自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

379 第281話 冬空から来たる征服者

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第281話 冬空から来たる征服者

1485年(1945年)12月24日 午前8時 アリューシャン列島ダッチハーバー

この日、クリスマスイブを迎えたダッチハーバーの天気は、アリューシャン列島の気候では珍しく、雲の少ない晴れ模様が広がっていた。

「ふむ……なかなかいい天気だな。気温は相変わらず低いが」

軽巡洋艦クリーブランドの艦長を務めるアーネスト・エヴァンス大佐は、コートに包んだ体を震わせながら、部下のいる宿舎へ向けて
歩いていく所であった。

「艦長、今日の最高気温は8℃のようですな」

後ろを歩いていた砲術長のエリント・ハルヴェット少佐が両手に手荷物を抱えつつ、けろりとした表情で彼に言う。

「8℃か、まだまだ寒いな」
「そういや、艦長はオクラホマ出身でしたな」
「そうだ。それに、暖かい環境での勤務が多かったから、こういった、北の地での勤務はどうも苦手でね。我慢できん事は無いが」

エヴァンス大佐は苦笑しながら後ろを振り返った。

「アラスカ生まれの君としては、これぐらいの寒さは屁でもないか」
「ええ。こんなもの、まだまだ序の口です」

北国生まれの副長は自慢気にそう言った。

「ハハ、頼りになる物だ。おっと、遂に到達だ。さて……」

エヴァンス大佐は、部下が寝泊まりしている宿舎の前に来ると、3度ほどドアをノックした。

「はい。開いていますよ」

中から声が聞こえると、エヴァンスはドアを開けた。

「おはよう航海長。元気そうだな」
「これは艦長……それにエリントまで。どうかされましたか?」

中の個室にいた部下……クリーブランド航海長を務めるレルフト・ヴィレンスカヤ少佐は、上官と同僚の突然の来訪にやや驚いていた。
今日は非番であるため、彼の服装は上に茶色のセーターで、下は紺色のズボンと、ラフな格好している。
また、普段被っている制帽は帽子掛けにおいてあるため、程よく長さを整えられたプラチナブロンドの髪が露わになっている。

「航海長、誕生日おめでとう!これは、俺達からのプレゼントだ。受け取ってくれ」
「え……どうして自分の誕生日が今日だと分かったんですか?」
「おいおい……君は私に酒の席で言っただろうが。私の誕生日は12月24日です!と、眩しいほどの笑顔でな」
「あ、ああ……あの時の。よく覚えていましたね」
「こう見えても、記憶力には自信があるんでな。多少の事では忘れはしないぞ」

エヴァンスはニヤリと笑いながら、自分の頭を人差し指で突いた。

「いやぁ、これはまた……ささ、どうぞ上がってください」

ヴィレンスカヤ少佐は2人を招き入れると、置いてあった折り畳み椅子を置き、次いで、簡易テーブルを設置する。
2人はコートを脱ぎ、制帽を外しながら席に座った。

「コーヒーでも入れましょうか?」
「いや、コーヒーはいい。それよりも、君に誕生日プレゼント兼、クリスマスプレゼントを渡したいのだが、いいかね?」

エヴァンスがそう言いつつ、ハルヴェット少佐の持つ茶色い紙袋を指差す。

「今日はクリスマスイヴですが……ありがたく頂戴いたします」

ヴィレンスカヤ少佐はそう言って頷くと、自らも机の前に置いていた椅子を引っ張り出し、エヴァンスとハルヴェットと斜め向かいになる形で座る。

「砲術長、例の物を渡してくれ」
「アイアイサー……っと、艦長」

ハルヴェットが中から小包を出すと、エヴァンスに手渡す。
そして、エヴァンスは小包をヴィレンスカヤに手渡した。

「これは、私からの気持ちだ。今まで共に働いてくれて、礼を言うぞ」
「は……恐縮です」

ヴィレンスカヤは両手でプレゼントを受け取る。

「開けてみてくれ」

エヴァンスは小包を開けるように促す。
ヴィレンスカヤ少佐は丁寧に包みを開封し、中身を見るなり、目を丸くした。

「艦長……これは、財布ですな」
「君は確か、古い財布を持っていたな?」
「はい。8年前に妹から貰った財布です。もうかなりボロボロになっていましたが」
「君がいつも大事そうにしている財布だが、私が見た所、そろそろ限界に近付いていると思ってな。そこで、新しい財布をプレゼントしたら
どうかと思ったんだが……お気に召したかね?」
「無論です。素晴らしい物をプレゼントしていただき、ありがとうございます」

ヴィレンスカヤは、プレゼントされた革製の財布を何度も見ながら、エヴァンスに礼を言った。

「レルフト、プレゼントはこれだけじゃないぞ」

ハルヴェットが顔をニヤ付かせながら、紙袋からビンを取り出した。

「それは……ウォッカだな」
「ご名答!今日はもう仕事は無いし、こいつでも飲みながらゆっくり語らい合おうじゃないか」

ヴィレンスカヤがビンのラベルに張られた酒の名を当てると、ハルヴェットが満面の笑みを浮かべながらグラスを取り出した。

「度数は40度か」
「元々、ロシア人である君には、ちと物足りんアルコール度数かな?」

エヴァンスがややおどけた口調で聞くと、ヴィレンスカヤは手を振りながらそれを否定した。

「いえいえ、そんな事はありません。私は確かにロシア人の血が体の中に流れてますが、本国の人達のように、高い度数のウォッカは
飲めませんよ。むしろ、この度数の方がちょうどいいぐらいです」
「そうかそうか。てっきり、薄いウォッカなんぞ持って来やがって!と、文句をつけられるかと思ったよ」

エヴァンスはそう言ってから、高笑いを上げた。

「しかし、よくウォッカを見つけましたね。てっきり、アリューシャンの酒屋ではウォッカは見ないと思ったんですが」
「酒屋の店主が言うには、一応、入荷は時々あったらしいぞ。でも、付近の酒好きが勝っていくからいつも品切れになっていたらしい。
今日はたまたま残ってて、それを俺が買ったという訳さ」

