自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

13

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
第2部 第8話-2

特別機動船1号 第1河川舟艇隊突撃戦隊 マワーレド川
2013年 2月15日 02時55分


第1河川舟艇隊臨編突撃戦隊のYF2137交通船と4隻の特別機動船は、あっさりと〈帝國〉軍南正面哨戒線の突破に成功していた。
〈帝國〉軍の不手際だけを責めるのは適切では無いだろう。城からの脱出に備えて配置されていた彼らは、背後から有り得ない速度で突撃を受けたのだ。
暗闇を閃光が走り、雷鳴のような響きが轟くと、川縁に配置されていた兵たちが穴だらけにされて吹き飛んだ。それは真っ黒な影にしか見えない謎の軍船が通り過ぎると共に止んだが、短時間のうちに受けた損害は甚大だった。
生き残った指揮官が部隊の混乱を収めるまでには、かなりの時間がかかることは間違いなかった。敵が嵐のように過ぎ去った後には、呻き声と悲鳴に満ちた陣地と、蹴散らされ沈みつつある味方の軍船が残されていた。



突撃戦隊は特別機動船2隻を先行させた。2隻は単縦陣を組み20ノットで北上し、その後方に旗艦と残り2隻が続いている。
合成風力が激しく顔面を叩く。唸りを上げるエンジン音と激しく上下するFRP製の胴体が水面を打つ音が周囲を満たしている。
「こらぁ速力は落とすな、おそれるな! 行けェ!」

SB1号艇指揮の是俣茂(これまた・しげる)三等海尉は、操縦手のヘルメットをバシバシと平手で叩いた。甲高い声が楽しげに響く。
是俣三尉は福井県福井市出身の36歳。一般隊員として入隊し、艦艇乗組みの射撃員として勤めたのち、部内試験を経て幹部に任官した。
中肉中背、たれ目がちの顔は平凡だが、ひげの剃り跡が青々としている。これといって目立つところもなく、何処にでもいる自衛官の一人だった。

異世界アラム・マルノーヴに来るまでは。

「いたぞ、敵の船だ! タアァァリホオオォォォオオオォォオウ! 機関銃! 篝火に撃てぇ!」

彼は明らかに楽しんでいた。

銃架に据えられた74式7.62ミリ機関銃と、船首側に陣取った隊員の89式小銃が発砲する。二種類の異なる轟音が耳朶を叩き、発砲炎が目を灼いた。曳光弾が闇に吸い込まれる。
美しささえ感じさせる光が肉眼ではまだ見えない敵に吸い込まれていった。
「是俣三尉! 左前方に光! 敵らしい!」
「左舷、各個に撃てぇ! 前に撃てるのは我が艇だけだぞ!」
左舷側に発砲。整然と並んで見えていた光が乱れるのが分かった。正面では何かが燃えている。敵の軍船に引火したらしい。

2隻の針路は是俣三尉に一任されていた。そうでなければ、現状で戦闘機動を行うことなど不可能であるからだ。
彼らがいるのは海ではない。付近の川幅は300メートルはあったが、現在の速力で走ればほんの30秒足らずで岸に乗り上げてしまう。しかも操縦には細心の注意を要する上に、速度をあまり落とす訳にもいかないのだ。
飛沫と汗と、おそらく涙で顔をぐしゃぐしゃにした操縦手は、是俣三尉の命令で必死にハンドルを操作している。

「是俣三尉! これ以上は無理ですよォ!」
「泣き言を言うな! 距離100で左に転舵、全火力で一気に叩くぞ!」
「畜生! 何がダンスパーティーだ! ヘヴィメタルのライブより酷ぇ!」
操縦手はヤケクソになって叫んだ。



〈帝國〉軍南正面を突破した2隻の特別機動船は、一本の棒となってマワーレド川を北上し、正面に遊弋していた〈帝國〉軍船に射撃を集中した。200メートルの位置から放たれた銃弾は装甲のない貧弱な船体をその乗員ごと穴だらけにした。
本営の命令を受け迎撃態勢をとろうとし始めたばかりの〈帝國〉軍部隊の多くは、攻撃に対応できていない。渡河途中のオーク重装歩兵たちは筏の上で慌てふためくだけであったし、長弓隊も目標を見失っている。
唯一小回りの利く魔術士部隊が、ルルェド西岸の支城の城壁上で隊列を整え始めていた。




