自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

288 第211話 偉大なる作戦

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第211話 偉大なる作戦

1485年(1945年)1月8日 午後1時 レスタン領ハタリフィク

レスタン領軍集団司令官を務めるルィキム・エルグマド大将は、東部方面軍司令官に任ぜられた時と同じ、ハタリフィクの町の中心部に
ある3階建ての屋敷に司令部を置いていた。

「ふむ……相変わらず、天気がすぐれないな。」

エルグマドは、会議室の窓辺から空を見上げながら、恨めしげに呟いた。

「気象班の報告によりますと、今月の中旬までは、ずっとこのような天気が続くようです。」
「中旬までか……しかし、天気が悪いままだと、またぞろ、何か嫌な事が起きないか心配になってくるものじゃな。」
「そのお気持ちは、良く分かります。ここ最近は不幸続きでしたからなぁ。」

レスタン領軍集団司令部の作戦参謀、ヒートス・ファイロク大佐がエルグマドに言う。

「敵の空爆のせいで、西部方面軍司令部が壊滅するという事もあったからのう。カレアント軍の攻撃機も、上手い具合に狙って来たものじゃ。」

エルグマドは苦笑しながら、ファイロク大佐に言う。
もともと、エルグマドは、レスタン領内に配置された8個軍のうちの4個軍を束ねた、東部方面軍の司令官であったが、去る12月29日に
起きたとある出来事のせいで、エルグマドは東部方面軍司令官という“いち司令部”の指揮官という立場に甘んじる事が出来なくなった。
12月29日。悪天候をついてやって来たカレアント軍のP-39編隊が、国境付近を空襲し、たまたま前線視察に訪れていた西部方面軍司令官と、
その司令部幕僚が巻き添えを食らい、司令官は瀕死の重傷を負い、司令部幕僚も軒並み戦死するか、重傷を負って後方に搬送されていった。
突然の西部方面軍司令部壊滅の報に驚愕したシホールアンル軍は、大慌てでレスタン領軍集団という司令部を作り上げ、エルグマドの率いる
東部方面軍司令部が、本国からの命令でそのまま軍集団司令部を構成する事になった。
普通なら、この唐突な命令には多少混乱を起こす物なのだが、エルグマドはそうでもなかった。
むしろ、彼は、自分がレスタン領駐留軍のトップに上り詰めた事を、嬉しく思っているほどである。

「いきなりの命令で驚いたが、これは、指揮をやりやすくなるという点では、非常にいい事だな。よし!それでは手始めに、国内相軍の
ごく潰し共を片っ端から粛清してやろうかの!」

エルグマドは、軍集団司令に就任した直後、このような言葉を漏らしていた。
(言葉の後半部分は勿論冗談である……かもしれいない)
1月2日から、エルグマド軍集団司令官は、全軍に警戒態勢を厳にせよと命ずると同時に、東部方面軍管轄下でも下していた命令……住民に対する暴行、
虐殺等を行った者は例外なく厳罰に処するという命令を、レスタン領駐留の全陸軍部隊のみならず、国内相管轄下にある国内相軍に対しても軍集団命令
という形で発した。
これには、国内相軍の幹部から批判の声が上がったが、エルグマドはそれに怯む事無く、逆に、司令部詰めかけた幹部の1人を命令無視の疑いで逮捕し、
一時的に拘束した。
こうして、西部方面軍管轄下で行われていた国内相軍主導のレジスタンス狩り(厳密にはそれを名目にした暴行、略奪である)は終息し、国内相軍の
各隊は、軍部隊の予備として補給路の警戒や、レスタン領総督府のあるレスタン領都ファルヴエイノ周辺の警備にへと移り、余った部隊は補給の都合上、
本国に戻されて行った。

「兵站参謀はまだ来ないのか?」
「は……もうそろそろ来る筈なのですが……」

ファイロク大佐は、時計の針を見ながらエルグマドに言う。
時間は午後1時5分を指している。会議の開始は午後1時からであるから、予定より5分程遅れている。

「兵站参謀がおらんと、肝心な事が決められんのだがなぁ……」

エルグマドは困った表情を浮かべる。
その時、会議室のドアが早いテンポで2度ノックされた後、勢い良く開かれた。

「遅くなって申し訳ありません!」

レスタン領軍集団の兵站参謀を務めるラッヘル・リンブ少佐は、しゃっちょこばった口調で謝意を述べてから、末席に座った。

「さて、人も揃った事だし、これより会議を開くとしよう。」

エルグマドは、リンブ兵站参謀が遅れた事を咎めぬまま、いつもの調子で会議を始めた。
ラッヘル・リンブ少佐は、元は補給部隊を率いて戦線を走り回っていた裏方の人間であったが、エルグマドは軍集団司令部に優秀な
補給将校を欲していたため、今年の1月1日付でレスタン領軍集団の兵站参謀に抜擢された。

「さて……まずは各部隊の補給についてだが……兵站参謀。報告してくれんかね?」

エルグマドは、最初に各隊の補給の状況を確認するため、リンブ少佐に声をかけた。

「はっ。それでは、ご説明いたします。」

リンブ少佐は、改まった口調で会議室に居る一同に説明を始めた。

「現在、軍集団指揮下にある9個軍のうち、南部の国境線に配備されている第14、16、17、18軍は、今の所、補給の滞りもなく、
各隊とも武器弾薬や、食糧も充分に行きわたっています。それから、第20軍並びに第29軍も同様に、必要物資は行き届いております。
問題は、レスタン領沿岸部、または、そのやや内陸に展開した第42、47軍並びに、第2親衛石甲軍です。」

リンブ少佐は、鞄に入れた書類を取り出し、紙に書かれている内容を声に出して読んで行く。

「沿岸部守備部隊である第42、第47軍は、物資の補給がやや滞っている模様です。」
「どうしてだね?」

ファイロク大佐がすかさず質問する。

「報告では、山岳地帯の補給路のいくつかが、雪崩で使用不能になったためとあります。現在、石甲師団所属の工兵部隊が復旧作業を行っています。」
「第42軍と47軍の状況はどうなっている?」
「はっ。事前に物資を蓄えていたお陰で、今の所、作戦行動には支障が無いとの事です。ですが、この悪天候に影響を受けているのは42軍と
47軍のみではありません。第2親衛石甲軍の方でも、少なからず影響が出ています。」

第2親衛石甲軍とは、海岸予備部隊である42軍と47軍の援護を行う事を目的に編成されたもので、本国より送られてきた第2、第3、
第4親衛石甲師団並びに、第12、第17石甲機動旅団と、第6、第13機動砲兵旅団で構成されている。第2、第3、第4親衛石甲師団
の前身は、本国軍で最精鋭を謳われてきた魔法騎士師団であり、残りの旅団も、本国や属国で秘密活動に当たるか、訓練を受けて来た特殊兵を
中心に編成されている。
第2石甲軍には、本国から新たに第5親衛石甲師団が配備される予定であったが、進路が積雪によって寸断されているため、予定では1月10日に
第2親衛石甲軍に合流する予定だったが、今では予定通りに合流する事が難しくなっていた。

「第2親衛軍に合流予定であった第5親衛石甲師団は、積雪で道が埋まっているためになかなか前進が出来ず、現状では1月14日頃に合流するのが
やっととの事です。それに加えて、この大雪で第2親衛軍各師団のキリラルブスや榴弾砲搭載のゴーレムを始めとする重機材に凍結等の不具合が
生じているため、整備班が修理しようとしても、修理用の予備部品が少ないため、遠からず内に、石甲師団所属の整備隊はキリラルブスの整備を
行う事すら出来なくなる、との報が、第2親衛軍司令部より伝えられています。」
「これは由々しき事態だな。」

エルグマドが顔を曇らせる。

「兵站参謀。やはり、この悪天候下では、補給隊を大規模に動かす事は出来ないかね?」
「閣下。正直申しまして、この天候ではまず、馬車隊や鉄道で物を運ぶ事は難しいです。馬車は、馬の事を気遣いながら動かさねば、遠からず馬が
死に、やがては荷台が引けなくなって物資を運ぶ事が出来ません。その反面、鉄道は魔道機関さえしっかりすれば後は楽ですが、それでも、線路の
状態が悪ければ動かせないのは同じです。」