ハルヴェットは、ウォッカ購入までの流れを簡単に説明しながら、3人の小グラスに酒を注いでいく。
ついでに、彼はウォッカと共に取り出した酒のつまみも開け、それをテーブルの真ん中に置いた。
ウォッカの入ったグラスを手に取った3人は、それを右肩のあたりで止めた。

「さて……航海長。改めて、誕生日おめでとう。私は、君の34」
「35歳です」
「おっと、これは失礼」

すかさず、自分の正確な年齢を教えたヴィレンスカヤと、慌てて修正する艦長を見て、ハルヴェットはこみあげてくる笑いを何とか抑えた。

「35歳の誕生日をこうして祝う事ができ、誠に嬉しい。航海長……いつまでになるか分からんが、これからもよろしく、頼むぞ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。砲術長も」
「あぁ。私からも、今後も無難に付き合いできるよう、心から願っている」

それぞれが簡単なあいさつを済ませると、エヴァンスは乾杯の音頭を取った。

「それでは……乾杯!」

艦長の掛け声とともに、3人は一斉にグラスをあおった。

「ふぅー、なかなかに利きますなぁ」

ハルヴぇットが体の中に染み渡るアルコールの余韻に浸りながら、エヴァンスに言う。

「うむ、いい酒だ」
「ウォッカもこれぐらいの度数なら、こうして飲める物ですな」
「そういえば、航海長は本場のウォッカも飲んだことがあるのかね?」

エヴァンスは、ハルヴェットに酒を注がせつつ、ヴィレンスカヤに質問を投げ掛ける。

「ええ。18歳の頃に、1度だけ親父と飲みましたが……1杯目でギブアップしました」
「ハハハハ。これはお茶目な物だなぁ」
「本場の奴は火酒と言ってもいいようですな。それを、18歳の息子にのませるとは……レルフトの親父も豪胆な人だなぁ」
「うちの親父は酒好きだからな。ただ、あの時……自分と一緒に酒を飲んでいる時の親父の顔は、今でも印象に残っていますね。
ようやく、自分の息子と共に酒を飲める日が来たか、と、そう感じているようでした」
「父親にとって、息子とやる目標の1つは、共に酒を飲むことだ。それが叶ったんだから、親父さんも幸せだっただろう」

エヴァンスはそう言いつつ、ウォッカの瓶を指で小突いた。

「最も、地味な失敗をしてしまったようだがな」
「そりゃ仕方のない事ですよ。どんな酒が飲めるか、最初から分かる人はおりません」

ハルヴェットが言うと、エヴァンスも、

「それもそうだな」

と言って、グラスをあおった。

「ところで、エリントは宿直明けだからいいとして……今日は艦長も非番であったはずですが、どうして軍服を着られているんでしょうか?」

ヴィレンスカヤは、エヴァンスの着ているカーキ色の軍服を見ながら、そう聞いた。

「少しばかり司令部で報告する事があってな。主にクリーブランドの修理状況の事でね」

3人の乗艦である軽巡洋艦クリーブランドは、12月10日未明の戦闘で敵の沿岸砲台と激しく撃ち合った際、敵の野砲弾を受けて損害が出ていた。
クリーブランドの艦体には、総計で18発の野砲弾が落下し、両用砲や機銃座に少なからぬ損害が出た他、至近弾で艦底部にも若干の損傷が生じていた。
人員の損害は戦死8名、負傷38名と少なくなかったが、艦の損傷規模は小破程度で済んでいる。
ダッチハーバーに帰還後、クリーブランドは同港に係留されていた工作艦によって修理を受けており、昨日の時点では、来年の1月20日までに
修理は完了すると伝えられている。エヴァンスはそれを司令部に報告するため、挨拶がてらに戦隊司令部へ赴いたのである。
修理の間、クリーブランドの乗員はダッチハーバーの宿舎で寝泊まりする事が決まっており、乗員達は長い休暇を過ごしながらクリーブランドの
修理完了を心待ちにしていた。

「そう言えば、航海長は俺達が来るまで手紙を読んでいたらしいな」

エヴァンスは、ヴィレンスカヤの背後の机に置かれている手紙と封筒をちらりと見ながら聞く。

「いつものかね?」
「ええ。いつもの、家族からの手紙ですよ」
「いい家族だな」
「主には妹がよく送って来るんですけどね」

ヴィレンスカヤはグラスを半分ほど飲んでから言葉を続ける。

「まぁ、こうして手紙を読めるだけでも幸せと言う物です……」
「どうしたんだ航海長……少し浮かぬ顔をしとるが」
「まさか、妹さんに何かあったのか?」

ハルヴェットも気になって、思わず質問を飛ばしてしまう。

「いや、妹には別に、何も起きてはいません。ただ……妹の同級生が、先日、家族が戦死して酷く気落ちしてて、それを妹と、別の友人とで
慰めたと、手紙に書いてありました」

「戦死……か」

エヴァンスは持っていたグラスを置き、両腕を組んで唸った。

「家で待つ家族が一番聞きたくない物は……従軍していた家族の戦死広報だからな。今、アメリカは確かに勝っているが、今日に至るまでに
膨大な数の戦死者を出してしまっている。一説には、南北戦争時のような戦死者数に達するかもしれん、とまで言われている。この異世界に来て、
死体の山を築いてまで戦い抜く必要はあるのか?と言う意見もちらほらと出てきているようだが……そもそも、これは合衆国の生存権をかけた
戦いでもある」

エヴァンスは、2人の部下の顔を交互に見やった。

「故に、戦争を終わらせるか否かは、俺達の出方次第でもあるが、同時に……敵の出方次第にもよってしまう。だからこそ、俺達としては、
相手の心が完全に折れ、白旗を掲げるのを待つしかない。そして、それまでは戦争は続く。歯痒い限りだがね……」

エヴァンスは複雑そうな表情を浮かべる。
そこに、ハルヴェットが口を開こうとした。
その直後、今までに聞いたことのない爆音が、宿舎の外から聞こえ始めた。

「………艦長?」
「近くにある東飛行場から聞こえるようだが……」
「そう言えば、時折、飛行場から暖機運転と思しきエンジン音が鳴っておりましたな。私はあまり気にしておりませんでしたが」
「この晴れ間を利用して、輸送機が離陸しようとしているのだろうが……それにしてはやたらにでかいな。まさか……」

