自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

279 第206話 クリンジェを包囲せよ

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第206話 クリンジェを包囲せよ

1484年(1944年)12月1日 午後3時 マオンド共和国首都クリンジェ

マオンド共和国国王ブイーレ・インリクは、空襲警報が鳴り響いているにも関わらず、大会議室のベランダに出て、大空を見上げ続けていた。

「陛下!ここにおられましたか!」

インリクは、耳に聞き慣れた声が響いて来た事に気が付いたが、彼はそれを無視して、上空……高度1万メートル上空を真っ白な飛行機雲を
引きながら飛行しているB-29群を見つめ続ける。

「上空にはスーパーフォートレスの大編隊が迫っております!敵が爆弾を落とさぬ内に、早く待避壕へお逃げ下さい!」

インリクのすぐ側にまで走り寄ったジュー・カング首相は、慌てた口調でインリクに避難を促す。

「ジュー。逃げる必要があるのかね?」

インリクは、カング首相に顔を向けぬまま問う。

「は……しかし、敵はここが、我がマオンドの要である事は重々承知しています。敵が、陛下のお命を狙われている事も考えられます。ここは一旦、
安全な場所に避難しましょう。」
「いや……その必要はなかろうよ。」

インリクはカング首相に顔を向ける。

「わしは報告書を読んでおるぞ。なんでも、スーパーフォートレスの爆撃では、奴らが真上を来る頃には周囲に爆弾が落ちまくって来た、
と言われているそうだ。なのに、この城の周りはどうなっている?」

彼は、無表情のまま、両手をべランダの向こう側に向けて広げる。

「爆弾はおろか、弾の1発すら降って来ぬではないか。」

「は……そうでしたか。流石は偉大なるマオンドを統べる陛下です。その知識には私も深く、感服いたします。」
「玉座でふんぞり返っているだけが、王の仕事ではないからな。」

インリクは、当然だと言わんばかりにカングにそう言い放つ。

「敵が、ここを爆撃する気が無いのはもはや明らかだ。だから、わしはここから離れるつもりはない。それよりもジュー。」

インリクは、微かに頬を強張らせながらカングに問う。

「首都防衛軍の動員はどうなっておる?南方の増援部隊はいつ到着するのだ?」
「その点につきましては、軍の首脳達とお話ししたほうが宜しいのでは?」

カングがそう聞き返すと、途端にインリクは顔を赤く染め上げた。

「そうしたいのも山々であるがな。軍の将軍連中は、言い訳ばかりをしてわしの言う事を聞こうとせんから、話がちっとも進まぬ!
あ奴らはわしを嫌っておるのだ!それに対してジュー、君は軍の高官たちにも受けが良い。君はさっき、将軍達の説得にあたって
くれただろう。その結果を、わしに教えて欲しいのだが。」
「………」

カングは、思わず押し黙ってしまった。
彼は、5分前まで別室で陸海軍の将官達と共に、急遽創設される事となった首都防衛軍の編成をどうするかを話し合っていた。
カングは、インリクが述べた動員計画の内容をそのまま将軍達に伝えた。
だが、将軍達は、インリクの思い付き同然の動員計画を即座に批判し、そして受け入れられぬと切り捨ててしまった。

「陛下……誠に残念ではありますが……」
「ふむ、そうか……」

インリクは、抑揚の無い口調で言いつつ、2度ほど顔を頷かせた。
カングは、インリクの反応を見てやや拍子抜けしてしまった。

「ひとまず、わしの無茶を聞いてくれて礼を言うぞ。」
「陛下……」
「何かね?君は、わしが怒鳴り声を発するとでも思ったのかね?」
「……は。お叱りの言葉を受けるかと覚悟しておりました。」
「フフフ。そんな事はせんよ。」

インリクは、微かに笑いながらカングの肩を叩いた。

「貴様は役目を果たしておる。そんなお前を怒る気にはなれん。わしが怒る相手は、お前よりも将軍達だ。」

インリクはそう言いながら、上空に顔を向ける。
ついさっきまで見えていたB-29の編隊は、薄い飛行機雲だけを残してすっかり見えなくなっていた。

「ジュー。すぐにあ奴らを、この会議室に呼んでくれ。わしが直接話を付けよう。」
「は、直ちに……」

カングは恭しく頭を下げた後、早足でその場を立ち去った。

5分後。空襲警報が鳴り終わったのを見計らったかのように、最後の1人が会議室に入って来た。

「では諸君!忌々しい厄介者共が去った所で、再び会議を始めるとしよう。」

インリクは、張り上げた声音で会議の再開を一同に告げた。
インリクの玉座の右斜め前の席に座っているカングは、素早く会議の参加者達の顔を見回した。
会議室には、陸軍総司令官のホドウル・ガンサル元帥、海軍総司令官のルードロ・トレスバクト元帥と、首都近郊の防備を担当している
第18軍のヒゾゴ・ウィンレモ中将の他に、将官3名と主だった省庁の大臣や官僚達が集まっていた。