「一体、何が来たのだ!?」
ジャボール兵団魔術士隊第2分隊長のエリアス・ユルカは戦慄を覚えていた。本営からの命令を受けた当初は、無謀な敵が死にに来たと思っていた。
数日前まで敵のものだった支城から見下ろす味方の陣容は圧倒的で、もはや敵の運命は風前の灯火に見えていたのだ。
──それなのに。

彼の位置から数百メートル南の川岸に布陣していたオーク重装歩兵の陣が大混乱に陥っているのが分かる。松明が右往左往しているのだ。川面にミズスマシのように浮かんでいた軍船部隊も酷い有様のようだ。

光弾が飛んでいる。それも無数に。あんなに遠くから。

敵の放つ光弾が彼の位置からよく見えた。閃光が煌めく場所が術士のいる場所だろう。川の上だ。軍船に乗ってこちらに迫っている。
「ユルカ様、我々は悪夢を見ているのですか? あんなことが出来る術士とは……」
「言うな。俺も信じられんのだ」

彼らは、南方征討領軍には珍しい攻撃魔術士部隊である。だからこそ目の前の光景が如何に異様なことなのかが、他の何者よりも理解できた。
南瞑同盟会議の魔術士だと思われる敵が放つ攻撃魔法は、あまりに多く、射程が長かった。例え威力の弱いエネルギー・ボルトだとしても、あんな勢いで放てばあっという間に魔力が尽きるだろう。
およそ人の為せる業ではない。魔神を召喚したのでもない限り。

だが、彼はただ恐れている訳にはいかなかった。魔術士たちを率いる分隊長として、敵に立ち向かわねばならない。実力がものを言う南方征討領軍にあって、怯懦は許されない。
閃光の発生源は恐ろしい速度で近付いている。眼下の味方は止められないだろう。すぐに支城の眼前に到達すると思われた。ユルカは射程に入り次第、全火力で攻撃すると決心した。

「詠唱を開始せよ。我が命により一斉に放つぞ。敵も当たれば血を流し倒れよう」

熟練の魔術士である彼は、まず『暗視』の術を練り、詠唱した。地に満ちる魔力が彼の両目に集まる。青白い炎のような光が彼の瞳を闇の中で微かに浮かび上がらせた。視界が急速に明るくなる。暗闇と光だけだった景色が、輪郭を取り戻した。
続いて、低い声で攻撃魔法を練る。周囲の喧騒が遠ざかり、不可視の力が手にしたスタッフに集まるのが分かった。彼の部下たちも術力の差こそあれ、同様に攻撃魔法の準備を整えていった。




前方の2隻が放つ射撃は、敵を十分に混乱させているようだった。後続する旗艦の上で、西園寺三佐は手応えを感じていた。
このまま敵を混乱に陥れ、渡河途中の敵を叩き潰す。そうすれば城内に侵入する敵は断たれるだろう。突撃戦隊の狙いはその一点だった。無限に敵が侵入してくるようでは、もうすぐ飛んでくるはずの空挺が苦労する。

前方左右の陸岸に建造物が見えてきた。右手で炎を纏い闇夜に赤く浮かび上がっているのがルルェド城塞、左手に黒々と沈んでいるのが支城だろう。西園寺は少しだけ思案した。すぐに結論を導き出す。彼女は戦場において時間がどれだけ貴重な物かを、感覚的に知っている。
「先任」
「はい」隣に立つ久宝一尉が応えた。
「左に見えるお城の上を叩いてちょうだい」西園寺が言った。「どうせ〈帝國〉の方々が詰めているわ。あたくしのかわいい部下たちが撃ち下ろされるのは御免よ」
「了解しました」口調はともかく、西園寺の判断は至極真っ当だったので、久宝は素直にうなずいた。

すぐさま旗艦と後続する特別機動船から支城に向けて射撃が開始された。曳光弾が城壁に集中し、弾かれた弾があちこちに散る。鈍い音を立てて石造りの頑丈な城壁が砕けた。


背後の味方から左前方にそびえ立つ城壁に向けて射撃が開始されたのを見て、是俣三尉はずっと浮かべていた笑みをさらに大きくした。手持ちの火力は限られている。側面を支援してくれるのは有り難い。

「正面の敵まで100メートル!」機関銃に取り付いている陸警隊員が叫んだ。
「取舵! 速力落とせ! 回頭終わり次第打ち方始め!」
是俣の1号が大きく左に舵を切った。船体が右に傾く。急制動がかかり船は一度大きく揺れた。僚船も後に続く。
高速で突進しながらの射撃は、流石に命中率が低下していた。特に隊員が構える小銃はどうしても射線が上擦っている。敵を混乱させるには問題無かったが、完全に叩くにはもう一押し必要だと是俣は考えた。叩き切らぬまま突入するのは流石に危険過ぎる。
この距離で一度射撃を集中する必要があった。

