自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

349 第260話 突き出しの槍

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第260話 突き出しの槍

1485年(1945年)11月27日 午後9時 ワシントンDC

「………だから、私はこれまでにも何度も申しました!」

会議室に苛立ちの含んだ声が響き渡る。

「シホールアンル帝国は戦後に徹底的な制裁を加え、二度と大国にのし上がらぬようにするべきです!奴らが軍事力という“おもちゃ”など愚かしく、
煩わしい物であると、心の奥底に植え付け、経済面でも重い制限を加え」
「それこそ最悪の手段ではないか!?」

別の声がその説明を遮った。

「貴方は繰り返し繰り返し、そのような事をおっしゃられるが、我々合衆国は第1次大戦後、連合国がドイツを始めとする敗戦国に正気を疑いたくなる程の
賠償金をふっかけ、経済、軍事、ありとあらゆる面で強い制限を加えた事を知っている。そして、戦争を再び起こさせないように行ったこれらの策が、
かえってドイツの復讐心を煽り立て、再度のヨーロッパ大戦を引き起こした遠因ともなった事を忘れたのか!?」
「シホールアンルがドイツと同じ行動を取る事はありえん!」
「ヴェルサイユ会議後の要人達もそう言って、あの条約にサインしたではないか!その結果が、転移前まで行われていた、血で血を洗う欧州戦争だ!
あなたは、独立をなし得たばかりのレスタンやジャスオに、チェコスロヴァキアとオーストリアの二の舞になれと言われるのか!?」
「そんな事を私がいつ言ったのだ!?それに、前にも言った通り、ここは元の世界ではなく、異世界だ!そう、全く違う世界なのだ!彼らが敗戦後、
我が合衆国の力を思い知る。そうなれば、ナチスドイツのように暴走するという事はあり得ないと私は確信する!」
「だから、何故そんな事を言えるのだ!?そもそも、工業力はともかく、民族意識という点においてはドイツ以上に高いであろうシホールアンルに、
そんな楽観的な推測を立てる事自体が危険極まりない!」
「そうだ!」
「彼の言う通り!」

対シホールアンル“穏健派代表”の発する言葉に同調する者が相槌を打つ。

「何を言うか!?あいつらは平時にこっそりと、自国民を他国に流出させて、国家転覆を謀ったならず者国家だぞ!ヒーレリがいい例だ!君はもし、その時が来たら、
合衆国を緩やかな解体に追い込んだ国賊として弾劾される事になるぞ!」

「そんな姑息で、忌々しい計画を立てる国なぞ、残さずに併合するか、分割統治しても構わんでしょう。」
「第一、戦後に独立国とするのも甘すぎる!連中が強大な工業力再び手にしたら最後!また多くの合衆国青年の命が奪われる事になる!今次大戦での我が合衆国軍の死傷者数は幾らかご存知か!?
60万名以上ですぞ!?その内の大半は太平洋戦線だ!遠い将来、シホールアンルと再戦となれば、これとほぼ同じ数の犠牲者が出る事は間違いなしですぞ!?」
「だからといって、苛烈な占領政策を敷けばやはり復讐される可能性が高まる。戦後の軍事裁判を行う事は賛成だが、何も、シホールアンル国民にまで苛烈な扱いを
課すべきではない。第1次大戦後のドイツのように、どん底景気に落ち込んで、逆に支援を増やさねばならない事になったら、ただでさえ危ういと言われている合衆国経済に
更なる負担が生じてしまう。」

