自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

035 第28話 リンクショック作戦発動

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第28話 リンクショック作戦発動

1482年 6月23日午前10時 ワシントンDC

その日、作戦部長であるアーネスト・キング大将は、執務机に座って書類を読んでいた。
彼は時折、書類を読みながら時計を見た。

「もうそろそろ来る頃だな」

彼はそう呟いて、再び書類を見ようとした。その時、ドアがノックされた。

「入れ。」

彼は閉ざされたドアの向こう側にそう言い放つと、ドアが開かれた。執務室の外からは、初老の男が
失礼しますと言いながら入って来た。
その男は、つい先日まで海軍航海局長を務めていた、チェスター・ニミッツ中将である。
顔立ちはどこにでもいそうな普通の男といった感じで、体格も普通である。
全体的には、田舎の農夫のような印象が強く出ている。

「おはよう、ミスターニミッツ。」
「おはようございます。作戦部長。」

2人は一通り挨拶を交わす。キングは読んでいた書類を置くと、無表情のままニミッツを見つめた。

「早速だが航海局長。いや、今は航海局長ではないな。君にはヴィルフレイングに行って貰う。」

キングはそう言いながら、机から1枚の書類を取り出し、ニミッツに渡した。

「急病で倒れたパイの変わりに、君を南太平洋部隊司令官に任命したい。」

キングの言葉に、ニミッツは驚いた様子も無く、ただ頷いた。
太平洋艦隊は最近、少しばかり運がない。
グンリーラ島救出作戦の際には、前線で指揮を取るはずであったハルゼーが皮膚病に倒れてしまった。
そして、6月14日には南太平洋部隊司令官であった、ウィリアム・パイ中将が急病に伏せてしまい、
ポストはそのまま空席となっていた。
キングは後任として、航海局長を務めていたニミッツ中将を南太平洋部隊司令官に任命し、空席となっていた
ポストを再び埋めることにした。

「君は部下の信頼も厚いし、腕も確かだ。南太平洋部隊司令官というポストは、その君にうってつけだと思うのだ。
これから、太平洋方面の戦いは厳しい物になっていくに違いない。だが、君ならパイの後を引き継げると思うのだ。
ミスターニミッツ、引き受けてくれるかね?」

その言葉に、ニミッツは二つ返事で返した。

「はい。」

ニミッツの言葉を聞くと、キングは引き締まっていた表情を緩めた。
「そうか。引き受けてくれるのなら話が早い。早速で済まないが、ヴィルフレイングに行って貰いたい。
ニミッツ、ヴィルフレイングに行くまで何日ほどかかるかね?」
「せいぜい5日ほどはかかりますな。引き継ぎの手続きなどもありますから。」
「それで十分だ。」

キングは満足したように頷いた。ニミッツはこの時、ある考えが浮かび、その事をキングに進言した。

「そういえば、幾つか要望があるのですが。」
「言いたまえ。」

キングは頷いて、ニミッツの要望を聞こうとする。

「南太平洋部隊司令部の幕僚の事なのですが、第16任務部隊司令官のスプルーアンス少将を、私の参謀長に下さい。」


1482年 6月25日 午前7時 ノーフォーク

ノーフォークの一角を埋めていた艦郡が、外海に向けて動き始めた。

「TF26出港します!」

第23任務部隊旗艦、ワスプの艦橋から、司令官のレイ・ノイス少将は、第26任務部隊の諸艦艇が出港していく
様子を見つめていた。
数隻の駆逐艦がまず、港の出口に差し掛かると、今度は軽巡が後に続く。
その後に、第26任務部隊旗艦である戦艦プリンス・オブ・ウェールズが、マストに掲げられた星条旗と
ユニオンジャックを誇らしげにはためかせながら、ゆっくりと出港する。
プリンス・オブ・ウェールズが出港し、続いて正規空母のイラストリアス、巡洋戦艦のレナウンが後を追う。
最後に重巡と駆逐艦の順で外海に出ると、いよいよ第23任務部隊の出港が始まった。
各艦艇が機関の唸りを上げて、来るべき出港に備える。
前衛の駆逐艦4隻が、まず港の出口に差し掛かると、重巡のウィチタとミネアポリスが続航する。
続いて、1隻の巨艦が、ワスプの左舷から出港を開始し、ゆっくりとしたスピードで前方に出て行く。

