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298 第219話 苦闘の三姉妹

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第219話 苦闘の三姉妹

1485年(1945年)1月23日 午前9時50分 レーミア湾沖西方70マイル地点

第58任務部隊第2任務群は、午前7時30分に北へ回頭を行った後も、TF58の最左翼に占位していた。
艦隊ごとの大回頭が終わってから30分後の午前8時30分。TG58.2は、敵機動部隊から発艦したと思われる偵察ワイバーンに発見された。

「司令官!超低空より侵入した敵偵察ワイバーンに発見されました!」
「何……超低空から来たか!」

TG58.2司令官エリオット・バックスマスター少将は、旗艦ヨークタウン艦内のCICでレーダー員からの報告を聞くなり、しくじったと
言わんばかりの口調でそう言った。

「はっ。敵の偵察隊は通常の高度のみならず、低空からも侵入を試みていたようです。」
「我が機動部隊は10分前と5分前に、計2騎の偵察ワイバーンを発見し、上空警戒機が撃墜しています。恐らく、未だに未発見であった
敵ワイバーンは僚機が犠牲になった事で警戒を強め、レーダーを避けるべく、思い切って高度を下げたのでしょう。」
「その結果が、敵偵察騎の我が任務群発見、か。早期警戒機も敵のワイバーンを発見できなかったのか?」
「警戒隊のアベンジャーからは敵騎発見の報は入っておりません。敵は上手い具合に防空網を突破したのでしょう。」
「参ったな。今は第2次攻撃隊も発艦させているから、戦闘機の数が充分とは言えんのだが……」

バックスマスターは低い声音で言いつつ、僚艦ホーネットに残っている戦闘機の数を思い出す。
第58任務部隊第2任務群は、正規空母ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネット、軽空母カウペンスの4空母を主力に構成されており、
うち、僚艦ホーネットは今回の作戦で戦闘機専用空母に指定され、F4U80機、TBF16機、S1A4機を搭載している。
ホーネットは、艦載機が大型化した43年から44年までは、通常編成で92機、または96機までしか積んでいなかったが、戦闘機専用空母に
指定されてからは、容量をさほど食わないコルセア(F6Fの方がまだ小さいが)を中心に積むようになった為、元の100機編成に戻る事が出来た。
ホーネットは、第1次攻撃隊にF4U28機、第2次攻撃隊にF4U18機、TBF10機を発艦させており、今、ホーネットに残る戦闘機は
34機となっている。
敵ワイバーンがTF58を発見した以上、陣形の最左翼に居るTG58.2に敵攻撃隊が殺到してくる可能性は高いが、同時に、陸地側から別の
敵航空部隊が襲って来る可能性もある。

その場合、1次、2次の攻撃で少なくなった戦闘機戦力で、敵攻撃隊を完全に阻止できるかどうか……
バックスマスターは、敵機動部隊と陸地側の基地航空隊に挟撃を受ける事を、最も恐れていた。

「TG58.3からは何も言って来ないか?」
「今の所、敵ワイバーン発見をした等の報告は伝えていません。敵偵察機は、いずれも西方、または南西方面から飛来しています。」
「陸地側は静まり返っている、と考えても宜しいでしょう。」

TG58.2司令部付きの航空参謀テリー・ルッドウィング少佐がバックスマスターに進言する。

「ただ、敵が何の準備もしていないとは限りません。索敵は洋上の機動部隊に任せ、陸地側の基地航空部隊は、偵察用に用意していたワイバーンも
総動員した大規模な攻撃隊を用意し、我が機動部隊を見つけた瞬間、海と陸から同時に攻撃隊を発進させようとしている、と言う事も充分に考えられます。」
「レビリンイクル沖海戦のやり方と似ていますな。」

右目を眼帯で覆った男……群司令部主任参謀であるエリック・リンク中佐が、バックスマスターに言う。

「あの海戦の時も、敵は密かに、竜母機動部隊という伏兵をTF37の側面に回り込ませ、攻撃隊を放って来ました。この大規模な挟撃戦法に味を
しめたシホールアンル側が、今回もこの戦法で我が機動部隊を叩こうとしているのは考えられる……いや、確実に実行に移すかと思われます。」
「……そういえば、君はベローウッドに乗っていたな。」
「はい。あの海戦で、私の母艦は撃沈され、私自身、空を飛べる事は出来なくなりました。今回もまた、敵は、私と同じような境遇を味わう人間を増やすべく、
前回と同様に、大規模な挟撃戦法を仕掛けて来るでしょう。他の者は私と違う事を考えているかも知れませんが、私としてはそう考えております。」
「ふむ……私も、実戦の場に戻って来て久しい。」

バックスマスターは、ゆっくりとした口調で言葉を言い放つ。

「昨年の1月からほぼ1年近く、内地で練習航空隊の世話を見ていたが、1年も戦場から離れると、昔の勘が鈍って仕方がない。」

彼は苦笑しながら、リンク中佐に顔を向けた。

「この際、私は経験者の意見に沿う形で行動してみようと思う。航空参謀、現在、この任務群で迎撃用に使える戦闘機は何機ある?」
「任務群全体では、計100機です。」
「100機か……カウペンスの航空隊を艦隊防空用に温存させたお陰だな。」

TG58.2に属している僚艦カウペンスは、搭載機45機のうち、34機がF6Fで占められており、現在、カウペンス所属のF6F4機が
上空警戒に当たっているが、残り30機は手付かずのまま残されている。
ホーネットとカウペンスの戦闘機74機は、これから迫り来る敵攻撃隊に対して、大いに役立つだろうと、バックスマスターは確信した。

「他の任務群もほぼ同様のようです。今後、2時間以内に敵は攻撃隊を殺到させる筈ですが、その時には、300機ないし、400機近い数の
戦闘機で持って迎撃に当たれます。敵が陸海同時攻撃に出た場合は、この戦闘機数でもややきついですが、敵攻撃隊も相当な損害を被る筈ですから、
敵攻撃隊の生き残りが艦隊に到達したとしても、その数は最低でも3割ほど。上手く行けば半分は減っているでしょう。」
「上手く行けば、の話ですが。」

航空参謀が言った後に、リンク中佐は水を差すような口調で付け加える。

「全体を指揮するのはスプルーアンス長官だ。恐らく、第5艦隊司令部でも、敵攻撃隊の対応策を練っているだろうから、俺達はその判断を
待とう。ひとまず、迎撃戦闘に使える戦闘機をなるべく、多く確保しなければならん。航空参謀、各母艦に、戦闘機の整備を入念に行うように
伝えてくれ。」
「アイアイサー。」


それから1時間が経った。
バックスマスターは、唐突にピケットラインに展開している警戒駆逐艦から、CICに報告が入った様子を直に見ていた。

「何?それは確かか!?よし、わかった!引き続き監視を続けてくれ!」

ヨークタウンの通信士官が、やや緊張に顔を強張らせながら、通報艦の通信士から報告を聞いた。
通信士官は、すぐ側でやり取りを聞いていた通信参謀に向き直り、頷きながら報告文を記した紙を手渡した。

「司令官!駆逐艦のロフバーグより敵編隊発見の報告が届きました!」
「遂に来たか。」

バックスマスターは静かな声音でそう返す。

「敵との距離は?」
「敵編隊は、ロフバーグより西方50マイル。方位290度方向より時速280マイルで接近中との事です。」
「280マイルとは随分早いな。」

バックスマスターは首を捻った。

「ワイバーンは通常、210マイル前後で飛行する。280マイルと言う速度は少し早い気がするが……主任参謀、どう思うかね?」
「恐らく、この敵編隊には重量物を抱いた攻撃ワイバーンが居ないかもしれません。」

リンク中佐の言葉に、バックスマスターは納得した表情を浮かべる。

「ふむ……と言う事は、この敵編隊は……」
「我が方の防空戦闘機隊、又は対空砲潰しを専門とする攻撃隊かもしれません。」
「つまり、ロフバーグのレーダーが捉えた敵攻撃隊は、防空戦闘機の減殺と対空砲潰しを主任務とする露払い、と言う訳か。」
「そう考えた方が宜しいかと思われます。」
「しかし、敵の新型対艦兵器……君らの言うマジックランスとやらも、爆弾や魚雷と同じ重量物の筈だが。」
「確かに重量物に違いありません。しかし、最近の調べではそうでもないと報告されています。敵ワイバーンは、対艦爆弾や魚雷を抱いた際の
運動消費量が、無武装状態と比べて3割増しになるとの報告がミスリアル軍やバルランド軍から伝えられています。ですが、最近の調べでは、
マジックランスは重さが5キロ程度、長さが1.5メートル程の鉄パイプ。連合国の魔法使いからは杖と呼ばれる物が母体となるため、これを
搭載するワイバーンは、爆弾や魚雷と違ってほぼ無武装に等しい状態で飛行できるため、純粋な戦闘ワイバーンと比べて、運動消費量に大差は
無いそうです。」
「たった1.5メートルの杖が、500ポンド爆弾並みの威力を持つマジックランスに変わるとは。しかし、どうにも変だな。」

バックスマスターは眉をひそめる。

「たった5キロ程度の杖を、僅か2本しか積んでいないとは。私が敵の指揮官なら、2本と言わず、4本でも5本でも吊り下げる物だが……」
「竜騎士が全員、魔法使いでもある事は知っておりますね?」
「うむ、知っている。」
「マジックランスを2本しか積めない原因は、竜騎士の魔力に影響されての事ではないか?というのが、同盟国ミスリアルからもたらされた
推測ですが、今の所、詳細はわかっておりません。」
「詳細は分からずじまい……か。いずれにせよ、敵が2本しかマジックランスを積んでいないのならば都合が良い。」

バックスマスターは頷きながら、リンク中佐に言った。

「ここは、戦闘機を集中させて徹底的に叩くべきだな。」
「その通りであります。しかし、まだ問題はあります。」

リンク中佐がそう言った直後、CICに新たな報告が入って来た。
先程の通信士官が通信参謀に紙を手渡し、先程と同じように報告が伝えられる。

「司令官。TG58.3のピケット艦も、敵大編隊接近を探知したようです。」
「やはり、挟み撃ちを仕掛けてきたか。就任参謀。これで、敵の意図がはっきりしたな。」
「敵は、レビリンイクル沖の再現を狙っているようですな。」