エヴァンスは、顔を上向けながら、ハルヴェットにそう返した。
彼の脳裏には、飛行場に我が物顔で居座っていた、最新鋭の大型爆撃機群の姿がよぎっていた。

「艦長、外に出てみましょう!」

ヴィレンスカヤはエヴァンスにそう言った。
エヴァンスも頷くと、我先に外に飛び出した。
彼らが寝泊まりしている宿舎は、開戦後にダッチハーバー本港から東に離れた川沿いの土地に増設された物で、これまた、開戦後に
増設された第2飛行場からは約1マイルほどの距離しか離れていない。

この爆音の正体がそこから聞こえている事は、もはや明らかだ。
外に出ると、ちょうど、飛行場側から巨大な機影が今しも離陸を終えて、ゆっくりと上昇しつつあるのが見えた。

「ああ、やはりな」

その機影を見たエヴァンスは、その音の正体が目の前の機影から発せられている事を確信する。
高度100にも満たぬ低空を、翼の後方に6発のエンジンを搭載した異色の大型機が轟音を発しながら飛行し、やがて、宿舎の上空を飛び去って行く。

「艦長!また来ます!」

ハルヴェットが飛行場を指差しながら叫んだ。
飛行場の方を見ると、続いて離陸したと思しき超重爆撃機が、これまた爆音を発しながらゆっくりと上昇していく。
巨人機とも言える超重爆撃機……アメリカ合衆国が開発した最新鋭大型爆撃機、B-36コンカラーは、この2機のみならず、3機、4機と、
次々と離陸していく。
5機、6機、7機と、B-36の離陸は続くのだが、後続機の離陸はまだまだ続けられていく。
そして、離陸した機数が14機を数えても、B-36は、また1機が第2飛行場から飛びあがる。
誘導路上には、まだ20は下らぬ数の巨人機が離陸を待っていた。

「艦長……これは訓練でしょうか」
「この晴れ間の少ないウラナスカでか?幾らB-36が最新鋭のレーダー機器を搭載しているとはいえ、日照時間の少ないここで飛行訓練を行うのは難しい」

ヴィレンスカヤの言葉を、エヴァンスは否定した。

「見ろ、離陸した機は、数機ずつの編隊を組んだ後、ほぼ全てが西に向かっている。もしかしたら……」

エヴァンスは目を細めながら、確信めいた言葉を発した。

「連中、ウェルバンルに向かうかもしれんぞ。とんでもない、クリスマスプレゼントを届けに……な」

1485年(1945年)12月24日 午前9時 アリューシャン列島ウラナスカ島南西100マイル地点

第589爆撃航空群を率いるエイドリアン・アモンド准将は、操縦を副操縦士に任せ、部隊の集結を待っていた。

「司令、航空群の指揮下にある全機が、間もなく、集結を完了します」
「OK。こっちの飛行隊も全機揃っている。終結が完了したら、あとはウェルバンルに向けてひとっ飛びだ」

アモンド准将は通信士に返答してから、前方に顔を向け直した。
アモンド准将は、開戦時はB-17のパイロットとして従軍し、後にB-29に乗り換えた後は、1個飛行隊(12機)の指揮官として
ヒーレリ領やレスタン領、帝国本土領への戦略爆撃に従事した。
45年2月からは本国に戻り、そこで開発中であったB-36のテストに加わり、9月から初のB-36装備部隊である第589爆撃航空群の
指揮官に任ぜられた。

コンソリーデーテッドB-36コンカラーは、アメリカが開発したばかりの最新鋭の長距離大型戦略爆撃機である。
全長49.4メートル、全幅は70メートルと、B-29を二回り以上も上回っており、まさに巨人機と呼んでも相違が無い。
爆弾は最大で30トン以上搭載できる。今回は初戦のうえ、今までに例のない長距離飛行と言う事もあり、爆弾はフル搭載ではないが、
それでも1000ポンド爆弾42発(約20トン)を搭載しており、この時点でもB-29の爆弾搭載量を上回っている。
防御兵装は、20ミリ連装機銃を8基16丁搭載し、携行弾薬は計9000発に上る。
これによって、B-36本体の全備重量は爆弾非搭載で70トン。今の場合では90トン以上にも達するが、この機体に取り付けられた新開発の
プラット&ホイットニー社製のR-4360エンジンは、3800馬力の大出力を誇り、この巨体に飛行能力を与えている。
エンジン配置はこれまでの機体と違い、主翼の後方に据えた推進式となっているが、6発のエンジンはこの巨人機を高度14000メートルの彼方にまで
上らせ、更に時速600キロと言う、一世代前の戦闘機顔負けの高速力で機体を飛行させることができる。
まさに、世界最大最強の爆撃機と言っても過言ではなかった。

ただ、この巨人機にもいくつかの欠点があった。
その中の1つが、B-36の自慢であるエンジンに関する物だ。
B-36を特徴づけている6発の推進式エンジンは、性能的には素晴らしい物であるが、同時に故障も多いため、試験飛行の際は、6発中、必ず1発は
エンジンが止まる事があった。
これは、実戦配備された今となっても頻発しており、今のところは、まだエンジンの故障は報告されていないが、アモンド准将は、何機かはエンジン不調か、
別の何らかのトラブルで引き返すであろうと確信していた。
とはいえ、4個飛行隊48機のB-36が、整然とした編隊を組んでいく様は、まさに壮観であった。

「司令、第841飛行隊より通信、我、集合点に到達。続いて、第892飛行隊からも、集合点に到達との通信が入りました」
「OK。これより、我が航空群はひとまず、アリューシャン列島の最西端、アッツ島を目指す。その後、南西に針路を変更し……シホールアンル帝国首都、
ウェルバンルへ向かう。目標までの飛行距離は約2400マイル(3800キロ以上)だ。途中、何らかのトラブルが発生した場合は、必ず報告しろ。
では……幸運を祈る!」

アモンド准将は航空群指揮下にある各機にそう伝えた。

程なくして、高度12000で編隊を組んだ48機のB-36は、巡航速度300マイル(480キロ)でまず、アッツ島を目指し、次にウェルバンルへと
向かおうとしていた。
目標到達時刻は、午後5時(現地時間午後2時前後)頃となっていた。