穏健派の言葉を受けた強硬派の代表が、苛立ちに顔をゆがめながら言い返す。

「ならば、戦後の統治は同盟国に任せれば良いではありませんか。」
「無茶を言ってもらっては困る!」

穏健派代表が目を剥いた。

「彼らの占領政策は合衆国以上に苛烈な物になりますぞ!特に、国土を蹂躙されたレスタンやヒーレリ軍が復讐がてらに、シホールアンル本土の一部を強制的に併合する可能性がある。
今は、合衆国がいるから落ち着いている上に、現存する軍隊も、合衆国軍の指導を徹底的に受けた事もあって、捕虜や敵国臣民の対応も紳士的だが、彼らも元はその国の民だ。
そして、国民のシホールアンルに対する恨みは半端な物では無い。ほとぼりも覚めぬ内に、合衆国軍抜きで軍の駐留を許可してみろ!かつてのフランス、ベルギー軍がドイツに
対して行ったような直接行動に出る事は、火を見るよりも明らかだ!」
「手緩い!」

穏健派代表の言葉を、強硬派はそう切って捨てた。

「貴方は、口では同盟国の恨みが何とやらと言っておられるが、心の中では、同盟国国民の考えがまるで分っていない。」
「何ですと!?」
「そもそも、被占領国の国民を虐げたシホールアンル帝国に対して、親政を行おうとする事自体間違っている。そんな事をすれば、アメリカは喉元が過ぎれば、かつての敵対国が
やった事も全て忘れて、恨み真髄の同盟国に向けて今日から新しい友達になると、馬鹿な吹聴をする……と言う能天気な国家として馬鹿にされかねませんぞ。」
「だから、どうしてそのような事になると言うのだ!?私は何度も申した通り……!!!」

アメリカ国務省内のとある会議室では、午後2時から終戦後のシホールアンル帝国に対するアメリカの占領政策を決めるため、各界の要人達や政府、軍の高官達が集まり、
入手したばかりの情報やこれまでの資料を用いた会議が行われていた。

だが……

「はぁ……グローヴスさん。やはり、今日もこんな感じになってしまいましたな。」

アメリカ商務省より随員として、国務省に赴いたヴルッグ・カーペントは、随員待機室の隣に座るレズリー・グローヴス少将に声をかけた。
会議室は防音となっているため、会議の内容までは完全に分らないのだが、参加者たちの怒声は防音の筈の壁すらも通して、はっきりとではないが、外に漏れていた。

「仕方ないさ。誰も彼もが、戦後のシホールアンルはこうしなくちゃいかんと考えている。カーペント君、君はまだ若いから、こんなどろどろとした会議は聞くだけでも
嫌になるだろう?」
「若いと言っても、36歳になるおじさんですがね。」

カーペントは、堀の深い痩せ顔に苦笑を貼りつかせた。

「まぁ、正直嫌になりますな。毎度毎度こうだと、戦争が終わるまでに話は付くのかと思ってしまいますよ。」
「私も、マーシャル将軍の随員としてここに居るが、本当に、この進行の遅さはどうかと思うな。予定では、今日までに7割がたの話が終わって居る筈なのに……」
「それが、今日にもなって、話は全体の3割近く、ですからね。」
「参ったとしか言いようがないな。」

グローヴスはため息を吐いた。

「もう、この対策会議も7回目だ。なのに、進歩はあまりない。」
「私は、第4回目会議から参加しているのですが、最初もこのように、激しい議論が繰り広げられたのですか?」
「最初はもっと酷かったぞ。」

グローヴスは頭を掻きながら、反対側に座っている人物に目を向けた。
目の前で本を読んでいた猫耳のスーツ姿の男性が、グローヴスの視線に気付いた。

「君も確か、1回目から随員として参加していたな?」
「ええ。あの時は、うちの大ボスも参加していたので、もう大荒れでしたね。なにしろ、殴り合いの喧嘩が起こるほどですから。」

目の前のカレアント人役人……フィンキィ・ヘリンスィンは、あどけなさを感じさせる顔に苦笑を張り付かせながらグローヴスに話した。

カーペントは、今ではすっかり慣れているが、ヘリンスィンと初めて会った時、外見上の判断で彼の年齢を22、3歳ぐらいかと思って声をかけたが、

「カーペントさん。僕は今年で48です。あなたよりも年上ですよ。」

と、年齢を聞いたカーペントに対して、ニッコリと笑いながら答えた。
その時のカーペントは大層驚いていたが、この世界の住人……特に、エルフや獣人といった亜人種と呼ばれる彼らが不老長寿である
(カレアント人の平均年齢は70歳ほどだが)と説明されると、カーペントは半信半疑ながらも、ようやく納得する事が出来た。