「まずは、将軍達に聞きたい事がある。何故、私の動員計画は受け入れられないのだね?」
「……質問にお答えいたします。」

ガンサル元帥が、会議室に居る将官達を代表して説明を始めた。

「陛下。正直申しまして、あの動員計画は無茶です。」
「無茶だと?ガンサル。君は、まだやりもしていない事に対して文句を言うのかね?」
「…陛下。もし、あなたの言われたとおりにやれば、国民は何と思うでしょうか。首都の一般住民を集めて部隊を編成する……
これは一見簡単なようですが、これをやれば、我々は確実に、犠牲を大きくします。それも、爆発的に。」
「将軍。首都防衛軍として使える部隊の頭数が足りぬのだぞ?それを補うためには、首都の民から志願兵を募って部隊を揃えるしか方法が無いと思うが。」
「それが無茶であると、私は申しているのです。」

ガンサル元帥は、インリクの提案をそう切り捨てた。

「馬鹿者!!そう無茶だ、無茶だと喚いておるから勝てる戦にも勝てないのだ!」

インリクは、いきなり大声を出して叫んだ。

「先程の報告で聞いたが、あれだけの大軍を張り付かせてなぜ領境をあっさりと突破されているのだ!?わしは、精鋭中の精鋭とも
言われた第2親衛軍も投入させたのだぞ!なのに、実際に戦ってみればあの体たらくだ!なぜ、勝てる筈の戦に負けておるのだ!!!」
「陛下。お言葉ですが……我が軍の装備では、アメリカ軍に打ち勝つどころか、前線に釘付けにするだけでも困難な状況です。」

いきり立つインリクに対して、ガンサル元帥は平静な声音でそう返す。

「敵は、戦車を始めとした快速車両で前線を駆け巡り、陣地などあっという間に通り過ぎていきます。無論、その前には前進路に、
徹底した砲撃や爆撃を加えていきますから、その事前攻撃で消耗した部隊は、敵の前進部隊を迎え撃つ余裕すらないのが現状です。
それでも、第2親衛軍ならば、なんとか戦力を保持し続ける事が可能でしたが……先程入手した最新情報によれば、アメリカ軍は、
シャーマン戦車とは別の、強力な戦車を戦場に投入し、我が軍期待の戦力であったキリラルブス部隊を文字通り蹴散らしたそうです。」
「シャーマン戦車よりも、強力な戦車だと?」

インリクは、途端に顔色を変えた。

「キリラルブス部隊には、長砲身砲を搭載した改良型キリラルブスも居たのだぞ?なのに、蹴散らされたのか?」

「はい。報告文には、敵の新型戦車は長砲身キリラルブスの砲弾を、悉く跳ね飛ばし、逆に正確無比な砲撃で、味方のキリラルブスを
次々と返り討ちにしていった、ともあります。これにより、敵の前進部隊は勢いを落とす事も無く、第2親衛軍の前線を突破できたのでしょう。」
「敵の新型戦車とやらは、どれ程の数が投入されておるのだ?」
「報告では正確な数は不明ですが……あの用意周到なアメリカ軍の事です。少なくとも100両は揃えているでしょう。シャーマン戦車10台が
やられても、後詰めの20台を即座に前線に送り込んで来るほどの国力です。それ以下の数しかない、と言う事を考えるのは良策ではありません。」
「………」

インリクは、何も言えなくなってしまった。
(またか……また、アメリカ人共は、訳の分らぬ事をやって来たのか!あの時も、そのまたあの時も、アメリカ人共は非常識な事ばかりを
してわしの野望を阻み続けよる!!)
彼の内心に、アメリカに対する憎悪が嵐の如く渦巻く。

不死の薬を使った作戦が、米軍の戦艦部隊によって脆くも阻止された時も、今まで秘密であった筈の、ソドルゲルグの魔法研究所が破壊された時も
そうであった。
インリクは、米軍の策略によって、自らの野望を阻まれ続けている。
不死の薬作戦が大失敗に終わった時は、しばし半狂乱に陥った後、3日は自室に引きこもり、アメリカ死すべしという言葉を、執務机にたまった
書類のみならず、机や床の上に延々と描き続けた。
ソドルゲルグの魔法研究所が米大西洋艦隊によって潰滅させられた後……前日の午後10時頃に聞かされた後は、あらん限りの声音でアメリカ軍に
対する呪いの言葉を吐き続け、しまいには自らが部隊を率いて、アメリカ軍を掃滅すると言いながら宮殿を飛び出そうとした。
この時は、侍従達に説得されたため、何とか気を落ち着ける事が出来た。
だが、米軍はインリクに安息を与える暇は無いと言わんばかりに、離反したトハスタ領からクリヌネルゼ領に向けて、大規模な侵攻を開始した。
インリクはその第一報を聞いた時、米軍の素早い行動に唖然としながらも、既に臨戦態勢に入っていた前線部隊……特に第2親衛軍は奮闘し、
敵の前進を食い止めてくれるであろうと期待していた。
しかし、午前4時頃に入って来た最新情報では、第2親衛軍を含む前線の各隊は至る所で前線を突破され、危機的状況に陥っていると言われ、
既に米軍の先頭部隊は領境から3ゼルド近く前進したとの報告も入っていた。
早朝には米軍の大規模な空爆が開始され、前線に張り付き、奮闘していた各師団は軒並み大空襲を食らって瞬く間に戦力を消耗し、
今日の正午までには、第39軍、第72軍、第2親衛軍は戦力の半数を失い、戦闘遂行がほぼ不可能な状態にまで陥れられた。
また、戦果を挙げる機会とばかりに交戦を開始したナルファトス教会の戦闘執行部隊も、強力無比な米軍戦車部隊や、航空攻撃の餌食となり、
満足に戦果を上げられぬまま消滅して行った。
前線の各隊を僅か半日で半壊させられた揚句、戦力の空白地帯に踊り込んだ米軍の快速部隊をくい止める手段は、もはや無いと言っても過言ではない。