1485年(1945年)12月25日 午後1時15分 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

シホールアンル帝国海軍総司令官であるリリスティ・モルクンレル元帥は、昼食を食べた後、執務室の机でうつ伏せになりながら居眠りしていた。
執務室の机からは、珍しく冬晴れとなった冬の包み込むような陽光が差し込み、それがリリスティに心地よい眠りを与えている。

「ん……メシが……まずい……早く、あいつを切って……んん…」

のんびりと寝言を呟く彼女は、乱暴気味に叩かれるドアのノックで意識を現実に引き戻された。

「総司令官!入室してもよろしいでしょうか!?」
「う……ん……誰だ?」

急に起こされたリリスティは、眠気の覚めぬ表情を起こし、顔を横に振ってから無理やり眠気を払った。

「総司令官!」
「ん……入って良し!」

リリスティは不機嫌そうな表情で頬杖をつき、入室してきた魔道副参謀の顔を見据えた。

「一大事です!」

魔道副参謀を務めるロイネ・ミナタンヴィ中佐が、右手に紙を持って走り寄った。

「洋上の監視艇より緊急の魔法通信です。我、帝都に向かいつつある敵らしき大型爆撃機の編隊を視認する。位置はシギアル港より北東80ゼルド
(240キロ)、高度5000ないし、6000グレル。速力、推定200レリンク」
「まさか……スーパーフォートレス!」

リリスティは、その大型機の編隊がスーパーフォートレスであると確信した。
B-29スーパーフォートレスの作戦行動半径は、800ゼルド(2400キロ)である。
B-29の航続距離ならば、アリューシャン列島の西端であるアッツ島から真西のシホールアンル領土までは600ゼルド(1800キロ)足らずだが
首都ウェルバンルまでは、約700ゼルド(2100キロ)と、何とか届く距離だ。

「敵は、遂に首都近郊へスーパーフォートレスを……」

リリスティの顔がみるみる青くなっていくが、部下は困惑した表情で言葉を放つ。

「総司令官……まだ、報告を完全に終えていないのですが」
「何?」

リリスティは眉間に皴を寄せながらミナタンヴィ中佐を見つめる。
気弱そうで眼鏡をつけた、地味そうに見える女性士官は、リリスティに睨まれたと思って、慌てて頭を下げる。

「す、すいません!」
「いや、こっちも悪かった。報告を遮って済まない。それでは……続きを」
「は!報告には……敵の機影はスーパーフォートレスにあらず、未確認の新型と思われるとあります」
「え……未確認の、新型……機?」

リリスティは一瞬、自分の心臓が止まったのかと錯覚した。

「はい。監視艇からはそう伝えて来ております。それから、この情報は既に陸軍に知れ渡っています。恐らく、首都近郊に配備されたケルフェラクが
迎撃にあたるでしょう」
「ケルフェラクで迎撃か……魔道副参謀、本当に監視艇の乗員は新型機と確認したのか?もう1度確認を取らせて。もしかしたら」
「見間違い、というのはあり得ないと思いますよ。総司令官」

ドアの方から声が響く。
リリスティは、ミナタンヴィの背後から近づく魔道参謀に視線を向けた。

「魔道参謀……今はまだ休憩中じゃなかったのか?」
「いえ、ちょうど、陸軍から新情報を渡されて、それを急いで伝えようと思ったんですけど……タイミングがいいのやら、悪いのやら」

総司令部魔道参謀を務めるヴィルリエ・フレギル少将が、執務机まで歩み寄ると、封筒をリリスティに手渡した。
リリスティは封筒を開け、中から数枚の紙を取り出す。

「陸軍情報部から譲り受けた情報ですが、その中に、新型の爆撃機と思しき情報が入っていました」
「これか……」

リリスティは、ヴィルリエが言っていると思しき情報が記された紙を見つけ、その内容を読んでいく。

「捕虜の尋問の結果、B-29の後継機をアメリカが開発している事はほぼ間違いない。その爆撃機は、コンソリーデーテッドB-36コンカラーという
名称が付けられており、今後はこの爆撃機の動静にも注意を置くべき……」

リリスティはそこまで読んでから、他の紙にも目を通した。
だが、彼女が知りたい情報はあまりなかった。

「この爆撃機の性能は?」
「いや……実を言うと、このコンカラーとやらの基本性能はまだ掴めておらず、ただ、名前だけしか知られていない状況のようです」
「そんな……肝心の性能を知らないとは。陸軍はこのコンカラーとやらをどのような機体と判断している?」
「私が聞いた限りでは、スーパーフォートレスの防御力と、航続性能を強化した新型機であると判断しているようです。また、これまで通り、ケルフェラクでの
迎撃は一応可能とも判断されていますね」
「迎撃は可能……か。剣が届く相手なら、血もでる。ならば、一応は相手も傷はつく、と言う事かな」
「まぁ、そうであろうと、彼らは判断しています」

ヴィルリエの言葉を聞き、リリスティは納得しかけるが、ふと、そこで自分の脳裏に待ったの言葉が掛かった。

「……監視艇からは、未知の新型爆撃機を視認とあった。ヴィル……スーパーフォートレスの強化版なら、発動機はいくつ付いていると思う?」
「4つ……かもしれないですね。それに、機体の形状としても、さほど大きくは変わらないでしょう」

「魔道副参謀、監視艇からは他に報告は?」

リリスティはすかさず、ミナタンヴィ中佐を問い質す。

「エンジンが幾つ付いているか、あるいは形が変わっていたとか……そのような報告は届いていない?」
「いえ……今のところは、何も」
「そう…」

リリスティは浮かぬ顔で腕を組みつつ、背を椅子に預ける。

「リリィのいつもの危険察知が働いているのかな……副参謀、すぐに戻って情報収集に努めて」
「りょ、了解しました!」

ヴィルリエはミナタンヴィ中佐に指示を飛ばす。
それを受けた中佐は、すぐさま執務室を退出していった。

「どう、リリィ。何か感じる?」
「感じるも何も……頭の中では、さっき聞いた陸軍情報部の判断が間違いだと響きまくってるわ。ああもう……こういう時のこれは、高確率で
当たるんだよなぁ……」