リンブ少佐は、後ろに壁に張り付けてある地図を見る。

「第2親衛軍が展開しているトレファニラ平原は、連日の降雪で線路部分がほぼ雪で埋まっており。鉄道の警備隊が適度に除雪を行っていますが、
それでも、線路が雪に埋まり切るのを止めるのがやっとの状況と言われています。一部区間では、線路が雪に埋もれて見えないという知らせも
入っていますので、全区間の安全が確認されるまでは、鉄道による物資輸送もままならないでしょう。」
「雪が降り止むまで、待つしかないと、と言う事か。」

エルグマドは腕組をしながら、険しい表情を顔に浮かべる。

「第2親衛軍からは、あと1週間程は、整備部品の備蓄があるので、もうしばらくは大丈夫かと思います。」
「あと1週間か……連合軍の攻勢が近い今、この1週間が不気味なほど、長く感じるな。」

魔道参謀が忌々しげに呟いた。

「この1週間の間に、敵が侵攻作戦を開始する可能性がありますからなぁ。天候が回復した時が、一番危ないですな。」
「一応、馬ゾリ等を使って現地の部隊に補給を送る事も可能ですが……それでは輸送量も限られるので、やはり、天候回復後に鉄道や、陸路で
補給部隊を編成して、大量輸送したほうが効率は良いと、私は思っております。私からの報告は以上となります。」
「うむ。ひとまず、我が軍の補給状況についてはほぼ把握できた。」

エルグマドは、リンブ兵站参謀に軽く頷いてから、魔道参謀に顔を向ける。

「さて、次は敵情の方に話を持って行くとしよう。魔道参謀、何か分かった事は無いかね?」

魔道参謀のウィビンゲル・フーシュタル中佐は、軽く咳払いをしてから説明を始める。

「現在、前線の後方に潜んでいるスパイから送られた報告の中で、敵情に付いて新たに分かった事がいくつかあります。まず、1つめは、
連合軍の後方の航空基地に、輸送型飛空挺のスカイトレインが大挙集結中であり、同時に、歩兵部隊と思しき部隊も航空基地の周辺に
集まりつつあるとの情報です。」
「スカイトレインと多数の歩兵部隊……もしかして、敵は、エルネイル侵攻の時にやった手をまた使おうとしているのかな?」

エルグマドは、目を細めながら魔道参謀に言う。

「詳細は未だに分かりませんが……通常は、後方の航空基地に歩兵部隊を大挙集結させる必要はありませんから、閣下が今思われている
通り、敵はエルネイルの再現を狙っている可能性は高いと思われます。」
「エルネイルの再現……まさか、敵はまた、大規模な空挺作戦をやるつもりですか!?」

リンブ兵站参謀が、血相を変えながら言う。
彼は、今年の7月に前線の補給任務を終えて後方へ向かう途中に、アメリカ軍の空挺攻撃を目の当たりにしている。

捕虜になる事を恐れたリンブは、すぐさま補給隊を率いて、命からがら逃げ切る事が出来たが、彼は空挺作戦がどれほど有効的であり、
そして、恐ろしい物かを直に体験している。

「君は確か、エルネイルで実際に、敵の空挺部隊を見ていたな。」

魔道参謀はリンブに振り向いてから、声をかけた。

「はい。当時、敵が空から軍勢を送れる事を知らなかった私は、あれを見た瞬間信じられないと思いました。」
「敵が、空挺部隊と呼ばれる特殊師団を有している事はわしも知っておる。それが、今回の侵攻作戦でも使われるとなると……
対策が厄介になるのぅ。」
「敵が、空挺部隊を投入するとなれば、恐らく、我々が狙われて、痛手を受ける場所に部隊を降下させるでしょう。」

魔道参謀は喋りながら席を立ち、指示棒を持って壁に掲げられている地図を指す。

「現在。レスタン領軍集団は、4個軍を領境沿いに配置し、その後方に作戦予備である2個機動軍を置いています。西海岸には、海岸沿いに
2個軍並びに、作戦予備である1個機動軍を配置に付かせています。もし、敵の空挺部隊が降下地点を選ぶとすれば、まず、後方の増援部隊を
遮断出来る位置を選ぶでしょう。」

魔道参謀は、指示棒を領境沿いの部隊と、後方の2個機動軍の間にのばし、幾つかの地名を指示棒の先で指す。

「シェリンヘイム、ルィキンダイリ、タラキアバウゴ、レルヴェッチ、バイフェガスド、これらの地点は、領境の4個軍に増援を
送る過程で最も重要な位置にあり、そして、撤退時には大規模部隊も速やかに進軍できる交通の要衝です。西部方面は、シェリキ
ナ連峰が天然の要害となるため、敵も西部からは前進し難いですが、平野が続く東部方面は大軍の投入も容易です。従って、敵は
まず、東部方面に配置した4個軍を打ち破った後、一気にレスタン領に流れ込もうと考えるでしょう。そのためにはまず、この
4個軍を完全に打ち破らなければならない。その方法は、物資の豊富な米軍の事ですから幾らでもあるでしょうが、エルネイル戦の
戦訓を見る限りでは、先に述べた、5つもの要衝を抑え、領境沿いの軍に増援を送れぬようにしながら、4個軍を完膚なきまでに
叩き潰そうとするでしょう。」
「魔道参謀。その問題の空挺部隊とやらだが……敵はどれほどの規模を投入して来ると思うかね?断定では無く、大体の予想で構わん。」
「は……スパイからの報告では、各航空基地には100から200以上のスカイトレインが集結しているとあります。報告にあった
航空基地の数は、8ほどありましたから……少なめに見積もって700機以上。多めに見積もって1000機以上は集まっていると
思われます。この数は、前回のエルネイル戦で、敵が投入したスカイトレインの数とほぼ同等でありますから……敵が再び、1個軍団
規模の歩兵を戦線後方に降下させる可能性は十分にあると考えます。」

「1個軍団も………か。全く、敵も無茶しよる。」

エルグマドは、深いため息を吐いた。

「閣下。敵が降下地点に選ぶ場所は、何もこの5箇所だけに留まりません。」

作戦参謀が口を開く。

「西部方面は、領境沿いがシェリキナ連峰の山々に阻まれているため、地上部隊の進軍には確かに不向きです。ですが、シェリキナ連峰
から40ゼルド離れた北には、このレスタン領の首都であるファルヴエイノがあります。不運な事に、現在、シェリキナ連峰周辺に展開
していたワイバーン部隊は、先日の敵機動部隊との戦闘で戦力を大きく消耗しており、戦力が回復しきるのは、この天候が安定してから
1週間を予定すると言われています。敵が首都に空挺部隊を投入して来た場合、シェリキナ連峰周辺のワイバーン部隊は敵大編隊を阻止できず、
多数の敵兵が空から、ファルヴエイノに襲い掛かって来ます。」
「ファルヴエイノ市の駐屯部隊は、陸軍部隊が2個連隊と、国内相軍が3個旅団、12000名ほどしかおりません。そこに、1個軍団規模の
敵部隊が降下した場合、陸軍2個歩兵連隊と12000の国内相軍では到底支えきれず、あっという間に制圧されてしまうでしょう。
無論、市街戦に持ち込めば、多少なりとも時間は稼げるかもしれませんが、敵は当然、強力な航空支援も引き連れて来るでしょうから、
長くはもたないでしょう。」
「作戦参謀。それは余りにも悲観的すぎないかね?」

それまで黙って話を聞いていた主任参謀長のヴィルヒレ・レイフスコ中将が、顔に不快気な表情を浮かべながら作戦参謀に噛み付く。

「敵は空挺降下という特殊技能を身に付けた精鋭部隊だが、それでも歩兵部隊であることには変わりは無い。おまけに、敵は空から
やって来る以上、ロング・トムやらシャーマン戦車やらを持って来れる訳が無い。そんな状態で首都を攻め立てても、籠城した味方部隊が
圧倒的に有利ではないか。それ以前に、ほぼ軽装備ばかりの部隊で攻めても、補給切れで苦しみ、もたもたしている間に、急行して来た
第2親衛軍の石甲師団に蹂躙されるのが落ちだと思うが?」
「確かに、主任参謀長の言われる通りです。たとえ、強力な航空支援があれども、強く攻められるのは昼間に限られます。普通ならば、
こんな無謀とも思える作戦はやらないでしょう……ですが参謀長閣下。相手はあのアメリカ軍です。彼らなら、我々が出来ないと思う
事でも、強引にやり遂げようとします。」