「陛下……」

インリクは、唐突に夢想から覚めた。

「陛下、大丈夫ですか?」

カングが、心配そうな顔を浮かべながら聞いて来る。
(どうやら、わしは呆けていたようだな)
インリクは顔を幾度か横に振りながら、カングに答える。

「うむ。大丈夫だ。」
「陛下……誠に僭越ですが、このままでは、この首都クリンジェに敵が突入するのも時間の問題です。ここはひとまず、首都を脱出し、
我が共和国の存続を優先するべきではありませんか?」
「そうです!」

カング首相の言葉に同感だと言わんばかりに、ガンサル元帥も大きく頷く。

「市街戦ともなれば、首都に住む民にも被害が出ます。それを防ぐためにも、今や軍の主力となった第5、第10軍がいるグラーズレット領
まで退くべきです。」
「……まさか、このクリンジェを捨てよ……と言うのか?」

インリクは、語尾を震わせながらガンサルに問う。

「陛下、結果的にそうなりますが、これは戦略的撤退であります。戦力が整うまでは一時的に占領させるだけで、戦局を挽回すれば、必ずや首都を奪還し」
「それができそうな部隊が、早速壊滅状態に陥っておるではないか!!!!!」

インリクは、あらん限りの声で叫んだ。

「第2親衛軍は領境沿いで敵の猛撃を受けて瀕死!頼みの綱の航空部隊も、敵の事前攻撃で戦力の半分以上をやられ、昼間の航空作戦も
敵に主導権を握られると言う体たらく!こんな状態でクリンジェから退いても、首都奪還など永遠に出来ぬわ!!!!」

「は…………し、しかし、このままでは、陛下の御身も危ない」
「ここを失えば、どこに行っても同じであろうが!!」

インリクは、ガンサルのみならず、集まっている将軍や閣僚たちをぎらついた目で見回す。

「わしは、このクリンジェから離れぬ!わしがここに居る限り、このクリンジェは落ちん!」
「そ……そんな……」

トレスバグト元帥が、青ざめた表情で言葉を紡ごうとするが、インリクの怒りに体が委縮し、言葉が発せなかった。

「それよりも、第18軍指揮下の軍団はどうなっておる!首都にはあと何時間で来れるのだ!?」

インリクは、ガンサルに質問する。

「第41軍団はクリンジェから10ゼルドも離れていない位置に居ると、ウィンレモ将軍は言っていた筈だ。」
「は。第41軍団は、早くても明日の正午までには、首都近郊に到達する予定です。」

ガンサルに代わり、ウィンレモ中将が答える。
その直後、会議室に魔道士官が飛び込んで来た。

「失礼いたします!」

突然入り込んで来た魔道士官に、ガンサルは顔を振り向ける。

「何事か!?」
「はっ!メルケリ領より緊急の魔法通信が入りました!」
「メルケリ領だと?」

インリクは魔道士の言葉を聞くなり、怪訝な表情を浮かべた。
(どうしてこんな時に……)

インリクは理解し難いと思いつつ、魔道士に質問を続ける。

「何があった?新たな敵が侵攻して来たのか?」
「いえ、敵の侵攻ではありません。」
「敵の侵攻では無い……おい!ちょっとこっちに来てくれ!」
「は……はっ!直ちに!」

魔道士官は、インリクの手招きに応じ、早足で彼の玉座に向かう。

「その紙を寄越せ。」

インリクは、通信の内容が書かれていると思われる紙を指差して、魔道士官に命じた。
魔道士官がそれを差し出すと、インリクはひったくるようにして紙を取った。

「……何たる事だ。メルケリ領の領主が謀反を企てていたとは……!!」

インリクの言葉が会議室に響いた後、会議室に居た一同は、全員が唖然となった。

「陛下。それは、本当でございますか?」

カングがインリクに聞く。

「うむ。本当のようだ。幸いにも、ギウドの国賊は、騒ぎを察知した騎士団長によって処刑されたようだがな。」

メルケリ領は、リシンビ・ギウド侯爵が領主として領地を収めている。
ギウド侯爵は中央に忠実な貴族として周囲に知られていたが、それだけに、インリクはギウド侯爵が謀反を計画し、処刑されたという報告に
強い衝撃を受けていた。

