自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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外伝『背負いもの』


レンク公国エンデルド
戦争景気に沸き立つこの港湾都市、その一角にある革製品を商う店『ムーズレイ商店』。各国の軍人たちに人気のこの店の奥にある工房で、二人の男が肩を並べてあるものを眺めていた。
閉店時間は過ぎており、店内にも工房にも彼ら以外の人の姿はない。営業中は職人たちの手によってけたたましい音とともに布地を縫い合わせていたシンガー社製のミシンも今は動きを止め、その磨き上げられた金属パーツで窓から差し込む陽光を反射している。

「で、こいつがその客が置いてった『もの』か」
「ああ、兄貴。……しかし、これが本当に軍用の背嚢なのかい? 正直言ってかなりヘンテコだ」

二人の男――この商店を経営するボズとウォルツのムーズレイ兄弟――の目の前にはカーキ色のキャンバス地で作られた奇妙なものがあった。
一枚の正方形の布地の上辺と下辺に二枚の長方形の布地が縫い合わされ、縦長の十字型を成している。さらに正方形の布地には何本ものストラップが縫い付けられており、そのうちの二本、上側の長方形の布地が縫い付けられた側にアルファベットの"V"の字を成すように縫い付けられたそれは他のものと比べて長くて幅が広く、二股になった先端にはそれぞれ金具が取り付けられている。

「アメリカ軍の軍用背嚢だな、バルランドやカレアント、ミスリアルでも使われてる」
「こいつがそうなのか……話には聞いてたが、実物をこうして見るのは初めてだな」

二人の目の前の作業台の上に広げられた奇妙なもの、それはアメリカ陸軍においてM1910ハバーサックと呼ばれるものだった。

この世界に召喚され、そして南大陸諸国とシホールアンル、マオンド両国との戦争に参戦したアメリカ合衆国はこの戦争中、同盟国の軍隊に様々な装備を大量に供与し続けた。その実情はシホールアンル帝国が自国の新聞で「南大陸の軍隊は兵士以外は全てアメリカ製」と揶揄するほどである。
この供与されたアメリカ製装備は、それまでお世辞にも優秀とはいえない装備でシホールアンル帝国軍と苦しい戦いを強いられてきた南大陸各国軍の兵士たちから大いに歓迎され、彼らの士気と戦闘能力を大きく高めるのであるが、何事にも例外は存在するとの言葉通りに全く歓迎されなかった装備も存在した。
例えば携行性には優れるもののその不味さから不評であったKレーションは南大陸各国の軍隊でもその不味さにより様々な『伝説』を残し、この世界の人々にアメリカ料理に対する偏見を植え付けることとなる。また陸軍兵士や海兵隊員から信頼を寄せられていたM1ヘルメットはカレアントの獣人たちから「アメリカの兜は頭に合わない」「耳が痛くなる」などと酷評され、この結果カレアント公国軍の技術者たちがかの女王陛下直々の命により国産ヘルメットの開発に乗り出す羽目になっていた。

そしてこのM1910ハバーサックもまた、そういった装備の一つであった。
アメリカ合衆国が第1次世界大戦に参戦した時に大量に生産されたこれは軍用背嚢としてはかなり奇妙なデザインをしている。大抵の背嚢が袋や鞄に背負うためのストラップが付いた形をしているのに対し、これは平たい布に何本かのストラップが付いた形をしているのだ。
その使い方は大雑把に言えばまず本体である正方形の布の部分の上に荷物を並べて包み、縫い付けられている固縛用ストラップで解けないようにしっかりと縛る。そしてこれを"Y"の字を成すように縫い付けられている長2本(完成時には肩ベルトとなる)短1本、合計3本の連結用ストラップ(マニュアルでは『サスペンダー』と表記されている)で銃剣や水筒を取り付けたカートリッジベルトと連結する。
最後にこうして背嚢としての体裁を整えたハバーサックに様々なもの、ブランケットキャリアーと呼ばれる野営用毛布携行用の運搬具や食器入れなどを連結すると野戦装備一式の完成となるのだが、これを身に着けて訓練や戦闘を行った兵士たちからは当然のように不平不満が噴き出している。

曰く、背嚢としては明らかに容量不足、しかも荷造りをするのが非常に面倒
曰く、固縛用ストラップがすぐに緩むせいで荷造りした荷物がぽろぽろ落ちる
曰く、ブランケットキャリアーを連結すると座れなくなる

そしてこれを大量に供与された南大陸各国の兵士たちもまた、この背嚢を様々な表現で罵った。
ある者は荷物のこぼれ落ちる様から『穴空き袋』『垂れ流し袋』とこの背嚢を呼び、またある者はブランケットキャリアーを連結すると座れなくなることから『アメリカ製起立強制具』と呼んだ。親米家の女王を戴くカレアント公国陸軍の軍人ですら『女王陛下も褒め称えるのを躊躇するレベルの出来の悪さだ』とぼやくほどである。