初対面の頃の苦い思い出を記憶の隅にしまいつつ、カーペントはヘリンスィンに聞いた。

「殴り合いって……そんなに激しかったのですか?」
「うちの大ボスや、他国の代表者達はシホールアンルに対する厳重な処分を行う事を、強く希望していました。ですが、アメリカ側の代表……今日の会議に参加している
穏健派代表がきっぱり断ったのです。」
「第一回目の会議では、シホールアンル帝国の戦争犯罪をどう裁くかと、シホールアンルの国土割譲を行う必要はあるのかどうか、という点を話し合っていた。君も、
ここまでの話は聞いているだろう?」
「ええ。一応は……」

グローヴスの問いに、カーペントは頷く。

「会議は初っ端から紛糾さ。そもそも、国際法という物が存在しないこの世界で軍事裁判を行う事自体あり得ない話なんだが……最初はその辺りで激論が開始。
で、ようやく話が纏まったかと思うと、今度は南大陸側が主導で戦争犯罪の裁判を執り行いたいと言ったり、国土の分割統治はどうこうだの……まっ、聞くだけでも
憂鬱になるほどの激論ぶりだったな。」
「話が進みませんからねぇ……で、終盤には殴り合いが起きたりと、本当、散々でしたなぁ。」
「いやぁ……凄かったんですなぁ。」

グローヴスとヘリンスィンの話を聞いたカーペントは、頭の中で声高に怒鳴りあう各国の交渉団代表の姿を思い浮かべた。

「もっとも……何故か、会議終了後は、参加者全員でバーで飲み合っていたけどな。」
「……どうしてそうなったんです?」
「うちの大ボス………ウェレンヴィ大使がこう言ったんですよ。憂さ晴らしに皆で飲みに行こう!とね。」

「ハハ。思い出すと今でも笑ってしまうよ。あんなギスギスした空気で、ウェレンヴィ大使もよく言う。流石は、暴れん坊のミレナ女王の親戚と言った所かな。」

カーペントは唖然となった。

「……この世界の女の人って、どうして、こうも男勝りの人が多いんでしょうかねぇ。」
「男勝りにならないと、生き辛いんですよ。特にカレアントではね。」

カーペントの言葉を聞いたヘリンスィンは、苦笑しながらそう言った。

「まっ……男勝りとやんちゃを履き違えた方が国家元首になるぐらいだからな。」
「ははは、毎度毎度、女王陛下には振り回されっぱなしですよ。」

ヘリンスィンは恥ずかし気に頭を掻いた。

「ともかく、会議は毎度毎度、こんな感じだったな。進展がない訳ではないが……終戦に向けたこういった準備が、早いという訳でも無いのが現状だろうな。
特に、こんな状態ではね。」
「と、言いますと?」
「誰も彼もが、思考停止に近い状態に陥っているからだよ。」

グローヴスはきっぱりと言い放った。

「俺は陸軍の一軍人に過ぎんから、そこらに居る一流の学者さん達のようにご高説をのたまう事は出来んが……そんな俺でも、シホールアンル戦の後、どんな問題が
待ち受けているのかは理解できる。」
「そもそも南大陸では、シホールアンル帝国に勝利すれば、かの国の領土を一部なりとも自国領にできると考えている者が多い。最も、うちの国も含めた、
各国首脳はそんなのは無理と諦めていますが……民は違います。」
「国民は、シホールアンル領のどこかを得たいと思っているようだ。正直、少し前まで合衆国の厭戦気分に影響されかけていたのに何をと言いたいが……
こんな状況だ。考えが変わってもおかしくはあるまい。」
「それに加えて、民はシホールアンルに2度と、強い力を付けて貰いたくない、かの皇帝や、大貴族達に血の制裁を与えたいとも思っている。この思いは、
シホールアンルに近い国ではほぼ大多数を占めています。それに対して、アメリカは基本的に、シホールアンルの一時的な全土占領を行った後は、程良い所で
独立させると明言しています。それに異を唱える者は、決して少なくありません。」