「参謀長、サウスダコタは役に立つと思うかな?」

ノイス少将は、不安げな口調で参謀長のギャリソン大佐に問いかけた。

「サウスダコタはドックから出てきてまだ3ヵ月半ほどしか経っていない。乗員は未だに艦のコツを掴み切れて
いないのではないか?」
「心配には及びませんよ。ギャッチ艦長の猛訓練のおかげで、サウスダコタ乗員の錬度は上がっています。
練習戦艦となったアーカンソーやテキサスから乗り組んだ兵も多数いますから、慣熟訓練もスムーズに行っています。」

ギャリソン大佐は、アナポリスで同期だった艦長を誇るようにノイスに言った。
サウスダコタは、本来ならば3月20日に就役予定であったが、レンドリース分のキャンセルはこの時期、各新造艦艇の
建造スピードの加速というプラス効果をもたらしていた。
そのため、サウスダコタは予定よりも早く工期を終了し、3月4日に海軍に引き渡された。
サウスダコタ初代艦長に任命されたトーマス・ギャッチ大佐は、サウスダコタの早期戦力化を実現させるために、
3月6日から予定よりも遥かに早い慣熟訓練を開始した。
度重なる猛訓練に、乗員たちは見事に応えてくれた。
途中、何度か事故はあったものの、幸いにも死者は出ず、負傷者も再起不能レベルの傷は負っておらず、海軍病院で
養生しながら、再びサウスダコタに戻れる時を待ちわびていた。
サウスダコタの他に、4月10日に就役した戦艦インディアナは、アメリカ北海岸沖で目下訓練中であり、8月には戦力化できる見通しだ。

「ふむ。それなら問題は無いな。旧式戦艦を2隻、前線から外した事は痛いだろうが、これから就役して来る新鋭戦艦は、
その穴を充分に埋めるだろう。」
「海軍の戦艦も世代交代、と言うわけですか。」
「そうかもしれないな。」

ギャリソン大佐の言葉に、ノイス少将は苦笑しながら呟いた。

「だが、いくら新しい戦艦が出来ようと、時代はもはや航空機というものが海戦の主役になっている。
この作戦からしてそうだ。」

ノイス少将は語った。

「26ノット以上の高速艦でマオンド領及び、本国の港を奇襲攻撃する。これは空母を伴う機動部隊以外では
実現し得ぬ物だ。ガルクレルフは敵の警戒が薄い時期を狙ったから成功したような物だが、今回はそれも通用しない。
チャンスは1度きり。この1度の航空攻撃で、奴らに強い衝撃を与えねばならん。」

彼は、前方を行くサウスダコタを見据えながら言い放った。
サウスダコタの両舷には、5インチ連装両用砲や多数の機銃座が天を睨んでいる。
時代の趨勢が戦艦から、航空機にへと移った事を物語る装備だ。
表舞台の主役から引き摺り下ろされた感が強いが、これからは機動部隊の守り神として、その真価を発揮するだろう。

「マオンドの奴らに、復活したワスプの力を見せ付けてやろう。半年前に受けた屈辱を何倍にも増して叩き返してやる。」

ノイス少将は珍しく、好戦的な笑みを浮かべながらそう呟いた。
やがて、ゆっくりとワスプは出港を開始した。
エセックス級に積まれる物と同じエンジンが、頼もしい唸り声を上げると、ワスプはゆっくりと進み始めた。

洋上に出た第23任務部隊は、陣形を整えた後、会同地点にへ向かった。
同時刻、ニューヨークでは空母ホーネットを主軸とする第24任務部隊と、空母レンジャーを主軸とする
第25任務部隊が出港し、会同地点に向かいつつあった。