リンクは、新たな敵編隊接近の方に恐れを抱くどころか、逆に待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。

「しかし、伏兵の存在と言う物を味わうのは、我々だけではありません。」

リンクは腕時計に視線を移す。

「敵編隊の針路からして、幾度かぶつかっていると思われますが……まだ報告がありませんな。」

その時、いつの間にか後ろに立っていた通信参謀が、新たな報告を知らせて来た。

「司令官。レーミア湾沖のTF54司令部から第5艦隊司令部宛てに送られた通信を傍受しました。我、使用可能な全戦闘機で持って、
洋上を進撃中の敵攻撃隊を襲撃せり。少なくとも敵ワイバーン42騎撃墜、18騎を脱落させり。我が方の損害はF6F12機、
F4U14機喪失。」
「ほう……TF54の護衛空母部隊がやってくれたか。」

バックスマスターは、緊張でやや引き攣っていた頬を緩ませた。

「それから、TG58.3司令部から送られたピケット艦の敵情報告の追加文も傍受いたしました。報告では、敵編隊は4、50騎ほどの
挺団を4つ程形成しながら進撃を続行しており、各挺団は20マイルないし、30マイル程の間隔が開いているようです。」
「つまり、陸地側の敵攻撃隊は、五月雨式に攻撃を仕掛けようとしているのか。」
「五月雨式に攻撃を仕掛けざるを得なくなった、と言った方が良いかもしれませんな。」

リンクが確信めいた口調でバックスマスターに言う。

「護衛空母部隊は、今日の午前中のレーミア湾沖の航空支援を陸軍航空隊に任せたため、約150機前後の戦闘機を用意出来ました。
前進中の敵攻撃隊は、横合いからこの戦闘機隊に突撃されたため、四分五裂の状態になった可能性があります。TG58.3の
ピケット艦が捉えた、幾つもの敵編隊がその証拠と言えるでしょう。」
「敵が何騎出撃させてきたかはまだ分からんが、ひとまず、戦闘機隊を分散させても、陸地側の敵は戦闘機戦力を集中させて、各個撃破を狙えるな。」
「司令官。そのうち、第5艦隊司令部からも、敵編隊迎撃の指示が下るでしょう。我が任務群も大至急、使用できる戦闘機の発艦準備を急がねば。」
「航空参謀の言う通りだな。」

バックスマスターは深く頷いた。

「任務群の各母艦に通達。大至急、使用可能戦闘機の発艦を急げ。」

彼が指示を下してから5分後。第5艦隊司令部からも命令が下された。

「第5艦隊司令部より命令です。各任務群は速やかに戦闘機隊を発艦させ、接近中の敵編隊を迎撃せよ、との事です。」

「我が任務群の目標はどこだ?陸地側からの攻撃隊か?それとも敵機動部隊からの攻撃隊か?」
「第2任務群は、敵機動部隊が向かわせた攻撃隊を狙えと指示を受けています。」
「ようし。これでやるべき事は決まった。あとは戦闘機を発艦させて、敵攻撃隊の数を減らすだけだ。航空参謀、私は艦橋に上がる。」
「は……しかし、司令官。艦橋に上がられては、CICからの情報を直接聞けなくなりますが。」
「報告は艦内放送で伝えてくれ。私が以前、機動部隊を指揮した時はそうしている。それに、私はあそこで指揮を取りたいのだ。無論、
敵のマジックランスや爆弾にやられる可能性も否定できんが、その時はその時だ。」

バックスマスターはそう言って、CICから退出しようとするが、リンク中佐は尚も引き止めた。

「お待ちください司令官。レビリンイクル沖で戦死されたパウノール提督の一件もあります。どうか、ここはCICで指揮をお取りになっては
いかかですか?」
「……主任参謀。君の気持はよく分かる。」

バックスマスターは感心したような口調で言いながら、リンクの方をポンと叩いた。

「だが、それでも、私は艦橋に上がる。これまでの戦闘では、艦橋より安全なCICに居ながら、戦死した艦長も居る。人間、どこにいようが、
死ぬ時は死ぬものだよ。」

彼はどこか、爽やかさを感じさせる口調で言った後、くるりと前を向いてCICから退出して行った。
艦橋に出たバックスマスターは、空母ヨークタウン艦長とロレスト・フランバート大佐ら、艦橋職員の出迎えを受けた。

「これは司令官。」
「おう。すまんが、ここで指揮を取らせて貰うよ。」

バックスマスターはそう言いながら、用意された司令官席に腰を下ろした。

「うん。やはりここがいいよ。戦況を見渡すには最適な位置だ。」

彼は満足気な口調で言ってから、2度、顔を頷かせた。
その頃には、前もって準備を終えていた軽空母カウペンスの戦闘機が発艦を開始していた。
TF58は、艦隊の進行方向が丁度風上に位置していたため、発艦前の回頭を行う手間が省け、戦闘機の発艦と準備は順調に進んだ。
各母艦の飛行甲板には慌ただしくF6FやF4Uが上げられ、飛行甲板に並べられていく。
艦爆や艦攻と違って、機銃弾が主武器となるF6FやF4Uは爆弾、魚雷と言った兵装を取り付ける手間が無いため、準備は早い
ペースで行われる。
各母艦は、準備ができ次第、速やかに戦闘機を飛ばすと同時に、乗組員全員を配置に付かせていく。
既に配置に付いていた機銃員以外の乗員が、スピーカーから発せられるBattlestation!(戦闘配置に付け!)の声を聞きながら、
各部署に取り付き、鬼のような顔をした下士官達が、それでももたつく兵を叱咤しながら、急速に戦闘準備を整えさせていく。
敵編隊が艦隊より60マイルの距離に達した頃には、総勢400機の戦闘機が順次発進を終え、二手に別れて迎撃位置に付こうとしていた。

TG58.2の戦闘機隊を主力とする直掩隊は、その後、駆け付けて来たTG58.4の迎撃隊も加え、午前10時20分に戦闘を開始した。
艦隊側の右側輪形陣では、TG58.1、58.3、58.5より発艦した戦闘機230機が断続的に飛来するシホールアンル軍航空部隊を
全力で迎え撃った。
最初の戦闘では、TG58.2、58.4の戦闘機隊が敵の第1次攻撃隊と互角の戦闘を繰り広げた末に撃退し、TG58.1,58.3、
58.5の戦闘機隊は集中攻撃で敵の第1波64騎、第2波48機を迎撃し、多数を撃墜して大半を潰走させ、一部はTG58.3に攻撃を
加えたが、猛烈な対空砲火を浴びてほうほうの体で離脱して行った。
だが、その頃には、新たな敵編隊が続々と押し寄せつつあり、最初の戦闘で疲労した戦闘機隊は、そのまま敵の第2次攻撃隊と戦闘を継続する事になった。


午前10時40分。TG58.2、58.4の防空戦闘機隊は、遂に敵の突破を許し、大量の敵ワイバーン隊がTG58.2目掛けて突進し始めていた。

「うぬぬ、やはり連戦で敵と当たらせたのはまずかったか。」

旗艦ヨークタウンの艦橋上で、敵編隊接近の報を聞いたバックスマスターは、やや悔しげな口調で航空参謀に言った。

「敵の第1次攻撃隊との戦闘が、敵第2波の突破を許した原因でしょう。敵機動部隊から発艦した第1次攻撃隊は、全てが戦闘ワイバーンで占められ
ており、純粋なファイターズスイープを挑んで来ました。その結果、迎撃隊は敵ワイバーン54騎を撃墜しましたが、我が方も34機を撃墜され、
45機が損傷を受けています。CAPは敵の第2次攻撃隊を迎え撃った時点で、220機は居た戦闘機が170機に減っており、300騎近い大群で
押し寄せてきた敵攻撃隊を抑え込む事は叶わなかったようです。」

「問題はこれだけではありません。早期警戒機が敵の第3次攻撃隊の接近を報告しております。」

リンク主任参謀が強い口調でバックスマスターに発言する。

「このままでは、我が機動部隊は戦闘機に補給を出来ぬまま、敵の第3波攻撃を受ける恐れがあります。しかし、その前に、我が任務群は敵の
第2次攻撃隊の襲撃を受けつつあります。まずは、これを撃退しなければなりません。」
「……CAPが突破された以上、あとは対空砲火で戦うしかないな。今は、各艦の奮闘を祈るしかあるまい。」

バックスマスターは、務めて平静な声音でリンクにそう返した。
その時、艦橋の張り出し通路に出ている見張り員が、スピーカー越しに報告を伝えてきた。

「左側輪形陣で対空戦闘が始まりました!」

その瞬間、バックスマスターは来たか、と、小声で呟いた。
彼はこの時、密かに新兵器を搭載したあの艦の姿を思い浮かべ、視線をその艦に移していた。

アトランタ級防空軽巡洋艦のネームシップであるアトランタの艦橋で、新兵器の実地試験を行うためにミスリアル海軍から派遣されて来た
ルィスカ・フルーキア少佐は、副官として付いて来たメリス・ランヴィル大尉共々、アトランタ艦長から渡されたライフジャケットを
慌ただしく着こんでいた。

「あの、このような感じで宜しいでしょうか?」

エルフの女性士官は、ライフジャケットがうまく着けられているかどうかをアトランタ艦長に確認させる。

「ええ。そのような感じで宜しいですよ。フルーキア少佐も上手く着けられていますな。」

アトランタ艦長ウィンストン・スコット大佐は微笑を浮かべながら、若いダークエルフの男性士官にそう告げた。

「あと1、2分ほどで対空戦闘が始まります。それ以降は、常に危険な状態が続きます。お二方はCICではなく、ここで探知妨害魔法の
効用を確かめたいと言っておりましたが……念のため、もう1度お聞きします。本当に、ここで宜しいのですね?」

スコット大佐は念入りに二人のミスリアル軍士官に尋ねた。

「大丈夫、覚悟は出来ています。」
「こう見えても、私達は死線を幾度となく潜っていますので。」

フルーキア少佐とランヴィル大尉は、何ら怖がる様子も無く、自信満々に答えた。

ミスリアル海軍から新たな探知妨害魔法の実地試験を依頼されたのは、今から1ヵ月前の事であった。
当時、アメリカ海軍がシホールアンル軍の対艦爆裂光弾「マジックランス」に悩まされていた事を知っていたミスリアル軍は、同盟国海軍
艦艇の損害を軽減させる方法は無いのかと考え、新たな探知妨害魔法の開発を始めた。
開発は8月末頃から始まり、1月初めには試験用の魔法石が完成した。
この探知妨害魔法は、昨年7月に、アメリカ軽巡ブルックリンを始めとする艦艇に搭載された生命反応探知妨害魔法を応用した物である。
フルーキアとランヴィルの属する海軍魔法技術部では、昨年7月のエルネイル沖海戦での戦訓に基づき、改良型の魔法石を幾つか試作した後、
これをアトランタの艦内に設置した。
エルネイル沖海戦の時は、魔法石の効用範囲は半径100メートル程で、長さが100メートル以上を超す艦……特に巡洋艦以上の大型艦には
砲撃戦時の被弾も考慮して、必然的に、2個の魔法石を埋め込まなければならなかった。
また、鋼鉄製の軍艦と探知魔法の魔力は相性が悪いのか、艦内に設置した場合は効用範囲が一定に定まらない場合が多々あったため、やむなく
甲板上に設置するしか無かった。
だが、改良型は魔法石の効用範囲が一気に300メートルに広がった他、軍艦の艦内に置いても効用範囲が一定を保つようになったため、
安全性の高い艦内に魔法石を設置でき、改良前の魔法石のように砲撃で粉砕される可能性も極限出来た。
今回の試験艦は、アトランタ以外にも2隻いる。
1隻は同任務群の軽空母カウペンス。もう1隻はTG58.3に属している軽巡サンディエゴだ。
3隻の試験艦にはそれぞれ4人のミスリアル軍魔道士官が乗り組んでおり、戦闘中、魔法石がしっかり作動しているかどうか、常に監視を続ける予定だ。
今回も自信作を携えて実戦に挑んだミスリアル軍だが、同時に不安もあった。

「あなた方が持ち込んだ魔法石は、本国の試験ではやや微妙な結果に終わったと聞いています。」
「はい。魔法石の稼働率が少々芳しくないのが問題ですが、今回は試作品の中で、最も精度の良い物を厳選していますので、大丈夫かと思われます。」
「……わかりました。魔法石の効果、しかと拝見させて貰いますよ。」

フルーキア少佐のやや歯切れの悪い口調に内心で不安を感じつつも、スコット艦長は頷きながらそう言った。
唐突に砲声が鳴り響いて来た。

「駆逐艦部隊が砲撃を開始しました!」

見張り員が艦橋に戦闘開始の報せを伝える。スコット艦長は、それを聞いた2人のエルフ・ダークエルフの士官が顔を引き締める様子を見つめつつ、
視線を戦闘が始まった輪形陣左側に移した。
TG58.2の輪形陣左側には、8隻の駆逐艦と2隻の巡洋艦、1隻の戦艦が配置されている。
2隻の巡洋艦のうち、空母ホーネットの左舷斜め800メートルをニューオーリンズ級重巡のアストリアが占位し、アトランタはその後方600メートルを
航行している。
アトランタの真横800メートルには、軽空母のカウペンスがおり、艦隊速度である27ノットで洋上を航行している。
アストリア、アトランタの前方には、TG58.2の防空の要ともいえる戦艦サウスダコタがおり、舷側の両用砲を振り立てて、今しも対空射撃を
開始しようとしていた。

「砲術!高空から迫る敵を狙え!超低空の敵騎は駆逐艦部隊に任せる!」

スコット艦長は艦内電話で砲術科に指示を伝えた後、双眼鏡で高空接近を試みる敵ワイバーンを眺めた。
高空から接近しつつある敵ワイバーン隊は約20騎ほどで、斜め単横陣を形成しながら輪形陣外輪部の駆逐艦に迫りつつある。
ワイバーン隊は5騎ずつに別れ始めたが、その直後に、アトランタが砲撃を開始した。
アトランタ級防空巡洋艦のネームシップであるアトランタは、初期生産型であるため、舷側にも5インチ砲を搭載している。
そのため、片舷に向けられる5インチ砲は計14門と、後期型に比べて2門多い。
初期型はネームシップ艦アトランタの他に、ジュノー、リノ、オークランド、サンディエゴの4隻が居たが、そのうち3隻は過去の海空戦で
戦没しているため、初期型ではアトランタとサンディエゴのみが生き残っている。
そのアトランタが、散って行った3隻の仇討ちとばかりに、14門の5インチ砲を断続的に撃ちまくる。

アトランタは、左舷真横のフレッチャー級駆逐艦ハリガンを襲おうとしていた5騎のワイバーンを砲撃する。
まだ降下地点に達していない5騎のワイバーンの周囲に5インチ砲弾が次々と炸裂する。
砲撃開始から20秒で、早速1騎のワイバーンが右の翼を吹き飛ばされ、錐揉み状態で墜落して行く。
続いて、別のワイバーンが至近距離で砲弾の炸裂を食らった。
VT信管付きの高角砲弾はワイバーンを探知するや、すぐに炸裂して無数の破片を浴びせかける。
一瞬のうちに竜騎士もワイバーンもずたずたに引き裂かれ、何が起きたのか理解できぬまま絶命し、真っ逆さまになって墜落して行く。
ワイバーン隊は途中、低く垂れ込めた雲の中に姿を隠したが、レーダー管制で適正な射撃を行えるように幾度も訓練を重ねたアトランタの砲術科員は、
雲隠れをしたワイバーン群を燻り出すかのように5インチ砲を撃ちまくる。
更にもう1騎が高角砲弾の炸裂を至近で受け、先程のワイバーンと同様に海面に墜落して行く。
砲撃開始僅か1分半で、アトランタは3騎のワイバーンを撃ち落としていた。
2騎に減ったワイバーン隊は、それでも諦めなかった。
敵ワイバーンは雲から出ないうちに急降下を開始した。高度3000メートルから猛然たる勢いで、2騎のワイバーンがハリガンに向かって行く。
雲から飛び出し、僚艦を狙うワイバーンを阻止すべく、アトランタは尚5インチ砲を放ち続ける。
今度は左舷側の40ミリ機銃と20ミリ機銃も射撃を開始した。
5インチ砲14門の連続射撃に加えて、大小2つの機銃が戦闘に参加したため、アトランタの艦橋は凄まじい喧騒に包まれていた。
ワイバーンの周囲に無数の黒煙が噴き出し、曳光弾のシャワーが横合いから大量に注がれる。
敵は濃密に張り巡らされた弾幕に臆す事も無く、ただひたすら降下を続けるが、1騎がこの弾幕に絡めとられた。
翼を半ば折り畳み、急降下を行っていたワイバーンは、横合いから40ミリ機銃弾に貫かれる。
一撃で致命的な傷を負ったワイバーンは、身の毛のよだつような叫びを発し、もがき苦しむように畳んでいた翼を広げてしまった。
そこに無数の20ミリ機銃弾が殺到し、ワイバーンは竜騎士共々、全身に機銃弾を食らう。
生身の竜騎士は一瞬にして体を粉砕され、ワイバーンは頑丈な筈の体を4つに分断されて海面に落下した。
最後の1騎がハリガンに急速接近し、高度600メートルで爆弾を投下した。
この爆弾はハリガンに右舷中央部側の海面に落下し、高々と水柱を噴き上げた。

「よし!まずは敵の急降下爆撃を失敗させたぞ!」

スコット艦長はハリガンの掩護に成功した事を素直に喜んだ。
その直後、ハリガンは横合いから2発の直撃弾を受けた。

「ハリガン被弾!」

唐突に起きた僚艦の被弾炎上を前に、スコット艦長は顔から微笑を打ち消し、逆に悔しげに顔を歪めた。

「ハリガンは敵ワイバーンの阻止に失敗したか!」

アトランタの援護のお陰で、ハリガンは敵の急降下爆撃を受けずに済んだが、その代わり、低空侵入したワイバーンの対艦爆裂光弾を受けてしまった。
ハリガンは、4騎のワイバーンに低空から接近されつつあったが、対空砲火で2騎を撃墜した。
しかし、残り2騎は700メートルほどの距離で対艦爆裂光弾を放った。
放たれた魔法の槍は計4発。うち2発が原因不明の自爆を引き起こした物の、残り2発がハリガンの中央部と後部第5砲塔に命中した。
ハリガンはこの被弾で5インチ砲1基と20ミリ機銃3丁を破壊され、火災を発生した。
ハリガンの被弾が合図で会ったかのように、輪形陣外輪部の駆逐艦に次々と爆弾や対艦爆裂光弾が命中する。
相次いで4隻の駆逐艦が被弾炎上し、うち1隻は機関部に損傷が及び、輪形陣から落伍し始めた。
ワイバーン隊の攻撃は駆逐艦のみならず、巡洋艦にも及ぶ。

「高空よりワイバーン8騎接近!更に低空より6騎!本艦に向かいます!」

駆逐艦部隊に一定の打撃を与えたと判断したのか、敵ワイバーンの後続がアトランタに向かって来た。
スコットは一瞬、低空のワイバーン隊に砲撃を集中せよと言いかけたが、寸での所で思いとどまった。

「5インチ砲は高空の敵騎を狙え!」
「艦長……高空でありますか?」
「高空だ!」

異論を言いかけた砲術長だが、スコット艦長は叩き付けるような口調で、再度指示を下した。

「低空侵入の敵は機銃に任せる。あとは……ミスリアル軍からの贈り物に任せるしかあるまい。」
「…わかりました。高空の敵はお任せ下さい。」

砲術長はそう言ってから、艦内電話を切った。
艦長と砲術長のやり取りを聞いていたフルーキアとランヴィルは、互いに顔を見合わせた後、緊張で体が硬くなるのを感じた。
(やるべき事は全てやったが……魔法石が上手く作動しなかったら、あの駆逐艦のようにこの艦も敵弾を受ける。最悪の場合、敵の魔法の槍が、
この艦橋目掛けて突っ込んで来る可能性もある。どうか、上手く作動してくれよ……)
フルーキアは心中でそう呟いた。
30秒ほど射撃を中止していたアトランタが、再び対空戦闘を開始する。
14門の5インチ砲が猛然と唸り、舷側に向けられた40ミリ機銃、20ミリ機銃が大量の曳光弾を吐き出す。
最初に接近して来た敵は、対艦爆裂光弾をぶら下げた低空のワイバーン隊であった。
被弾し、黒煙を噴き上げるハリガンを避けるようにして接近して来たワイバーンは、アトランタから40ミリ連装機銃1基2門、4連装2基8門、
20ミリ機銃5丁の射撃を受ける。
艦の搭載スペースを5インチ両用砲に取られているため、決して多いとは言えない機銃の数だが、それでも駆逐艦1隻分の対空火力はある。
6騎のワイバーンは、アトランタから放たれる無数の曳光弾を注がれながら突進を続ける。
海面に機銃弾が突き刺さり、盛んに渋く。
弾けた海水が竜騎士やワイバーンに降りかかる。
唐突に、1騎のワイバーンが40ミリ機銃弾の集束弾を食らう。
ボフォース40ミリ機銃弾は、通常の銃弾では貫き難い頑丈なワイバーンの皮膚を容易に貫通し、内臓を激しく損傷する。
一瞬のうちに心臓を撃ち抜かれたワイバーンは、唐突に相棒が言う事を聞かなくなり、パニックに陥った竜騎士を道連れに海面に落下し、派手に
水柱を噴き上げた。
更にもう1騎のワイバーンが20ミリ機銃弾に叩き落とされ、もんどりうって海に激突した。
アトランタはもう1騎のワイバーンを機銃で撃墜したものの、残る3騎は距離700メートルで対艦爆裂光弾を放った。

「敵騎がマジックランスを投下しました!」

見張り員が報告して来るが、スコットは自らの目で、ワイバーンから長い棒状の物が投下される様子を見、そして、緑色の光を放って飛び始める姿を
目の当たりにした。

「……果たして……」

スコットの耳に、うら若い女性の声が聞こえたが、彼は振り返らず、そのままマジックランスの行方を見守った。
投下されたマジックランスは、勢い良く飛行を開始したが、その動きはいつもと違って妙な物であった。

「……マジックランスの奴、こっちに向かって来ないぞ。」

スコットは、投下されたマジックランスの全てが、アトランタの後方を抜けるコースを飛んでいる事に気付いた。
通常なら、マジックランスは目標より300メートル程離れた場所から生命反応を捉え始め、たとえ艦の後ろを抜ける様なコースを飛んでいても、
生命反応を捉えればすぐに方向転換し、目標艦に殺到する。
だが、今回は、そのような事は全く起こらなかった。

「敵弾、全てアトランタの右舷後方に抜けます!」

その声が艦橋に響くや、スコットを始めとする艦橋職員は、歓声こそ上げなかったものの、満足そうに頬を緩ませていた。

「……どうやら、魔法石は上手く作用していたようだな。」

フルーキアは、魔法石が予想されていた性能を発揮した事に喜ぶよりも、自分達が生き延びる事が出来た事実に安堵の表情を見せた。
ランヴィルは無言のままであったが、彼女も極度に緊張していたせいか、寒いこの時期であるにもかかわらず、額に汗を滲ませていた。
だが、魔法石が額面通り作用した事で安心したのか、彼女は持っていたハンカチで汗を拭おうとした。
しかし、安心するのはまだ早かった。

「高空より敵ワイバーン接近!急降下!」

見張り員の絶叫にも似た声が響くと同時に、鳴り止んでいた機銃の発射音が再び聞こえ始める。
機銃の目標は、両用砲が狙っている高空の敵ワイバーンに移っていた。
高空から迫りつつあった敵ワイバーンは、5インチ両用砲の射撃で2騎を失ったが、残る6騎は猛然たる勢いでアトランタに急降下してきた。
左舷側に指向出来る14門の5インチ両用砲と10丁の40ミリ機銃、5丁の20ミリ機銃が猛然と対空射撃を行う。
アトランタの真横に居る軽空母カウペンスも、左舷側に指向出来る両用砲、機銃を総動員して、普段護衛役を果たしてくれている恩返しと
ばかりに撃ちまくった。

周囲に張り巡らされる高角砲弾や機銃の弾幕の前に、各艦に配属さればかりの新兵は、敵を投弾前に1騎残らず叩き落とせるだろうと思った。
しかし、現実は違った。
アトランタは2騎を叩き落とした物の、残る4騎から爆弾を放たれた。

「取り舵一杯!」

スコット艦長は咄嗟に命じた。
彼の指示通りに操舵員が動き、アトランタの艦体はやや間を置いてから、左舷に急回頭を始める。
その直後、アトランタが先程まで進んでいた筈の位置に爆弾が落下し、高々と海水が噴き上がった。
続いて、2発目、3発目がアトランタの右舷側海面に至近弾として落下する。
最後の4発目が、アトランタの後部甲板に命中した。
爆弾が命中した瞬間、異音と振動が艦橋に伝わり、次いで、艦尾から痛烈な衝撃が伝わった。
その衝撃は凄まじかった。

「くそ!魚雷でも食らったのか!?」

スコット艦長は、半ば慌てた口調で叫んだ。だが、アトランタは依然として、27ノットのスピードで航行を続けていた。
唐突に、艦内電話がけたたましく鳴り響いた。

「こちら艦長!ダメコン班か!?」
「そうであります、艦長。敵弾は艦尾甲板に命中し、舷側を貫通した後に爆発しています。損害は今のところ不明でありますが、
幸いにも、艦に致命的な損傷は及んでいないようです。ただ今、部下と共に浸水を止める作業に入っています。」
「浸水は止められそうか?」
「はい。長くても20分以内には浸水は止まるでしょう。」

ダメコン班の班長からその言葉を聞いた時、スコットはやや安堵した。

「不幸中の幸いと言う奴だな。何か異常が生じたらすぐに伝えてくれ。」

「アイ・サー!」

スコットは、小さくため息を吐きながら受話器を置いた。
アトランタの危機は去ったが、その他の艦には、重大な危機が迫りつつあった。

アトランタが不幸中の幸いで、損害を軽微な状態で抑えられた一方、ヨークタウン艦上のバックスマスター少将は、戦闘はこれからたけなわに
なりつつある事を肌で感じ取っていた。

「サウスダコタとアストリア、アトランタは依然健在……しかし、新手の敵編隊が陣形の左側と、前方から迫りつつあるな。」

彼は、双眼鏡で前方を見据える。
シホールアンル軍ワイバーン隊は、陣形の左側に圧力をかける一方、約50騎ほどを陣形の前方に展開させ、10騎単位の編隊に別れながら
真正面から向かわせようとしている。
50騎中、半数は雷撃隊のようであり、20騎前後が高度100メートルの低空に降りていた。

「輪形陣左側より更に敵ワイバーン隊が迫ります!数は約50騎以上!」
「同時に100騎以上を向かわせて来たか。それも、ある程度バラけた状態で。敵さんも相当の訓練を積んでいるようだな。」

バックスマスターはそう呟きながら、双眼鏡を下ろした。
陣形の左側と前方の敵編隊は、ほぼ同時に突っ込んで来た。
ヨークタウンとホーネットの前方900メートルを行く2隻の駆逐艦が両用砲を撃ち始めた。

「前方の敵編隊、距離7000まで接近!」
「砲術、左側より迫る敵騎に注意しつつ、前方の敵を迎撃しろ。左舷側機銃座は左側の敵編隊を狙え。」

ヨークタウン艦長フランバート大佐が次々と命令を発する中、敵編隊は前方と左舷側からじわじわと迫って来る。
次第に、ホーネットを守る陣形左側の艦艇からの迎撃が激しくなって来た。
ホーネットとカウペンスを守るサウスダコタ、アストリア、アトランタはいずれも被弾しているが、幸いにも重大な損傷を被る事が無かった為、
先程と同様に猛烈な対空射撃を浴びせている。

サウスダコタを始めとする護衛艦との戦闘で、ホーネットとカウペンスを狙っていた敵編隊に犠牲が続出する。
その一方で、前方の敵編隊は急速に間合いを詰めつつある。

「敵編隊の一部、ホーネットに向かいます!残りは依然として、本艦に接近中!」
「連中、ヨークタウンを袋叩きにするつもりか。」

フランバート艦長が忌々しげな口調で呟くのを、バックスマスターは側で聞いていた。

「そのようだな艦長。恐らく、40騎近くがこっちに向かって来るぞ。」
「そのようですな……しかし、そう簡単にやられるつもりはありません。」

フランバート艦長は、どこか余裕を感じさせる声音でバックスマスターに言った。
やがて、ヨークタウンを護衛する重巡洋艦のノーザンプトンⅡとビロクシー、デンバーも前方に指向出来る5インチ砲を振りかざし、砲撃を開始した。
それまで少なかった砲弾炸裂の黒煙が一気に増え始める。
陣形左側の対空戦闘ほどではないが、それでも敵ワイバーン隊の周囲は、多数の黒煙が咲いている。
サウスダコタ、アストリア、アトランタも使用できる砲で敵ワイバーン隊を撃ちまくる。
高空と低空で侵入しつつあった敵編隊は、次第に攻撃隊形を整えながら距離を詰めていくが、米艦隊が放つ猛烈な対空弾幕の前に被撃墜騎が出始めた。
ホーネットを雷撃するべく、低空侵入を行っていたワイバーンのうち、1騎が砲弾を食らって即死し、瞬時に墜落する。
ヨークタウンの甲板に爆弾を叩き付けるため、高度3000メートルを飛行していたワイバーン1騎がVT信管付きの高角砲弾の直撃を受け、
真っ逆さまになって海に突っ込んで行った。
敵ワイバーン隊は次第に犠牲が増えて行ったが、それでも残ったワイバーンは念願の敵空母撃沈……それも、開戦以来自軍を悩ませてきた怨敵、
ヨークタウン級空母を討ち取るべく、仲間の死を尻目に相棒を突っ込ませていく。
先に突入を開始したのは、高空侵入のワイバーン隊であった。