「あのギウド侯爵が、謀反を企てたとは……信じ難いですな。」

カングは驚きの余り、しわがれた声音で言葉を吐き出す。

「わしもそう思う。全く、今まで出来る奴だと思っていたのだが……まぁいい。この騎士団長のお陰で、トハスタのように領地が丸ごと反逆
を犯す事は避けられた。」

インリクは、報告を知らせて来た魔道士に顔を向けた。

「メルケリの謀反を抑えた騎士団長に送れ。殊勲である。これより、貴君は反逆者に代わって、メルケリを抑えよ、と。」
「わかりました。早速、そのようにお伝えします。」

魔道士は、恭しく頭を下げた後、来た時と同じように慌ただしく部屋を去って行った。

「諸君!今聞いた通り、メルケリで事件が起きた。ギウドが何故、謀反を起こそうとしたのかは定かではないが、所詮は奴も、上辺だけの
下賤な反逆者に過ぎなかったのだ。しかし、騎士団長の英断によって、第2のトハスタに成る事は避けられた。このような動乱期に、
馬鹿な事を考える輩も他に居るかもしれぬが、同時に、あの騎士団長のような賢明な判断を下す者も居る。諸君、確かに敵は強大だが、まだ、
我が軍も捨てた物ではない!必ずや、敵は我らの抵抗の前に夥しい損害を出し、最終的にはクリンジェの攻略を諦めるであろう!」

インリクの甲高い声音が会議室に響いた。

「……陛下のお考えの通りだと思われます。ですが……首都で決戦を行うとなれば、一般市民にも多大な犠牲が生じます。」
「犠牲が出るだと?君はまだ、そのような事を気にしておるのかね。」

ガンサル元帥は尚も食い下がるが、インリクは彼の提案に聞く耳を持たない。

「君は一般市民の犠牲に心を痛めておるようだが、なに、市民の中にも、従軍経験を持つ者はいくらでもおる。それに加え、首都に点在する
武器庫には、古いながらも使える武器が山とある。そこに第18軍の将兵を加えれば、最低でも10万の守備軍が出来上がるだろう。
この軍勢で市内に立て籠もれば、敵の得意の航空攻撃も威力が発揮できぬだろうし、行軍中の敵に不意を突いて、手痛い損害を加える事が
出来るであろう。」

インリクは、楽観的な口調で言葉を吐き続ける。

「無論。わしもこの共和国宮殿に居続ける。カングも、議事堂で議員達に士気を鼓舞するような演説を行えば、議員達も納得するだろうし、
やがては市民達にも防衛戦の参加を促す結果にもなろう。」

インリクは、自信たっぷりにそう告げた。
彼の言葉は、部分的には間違ってはいない。
元々、クリンジェは巨大な要塞都市として作られており、市内に各所には、小さな城塞が幾つもあり、建設された建物も、貧民街を除けば
石造りの高い、頑丈な物ばかりである。
ここに立て籠もれば、銃火器の攻撃にもある程度耐えられる事は間違いない。
(陛下の言っている事はわかる……だが、肝心な事を、陛下は忘れておられる)
ガンサル元帥は、内心そう呟きながら、深い憂鬱感に苛まれていた。
(相手は、障害物を見つければ迂回するか、圧倒的な火力で持って文字通り粉砕できる力を持っている。猛砲撃でも、大空襲でも……
方法はいくらでもある。なのに、陛下は建物に立て籠もって戦えと言う……そんな事をすれば、守備軍の将兵は、敵兵を殺さぬまま、
砲撃か爆撃で建物ごと吹き飛ばされてしまうだろう)
彼のみならず、会議に参加しているトレスバクト元帥や将軍達は、彼と同じような事を心中で考えていた。
開戦前ならば、彼らもインリクと同じ事を言っていたであろう。
しかし、アメリカと言う国の力は、彼らの自信を完膚なきまでに粉砕していた。
(戦争を続けるのは容易い。だが……本当に、いいのだろうか。幾ら、陛下の命令が絶対であるとはいえ、住民の犠牲も強いる戦いを……
それも、属国ではない。我が国の臣民を巻き込んだ戦いをやってまで、このクリンジェで敵を食い止めたいのだろうか。民あってこその
国家だと言うのに……!)
ガンサルは、内心でインリク王の命令に反抗したい気持ちが徐々に強まるのを感じていた。

今までの戦争は、民を豊かにすると言う名目で行われ、その結果、広大なレーフェイル大陸を統一するまでに至った。
なのに、今に至っては、保護する筈の民にも犠牲を強いてまで、戦争を継続しようとしている……共和国の面子を保つために。

………なんと情けない事か。

ガンサルは、心中でそう呟いた。

「失礼いたします!」

会議室に、またもや魔道士官が入って来た。今度は、インリクにではなく、ガンサルの側に歩み寄って来た。

「元帥閣下。首都へ向け進軍中の第41軍団より緊急信が入りました。」
「第41軍団だと?」

右隣に座っていたウィンレモ中将が、不安げな声を上げるのが聞こえた。

「何だ?見せてくれ。」

ガンサルは、魔道士官が持っていた紙をひったくるようにして受け取り、内容を一読する。

「……何と言う事だ……第41軍団がスーパーフォートレスに爆撃されるとは!!」

ガンサルは、思わず声に出して叫んでしまった。

「元帥閣下。それを私に……」

ウィンレモが、青ざめた表情でガンサルに言う。彼は紙をウィンレモに渡した。

「……」

内容を読み上げたウィンレモは、恐る恐るといった様子で、インリクに顔を向ける。

「将軍。第41軍団がどうかしたのかね?」
「は……つい今しがた、増援の第41軍団がスーパーフォートレスの空襲を受けた模様です。被害の詳細は分かりかねますが、
報告文には、被害甚大なりとありました。」