作戦参謀の代わりに、魔道参謀が答える。

「私は先程、スパイの報告の中で新たな情報を知る事が出来たと申しました。これから、2つ目の情報をお教えします。」

フーシュタル中佐は、海軍から派遣された連絡将校と顔を見合わせた。

「2つ目の情報は、アメリカ海軍も陸軍部隊と呼応して、大規模な作戦を計画している、という物です。アメリカ海軍は、昨年の11月下旬
まで大規模な艦隊行動を控えていましたが、11月下旬からは、急速に戦力を回復させた敵機動部隊によって、我が軍は少なからぬ損害を
被っております。その敵機動部隊が、陸軍部隊と呼応してレスタン領は勿論の事、ヒーレリ領南部や中西部の沿岸を荒らし回る可能性は
非常に高いと言えます。」

彼はそう言い終えた後、視線を海軍士官に向けた。

「ここから先はフィリング中佐が説明を行います。」

海軍の連絡将校であるフィリング中佐は軽く頷くと、一同に顔を巡らせてから説明を始めた。

「昨日、海軍上層部から送られた報告では、アメリカ太平洋艦隊の根拠地並びに、ジャスオ領の沿岸部に、1週間前から多数の輸送艦艇が
入港しているとの情報が入っています。それに加え、2日前に正規空母らしき物を含む複数の大型高速艦艇が、マルヒナス運河を通って
ジャスオ領に向かったと言う情報も掴んでいます。」
「輸送艦艇の増援に、更なる大型高速艦艇の来援……か。フィリング中佐、まず、輸送艦艇の数に付いて、大まかでも良いから教えてくれんかね?」
「輸送艦艇の数は、推定で900隻以上が集まっていると予想されております。」
「900隻か。海軍としては、この輸送艦艇の増援の裏には、何かあると予想としているかね?」
「はい。これまでの戦訓を見る限り、敵は大規模な上陸作戦を計画しているのではないかと思われます。」
「大規模な上陸作戦……もしや、レスタン領に?」

作戦参謀がすかさず聞いて来る。

「その可能性は、極めて大かと思われます。」

フィリング中佐は、失礼しますと小声で呟きながら席を立ち、指示棒を借りて壁に掲げられている地図の一点を撫で回す。

「敵部隊は、このホウロナ諸島と、ジャスオ領南部沿岸の港に、輸送船を大挙集結させています。この輸送船に多数の兵員を乗せて、
この……レスタン領沿岸に上陸作戦を行う可能性は充分にあり得る事です。」
「フィリング中佐。敵は領境沿いからも攻めてくると予想される。それなのに、沿岸部からの侵攻も行えるほどの余分な兵力はあるのかね?」
「アメリカ陸軍には無いでしょう。ですが、アメリカ軍は陸軍の他にも、大規模な地上部隊を有する軍を有しております。」
「海兵隊……の事じゃな。」

エルグマドがすかさず聞いて来る。

「そうであります。閣下。」
「ふむ……わしが聞いた話によると、何でも、海兵隊は、敵地正面に対する強襲上陸作戦を最も得意としている部隊であると聞いている。
海兵隊の将兵の質は、場合によっては陸軍の将兵よりも上であり、アメリカ軍3軍の中では、最も勇敢な軍であるようだ。そのような軍を
使って、レスタン領沿岸の上陸作戦を開始しようとしている。海軍側は、そう予想しておるのだな?」
「その通りであります。」

フィリング中佐は即答した。

「この上陸船団もかなりの脅威ですが、もう1つ、敵機動部隊という厄介な敵がおります。」

フィリング中佐は、再びホウロナ諸島の周辺を指示棒の先で撫でる。

「ホウロナ諸島には現在、敵機動部隊の一部が停泊しており、残りはジャスオ領南部沿岸にて休養を取っております。先程、私は
正規空母を含む大型高速艦艇が、アメリカ本土より来援して来たと申しましたが、海軍情報部の分析では、この大型高速艦艇群は
正規空母と戦艦を含み、数は空母が最低で2隻。多くて4隻程度。戦艦が2隻ないし3隻程度であると判断しています。これらの
増援部隊も、近日中には敵機動部隊の本隊に加わる物と思われます。」
「数隻の空母を含む増援部隊が加わったとなると……フィリング中佐。アメリカ海軍は、20隻以上もの高速空母を有する事になるが……
これだけの大機動部隊相手に、海軍は主力の第4機動艦隊で対応できるかね?」
「エルグマド閣下。正直申しまして、海軍上層部では、第4機動艦隊のみで戦うには荷が重いと判断しております。」

「第4機動艦隊も、確か竜母を18隻も揃えている筈ですが……それでも不利なのですか?」

リンブ兵站参謀が質問する。

「不利です。第一、我が方の竜母と、米正規空母の搭載騎数が違います。我が方の竜母は、ようやくワイバーンを102騎搭載できる
プルパグント級を完成させ、戦列に加える事が出来ましたが、正規竜母の内、殆どは搭載ワイバーンが92騎程度のホロウレイグ級で、
残る正規竜母1隻は、搭載ワイバーンが76騎のモルクドです。正規竜母は総計で8隻。小型竜母は10隻ですが、アメリカ機動部隊は、
搭載機数が100機以上を誇るエセックス級空母が主力であり、その他にもレビリンイクル沖海戦で生き残ったレキシントン級空母の
生き残りも約90機。ヨークタウン級空母は94、5機は積めます。更に、増援の高速艦艇に、最低でもエセックス級正規空母は2隻程
含まれているかも知れませんから、敵は正規空母14隻か、16隻。小型空母5隻、場合によっては7、8隻を有していると思われます。」
「敵の保有する空母が……“最低”でも20隻以上とは……レビリンイクル沖の戦果とは、一体何だったのか、と思えるような数だな。」

エルグマドが険しい顔つきを浮かべながら、そう独語する。

「あの海戦の戦果を知らされた時には、空母を5隻も撃沈出来た事に誰もが小躍りした物だったが……フィリング中佐の説明を聞く限り、
アメリカにとっては、容易に回復可能な損害だったのでしょうな。」

リンブ兵站参謀が、絶望すら感じさせる口調で呟いた。

「敵空母の数がここまで多くなった理由としては、敵の国力が余りにも強大である事も上げられますが、それとは別に、マオンド戦線の
終結という事も原因の1つであると考えられます。」

フィリング中佐は、先程と変わらぬ事務的な……エルグマドからは、まるで生気の無い口調で説明を続ける。

「アメリカ軍は、マオンド戦の勝利によって、少なからぬ数の予備兵力を生み出す事に成功しました。敵機動部隊の急速な戦力増強も、
マオンド戦線に居た兵力を回せているからでしょう。」
「うむ。マオンドが破れたのは我々にとっても、大きな痛手であったな。」

エルグマドは気難しい顔でフィリング中佐に言う。

「マオンドが降伏したという知らせを聞かされた首都では、同盟国がこうもあっさりと敗れ去るとは思っておらぬ奴が多数居たようで、
相当な混乱が生じたようだ。我が陸軍の上層部でも、敵がこの勢いに乗じて、大攻勢を開始するかも知れぬと判断し、わしらの軍にも
敵の攻勢に警戒せよと大慌てで命じてきたほどだからな。」
「私も、当時の首都の混乱ぶりは存じております。」

フィリング中佐は頷きながらエルグマドに言う。

「マオンド共和国を崩壊に陥れた敵の尖兵である米機動部隊は、余りにも強大な戦力を有している。そいつらは近々実施される侵攻に乗じて、
レスタン領沿岸部にやって来るかも知れん。その時、中佐も属している海軍も、敵と一戦交えなければならんだろうが……海軍側としては一応、
策は考えていたようだ。中佐、その内容を、改めて説明して貰いたいのだが。」
「はい。」

フィリング中佐は頷いてから、説明を始める。

「米機動部隊を主力とする敵艦隊を撃滅するには、1にも2にも、まず航空戦力が必要となります。我が第4機動艦隊は、先日の戦力増強の
お陰で、航空兵力が1000ほどになっております。それに加えて、陸軍のワイバーン隊も、敵機動部隊撃滅のために、本国から14個空中
騎士隊、約1300騎のワイバーンを送るほか、レスタン領駐屯のワイバーン隊も6個が協力してくれる手筈になっております。海軍の作戦案
としては、まず、敵の上陸船団がレスタン領沿岸部に接近し、上陸を開始した後、敵船団撃滅のために第4機動艦隊は出撃し、敵機動部隊が
いれば、まずこれを陸軍のワイバーン隊と共同して叩きます。敵機動部隊と航空部隊が戦闘を繰り広げている間、ワイバーン隊のうち4、
または5個空中騎士隊は上陸船団の攻撃を行わせ、出来るだけ敵船団に打撃を与えていきます。そして、敵機動部隊を打ち破った後は、
戦艦部隊を始めとする打撃艦隊を編成し、急速に敵船団に接近して、これを撃破し、後は海岸部の上陸した多数の敵兵を捕虜にします。これが、
海軍が計画した作戦の大まかな内容です。」
「フィリング中佐……以前、その話を聞かされた時、少しばかり気になっていたのだが………」