「敵降爆来ます!距離3000!」
「面舵!」

フランバート艦長は航海科に命じる。

ヨークタウンを狙って来た18騎のワイバーンは、軽やかな羽音を発した後、くるりと一回転し、翼を半ば、後ろ側に折り畳んだ状態で
急降下を開始する。
通常、急降下爆撃を行う場合、米艦爆の場合は主翼のダイブブレーキを展開し、速度を上がり過ぎないようにしてから爆弾を投下するが、
ワイバーンの場合は違う。
ワイバーンは頑丈な皮膚を持つため、耐久力がある物の、それは胴体に関しての話であり、翼の部分ともなると話は違って来る。
ワイバーンは急降下を行う際、羽を半ば畳んだ状態で行うが、翼を全開で急降下を行った場合、風圧で姿勢が安定しにくい他、急激な圧力で
翼の骨に損傷を及ぼす場合があるため、安全性を考慮した上で、翼を折り畳んだ状態で急降下を行うよう育成されている。
その姿は迫力満点であり、竜騎士にとっては最も心躍る光景である。
怨敵、ヨークタウン級空母という極上の獲物を食らう機会を得たワイバーン群は、順繰りに降下して目標の左舷側前方から襲い掛かった。
太古の昔から変わらぬドラゴンの猛攻に、ヨークタウンは、左舷側にあるありったけの機銃と両用砲の射撃で応えた。
ヨークタウンは、若干右舷側に向かうような形で航行している。
過去に幾度か、米機動部隊を攻撃した事のあるワイバーン隊の指揮官は、これが、敵空母が行うフェイントの1つであると即座に見抜き、
各騎に敵空母の左側斜め前を狙えと命じた。
ヨークタウンは、他艦の援護を受けながら両用砲、機銃を猛然と撃ちまくる。
早くもワイバーン1騎が弾幕に絡め取られ、竜騎士は志半ばで相棒と共に散華する。
別のワイバーンはVT信管付きの5インチ砲弾の炸裂をまともに食らい、自分が死ぬと理解する前に体を丸ごと粉砕された。
猛烈な弾幕の前に、次々と被撃墜騎が出ていくが、それでも投下高度までは11騎が残っていた。
ワイバーン隊の指揮官は勝利を確信し、爆弾を投下した。
指揮官機はその直後、腹に40ミリ弾の直撃を食らい、胴体を真っ二つにされた物の、投下高度は適正であった事。
そして、残る部下達も確実に爆弾を叩きつけてくれると言う確信から、充分に満足しながら意識を暗転させた。
ワイバーン隊の放った爆弾は……右舷側では無く、左舷側に急回頭された事によって殆ど外れ弾となってしまった。
フランバート大佐は、最初は面舵を命じた後、10秒後に面舵を命じ、敵ワイバーンが高度1200まで降下した所で咄嗟に面舵一杯を命じた。
あらかじめ面舵に切られていた舵は、急回頭の際に生じる30秒から40秒前後の時間差を軽減し、面舵一杯を命じられてから僅か10秒ほどで
ヨークタウンは鮮やかな回頭を行った。
ヨークタウンのフェイントに告ぐフェイントを読み切れなかったワイバーン隊は爆弾を殆ど外し、ヨークタウンの左舷側に空しく海水を噴き散らす
だけに終わったが、最後の1発だけがヨークタウンの後部飛行甲板に命中した。
爆弾は第3エレベーターから前方20メートル程の位置に命中。飛行甲板を突き破り、格納甲板に躍り出てから炸裂した。
この爆発で、ヨークタウンは飛行甲板後部に穴を開けられ、格納庫内の艦載機4機が全損し、3機に損傷を受けた。

爆弾命中の瞬間、ヨークタウンの艦体は激しく揺さぶられたが、揺れはすぐに収まった。
ヨークタウンは敵の急降下爆撃が終わった後、すぐに取り舵に戻し、陣形の乱れを少しでも和らげるため、なるべく定位置に近い場所に艦を
移動させていく。
被弾から1分後には、ダメコン班から被害報告が届けられた。

「そうか。よし、ひとまず、火災の延焼防止に努めろ。火の勢いさえ殺せばどうにでもなる。」
「わかりました。そのように処置いたします。」

フランバートは艦内電話を切った。その直後、左舷側方向から連続して爆発音が響いた。

「ホーネット被弾!火災発生の模様!!」

見張り員が絶叫めいた口調で報告を送って来た。
フランバートとバックスマスターはすぐに振り返り、僚艦ホーネットを見つめた。
ホーネットはヨークタウンと同じように回避運動を行っていたが、敵編隊の方が一枚上手だったためか、爆弾を食らい、飛行甲板から濛々と
黒煙を噴き上げている。
爆弾を浴び、黒煙を噴き出しているのはヨークタウンも同様であるが、ホーネットは爆弾を複数受けたのであろう、ヨークタウンよりも
噴き出す黒煙の量が多い。

「ホーネットもやられたか……!」

バックスマスターは歯噛みしながら、言葉を紡いだ。
ヨークタウンに迫る敵は居なくなった訳では無い。依然として、12騎の敵ワイバーンが超低空から迫りつつある。

「敵さん、反円状に展開してやがる。このまま迫られたら、魚雷を回避するのは難しいぞ。」

フランバート艦長が憎々しげな口調で呟くのが聞こえた。
敵編隊は対空砲火を浴びながらも、ヨークタウンの前方を取り囲むような形で迫りつつある。

敵ワイバーン群はそれぞれの間隔が大きいため、対空砲火が分散されやすい。
連続して2騎、3騎と叩き落とせば、敵の魚雷を受ける確率も低くなるが、対空射撃が集中できないとあってはかなり難しい。

「どうするべきか……」

フランバートは判断に窮したが、それも一瞬の事だ。

「操舵手!面舵だ!舵輪は少しだけ回せ!砲術科、左舷斜め前方と正面の敵を集中して狙え!」

フランバートの指示通り、艦首の40ミリ4連装機銃と向けられるだけの20ミリ機銃が敵ワイバーンに向けて放たれる。
僚艦ノーザンプトンⅡとビロクシー、デンバーはフランバート艦長の意図を知る由もなく、ひたすらヨークタウンの右舷前方より迫る
敵ワイバーンを狙い撃つ。
敵ワイバーン隊は、向ける火力が少ない艦首方向より進んでいるため、順調に距離を詰めつつあったが、それでも被撃墜騎は続出する。
見計らったかのように、左舷側前方を進んでいたワイバーン2騎が同時に撃墜された。
更に、真正面より迫りつつあった1騎が海面に叩き落とされる。
巡洋艦部隊も敵騎を叩き落としたが、こちらは僅か2騎のみに留まった。
残った7騎のワイバーンは尚も間合いを詰めて来る。
がら開きとなったヨークタウンの左舷前方に7騎中3騎が素早く回り込み、崩れかけていた半包囲網を再び形成する。
動きの良さからして、精鋭航空隊である事は容易に想像が出来た。
(精鋭空母と精鋭ワイバーン隊……どちらの精鋭が勝つかは、この後決まる)
フランバートは心中でそう思った。
ヨークタウンの艦首が徐々に左舷に流れていく。それに合わすかのように、ワイバーン隊も半包囲網をずらしていく。
距離は1000メートルも無い。
敵の雷撃距離が600メートル前後であった場合、遅くても10秒以内には7本の魚雷が、ヨークタウンの艦首や舷側を食い千切るべく、
海中に放たれているであろう。
敵ワイバーンとの距離が目測で900に迫った時、フランバートは裂帛の勢いで命じた。

「舵戻せ!両舷前進全速!!」

大音声で命令が発せられた。
フランバートの指示通り、航海科は舵輪をもとの位置に戻し、機関室では機関科員が慌ただしく、しかし、的確な動きで操作し、艦の
スピードを速める。
それまで、サウスダコタに合わせて27ノットのスピードで航行していたヨークタウンは、一気にスピードを上げ始める。
ここで、敵の動きに変化が生じた。
敵編隊は、ヨークタウンの急な回頭中止とスピードアップを予測していなかったのか、距離800メートルで魚雷を投下した。
この時、ワイバーン隊の指揮官は焦るあまり、本来の投下高度である600メートルよりも遠い距離で魚雷を投下させてしまった。
低空で敵艦に雷撃を仕掛ける際に重要なのは、敵艦の動きと、速力を予測する事である。
この二つの要素を上手く予測できなければ、敵艦への雷撃を果たす事は非常に難しい。
敵ワイバーン隊の指揮官は、ヨークタウンが真正面から挑んで来る事に驚きはしたものの、すぐに速度を予測して、射線を集中させる形で
魚雷を投下させた。
敵ワイバーンは、魚雷を投下後、すぐに避退に取り掛かった。
その際、2騎が叩き落とされたが、ヨークタウンの艦上ではそれどころではなかった。
7本の魚雷が、互いに間隔を縮める形でヨークタウンに迫って来る。
7本中4本は、ヨークタウンに命中する恐れがある。

「さて……俺の判断は…ラッキーとなるか……それとも、アンラッキーか?」

フランバートは、迫り来る白い航跡を見守りながら呟く。次第に胸が息苦しくなって来た。
ヨークタウンは、回頭を中止すると同時に、速度を最高の32ノットまでに上げている。
もともとヨークタウンは33ノット、調子の良い時は34ノットまで発揮出来たが、今は対空兵装の強化等の改装の影響で、最高速力は
32ノットまでしか出せなくなっている。
とはいえ、32ノットという速力は、一昔前の駆逐艦並みの速力でもある。
もし、魚雷の1本でも艦首に命中すれば、ヨークタウンは被雷による損害のみならず、自らの速力で大量の海水を艦内に引きこんでしまう。
そうなれば大破は確実であり、最悪の場合、艦の喪失に繋がる事も考えられる。
魚雷7本中、5本は確実にそれるコースに入ったが、2本が間隔を縮めながら迫って来る。
ヨークタウンは巨大な煙突から煤煙を吐きながら驀進しているが、その勢いが殺がれるかどうかは……運次第だ。

「魚雷2本、急速接近!」

2本の航跡は、ヨークタウンにまで指呼の間と呼べる程にまで迫っている。間隔は明らかに狭く、ヨークタウンの艦体幅と同等かと思われた。

「艦長より総員へ!魚雷が間も無く到達する!総員衝撃に備え!!」

フランバートは艦内放送で乗員全員に伝えた。その直後、2本の航跡が完全にヨークタウンの艦首下に隠れた。
(クソ……やはりアンラッキーだったか……!)
フランバートはそう言いながら、迫り来る衝撃に備えるべく、足を踏ん張った。
被雷を確信してからそう間を置かぬ内に、対空砲火の騒音に加えて、艦の後方から奇妙な異音が伝わって来た。
左舷側後方から聞こえてきたそれは、何かが舷側部を擦っているような音だったが、それはすぐに聞こえなくなった。