その言葉を聞いたインリクは、しばらく呆然となり、その後、がくりとうなだれた。
首都近郊には、第18軍の根幹部隊である第40軍団の2個師団、1個旅団が配備され、陣地づくりを急いでいる。
首都の最高司令部は、これに第41軍団を加えて、首都の防御を強化しようと考え、正午頃から第41軍団は首都に向けて進軍していた。

第41軍団は、2個歩兵師団並びに、砲火力を強化した1個砲兵旅団で成っている。
第40軍団は軽装備の歩兵師団が2個と、騎兵1個旅団しか居ないため、第41軍団の到着は、首都防衛軍の戦力増に大きく貢献する筈であった。
だが、その第41軍団は、首都を伺い見る間もなくスーパーフォートレスの爆撃を食らってしまった。
詳細な報告は、報告文には入っていなかったが、文の中にあった被害甚大という言葉からして、第41軍団が以降の戦闘に大きな支障を来すほどの
損害を受けた事は、容易に想像できる。

「陛下。たった今分かったように、このままでは、増援部隊をこの首都に送る事すら叶わなくなるでしょう。共和国の存続を確固たるものに
するためには、是が非でも、戦線の後退が必要かと思いますが。」

それを聞いたインリクは、鋭い目付きでガンサルを睨みつけた。

「馬鹿者!!!貴官は、わしが言った事を忘れたのか!?」

インリクは、飛び上がらんばかりの動作で玉座から立ち上がる。

「撤退は無い!ここだ!このクリンジェが、敵との決戦場なのだ!わしは、このクリンジェから一歩も離れようとは考えていない!
ここで、敵が壊滅していく様子をじっくりと眺めるのだ!!」

インリクは絶叫めいた口調でそう喚き散らした。
(何たる事だ……陛下は完全に舞い上がっておられる)
ガンサルは、心の底から絶望しかけた。もはや、インリクは現実を見る事が出来なくなっている。
その時、別の魔道士官が会議室に入室して来た。

「失礼いたします。」
「何事か!?」

苛立っていたインリクは、忌々しげな表情で魔道士官に目を剥いた。
インリクの形相に、魔道士官は一瞬怯んだが、気を取り直して報告を行った。

「はっ!メルケリとの連絡が途絶えました!」

魔道士官の口から出た新たな報せを聞いた一同は、最初はそれが何を意味しているのかが理解できなかった。

「連絡が途絶えただと?君、前回の報告から10分程しか経っておらんぞ。」

インリクがしかめっ面を浮かべながら、魔道士官に言う。

「は……ですが、メルケリ騎士団の指揮官は、激励文を送れば、数分以内には必ず返事を送る程、生真面目な人で知られています。それなのに、
こちら側が送った激励文に、10分以上経っても返事が来ないのは、少しおかしいと思います。」

魔道士官が怪訝な表情を浮かべながら、インリクに返す。

「君は、あの騎士団長と知り合いかね?」
「はっ!私が士官学校、並びに歩兵師団に居た時の上官であり、私はあの方の性格を幾らか存じています。」
「ふむ……あちらも色々と忙しいのだろう。君の言う通りならば、あと少しで返事が返って来る筈だ。もう少し待て。」
「はっ!失礼いたしました!」

魔道士官は覇気のある声音でそう言うと、早足で会議室から出て行った。

「全く……迷惑な若造め。どうでも良い事で大事な会議を邪魔しよって!」

インリクは憎らしげな声音で、そう吐き捨てた。
唐突に、インリクは目眩を感じ、額を抑えながら玉座にもたれかかった。

「……陛下、大丈夫でありますか?」

カングが心配そうに聞いて来る。

「……すまぬが、会議はこれで終わりにしよう。余は疲れた。」

インリクはカングに答えた後、ゆっくりと玉座から立ち上がり、よろめくような歩みで会議室を出て行こうとする。

「陛下!話はまだ終わっていません!」

ガンサルが、室内から出て行こうとするインリクを引き止める。

「そうです!陛下、どうかご決断下さい!今ならまだ、敵地上部隊も遠い位置に居ます。脱出するなら、今を置いて好機はありません!」

トレスバグトも、懇願する。
インリクを心酔する大臣は、彼らを非難するが、押し黙っていた将軍達や、一部の大臣はガンサルとトレスバグトを支持した。

「……脱出、だと?」

インリクは、ガンサルとトレスバグトをぎろりと睨みつけた。
「世迷言を抜かすな馬鹿者共め!今度その言葉を言ったら、貴様らはクビにしてやるぞ!!」

インリクは、会議室に絶叫を振り撒いた。

「わしは休む!休んでいる間に起こしたり、勝手に話を進めようとした者は、誰であろうとその場で処刑してやる!!」

彼は、一同に大喝を浴びせた後、足早に会議室を後にした。


12月1日 午後6時 クリヌネルゼ領クタギィミネ

第18機甲師団第51戦車連隊に属している第1戦車大隊は、午後4時までにはクリンジェの北50マイル(80キロ)にある
クタギィミネ市近郊に到達し、そこで後続して来た補給部隊から燃料と弾薬の補給を受けた。
大隊が前進をストップしてから2時間後には、部隊の補給はほぼ完了し、前進再開も間近に迫っていた。
第1戦車大隊の指揮官であるクルト・アデナウアー中佐は、砲塔上から身を乗り出し、周辺の民家を眺めまわしていた。

