自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

281 第207話 マオンド共和国崩壊

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第207話 マオンド共和国崩壊

1484年(1944年)12月2日 午前6時 マオンド共和国首都クリンジェ

12月2日クリンジェの1日は、唐突に始まった敵の砲撃によって慌ただしく始まった。
突然、遠方から何かの音が鳴ったと思いきや、首都を囲っている城壁の北門前に、6つの爆炎が躍り上がった。
城壁に配置されていた第40軍団所属の第201歩兵師団の警備兵達は、この突然の砲撃によって眠気を吹き飛ばされた。
異変を察知した指揮官達が、慌てて眠っていた兵を叩き起こし、守備位置について行く。
気が付くと、上空には敵の物と思しき飛空挺が舞っていた。
最初の弾着から5分ほどは、北門前に弾が落下しているだけであったが、いきなり2発が城壁に命中し、夥しい破片を周囲に撒き散らした。
これが合図であったかのように、謎の砲撃はしばし沈黙した後、再び発砲を行って来た。
今度の弾着はかなり多く、一瞬にして爆炎が広範囲に渡って躍り上がり、北門前は、その煙ですっかり覆い隠されてしまった。

ヴィシュテビ高地に布陣した第18機甲師団所属の野砲大隊は、後続して来た別の師団の野砲大隊と共に、並べられた155ミリ
M1榴弾砲……通称、ロング・トムと呼ばれる重砲を一斉に撃ち放っていた。
ブルックリン級軽巡洋艦や、クリーブランド級軽巡洋艦の艦載砲に匹敵する重砲多数が、断続的に咆哮する様は、砲兵隊員にとって
圧巻に思えると同時に、自分達が大火力を敵の本丸に叩き付けられていると言う快感も味合わせていた。
多数のロング・トムが、効力射を敵の首都に叩き付けている頃、首都より北西30キロに達していた第17軍と、北東28キロの位置に居た
第14軍は、8時の作戦開始を待って、進撃準備を進めつつあった。
同時に、前進部隊である第18機甲師団も、首都により接近するために、最後の攻勢を行おうとしている。
第18機甲師団第51戦車連隊に属している、第1戦車大隊の指揮官であるクルト・アデナウアー中佐は、ヴィシュテビ高地より1キロほど
南に下がった場所で、砲撃によって爆煙を上げる首都クリンジェに見入っていた。

「朝っぱらから、ロング・トムの砲撃を食らうとは。敵さんも運が無いな。」

アデナウアーは、敵にやや同情する。
昨日未明の作戦開始から僅か1日程度で、第18機甲師団は首都クリンジェまで前進する事が出来た。
トハスタ領境からクリンジェまでは平野部が続いているため、早い時期に軍をクリジェにまで進められるであろうと言われていたが、
彼自身、まさかこれほど短期間で、部隊を前進させられるとは思っていなかった。
味方にとって、この快進撃は嬉しい事だろうが、敵にとって、アメリカ軍の機械化部隊が、たった1日でここまで進撃して来たという事実は、
計り知れない衝撃を与える事になるであろう。

「しかし、これまたでかい町だな……市街戦となれば、このパーシングも思うように力を発揮出来んかもしれん。」

アデナウアーは、最後は憂鬱そうな口調で呟いた。

第18機甲師団には、第14軍と第17軍がクリンジェの包囲を完了した後、他の歩兵師団と共に町の内部へ入り、市内に立て籠もる敵を掃討し、
制圧すると言う任務が与えられている。
アデナウアーは、そこからが正念場であると考えている。
首都には、まだ幾十万もの住民が残っており、敵が住民を民兵に仕立て上げて抵抗して来た場合、首都突入部隊にも大損害が出ると予想されている。
前日には、敵のキリラルブスを文字通り蹴散らした新鋭戦車パーシングも、至近距離から野砲や、強力な爆発物を叩きつけられれば損傷は免れない。
それだけでも、米軍側にとっては大問題なのだが、問題はそれだけではない。
マオンド側が住民を首都に残している以上、戦闘の巻き添えを食らって死ぬ一般民は確実に出る。
市街戦が長引けば長引くほど、その数は飛躍的に増大するであろう。
(住民の避難を怠ったマオンド側に責任が生じるとはいえ、クリンジェ攻防戦は、この作戦の中でも最も悲惨な物になるかもしれない。
快進撃の代償にしては、あまりにも過酷すぎる物だな)
アデナウアーは心中でそう思った。
彼の心中は、快進撃を果たしたと言う喜びよりも、それによって生じるであろう、この作戦最大の悲劇に対する憂鬱感に満たされつつあった。

「いずれにせよ……マオンド側の上層部が、早めに良い判断を下す事に期待する他は無い。それが無ければ、彼らは、自国民を
無為に殺させた事になるのだから……」

アデナウアーは、浮かない口調で呟いた。
彼の複雑な心境をよそに、多数のロング・トムは、クリンジェに向けて砲弾を浴びせ続けている。
砲撃開始から15分後には、城壁の北門は完全に崩壊し、アメリカ軍の前進路が早くも出来あがっていた。


午前7時40分 共和国宮殿

マオンド共和国国王ブイーレ・インリクは、目を開けた瞬間、状況がいつもと違っている事に気が付いた。

「む……この音は何だ……」

眠気でぼんやりとした頭を振り払い、彼はその音のする方向に耳を傾ける。
遠くからドォン、ドォンという爆発音が断続的に聞こえ、街中には、空襲警報と思しきサイレンが響き渡っている。