「アメリカ国内でも、この会議室にいるような、シホールアンル分割統治や、旧世界のヴェルサイユ条約のような思い制裁を加えようと考えている、強硬派等の輩も
かなり居る。この会議は、各国の交渉団や、その強硬派や政府代表を集めて行われているんだが……実りのある議論は確かに行われてはいるが……こうも歩みが
遅いとは、俺も予想していなかった。」
「そもそも、軍事裁判を行う際に基となる、国際法が無いのも問題ですよね。」

カーペントも口を挟んだ。

「この会議では、その事についても議論が交わされたようですが……なんでも、元の世界の国際法をそのまま、この世界の国際法として適用しよう、という話も出て来たようですね。」
「その直後に、遡及適用にならないかと突っ込まれとるがな。」

グローヴスは眉間を揉みながら答えた。

「もっとも、ジュネーブ条約なぞ……外見は素晴らしいが、実際は穴だらけのザル法だ。合衆国軍は、元の世界の法を遵守して、クリーンな軍隊を語っているが。
戦争と言う行為をやっている時点で、クリーンも何もありゃせんのだ。それならば、別に……国際法をそっくりそのまま適用しても構わんと、私は思っているよ。」
「ですが……グローヴス閣下は」
「遡及適用にならないか、と言ったと言いたいのだな?」
「はい。」
「……学者方は考えは素晴らしいが……行動に移るのに躊躇いを感じるものが多いと俺は思う。別に、無いのなら………元々ある物でもなんでも使ってやればいいじゃないか。
そう……ここは異世界だ。」

グローヴスは両手を広げた。

「元の地球じゃないんだ。ならば、アメリカはこの世界の人達に、白目を向けられずに、転移から培ってきた信頼を崩さない範囲で好きにやればいい事じゃないか。
遡及適用だと?そんなの知らん。ザル法なら改良すればいい。名前が気になるか?ならば、ジュネーブ条約やハーグ条約を、サンディエゴ条約やロサンゼルス条約でも、
改名して好きに適用して、どうぞ。と、言いたいね、俺は。」
「ハハハハ。グローヴス閣下、これなら政治家になってもよろしいのでは?」

グローブスの話を聞いていたヘリンスィンが微笑みながら言うが、グローヴスは首を振った。

「政治家になんかなりたくないね。そもそも、さっきの俺の演説だって、素人の話す便所の落書きみたいなものだ。俺のような奴が政治家になんざ、無理に決まっているよ。」

「でも、言いたい事はよく分かりますよ。確かに、僕も似たような事を思っていますね。」
「ああ……この世界の人達は別にして、俺達の中には、旧世界には戻れないのに、元のしがらみから離れられん奴が多いんだよ。だから、こうやって、延々と堂々巡りの会議が
開かれ続ける事になる。ただ………こんな混沌とした話し合いの中から、まずいと思うような合意が出ない事だけは、素直に評価したい。」
「ですね。」

ヘリンスィンが幾度も頷いた。

「毎度毎度、エライ話し合いが施されますが、合意内容はアメリカさんの基本路線に沿った形になっていますからね。」
「そういう事だから、最近はこんな、長時間の喧嘩じみた会議も悪くはないかと思っている。」
「話し合えるだけ話し合い、一定の目途がついたらそこを煮詰め、合意する……これが民主主義という物なんですかね。」

ヘリンスィンは、何処か羨まし気な口調でグローヴスに言った。

「専制主義や独裁国家でも、リーダーが良くて、話好きなら似たような事も出来るさ。」


この日の会議は、午後11時に閉会した。

アメリカ合衆国は、この日の会議で穏健派と強硬派が激論を重ねたものの、最終的にはシホールアンル本土の分割は一切行わず、講和成立後には過剰な制裁を加えず、
ヴェルサイユ体制の失敗を踏まえたうえ、現実的な制裁を加える事を検討する事で合意が成った。
シホールアンル本土に対する独立措置や戦後の産業支援等については、後日、改めて話し合われる事となった。


1485年(1945年)11月27日 午前11時 ヒーレリ領リーシウィルム

「……すっかり、冬景色になってしまったなぁ。」

第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将は、旗艦である戦艦ミズーリの艦橋からスリットガラスの外を眺めながら、ぽつりと呟いた。

「気温は何度だ?」
「マイナス12度となっております。」

参謀長のアーチスト・デイビス少将が答える。

「もうそんなに下がったのか。どうりで、体が震える訳だ。」

フレッチャーはコートを着込んだ体を震わせながら、しかめっ面でそう言い放った。

「明日はクロスロード作戦を実行するため、リーシウィルム港から出る訳だが、準備の方はどうなっているかね?」
「各任務群とも、出港準備は着々と整っております。明日は予定通り、全艦が出撃できるでしょう。」
「補給部隊はどうなっている?」
「補給部隊も、順調に待機地点に向かっているようです。」

作戦参謀のジュレク・ブランチャード中佐が答える。

「それから、現地の状況ですが……潜水艦からの報告によりますと、敵根拠地のあるクレスルクィルは雪が降っておりますが、レビリンイクル諸島付近の天候は
回復に向かいつつあり、四日後からは好天になる見通し、という報告も上がっております。」
「四日後か。その頃には、ここから出港した我が艦隊は補給を受け、シェルフィクルに向かい始めている。そして、その2日後にはレビリンイクル諸島の東の沖合に
到達予定だ。」
「その頃には、我が方の出撃を察知したシホールアンル海軍の主力もクレスルクィルを出港して待ち構えているでしょうな。」
「ああ……今度の海戦は、この大戦で最後の大海戦となるだろう。」

フレッチャーはそう答えた後、スリットガラスから離れ、すぐ後ろに設置されている司令官席に腰掛けた。

「そう言えば、陸軍の方はどうなっとるかね?」
「ハッ。陸軍は今の所、補給と再編の為に進軍を停止していますが、間もなく進撃を再開するとの事です。」
「……こんな寒い、雪の降る中でも進撃を続けるか。いくら冬季装備が充実しているとはいえ、陸軍の将兵達は苦労しているだろうな。」
「攻勢開始から昨日までの時点で、本土侵攻軍は同盟国軍も含めて、5万を超える死傷者を出したようですが……」
「要塞地帯突破の際にかなり痛めつけられたと聞いている。特に、前衛を担っていた陸軍第7軍の損害が酷いらしい。」
「やはり、シホールアンル軍も本土を攻撃されているだけに、死にもの狂いで反撃していますな。」
「とはいえ、攻勢自体は進み、要塞陣地帯も一部突破している。東からは、パットン将軍率いる第1軍集団も敵の抵抗を退けながら前進を続けている。
航空支援が天候のせいで、少なくとも2週間近く受けられないのが痛いだろうが……」

フレッチャーは複雑そうな表情を浮かべた。

「とにかく、我々は陸軍の頑張りが実る事を期待しつつ、敵主力部隊の撃滅と、シェルフィクル攻撃に集中しましょう。幸いにも、戦況は我が方が優勢です。
じきに、シホールアンル南部は合衆国軍と同盟国軍によって分断されるでしょう。」
「君の言うとおりだ。俺達は、俺達の戦いを制する事だけに気を配るとしよう。」

デイビス少将の言葉に、フレッチャーも楽観的な口調で答えた。

「しかし、こうも寒くてはな……若いころはいざ知らず、年の行った体にはかなり応えてしまうな。」
「真冬ですからな。仕方ありませんよ。」

フレッチャーの弱気な言葉に、航空参謀のホレスト・モルトン大佐が答えた。
そのモルトン大佐もコートを付けているが、体を震わせているフレッチャーとは対照的に、モルトンは寒さを感じていないのか、むしろ、コートを脱いでも平気そうな顔をしていた。

「航空参謀は確か、アラスカの生まれだったな?」
「ええ。兵学校に入るまではアラスカに住んでおりました。若い頃から、真冬でも親父と一緒に狩りに出かけたりしたせいか、いつの間にか、寒さに強い体になってしまいました。
その反面、暑いのが苦手でして……任官した当初、暑さに慣れるまではかなり苦労しましたよ。」
「雪国出身者は大抵そうなるな。まっ、そんな短所も適応能力で補ってしまうのが、人間の凄い所だな。」
「ご最もです。」

モルトン大佐が相槌を打つ。

「だが、悲しいかな。こんな他愛の無い会話をしても、憎らしい寒気は一向に消えてくれん。という訳で……ここは少しばかり、コーヒーを飲むとしようか。」
「長官。それは良いご決断ですな。」

デイビス参謀長はそう言った後、従兵にコーヒーを注文した。
2分後……従兵が艦橋にコーヒーを運んできた。
デイビス参謀長はトレイからコーヒーカップを2つとり、1つをフレッチャーに手渡した。

「ありがとう。」

フレッチャーはデイビスに礼を言いながらカップを受け取った。
淹れ立てのコーヒーを少し啜る。
程良いまでに暖かくなったコーヒーは、寒気に震えていた体に染み渡った。

「今頃、敵さんはどう思っていますかな。」
「どのように思っている……か。」

デイビスの言葉に、フレッチャーはカップを口から離し、両手で包み込んだ。

「恐らく、敵も数では明らかにこっちが上と確信しとるだろう。航空戦力も、シホールアンル側がどれだけ集めているかは分からんが……こっちより少ない事は明らかだろう。」
「となりますと……敵は怯えているかもしれませんね。」
「かもしれんな。」

フレッチャーは肩をすくめながら答えた。

「だが、敵は必ず出て来る。その時のシホールアンル海軍は、戦闘直前の怯えなぞすっかり吹き飛ばしているだろう。敵機動部隊も、十分な休養期間を与えられて練度も
侮れんかもしれん。必然的に、次の海戦も激戦になるだろうな。」
「……また、何隻か沈んでしまいますかね。」
「敵が居る以上……犠牲は避けられんよ、参謀長。」

フレッチャーは冷徹な言葉でそう言い放った。

「例え、リプライザル級空母や、アイオワ級戦艦が数隻まとめて撃沈されようとも、第5艦隊は敵の主力を壊滅させ、工場地帯を全滅させなければならん。そうでなければ……
この大戦を早期に終わらす事なぞ、出来はしまいよ。」

フレッチャーは単調な言葉で呟いた後、再びコーヒーを啜った。

一口目は美味しく感じたコーヒーの味も、2口目からは異様に苦く感じられる。
フレッチャーは、その強い苦味が、これから流れ出るアメリカ、シホールアンル軍両将兵の血の味のような気がして、不快な気分になった。


11月27日 午後9時 カリフォルニア州サンディエゴ

太平洋艦隊情報参謀を務めるジョセフ・ロシュフォート大佐は、司令部の地下にある情報部の執務机に座りながら、部下達の仕事ぶりを見つめていた。
室内には30名の部下と12名の特殊補助要員がおり、彼らはタイプライターのタイピング音やテレタイプの稼働音を聞きながら、ある者は何か思った事が
あるのか、真剣な顔つきで他の人物と相談を行ったり、ある者は本と紙を交互に見ながら、右手に握ったペンで紙に何か書き記していく。
別の者はタイプライターを素早く打ち込み、凄まじい速さで文書を作成して行く、といった光景が室内の至る所で繰り広げられていた。

「ウィラード。やはり、流れは変わらんか?」

ロシュフォートは、執務机の前で紙の束をめくり続けているクリンス・ウィラード大尉に話しかけた。

「ええ、3日前から状況は変わりません。お使いさんと猊下の息子さんの会話は短いままです。こちらも、何とか手掛かりを見つけようとしているのですが、
さっぱりですな。」
「ゲストさん達もやはり、手詰まり状態かね?」

ロシュフォートは、部下達と相談を重ねたり、ソファーに座って戦線各地から回収した古文書の束と格闘する南大陸からの補助員達を見つめながら、ウィラードに聞く。

「はい。彼らも頑張ってはいるんですが……」
「ふむ……状況は変わらず、か。」

ロシュフォートは深く溜息を吐いた。

「もしかしたら、あの一連の暗号は、完全に新しく作られた物では無いでしょうか。そうでなければ、ここまで難航する事は無かった筈です。」
「君の言う通りかもしれんな。」

ウィラード大尉の言葉に答えたロシュフォートは、険しい顔つきになりながらタバコをくわえた。

「どうぞ。」

タバコに火をつけようとすると、ウィラード大尉がジッポライターを点火して、タバコの先に近づけて来た。

「気が利くね。」

部下の気配りに微笑んだロシュフォートは、タバコの先端に火をつけた。

「あの時、ニミッツ長官に調子の良い言葉を言ってしまったが……こりゃ、考えていた以上に難儀な仕事だぞ。」

彼は紫煙を吐きながら、本音をウィラードに話す。

「仕方ありませんな。」
「とはいえ、こうなる事も一応、予測はしていた。一定の目処がつくまでは、情報を集め続けるしか手はないな。」
「確かに。」

ウィラード大尉も致し方なし、と言った口調で返しつつ、自らもタバコを吸い始めた。

「大佐。陸軍より新たな情報が入りました。」

部下の1人が、たった今入手したばかりの電報をロシュフォートに手渡した。

「ありがとう。」

ロシュフォートは礼を返しながら、紙に書かれている内容を一読した。

「2日前から進撃を停止していたシホールアンル西部国境線の陸軍が、進撃を再開したようだ。」

彼はそう言いながら、紙をウィラードに渡す。

「……第7軍が大損害を負ったにもかかわらず、進撃続行ですか。」
「恐らく、攻撃の主役は、続行して来た第30軍だろう。まっ、この第30軍も、これまでの戦闘で手傷を負っているかもしれんが……
要塞線を突破した今は、機甲師団の多い第30軍を主攻にした方がいいだろう。」
「しかし、北大陸は今、冬真っ盛りのようですが……いくら冬季装備が潤沢に行き渡っているとはいえ、前線の将兵達は辛いでしょうな。」
「でも、ここでシホールアンル本土南部を分断できなければ、南部にこもる150万以上の敵軍をみすみす、中部地方やその北に逃がしてしまう事になる。
陸軍さんとしては、ここで多少無茶をしてでも、敵の本土分断を成し遂げたい所なのだろう。」
「……これ以上、味方には死んでもらいたくない所ですがね。」
「俺もそう思うよ……さて、すまんが、俺は少し仮眠してくるよ。」

ロシュフォートは席から立ち上がると、幾分疲れを感じさせる足取りで仮眠室に入っていく。

「3時間したらまた来る。だが、その途中で何かあったら叩き起こしてくれ。」
「わかりました。」

ウィラードの返事を聞いたロシュフォートは、軽く右手を振ってから仮眠室に入っていった。

ここの所、激務が重なり続けた事もあり、疲労が抜け切れていないロシュフォートにとって、この3時間の仮眠も些か物足りなかったが、太平洋艦隊情報部が
寝る間も惜しみ、一丸となって未知の怪奇文の解読に取り掛かっている以上、ロシュフォートは責任者としての責務を何としてでも果たす事を決意していた。