クタギィミネの市街地には、多数の住民が未だに残っている。
住民達は、いつの間にか現れた米軍戦車部隊に、最初は呆然とするばかりであった。

やがて、目の前にある異形の物がアメリカ軍の戦車であるとわかると、住民達は恐怖に怯え始めた。
恐怖は絶望にへとかわり、戦車のすぐ側に居た男性は、もはやこれまでとばかりに、持っていた短剣で喉を突こうとしたが、戦車の側で
警戒に当たっていた歩兵が、間一髪の差で自殺を阻止した。
それがきっかけとなり、住民達は米軍が本当に恐ろしい存在であるのか、という事に疑問を持ち始めた。
第1戦車大隊がクタギィミネに着いて1時間が経った頃には、勇敢な住民の子供達数人が、歩兵に近寄り、何かをくれと手を差し出した。
歩兵は、敵の罠かどうかを警戒しつつも、顔には笑顔を張り付けながら、余っていたチョコレートを渡した。
そこから、住民達の疑問が氷解するまでは、さほど時間はかからなかった。
アメリカ軍と住民達は、一定の警戒を抱きつつも、互いに現実を受け入れていた。
アメリカ側は、こちらが手出しをしなければ住民達は大人しくしている事に満足し、住民達は、祖国が目の前に居るアメリカ軍によって負け始めては
いる物の、何ら乱暴狼藉を働かないアメリカ軍ならば大丈夫であると思い始めていた。
家の窓から、家主と思われる髭面の男が、身を潜めるような形で、アデナウアーが乗っている“異形の車”を見つめ続けている。
アデナウアー中佐は、その男と目が合った。男は、はっとなった表情を浮かべると、そそくさと窓から離れていく。

「流石に、こんな見慣れないモノが家の前に居れば、怖くもなるな。」

アデナウアーは苦笑した。

「大隊長。各中隊、発進準備完了です。」
「了解。」

アデナウアーは素っ気ない口調で答えると、すぐさま各隊に向けて命令を発した。

「こちら大隊長だ。これより前進を再開する!」

アデナウアーがそう命じるや否や、アデナウアー車や、後続していた戦車が一斉にエンジンを吹かす。
その音に吊られたのか、窓際によって来る住民や、沿道に顔を出して来る住民が増え始めた。
アデナウアーは右手を上げ、後方を振り返る。
今日の未明頃に行われたキリラルブスとの戦闘で、第1戦車大隊は48両中、4両が履帯を切断され擱坐したが、44両は戦闘が可能であり、
後続の機械化歩兵大隊と共にクリヌネルゼ領を南下し続けていた。
陸軍航空隊の支援を受けた第1戦車大隊の進出は急速に行われ、クタギィミネの街に来る頃には、各車とも燃料が欠乏しかけていた。

未明の戦闘から今まで、さほど長い休憩を入れていないため、アデナウアーを含む将兵達は疲れていたが、その疲労感は、継続されている
快進撃によってほぼ打ち消されていた。
アデナウアーは前方に向き直り、右手を前方に振った。

「前進!」

鋭い声音が発せられるや、アデナウアー車は動き始めた。
先頭の大隊長車に習って、後続の43両のパーシングが前進を再開し始めた。
クタギィミネの住民達は、2時間以上に渡って居座り続けた敵軍の異形達が一斉に動き始める様子を、驚きの表情を浮かべながら見続ける。
44両のパーシングが町をぬけて行った後、入れ替わりにハーフトラックに乗った機会は歩兵大隊が30キロ程のスピードで町の街道を疾駆し、
それに続いて、シャーマン戦車改造のM7自走砲や、榴弾砲を牽引した車両部隊等が、続々と通過して行く。
たった1台の戦車を見ただけでも、パニック状態に陥りかけたクタギィミネの住民達にとって、第18機甲師団の通過は天地が引っくり返る様な光景であった。
それと同時に、敵軍が現れた当初に抱いていた疑問……何故、味方の軍が敷いた堅陣、それも、広報誌で盛んに喧伝されていた領境沿いの
防衛戦が簡単に破られたのかも、瞬時に理解する事が出来た。
ある老人はこう言うほどであった。