エルグマドは、眉間にしわを寄せながらフィリングに聞く。

「海軍側の作戦案は確かに興味をそそられる物があるが……海軍上層部は何か見落としているのではないのかね?」
「見落としている……と申しますと?」
「敵船団の事だよ。」

エルグマドは、教え子を教育する先生のような口調で言う。

「空母や戦艦が居るのは、何も敵機動部隊だけではないと思うのだが。」
「船団に張り付いている小型空母と、戦艦部隊の事ですな?」
「そうだ。」

エルグマドは頷く。

「先程、君は戦艦部隊を編成して輸送船団に突っ込ませると言っていたが、そうすれば、当然、敵の戦艦部隊や小型空母とも戦わねばならん。
敵機動部隊との決戦で戦力を消耗している第4機動艦隊は、それらを打ち破る事は出来るのかね?」
「戦艦部隊の突入は、航空攻撃を受ける比率が少ない夜間を想定しております。それに加え、昼間は陸軍のワイバーン隊と共同して敵の
小型空母を集中的に攻撃して行く予定でありますので、敵の航空攻撃はある程度抑えられるかと思われます。」
「なるほど……しかし、何故、敵をわざわざ上陸させてから攻撃に移るのだね?」
「私も、詳しくは知らされていないのですが……」
「この作戦は確か、海軍の上層部辺りが考えたようだが。」
「私もそう聞いておりますが、ある筋の情報によりますと、この作戦案の元は、海軍上層部よりも上の所から伝えられた、ある提案のようです。」

エルグマドは、フィリング中佐の言葉を心中で反芻しながら、その上の所に居る人物の顔を思い浮かべる。

「……まさか、海岸に上陸した海兵隊を孤立させ、そのまま“人質”にしようと、上層部は考えておるのかね?」
「正直申しまして、そこの所に関しましては、私からは何とも……」

それまで、冷静に答えを返していたフィリング中佐だったが、この話は本人にはわからぬ様であり、完全に押し黙ってしまった。

「おっと……君の立場では、このような事は分からなかったか。いやはや、訳のわからぬ事を聞いてしまって申し訳ない。」

エルグマドは、すまなさそうに頭を下げた。

「いえ、閣下。私も幾らか不勉強な部分があったようです。」

「中佐。ひとまず、本国の上層部では、そのように作戦を進めると決めておるのだな?」

レイフスコ中将が再度の確認をとばかりに、フィリング中佐に聞く。

「はい。」
「ふむ……それならば良いが……しかし、敵に損害を与えるのならば、わざわざ上陸させるより、それ以前に捕捉して海空同時攻撃で
船諸共、敵兵を海底に叩き込んでしまえばよかろうに……」
「主任参謀長の言う通りだな。」

エルグマドが我が意を得たとばかりに頷く。

「だが……本国の連中は、それでは納得できぬと判断して、敵を追い返すどころか、一応は上陸させ、孤立させ……敵にその窮状を
見せしめようと考えているのかな……再度の交渉を行わせる為の布石として。」
「軍司令官閣下……」

レイフスコ中将が困惑した顔を浮かべながら、エルグマドを見つめる。
いつしか、レイフスコのみならず、会議室に居た幕僚全員が、エルグマドに対して困惑したような表情を露わしていた。
エルグマドは、幕僚達が呆気にとられた顔をしている事に気付き、豪快に笑い飛ばした。

「ハッハッハッ!いやはや、また変な事を言ってしまったようだな。申し訳居ない。気にするな。ただのしがない老兵の戯言だ。
おい、主任参謀長。」
「はっ。何でしょうか?」
「昨日、本国の司令部から、敵の侵攻部隊が襲来した時は、全軍を挙げてこれを迎撃せよとの指示があったな?」
「はい。そのように。」

エルグマドは深く頷く。

「敵がどんな手を使うかは、本番になってからでないとわからんが……とにもかくも、我々は敵を全力で叩く事を考えるだけで良い。
クリストロルゼ作戦で、我が軍の石甲師団でも、米軍の機甲師団にまだまだ対抗できる事が証明されている。ここは、本国の思惑
なぞ気にせず、派手にやろう。」

彼が発したその一言で、幕僚達の表情も幾らか緩んだ。

「ところでフィリング中佐。」

レイフスコ中将が、やや間を開けてからフィリング中佐に再び声をかけた。

「海軍の機動部隊は、敵が侵攻して来た時、どれぐらいの時間で作戦海域に到達できるかね?」
「はっ……現在、第4機動艦隊、並びに第2艦隊は、ヒレリイスルィにて待機しております。もし敵船団の上陸作戦行われれば、
遅くても3日以内には敵艦隊と戦闘に入れるようです。」
「3日か……海岸付近の守備隊はその間、決められた戦線を維持できるかな……」
「主任参謀長閣下。元々、レスタン領で大規模部隊が上陸できる海岸は、首都ファルヴエイノより60ゼルド西方にあるレーミア海岸
ぐらいしかありません。他はいずれも浜が小さいか、断崖絶壁で上陸には適しません。そして、我々はレーミア地方の付近に大軍を配
していますし、海岸からやや北西に離れた場所には、レーミア城もあります。レーミア城は古来に作られた城ながら、かなり特殊な作り
となっているので砲兵の弾着観測所として有効に機能しており、敵の上陸部隊がやってくれば、砲兵の弾幕射撃で前進を阻止……または
送らせる事が可能です。最悪の事態に至ったとしても、レーミア付近の戦線は最低、1週間は保てると思われますが……この1週間
という数字は、あくまで、味方の航空支援が有効に機能した場合の話です。敵が想定を上回る数の兵力や、作戦を用いた時は、戦線の
保持は困難になるでしょう。」
「先の話に出てきた1個軍団規模の空挺部隊ですが……敵がレーミア海岸への上陸作戦と呼応して、ファルヴエイノに空挺部隊を降下
させると言う事をやらないとも限りません。」

魔道参謀が口を挟んだ。

「そのような事態にも備えて、海岸部の作戦予備である第2親衛軍は、レーミア海岸とファルヴエイノにも展開できるような形で、
配置し直すのが得策かと思われます。」
「ふむ……魔道参謀の言う通りだな。」

レイフスコ中将は納得する。

「閣下。第2親衛軍は、海岸部とファルヴエイノの中間地点に配してはどうでしょうか?距離は、現在の配備地点より遠くなりますが、
快速機動の出来る機動軍団ならば、事が発生しても両地点に急行できます。」

「いや、それはいかん。」

エルグマドの反応は早かった。

「敵の空挺部隊が、その第2親衛軍を足止めする行動に出ないとも限らんぞ。エルネイルの戦いでは、装備も比較的整っていた味方の
石甲部隊が見事に足止めを食らい、反撃に失敗している。敵の航空攻撃も恐ろしいが、何よりも一番恐ろしいのは、進撃路や退却路を、
いきなり表れた有力な敵部隊に遮断される事だ。爆撃は一過性の物だが、空挺攻撃は、一応敵も不利な状況にあるとはいえ、その分
持続期間が長い。これを排除するには、圧倒的な攻撃力によって一気に押し切るしかない。そのため、予備兵力である第2親衛軍を、
現在の配置場所から動かす事は得策ではない。」
「しかし閣下……海岸方面ばかりに兵力を集中していては、手薄な首都を敵に奪われかねません。」

作戦参謀が尚も食い下がる。

「ここは、均等に兵力を振り分けた方が良いかと……」
「ふぅむ。それも手ではある。が……わしとしては、それはなるべく、控えたいのだ。」
「閣下……では、何か腹案をお持ちなのでしょうか?」

作戦参謀の問いに、エルグマドはすぐには答えなかった。
2分ほど黙考してから、彼は急に、リンブ兵站参謀に顔を向ける。

「兵站参謀。確か、この悪天候は1月の中旬あたりまで続くと言ったな?」
「はい。天候が早く回復したとしても、12日までは同じような状況が続くと見て良いでしょう。」
「このような天候での補給は、確か、馬橇を使った物以外はほぼ効果は無いと、君は言ってたな。」
「そうであります。最も、あちこちから余剰の馬橇を集めれば、それなりに纏まった物資を送る事は出来ますが……」
「その馬橇を使って、本国内に居る兵力を輸送できんか?」

