自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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第2部 第1話

アルダーブ島 ブンガ・マス・リマ近海
2013年 1月10日 11時22分


小劇場ほどの部屋の中央には、エメラルドグリーンの光をぼんやりと放つ3メートル程の高さの直方体が鎮座している。まるで心臓のように一定の周期で光源が明滅し、かすかな重低音が室内に響いていた。
直方体を囲むように配された円卓の前で、指揮官である滝川一将(たきがわ・かずまさ)一等陸佐を始めとする日本国政府代表団は、目の前の秘宝を前にそれぞれが異なる反応を示していた。
「くれぐれも勝手に触らぬように! 此は我らが聖地。本来禁足地なのです」
 随伴するリユセ樹冠国『東の一統』の衛士が固い声で言った。代表団長を務める丹羽吾郎(にわ・ごろう)内閣総理補佐官は生真面目に頷き、次いで慌てて学者たちに警告した。
「先生方、あちこち勝手にさわらないでください」
「わかっています。しかし、これは興味深い……これは祭壇というよりは制御卓のようだ!」
「この壁面、継ぎ目はどこだ? 何でできている?」
「なぁ君、あの光る直方体がつまり〈門〉を維持するための装置なのか?」


丹羽にとって残念なことに、学者たちは聞く耳を持たなかった。


彼らがいるのは、ブンガ・マス・リマ近海に浮かぶ孤島の地下深く。『東の一統』が秘儀の地として守護する神殿である。本来異邦人である彼らが入ることなど許されない場所であったが、リユセ樹冠長により特別に立ち入りを許されていた。

彼らの目的は、〈門〉発生のメカニズムに関する調査である。
特定雲の発生と共に現れ、二つの世界を繋ぐ〈門〉。
青森県むつ市に現れたそれが、彼ら『東の一統』により生み出され制御されているという情報に触れた日本国政府は、日本国としては異例の情熱的な交渉の末、護衛を含めて約10名の調査団を送り込むことに成功したのだった。


円卓のそばでは、瞳を好奇心で爛々と輝かせた学者が、エルフを質問責めにしている。
「〈門〉の発生には、膨大な魔力が必要となります。並みの魔晶石では追いつかぬほど。人が賄おうとするならば、毎日生贄を捧げねばとうてい保ちますまい」
「君たちなら大丈夫なのか?」
「如何にも。我らリユセの同胞は幼子であっても既に人とは比べものになりません。精霊の友であり、森に生きる我らならば〈門〉を開き続けることができるのです……まぁ、容易いことではありませんがね」

エルフの話をまとめると、部屋の中央の直方体が〈門〉発生装置であり、その駆動エネルギーには魔力を使用しているという。リユセのエルフたちは、選抜された者たちが昼夜を問わず魔力を注ぎ込むことにより〈門〉を維持していた。 


滝川はぼんやりとした雰囲気を装いつつ、周囲を確かめた。調査団の周囲には、一定の距離を保ってリユセのエルフたちが侍っている。彼は頭の中で今日17回目のシミュレーションを行っていた。
脳内の滝川は護衛対象の丹羽と科学者たちの安全を放棄することで、エルフの約半分までを撃ち倒すことに成功した。
だが、そこまでだった。今も注意深く距離を取って随伴するエルフたちは、滝川の脳内で速やかに散開し、短弓と精霊魔法で特戦群のオペレーターたちに対抗する。
結果部下たちは次々と倒され、滝川も細身の長剣で胸を貫かれた。ついでに流れ矢で丹羽と科学者たちも死んだ。

無理か。うーん、人質をとっても……無駄だしな。
滝川は常装の腰に提げた9ミリ拳銃を軽く撫でた。冷たい金属の手触りは心地良いが、周囲に展開する戦士たちを相手取るにはいささか頼りない。
樹冠国の禁足地を護るだけあって、エルフたちは恐るべき手練れだった。全員が熟練の剣士であり、精霊魔法の遣い手だった。最もやっかいなことは統率に隙がないことだ。事が起きれば、顔色一つ変えず敵を排除するだろう。
滝川はエルフの衛士たちの姿に、自分たちと同じ匂いを嗅ぎ取っていた。

