗り手は、絶えず周囲を見回して、どこから敵が来るかを警戒している。
だが、アンダーセンの目の前にいるワイバーンは、動きはどこかぎこちなく、蛇行も激しい物ではなく、ほぼ真っ直ぐに飛んでいるのと
変わらない。
竜騎士も、あまり周囲には目を配っていないようであり、2騎のワイバーンは散会して、敵の追撃をかわそうともしない。
目標のワイバーンは、何を思ったのか、地上に向けて降下を始めた。
地上には、インベーダーの攻撃のお陰で、難を逃れた一般住民が近くにいる。
敵のワイバーンが、まずは目標に打撃を与えようと考えている事は、行動からみて明らかだ。

「まずは、目標に一太刀浴びせようって考えか。仕事熱心で大いに結構だ。だが、」

アンダーセン機は、2番機と共にそのワイバーン2騎に急速接近する。
元々、相手のワイバーンが速度を落としていた事もあって、すぐに射程内に近づく事が出来た。

「お前達には、俺達が相手してやるぞ。」

アンダーセンは、小声で呟きながら、距離700まで迫ったワイバーンに照準を合わせる。

「デミトリ!おまえは右をやれ!俺は左をやる!」
「了解!」

アンダーセンは、2番機のパイロットに指示を伝えてから、発射ボタンを押そうとする。
その時、アンダーセンが狙っていたワイバーンの竜騎士が後ろを振り向き、その次に右旋回を仕掛けようと、ワイバーンの体が傾く。

「遅い!」

アンダーセンは咄嗟に愛機を右旋回させながら、両翼の機銃を撃ち放った。機銃弾は、相手の未来位置に向けて注がれた。
敵の竜騎士は、すぐにワイバーンを旋回させたが、その前方には、アンダーセンの放った12.7ミリ機銃弾の弾幕が張り巡らされていた。
自ら高速弾の網に突っ込んだワイバーンは、たちどころに全身を貫かれてしまった。
致命弾を浴びたワイバーンは、まだ生きている竜騎士を道連れに、真っ逆さまになって地上に墜落して行った。

「隊長!1機撃墜しました!」

2番機のパイロットが、喜色を含んだ声音でアンダーセンに報告してくる。

「よし、こっちも片づけたぞ。」

アンダーセンは、無線機の向こうに居るパイロットに、比較的冷静な口調で答える。

「引き続き、敵を探そう。相手は、動きからして新米ばかりだ。連中に、フライングタイガースの恐ろしさをたっぷりと教えてやろう。」
アンダーセンは、脳裏に、機首に描かれたタイガーフェイスを思い出しながら、2番機のパイロットにそう伝えた。

第200戦闘航空群の装備機であるP-40の機首には、虎の顔に似せたフェイスマークが描かれている。
機首の両側に描かれたフェイスマークは、識別が容易な上、なかなかに威勢がよく、相手に与える威圧度も高かった。
第200戦闘航空群は、レーフェイル大陸に配備されて以来、前線で護衛任務や制空任務をこなし続けており、P-47やP-51にも
勝るとも劣らぬ活躍ぶりを見せている。

P-40の装備部隊は、第200戦闘航空群のみではなく、他の航空群にもあり、その航空群も、第200戦闘航空群に劣らぬ程、
各地で奮戦している。
そのP-40部隊は、殆どの部隊が装備機の機首にタイガーフェイスを描いているため、彼らはいつしか、フライングタイガースと
呼ばれるようになった。
フライングタイガースの名を広めるきっかけとなったのは、ヘルベスタン解放後に行われたルークアンド領並びに、レンベルリカ領攻撃で、
この戦線でP-40装備部隊は、幾度も陸軍部隊や、現地で抵抗を続けるレジスタンスを支援し続けた。
その活躍ぶりから、陸軍航空隊のみならず、被占領国の反乱軍兵や住民達にも名が知られ、特にルークアンド領では、P-40が町の上空を
飛ぶたびに、現地の幼い子供たちが、フライングタイガースが来た!と、はしゃぎ回る程である。
この事はマオンド軍にも知れ渡っており、

「ウォーホークを装備している奴を見たら、まずは機首を注目しろ。猛獣の絵が描かれているのを見たら、新人連中はさっさと逃げろ。」

と、ワイバーン部隊の将校が、大真面目に言うほどである。

「こちらディンゴリーダー!タイガーリーダへ、聞こえるか!?」

A-26隊の指揮官から、唐突に呼び出しが掛かる。

「こちらタイガーリーダー、どうした?」
「うちの小隊が、敵のワイバーンに追い回されている。既に1機が叩き落とされた!急いで救援に向かってくれ!」

アンダーセンは返事をしようとした。その時、視界の右端で、何かが動いているのが見えた。
すぐに視線を集中する。
低空を飛行している3機のインベーダーを、2騎のワイバーンがしきりに追い回している。
1騎はインベーダーの背後に占位し、もう1騎はやや高いところを飛んでいる。
インベーダーは、後部の旋回機銃で応戦しているが、ワイバーンの竜騎士はかなりの手錬のようであり、ひらりひらりとかわしている。
(もう1騎でけしかけ、もう1騎で頭を抑えるとは。それに、あの機敏な動き…あれは、出来る奴だな)
アンダーセンは、心中でそう確信した。