「……今の音は?」

フランバートは、初めて聞いた異音に首をかしげた。その直後、見張り員が艦橋に報告を伝えてきた。

「敵魚雷、後方に抜けます!」

その言葉を聞いた瞬間、フランバートは思わずへたり込みそうになった。

「そ、そうか……回避に成功したか……!」

彼は、情けない姿を晒さぬ為、気丈な態度でそう言った。
艦内電話の受話器を取り、彼は艦の乗員に待望の言葉を伝えた。

「こちら艦長!ただ今の雷撃は全て回避した!」

フランバート艦長の言葉が艦内に伝わった瞬間、対空要員を覗く乗員達は、各部署で歓声を上げた。
だが、その喜びも、ホーネット被雷の声によって、長くは続かなかった。

敵の第3次攻撃隊は、第2次攻撃隊の攻撃終了から20分ほど経ってから姿を現した。

「直掩隊、敵の第3波攻撃隊と戦闘に入りました!」

ヨークタウンの艦橋に、CICから報告がもたらされ、バックスマスターはそれを聞くなり眉をひそめた。

「まずいな……まだ消火活動が終わっていないというのに……」
「陣形も乱れています。ここは少し、各艦の間隔を詰めた方が宜しいかと思われます。」

リンク主任参謀がバックスマスターに進言する。

「我が任務群は歩調をホーネットに合わせています。そのため、速度が低下し、その分回避運動がやりにくくなっています。」
「主任参謀の言う通りだな。」

バックスマスターは深く頷いた。
先の空襲で、ホーネットは爆弾3発と右舷に魚雷1本を受けている。
ホーネット艦長からは、魚雷はバルジに突き当たって爆発した為、損害は思ったよりも酷くは無かったと伝えられていたが、それでも
浸水は免れず、ホーネットは24ノット以上のスピードが出せない状態にある。
24ノット以上のスピードを出した場合、ダメコン班が被雷箇所の隔壁を閉鎖する事で、食い止めていた浸水が再び始まりかねないため、
TG58.2は艦隊速度を24ノットに留めたまま航行を続けている。
空母の中で被害を受けた艦は、ホーネットだけに留まらず、旗艦ヨークタウンと軽空母カウペンスも損害を受けている。
旗艦ヨークタウンは、フランバート大佐の巧みな操艦のお陰で、爆弾1発だけに留まったが、カウペンスは左舷に魚雷2本を受けた他、
爆弾5発を受けて大火災を発生し、輪形陣から落伍した。
カウペンス艦長からは、艦を救うべくあらゆる努力をすると伝えられたが、艦隊の後方で停止したカウペンスの黒煙は未だに収まらない。
それどころか、被弾直後よりも増えている感がある。
カウペンスが沈没確実の損害を受けた事は、もはや一目瞭然であった。
シホールアンル側の第3次攻撃隊は、CAPの迎撃を受けつつも順調に進撃を続け、空中戦が始まってから20分後には撃滅ゾーンを突破された。

「敵ワイバーン隊接近!数は約80騎!」
「うぬぬ、やはり先の攻撃隊が叩いた左側から進んで来るか。」

バックスマスターは、双眼鏡越しに敵編隊を見ながらそう言い放つ。
敵の攻撃ワイバーンの指揮官は陣形左側の防空網に大穴が開いている事を、先の攻撃隊の指揮官より知らされたのだろう。
80騎のワイバーン隊は、高空と低空に別れつつ、陣形の左側からTG58.2に殺到して来た。
敵編隊の一部は、空母群に前方のみならず、後方に回りつつある。
80騎の敵編隊は、TG58.2に接近するまでの間、大きく3つに別れた。
3つの敵編隊は、ほぼ同時に突入を開始した。
未だに健在である駆逐艦や巡洋艦が最初に高角砲弾を放ちはじめる。
敵編隊の周囲に高角砲弾が炸裂し、小さな黒煙が幾つも湧く。
低空と高空のワイバーン隊は、激烈な対空砲火を浴びつつも、ひたすら任務達成に向けて前進を続ける。

「畜生!さっきよりも対空砲火の集束率が悪い!」

フランバート艦長は、上空の対空戦闘を見守りながら、忌々しげな口調で呟いた。
先程のワイバーン隊も第3次攻撃隊と同様に、分散しながら艦隊に突入して来たが、先の敵攻撃隊は突入のタイミングに時間差があったため、
TG58.2はある程度、対空射撃を集中させる事が出来た。
しかし、今度の敵編隊はほぼ同時に輪形陣に接近して来たため、3方向を同時に相手取らなければならなくなったTG58.2は、
対空射撃を集中する事が出来なくなっていた。
(レーダー管制を受けた防空システムといえど、敵にバラバラで来られたのでは効果も下がってしまうな)
先程から殆ど無言で対空戦闘を見つめていたバックスマスターは、心中でそう思う。
敵編隊は被撃墜騎を次々と出して行くが、先の第2次攻撃隊のように、2騎、または3騎が連続して叩き落とされるような事は無い。
思い出したかのように1騎、また1騎と、少しずつ落ちて行くだけだ。
やがて、敵編隊は攻撃位置に達した。

「艦長!高空より敵ワイバーン隊接近します!数は14騎!」
「右舷前方より敵雷撃隊接近!騎数は10騎!」

フランバート大佐は、見張り員の報告を聞く中、敵がヨークタウンに対して雷爆同時攻撃を目論んでいる事に気が付いた。

「やばいな……さっきよりも難易度が上になったぞ。」

彼は緊張でやや声を上ずらせながら、気を落ち着かせる為に深呼吸しながら胸を撫でた。
ヨークタウンを護衛する重巡ノーザンプトンⅡと軽巡ビロクシー、デンバーが指向出来る5インチ砲を総動員して射撃を続ける。
ヨークタウンには、空母群の前方に回り込み、正面からの半包囲陣を形成しつつある雷撃隊と、左舷斜め上方より接近中の降下爆撃隊が迫っている。
数にして24、5騎程だ。

「大丈夫。さっきは30騎以上の敵に襲われても被害を最小限に抑える事が出来た。今度もまた、敵の思う通りにはさせない。」

来るなら来い!
覚悟を決めたフランバートは、凛とした声音で指示を下し始めた。

「砲術!対空射撃を低空のワイバーン隊に集中しろ!高空のワイバーン隊は僚艦に任せる!」
「了解です!」

砲術長の威勢の良い返事が受話器越しに伝わった。
低空侵入の敵ワイバーン隊は、前方1200メートルを航行する2隻の駆逐艦の横をすり抜けながらヨークタウンとの距離を詰めて来た。
艦首の40ミリ4連装機銃がけたたましい音を立てて、野太い曳光弾を前方に吐き出す。
ヨークタウンの右舷前方に占位するノーザンプトンも左舷側を真っ赤にしながらワイバーン隊を狙い撃ちにする。
多量の対空砲火を浴びた敵ワイバーン隊は、あっという間に2騎を撃墜された。
残ったワイバーンにも対空射撃が加えられ、更に1騎が被弾して海面に激突した。

「高空の敵ワイバーン、急降下を開始しました!」

見張り員の絶叫めいた言葉が艦橋に響く。その直後、ヨークタウンは右舷に回頭を始めた。
ヨークタウンにならって、ノーザンプトンとビロクシーも右舷に舵を切る。

その瞬間、ヨークタウンは左舷側を敵の雷撃隊に晒す事になったが、それは同時に、ヨークタウンが持つ対空火力の半分を敵に叩き
込める事を意味していた。
左舷側の20ミリ機銃、40ミリ機銃は、待ってましたとばかりに低空侵入の敵ワイバーン隊を迎え撃った。
1騎のワイバーンが多量の機銃弾を叩きつけられて左右の翼をもぎ取られ、海面に突っ込んだ。
もう1騎のワイバーンがVT信管付きの砲弾の炸裂を受けた後、激痛に悶え苦しみながら海に突っ込み、血混じりの水柱を噴き上げた。
更に1騎のワイバーンが40ミリ機銃弾を食らって即死し、竜騎士共々、冬の寒い洋上に散華した。

「ようし!その調子だ!」

フランバートは、対空砲火陣の活躍に喝采を叫んだ。
だが、それも束の間の出来事であった。
高空から急降下して来た敵ワイバーンがヨークタウン目掛けて、次々と爆弾を投下して来た。
ヨークタウンを狙った敵騎は10騎。
その10発の爆弾が、ヨークタウンの甲板を穿ち抜かんと、高速で降り注いで来る。
最初の爆弾はヨークタウンの左舷側海面に落下した。それから続々と爆弾が降り注ぐ。
2発目、3発目、4発目と、爆弾はヨークタウンの左舷側海面や右舷側海面に至近弾として落下し、水柱を林立させる。
5発目がヨークタウンの飛行甲板に命中した。
爆弾は第1エレベーターから後ろ10メートルの所に命中し、格納甲板で炸裂して火災を発生させた。
最初の被弾から間を置かず、6発目の爆弾が飛行甲板中央部に命中し、爆炎を噴き上げた。
7発目、8発目がヨークタウンの左舷、または右舷側海面に至近弾として落下するが、9発目が飛行甲板後部に命中し、派手に火炎を
噴き上げた。
バックスマスターは次々と湧き起こる爆発に、危うく転倒しかけたが、何とか耐え抜く事が出来た。

「飛行甲板に3発命中!火災発生!」

バックスマスターはその報告を聞いた後、フランバート艦長に顔を向ける。
フランバートの顔には後悔の念が滲んでいたが、それでも、戦いを諦めては居なかった。

「舵戻せ!取り舵一杯!」

彼は気を落とす事無く、素早く命令を発した。
右に回頭を続けつつあったヨークタウンの艦体が回頭を止め、次いで左に回頭をしようとする。
しかし、その頃には、残った敵ワイバーンは魚雷を投下していた。