リリスティは焦燥の念を感じつつ、監視艇乗員の装備を思い出す。
監視艇には、通常の防空軍団も使用する高精度の望遠鏡が取り付けられており、高度5000グレル程の大型機なら、おぼろげながらもその形状を
見分ける事ができる。
今から2年近く前の1484年1月。
この月から、シホールアンル帝国はB-29の戦略爆撃を受け始めているが、この時、B-29発見の報告は各部隊から上がっている。
その中には、マルヒナス運河で哨戒していた監視艇も混じっており、監視艇の乗員は、望遠鏡でハッキリと

「敵大型爆撃機、マルヒナス運河上空を通過中。敵は高高度を飛行し、発動機は4つを視認せり」

と、報告を伝えてきたのだ。
その報告があったことを、海軍総司令部に着任した際にヴィルリエから聞かされていたリリスティは、今回の新型機発見の報で、監視艇の乗員がその形状も
視認していると確信していた。

しかし、肝心の新型機の形が全く分からない。

(スーパーフォートレスのような新型機なら、形からして発動機は4つ。そう、4つなら、こちらにもまだ希望はある……かもしれない)

リリスティは、心中でそう呟いた。
幾ら新型機とはいえ、強化版なら性能差も大差は無く、機体形状も大きな変化はない筈だ。
だが、それでも……リリスティの心中では、監視艇の乗員が伝えた“未知の大型機”と言う言葉が常に引っかかっていた。
一体、何を指して未知の大型機と伝えたのか……
彼女が思考を巡らせている最中、先ほど退出した魔道副参謀が再び執務室に入室した。

「先ほどの監視艇より、追加の通信が入りました!」
「読め」

リリスティは短くそう命じると、ミナタンヴィ中佐は紙面の内容を読み始めた。

「司令部へ追申、敵大型機は、発動機らしきものを片方に3ずつ、計6つ搭載している模様。敵新型機はスーパーフォートレスにあらず」

その瞬間、リリスティは背筋が凍り付くような悪寒を感じた。

「……リリィ。これは……」

ヴィルリエは、無表情でリリスティに言う。

「間違いなく、コンカラーと呼ばれる新型機が、ここに向かっているね」
「ケルフェラクで落とせると思う?」
「さあ……それは、実際に戦わせてからじゃないと分からないね。何しろ、今日初めて姿を見せたんだし」

リリスティの問いに、ヴィルリエは正論で返した。
その直後、首都に空襲警報のサイレンがけたたましく鳴り響いた。

「本当に……最悪!敵は前にやったような、事前の空襲予告のような物を全くやっていない。住民の避難は恐らく……完全には間に合わない!」
「無警告戦略爆撃……つまり、相手は無差別戦略爆撃を、このウェルバンルに仕掛けてきたという事になるわね」

ヴィルリエの言葉が、逃れようのない現実としてリリスティの胸に深く刻まれる。
首都ウェルバンルは、12月9日の大空襲から2週間ほどで、再び恐怖の渦に包まれようとしていた。

同日 午後1時20分 ウェルバンル近郊北飛行場

シホールアンル帝国軍は、先日のアメリカ機動部隊襲撃の後、首都の防空戦力回復を最優先とし、12月13日までには他の地方都市より移動した
第41戦闘飛行団所属のケルフェラク18機を始めとし、今日までに2つの飛行場に168機のケルフェラクをかき集め、予想される敵機動部隊の
新たな襲撃に備えていた。
そこに、アリューシャン方面より敵重爆撃機編隊来襲の報が入ると、帝国軍上層部はケルフェラク隊全機発進を命じた。
ケルフェラクの配置された飛行場では、駐機していたケルフェラクに慌ただしく整備員が張り付き、あとを追うようにして搭乗員が駆け寄っていく。
第41戦闘飛行団所属第11戦闘飛行隊指揮官であるレガルギ・ジャルビ中佐は、自分の愛機に取り付くと、操縦席に座っていた整備員と交代する。

「機体の調子はどうだ!?」
「快調そのものです!敵の新型重爆を叩き落してくださいよ!」
「ああ。吉報を待ってろ!」

整備員が操縦席から出ると、ジャルビ中佐はすかさず乗り込み、ベルトを締めて魔道エンジンを始動する。
ジャルビ中佐の指揮する第11戦闘飛行隊は、今年1月に完成した新型ケルフェラクを装備しておらず、使い慣れた旧型のケルフェラクに改良を
施した機体をそのまま使い続けている。
性能的には新型にやや劣るが、武装は新型と同じものを装備している他、魔道エンジンも改良しているため、稼働率は新型と比べて天と地ほどの差がある。
ただし、空戦性能は、完全に調子の良い新型にはやや劣ってしまう。
とはいえ、ジャルビはこの旧型キリラルブスの方を気に入っており、過去の戦闘ではP-51を6機撃墜し、B-29も3機撃墜するなど、敵迎撃には
旧型でも充分に役目をこなせる事を自らが証明し続けていた。
彼はこの日も、いつもと同じ要領で敵爆撃機編隊の迎撃に当たるつもりであった。

「第272混成飛行団の飛行隊もようやく動き出したか」

ジャルビは、滑走路の反対側に駐機するケルフェラクの一群を見ながらそう呟く。
彼の率いる第11戦闘飛行隊は、モルクド市より抽出された第272混成飛行団と同じ飛行場に隊を置いている。
第272混成飛行団は、飛行団と言っても所有戦力は2個飛行隊しか有しておらず、その飛行隊も定数48機の所を、各隊ともに31機しか有していない。
最も、ジャルビの率いる第11戦闘飛行隊も定数割れを起こしているが、最近は激戦に次ぐ激戦で、どこの飛行隊も補充を受けられていない。
そのあおりをまともに受けているのが、第272混成飛行団である。
第272混成飛行団は、ランフック大空襲の後も何とか部隊の編成が続けられ、一時期は4個飛行隊192機を有するまでになっていたが、相次ぐ迎撃戦や、
新型機故の故障率の高さも相まって損耗がかさみ、遂には、部隊の戦力が半数以下にまで落ち込んでしまった。

12月に入ると、第272混成飛行団は、帝国本土東部にあるモルクド市防衛の任に就いたが、息つく暇もなく、首都方面に回されたのである。
その272飛行団所属機も、何機かが発動機を回し始めたが、その大半はまだ整備員が張り付いて、発動機を始動させようと試みている。