「ああ、俺達も今確認した。すぐに向かう!」

アンダーセンは、インベーダー隊の指揮官にそう返した後、左旋回降下で、インベーダーを追い回すワイバーンに機首を向ける。
距離は約4000メートル。P-40Nの速力をもってしても、射程内に到達するまでは少し時間がかかる。
(くそ、マイリーの馬鹿共は、意外と遠い所にいやがるぜ!)
アンダーセンは、心中で敵を罵りつつも、愛機の速度を限界にまで上げる。
機首のアリソンV-1710-99エンジンが唸りをあげ、1200馬力の出力を計画値通りに叩き出す。
やや降下しながら飛行しているため、速度計は最大速度である580キロを超え、596キロにまで上がっている。
(くそ、こういう時に限っては、P-47やP-51が羨ましく感じるぜ。)
アンダーセンは、内心で愛機の速度不足を嘆く。
P-47やP-51は、最大速度がいずれも700キロ近くあり、調子のいい時には700キロオーバーの速度も出せる。
それに対して、P-40は、最新型のN型でも580キロか、590キロぐらいだ。
スピードに関しては、P-40は一歩遅れた機体と言えるだろう。
(空戦機動を向上させるあれの代わりに、P-51と同じエンジンを積めば良かったかもしれんな)
アンダーセンは、心中でそう呟きながらも、次第に姿が大きくなり始めたワイバーンを見つめる。
その時、1機のインベーダーが、ワイバーンから吐き出された光弾を食らい、右エンジン部分から火を噴いた。
被弾したインベーダーは、急激に高度を落とすと、森の中に突っ込んで大爆発を起こした。

「あっ!やられた!!」

アンダーセンは、思わず声を出してしまった。
その次の瞬間には、むらむらと胸が熱くなるのを感じた。
これに敵の竜騎士は気を良くしたのか、さらにインベーダーへ追い撃ちをかける。
2機のインベーダーもただやられている訳ではなく、持ち前の良好な機動性を生かして、ワイバーンの光弾をかわし続ける。
ワイバーンの乗り手も上手いが、インベーダーのパイロットも腕前は良い。
双発機にしては、機動性は良好と言えど、単発機と比べたら鈍重に思えるが、インベーダーのパイロットは上手く機体を操っており、
アンダーセンから見れば、まさに匠の技と言える。
しかし、永遠に光弾を変わり続けられる事は不可能であった。
インベーダーの2番機が、左主翼に光弾を受ける。

主翼の外板と、エンジン付近に火花が散った後、被弾個所から白煙が吹き始めた。
ワイバーンの竜騎士はニヤリと顔を歪め、手負いのインベーダーに追い討ちをかけようとする。
だが、その時には、アンダーセンが率いる2機のP-40が射程内に迫ろうとしていた。
アンダーセン機と2番機は、ワイバーンの後方700メートルに迫り、射撃距離である500メートルに達しようとしていた。
しかし、ワイバーンは距離600メートルで一気に旋回した。

「チッ、相手もやるな。」

アンダーセンは、旋回に入るワイバーンを見つめながら、舌打ちする。
同時に、操縦桿を左に傾け、フットバーを押し込んで左旋回に入る。
旋回に入ったP-40は、在来型よりも良好な角度で旋回半径を描き始めた。
(あれを取り付けたおかげで、こいつも意外と素直になったものだ。)
彼は、敵のワイバーンを目で追いながら、心中でそう思った。
彼の操るP-40Nには、夜間戦闘機であるP-61ブラックウィドウにも採用された自動空戦フラップが取り付けられている。
自動空戦フラップを装備したP-40Nは、在来型よりも機動性が格段に向上し、P-51やP-47を相手に、良好な成績を叩き出している。
この自動空戦フラップ付きP-40は、今年の8月中旬から生産が開始され、10月には前線に投入された。
この機動性向上型のP-40を最初に受け取ったのが、アンダーセンの率いる第200戦闘航空群である。
アンダーセンは、目標に定めたワイバーンと格闘戦に入る。
ワイバーンはこれ幸いとばかりに、急機動を行ってアンダーセン機の背後に回ろうとした。
普通なら、アメリカ軍機相手にこのような行動は、ほぼ禁止とされていた。
しかし、ワイバーンの竜騎士は躊躇わずに急機動を行い、アンダーセン機の背後に回る。
自動空戦フラップを取り付けたウォーホークと言えど、航空機にはありえない機動を行うワイバーンにはかなわない。
だが、それは単機で行った場合だ。
アンダーセン機の背後に回った竜騎士は、その瞬間に自らの失態を悟った。
その竜騎士は、心の底から後悔していた。
インベーダーの時間稼ぎにイラついた彼は、その時に冷静な判断力を失っていた。
冷静に考えれば、アメリカ軍機が2機1組で行動しているという事は分かっていたのだ。
インベーダーを落とし切れなかった憂さ晴らしにと、ウォーホークを落とそうとした事が、その竜騎士の命取りとなった。
竜騎士は相棒に右旋回を命じた瞬間、背後から殺到してきた12.7ミリ機銃弾に貫かれた。

高速弾は、竜騎士の体を二つに断ち割り、ワイバーンの堅い鱗を突き破り、体の奥深くに入って内部を損傷する。
僅か4秒の集中射で、そのワイバーンは致命的な打撃を被り、体系を大きく崩しながら森の中に落ちて行った。

「隊長!一丁上がりです!」
「OK!相変わらず、見事な腕前だな。」

アンダーセンは、敵騎を撃墜した2番機のパイロットに褒めの言葉を送る。
彼はすぐに、別のワイバーンに目を向ける。
アンダーセンと2番機は、インベーダーの背後上方に占位していたワイバーンを落としている。
背後に占位していたワイバーンは、竜騎士が最後まで付き纏ってやると思っていれば、今もインベーダーのケツに食いついているだろう。
アンダーセン機と2番機は、そのしつこいワイバーンを落とそうと、インベーダーの背後に回る。
だが、インベーダーの背後には、ワイバーンは居なかった。

「隊長、5時方向にワイバーンです。」

アンダーセンは、言われた方向に顔を向ける。
そこには、アンダーセンと2番機に背を見せて遁走する1騎のワイバーンが居た。
ペアが撃墜されたのを見たそのワイバーンは、2対1ではかなわぬと思い、逃げたのであろう。

「腰抜けは放っておけ。それよりも、A-26の様子を見よう。」

アンダーセンはそう言い、2番機と共に、攻撃を受けていた2機のA-26の側に機体を近づけた。
その頃には、短いながらも激しい空中戦は終わりを告げていた。


ヒッカルスは、傷付いた体を木の幹にもたれさせながら、目の前の戦いを見つめていた。
状況は、短時間で大きく変わっていた。
時間にして15分程度であろうか?
唐突に表れたインベーダーの編隊は、エンテック解放軍を蹂躙していたマオンド軍にまず、爆弾を浴びせ、次に
光弾と思しき兵器を乱射した。

あの凶暴で手に余るキメラが、インベーダーの投下した爆弾の炸裂で肉片に変えられ、機銃弾の命中で部位の欠けた惨死体となる。
今まで、仲間達を機械的に潰してきた、あの頑丈なストーンゴーレムが、インベーダーの投下した爆弾で倒され、身動きのとれぬ所に
機銃弾の掃射を受けて止めを刺される。
別のインベーダーは、機銃弾や爆弾とは違った、高速で飛ぶ光る飛翔体を、ゴーレムやキメラの後ろに続いていた魔道士や歩兵達に撃ち込んだ。
光る飛翔体は、地上に命中するや大音響をあげて炸裂し、固まっていたマオンド兵達が一瞬にして消え去った。
その上空では、インベーダーの護衛機と思しき飛空挺とワイバーンが空中戦が行われ、双方に被撃墜機が出る激しい空中戦となった。
しかし、戦闘は15分ほどの時間で、大きく流れを変えていた。
上空に飛んでいたワイバーンは、インベーダーの護衛機にほぼ駆逐されたのか、空には発動機を積んだアメリカ軍機が、我が物顔で飛びまわっていた。
彼の目の前には、算を乱して敗走していくマオンド軍がいる。その前方には、倒れたキメラや、ゴーレムの無残な姿がある。
逃げ惑うマオンド軍に対しても、アメリカ軍機は一切容赦しない。
上空を、インベーダーの2機編隊が轟音を上げながら飛び抜け、機銃弾を森の中に叩き込んでいく。
爆弾や飛翔体を撃ち尽くしたインベーダーは、先ほどから光弾の掃射を繰り返している。
マオンド軍には、エンテック解放軍を相手にする気力は、もはや残されていなかった。

「……ハハハ。リーダーの言う通りになったなぁ。」

ヒッカルスは、掠れた声でそう呟いた。彼は、疲れた顔つきで上空を眺める。
その時、別の飛空挺が、彼の上空を飛び去って行った。
飛空挺は単発機であり、一瞬ながら、機首に獣の牙が描かれているのが見えた。
轟音を上げながら去っていく、その飛空挺の雄姿に、ヒッカルスは思わずため息を吐いた。

「もう少し、早く来てくれればなぁ……でも。悪いのは、俺達エンテック解放軍だ。俺達が先走ったばかりに、こんな、無用な犠牲を生む
事になった。俺達は、戦争が終わった後に責任を追及されるだろうな。」

ヒッカルスはそう言ってから、顔を俯かせる。

「それにしても、噂に聞いている、あのフライングタイガースまで来てくれるとはね。リーダーが生きていたら、今頃は涙を流していたかもな。」
彼は、小さな声音で呟いてから、口を閉ざした。
ヒッカルスは、仲間の助けが来るまで、その場で待機していたが、アメリカ軍機の攻撃は、彼がその場から立ち去っても尚続いていた。
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