「敵ワイバーン魚雷を投下!」
「くそ……タイミングがずれたな。」

フランバートは小声で呟きながら、左舷側方向に顔を向けた。
左舷側から8本の魚雷が白い航跡を引きながら航走している。そのうち、5本が命中コースに入っている。
今度の魚雷群は先程と違って、扇状に広がっていた。
ヨークタウンが直進を続けた場合、5本の魚雷を全て受ける可能性は極めて高いが、左舷に転舵を行っても、やはり魚雷を食らう恐れは
充分にあった。
やがて、ヨークタウンの艦体が左舷に振られ始める。最初はゆっくりとだが、弾みが付けばあっさりと艦首を回して行く。
だが、その鮮やかな回頭をもってしても、魚雷を完全に防ぐ事は出来なかった。

「敵魚雷2本!急速接近!」

見張り員が再び、絶叫めいた口調で報告を送って来た。

「やはりずれていたか……!」

フランバートは、自らの失態を悟った。
ヨークタウンは、回頭によって新たに3本を回避する事に成功したが、2本は40ノットほどの速度で、ヨークタウンの左舷側
目掛けて突進を続けている。
先程と違って、今度の魚雷は、もはや避けようがなかった。

「艦長より乗組員へ!魚雷が接近している!総員衝撃に備えろ!!」

フランバートは凛とした声音で艦の乗員達に告げた。
それから10秒後、魚雷が斜め前からヨークタウンの左舷側に命中した。
魚雷が命中した直後、ヨークタウンは熱病に侵された重症患者のように激しく振動した。
水柱が第1エレベーターの左舷側海面から高々と吹き上がった。
続けて、2本目が左舷中央部に命中し、再び艦体を容赦なく揺さぶり、硝薬混じり海水が天を衝かんばかりに噴き上がった。
ヨークタウンの19800トンの艦体が頼りなく思えるほど激しく揺れ動く。
バックスマスターは衝撃に耐え切れず、床に転倒してしまった。

「畜生……魚雷を食らうとは……!」

彼はすぐに置き上がったが、耳元にフランバート艦長の悔しげな一言が聞こえた。
だが、それも一瞬であり、フランバートは我に返ると、的確な指示を飛ばし続けた。

「両舷機停止!停止だ!」

フランバートの指示通り、ヨークタウンは急速に速度を落として行く。
この時、ヨークタウンは2本の魚雷を受けていた。
1本目は斜めから艦体に突き刺さった後、バルジを突き破って、新設された防水区画内で炸裂した。
爆発の瞬間、7メートル程の大穴が開き、ヨークタウンの艦内に大量の海水が雪崩れ込んだ。
2本目は1本目と同様、左舷側中央部付近に命中した。魚雷はやはりバルジを貫通して艦内に達し、機関室にまで損傷が及んだ。
このため、ヨークタウンは被雷直後から、急な速度低下を来し始めていた。


先の被雷から10分後。ヨークタウンは、左舷に5度傾斜した状態で洋上に停止していた。
飛行甲板から噴き出る多量の黒煙と、左舷に傾斜したその姿は、まさに廃艦寸前のスクラップの様相を呈しており、今にも沈みそうな感が強かった。
だが、現実は、見た目よりも少し違っていた。

「司令官。ダメコン班からの報告によりますと、本艦は飛行甲板並びに、艦体部分に損傷を受けていますが、今の所、適切な処置を行えば
艦の喪失にはつながらないとの事です。」

「そうか……艦長、良くやった。」

バックスマスターは、緊張と興奮で極度に疲労したフランバート艦長を心の底から労った。

「いえ。私は指示を飛ばしただけに過ぎません。それに、本艦のダメコン班を鍛えたのは司令官です。司令官が艦長時代に、ダメコン班を
みっちり指導していなかったら、今頃はこのような大損害を受けても対処しきれなかったでしょう。」
「ハハ…そう言われると、私も言葉に窮してしまうな。」

バックスマスターは苦笑しながら艦長に返した。
彼はすぐに真剣な表情に戻り、艦橋の張り出し通路に出て僚艦の状況を確かめた。

「……ホーネットの状況は酷いようだな。」

バックスマスターは、ヨークタウンの発する煙に見え隠れする僚艦を見つめる。
ホーネットは、ヨークタウンと同様に敵騎の集中攻撃を食らい、新たに爆弾5発と、左舷側に魚雷4本を受けている。
爆弾の命中だけなら、ホーネットはまだ耐えきれたかもしれないが、艦腹に4本もの魚雷を受けたとあっては、話は大きく違って来る。
ホーネットは、濛々たる黒煙を噴き上げながら、左舷に10度傾斜していた。
ホーネット艦長からは、極力、艦の保全に努めると、TG58.2司令部は報告を受け取っている。
しかし、機関部が死に絶えた上に、大火災を生じたとあっては艦の復旧は困難を極めるだろう。
ホーネットが沈没確実の損害を被った事は、誰の目にも明らかであった。

「ホーネットの艦長は優秀です。あとしばらくしたら、総員退艦を発するでしょう。」
「……そうだといいが……」

バックスマスターは不安げな口調で、リンク主任参謀に返した。

「エンタープライズの状況はどうなっている?」
「ハッ。エンタープライズは被弾個所の火災の消火に努めています。エンタープライズ艦長からは、あと30分で鎮火の見込みと伝えられています。」

547 :ヨークタウン ◆x6YgdbB/Rw:2011/05/01(日) 16:05:49 ID:5x/ol6rU0
「ふむ。エンタープライズだけは魚雷を食らわなかったか。」
「しかし、エンタープライズも第1、第2エレベーターを損傷しています。飛行甲板が傷付いた場合、穴を塞ぐだけで充分ですが、エレベーターを
やられたとなると、話は違って来ます。」
「エレベーターを損傷した場合は、浮きドックに載せて修理させるか、あるいは本国に持ち帰らなければならない。しばらくは航空機の運用は出来んな。」

バックスマスターはそう呟いた後、自らの指揮するTG58.2の損害状況を分析した。

「エンタープライズも被弾して使えなくなったとすると……TG58.2はホーネットとカウペンスを喪失した他、ヨークタウンとエンタープライズが
大破したと言う訳か……強運の三姉妹が、今回の海戦では貧乏くじを引いた事になるな。」

バックスマスターは自嘲気味にそう呟いてから、幾分、表情を暗くしながら艦橋内に戻って行った。


午後11時55分。第5艦隊旗艦アラスカ
第5艦隊旗艦アラスカの作戦室では、TG58.2がまさかの壊滅的打撃を被った衝撃に、通夜さながらの空気に満ちていたが、
第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、TF58全体の被害報告を眉ひとつ動かさぬまま聞き入っていた。

「以上が、TF58が被った損害の全容となります。」
「……状況はわかった。」

スプルーアンスはこくりと頷きながら、報告を伝えたムーア少将に向かって言う。

「TG58.2は、母艦全てが被弾して実質的に壊滅状態。TG58.3は空母2隻が戦線離脱と判断される被害を受け、TG58.6も
巡洋艦2隻と駆逐艦2隻に損傷を受けたか。こちらの戦果は?」
「はっ。第1次攻撃隊は巡洋艦2隻、駆逐艦5隻撃破。第2次攻撃隊は正規竜母1隻、小型竜母1隻撃沈。正規竜母1隻撃破の戦果を上げています。」
「こっちは空母2隻沈没確実。4隻大中破か……どうも収支が合いませんな。」

航空参謀のジョン・サッチ中佐が険しい顔つきを浮かべながら言って来た。

「しかし、純粋な機動部隊戦闘での被害は空母2隻喪失と2隻大破のみだ。全体的には押されている感が否めないが、機動部隊同士の戦いでは
ほぼ互角と言える。」

作戦参謀のジュスタス・フォレステル大佐がサッチに向けてそう言った。

「いや、戦争が進んでいくにつれて、不利になるしかないシホールアンル側にとって、この喪失は相当な痛手になる筈だ。その点から見れば、
我々は互角どころか、やや有利な状況で戦闘を進めているともいえるぞ。」
「しかし、今はマーケット・ガーデン作戦の成功こそが優先目標だ。将来的に負ける事はあり得ないにしても、この戦闘で高速空母群が
壊滅したら、上陸部隊にも多大な危険が及ぶ。そうなれば、マーケット・ガーデン作戦の柱の1つであるマーケット作戦は、瓦解の憂き目
に遭いかねない。」

スプルーアンスが戒めるかのように、フォレステルに注意する。

「我々は、常に艦載機の数と、上陸部隊の事を頭に入れながら戦闘を進めなければならんぞ。」
「はっ。確かに長官の言われる通りです。」

フォレステルはそう返しながら、軽く頭を下げた。

「長官。あと1時間で第1次攻撃隊が帰還します。その30分後には第2次攻撃隊も帰還する予定ですが、第3次攻撃隊は予定通り、
TG58.4とTG58.5の艦載機で編成いたしますか?」

サッチ中佐は念のため、スプルーアンスに確認を取った。
第3次攻撃隊は、TG58.4とTG58.5から出される予定となっている。
2個任務群から計160機の艦載機が発艦する手筈になっており、予定では午後2次頃に敵機動部隊に向かう事になっている。

「いや、数を増やそう。」

スプルーアンスはやや間を置いてから、サッチにそう返した。

「先程の戦闘で、敵の機動部隊も艦載ワイバーンを多数消耗している。場合によっては、方針を転換して、防御戦闘に徹する可能性がある。
そうなれば、多数の戦闘ワイバーンに襲われる可能性がある。ここは、攻撃隊の安全性を考慮して、攻撃機と戦闘機の数を増やす。」
「わかりました。では、どの任務群から増援を送りますか?」
「……TG58.1とTG58.3から増援を送ろう。戦闘機を最低でも50機前後、艦爆、艦攻を計40機ほど増やしたい。」
「わかりました。では、第1次、第2次攻撃隊が戻り次第、攻撃に参加できそうな機数を調べます。」
「うむ。頼んだぞ。」

スプルーアンスは、いつもと変わらぬ平静な声音で、サッチにそう告げた。


午後2時 第4機動艦隊旗艦モルクド

敵機動部隊攻撃に向かった攻撃隊は、午後1時30分までには帰還を終えていた。

「攻撃隊の損害は、やはり相当な物ね……」

第4機動艦隊司令官リリスティ・モルクンレル大将は、憂鬱な表情を浮かべながら、主任参謀のハランクブ大佐に向けて呟いた。

「敵機動部隊の迎撃網は、レビリンイクル沖海戦よりも格段に強化されているようです。もともと、低空侵入でレーダーの警戒網を
突破しようとしていた第3次攻撃隊が、否応無しに通常攻撃に踏み切らざるを得ない程でしたから。」