1482年 6月28日 午前2時 エルケンラード沖70マイル地点

シュルシュルシュルという微かな音が、左舷から右舷に抜けて行った。
聴音員のジャン・ヴェンク兵曹はやや安堵した表情で艦長に報告する。

「艦長、敵駆逐艦が真上を通り過ぎました。速度、針路ともに変わりません。」
「そうか。それなら一安心だな。」

潜水艦セイル艦長である、イギー・レックス少佐は微笑を浮かべた。

「だが、奴がフェイントを仕掛けて来る可能性もある。それを避けるためにも、もう少しここでお座りしておこう。」

レックス少佐の冗談めいた言葉に、発令所の誰もが笑みを浮かべた。

「しかし、マオンドの奴らも侮れん装備を持っていますな。ミスリアルからやって来たエルフとかいう男から
話を聞いた時はびっくりしましたぜ。」

副長のヴォル・リンデマン大尉が忌々しそうな口調で言って来た。それにレックス少佐も頷く。

「生命反応探知装置とか言う奴だな。元々は、海中に住む凶暴な海洋生物をいち早く見つけるために開発されたようだ。」

レックス少佐は、南大陸からやって来た、特使団とは別の視察団の中にいた、エルフの男性と面談する機会を得た。
そのエルフの言葉では、この世界の海軍は一昔前まで探知魔法の魔道式を埋め込んだ探知装置が船に搭載されており、
魔法石の色合いの変化で海洋生物の存在の成否が分かるようだ。
ボストン沖海戦で潜水艦のトリトンが撃沈されたり、他の潜水艦が一度ならず爆雷攻撃を受けたのは、この装置を装備した艦が
攻撃を加えた可能性が高いと言われている。
実を言うと、セイルも2ヶ月前、マオンド軍の駆逐艦2隻に探知され、2時間もの間、爆雷攻撃を受けてしまった。
その時、深度は30メートルほどであり、セイルは深深度に逃げ込んで、なんとか事なきを得ているが、あの2時間は生きた心地がしなかった。

「敵艦に出会ったら、深度70以下に潜れとは言われているが、敵が探知魔法を強化させたら、俺達のように海底に鎮座している
状態でも、所かまわず爆雷を放り込まれているかもしれないな。」

「もみくちゃにされるのはもうごめんですぜ。どうせならいっそ、敵地に侵入して輸送船を叩き沈めてやりましょうか。」
「そいつぁ機動部隊の仕事だ。俺達はマイリー共の船団を見つけて、どこに向かうか報告するだけだ。
まっ、俺としても、君の気持ちは分かるが、俺はプリーン大尉でもないし、無謀な事で部下を危険晒す馬鹿でもない。
ニューヨークでカミさんと出会う秘訣は、こうやって待ち、動く時は動いて、決められた事をやるのみさ。」

レックス少佐はそう言い返したが、彼自身、大戦果を求めていない訳ではない。
3月初めに、セイルは南下中のマオンド艦隊を発見した。
マオンド艦隊は戦艦1隻の他に、巡洋艦、駆逐艦多数を含む有力な部隊であった。
その時、現場海域にいた潜水艦はセイルのみであり、レックス艦長は襲撃しようかどうか迷った。
だが、いくら旧式とはいえ、元は頑丈に作られた戦艦だ。
魚雷をぶち込んでも撃沈できるかは未知数だし、よしんば、撃沈しても、怒りに駆られた駆逐艦群に
袋叩きにされるのは目に見えている。
レックス少佐は、ドイツ海軍のプリーン大尉並みの英雄となって果てるか、やり過ごして後に備えるか迷ったが、
彼は後者を選んだ。

「俺も命は惜しいし、俺以外の乗員を謝った判断であの世に連れて行きたくないからな。」

あの時、レックス少佐はそう言っている。
そして、セイルは今まで生き延びられてきた。

「敵艦の通過から20分経過したが、敵さんは戻って来ないな。よし、進むぞ。」

レックス少佐は、敵の哨戒艦が完全に過ぎ去った事を確認すると、セイルを前進させる事にした。
89メートルの海底に鎮座したセイルは、海底から浮き上がり、ゆっくりと舳先をエルケンラードに向けて、
時速5ノットの低速で前進を再開した。

それから6時間後、セイルはエルケンラードより南西48マイルの地点に到達していた。

「周囲に、敵艦は居ないな。」

レックス少佐は潜望鏡で、周囲の海面を一通り確認してから、レーダー手に問いかけた。

「敵のワイバーンは居ないか?」
「対空レーダーには反応ありません。」
「反応はなし・・・・か。」

レックス少佐は呟きながら、潜望鏡を上空に向ける。
上空は曇っていた。雲は厚く、上空から偵察する際には不適正な状況だ。

「浮上する。」

彼はそう言うと、兵達が頷いて機器を操作し、セイルの艦体に浮力を増していく。
ほどなくして、セイルの艦体は洋上に浮き出た。
艦橋のハッチからまず、レックス艦長が出てきた。
その次に、見張りの水兵3名、下士官2名、副長のリンデマン大尉が最後に出る。
配置に付くなり、見張り員は目を皿にして洋上、上空を見渡した。
海は穏やかで、艦自体の揺れもあまりない。空は曇っていて、対空警戒には少々しんどい環境である。

「レーダー手、近づいて来る物があったらすぐに知らせろ。」
「アイアイサー」

レックス艦長はそう命じた後、自らも双眼鏡を使って、洋上を見渡す。

「副長。こうして見ると、海と言うものはどこも変わらないものだな。」
「のどかですな。戦争が起きているとは信じがたい光景です。」
「同感だ。」

レックス少佐は頷いた。

「曇り空でなければ、満点だったんだが。贅沢は言えないか。」
「今は、この空模様で我慢と言う事でしょうな。」

そう言うと、2人は苦笑した。
それからは、艦長も副長も、見張り員達と一緒になって洋上を見張った。

セイルが浮上航行を開始して30分後、

「右舷側に何か見えます!」

右舷側見張り員のうちの1人が報告して来た。

「3時方向です!」

全員が右舷側に視線を向け、双眼鏡の倍率を上げてその見張りが見つけた物を探す。
それはすぐに見つかった。

「聴音室より報告!本艦の右舷側方向に、船らしきスクリュー音を探知!距離、約8000!」
「こっちでも確認した。恐らく、いつもの護送船団だろう。」

レックス少佐は返事する。

この時、セイルの右舷側には、マオンド海軍の巡洋艦、駆逐艦に護衛された大型輸送帆船13隻がエルケンラードに向かっていた。

「潜行するぞ!」

レックス艦長はそう言って、見張り員達を艦内に下がらせた。
最後に彼が艦内に滑り込んでハッチを閉めた。
その時には、急速潜行を命じられたセイルは、既に甲板を水中に没しており、程無くして艦体全てが海中に没した。

「副長、さっき見つけたあの船団だが、あれは定期便だな。」
「恐らくそうでしょう。」

副長は、輸送船団が入港する日が記されたカレンダーを取り出した。

「ちょうど、前の船団がマオンド本国に向かって4日目です。いつも通りのパターンですな。」
「と、すると、積荷を降ろして、また積み上げて出港するには、あと1日。あと1日の猶予がある訳だな。」

マオンド側の輸送船団は、3日おきに1度、あるいは4日おきに1度のサイクルで、
エルケンラード~マオンド本国間を移動している。
大西洋艦隊司令部は、事前に複数の占領箇所の港を、同時攻撃する事になっているが、奇襲には前もって情報が必要となる。
そのため、大西洋艦隊は潜水艦部隊である第29、第30、第31、第32任務部隊に襲撃予定の港を往来する船舶を監視させた。
セイルの所属する第29任務部隊の潜水艦群は、エルケンラードの沖100~50マイル付近で待機し、
マオンド海軍の動向や、船舶の往来状況を監視していた。

「で、役者さん達は、今ここにいる訳だな。」

レックス艦長は海図のとある箇所を、コンパスで撫でる。

その海域は、セイルが居る位置から300マイル、エルケンラードから370マイル西の地点である。
マオンド軍のワイバーンは、シホールアンル側のワイバーンと比べると、空戦性能こそほぼ同じだが、
航続距離に関しては落ちるという報告が、南大陸側から届けられている。
航続距離は800マイルだが、この地域のワイバーンはせいぜい300~350マイル程度しか哨戒圏を設定しておらず、
密度も本国と比べて薄い事が、スパイの情報や潜水艦部隊の調査で判明している。
夜間には、ワイバーンは飛行できず、哨戒艇の行動範囲も、陸地から50マイル圏内に留まっている。
機動部隊は、その夜のうちに敵地に接近し、夜明けと同時に港に停泊中の船団、もしくはめぼしい軍事目標に
艦載機で持って攻撃を仕掛ける。その後は敵のワイバーンが来ぬうちに艦載機を収容し、反転離脱を行う。
これが、リンクショック作戦の骨子である。

「敵船団には、駆逐艦がいるからな。今すぐにでも浮上して、報告を送りたいが、念の為、このまま潜って、
敵船団が過ぎ去ってから報告を送ろう。」

レックス艦長は後の方針を決めると、まずは電文の作成を命じた。


1482年 6月29日午前7時 エルケンラード

普通なら、初夏の暖かさで誰もが気分を一新して、仕事に取り掛かるであろう。
エルケンラードの町には、そのような気持ちで仕事を行う物は半数程度しかいない。
後の半分は、マオンド兵の機嫌を伺ったり、これからの未来に暗澹とする者がほとんどである。
殊更、今日に関しては後者の色のほうが、心なしか強いような気がする。

「寂しい町だな。」

クルッツ・ラエクは、早朝の町を練り歩きながらそう呟いた。

今日、町の中心部にある広場では、恒例の反逆者狩りが行われる。マオンド側は、占領地域の政治は、派遣した領主に任せている。
エルケンラードの領主は、現地の部隊に対して反逆者は即刻処刑せよと命じてあった。
そのため、月に2度、しょっ引かれた反逆者達は広場で絞首刑に処せられる。
(本当の反逆者はこっちにいるのに、マオンドのぼんくら共は関係の無い人ばかりを縄で吊るしている。どいつもこいつも無能な奴だ。)
空振りばかり繰り返すマオンドに対し、クルッツは内心で嘲笑した。
とりあえず、昨日の夕方にマオンド軍の輸送船団が入港し、いつもの通り積荷を降ろし始めている。
マオンド側は、輸送船の荷降ろしや荷積み作業には、現地人を使わず、全て自分の軍に所属する者ばかりで行っている。
マオンド側の言い分からすると、劣等人共に任せると、積荷が紛失する可能性があるからとある。
明らかに言いがかりであるが、その事が、マオンドが占領地域の住民達に対しどれほど警戒しているか如実に物語っている。

「とりあえず、報告は送ったが・・・・・」

クルッツはおもむろに後ろを振り返った。
彼の背後には、岸壁に接舷して、荷積み作業を行う輸送船と、周囲で目を光らせているマオンド軍の戦闘艦艇がいる。
それらに遅い来るであろう敵はいない。

「アメリカは、いつになったらこのレーフェイルに目を向けてくれるのだろうか。」

クルッツは、内心でアメリカがこのレーフェイルに向かって来る事を期待しているが、アメリカは一向に攻撃して来ない。

「本当に、彼らはやる気があるのだろうか?さっさと来て貰いたいのに。」

そう呟きながら、彼は再び歩き始めた。
彼は、何気なく言ったに過ぎなかった。それは、すぐには叶えられるはずが無い願い。
どうせ来ないと思いつつも、適当に言った言葉に過ぎない。
しかし、彼の何気ない願いは、唐突に表れた。

歩き始めて数分、広場からマオンド兵達が、集まった住民達(マオンド兵の呼びかけで強引に集められた)が、
中央の絞首刑台に注目させられ、マオンド兵が罪人の髪をわし掴みしながら演説している。
よく透き通る声であったが、クルッツはその声音とは別に、別の音を捉えていた。
(・・・・・・この音は・・・・・)
クルッツは足を止め、周りを気にしながら、後ろを振り返った。
そこには、先と変わらぬ光景がある・・・・いや、若干変わっていた。
西の空に、うっすらと黒い粒々のような物が幾つか浮かんでいた。
羽虫のような音はそこから発せられていた。
「あれは、一体?」
クルッツはそれが何なのか、一瞬分からなかったが、疑問は瞬時に氷解した。
アメリカに訓練で居た頃、何度か見た飛行機。それの発する音は、異質でありながら力強く、頼もしいと感じた。
その音と、この羽虫のような音は共通点がある。

「まさか・・・・・」

彼は思った。あれは、アメリカ軍の飛行機なのでは?
疑問に答えるかのように、停泊していた護送船団に異変が起きた。
クルッツがいる位置からは遠くてよく見えないが、港で何か騒ぎが起きている。
彼は知らなかったが、この時、警戒駆逐艦は恐ろしい物を目の当たりにしていた。

「て、敵飛空挺来襲!数は100機以上!」

その駆逐艦が目の当たりにした物、それは、空を覆わんばかりの数で攻め入って来た、アメリカ軍機の群れであった。

「こちら攻撃隊指揮官機。攻撃隊はエルケンラードに到着した。これより攻撃に移る。」
「了解。朝メシをくれてやれ。」

空母ワスプ艦爆隊長であり、攻撃隊指揮官でもあるアールド・プラック少佐はワスプとの交信を終え、次に攻撃隊全機に指示を下す。

「全機に告ぐ。これより攻撃に移る。戦闘機隊は港の南側に位置するワイバーン基地を攻撃、叱る後に市内の軍事目標を機銃掃射。
ドーントレス隊、アベンジャー隊は輸送船団、戦闘艦艇を攻撃しろ。グッドラック!」

プラック少佐の指示を受けると、各機がそれぞれの目標に向かっていく。
この日、エルケンラード空襲に参加した空母は、ワスプとレンジャーである。
攻撃隊の内訳は、ワスプがF4F18機、SBD24機、アベンジャー12機。
レンジャーがF4F24機、SBD24機、アベンジャー14機。計116機である。
そして、攻撃の先鋒を務めたのは、40機以上のワイルドキャットであった。
ワイバーン基地はなかなか大きかったが、その短い滑走路に、何騎かのワイバーンが並べられ、慌ただしく発着の準備に入っている。
ワイバーンの列線にも、竜騎士とおぼしき人影が相棒に取り付こうとしていた。
ようやく、5騎のワイバーンが離陸を開始した、と思った直後、急降下して来たワイルドキャットが両翼から閃光を発した。

「甘いぞマイリー!」

レンジャー戦闘機隊の隊長であるテル・パーキンソン大尉は喚いた。

「空戦とはな、空に上がり切ってからやるものだ!」

機体の両翼から12.7ミリ機銃がぶっ放され、4本の線が浮き上がったばかりのワイバーンに突き刺さる。
わずか数秒の射撃であり、目標はすぐに後方へと吹っ飛ぶ。
だが、パーキンソン大尉に撃たれたワイバーンは、体中をずたずたにされて、浮き上がって10秒足らずで地上に叩きつけられた。
離陸したばかりのワイバーンがあっという間に叩き落されている間、今しも飛び立とうとしていたワイバーンの列線にもF4Fは暴れ込んできた。
500キロ以上の猛速で突っ込んで来たワイルドキャットは、ミシンを縫うようにして列線の初めから終わりまでを掃射する。

1番機が討ち取れなかったワイバーンを、2番機、3番機が続けて掃射を仕掛けて行く。
10機以上のワイルドキャットが、1航過を終えた後には、飛び立とうとしていた16騎のワイバーンは例外なく死ぬか、
瀕死の重傷を負い、御者たる竜騎士も全て戦死していた。
ワイルドキャットはそれだけでは飽き足らず、基地の指揮所や集積所にも次々と機銃をぶち込んだ。
ワイルドキャットの機銃弾が、指揮所で被害報告を行っていた兵と指揮官を一気に串刺しにしてこの世から消し去った。
集積所に会った爆弾が機銃弾を浴びるや、大爆発を起こして、近くに居た馬車やワイバーン、建物を全て吹き飛ばした。
その時には、高空からドーントレス隊が、それぞれの目標に向かって急降下を開始していた。
クルッツは、ワイバーン基地で起きた爆発音でハッとなった。
ワイバーン基地からは濛々たる黒煙が吹き上がっている。
先ほどまで、絞首刑台で演説を行っていた兵士が押し黙り、状況が分からないのか、口をポカンと開けて
ワイルドキャットの襲撃を呆然と見ている。
その時、エルケンラードの町を圧するかのような甲高い轟音が鳴り始めた。
広場に集合した住民や、家の中にいた住民達が一斉に音のする方向、輸送船団が停泊する港に目を向けた。
港の上空に、数機の黒い粒が、高空から1本棒となって墜落していく。

「自殺する気か!?」

住民の誰かが、信じられないといった表情で黒い粒の急降下を見ている。
黒い粒は、やがて形が分かるようになって来た。
その機体の角度からして、通常ではあり得ぬものだ。
人々の不安の声を掻き消さんばかりに、甲高い轟音は徐々に大きなものになっていく。
傍目から見ても、心臓を掻き毟られるような音だ。
その直下にいるマオンド兵達はさぞかし、耳を塞ぎながら退避しているのだろう。
唐突に黒い粒の周りに爆煙が吹き上がる。それは次第に数を増していったが、見慣れぬ飛空挺を爆砕するには至らない。
甲高い轟音が極大に達した時、低高度まで降下した飛空挺が航過速度を緩め、水兵飛行に移っていく。

飛空挺が輸送船、戦闘艦艇の上空を通過した時、1隻の輸送船から火柱が上がった。
その次に舷側から水柱が吹き上がる。
そのまた次に船体の後部甲板から爆炎踊り、何かの破片が高々と舞い上げられた。
ドーン!という腹に応えるような爆発音が連続して町に響き渡り、住民たちは誰もが仰天した。

「家の中に逃げろ!」

誰かがそう喚くと、広場に集められていた住民達はパニックに陥り、それぞれが別の方角に逃げ始めた。

「こ、こら!貴様ら!我らの命があるまで勝手に逃げ出すんじゃない!」

マオンド兵の指揮官らしき男が、長剣を振りかざして逃げ散る住民を引き止めようとするが、その声すらも、
またもや起こった甲高い轟音に掻き消されてしまった。

「おのれ!反逆者共めが!」

指揮官が顔を真っ赤にして叫び、不意に横を向いた時、ワイバーン基地を襲った飛空挺が、今しも彼らの下に向かう所であった。

「ひ、退けい!罪人なんぞそこらに放り出しても構わん!駐屯地に戻るぞ!」

指揮官の声が響くと、マオンド兵達は慌てて罪人達を放り出し、馬車に乗り込んだ。
組み立てた絞首刑台なぞ目もくれず、先頭の馬車が街道を突っ走ろうとした。
その次の瞬間、鋭い射撃音と共に、最後尾の馬車が12.7ミリ機銃弾に絡め取られた。
馬車の車輪が音立てて外れ去り、荷台の中にいた兵達が一瞬で射殺された。
組み立てられた絞首刑台にも機銃弾が雨あられと降り注ぎ、罪人の首を吊り下げる筈だった縄がちぎり飛ばされ、
基部がギタギタに引き裂かれた。

絞首刑台はわずか数秒の射撃でぼろぼろに打ち砕かれ、ただの木屑に変換された。
別のF4Fが先頭を走る馬車に12.7ミリ機銃弾をぶち込む。
幌が容易く引き裂かれ、御者と馬が瞬時に息の根を止められ、馬車はけたたましい音を響かせて横転した。
横転した馬車は、狭い街道沿いの露店に突っ込んで、閉店状態にあった店を強引に開店させてしまった。
4機のF4Fは、そのまま上空をフライパスして、新たな目標を探した。