右側面を敵に向けた2隻の特別機動船から、10を超える火線が伸びた。盛大に薬莢をばらまきながら銃弾が放たれる。
いいぞ。俺は剣と魔法の世界にいる。そして、戦っている。鎧を着た妖魔相手に、7.62ミリ弾を叩き込んでいるんだ!
是俣は今まで感じたことのない手応えを得ていた。多幸感が全身を満たしている。夢が叶ったとまで思っているのだった。

三人兄弟の末っ子だった是俣が、長男に連れられてTRPGサークルの定例会に足を踏み入れたのは中学一年の時だった。彼の人生はその時決定したと言ってよい。多感な思春期に触れるには、それは少々強烈過ぎた。彼はたちまち虜となった。
高校生になるころには、是俣は色々と拗らせた青年へと成長していた。彼が『普通』と少し違うのは、本当に備え始めたことだった。俺はいつか異世界に行くんだ。そして萌葱色の服を着た髪の長いハイエルフと旅をするんだ。毎日そう夢を見た。 
彼は就職先に自衛隊を選択した。戦う術を学ぶためである。異世界で身を立てるには、己を鍛えておかなければならない。そう考えたのだ。
適正なのか枠の都合なのか、どういうわけか海自に入隊してしまったが、是俣は腐ることなく『その日』に備えて己を鍛え続けた。

「いいぞぉ! むえーい! 喫水線に射撃を集中しろ!」

平凡な『現実』は去年の夏に砕け散った。そして今、彼は本当に異世界にいる。





ユルカの魔術士分隊は、敵の攻撃をまともに受ける羽目になった。詠唱に集中していた彼の部下たちは、こちらの魔法が届かない距離から飛来した光弾によって、城壁ごと砕かれたのだった。
血塗れの魔術士が、手足を奇妙な方向に曲げた姿で死んでいる。腕を失った部下が静かに痙攣する姿を見て、奇跡的に難を逃れたユルカは唇を噛んだ。
外道め! 一矢報いるまでは死なんぞ。

この時点で、〈帝國〉軍部隊はようやく敵の力を認め始めた。被害を受けたオーク重装歩兵が後方へ下がり、無傷の隊が河辺に進んだ。指揮官たちは的になることを恐れ松明を消させた。
支城の上でも遅れて配置に付いた長弓隊が、敵から見えないようにやや後方で隊列を組んでいる。
しかし、水上に展開していたオーク重装歩兵隊の一部は悲惨だった。筏を浮かべ両岸に索を張り、それを伝って川を渡っていた彼らは、突撃戦隊の射撃を正面から受けたのだ。ただで済むはずが無い。たちまち四割が死傷し、残りの多くも水中に投げ出された。
魔術士分隊は分隊長のユルカだけが戦闘力を保持していた。瓦礫と化した胸壁の合間から、水面を見下ろす。火龍のように火を撒き散らしながら、敵の軍船がゆっくりとこちらに近付いてきているのに気付いた。
やつは腹を上流に向けている。少し遠いが、必ず撃ち込んでみせる。
彼は身を曝した。右手のスタッフを敵に向ける。憎しみが、彼に人生最良の集中力を与えた。青白い魔力の光が、スタッフに集まる。発光する光苔の胞子にも似た粒が、螺旋を描く。
あと、少し。今少しこちらに気付くな。どでかい奴を喰らわせてやるから。
ユルカは魔力が解き放たれるために必要な、最後の呪文を詠唱した。