「新型も悪くないんだが、発動機の始動だけでああも時間がかかっては、如何ともしがたいな」

ジャルビ中佐は、四苦八苦する同僚部隊を横目で見ながら、愛機を滑走路の端に移動させた。
第11戦闘飛行隊42機は、全機が発動機の始動を終え、間もなく飛び立とうとしている。

「こちら管制塔。滑走路の状態は万全だ。いつでも飛び立てるぞ」
「了解した。第11戦闘飛行隊、今より発進する!」

ジャルビは、照準器の左隣に設置されている小さな水晶球……簡易魔法通信機に返事を送りながら、魔道エンジンの出力を上げ、ブレーキを解除した。
愛機は滑走スピードを速め、程なくして、機体が地面から浮き上がった。
後続の部下達も次々と離陸していく。
第11戦闘飛行隊の離陸は短時間で終わり、編隊を組んだ後は出力全開で高高度に駆け上っていく。
高度計が徐々に上がっていく中、基地から通信が断続的に入って来る。

「敵重爆編隊は、高度5000グレル付近を尚も飛行中」
「敵編隊は推定で30~40前後。緊密に編隊を組んでいる模様」
「敵は帝都まで約50ゼルドに到達。尚も接近中」

ジャルビはその情報を聞きながら、帝都に侵入したスーパーフォートレスの編隊を何機落とせるか考えていたが、その数が少ない事に思わず首を
捻ってしまった。

「敵の数は30~40前後だと……妙に少ないな」

B-29は、常に100機から200機以上の大編隊を組みながら来襲するのが常である。
だが、今向かいつつある敵は30から40機前後と、かなり少ない。

「そんな少数で帝都に来るとは、自殺行為もいいところだぞ。まさか……敵は先の襲撃でこちらの航空戦力が壊滅したままと思っているのか?だとしたら、
それは間違いだ」

ジャルビは、敵はこちら側が、曲がりなりにも、首都周辺の防空体制を回復させた事に気付いていないのだと確信した。

「こっちも、あれから努力して、各地から168機のケルフェラクをかき集めたんだ。図に乗るなよ……アメリカ軍!」

全機叩き落してやる。
ジャルビは敵愾心を露わにしながら、愛機をひたすら上昇させていく。
発進から30分が経った午後1時50分には、第11戦闘飛行隊は高度6000グレルまで上昇を終えていた。
その間、基地司令部からの情報はぱったり止んでいたが、ジャルビが指揮下の中隊と状況確認を終えた所で、情報が入り始めた。

「こちら基地司令部。第11戦闘飛行隊指揮官へ……侵入しつつある敵爆撃機編隊は、現在、首都より30ゼルド付近に到達。貴隊からは約10ゼルド北に

位置している。敵を視認次第、すぐに迎撃しろ!」

「俺達が一番近いという事か……了解した!」

ジャルビは、指揮下の各中隊に今の命令を伝える。

「全中隊へ、今の通信の通りだ。これより、迎撃に移る。恐らく、スーパーフォートレスの編隊は高度5000グレル付近を飛行しているはずだ。

もう少しで、周囲の高層雲を抜けるから、そこからは敵を視認次第、中隊ごとに攻撃しろ!」

「「了解!」」

指揮下にある3個中隊の指揮官から応答が入る。
現在、第11戦闘飛行隊は高高度にある高層雲に取り囲まれる形となっている。
それを抜ければ、目標が下方に見えるはずだった。
ジャルビ機が先に雲に突入し、程なくして抜けた。

「雲を抜けたぞ。まずは下を……え」

ジャルビは、視線を下に向けようとしたが、その必要はなかった。

「……俺達の上に……飛行機雲…だと?」

彼の眼には、ケルフェラク隊の上空に伸びる、夥しい数の雲が見えた。
そして……真っ直ぐと伸びる雲を吐き出すその正体も、はっきりと見えていた。
それは、銀色に包まれた巨大な機体であった。

「なんだ……あれは……発動機が片側に3、両翼に6……!?」

ジャルビは、目の前の光景が信じられなかった。
その機体は、スーパーフォートレスにしてはあまりにも大きく、そして、あまりにも異色であった。
翼の前側についている筈の発動機は、後ろ側に取り付けられており、何よりも、その大きさが今までに見てきたどの米軍機よりも明らかに巨大だ。
1機だけでも圧倒される思いだが、それが40機ほど。しかも、緊密な編隊を組んだまま飛行を続けている。
それだけでも信じがたいものだが、それ以上に信じられないのは、敵が明らかに、ケルフェラクよりも高い高度を、悠々と飛行している事だ。
また、速度も思いのほか早く、いつの間にか、ジャルビの率いるケルフェラク隊の真上を通り過ぎようとしている。
「くっそおおおお!逃がしてたまるかぁ!!」
ジャルビは怒りのあまり、罵声を放ちながら愛機の機首を、上空を行く敵編隊に向けた。
スロットルを開き、出力全開で高度を上げていく。
後続のケルフェラクも、ジャルビ機にならってさらに高度を上げていく。
しかし……ケルフェラクは敵編隊に追いつけなかった。
ケルフェラクの実用上昇限度は、せいぜい6200グレル(12400メートル)であり、第11戦闘飛行隊はそれ以上、上がることはできなかった。
それに対して、アメリカ軍爆撃機編隊は、敵の迎撃が来ることを見越して、首都より200マイルに迫った所で高度14000メートルまで上昇し、
敵の迎撃を回避することに専念した。
監視艇や地上部隊の兵員は、B-36の飛行高度を5000グレル付近と報告していたが、監視員達はB-36の巨体に距離感を若干鈍らされていたため、
飛行高度を読み違えていた。
第11戦闘飛行隊の他に、第272混成飛行団のケルフェラク52機も、B-36の編隊を迎撃しようとしたが、こちらもB-36の飛行高度に辿り着くことは
できず、1発の光弾も放てぬまま、B-36の通過を歯噛みしながら見送る事しかできなかった。


午後2時10分 シホールアンル帝国首都ウェルバンル上空

敵機の迎撃を悠々と回避した第589爆撃航空群は、順調に爆撃針路へ乗っていた。

「IPまであと2マイル」

アモンド准将は、機体の操縦を爆撃手に委ねつつ、爆弾投下の時を待っていた。
第589爆撃航空群は、途中で6機がエンジン不調等の故障で引き返し、残った42機が目標上空に到達できた。