第4機動艦隊は、3波600騎もの攻撃隊を放ち、ヨークタウン級空母1隻、小型空母1隻撃沈確実。ヨークタウン級空母2隻、
巡洋艦2隻、駆逐艦5隻を大中破させたが、その代償はやはり大きかった。
第1次攻撃隊200騎は、敵戦闘機の迎撃を受けて39騎を撃墜されている。これだけならまだ許容範囲内であるが、問題は第2次攻撃隊からだ。
第2次攻撃隊は、参加騎数280騎のうち、実に120騎が未帰還となっている。
未帰還騎の大半は攻撃ワイバーンであり、モルクドから発艦した14騎の攻撃ワイバーンも、半数が帰らなかった。
第3次攻撃隊も同様であり、180騎中未帰還騎72騎を数え、その半数以上は攻撃ワイバーンが占めていた。
第4機動艦隊は、空母2隻撃沈、2隻撃破の代償として、対艦攻撃力を大幅に削がれてしまった。

艦隊には未だに、多数の攻撃ワイバーンが残っている。
これも敵艦隊攻撃に使う事は可能だが、敵機動部隊の卓越した防空システムに掛かれば、温存していた攻撃ワイバーンもたちどころに消耗し尽くす
事は、容易に想像できた。
また、敵の防空システムにも進化が見られた事も、損害増加の要因の1つとなっている。
第3次攻撃隊は、敵機動部隊の背後に回って急襲を仕掛ける役割を担っていたが、敵機動部隊から約30ゼルド方向に到達した所で、早期警戒機で
あるアベンジャーに発見されたため、やむなく通常攻撃に踏み切った。
その結果、第3次攻撃隊は、被弾していた空母1隻に撃沈確実の損害を与え、2隻を大破させた物の、戦闘機の迎撃と猛烈な対空砲火によって、
参加騎数の4割を失うという大損害を被っている。
過去の海戦では、第3次攻撃隊のような奇襲部隊を回し、何度か成功を収めて来た戦法も、アメリカ軍がアベンジャーを偵察機代わりに使う事で
意味を成さなくなったのである。
問題はそれだけに留まらない。

「主任参謀。確か、敵艦隊の防空艦の中には、対艦爆裂光弾が1発も当たらなかった奴が居ると聞いたけど、それは本当?」
「はい。事実です。」

ハランクブ大佐は頷いた。

「我が艦に降りたホロウレイグ隊指揮官の話によりますと、アトランタ級巡洋艦に350グレルまで迫ってから、6発の爆裂光弾を放った物の、
爆裂光弾は生命反応を捉える事が出来なかったのか、全く見当違いの所に外れて行ったようです。」
「6発も放っていながら、1発も生命反応を捉えられなかったなんて……」
「爆裂光弾は高い製作費を掛けているだけあって、稼働率は良好です。それなのに、6発もの光弾が全て外れ弾になると言う事は、本来ならば
あり得ない事態と言えます。」
「でも、そのあり得ない事態が現実に起きてしまった……主任参謀、あなたはこれを、どう思う?」
「は……断言はできませんが、ホロウレイグ隊が光弾を浴びせたアトランタ級には、何らかの細工が仕掛けられていたかもしれません。」
「何らかの細工……か。」

リリスティは腕組しながら、その細工が何なのかを考えた。
もともと、竜騎士出身のリリスティは、同時に魔道士でもあるため、どのような種類の魔法があるのか分かっている。

1分程黙考したリリスティは、アトランタ級に仕掛けられたと思しき細工の正体を、おぼろげながらも推測できた。

「もしかして、アトランタ級には妨害魔法の類が仕込まれていたんじゃないかな?」
「確かにそう考えられます。」

魔道参謀が頷きながら、リリスティに言う。

「そうでもなければ、アトランタ級のような大型艦に1発も命中しないとは考えられません。もし、対艦爆裂光弾自体の故障が原因で
あったならば、我々はもう一度、兵器開発局の連中と親僕会を開かねばなりません。」
「あなたの言う通りね。」

リリスティはニヤリと笑いながら、魔道参謀の肩をポンと叩いた。

「こちらの被った損害は甚大ですが、敵も同じです。」

ハランクブ大佐が、改まった口調でリリスティに言う。

「敵は我が機動部隊と、陸上の航空基地からも攻撃を受けています。攻撃を担当したワイバーン隊指揮官の話では、敵正規空母3隻撃沈、
1隻撃破、戦艦2隻撃破の戦果を上げ、飛空挺隊は空母3隻撃破の戦果を挙げています。」
「飛空挺隊の戦果報告は……まあ信用出来るとして、陸上基地のワイバーン隊の報告はやや信用できないわね。」

リリスティはあっさりとした口調でそう言い放った。

「陸上基地のワイバーン隊は、途中で敵戦闘機に横合いから襲われ、被害を受けたと報告を送っている。それに、一部のワイバーン隊は
空母じゃなく、何故か戦艦部隊を攻撃している。恐らく、戦闘で極度に興奮した未熟な竜騎士が、戦果を報告している可能性があるわ。
それに加えて、飛空挺隊の戦果報告は、曖昧な言葉があまり無い事から信憑性がある。主任参謀、あたしは前のヒーレリ領沖航空戦と同じように、
ワイバーン隊の戦果報告は話半分どころか、話一割で考えた方がいいと思っている。」
「司令官の言われる通りですな。」

ハランクブ大佐は深く頷いた。
第4機動艦隊の攻撃と呼応して、陸上基地からも断続的にワイバーン隊と飛空挺隊が発進し、米機動部隊攻撃に参加した。
最初に発進した第1次攻撃隊210騎は、進撃の途上で思わぬ敵に襲われた為、編隊は4つに別れたまま進撃を続けた。
その結果、第1次攻撃隊は大半が戦闘機によって阻止され、辛うじて30騎だけが敵機動部隊攻撃に参加したが、30騎中、生き残ったのは
僅か12騎であった。
そして、第1次攻撃隊に遅れる事30分。第2次攻撃隊240騎が戦場に姿を現した。第2次攻撃隊は航法を誤ったため、半数が戦艦部隊である
TG58.6に襲い掛かり、巡洋艦2隻を撃破、駆逐艦2隻を撃破したものの、40騎を失った。
残る半数は辛うじて敵機動部隊を攻撃したが、ここでも米戦闘機の猛攻と、熾烈な対空砲火によってばたばた叩き落とされ、生き残りが
空母3隻に投弾を行っただけで戦果は正確に確認出来なかった。
ふがい無いワイバーン隊とは対照的に、飛空挺隊はそれなりの活躍を見せた。
第3次攻撃隊として現れた170騎のケルフェラク隊は、戦闘機の迎撃と対空砲火によって64機を失ったが、それと引き換えにエセックス級空母
1隻に魚雷2本、爆弾3発を浴びせ、もう1隻に爆弾5発を浴びせて発着不能に陥れた。
戦果はそれだけに留まらず、巡洋艦2隻と駆逐艦1隻にも損害を与えている。
ワイバーン隊と飛空挺隊は共に、戦闘の様子を魔法通信で断続的に送ってきている。
その内容も、ワイバーン隊と飛空挺隊では隔たりがあった。
ワイバーン隊の報告では、敵艦らしき物に魚雷命中といった物や、敵艦に火柱を確認、損傷を与えりと言った物から、敵空母(推定)に
魚雷複数命中、大破と思われるという曖昧な物が多かった。
それに対して、ケルフェラク隊の報告は、我、敵空母1隻の舷側に魚雷2本命中を確認せり。速力低下、と言う物や、敵巡洋艦1隻に爆弾3発命中、
敵艦の防御砲火に弱体化を認む、といった、敵艦の様子を事細かに記した報告が大半を占めていた。
無論、ケルフェラク隊にも新人は含まれており、中には曖昧な報告もあったが、それでもワイバーン隊の戦果報告よりは幾らかマシな物であった。
リリスティを始めとする第4機動艦隊の幕僚達が、ワイバーン隊の戦果報告を信用しないのも無理は無かった。

「司令官。第4次攻撃隊はどうしますか?」
「第4次攻撃……か。」

リリスティは、心の中では第4次攻撃隊を出す事に躊躇いを感じていた。
第4機動艦隊は、先の敵機動部隊攻撃で艦載ワイバーンを消耗した物の、いまだに700騎以上のワイバーンを使える。
このうち、半数は第4次攻撃隊として敵機動部隊に向かわせる事が出来る。

だが、この第4次攻撃隊も、午前中に出発した攻撃隊と同様、激烈な対空砲火の前に多大な犠牲が生じるだろう。
第4次攻撃隊も消耗すれば、例え海戦に勝利したとしても、後が続かない。
機動部隊の攻撃力を温存するためには、なるべく艦載ワイバーンと竜騎士を消耗したくなかった。

「参ったわね……」

リリスティは頭を抱える。
機動部隊同士の正面対決と言う事もあって、高揚感に包まれていたリリスティだったが、現実を直視した途端、彼女の内心に第4機動艦隊が
壊滅するという恐怖感が芽生え始める。
(ワイバーンを失った竜母は、ただの役立たずに過ぎない。でも、ワイバーンが残れば、竜母は生きる。第4次攻撃隊を出すべきか、出さざるべきか……)
リリスティの苦悩を見たハランクブ大佐は、恐る恐るといった様子で声をかけた。

「司令官。時刻は2時を過ぎています。攻撃隊を準備し、発艦させるには今しかありません。そうしなければ、今日の攻撃は不可能と
なってしまいます。」
「……ええ。確かにね。」

リリスティは、小声でハランクブに返答した。

「これは、互いに全力を尽くした決戦。その決戦で、躊躇いを覚える事は恥に等しい……主任参謀!」
「はっ!」

リリスティはハランクブ大佐に顔を振り向ける。

「直ちに第4次攻撃隊の発進準備に取り掛かって。編成は各竜母群の指揮官に任せるわ。」
「はっ。そのように!」

ハランクブ大佐はそう答えると、部下の幕僚達に次々と指示を下して行った。

レーミア沖の機動部隊決戦の前半戦はこうして終わりを告げ、そう間を置かぬ内に、後半戦が始まろうとしていた。


米シ機動部隊決戦は、新たな展開を迎えつつあった。
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