「この円卓は何に使うのかね?」
学者の一人が、直方体と同じエメラルドグリーンに輝く石板がいくつも貼り付けられた卓を指して言った。
「然るべき者がこの卓に着き、定められた儀式を執り行うことで、〈門〉は開くのです」エルフが卓の前に立ち両腕で舞うような動作をしてみせた。
「ますます制御卓みたいだな……」
彼は、タブレット端末で写真を撮りながら静かにつぶやいた。

「この〈門〉は、どこにでも開くことが可能なのですか?」
緊張した面持ちで丹羽が言った。ある意味で最も重要な質問だった。『東の一統』の祭儀官が重々しい声色で答えた。

「我らでは能いません」

「と、いいますと?」丹羽が色めき立った。
「おそらく、この地にはその力がありましょう。だが、我ら『東の一統』にそれを成し得た者はおりません。言い伝えによれば、この卓が〈門〉を開く隔世を選ぶとされております。されど……」
円卓の一部を指した祭儀官は、言葉を区切った。
「百年の昔、遙か南に我らとは別の〈門〉を司る一族がおりました。その者たちは、思うがままの地に〈門〉を開こうと試みたといいます」
「それで、どうなりました?」

「滅びました。詳しい史実は失われましたが、〈門〉より溢れし海に沈んだとも、怪異に呑まれたとも……此は我らの手に負えるものではないのです。我らはただ、定められた地に〈門〉を開くことしかできませぬ」
そう言って祭儀官は魔除けの印を結んだ。場に沈黙が降りる。ただ、その沈黙の意味はリユセ側と日本側では全く異なっていた。
こいつは、予想以上に危険な案件だ。南瞑同盟会議側はともかく、学者という連中は空気を読まん……。

「大変興味深い! この装置を解析できれば、世紀の大発見になりますよ!」
一人の学者が甲高い声でまくし立てた。祭儀官が不審気に整った眉をしかめる。
「解析? 何をおっしゃるか」
「いいですか? おそらくその滅びたという人たちは制御を誤ったのでしょう。この卓をご覧なさい。これは制御卓だ。わたしの予想では〈門〉を開く場所を設定できるはずだ。もしかしたら、大きさも調節できるかもしれん」
彼の頬は紅潮し、身振りは自然と大きくなった。
「この部屋は実験室かコントロールルームだ。中央のあれは装置本体だろう。現状こいつがどんな技術で稼働しているのかはさっぱり分からん。未知そのものだッ! だが、これを造り上げた連中の意図は理解できる。『解析』できる」
「先生」
「こうしちゃおれんぞ。すぐにわたしの研究室の人間を集めて、機材を搬入して……現地人の技術者にも協力してもらわんといかん。となると予算は──ええいこれだけの大発見だ。出させるぞ」
「先生」
「おお、滝川一佐! この装置を活用できるなら、世の常識がひっくり返るぞ。学会も大騒ぎだ。さっそく電話をかけたいのだが上に戻らんと無理かね? 本当ならすぐに調査を始めたいのだが」
「調査は始めていただいて結構。しかし、電話はできません。当面日本にも戻りません」
滝川の答えに学者はいきり立った。唾を飛ばしながら喚き立てる。滝川はそれを平然と聞いていた。
「何をバカなことをッ! 君はこの装置の価値がわからないのか!? 早く調査を進めて発表せねばならないのだよ。軍人はこれだから……」
「わかっています、あなたより余程。ですからこれよりこの施設とそれに関わる全てを機密指定します」
滝川は苛立ちを表情に出さないよう気をつけた。だが、知らないうちにそれは外に漏れだしていたらしい。
「な、何を言っているんだ滝川一佐」
学者の声は震えていた。学者たちの『護衛』として配置されていた隊員たちが、胸の前に提げたMP7A1を握り直した。さり気なく出入口を固める。

「当然先生方も機密に含まれます。研究に必要な場所と機材、人員は手配できるでしょう。しかし、今後許可が下りるまで外部との連絡を一切禁止させていただきます」
「馬鹿な! 一体なんの権限があって……」
「横暴だッ! 人権侵害にもほどがある! この件は問題にするぞ。君如きのクビなどすぐに飛ばせる……」
 学者たちは口々に滝川を罵った。だが、滝川は揺るがない。さて、このお気楽な先生方をどう納得させようか──ええい、面倒くさい。どうせ彼らは俺の言うことなど聞かないのだ。

 滝川は目の前の人間を『敵』だと思うことにした。少しだけ腹に力を込める。

「問題にする? 大変結構。先生方が無事日本にお帰りになったのち、存分にどうぞ」

「うぅ……」4人の学者たちは皆すぐに言葉が出なくなった。
 同時に周囲で鯉口を切る音がした。衛士たちが色めき立っていた。滝川は慌てて気を解く。誤解されては困る。

「丹羽さん、官邸としても同意見で良いかな?」
 滝川は代表団の長に水を向けた。丹羽はやれやれという風情でそれに応えた。
「仕方ありませんなぁ。これほどの大物が出てしまっては」
 丹羽の言葉に、学者たちはとどめを刺されたようだった。意気消沈して座り込む者、腹をくくった様子で装置に目を向ける者、それぞれ態度は異なっていたが、もう滝川にくってかかる者はいなかった。


その後の処置について祭儀官と調整を済ませ、滝川と丹羽は連れ立って他の者と距離を取った。
「やれやれ、〈門〉の正体、どこまで知らせるべきかな?」
丹羽が年相応に突き出た腹をなでながらつぶやいた。滝川は、ベレー帽をかぶり直しながら答えた。
「総理に直接がいいんじゃないか? 口の軽い奴らはどこにでもいるぞ。恥ずかしながらウチにもウジャウジャいる」
「だよなぁ。情報分析官の祝には伝えるとして、うっかり与党幹部なんぞに話したら次の日には七時のNHKニュースに出ちまう」
滝川は首を振った。
「冗談じゃない。そんなんですむもんか。三日後にはむつ市が空爆されるか、デルタ辺りがここに突入してきかねんぞ。いや、核ミサイルが飛んできても俺は驚かん」

滝川の背中では冷たい汗が止まらず流れ続けていた。〈門〉は大陸間弾道弾並みの危険な代物だった。
〈門〉の開く場所を『制御できるかもしれない』。その可能性だけで、アメリカを始めとする諸外国はあらゆる手段を用いて、我が国から奪い取ろうとするだろう。
存在すら知られる訳にはいかない。国家存亡の危機が目の前にある。滝川は掛け値なしにそう思った。そして、この場に信頼できる数少ない政治家である丹羽と最小限の人間しかいないことを感謝した。

静かに歩み寄ってきたリユセの祭儀官が言った。
「そろそろ、よろしいですかな? 先ほど貴殿等がおっしゃられた件につきましては賜りました。もとより此は禁足の地。限られた者以外は存在すら知らぬ土地でございます」
「有り難い。日本国政府として感謝いたします」

いずれ存在は知られることになるだろう。滝川はそれを前提に情報を操作する手段の検討を進めなければなるまいと思った。
「ところで、一つ質問なのですが」
「この身にわかることであれば、なんなりと」
「我が国に〈帝國〉が侵攻してきたことから、彼の国も〈門〉を保有している訳ですが、一体〈帝國〉はこれをいくつ持っているのでしょう?」
「ふむ……」祭儀官はわずかに視線をあげると、驚くべき言葉を口にした。


「『西の一統』が伝によれば、十は下らぬと聞きますな。彼の國の版図は広大でありますれば、古の遺跡も数多くありましょう」

「……なんてこった」



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