この日の爆撃目標は、首都ウェルバンルから西方5マイルにある中規模の工場群である。
この工場は、シホールアンル陸軍が使用する陸上歩行型ゴーレム「キリラルブス」を生産する軍需工場であり、これまでに多数のキリラルブスが、
この工場から吐き出されたと言われている。
また、このキリラルブス製造工場は、シホールアンル帝国の中では第2位の規模を有するともいわれており、ここを破壊すれば、敵はキリラルブスの
供給に大きな支障を来すことになる。

「IPに到達。最終行程に入ります!」
「了解!任せたぞ」

爆撃手から連絡を受けたアモンドは、頭の中で照準器に捉えられる工場の姿を浮かべる。
程なくして、爆弾が投下された。
爆弾倉に詰められていた42発の1000ポンド爆弾が次々と投下され、遥か下方のキリラルブス製造工場に目掛けて落下していく。
先頭を飛行していた、アモンド准将直率のB-36飛行隊は、先導していた指揮官機が爆弾を投下すると、それに習って爆弾を投下し始める。
そして、爆撃地点に到達した残りの飛行隊もまた、次々と爆弾を投下し、最終的には、総計1764発の1000ポンド爆弾が、工場やその周辺に
降り注いでいった。
爆弾投下からしばし間を置き、工場から爆炎が吹き上がった。それを機に、工場やその周囲の施設で爆発が起こり、やがては煙で見えなくなる。
爆弾は工場周辺だけではなく、そこからやや離れた住宅地にも落下していたが、その辺りの被害については考慮せずと言われていたため、アモンドは
特に気にしてはいなかった。

「工場はほぼ全体が煙に覆われています。爆撃成功です!」
「高度14000からばら撒いた割には、悪くない爆撃精度だな。最も、工場周辺にも被害は生じているだろうが、その辺りは仕方ないな」

アモンドはそう呟くと、無線機のマイク越しに新たな命令を伝え始めた。

「こちら指揮官機。各飛行隊へ。これより、我が航空群は、本来の任地であるレスタン民主共和国の空軍基地に向かう。基地に到達するまで、
気を抜かずに飛行を続けろ、以上」

爆撃を終えたB-36の編隊は、そのまま高度14000を維持しながら目標上空を通過していった。
爆撃目標となった軍需工場からは、濛々たる黒煙が吹き上がっており、その周囲の施設からも激しい火災炎が吹き上がっている。
高高度から投下された爆弾は広範囲に散らばり、一部は5マイル離れた首都ウェルバンル西地区にも降り注ぎ、少なからぬ損害を出している。
各地から吹き上がる火災と黒煙はウェルバンル上空を覆い、ウェルバンルでは日光が遮られた事によって、地上が幾分暗くなる程であった。

同日 午後4時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

「敵爆撃機編隊は、工場を爆撃した後は南に転進し、ヒーレリ、またはレスタン領へと向かったものと思われます」

リリスティは、作戦室でヴィルリエから説明を受けていた。
彼女の表情はいつになく暗い。

「アリューシャンから……ウェルバンル……そして、南進……敵の新型爆撃機は、恐ろしいほどの航続距離を有しているのか」
「もし、ヒーレリ領へ向かうとしても、敵は1500ゼルド以上(4500キロ)の距離を飛行していることになります。恐らく……新型爆撃機の航続力は、
2000ゼルド(6000キロ以上)は下らないかもしれません。アリューシャンの西端であるアッツ島からウェルバンル、ヒーレリへ行くとなると、
それぐらいの後続力は必要になります」

ヴィルリエは言い終えると、地図の一点にコンパスを置き、その幅を調整して半円を描き始める。

「敵がカイトロスク近郊に飛行場を建設し、そこに、コンカラーと名付けられた新型爆撃機を配備するとなると、この範囲内の拠点は、絶えず、爆撃の
脅威を受けることになります」

地図に描かれた半円を見た幕僚達は、誰もが言葉を失った。
その半円内には、シホールアンル帝国の首都である、ウェルバンルも含まれていたからだ。そして、その半円内……新型爆撃機コンカラーの航続距離圏内には、
シホールアンル北部を除く大部分の国土が含まれていた。

「1000ゼルド圏内は、もはや安全地帯にあらず……か」
「残った主要な工場や、金銀鉱山、魔法石鉱山の殆どが含まれていますね」

主席参謀長が、地図を見据えながらそう言う。

「スーパーフォートレスでさえ、かなりの難敵であるのに、それを上回る化け物が出てくるとは」
「こいつが、今日来た時よりも更に数を増やして現れたら、より酷い事になる……!」

リリスティはそう言いつつ、右手で額を抑えた。
コンカラーの威力は、今日のウェルバンル兵器工場爆撃で既に思い知らされている。

首都より2ゼルド離れた位置にあったウェルバンル兵器製造工場は、コンカラーの爆撃によって工場施設の4割が被害を受けた他、周囲にあった工員専用宿舎や、
工場施設を取り囲んでいた市街地のみならず、ウェルバンル西地区の端側にまで爆弾が落下し、少なからぬ被害が生じている。
首都ウェルバンルにまで被害が及んだ原因に関しては、東向けに強い風が吹いていた事も影響していた。
人的被害の詳細はまだ明らかとなっていないが、暫定報告だけでも、死者218人、負傷者1981人に上っている。
被害の様相は時間の経過とともに明らかになるであろうが、死者と負傷者の数が多くなることは、ほぼ間違いないであろう。
これほどまでに被害が拡大したのは、敵が無警告の上に、高高度で爆撃を敢行した事にもあるが、それ以上に敵爆撃機の爆弾搭載量が明らかに多い事にも
原因があるとみられている。
陸軍情報部の調べでは、簡易報告ながらも、敵爆撃隊の爆弾搭載量は、控えめに見積もってもスーパーフォートレス100機以上分はあるとされており、
陸軍総司令部の屋上から、B-36の監視に当たっていた観測班からも