「ハハハ……これじゃ、あっさりと負ける訳だ。なにしろ、持っている武器が違いすぎるからな。」


午前0時 クリンジェ近郊の村 イメルゼニ

「お頭、そろそろここらで休みましょうよ。」

ゴブリン族出身の旅商人であるウィビ・シルトビは、ギルドの後輩である同じゴブリン人に背後から声を掛けられた。

「もう日付も変わりますぜ。」

「馬鹿野郎!明日中までには、背負っている商品をクタギィミネまでに届けなきゃいけねえんだぞ!」

シルトビは、その小さな体躯からは想像も出来ぬほどの、ドスの利いた声音で後輩を叱った。

「俺達の商業ギルドはなぁ、怠けモンが多いとか言われている東方のギルドの中でも、一番信用されているギルドなんだぞ。
明日中にクタギィミネに居る常連と取引出来なきゃ、すぐに悪口を言われて、結果的に信用を損ねちまう。今は辛抱するんだ!」
「で……でも、ウチらの体で、クタギィミネまで徒歩で行くのはきついですぜ。何せ、あと20ゼルド(60キロ)もあるんですから。」
「本当は、馬車が使えりゃもっと楽だったんだがな。」
「いつもは借りれたのに、今回は門前払いを食らいましたからねぇ。」

後輩のすぐ後ろを歩く、オーク族の部下がため息を吐く。

「何でも、軍部があちこちで馬車の挑発を行ったようです。北方から来るあ…アモ……じゃなくて、マモミカ、だったかな?」

オーク族の部下は、どもり気味な口調でシルトビに聞いた。

「アメリカだろ。」
「あ、そうそう、アメミナです。」
「アメリカだ馬鹿。ちゃんと言えてねえぞ。」
「へへ、すんません。まぁ、そりゃともかく。その敵軍の侵攻に備えるためとかで、あちこちで馬車を挑発しているようですが、
お頭、話によると、今日、そのアメリカ軍とやらが、クリンジェに向けて進撃を開始したようですぜ。」
「ああ、さっきクリンジェの知り合いから聞いたぜ。だがびびるこたぁねえ。」

シルトビは自信ありげな口調で答える。

「連中がいるとされるトハスタの領境からここまで、60ゼルド以上(180キロ)もあるんだぜ。普通に馬車で行っても、丸2日近くはかかる。
ましてや、奴らは大軍で移動していると聞くから、俺達が取引を終えるまでにクタギィミネを占領するって事はねえよ。」
「へぇ~、そうなんですか。お頭は肝が座ってますなぁ。」

ゴブリンの後輩が感心したように言う。

「あたぼうよ!これでも、俺は10年ほど軍隊にいたからな。多少の事なら分かるぞ。」

シルトビは胸を張ってそう言った。

「最も、今頃はアメリカ軍の接近を知って、クタギィミネの連中も避難し始めているだろうから、クタギィミネに着く前に先方と会えるかも
しれねえな。そうとなれば、こっちも手間が省ける。」
「そうなるといいですねぇ。早く仕事を終わらせて、クリンジェの飲み屋で一杯やりたいですなぁ。」
「ああ、全くだ。」

暢気に会話を交わす2人に対して、オーク族出身の部下は、心中で不安を感じていた。
(お頭や、先輩はなんか、能天気な事ばっか考えてっけど……この2人は、空をひっきりなしに飛んでいた飛空挺とやらを見てねえのかな。
特にお頭は、アメリカ軍をマオンド軍の装備と同等と思ってっけど、あの飛空挺は、どう考えてもこっちのワイバーンより強そうだったぞ。
何よりも、明らかにワイバーンが飛べなさそうな高度を、悠々と飛んでいた飛空挺らしき物もかなりあったし)
彼は、お頭達と共に、道中幾度もアメリカ軍機が空を飛んで行く光景を見ている。
お頭と先輩はそんな物目に入らないとばかりに、仕事に専念していたが、オーク族の中では一際思慮深い奴として知られている彼は、空を縦横に
飛び回る未知の飛空挺群を見るたびに、アメリカ軍とやらはきっと、あの飛空挺と同じように、凄い武器を沢山持っているに違いないと思っていた。
それから15分後。さしものシルトビも、蓄積された疲労には敵わなかった。

「……ふぅ、流石に疲れて来たな。おい!丁度いい、ここらで野宿といこうぜ。」
「やっとですかお頭。」

部下のゴブリンが、気の抜けた口調でシルトビに言う。

「俺としては、もうちっと進みたい所だが、確かに疲れて来たし、可愛い部下にも恩を売ってやらんといかんから、ここらで休憩としよう。
おい!メシだ。火を焚くぞ!」

歩みを止めた3人は、背負っていた荷物を降ろし、草原で野宿の準備を始める。

それから20分後、ささやかな食事を終えた3人は、ようやく眠りに就こうとした。
シルトビは、明日の取引の事を考えながら寝ようとしていたが、唐突に聞こえて来た何かの音に、彼の夢想は遮られてしまった。

「うーん?何だぁ、この音は……」

シルトビは忌々しげに呟きつつも、その音を無視する事にした。

だが、音は急速に大きくなり、どういう訳か、地面が揺れ始めた。

「おい、一体何だぁ。」

シルトビは半ば腹を立たせながらも、音がする方向に顔を向けた。
闇の向こうには、何も無かったが、やがて、そこから異形の物体が姿を現し始めた。
最初、シルトビはそれを見た時、小さな家が動いているのかと思った。