いい、すごくいいぞ。正面の敵はあらかた叩いたな。これだけやれば、これ以上ルルェドへの侵入は出来まい。
是俣三尉は素早く辺りを見回した。上流方向の敵筏は、沈むか燃えるか無人となって漂うかという有り様で、もはや脅威は無い。軍船も同じだ。対岸にいくら兵を集めても渡河手段を断てば城には渡れない。
これで、守備隊を助ける目が出てきたはずだ。まだ見ぬ異世界の戦士たち。麗しい女騎士や、白髪の老魔術士を、俺は助けられたのかもしれない。最高だ。隣にリユセのエルフがいたらもっと最高だったのに。
その時、崩れかけた城壁の上に動きがあることに、是俣は気付いた。距離は100を切ったあたりか。敵? 身を曝して何をしている……?
「機関全速! 面舵一杯! 急げェ!!」
是俣は間髪入れず叫んだ。背中をどやしつけられた操縦手が慌ててスロットルを開く。船首が持ち上がり、飛沫が隊員たちを濡らした。
魔術士! 生き残りがいたか。
彼の副腎髄質から大量のアドレナリンが放出された。瞳孔が開く。いい具合にドーパミンで満ちていた彼の内部を、新たな神経伝達物質が駆け巡った。
エンジンが唸りを上げ、船首が右に振れる。速力が急激に増した。魔術士。何をしている? 決まっているだろう。攻撃魔法だ。やつは反撃しようとしている。
ローブの裾を翻し雄々しく立つ敵の魔術士の姿が、真夜中にも関わらず是俣には何故だかはっきりと見えていた。陸警隊員が射撃を開始する。曳光弾が魔術士に伸びる。
駄目だ。当たらない。畜生、なんて綺麗なんだ。魔法。本当に魔法だ。敵の魔術士の杖の先がひときわ大きく輝いた。青白い巨大な光弾が発生する。それは真っ直ぐに此方に向かって飛んでくる。
切音。射撃音。部下の悲鳴にも似た報告。様々な音が是俣の脳内を満たす。大きく右に転舵したせいで左側は水面に手が届きそうなほど傾いている。光弾が迫る。
これだ。俺は今、剣と魔法を味わっているんだ。
是俣は喜びと恐怖とその他様々な感情に満たされ、湧き起こる内なる声に蹴飛ばされるように、叫んでいた。

いいぞ! 畜生! これこそが──。

「アァァァル! ピィィィイ! ジィイイイイ!」




「SB1号左舷、至近弾!」

見張りの報告を受け、西園寺は前方に目をやった。巨大な水柱が、多量の水蒸気を伴って特別機動船1号の船体にのしかかっていた。一瞬姿が見えなくなる。
さらに、旗艦を含めた突撃戦隊の周囲に矢と重たい何か──岩だ。赤ん坊の頭ほどある岩が降り注ぎ始めている。
「あら、もう立て直してきたのかしら。意外にやるわね」西園寺は眉根を寄せた。流石に監視哨の敵とは格が違うようだ。
「ひょっとして、深入りしてる?」
「はい。危険な状況に陥りつつあると判断します」
小首を傾げた西園寺に、久宝が冷徹さを感じさせる声で言った。船体に当たった岩が派手な音を立てた。
「わッ、危ねぇ!」
「頭に喰らったらやべぇぞッ!」
陸警隊員たちがたまらず悲鳴を上げた。どうやら岸の敵部隊から投げ込まれているようだ。

「SB1号より報告。艇指揮負傷、戦闘続行可能」
「そう」
「敵は十分に叩きました。一度後退し、態勢を立て直すべきです」久宝が進言した。
「嫌よ」間髪入れず否定する。「あたくしはただ逃げるなんて好みじゃないわ」西園寺は傲然と言い放った。

「しかし! このままでは!」久宝は怒りすら込めて言い募った。この上官はこんな時に何を言っているのだ。顔がそう言っていた。
「先任、早とちりしないでちょうだい。いくらあたくしでもこの場に留まるつもりはないわよ。全艦正面の敵を突破、上流にて態勢を立て直す」
「そっ!?」
「嫌な予感がするの。下流には。突破は十分可能でしょう?」
大きな瞳でじっと見つめられ、久宝は少し慌てた。確かに正面の敵はほぼ壊滅している。反転して南に下るより、上流の方が手薄の可能性は高い。彼は上官の命令に従った。

「突撃戦隊各船に命令を出します」

「急いでちょうだい」

少しは助けになったかしら? 
西園寺はルルェド西壁を見た。各所で火の手が上がり、勝ち鬨のような声すら聞こえる。残念なことに味方の旗印を見つけることは出来なかった。夜だから、という訳ではない。間に合わなかったのかしら。彼女は、僅かに表情を曇らせた。

西園寺率いる突撃戦隊は、素早く陣形を整えると上流に向けて速力を上げ始めた。陸からの射撃はいや増すばかりだ。突撃戦隊側も、有らん限りの火力を〈帝國〉軍にぶつけている。
戦闘はますます激しさを増している。一方で、敵味方が入り混じる戦場には、新たなプレイヤーが乗り込もうとしていた。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー