自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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西暦2021年4月3日 17:00 ゴルソン大陸  日本国西方管理地域  ゴルシアの街  陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地

「新設の中隊って、お前らか」

 着任したばかりの部下たちを前に、佐藤は親しげな口調で声を発した。
 新たに彼の部隊に合流したのは、札幌の病院で発生したゾンビ事件にて、臨時に彼の指揮下に入った部隊だったのだ。

「松井二等陸尉以下三個普通科小隊、佐藤戦闘大隊へ着任いたしました!」

 整列する部下たちの一歩前に出た松井中隊長は、申告をすると敬礼した。
 通常、陸上自衛隊の大隊規模の戦力は二等陸佐が指揮するべきであり、三等陸佐や一等陸尉が指揮するべきなのが中隊規模の戦力である。
 しかし、この世界において国家経済を崩壊させない程度の節度を持ちつつ急激な膨張を続ける自衛隊にとって、そのルールを遵守する事は難しかった。
 そこで考え出されたのが、戦略単位以下の部隊での指揮官になれる階級の引き下げだった。
 その記念すべきモデルケース第1号が佐藤戦闘大隊であった。
 自衛隊は、この部隊での様々な効果と弊害を見極めつつ、その改善案を全軍に適応していく事となる。

「確認した。ゴルソン大陸へようこそ二尉。
 まあ、私の部隊は名前こそ勇ましいが、実質諸君らを含めた諸兵科混合二個中隊編成だ。
 物資の搬入が終わり次第、本日の課業は終了。陸曹以上の幹部はその後出頭せよ。以上だ」
「直ちに搬入へ移ります!」

 答礼し、作業に着手した新しい部下たちを見る。
 全員がやる気に満ち溢れ、機敏な動作をしている。
 佐藤は、彼らが可哀想になった。
 連戦を重ねる自分たちも、最初はただの戦闘から始まった。
 だが、彼らはいきなり民間人の殺戮を想定に入れた市街戦に投入される。
 おまけに、想定される敵軍の数は一個師団。
 ベテランたちと装甲車両が味方についているとはいえ、それだけでも精神に酷い負担をかける。
 
「一尉」

 後ろから二曹に声をかけられる。
 
「わかっているさ。悲しいけど、これって戦争なのよね」

 佐藤は悲しそうに呟いた。
 全ては戦争という一言が踏み潰してしまう。
 若き青年士官たちの感傷も、ベテラン将校の気遣いも。

「申し訳ありませんが、着任受け入れに伴う事務作業が滞っております。
 可及的速やかに大隊長室へお戻りください」

 二曹の言葉には一切の優しさが存在しなかった。
 実際のところ、ただでさえ滞りがちの書類仕事が、増援によって更に増えてしまっているのだ。
 佐藤には感傷に浸る時間など存在しない。
 彼女の内心を簡潔に表現するならば、佐藤の精神を安定状態に保つためには感傷に浸る時間が多く存在してはならない。

「これも戦争なのよね」

 彼は寂しそうに呟き、自分を待つ戦場へと足を進めた。
 新任の部隊着任に伴う書類はたったダンボール一箱に過ぎなかった。
 それから二時間後、コンテナの山を神業的技量で片付けた新着部隊の幹部一同は、白目を剥いて書類を処理し続ける大隊長を前に硬直していた。

「あ、あの?」

 松井中隊長が恐る恐る尋ねるが、佐藤は無応答で書類を処理し続ける。

「こ、これは自動書記(オートマチック・ライティング)!?」
「知っているのか木林三尉」

 驚愕しつつ見知らぬ単語を放つ一人の小隊長に、松井は尋ねる。
 彼らの短い付き合いからでもろくでもない内容である事は分かっているが、尋ねられずにはいられなかったのだ。

「自動書記とは、無意識の領域で筆記を行う動作の事を言う。
 心霊現象の一つとして知られているが、俺はただの幽霊話だけで説明がつくとは思えない。
 どこかに隠されたメッセージがあるはずだ」
「すまんが木林三尉、少し黙っていてくれないか」

 松井中隊長は心の底から疲れた声音でそう告げた。
 彼の愛すべき部下は、戦術的な才能を持っていた。
 しかし、人格を形成するどこかが致命的な損傷を負っているという欠点を持っている。

「木林三尉、君はなかなかいいセンスを持っているね」

 わけの分からない事を言う木林三尉に、佐藤は親しみを込めた声音で語りかけた。
 彼は礼節を忘れない限りはふざけた言動が大好きだった。
 品を失わないジョークは、人間を正常に保つための良き支えとなる。
 極めて残念な事に、木林三尉は心の底から真面目に言っていたのだが。

「改めて報告いたします!」
「ああ、いいよいいよ、窓から大体のところは見ていたからね。
 まあ楽にしてくれ」

 慌てて敬礼しなおした松井二尉を、佐藤は苦笑しつつなだめる。
 内心で、真面目すぎるその人格は、今回の任務では大きな障害となるなと分析している。
 展開にもよるが、気の利く陸曹が近くにいなければ作戦終了後に自殺するだろう。

「改めて言うが、良く来てくれた。
 ようこそ佐藤戦闘大隊へ!」

 そこで佐藤は立ち上がり、両手を広げつつ笑みを浮かべて言った。
 恐らくは救えないだろう松井二尉に内心で詫びている。
 拡張に拡張を続けている陸上自衛隊では、気の利く陸曹とは充足率100%の連隊並みに貴重な存在である。

「さて、今回の任務について説明しよう。
 異論や質問は全て受け付ける」

 彼は説明を開始した。


「よかったんですか?」

 意気消沈した様子で執務室を出て行った新着部隊の一同を見送りつつ、二曹は小声で尋ねた。
 歓迎の言葉から十五分。
 彼らは精神的な意味で困難な任務の内容を詳細に伝えられ、反論異議全てを懇切丁寧に粉砕されて任務の遂行を命じられたのだ。

「何がだ?」

 同じく意気消沈した様子の佐藤が尋ねる。
 もちろん、二曹の質問の意図は理解している。
 本来であれば、階級差と命令書を盾に質疑応答は許さずに命じるべきなのだ。
 そうする事により、新着部隊の彼らは納得できずとも命令によって任務に就くことになる。
 だが、必ず精神的に耐えられない者が出てくる。
 
「軍人は命令に対して最善を尽くしていればいい。
 悩む事と責任を取る事が上官の任務だ。だが」

 そこまで言うと、佐藤は立ち上がって窓の近くへ歩く。 
 眼下には、待機中の部下たちへと歩み寄る先ほどの一同の姿がある。

「彼らは幹部だ。
 全責任は救国防衛会議が取るという条件で、部下たちに命じなければならない」
「民衆の虐殺を?」

 完全に答えをわかっている口調で二曹は尋ねる。
 勿論彼女は、佐藤がなんと答えるかは既に了解している。
 
「敵性国民が戦闘中にこちらの警告に従わず接近してきた場合の適切な対処、だ。
 言葉は正確に使わないと法廷に引きずり出されるぞ」

 果たして何人が命令と自身の解釈を適切にすり合わせられるかは不明だが。
 と、彼は心の中で続ける。

「我々は公務員なんだ。
 出来る限りの助力は勿論してやるが、結局のところ国家のために全てを捧げなければならない」
「確かに、そう宣誓しましたね」

 二曹は諦めたように答えた。
 今回の作戦においては、将来に禍根を残そうと後の戦争犯罪人を出そうと、情報の拡散防止を行う必要があった。
 それは、日本国民の生存圏確保と繁栄を目的とする救国防衛会議にとって、部下たちの正気よりも優先されるべき事項だからである。
 そういった大きな目的の前に、個人の権利と言うものは驚くほどに比重が軽い。
 だが、制服を身に付け、公務員の名簿に名前が記載されている者にはそれが求められる。

西暦2035年12月24日 10:00 日本本土 防衛省 救国防衛会議

「すまんが、ホットラインを開いてくれ」

 疲れ果てた口調で統幕長が命じ、直ぐに新アメリカ大陸に設けられた合衆国大統領府に回線がつなげられる。
 果てしない戦争の果てに、日本はグレザール帝国を含む全ての国家を破壊した。
 多数の艦砲を搭載した次世代護衛艦は、その砲力と威圧感をもって世界の海を制した。
 航空自衛隊長距離支援飛行群――全盛期の米ロ戦略爆撃隊を合計したよりも多い爆撃機の群れ――は全世界の敵国都市を叩き潰した。
 陸上自衛隊は大陸、あるいは列島単位での方面隊を無数に持っている。
 国土交通省宇宙開発局の設けた情報収集衛星ネットワークはこの惑星全てを見張っている。
 その世界で、在日米軍および希望した合衆国関係者たちは、日本政府に懇願して一つの大陸に新たなアメリカ合衆国を建築していた。

「繋がりました」

 秘書官が伝える。
 統幕長は憂鬱そうな表情のまま受話器を取り、口を開いた。

「お久しぶりですミスタープレジデント。
 残念ですが、貴国の持てる核兵器の全てを使用して下さい」

 救国防衛会議の決定全てに無条件に国民が従う世界であっても、自衛隊への核兵器の配備は結局かなわなかった。
 好きなだけ軍備を拡張する事には同意する。
 必要に応じて人権その他が奪われてしまう現状にも従う。
 国家の強権発動は仕方がない事として受け入れる。
 だが、それでも核兵器だけは納得できない。
 だいたい、日本が持たずとも合衆国軍が持っているだろう。
 日本国民の持つ核アレルギーは、救国防衛会議の権力をもってしてもどうしようもないものだった。
 