ベッドの上に倒れこんだ後は、すぐに眠りにつくことが出来た。
体にたまっている疲労が濃いためか、それが来るまでは夢を見る事すら叶わなかった。

「大佐!大佐!起きて下さい!」

深いまどろみの中でも、その第一声ははっきりと聞こえた。

「……む……」
「大佐!起きて下さい!大事件が発生しましたよ!!」
「ん……大事件だと?それより、今は何時だ?」
「午後11時15分です。大佐が眠りについてから1時間40分程です。」

「そうか……明かりが付いているのに起きないとは、俺も相当疲れが溜まっていたな。」
「これを見れば、疲れは愚か、今頭の中にある眠気も吹き飛んでしまいますよ。」

ウィラード大尉は、どこか上ずった声で言いながら、ロシュフォートに3枚の紙を手渡した。

「……何だこれは。短いな。」

1枚目の紙は、いつもの発信人と差出人の名前が含まれた内容だった。

「ヴィリンホルメの使いより、ウェクトケインラ猊下の息子よ。もう発する言葉は多く無い。ただただ、獲物の横腹に噛み付き、臓物を存分に食らえたし………
これは何だ?」
「……シホールアンル軍の攻撃命令文です。」

ウィラード大尉は、2枚目の紙を見るように促した。

「この暗号文が発せられた10分後に、第2軍集団司令部から送られた緊急文です。」
「……シホットのくそったれ共め!!」

ロシュフォートは、紙に書かれた内容を読み終えるなり、思わず罵声を発していた。


太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ元帥は、サンディエゴに赴任してからは、オーシャンサイドに居を構え、そこで家族と共に暮らしていた。
この日も、午後7時に帰宅し、夕食を終えた後は妻キャサリンと共にラジオを聴きながら、読書に耽っていた。
時間も11時を過ぎ、そろそろ眠りに付こうと考えていた時……唐突に家の電話が鳴り始めた。

「……電話か。」
「いえ、貴方は座っていて。私が取るわ。」

キャサリンは、立ち上がろうとするニミッツを制止し、けたたましく鳴り響く電話の受話器を握った。

「もしもし、ニミッツですが……はい……はい……」

キャサリンは言葉を止め、ニミッツに顔を向けた。

「太平洋艦隊司令部のレイトンさんから、貴方に至急、お伝えしたいことがあるそうよ。」
「……こんな時間にか。」

ニミッツは、壁に掛かっている時計の針が11時15分を指している事を確認しつつ、椅子から立ち上がり、キャサリンから受話器を受け取った。

「私だ。」
「長官。夜分遅くに申し訳ありません。」

声の主は、太平洋艦隊情報参謀のエドウィン・レイトン少将であった。

「別にかまわんよ。何か起きたのか?」
「は。陸軍から緊急通信が入りました。通信によりますと……現地時間午前1時15分頃(アメリカ西海岸と大陸の時差は約4時間)、オスヴァルス北西89キロの
防衛線に布陣していた第42軍が突如として、敵の猛砲撃を受けた後、進撃して来た多数の敵装甲部隊と激戦を展開中との事です。」
「オスヴァルス北西に敵の攻撃だと?陸軍はこの攻撃にどう対応している?そして、この攻撃を食い止める事は出来るのか?」
「現地からの情報はこれだけのようですが……ん?どうしたロシュフォート、新しい情報だと?」

受話器の向こう側で、ロシュフォートとレイトンが話す声が聞こえる。

「すいません長官。たった今、新しい情報が入りました。情報によりますと、第42軍は目下、防戦を展開中のようですが、状況は……極めて、不利との事です。」
「戦闘開始から既に何分経っている?」
「現地からの情報を見る限り、1時間になるでしょうな。」
「わかった。一応、これは陸軍の戦いだが……私も至急、司令部に向かい、戦況の推移を確かめる事にしよう。」
「アイアイサー。」

ニミッツは受話器を置くと、キャサリンに顔を振り向けた。

「これから、仕事ですね?」
「ああ。すまんが、服を用意してくれ。今から司令部に行く。」

ニミッツは柔らかな口調で、キャサリンにそう言った。

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