エルグマドの発言に、幕僚達は一様に驚いた表情を浮かべる。

「閣下……それは本気でいっておられるのですか?」

「わしが寝言を言っておるとでも思ったかね。」

エルグマドはニヤリと笑みを浮かべた。

「首都の防衛部隊が少ないのならば、その数を増やさなければならん。だが、敵の侵攻が近いうえ、天候が悪いのでは兵力の
大規模輸送は夢のまた夢……しかし、兵力を送れる手段が無い訳では無い。ならば、それを使ってみようとは思わんかね?」
「なるほど……確かに良い案ではあります。ですが、閣下の策を実行し、余剰の馬橇を集めたとしても、通行の安全上、一時に
送れる兵力はかなり少ないと思われます。」
「兵站参謀。どれぐらい遅れると思うかね?」
「は………今、本国南部にある余剰の馬橇が400程あると言われていますが、実数はその7割ぐらいです。いや、7割もあれば
御の字と言ってもいいでしょう。実際に集まる数は、5割ほどかと。」
「で、馬橇の荷台には何人乗れる?」
「6人が限度でしょう。無理をすれば10人は行けますが、それでは馬が疲労ですぐに使えなくなります。」
「余裕を持って6人か……うむ。それで良いだろう。」

エルグマドは2、2度頷いてから、魔道参謀に顔を向ける。

「魔道参謀。すぐに本国の上層部に、兵力増強の要請を送れ。大至急だ。」
「わかりました。ですが閣下、本国の司令部は許可するでしょうか?」
「心配はいらん。兵站参謀は輸送手段があると言っておるのだ。ちゃんと理由を付ければ、本国の連中も納得するだろう。」

エルグマドは微笑しながら言った。

「あ奴らも軍人だ。これ以上、領土が取られていくのを黙って見過ごす程、お人好しでは無いだろう。どのような文で送るかは君に任せる。」
「わかりました、至急、文面の作成に移ります。」

魔道参謀はそう言った後、魔法通信を送るため、一旦会議室から退出していった。

会議は、開始から1時間程が経って、ようやく大詰めを迎えようとしていた。

「うむ。今度の迎撃作戦は、今日の会議で決めたように進めて行こう。諸君、他に何か問題点はあるかね?」

エルグマドは、新たな問題点が起きていないか確認するため、幕僚達の顔を見回した。
作戦参謀が手を上げた。

「何かね?作戦参謀。」
「閣下。対敵機動部隊、並びに上陸船団用に編成された増援の航空部隊に付いてですが、確か、増援部隊は約半数が、実戦経験の無い
ワイバーン隊や飛空挺隊のようです。彼らの大半は、未だにヒーレリ領におります。今までの話では、航空部隊は天候の回復した後から
丸1日を置いた後に、レスタン領に送られるという話でしたが……ここは予定を早めて、天候回復直後にレスタン領に展開させて貰う
事にしてはどうでしょうか。」
「何故かね?」
「敵機動部隊との戦闘に巻き込まれる危険性が高いからです。」
「作戦参謀。敵機動部隊は、ヒーレリ領の航空隊が担当する筈だ。レスタン領の受け持ち部隊になる予定の増援部隊は、ヒーレリ領の
部隊と共に行動する事は無いだろうから、別に心配する必要は無いと思うが。」
「は……通達としてはそう伝えられています。しかし、私にはどうも、気になって仕方が無いのです。」
「気になって、だと?君、まさか勘で増援の航空部隊が危ないと言っておるのではないだろうな?」
「……申し訳ありません。」

作戦参謀は、主任参謀長を論破する事が出来ず、仕方なしに頷いた。

「まぁ……作戦参謀の心配も当然だ。今は非常時である。唐突に命令が変更になって、増援部隊がヒーレリの防空戦に駆り出される事も
考えられん事では無い。だが、あの部隊はレビリンイクル沖海戦の時に集められた部隊と同様の扱いを受けていると聞いている。いわば、
この決戦の為に用意された主力だ。ヒーレリ領のワイバーン隊の指揮官も、その辺はしっかり理解している。無論、防空戦には仕方なしに
参加するだろうが、敵機動部隊の攻撃を行ったりはせんだろう。」

エルグマドは、やんわりとした口調で作戦参謀に言った。

「だから、今は心配する必要は無い。我々は、この増援部隊を使って、第4機動艦隊をどう援護できるか考えるだけで良い。」
「はい。確かにその通りであります。浅はかな事を申し上げてしまい、本当に申し訳ありません。」

作戦参謀は、自らを恥じながら、エルグマドと主任参謀長に、頭を下げた。

「なに、勘が良いのは優秀な軍人の証しだ。別に謝らんでもよろしい。さて。ひとまず会議はお開きにしよう。」

エルグマドは、改まった口調でそう言い放つ。

「任務は1時間ほど休止と行こう。その後は、2、3人わしに付いて来てくれ。」
「閣下……どちらに行かれるのですか?」

リンブ兵站参謀の問いに、エルグマドはにやりと笑いながら答える。

「ちょいとばかり、第2親衛軍司令部へ挨拶に行く。兵站参謀、君も勉強がてらに、わしに付いて来たまえ。」


1484年(1945年)1月10日 午前8時 ジャスオ領南部クワティバ

ジャスオ領南部にあるクワティバ港は、解放後に連合軍の後方拠点として順調に復興を遂げつつあった。
解放前は、人口の少ない寒村であったが、連合軍の船舶が入港し、補給物資を荷揚げするために皆を使用し始めてからは人が徐々に増え続け、
今では、ジャスオ領第1の港町とまで言われた時の人口に戻っていた。
そんな港町クワティバに、第5艦隊の主力である、第58任務部隊の空母群が入港したのは1月3日の事であった。
第5艦隊旗艦である巡洋戦艦アラスカの作戦室では、第5艦隊司令長官であるレイモント・スプルーアンス大将を始めとする司令部幕僚と、
船団司令官であるリッチモンド・ターナー中将、第58任務部隊司令官であるマーク・ミッチャー中将、第5水陸両用軍司令官である
ホーランド・スミス中将等の錚々たる顔ぶれが集まり、今度の作戦に関する最後の会議を開いていた。

「……以上が、本作戦における我が第5艦隊、第5水陸両用軍、並びに、カレアント軍第2機械化軍団の役割となっております。」

第5艦隊参謀長を務めるカール・ムーア少将は、余り広いとは言えない会議室に居る将星達の顔を見回しながら、自らの説明を終えた。

「しかし……今回もまた、思い切って奮発した物ですなぁ。」

猫耳の童顔といった特徴のあるカレアント軍の将官が、感嘆したような口ぶりで言う。
カレアント軍第2機械化軍団の司令官ルフィスト・ルミクトロフ中将の言葉に反応したホーランド・スミス中将が苦笑する。

「そりゃあそうでしょうな。何しろ、これの前の作戦案が、大それた謳い文句の割には、余りにも酷く、戦力も少なかったんですからなぁ。
あれと比べれば、奮発しまくりで、私自身怖いぐらいですよ。」

スミス中将の言葉を聞いた第1機械化騎兵師団司令官(昨年12月に師団に昇格した)、ファメル・ヴォルベルク少将も微笑しながら言う。

「スミス閣下の言われる通りです。でも、閣下としては同時に、嬉しくもあるのではありませんか?」
「ほほう。流石はカレアント軍の中でも勇猛と謳われるファメル閣下だ。私が考えている事はお見通しか。」
「長い間、戦士として戦って来ましたから、それぐらいは当然ですよ。」
「ハハハ!こりゃ参った物だ!」

スミスの笑い声に吊られて、会議室の一同も頬を緩ませた。

レスタン領進行作戦が計画され始めたのは、今年の9月に入ってからの事である。
最初の作戦計画が出来上がったのは10月初めの頃であり、この計画は、元イギリス軍将校であったフレデリック・ブラウニング少将を始め
とするアメリカ陸軍空挺軍作戦課や、陸軍省の軍人達によって立案された。
だが、この作戦案は、米陸軍内で議論を巻き起こした。
この時作成された作戦計画では、まず、レスタン領の首都であるファルヴエイノの攻略が主目標とされており、作戦参加部隊は、第10空挺群団の
2個空挺師団並びに1個空挺旅団と、第4、第6、第8軍、並びに、ジャスオ領に展開を終えた第5航空軍となっていた。
作戦計画は、首都ファルヴエイノに通じる2つの街道の要衝(橋も含む)を、第10空挺軍団でもって制圧し、維持している間に、第4、第6軍の
前進部隊が敵を駆逐しながら進撃し、作戦開始プラス3日までに首都ファルヴエイノを攻略すると言う物であり、空挺部隊の拠点制圧力と、機甲師団の
突破力を使って、一気にレスタン領を解放しようと言う物であった。
だが、この作戦計画には粗が多かった。