「おい!おめえら見てみろ!」

シルトビは、寝そべっていた2人の部下を揺り動かした。

「家だ!家が歩いてやがるぞ!」
「家が歩いている?」

ゴブリン族出身の部下が、素っ頓狂な声を上げながら体を起こした。
オーク族出身の部下も、すぐ側で起き上がって、唐突に表れた異形の物体を見つめる。

「ホントだ!家が動いてますよ!」
「いや、先輩。あれは家では無いかもしれません!見て下さい、何か、太い棒見たいな奴が付いていますよ!」

オーク族の部下が指差して説明する。
良く見ると、その黒い影は、太く、長い棒状のような物を前方に突き出していた。

「俺、首都の酒場で、軍人崩れの奴と話したんですが、何でも、アメリカ軍とやらは戦車という変てこな兵器を持っているらしいんです。
その特徴も教えて貰ったんですが……間違いない、ありゃあ戦車ですよ!」
「戦車、だとぉ?」

シルトビは、その言葉何を意味するか理解できなかったが、オーク族出身の部下は、自分達が危機的状況に陥っている事を理解していた。

「そうです!奴らは例の、アベビナ軍ですよ!」
「アメリカ軍だ馬鹿……って、何ぃ!?」

シルトビはその時、初めて、自分達が置かれた状況を理解できた。

「い、いや、しかし。トハスタの領境からはまだ遠いぞ!アメリカの連中が領境で騒ぎを起こしてからまだ1日しか経っていない!あそこから
ここまで来るには、早馬を仕立てても丸1日半は掛かるぞ! 」
「でも、アメリカ軍の連中は目の前に居ますよ!それも、何か隊形を組みながら前進していますよ!」

オーク族出身の部下は、徐々に増えつつあるアメリカ軍の戦車部隊が、何かの隊形を組みながら草原を前進している事に気が付いた。

「ど、ど、ど、どうしましょう!」
「ま、まて!ここは落ち着くんだ!ひとまず考えさせろ!」

シルトビは、部下達にそう言ってから、これからどうするべきかを考え始めた。
20秒ほど黙考した後、彼は決断した。

「そうだ!まずは火を消せ!その次に、ここで死んだふりをするんだ!」
「死んだふり!?そんなモンが通用すると思ってるんですか!?」

部下のゴブリンが呆れたように叫んだ。
(ああ、駄目だこりゃ)
オーク族出身の部下も、心底呆れてしまった。

「やってみりゃわかるさ!」

死んだふりが通用すると思っているシルトビは、焚火に水をかけて火を消した。
そして、死んだふりをしようとした時、上空にまばゆい光が湧いた。

「……あ」

シルトビは、間抜けな一声を漏らした。
彼らが米軍戦車の波に飲み込まれるまで、さほど時間は掛からなかった。
アメリカ軍の戦車部隊は、馬車以上の速度で彼らの右や左を駆け抜けていく。
3人は、アメリカ軍戦車の異様に圧倒されていた。
重厚感溢れる大きな車体は、まさに鉄の怪物そのものであり、車体の上に乗っているごつい砲塔から伸びる砲身が、周囲に威圧感を放っている。
1台だけでも異様な存在感を放つ鉄の怪物が、何十台と群れを成して通り過ぎていく様は、彼らにとって恐怖以外の何物でも無かった。
アメリカ軍は、戦車部隊のみならず、移動車両に乗った多数の歩兵部隊も引き連れており、その群れがどれほどの大きさに成るのか、彼ら3人には、
全く見当も付かなかった。

アデナウアー中佐は、第1戦車大隊が村と思しき空家の群れを通過した所で、一旦部隊の前進を止める事にした。

「全隊停止!」

彼の命令が下るや、パンツァーカイル隊形で前進していた第1戦車大隊を始めとする前進部隊は、進撃をストップした。

「よし、ひとまず小休止だ。今しがた、村を通過したばかりだから、今は……」

アデナウアーは懐から地図を取り出し、懐中電灯で照らしながら現在地を確かめる。

「イメルゼニ…と呼ばれている場所まで前進したか。クリンジェまで、あと20キロ前後だな。」

アデナウアーはそう呟きながら、前方を見据えた。
彼らが居る場所から7キロ離れた南方には、首都クリンジェを一望できる小高い丘がある。そこを占領すれば、首都を重砲の射程距離に収める事が出来る。
このイメルゼニからでも、M1ロングトムの射程内に収める事は出来るのだが、ここからでは砲撃精度の問題と、数の少なさで砲撃効果は薄くなる。
砲撃を正確に行うためには、最低でも高地を抑える必要があった。

「敵は今頃、俺達の進出に気付いていない筈だ。敵が呆けている間に、ヴィシュテビ高地は抑えなければな。」

彼はそう呟いた後、指揮下の大隊に燃料がどれほど残っているかを確認させてから、再び前進を開始した。


それから30分後。前進大隊はマオンド軍の小部隊と交戦しながら、ヴィシュテビ高地を制圧した。
第18機甲師団と、後続の第15軍団主力がヴィシュテビ高地近郊に到着したのは、それから2時間後の事であった。

第15軍の所属部隊が首都より北方13キロのヴィシュテビに到達したのと前後して、第17軍は首都より北西30キロに進出を果たし、
第14軍が首都より北東28キロの位置に達していた。

米軍は翌朝8時を期して再度前進を開始し、一気に首都クリンジェを包囲するために、第15軍所属の野砲部隊に展開準備を急がせていた。
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