今兄弟の目の前にあるのはその欠陥品だった。
もの自体はアメリカ製、それも金具の錆び具合や布地のくたびれ具合から見てかなり前に製造したものを長期間倉庫で保管していたものらしい。使用されたのはアメリカ軍ではなくミスリアル王国軍らしく、所々に持ち主の名前が黒インクで書き込まれ、上蓋にはミスリアル王国の国章が大きくスタンプされている。
そして持ち主に支給されてからはそれなりの期間使われていたらしく、布地自体は保管に伴うしわや折り目が取れてしなやかになっているが、ほころびやかぎ裂きの類がとても少ないところを見ると、この背嚢の持ち主がこれを背負って戦った回数はさほど多くはないようだ。

「で、こいつを一晩で改造してくれってか?」
「ああ、袋型に作り直して、両側には大きめの物入れを追加。底は厚手の革で強化して、上蓋にも革を貼り付ける。他にも色々あるけど、細かいことはこいつに書いてある」

ハバーサックを両手でひねくり回し、金具や縫い目を仔細に観察するボズ。最近は店の経営や接客に専念しているため昔のように自らの手で革や布地を切ったり針や糸を扱うことはほとんどないが、やはり職人の血が騒ぐらしい。
そんな兄の問いかけに応えつつ客から受け取ったメモを渡すウォルツ、ボズはそれに目を通しながら考えをまとめ始める。

「ふむ、単体で使えるようにはしなくていいのか、それはありがたい。……上蓋はそのままにして革を……ふむ……物入れは一から作らなきゃならんな……ああそうだ、中蓋がいるな。となると上蓋もいじらんといかんか……そういえば物入れにも蓋が要るな……トグル、いやスナップボタン……」

自分の世界に入り込み、ぶつぶつと呟く兄を黙って見つめるウォルツ、彼にとっては久しぶりに見る光景だ。

(久々に兄貴の『アレ』が始まったか。昔から新商品や新しいデザインやらを考えだすとこうなっちまうんだよなぁ……とりあえず準備だけでもしておくか)

心のなかでそう独語すると、作業に必要になりそうな道具や材料を揃えるべくその場を離れるウォルツ。行き先は工房の隣にある倉庫(盗難対策のため頑丈な造りをしており、分厚い扉には複数の錠が取り付けられている)だ。
そして彼が倉庫にあった材料と道具箱を抱えて戻ってくると、そこにはしわの寄った数枚の紙切れにちびた鉛筆で一心不乱にデッサンを書きなぐる兄の姿があった。どうやらアイデアがまとまったらしい。

「ああ来たか……まずはこいつを見てくれ、本体の改造はこんな感じだ。それとこいつが物入れでこっちがその蓋だ。俺は本体の方に手をつけるからお前はまず物入れの方をを頼む。出来上がったら知らせてくれ」

早口でそう言いながら紙切れを押し付け、替わりにウォルツの持っている道具箱を半ばひったくるように受け取ると取り出したチョークでハバーサックのあちこちに線を引き始めるボズ。一方ウォルツはため息を一つつくと手渡されたメモに目を通しつつ作業台の上に布地を広げ、定規とチョークで線を引き始めた。
静まり返った工房に二人の職人の出す物音が響く。布地を切るハサミの出す音、その布地を縫い合わせるミシンの作動音、そして顔を寄せあって話す二人の声。しばらく現場から遠ざかっていたとはいえ、元々は腕の良い職人である二人が力を合わせたおかげで程なくしてハバーサックの改造は終わり、アメリカ製の出来損ないの背嚢はこの世界の職人の手によって見違えるような姿となっていた。
作業台に載った自分たちの力作を眺める二人、やがてボズが口を開く。その目にはいぶかるような色が見える。

「しかし理解できないな。なんで背嚢なのに袋型じゃないんだ? 荷物を布で包むのは分かる、だがなぜその包みをこんな妙な形で背負うようにしたんだ? だいたいストラップ3本で締め付けた程度じゃ歩いてるうちに包みが解けるのは当たり前だぞ。アメリカ人は何を考えてこんなものを軍用の背嚢にしたんだ?」
「こいつを預けた軍人さんも言ってたよ『アメリカ軍の連中と付き合いがあるんだが、彼らの考え方が未だによくわからん』って。とりあえず考え事は後にしてさっさと後片付けを済まそうや兄貴、だいぶ暗くなってきた」

そう言って首をひねる兄を促す弟。とうに日は落ち、工房の中は薄暗くなっている。そして二人が後片付けを終え、戸締まりをしっかりして店をあとにする頃にはとっぷりと日は暮れ、夜空には星がまたたき始めていた。

そして次の日の早朝、開店前に預けたものを受け取りに来たミスリアル軍の将校から二人は大いに感謝され、その腕の良さをほめられると同時に欠陥品の背嚢に関する愚痴やミスリアル陸軍の装備事情などをたっぷりと聞かされることとなる。
そしてこのことを聞いた二人が自分の店の新商品に工房で作らせたサスペンダーやポーチのような兵士向けの細々とした装備――もちろん米軍装備と互換性がある――を加え、新たな顧客を獲得するのであるが、それはまた、別の話である。


外伝『背負いもの』  完

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