第1に、この計画では、国境線から190キロ北にあるファルヴエイノを攻略するという手筈になっていたが、ファルヴエイノと国境線の間には
シェリキナ連峰が立ちはだかっており、シェリキナ連峰を貫通する形で開かれている街道も狭く、敵の攻撃を受けた場合は容易に前進がストップ
する可能性が高かった。
第2に、空挺部隊は制圧予定の5つの要衝に展開する予定であったが、当時、米軍部隊は、レスタン領の各地に石甲師団と思しき部隊が多数存在
している事を確認していたため、空挺部隊が機甲師団の到着までに、石甲師団を含むシホールアンル軍の反撃の前に屈する可能性が極めて高いばかりか、
前進部隊さえも反撃で押し戻される懸念も強かった。
そして、最も重要な問題は制空権の確保であり、この計画案では、事前に大規模な空爆や、戦闘機隊でワイバーン、飛空挺の掃討を行う等の航空作戦も
入れられていたが、レスタン領はシホールアンル本国に近いため、敵に航空兵力を集中された場合、第5航空軍のみでは敵の迎撃や、航空支援に対応
しきれぬ場合が多々あると判断された。
最終的に、作戦の初歩とも言うべき制空権の確保が、完全に出来ない以上、この兵力では空挺部隊を送り込んでも危険であると言われた。
しかし、ブラウニング少将や、戦争終結を早めたいと思う一部の軍人は尚も諦めず、この作戦が成功した時の効果を広く知らしめ、作戦実行を強く推奨する
動きをあちこちで起こした。
この事は戦争の早期終結を公言する一部議員の耳にも入り、彼らは密かに、しかし、強力かつ、執拗に作戦の遂行を推し進めようとしていた。
もし、この作戦が認められた場合、11月初めには進行作戦が実行される予定であった。
彼らは、作戦が失敗した時に、どのような惨事が起きるかを知った上で、戦争の早期終結という名目を最大限に利用しようとし、しまいには
クリスマスまでに事を終わらせる、と言う謳い文句まで声高に発していた。
だが、北大陸派遣軍総司令官であるドワイト・アイゼンハワーはこの動きを警戒していたが、推進派の軍人は勿論の事、一部の議員や財界の大物
(噂ではハワード・ヒューズも絡んでいたと言われている)が水面下とはいえ、盛んに活動している中では、有用な対抗案を出す暇はないと思われていた。
だが、10月初旬に行われた定期会談で、太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将に相談した所から、事態は変わり始めた。
ニミッツは当時、アイゼンハワーの悩みの種ともなっていたレスタン領進行作戦の実行計画に、幾つもの重大な問題点を抱えていると相談を受けた後、
にべもなくこう言った。

「これでは、兵力の“小出し”そのものだ。ここは陸軍のみならず、海軍や海兵隊も参加させてはどうかな?」

本来ならば、これは陸軍のみならず、海軍にも戦果を上げさせろと言わんばかりの言葉だ。
傍目から見れば、海軍と陸軍の功名争いが勃発したと思われても仕方がない物言いである。
しかし、この時期、アメリカ各軍の仲はかなり良好であった。
特に北大陸戦線の陸海軍将兵は、陸軍、海軍という隔たりが無くなり、合衆国軍として完全に纏まっていた。
この鶴の一声ならぬ、ニミッツの一声ががきっかけとなり、アイゼンハワーは至急、海軍や海兵隊と共同で、ブラウニング案の対抗案を作成させた。

そして10月10日。遂にその対抗案が完成した。

ブラウニング案の“改良案”として作成されたこの案は、名前こそ改良案であるものの、中身はまるで別物であった。
まず、作戦参加部隊であるが、ブラウニング案では第10空挺軍団並びに陸軍第4、第6、第8軍、第5航空軍となっていた。
これだけでもかなりの大兵力だが、改良案はこれに加えて、ブラッドリー将軍の率いる第1軍とパットン将軍の率いる第3軍が加わり、航空部隊も
第3航空軍が新たに加えられている。
参加部隊に加わった地上部隊は米軍のみに留まらず、バルランド軍第62軍とミスリアル軍第1軍も加わっていた。
参加部隊は陸軍だけに留まらず、海軍と海兵隊にも及んでおり、海軍は太平洋艦隊の主力である第5艦隊を丸々投入するばかりか、海兵隊も
第1海兵師団を始め、練成が完了したばかりの第6海兵師団も投入する事が決まり、更にカレアント側からも機甲戦力として、先のエルネイル戦
で大活躍した第2機械化軍団も加わる事なった。

また、作戦案も完全に異なっていた。

ブラウニング案では、レスタン領首都ファルヴエイノ攻略が主目標となっていたが、対抗案ではレスタン領に駐留するシホールアンル野戦軍の
撃滅となっており、ブラウニング案よりも遥かに攻撃的な内容に変わっていた。
統合参謀本部は、10月20日に会議を行い、次のレスタン領進行作戦は、アイゼンハワー司令部が作成した計画案で行くと決定し、
ブラウニング案はお蔵入りとなってしまった。
作戦開始は当初、12月中旬を予定していたが、それまでに戦備が整わないとの指摘があったため、開始は45年1月下旬に変更された。
最終的にこの作戦は了承され、連合軍は速やかに準備を整えた。
この作戦名は後にマーケット・ガーデンというコードネームが付けられた、陸海軍、海兵隊、南大陸連合軍の各首脳に伝えられた。
当初は、アメリカ陸軍のみ(空挺部隊には、実質的に自由レスタン軍とも言うべき115空挺旅団も含まれていたが)で行われる筈であったこの
作戦は、今や陸軍のみならず、太平洋艦隊の主力でもある高速空母部隊や海兵隊、そして米軍以外の連合軍部隊も大挙参加すると言う、
エルネイル上陸作戦以来の一大作戦となり、参加兵員は後方支援要員も含め、実に100万名以上にも膨れ上がった。
去る1月9日。連合軍は、ジャスオ領のフィグムミントで、マーケット・ガーデン作戦に関する最後の会議を行った。
この会議には、第5艦隊司令長官であるレイモンド・スプルーアンス大将と、チェスター・ニミッツ太平洋艦隊司令長官も出席し、各国の
軍司令官や、陸軍の指揮官達と意見を戦わせて来た。
この作戦で、陸軍側が主体となって行うレスタン領中部並びに東部への進行作戦はガーデン作戦と名付けられ、太平洋艦隊と海兵隊が主体と
なる大規模上陸作戦はマーケット作戦と呼ばれた。
陸軍が主体となるガーデン作戦の統括指揮はアイゼンハワーが執る事になっている。

その一方で、マーケット作戦の指揮官には、第5艦隊司令長官でもあるスプルーアンスが任ぜられ、第5艦隊は、輸送船団の護衛と上陸作戦の
支援、来襲せる敵航空部隊の排除、並びに、反撃を行うであろう、シホールアンル海軍の撃退という任務が与えられていた。

「作戦の概要は、参謀長の説明した通りとなります。」

イスに座っていたスプルーアンスが、怜悧な口調でそう言い放つ。
笑い声でざわめいていた会議室は、彼の一言で急に静かになった。

「陸軍が主体となるガーデン作戦は、1月21日に始まります。それと呼応して、第5水陸両用軍並びに、第2機械化軍団の上陸作戦も21日の
早朝より開始されます。その前準備として、第5艦隊の主力である第58任務部隊は1月12日に出港し、15日にはヒーレリ領の主要な基地を、
艦載機を用いて爆撃します。」

スプルーアンスは、機動部隊指揮官であるミッチャー中将に視線を向ける。

「TF58の状況はどうなっている?」
「はっ。現在、TF58は、消耗した艦載機の補充を済ませ、兵員の休養と艦の補給に当たっております。明日までには出撃準備は完了します。」