「アメリカ人共め、朝っぱらから空襲を仕掛けて来よったか!!」

インリクは腹立たしげに叫ぶと、すぐにベッドから起き上がり、慌ただしく服を身に付けてから廊下に飛び出した。

「おい!騎士団長!」

インリクは、ばったりと出くわした宮殿警備大隊のヒィミグ・リボヌバ大佐に聞いた。

「これは陛下。おはようございます。」
「挨拶は良い。それよりも、この音は何だね?敵の空襲か!?」
「はっ。私も最初、そう思ったのでありますが……どうやら違うようです。」
「違う……?まさか、住民の中に裏切者が出たのか!?」
「いえ、詳細はまだ……」

リボンバ大佐が答えに窮している時、タイミング良く、魔道士官が報告を伝えにやって来た。

「リボヌバ団長!ここにおられましたか!」
「どうだ?この音の正体は分かったか!?」
「はい。陸軍最高司令部より報告が入りました。」
「見せろ。」

リボヌバ大佐が紙を受け取ろうとした横から、インリクが紙をひったくった。

「……何たる事だ……敵の野砲部隊による砲撃だと!?」
「野砲部隊!?陛下、私にもそれを見せて下さい!」

インリクは、リボヌバに叩き付けるようにして紙を渡す。

「確か、ガンサルが7時30分頃に、主だった将官を引き連れて会議室に集まっている予定だったな。あ奴らから、なぜこのような
事態が起きたのか聞かねばならん!」

インリクは憤りを露わにしながら、早足で会議室に向かった。
1分程歩き続け、インリクは会議室の扉を開けた。
室内には、いる筈の将官達は誰1人として居らず、ジュー・カング首相ただ1人が、いつもの席に座っているだけであった。

「陛下。おはようございます!」

カングは、席から立ち上がってインリクに挨拶を送る。

「おはよう。カング。ふむ……予定では、この時間帯に居る筈の者達が、誰1人としておらんな。」
「恐らく、今起きているこの攻撃の正体を探っているのではないでしょうか。」
「フン。それだけならば良いがな……あ奴らめ、わしが昨日、こっ酷く怒った事に対して怯えているのではないか?」

インリクは、ため息交じりにそう言ってから、玉座に腰を下ろした。

「全く。どいつもこいつも根性無し者ばかりだ。メルケリ領も、最終的には逆クーデターを起こされて、反逆者共が領地を占領するわ、
しまいにはこの未知の砲撃と来た。ジュー。全く、役立たずの能無し共が世に蔓延すると、国は本当に駄目になってしまう物だな。」

インリクは喋りながら、脳裏にマオンド本国の地図を思い浮かべた。

昨日、メルケリ領の反乱は、騎士団長の英断により、事前に阻止された筈であったが、午後8時頃に、当のメルケリ領から逆クーデターが
起こり、騎士団長を始めとする中央派が軒並み逮捕されたという凶報が飛び込んで来た。
しばしの睡眠から起き上がり、再び会議を行っていた時に入って来たこの報告は、インリクを再び激怒させた。
トハスタが離反し、メルケリまでもが反逆者によって抑えられた以上、マオンド側は自国の領土を実に3分の1も失った事になる。
トハスタとメルケリは、マオンド共和国の中では単なる一領地に過ぎないのだが、領土的には他の領地よりも広大であり、この2領地
だけで本国の北半分を占めている。
メルケリの離反も確実となった今、マオンド本国の領土は、開戦前と比べて大きく欠けた状態となる。
インリクは、逆クーデターを許した騎士団長を激しく罵倒し、軍が再生した暁には、トハスタとメルケリを取り戻すと、将軍達に伝えた。

この時点で、インリクはアメリカ軍の現状を知らなかったが、彼は敵がまだ、首都を望める場所に接近しているだろうとは思っていなかった。
敵の進撃は急であるとはいえ、首都に来るまではあと1日はかかるだろうとしか考えていなかった。
だが、先程の魔道士官から伝えられた報告は、インリクの内心に強い衝撃を与えていた。

「それにしても、約束の時間になっても現れぬとは。わしはこの国の王なのだぞ。いくら忙しいとはいえ、わしの約束を守れぬとは
どういう事か。全く、先々代の王なら、このような輩は即刻処刑していたぞ。」
「陛下。彼らも眠る暇も無いほど忙しいと聞いています。ここは、将軍達の努力も察してやるべきでは……」
「彼奴らが努力しておれば、今こうしている間にも、爆発音が聞こえて来るという事にはならぬ筈だが……まあ今は良い。
怒るべき奴がここにおらん以上、今はこうして、来るのを待つしかあるまい。」

インリクは不満げな口調で言いつつも、会議の参加者達が集まるのを待った。
8時までの間に、主だった大臣達は全員集まったが、ガンサル元帥やトレスバグト元帥を始めとする軍の首脳部と将軍達は、時間が8時を
回っても会議室に現れなかった。
彼らが集まったのは、時計の針が8時15分を指してからの事であった。

「……少々遅れてしまったが、ひとまず、会議を始めるとしよう。ガンサル、トレスバグト。」

インリクは無表情で、席に座ったガンサル元帥とトレスバグト元帥に顔を向ける。

「予定の時間より、来るのが大分遅れたようだが……それよりも、私に報告する事があるだろう。」
「はっ。」

まず、ガンサルが軽く会釈してから口を開く。

「陛下。予定の時間に来れず、遅れてしまった事に対しましては、深くお詫びを申し上げます。」
「別に謝らなくても良い。わしが聞きたいのは、今さっきまでこの首都に鳴り響いていた砲声の正体だ。」
「はっ……誠に申し上げにくい事ですが。偵察ワイバーンの報告では、首都から北に4ゼルドほど離れたヴィシュテビ高地に敵が
野砲陣地を敷いており、そこから猛烈に砲撃を行っているようです。」
「なっ……たったの4ゼルドだと!?」

インリクは仰天してしまった。

「何故そんな近くに敵の野砲陣地があるのだ!?」
「は……どうやら、アメリカ軍は夜通しで進軍していたようです。」
「進軍していたようです、だと!?敵は目の前に迫っておるではないか!!なぜ迎撃しなかったのだ!!!」
「迎撃しようにも、ただでさえ不足している兵力が首都に集中している上に、送り出せる偵察隊も通常よりもかなり少なくなって
おりますから、監視網も薄くなっています。敵は、その隙を突いて、部隊を前進させたのかもしれません。それ以前に、消耗した
第41軍団も、未だに首都へ入場出来ていませんから、敵部隊を迎撃するほどの余力はありません。」
「……何たる事だ……ガンサル。ヴィシュテビに前進して来た部隊は、砲兵隊の他にもいるのか?」
「はい。情報によりますと、ヴィシュテビに進出した敵部隊は、砲兵部隊のみならず、戦車部隊を含む大規模な部隊のようです。
偵察ワイバーンは魔法通信を発信中に撃墜されたため、報告はここで途絶えています。」
「戦車部隊か……他に情報は?」
「クリンジェより北西10ゼルドのリルクェに配備した中隊と連絡が途絶えています。それから、北西9ゼルドのウィグタの警備中隊から、
敵大部隊接近す、との情報が伝えられて以来、連絡はありません。20分前に偵察ワイバーンを向かわせていますが……」
「リルクェとウィグダは占領されたのか?」
「は……恐らくは。」

ガンサルが、沈んだ声音でインリクに答える。
それから5分後、魔道士官が会議室に入り、ガンサルに報告を届けた。
報告文を見つめたガンサルは、天を仰いだ。

「………ガンサル。それを見せてくれ。」
「は。直ちに。」

ガンサルは、報告書をインリクに渡す。

「……戦車部隊を含む敵地上部隊がリルクェ、ウィグダ方面より大挙して南下中。敵の進撃目標はクリンジェと思われる……」

インリクは、手を震わせながら紙をテーブルに置く。

「ガンサル……この報告、君はどう思うかね?」
「アメリカ軍が、リルクェ、ウィグダ方面から大挙南下しているとすれば、答えはもう1つしかありません。」

ガンサルは、一呼吸置いてから言った。

「敵は、このクリンジェを包囲するようです。」
「……して、その対抗策はあるのかね?」
「……残念ながら、もはや、我が軍に、敵の進撃を食い止める術はありません。」

ガンサルは、冷徹な言葉を言い放った。
彼の言葉に後押しされたかのように、北方から航空機の物と思しき爆音が聞こえ始める。
鳴り止んでいた空襲警報が再び鳴らされる。

「く、空襲警報だ!」
「陛下!敵の空襲です!今すぐ逃げなければ!!」

大臣の1人が叫ぶ。
昨日は、敵が本当に、このクリンジェを空爆するか否かが判明するまで、会議室から逃げようとしなかったインリクだが、
今日はその言葉に頷き、玉座から立ちあがった。


8時40分頃には、空襲警報も鳴り止み、インリク達は再び会議室に戻って来た。

「それでガンサル。来襲した敵機が、超低空でクリンジェ上空を通過していった訳だが、あ奴らは何故、この宮殿を攻撃しなかったのだね?」
「はっ。その点に付きましては、正確に応えられませんが……恐らくは、敵も期待しているのでしょう。こちら側が交渉の場に出て来る事を……」

先程の空襲で、クリンジェは100機以上のアメリカ軍機に襲われた。
来襲したアメリカ軍機は戦爆混成編隊であったが、敵機の一部……8機のP-47サンダーボルトは、超低空でクリンジェ上空を飛び抜け、
宮殿のすぐ近くを通過して行った。
宮殿に残っていた騎士団長の話では、敵機は胴体に爆弾らしき物を抱えていたが、この宮殿に落とす事は無かったそうだ。

「ふむ……要するに脅しという訳か。その気になれば、いつでも爆弾を叩き付けてやれるという。」
「陛下……大丈夫ですか?」
「ん?どうしたジュー?」
「お顔色がすぐれませんが……体の具合でも。」
「いや、体の方は……」

いつもなら、気丈に振舞うインリクだったが、この時、彼の頭の中に聞き覚えのある声が響いた。

「………良い、とは言えぬようだな。」

インリクは、会議室に向かう事無く、そのまま寝室に向けて歩き始めた。

「陛下、どちらへ?」
「会議の途中で済まぬが、わしは少し休む。どうも体調が思わしくないようだ。」

彼はそう言うと、足をふらつかせながら寝室に向かった。
背後からガンサル元帥や大臣達の声が聞こえたが、インリクの耳には届かなかった。


寝室のドアを閉めた後、インリクは、ベッドの上にゆっくりと腰かけた。

「……私は、今の今まで、父の事を愚かだと思っていた。下賤な平民共を過保護にするばかりか、他国の事にまで気を使う、
愚直で、繊細な父を。」

彼は、先代王……父であるフィンキ・インリクの顔を思い出す。
先代王は、先々代王とは違って良心的な政治を行ってきた。
だが、その結果、先代王は60代半ばで過労で倒れ、その2年後に重病を引き起こして他界してしまった。
先代王は、確かに善政を敷いていたが、それに伴って、諸外国との間で数々の問題が噴出し、父は晩年まで、それを平和的に解決する
方法を模索していた。
ブイーレが20歳の時、彼は父から王位を継承し、20代前半までは父と同じ方法で政務を行ったが、元々、父のやり方が気に食わなかった
彼は、25歳の時に軍備の増強を命じ、レーフェイル大陸統一のための準備を、ゆっくりと行った。

そして、1473年1月。彼は全軍にレーフェイル大陸征服を命じた。
1480年3月までには大陸全土がマオンドの支配下に入り、ブイーレは広大なレーフェイル大陸を統一する事に成功した。
その時点で、彼は、父から教えられた言葉の数々を忘れ去っていた。
だが、運命の1481年12月。異界の国からやって来た未知の国アメリカとの戦争は、マオンドの行く末を大きく変え始めた。
そして現在、マオンド共和国は、大陸征服前よりも領土が減るばかりか、首都近郊に敵軍が迫ると言う所まで追い詰められている。
一時は大陸全土を征服したマオンドという大国が、亡国に転落するのはもはや時間の問題だ。

「私は、父を反面教師と心の中で思いながら、ここまでやって来た。そのお陰で……私は、先々代の王ですら成し遂げられなかった、
大陸全土を支配すると言う偉業を成し遂げた……だが、今ではこの有様だ。一体、私はどこで、道を違えたのだろうか……」

彼はそう呟いた後、頭を抱えたままベッドに寝転がる。

「こんな筈では……こんな筈では……!」

インリクは、体を震わせながら、喉の底から声を絞り出す。

「アメリカさえいなければ……わしはこれからも、大陸全土を支配し続ける王として君臨出来た筈なのに……」

(いや、お前の考えは甘すぎる)
不意に、脳裏に別の声が響いた。その時から、インリクの意識は闇の底に落ちて行った。



「ふむ。国を発展させる為には、敵対していると思しき国を制圧し、自国の支配下に置く、か。」
「はい!このマオンドが、これからも偉大な国であるには、それしか方法は無いと思います!陛下!」

未だに20代にも満たぬ青年は、側に座る初老の男に対して、居丈高に……しかし、多分に無理をして格好を付けたかのような
口調でそう言い放つ。

「ブイーレ。もし、その危険な国が、このレーフェイル大陸にある全ての国であるとしたら、お前はどうするつもりだ?」

「無論、全て制圧するのみです!」

ブイーレと呼ばれた、若き王太子は、眼前の男……フィンキ・インリク王に向けてそう断言する。

「全て制圧する……か。なるほど、そうすれば、このマオンドに対抗する国は、当分いなくなる。では、その後はどうする?
制圧した国の民は、どう育てていく?」
「それは勿論、我が国と同じような政治制度を導入し、最終的には……」

青年は、最後まで言葉を発する事が出来なかった。

「そのまま、このマオンドに組み込まれる……か。正直、お前の考えは甘すぎる。」
「……!?し、しかし」
「しかしも何も無い。他国の民は、言いがかりのような言葉を発せられた上に、一方的に自国を占領されたら、当然不満に思う。
私の父上が、北伐に失敗し続けたのは、他国を一方的に占領し続けた上に、その民達を育てることをせず、逆に虐げてしまった
からだ。私は、先代王が残した傷を癒すために、あらゆる努力をしてきた。その結果、表面上は各国とも、何とか上手くやって
いけるようになって来た。」
「表面上だけの話でしょう。エンテックやルークアンドの連中は、内では我が国をどう侵略するか考えているに決まっている。
今話題に上がっている、関税や資源の問題でも、奴らは高飛車にな態度を取りつ付けています。あ奴らが、いずれ連合を組んで
復讐戦を挑んで来るのは、火を見るよりも明らか!ならば、やられる前にやるしかありません!」
「何故そう思う?」
「奴らは、200年前に、我が国と戦火交えています。そして、大祖父の時代にも。」
「だから、先手を打って滅ぼそうと言うのか……」

フィンキは、失望したように顔を曇らせる。

「お前は、父上の考えに染まり過ぎている。もう少し、勉強をしなければならんな。」

彼は、インリクを哀れみの目付きで見つめた。

「では父上にお聞きします。父上は、今は昔より良くなったと申しておられますが、本当にそう思っていらっしゃるのですか?
地方領では、平民共が王制に対して不満を申していると言っているのですよ。いや、地方領だけではない。共和国の中心である、
首都にも、真の議会制政治を行うべきだとの声が日増しに強くなっていると言われています。あの下賤な平民共は、我らが国を
発展させてきた恩も忘れて、勝手な事を抜かしているのですぞ!?」

ブイーレは、更に声を高くしてフィンキに言う。

「先代王の時は、こんな恩知らずは居なかった!なのに、今ではふざけた事を抜かす輩が出て来ている!このような状態で、
陛下は……いや、父上は、国が良くなったとおっしゃるのですか!?」
「……良くなっておるではないか。」

フィンキは、爽やかさを感じさせる笑みを浮かべた。

「今まで、民は全く、政治という物には興味を湧かなかった。何しろ、国の政事(まつりごと)は、我らが王族と、貴族が
中心になって取り仕切っていた。そのため、民は、政治などと言う面倒な行事は、我らに任させれば良いと考えていた。
だが、わしは、それでは常々不足であると考えていた。私は、いつかは国民にも、政治に興味を持ってもらい、ゆくゆくは、
議員として参加させたいと思っていた。」

フィンキは、笑顔を張り付かせたままブイーレに顔を向ける。

「息子よ。国にとって、一番大事にすべき物は何かわかるか?」
「それは無論、我らが一族と、その中心となる貴族です。王と、貴族あってこそのマオンド共和国です。」
「……残念だが、お前の言葉は間違っている。」
「………」

フィンキの一言を聞いたインリクは、思わず絶句する。

「国にとって、一番大事にすべき物。それは、民だ。民無くして、国は成り立たぬ。」
「……陛下。」

「インリク。今のお前にはきっと、わしが言っている言葉が理解できぬだろう。だが、お前もいずれは、この国に尽くす日が来る。
お前も色々経験すれば、わしが言った言葉の意味を、十分に理解する事が出来るだろう。」
「………」
「わしが生きている間に、この国を変えたかったが……どうやら、わしに残された時間は、もう少ないようだ。確かに国を良くする
事は出来た物の、根本的な部分は先代王から何ら変わっていない。これは、明らかに私の力不足による物だ。だが……」

フィンキは、どこか安堵したかのようにため息を吐く。

「国民もようやく、政治に興味を抱き始めた事は、本当に良い事だ。これは、歴史的に見れば、小さな一歩であろう。だが、この一歩は、
後のマオンドにとって大きな一歩にもなる。そして、いずれは、このマオンドも、真の意味での良い国になる時が、必ず来るであろう。」

フィンキ王は、空を見上げた。
ブイーレには、フィンキが言い放った言葉の意味を理解する事は出来なかった。そして、フィンキもまた、彼が意味を理解していない事を分かり切っていた。

「後のマオンドがどうなるかは、お前次第だ。先に逝くわしは、お前の成果を怒る事も、褒める事も出来ぬだろう。だが……これだけはわかってくれ。」
「……は。」
「どんな結果になるにせよ。マオンドの民達を苦しませるような事はしないでくれ。国家という物は、民草あってこその物なのだ。ブイーレ、
この事だけは、決して忘れないでくれ。」

ブイーレは、父に返す言葉が見つからなかった。何かの言葉を思い出そうと、彼はゆっくりと天を仰いだ。


目が覚めた。

インリクは、そこが自分の寝室であると分かるまで、しばしの間呆然としていた。

「……夢を、見ていたのか。」

彼はそう呟いてから、体を起こす。

「久方ぶりに、父上の姿を見たな。」

インリクは苦笑しながら、ベッドから立ち上がり、閉ざされた窓のカーテンを開いた。
開かれた窓から、曇り空が見える。

「雲か……そういえば、あの時の空模様も、今日のような曇った空だったな。」

彼は、そう呟いてから深いため息を吐いた。

「あれから、もう40年か……父上は、あの日、私に民を大事にしろと言った。だが、私は、父の言い付けを守らなかった。
そして、今こうして、私は首都の近くに迫った敵に怯えている。」

インリクは、空を眺め続ける。
12月の冬空は、厚い鉛色の雲に覆われており、太陽の光が半ば遮断されているため、日中にも関わらず、外ははやや薄暗くなっている。

「将軍達の言う通りだ……もはや、この戦争は、続ける事は出来ない。古来なら、ここで、王も含めた軍勢が敵軍に突入し、
大勢の敵を道連れに戦死していく所だろう。そして、後に残された民は、敵軍の思うがままにされていく。それが、昔の常識だった。
先々代の王も、その前の王達も、最後はそれで良いと考えていた。だが、父上は、そうすれば、国は破滅するだけであり、勝ち目の
無い戦争は控えるべきだ、と言った。」

インリクは、窓辺から離れ、本棚を眺め回す。
そのうちの一冊を手に取り、パラパラと流し読みをする。
この本は、先々代の王が書いたと言われる兵法書だ。
インリクは、昔からこの本を読み、育ってきた。そして、国のあり方と言う物を学んで来た。

民族玉砕……なんと華々しい事か。

かつての彼なら、そう言い放っていただろう。

「もし、今首都に迫っている敵が、父上や、大祖父、そして、古来の王と戦ってきた敵であったならば、私は間違いなく、
華々しい死を選んでいた。今、我が国が戦っている国、アメリカは、古来戦ってきた敵よりも、遥かに強力な敵だった。
だが……彼らは、こう言っていた。処罰を受けるのは、国の首脳部であり、民では無いと。珍しい物だ。処罰するのは首脳部だけ。
後は何もしないとは……なんと、禁欲的な連中であろうか。」

インリクは、兵法書を閉じると、俯いていた顔を正面に上げた。
そして、彼は、兵法書を半分に開き、それを両手で掴む。

「ようやく、私は、父上の言葉を理解する事が出来た。そう言う事だったのですね……父上。民を決して苦しませるなとは、その事
だったのですね。ならば、私は……」

インリクは微笑んだ。その次の瞬間、彼は、力任せに兵法書を引き裂いた。
兵法書が、折り目から音立てて引き裂かれ、紙が室内に舞い散った。

「これを機会に、マオンドを、父の理想通りに仕立て上げて行く。私は、そのための礎となろう。戦後は、アメリカもあの宣言を出した手前、
否応なしに我が国の再興に手を貸すだろう。かの国の驚異的な国力をもってすれば、マオンド再興も、さほど時間はかからぬ筈だろう。
他人任せの方法だが、それも良い。」

インリクは、腹を決めた。
2つに裂けた兵法書を、その場に捨てると、彼は先とは打って変わった、しっかりとした足取りで寝室の出入り口に向かった。


インリクが大会議室に現れたのは、時計の針が午後3時40分を回ってからの事であった。
大会議室には、朝と同じように、陸海軍の将官達と、主だった大臣達が集まっていた。

「陛下!お体は大丈夫でありますか!?」

インリクに心酔する大臣達が、一斉に声を掛けて来た。

「まぁ静まれ。そう大声を出すな。この通り、わしはぴんぴんしておるぞ。」

ガンサルは、不意に、インリクの様子がおかしい事に気が付いた。

「トレスバグト、何かおかしいと思わんか?」
「君もそう思うかね?」
「ああ。何か……陛下が先程と比べて、元気になられたような感があるが。」

2人はひそひそと会話を交わす。

「どうした?何かあったのかね?」
「い、いえ。別に。」

ガンサルが、何気無い口ぶりでインリクに返す。

「そうか……」

インリクは頷くと、いつもの席に腰を下ろした。

「何か報告は入っているか?」
「は……では、私の方から説明させていただきます。」

ガンサルが軽く頭を下げてから、インリクが休んでいる間に、各地から伝えられた情報を説明し始める。

「アメリカ軍は、午後3時までにこのクリンジェを包囲しました。現在、ウィンレモ中将が防戦計画を立てていますが……
現有兵力で、アメリカ軍に立ち向かうのは困難かと思われます。」
「もし戦ったとして、どれ程の間持たせられる?」
「第40軍団のみで戦うとしたら、良く持って2日ほどでしょう。」
「ふむ……」

インリクは、それ以上は聞かなかった。

「他に情報は?」
「は。次に私から説明いたします。」

トレスバグト元帥が口を開く。

「午後1時頃、グラーズレットがアメリカ機動部隊の空襲を受けているとの情報が入りました。この攻撃で、港湾地域の残存していた軍需物資は、
ほぼ全滅したと言われています。」
「このアメリカ機動部隊は、ソドルゲルグを潰した奴らと同じ奴らだろう。まさに神出鬼没だな。」
「それから国王陛下、午後2時頃に、5機のスーパーフォートレスが首都上空に飛来し、このような紙をばら撒きました。」

カングが、懐から1枚の紙を取り出し手を震わせながらインリクに渡した。

「トハスタの領主が、メルケリ領を統合して新しい国を作り上げたか。」
「全く、とんでもない事です!」

外務大臣が金切り声を上げる。

「あの裏切者は、トハルケリ連邦共和国なるアメリカの傀儡政権を、さも当然とばかりに打ち立てたのです!これは、万死に値する行為だ!」
「陛下、不穏な動きが見られるのは、北部だけではありません。南東部のクナリカ領でも、領主が寝返るかもしれないという噂が流れています。」
「噂か……何故、そんな噂が流れておるのだ?」
「は……どうやら、我々首脳部が計画し、実行したトハスタでの作戦が、何者かによって南東部の領主に知らされたようです。これは、
軍の情報部が掴んだ、確かな筋の情報です。」
「陛下!このままでは、わが偉大なるマオンドは分裂し、崩壊してしまいます!早急に手を打たねば!!」

運輸大臣がそう叫んだ直後、会議室のドアが慌ただしく開け放たれた。

「何事か!?」

将官の1人が、無礼と言わんばかりに入室して来た人物に声を荒げる。

「インリク陛下!」

会議室に入室して来た肥満体形の人物は、首都クリンジェにあるナルファトス支部教会の責任者、ゲミシナ・クチョンバ導師である。

「おお、これはクチョンバ導師ではないか。どうされたかな?」
「へ、陛下!首都が敵に包囲されております!」
「うむ。既に知っておる。」
「反撃です!反撃を行いましょう!」
「反撃?どうやって兵員を集めるのですか?」

ガンサル元帥が、クチョンバ導師を睨みつけながら聞く。

「首都には、我がナルファトス教の戦闘員が、まだ1000名ほど残っております!それに加え、信者も多数おります!ここは彼らを
集めて臨時の軍を編成し、敵の襲撃に備えるのです!」
「襲撃に備えるだと?導師、あなたは本気で、そう考えておられるのか?」
「勿論であります!それに、これはナルファトス教会最高指導者、スンタウナ大導師の意思でもあります!当然、軍も住民から徴兵を
行っておるのでしょう?」

その問いに、会議室の面々は誰も答えない。
その時、ガンサルとトレスバグトは、インリクに起きた異変を感じ取っていた。
(どうした事だ?いつもなら、いの一番に反応する筈の陛下が……)
ガンサルは、インリクを不審に思った。

「クチョンバ導師殿。貴行は、その臨時に集めた軍を、わしの軍にくれるのかね?」
「はい!勿論でございます!!」

クチョンバ導師はインリクの側に走り寄って、床に両手と両膝を突き、肥満で膨らんだ頬や二重顎をたゆませながら答える。

「我がナルファトス教団も、先の決戦での汚名を晴らす絶好の機会と存じ上げています!先の失敗から考え、今度は独自に
行動するのではなく、完全に軍の指揮下に入って、敵撃滅に微力を尽くします!それで陛下。住民の徴兵の方は進んでおられるのですか?」

「……」

インリクはすぐに答えない。
(やはりおかしいぞ。陛下は、何か企んでいる)
ガンサルは、改めて、インリクの心境に何らかの変化が起きている事を悟った。

「実を言うとな、クチョンバ導師殿。住民の徴兵は行っておらぬのだ?」
「まだ行っておらぬのですか!?いやはや、これはこれは……我が教団は先走った事を考えていたようですな!ハハハハ。」
「うむ。先走り過ぎて困っておるぐらいだ。もう、戦争は止めると言うのにな。」
「ハハハハハ!確かにそうです……………」

クチョンバ導師の笑顔が凍りついた。そして、会議室の参加者達の表情も、一瞬にして固まってしまった。

「これより、諸君に重大な報せを伝える。」

インリクはそう言うと、玉座から立ち上がった。

「私は、マオンド共和国国王として命じる。陸海軍は、即刻、戦闘を中止せよ。その後、連合国に停戦を申し込む。ヴィルフレイング宣言
を受け入れるかどうかは、停戦後の会議において決めたいと思う。ガンサル!トレスバグト!」

インリクの凛とした声音が、会議室に響く。
呼ばれた2人の元帥は、金縛りが解かれたかのように、ピクリと体を震わせた。

「陸海軍の各部隊に、即刻戦闘を中止するように呼び掛けよ。同時に、こちらから軍使を送れ。」
「……わかりました。陛下。」

2人の元帥は、機械的な動作で深々と頭を下げると、室内に居る将官達を引き連れて、会議室を後にした。

「へ、へ、陛下……たった今のお言葉は……」
「聞こえなかったのか?」

インリクは、外務大臣を睨み付けた。

「戦争は終わりだ。」
「こ、国王陛下!それは無茶です!ここで戦闘を停止すれば、敵はこの隙に乗じて、好き放題に暴れかねませんぞ!!」

クチョンバ導師は、半ば泣きそうな表情で叫ぶ。

「クチョンバ導師の言われる通りです!それに加え、ここで停戦となれば、このマオンドが崩壊の危機に晒されます!」
「いや……既に崩壊しておる。」

インリクは、事も無げに答える。

「わしは、もっと早い内に気付くべきであったのだ。トハスタがマオンドから離反した時点で、共和国の崩壊が始まっている事を。
そして、我が軍の装備では、万に1つの勝ち目すらない事を。」

インリクは、玉座に腰を下ろす。

「わしはさっき、父上の言葉を思い出したよ。国家とは、民が健在であるからこそ成り立つ、と。」
「民ですと?インリク陛下……あなたらしくありませんぞ!」

クチョンバ導師が意外そうな顔つきで言って来た。

「民なぞ、掃いて捨てるほどおるではありませんか!たかが数万程度犠牲になれど、国は滅びませんぞ!」
「これからはそうも行かなくなるのだ!!」

インリクが怒声を上げた。

「わしも、ついさっきまではあなたと一緒の気持ちだった!だが、わしは違うとわかったのだ。クチョンバ導師……貴公は、
アメリカがどんな国であるか聞いた事があるかね?」
「アメリカですと?そんな物わかり切っております!彼奴らは強力な兵器で持って、諸外国を荒らし回る知能の低い蛮族共です!」

「……話にならんな。」

インリクは、嘲笑するかのように呟く。

「私が聞いた情報では、アメリカは、国民によって、大統領と呼ばれる指導者を選ぶと言う。驚くべき事に、あの国の真の指導者は、
その大統領ではなく、国民なのだよ。要するに、あなたや、わしが馬鹿にしていた下賤な平民共が、アメリカという強大な国を
動かしておるのだ。捕虜から聞いた話では、その政治方式を、民主主義と言うそうだ。」
「民主主義……ハハハハ!愚民共に一体、何ができると言うのです?どうせろくな政策など行っておりません。」
「ふむ……貴公が言う、そのろくな政策を行っていない国の軍隊が、なぜ短時間で、このクリンジェを包囲する事が出来た?」
「う……」
「要は、我々が行ってきた事が、正しくなかったという事だ。アメリカは、たちまちのうちに領土を解放し、このマオンド侵攻の
足掛かりを得た。そして、圧倒的な物量と、優れた兵器で持って、ここまでやって来たのだ。奴らが行ってきた事は、どれ1つを
取っても並大抵の物ではない。なのに、奴らはどうして、物事を順調に運ぶ事が出来たと思う?」
「……」

クチョンバ導師は答えられない。

「単純な話、“これまでの行いが良かったから”だ!それに対して、我が軍はそうもいかなかった。私も、占領地に対して何の
配慮も考えなかった……全ての責任は、この私にある。」
「御説はごもっともでございます。ですが陛下!これ以上の事態の悪化を防ぐためにも……我々の名誉を保つためにも、この戦争は
是非、続けなければなりませんぞ!」
「貴公は、この国の将来の事を考えぬのか?」
「考えていない?とんでもありません!!」

クチョンバは、半ば狂人めいた口調で答える。

「我々は、常に偉大なるマオンド共和国と共にあると確信しています!この偉大なる国と、偉大なる教団の名誉を守る為にも、
犠牲を恐れる事無く、戦争を遂行すべきです!」
「それでは良くないと言っておるであろうが!!!!」

インリクは大音声で怒鳴ると共に、クチョンバの左頬を拳で殴り付けた。
殴られたクチョンバは、仰向けに倒れるが、すぐに起き上がった。

「ひ、ひぃ!?」
「わしの命運は既に決しておる!トハスタや他の占領国で民族浄化を指示した以上、わしは死後地獄に落ちる事は間違いない。だが、
為政者と言う者は、後の者が生活をし易いように取り計らうのが義務だ。わしは、父上からそう習い、そして、習った通りに実行するつもりだ。」
「そ、そんな!国が滅ぶ時は、国民も丸ごと滅ぶのが定めなのに。」

インリクは、顔を横に振った。

「その考えは、もはや捨てた!わしがこれからやるべき事は、この戦争を終わらせ、罪を償う事だけだ。だが……貴公は今の状況を見ても尚、
戦い抜けと言う。悪いが、わが共和国は今後、貴公の教団とは付き合えぬかもしれぬ。」
「な……この期に及んで、何を言われるつもりですか!?卑怯ですぞ!!」

その言葉を聞いたインリクは、顔を真っ赤に染め上げた。

「黙れ!この下賤な寄生虫めが!!!」

彼はそう怒鳴り散らすと、右の親指を鳴らした。
合図を聞き付けた、甲冑を来た宮殿警備大隊の衛兵2人が、インリクの下に駆け付けた。

「クチョンバ導師殿がお帰りになられる。丁重にお送りしろ。」
「御意。」

2人の衛兵は恭しく頭を下げると、倒れていたクチョンバを、やや強引に起こした。

「な、何をするか無礼者!インリク陛下!我が教団に対する裏切り行為は、決して許しませんぞ!」

クチョンバは、衛兵2人の腕から離れようと必死にもがく。

「何をしている。さっさとつまみ出せ!」
「はっ!直ちに。」

2人の衛兵はそう答えてから、強引にクチョンバを離して行く。

「や、やめぬか!この馬鹿者がぁ!!」
「はいはい。大人しくしてください導師様。」
「陛下の機嫌をこれ以上損ねられるとまずい事になりますぞ。あ、でも、敵の戦車部隊へ真っ先に突入されるという栄誉が与え
られるかもしれませんから、このまま食い下がりますかな?」
「え………!?」

クチョンバは、その言葉を聞いて押し黙ると、ずるずると引きずられながら会議室から出て行った。


午後4時30分 トハルケリ連邦共和国首都トハスタ

レーフェイル大陸派遣軍総司令官を務めるダグラス・マッカーサー大将が、その報告を聞いたのは、空が夕闇に染まりかけた午後4時30分頃であった。

「読みます。首都に駐屯するマオンド軍は、我が軍に対して降伏せり。なお軍使は、マオンド政府が我が国との講和を考えている模様であり、
1時間前より、全軍に戦闘停止を命じているとの事。」
「ミスター・バックナー。それは確かかね?」
「はっ。間違いありません。」

参謀長のサイモン・バックナー中将は、はっきりとした声音でそう返した。

「……そうか。マオンドが……遂に。」

マッカーサーは、どこか安堵したかのような声音で、その言葉を吐き出した。

「あと、軍使からの報告では、マオンド政府内ではヴィルフレイング宣言を受諾するか否かの協議も行われているらしく、今の所は、
受諾する可能性の方が高いとの事です。」

「そうか。となると、この世界で幅を利かせていた2大覇権国家のうち、1つが、振り回していた矛を収めると言う訳か。」
「そうなります。」

バックナー中将は頷いた。マッカーサーは、机に広げられている戦況地図に視線を向ける。
幾つもの青い駒が、クリンジェを完全に包囲している。
青い駒は包囲作戦に参加した第14軍、第15軍、第17軍指揮下の各隊であり、それに囲まれた赤い駒が、クリンジェに陣取るマオンド軍である。
レーフェイル派遣軍総司令部では、クリンジェに突入して敵を撃滅すべきという意見と、包囲したまま兵糧攻めを行おう、という意見が
対立していたが、結局はクリンジェ突入作戦が立案され、それが前線部隊に伝えられていた。
だが、敵は、こちら側が新たな行動を起こす前に白旗を掲げて来たのである。
最後まで徹底抗戦を行うであろうと考えていたマッカーサーらは、この意外な反応に、肩透かしを食らわされてしまった。

「意外と、あっけない物だったな。」
「確かに……ですが、このまま戦闘を継続しても、装備に勝る我が軍は、決して負ける事は無かったでしょう。それは、クリンジェで
行われた筈の戦闘においても、同じ事です。それに加えて、クリンジェには、未だに多くの住民が残っています。恐らく、マオンド軍
上層部は、これ以上やれば国が滅ぶと確信し、戦争継続を断念したのでしょう。」
「装備の差……か。敵にとって、戦場を縦横無尽に暴れ回る機械化部隊の存在は、よほどショックであったに違いない。その結果が、
短期間でのクリンジェ包囲に繋がったのだからな。」
「それ以前に、マオンド側の行った起死回生のゾンビ作戦や、ゾンビを作る事が出来る秘密の魔法研究所を叩き潰した事も、大きく利いて
いる筈です。マオンド側が、ゾンビ作戦に全てを掛けていた可能性があります。」
「しかし、我が軍と大西洋艦隊は、敵の目論見を、悉く粉砕した。それも言葉通りに……その結果が、マオンド側の継戦意欲低下に
繋がった訳だな。」
「閣下。すぐにこの知らせを、本国の統合参謀本部送りましょう。」
「無論だ。早急に送りたまえ。それから、派遣軍各隊に命令を伝える。」
「通信参謀!」

バックナー中将は、後ろで控えていた通信参謀を呼び付ける。
話を聞いていた通信参謀は、ポケットから手帳を取り出し、ペンを握った。

「マオンド全軍は、我が派遣軍に対して戦闘を停止しつつあり。派遣軍各部隊は直ちに戦闘を中止し、警戒を行いつつ、現地点で待機せよ。」
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