「敵新型機の爆弾投下量は極めて多し」

と報告されている。
また、もう1つの特徴としては、高高度迎撃機でもあるケルフェラクが、全く手を触れられぬほどの超高度を飛行可能という事があげられる。
今日の迎撃では、ケルフェラク140機が出撃したが、敵爆撃隊には1機も攻撃を仕掛けられぬまま、高度7000グレルという、前代未聞の超高度を
飛行するB-36を見過ごすしかなかった。
1機で2機分のB-29に相当する爆弾搭載量に、こちらの迎撃を全く寄せ付けぬ高高度飛行能力……そして、常識外れの航続距離。
新型爆撃機B-36は、あらゆる面において、B-29を遥かに上回っており、シホールアンル帝国は多数の臣民と……皇帝陛下が見守る中で、その性能を
まざまざと見せつけられたのだ。
会敵から爆撃終了までの時間は非常に短かったが、この衝撃は、12月9日、10日のアメリカ機動部隊襲撃時と比べても、何ら劣らぬ物があった。

「もう……こっちは一方的に叩かれるだけになるのかもしれないね」

リリスティの諦観の入り混じった言葉が、作戦室内に響き渡った。
それを聞いた誰もが、頭を深く項垂れる。
もはや、処置無しといったこの状況を、一同は痛いほどに理解していたのであった。

同日 午後6時 レスタン民主国ミルスティーズ

第20航空軍司令官を務めるカーチス・ルメイ少将は、指揮所の屋上で、新たに配属される新部隊の姿を目の当たりにしていた。

「司令、間もなく着陸態勢に入ります」
「うむ。それにしても、でかい飛行機だ。操縦するには骨がいりそうだな」

ルメイは副官にそう言いつつ、着陸態勢に入るB-36コンカラーをまじまじと見つめる。
既に日は傾き、黄昏時を迎えたミルスティーズは、地平線から見える仄かなオレンジ色が辺りを包んでいる。
その仄かな陽光が、着陸しつつあるB-36の機体に反射し、どことなく神秘的でありながらも、悪魔的とも思える容貌を同時に醸し出している。
長い胴体の前方に、少しばかり盛り上がった機首部分。その先端からは20ミリ連装機銃が伸びている。
主翼の後ろ側に配置された6発の大馬力エンジンは、けたたましい轟音を立てながら、70トン以上もある巨体を滑走路へと誘っている。
未知の巨大爆撃機の出現は、近隣住民にも瞬く間に知られ、周囲の家からは、家事を放り出して表に飛び出すレスタン人や、フェンスまで走り寄って、
B-36の姿を興奮した表情で見続ける多数のレスタン人が見受けられた。
それは基地の中でも同じであり、駐機しているB-29の側では、機付きの整備員達が、宿舎や基地施設の外には、パイロットや司令部内の将兵が表に出て、
派手な格好をした新顔の登場を面白げに見つめていた。
やがて、滑走路の端をフライパスした1番機は、主翼の4輪ギアから接地し、その後に機首の車輪を接地させた後、急減速し始めた。
それからしばしの間を置いて、速度を落とし切ったB-36は、滑走路右脇の誘導路に入ると、割り当てられた駐機場にするすると侵入し、誘導員の指示に
従って停止した。
黄昏時が終わると同時に、最終アプローチに入っていた2番機が滑走路に接地し、これまた見事な着陸を見せる。

「いい腕だな。流石は、陸軍航空隊の中でも選りすぐりを集めただけはある」

ルメイは、B-36の着陸を素直に評価する。
B-36飛行隊の創立に当たっては、20AF(第20航空軍)からも少なからぬ数の搭乗員を本国に送っている。
(大盤振る舞いした甲斐はあったな)
ルメイは心中でそう確信した。
彼はパイプを吹かしつつ、屋上から室内に移動し始めた。

5分後……ルメイの姿は、駐機場に停止した1番機の前にあった。
ルメイは、次々と着陸していく巨人機を横目で見つつ、1番機から降りてくる乗員の姿を認めると、ゆっくりとした足取りで近寄って行った。

ライフジャケットに身を包んだ15名のクルーが、互いに雑談を交わしながら移動を始めるが、ルメイの姿を見ると、途端に立ち止まった。

「気を付け!」

先頭を歩いていた男性パイロットが凛とした声音で発し、クルーは全員が直立不動の態勢をとる。

「敬礼!」

次の一声がかかると、クルー達は一斉に敬礼を送る。
ルメイもすかさず答礼し、一同の顔を眺め回した。

「ご苦労!」

ルメイはねぎらいの言葉を送りつつ、手を下げる。

「楽にしていい」

彼はもう一言付け加える。それを受けたクルーも敬礼を解き、両手を後ろに回した。

「第589爆撃航空群司令を務めます、エイドリアン・アモンド准将であります」
「第20航空軍司令官のカーチス・ルメイ少将だ。ダッチハーバーからこのミルスティーズまで、実に4000マイル(6400キロ)という、
合衆国軍史上初の長距離爆撃行を成し遂げた諸君……誠にご苦労だった」

ルメイは視線を、クルーの背後にあるB-36に向ける。

「今日、第20航空軍は、第589爆撃航空群という偉大なるクリスマスプレゼントを与えられた。そして今日、諸君らは、このコンカラーの威力を
敵にまざまざと見せつける事ができた。敵はコンカラーの前にして、自らの無力さを思い知った事だろう」

そして、彼は視線を、1番機のクルーに向け直した。

「私は、諸君らと、そして、このコンカラーを歓迎する。後ほど、航空群のクルーを集めて歓迎するが……まずは、ここでねぎらいの言葉をかける事にする。
それから諸君、今日の爆撃行は、先日来、海軍が行った首都圏攻撃に勝るとも劣らぬ偉業である。その事を、諸君らが強く誇りに思う事を、小官は期待している」

ルメイは、幾分強い口調で言うと、三度クルーの顔を眺め回し、そして、最後にアモンド准将を真っ直ぐ見据えた。

「アモンド准将。これからの作戦に強く期待している。あの大帝国に、存分に恐怖を植え付けてくれ」
「無論です、閣下。コンカラーの名の下に、我が部隊はシホールアンル屈服の礎となりましょう」

2人の将官は、互いに握手を交わし、アモンド准将は、今後の奮闘を固く誓った。

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