第58任務部隊は、1月8日にエセックス級空母の最新鋭艦であるヴァリー・フォージと、大西洋艦隊より回されて来た空母ハンコック、
レンジャーⅡ、ノーフォーク、巡洋戦艦コンスティチューションとトライデント以下、多数の高速艦艇を受け取っており、昨日までに大西洋艦隊の
増援艦艇を中心に編成されたTG58.5を含め、多数の高速空母を保有している。
TF58は6つの任務群に別れており、そのうち5つは高速空母部隊として、最後の1つは水上戦闘専門の即応打撃部隊として編成されている。
TF58は、6つの任務群でもって作戦開始前に再びヒーレリ領沿岸のシホールアンル軍基地を爆撃する事となっている。

「敵基地に対する航空攻撃は、予定通り行えます。」
「よろしい。続いて、TF54の状況を聞こう。」

スプルーアンスの言葉を聞いた第54任務部隊司令官であるトーマス・キンケイド中将は軽く一礼してから、指揮下の部隊について説明を始めた。

「地上支援部隊であるTG54.1は、砲弾の積み込み作業並びに燃料の補給を終え、後は消耗品の積み込みが終わるだけとなっています。
護衛空母で編成されるTG54.2からTG54.7の6個護衛空母群もTG54.1と同様です。」

TF54は、輸送船団の護衛と地上への直接支援を主任務とする艦隊である。
TG54.1は旧式戦艦7隻を主力とする部隊で、TG54.2から、TG54.7の6個任務群は、それぞれが護衛空母6隻ずつを主力とする艦隊である。
6個護衛空母群のうち、キトカン・ベイ級空母3隻、サンガモン級空母3隻で編成されているTG54.7はTF58の艦載機補充部隊となっている。
スプルーアンスは頷いてから、目の前の席に座っている船団指揮官のターナー中将に顔を振り向ける。

「TF53の状況はどうかな?」
「現在、各船団指揮官との最終的な打ち合わせも終え、後は兵員の乗り組みを行うのみとなっております。乗り組みは明日午前7時からを予定しております。
今頃、港の海兵隊員達は、同盟国の勇士たちと共に、近くの浜辺でビーチパーティーに興じている頃でしょう。」
「こんな、曇り空の寒い中でかね?」

スプルーアンスがすかさず聞く。

「屈強なマリーンと寒さに強いカレアントの勇士たちです。彼らなら戦勝の前祝いとしてやってもおかしくないですよ。それに加えて、
正午前からは天気は晴れに変わるそうですよ。」

不意に、スプルーアンスはヴォルベルク少将に視線を向ける。彼女はターナーの言葉を聞いて、苦笑いを浮かべていた。
(あの様子では、既にパーティー自体が催されているようだな。浜辺ではTF58のパイロットも暇を潰していると聞いているから、さぞかし盛況な宴に
なるかもしれんな)
スプルーアンスは、脳裏に宴を楽しむパイロットと海兵隊員、カレアント兵達を思い浮かべながら、心中でそう呟いた。

「今の所、物事は順調に推移しているようだな。」
「マーケット作戦の準備に関しては、全て順調に進んでいます。陸軍主体のガーデン作戦でも、部隊が着々と攻勢発起地点に集結しているようです。」
「問題といえば、レスタン領やヒーレリ領の天候がいつ回復するか、ですな。」

作戦参謀のジュスタス・フォレステル大佐が発言する。

「マーケット作戦実施部隊は予定通り出港しますが、レスタン領やヒーレリ領の天候回復が遅い場合、その分だけ、上陸予定地点の
レーミア海岸に対する事前攻撃が出来なくなります。また、機動部隊によるヒーレリ領攻撃も遅くなるため、艦隊の接近を察知した
シホールアンル側がいち早く、航空戦力を内陸に避退させる恐れがあります。」

「ヒーレリ領の攻撃開始が1月15日。レーミア沿岸の攻撃開始が18日からとなっているが……天候によっては多少ずれてしまうか。」
「上陸作戦は、予定通り21日に始まりますが、事前攻撃で、出来るだけ多くの敵施設を破壊しなければ、その分だけ上陸する海兵隊や
カレアント軍の損害が大きくなります。最悪の場合は、リー提督指揮下の第6任務群を先に突入させ、海岸付近の主要な防御火砲を破壊する
事も考えなければなりません。」
「ふむ……アイオワ級戦艦2隻を含むTG58.6の攻撃力は確かに絶大だが、我々も敵に何度も煮え湯を飲まされている。TG58.6の
投入も慎重に考えなければいけないな。」

スプルーアンスは、感情を感じさせぬ声音でフォレステル大佐に言った。

「とにかく、今は、天候の回復が予定通りに行く事を祈らなければなりませんが……」

TF58司令官のミッチャーが口を開く。

「状況次第では、TG58.2を切り離して、陸軍と共同で夜間爆撃を行う手も考えなければなりません。」

ミッチャーは、TG58.2の編成図を思い浮かべながら、スプルーアンスに進言した。
TF58は現在、クワティバにTG58.1、58.2、58.3を、ファスコド島にTG58.4、58.5、58、6を停泊させている。
TG58.2は、ヨークタウン級空母3隻を主力に編成された機動部隊であるが、開戦以来の空母であるヨークタウン3姉妹には、未だに
多数のベテランパイロットが乗り組んでおり、繰り出せる夜間攻撃隊の数も、TF58の空母群の中では一番多い。
ミッチャーは、状況次第では、このTG58.2を切り離してレーミア海岸の夜間攻撃を行わせようと考えていた。

「ミッチャーの言う通りだが、ヒーレリ領攻撃には、1隻でも多くの空母が必要になる。しかし、君の提案も検討する必要はあるな。
よし、そこの所はまた後で考える。時が来れば、私が判断しよう。」
「わかりました。」

ミッチャーは軽く頭を下げてから、口を閉ざした。
唐突に、ルミクトロフ中将がスプルーアンスに質問して来た。

「スプルーアンス提督。お一つだけお聞きしたい事がありますが、よろしいでしょうか?」

「ええ。よろしいですよ。」

スプルーアンスは表情を変えずに答えた。

「我々は、提督の艦隊に護衛されながら、敵との決戦に臨む訳ですが……もし、シホールアンル海軍が現れた時、第5艦隊は敵艦隊の撃滅に
全力を尽くされると思いますが……敵艦隊を打ち破った場合、提督の艦隊は、徹底的に敵艦隊を追い詰め、撃滅いたしますか?」

この問いに、スプルーアンスはしばし考えてから答えた。

「我が艦隊の任務は、マーケット・ガーデン作戦の主任務の1つであるマーケット作戦を成功させる為、上陸部隊を援護し、護衛する事です。
私は、護衛任務が第一と考えており、敵艦隊の撃滅は2の次と考えています。いかなる事態が起こるにせよ、我が第5艦隊は、輸送船団、
並びに上陸部隊の掩護、護衛を優先します。我々が制海権を握っている限り、貴方達の船団は必ず、守り通す事を約束いたします。」

スプルーアンスは会議の開始直後から変わらぬ口調で、ルミクトロフ中将にそう答えた。

「そうですか……スプルーアンス提督。小官は、その言葉を聞いて安心致しました。これなら、我々も安心して、戦いに集中する事が出来ます。
危険な任務に命を掛けている貴方方の為にも、我々は、海兵隊の戦友として、必ずや、この作戦を成功させる事をお約束いたします!」

ルミクトロフ中将は、畏まった口ぶりでそう言いながら、深々と頭を下げた。

アラスカの会議室で行われた会議は、開始から僅か30分程で終わり、マーケット作戦の指揮官達は、それぞれの持ち場に帰って行った。
会議の終了からしばらく経った正午過ぎ。スプルーアンスは、いつもの習慣として続けている甲板上の散歩を、参謀長のムーア少将と共に行っていた。

「しかし、長官もいささか、面倒な役割を押し付けられてしまいましたな。」
「カール。これは面倒どころの話では無いよ。」

スプルーアンスは歩きながら苦笑を浮かべる。

「私は、ほんの少し前までは、一応は“一艦隊である”第5艦隊の長として前線に戻って来た。ところが、今ではどうかね?大作戦の片割れを
担当すると言う大役を任された上、あろう事か、臨時とはいえカレアント軍の部隊までも指揮する事になった。軍人としてはこれほど、名誉な
事は無いだろうが、失敗したら私や司令部幕僚のみならず、任務群司令全員の首が飛ばされるかも知れん。全く、面倒な事になってしまったよ。」