<<お待ちください総理。
 本当にどうしようもないのですか?我々の持つ海軍艦艇全てを提供します。
 海兵隊でも空軍でも陸軍の正規師団でも、何でも提供します。
 核兵器の実戦投入だけは避けられないでしょうか?>>

 この世界に来てから更新された新日米安全保障条約では、日本国の有事の際には合衆国軍の持つ必要なだけの戦力の提供が定められている。
 従って、合衆国大統領と言えども断る事だけはできない。

「敵の攻撃を止めるには、核兵器の連続した投入が必要です。
 段階的にあの魔方陣と魔法使いどもを蒸発させ、最終的に敵の本拠地を消しさる。
 それしかありません」

 現在、この世界の北極大陸に展開した敵の魔法使いたちは、この世界の全生命を道ずれにしてでも日本国を滅ぼそうとしていた。
 究極破壊魔法、現地の言葉での発音は困難だが、地球の言葉に直すとエターナル・フォース・ブリザードと呼ばれる魔法。
 中学生の考えた創作物に登場しそうなその魔法は、恐ろしい破壊力を持っている。
 この魔法の対象になった者は死ぬ。
 直接的過ぎる表現のそれを翻訳すると、要するにこの魔法の効果範囲に入った生命体は、酸欠により無条件で死亡する。
 既に北極大陸より半径200km圏内では空気が消えている。
 何も知らずに第一戦速でそこへ乗り込み、そして全員が死亡した海上自衛隊第一艦隊は、合衆国海軍原子力潜水艦の観測によると惰性で進んだまま大陸へ激突したらしい。
 そして、エルフおよび破壊された各国から召集された協力者たちによると、この空気が消える現象は、あと一週間で全世界に広がるらしい。
 目に見えない障壁で200km圏内に押さえられているそれが、あと一週間儀式が続けられる事によってそうなるのだそうだ。
 
<<貴国の航空自衛隊宇宙防空隊では駄目なのですが?>>

 隕石を落とす魔法があると聞いて多額の予算と資材、そして人命を浪費して作り上げられた部隊の名が挙がる。

「彼らには大気圏内での戦闘能力はありませんよ。
 シャトルで再突入して質量爆弾になってもらうとしても、確実性が少ない」

 反論を一つずつ潰しつつ、統幕長は現状に面白みを覚えた。
 他に手がないとはいえ、日本国総理大臣が、合衆国大統領に核攻撃を命令するとはな。
 妙な世界に来たと常々思っていたが、これは極め付けだ。

<<わかりした。直ちに発射します>>

 全てに諦観した者だけが出せる声で大統領はそう答え、電話は切れた。
 それから一分。
 指揮所の中は静寂に満たされていた。
 誰もがこれから始まる最終戦争の幕開けに沈黙し、殆ど動きの無いスクリーンを見ている。
 不意に、スクリーンの中、新アメリカ大陸に無数の光点が発生した。
 その数は恐ろしい勢いで増加している。
 オペレーターが叫んだ。

「核兵器の発射が始まりました!総数30、50、100!なおも増加中!」

 スクリーンに映った弾道を眺めつつ、統幕長は思った。
 これで世界の沿岸部は壊滅だな。
 海洋汚染もどこまで広がるか分からん。
 今にして思えば、通告し、避難させてからの通常爆撃などと生易しい手段をとった事が間違いの始まりだったのかもしれない。
 怪しげな古文書や胡散臭い遺物、大魔道士とやら。
 そういったものを敵にかき集める時間的余裕を与えてしまった。
 それがこの結末だ。

「着弾開始!続けて10発、沿岸部消滅、津波の発生はなし!」

 オペレーターが報告する。
 想定される危害半径が赤く表示される。
 ロケットブースターで運搬され、成層圏から慣性で目標に迫る核弾頭にとって、酸素のない事によるペナルティはない。
 起爆すべき場所を事前に指示してやれば、後は全てが自動的に行われる。

「大陸の形状に変化が見られます。表面の氷が蒸発したものと思われます」

 静止衛星からの若干乱れた映像がモニターに映し出される。
 水素爆弾によって破壊された丸いクレーター。
 閃光が走るたびにそれが増えていく。
 自分がそれを命じたという事実に、息苦しさを覚える。
 世界最初の被爆国が、その後最初に核攻撃を命じた国になる。
 皮肉にもほどがある。
 そして息苦しさが強まる。
 
「そうか」

 統幕長は円卓に視線を下ろした。
 誰もが喉をかきむしり、僅かでも酸素を吸い込もうとしている。
 手遅れだったのか。
 急速に意識が薄れる中で彼が発しようとしたその言葉は、急激な酸欠による身体機能の低下により脳内で囁かれただけだった。
 そして、この惑星に生命が宿る事は二度となかった。

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