「ですが、長官の名声がまた高まるかもしれませんよ。それに、ハルゼー提督も言っていたではありませんか。船団護衛も慣れりゃいい仕事だぞ、
とね。」
「私は別に、軍人としての名声がどうのこうのに興味は無い。元々、私は軍人というガチガチとした職業が大嫌いだったからね。それでも
任務に励むのは、自分がこの任務をやらねければ、別の奴に迷惑が掛かると思っているだけだ。任務を無事にこなせれば、それ以上は望まんさ。」

スプルーアンスはそう答えた後、ふと、会議の際に質問を投げかけたカレアント軍の若い将星の顔を思い出す。

「しかし、先程のカレアント軍の軍団指揮官は、なかなか情に熱い男だと思われるが……カレアント人と言う者は皆、ああいう性格をしているのかな。」
「私が聞いた限りでは、恐らくそうだったと記憶しています。ですが、それだけに思慮が浅い事も多く、昔は悪人に付け込まれる事も多かったようです。
最も、その後は大抵、怒り狂った被害者に悪人が叩きのめされるのが常だったようですが。」
「ハハハ、それは酷い物だ。」

スプルーアンスは微笑んだ。

「今回の作戦……彼らの期待を裏切らぬ為にも、シホールアンル側の航空戦力の撃滅と、反撃して来るであろう、敵艦隊の阻止は、必ず果たさな
ければならんな。」
「確かに。その為に、我々はこうして、大機動部隊を与えられたのですからね。」
「ああ。それだけ、期待されていると言う事だな。」

スプルーアンスは、幾らか軽やかな口ぶりでムーアに言った。
第58任務部隊は、今日までに正規空母15隻、軽空母7隻を保有する艦隊に成長している。
TF58は、指揮下の空母、高速艦艇群を6つに分け、その内5つが空母部隊となっている。
艦載機保有数は総計で2000機程にも及び、名実共に、世界最強の機動部隊と言える。
だが、スプルーアンスは、この大機動部隊ともってしても、戦力が劣るとはいえ、侮れない大軍を有するシホールアンル海軍相手に容易に打ち勝てる
とは思っていなかった。
シホールアンル軍は、大規模な海戦の度に米海軍を驚かせて来た。
今回の決戦でもまた、TF58は予想外に苦しい戦いを迫られる事になるだろう。
だが、スプルーアンスはそれでも、ルミクトロフ中将との約束を破るつもりは無かった。

「カール。今度の決戦では、敵も総力を挙げて反撃して来るだろう。そして、これまでよりも、最も苦しい戦をやる事もあり得るだろう。
だが、私はあのカレアント軍の将軍と約束した以上、彼らは必ず、地上で戦わせてやりたいと思っている。彼らなりに満足出来る戦いを、
私はさせてやりたい。」
「長官……」
「そのためにも、今回は今まで以上に気合を入れねばならんな。」
「長官の決意、しかとお聞きしました。」

ムーアは、満足したように何度も顔を頷かせた。

「では、今日から早速、溜まった事務処理の片付けをお願いしたいのですが。」
「それをやるのは君達の仕事だ。私はこれまで通りやるよ。」

その瞬間、ムーアは一瞬でも期待した自分が馬鹿であったと悟った。

そのまま、互いに無言の状態で2分ほど歩き、アラスカの右舷艦首まで歩いた所で、唐突にスプルーアンスが足を止めた。

「カール。確か、この近くには浜辺があったと聞いたな。」
「はい。この港から1キロほど南の所に海水浴場があるそうです。最も、今は冬場なので、誰も海には入りませんが。」
「海に入ろうとする輩はおらんが……浜辺で催し物をする人は居るようだぞ。」

スプルーアンスは舷側に寄り添い、港から南に1キロ離れた場所にある浜辺に見入った。
アラスカ艦上からは遠くて分かり辛いが、良く見ると、多数の人影らしき物が集まり、何やら楽しんでいる様子が見て取れた。

「ここからじゃ良く見えませんが、ビーチパーティーを楽しんでいるようですな。」
「それも凄い人だかりだ。浜辺が半分以上埋まっているな。あの様子だと、パーティー終了後のゴミ処理が大変そうだが……良く見たら、
シービーズの連中が使っているようなブルドーザーらしき物が見える。ふむ、あのパーティーの主催者は、きっちり後の事まで考えているようだな。」
「……長官、この際どうです?」
「ん?何をどうするのかね?」
「ここは少しばかり、楽しみを行われてはどうです?」

「楽しみか……私は1人で散歩する方が楽しいね。」

スプルーアンスは素っ気ない口調で答えた。ムーアはまたかと、内心で呟いた。
だが、ムーアはこの時、スプルーアンスの珍しい反応を目にした。

「でも。君の言う通り、たまには息抜きもした方が良いかも知れん。ここはお忍びで、あのパーティーを楽しんで来るか。」


スプルーアンスとムーアが最上甲板で、浜辺の催し物に乱入しようと決めた時、アラスカの張り出し通路では、作戦参謀のフォレステル大佐が、
新しく第5艦隊のスタッフに抜擢された、航空参謀のジョン・サッチ中佐と共に、スプルーアンスらと同じように浜辺のビーチパーティーを見つめていた。

「航空参謀、連中、やはりカレアント軍の連中か?」
「どうやらそのようですね。連中が振り回している旗の中に、部隊のシンボルマークが見えます。あと……浜辺の連中の何人かが、こっちを見ていたりしますね。」
「俺達が連中のビーチパーティーを物珍しげに見ているのと同時に、連中も、俺達の機動部隊を奇異の目付きで見ているんだろうよ。」
「でしょうね。」

双眼鏡越しに海岸を見ていたサッチ中佐は、したり顔でそう返した。

「そういえば航空参謀。情報参謀から聞いたちょっとした噂話なんだが……どうやら、カレアント公国の首脳が行方不明らしい。」
「カレアント公国の首脳が行方不明って、それは大事件じゃ!?」
「まぁ待て。慌てるな。話はここからだ。」

慌てるサッチ中佐に対して、フォレステル大佐は人差し指を左右に振りながらサッチを抑える。

「普通ならば、これは大事件だ。だが、何故か噂としてしか知られていない。これはどういう事だと思う?」
「どういう事と言われましても……自分にはさっぱりですが。」
「つまり、こう言う事さ。」

フォレステル大佐は、顔を浜辺のパーティー会場に向ける。

「カレアントのお転婆姫様は、昔から何かのイベントがある度に、居城をお留守番にしている。で、今回は久方ぶりの大規模な作戦だ。
あそこの連中が、うちのマリーンやパイロット達と混じってはしゃぎまくる程のね。」
「あ……何か、大佐の言いたい事が分かりました。」
「ほう、すぐに分かったか。流石は有名な空戦技術を開発した君だ。なかなかに聡明だな。」
「はぁ、どうも。しかし、一国の首脳が、そんな事していいんですかねぇ。」
「本当はいけないだろう。だが……おれには何となく、こう思ってしまうのさ。」

フォレステルは、しみじみとした表情でサッチに言う。

「彼女は、彼女なりに、皆に感謝しているんだろうと、ね。そして、必ず皆、生きて帰って欲しいと願っているのかも知れん。」
「なるほど。そう考えれば、確かに。カンレアク女王が、カレアント国民に愛されるのもわかりますね。」
「だからこそ、彼らは戦場で思う存分戦えるんだろう。」
「………」

フォレステルの言葉に対して、サッチは何も答えぬまま、浜辺のパーティーを見つめた。

「それに対して、ウチの大将は本当に地味だよなぁ。まっ、そこが良い所でもあるんだが、せめて、1度だけでもいいから、ああいった
パーティー会場で楽しそうにするスプルーアンス長官の姿を見てみたいものだ。」
「流石に、それは無理かと思います。長官は、バルランド王国で起こした前科がありますからね。」

サッチの言葉を聞いたフォレステルは、思わず噴き出してしまった。

「ちょっと、大佐。幾ら何でも笑いすぎですぞ。」
「いやいや、すまん。でも、そうなると、長官が行っても場を白けさせるだけかもしれんから……仕方ないな。」
「ですな。」

二人は互いに目を合わすや、思わず苦笑してしまった。

「では、私は場を白けさせない練習でもしようかね。」

唐突に聞き覚えがある声が耳に響いた。2人は互いを見あったまま凍り付いてしまった。

「息抜きがてらに、あそこの浜辺で昼食でも楽しもうと思ったんだが、君達も一緒にどうかね?」

スプルーアンスは、珍しく爽やかな口調でサッチとフォレステルを浜辺のパーティーに誘ったのであった。
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