「全く、酷いやつらだ。公衆の面前で公開処刑とは。」

パーキンソン大尉は苦い表情でそう呟いた。彼は飛行場を銃撃した後、市街地にある軍事施設に襲いかかろうとしていたが、途中で広場が見えた。
その広場は、元々住民達の休息の場所として作られたらしいが、パーキンソン大尉が見たのは、今しも公開処刑を行うとする執行人達と、
その罪人とされた人々であった。
10人以上の執行人達は、パーキンソン大尉のF4Fが近付いてくるのが仰天したのか、罪人達を逃がして慌てて馬車で逃げようとした。
4機のF4Fはそれを逃がさず、絞首刑台共々機銃掃射で蹴散らした。

「さて、本当の目標に向かうとするか。」

パーキンソン大尉は、一番狙いたかった物、領主の銅像が立てられた公園に向かった。
そこは広場と目と鼻の先であり、パーキンソン大尉は旋回した後、その目立つ銅像目がけて愛機を突っ込ませた。
「朝飯だ、しっかり味わえ!」

彼は、尊大な態度を表した銅像に、距離800で銃撃を行った。両翼の12.7ミリ機銃がリズミカルな音と共に放たれ、
曳光弾がその銅像全体に突き刺さった。
慌てて、家に逃げ帰って来たとある住人は、突然、家の目の前にある領主様の銅像がけたたましく火花を散らす光景を見て度肝を抜かされた。
無数の光弾らしきものがこれでもか、これでもかとばかりに叩き込まれ、勇壮な顔つきであった領主の表情が醜い化け物面に変わっていく。

その上空を、胴体に星を描いた見慣れぬ飛空挺が、猛スピードで航過していく。
都合、4機の飛空挺がその銅像の上空を通り過ぎた時、領主の銅像は全身が酷く損傷し、ただの醜いオブジェと化していた。
(すごい!あの憎らしかった銅像が・・・・・)
その住民は、内心で喝采を叫んでいた。町の為政者として君臨してきた、あの憎らしい領主が税金で建てた自分の銅像。
エルケンラードの住民にとってはあの屋敷にふんぞり返る領主と同等に憎い存在であった。
それが、未知の飛空挺によってあっけなく破壊された。
(素晴らしい!なんて素晴らしい事だろうか!!)
最初、恐怖の眼差しで見つめていた飛空挺だが、今ではその思いは消え去っていた。
港の輸送船団は惨憺たる様相を呈していた。13隻の輸送船は、ことごとくドーントレスの爆撃によって粉砕された。
戦闘艦艇はかなわじと、機銃掃射を繰り返すドーントレスを尻目に、慌てて港の外に逃げ出してきた。
だが、そこに待っていたのは、低空を這い進んで来る26機のアベンジャーであった。
慌てて逃げて来たため、相互支援の取れなくなったマオンド艦艇は、低空からの刺客に次々と襲われた。
まず、真っ先に逃げ出してきた1隻の巡洋艦に4機のアベンジャーが取り付く。
巡洋艦は必死に回頭を繰り返すが、アベンジャーの追撃は執拗を極め、ついには2本の魚雷を艦の前部に受けた。
艦首を食いちぎられた巡洋艦は数メートルも進まぬ内に停止し、沈み始めた。
次に駆逐艦2隻に、10機のアベンジャーが群がってきた。
運悪く、魔道銃の光弾を食らったアベンジャーが、もんどりうって海中に叩きつけられるが、脅威を取り去る事は出来なかった。
残り9機となったアベンジャーは、射点に到達し、次々と魚雷を投下する。
1隻の駆逐艦はなんとか避け切ったが、もう1隻には2本の魚雷が中央部に叩き込まれ、艦体を真っ二つに叩き割られた。

気が付くと、クルッツは港が見渡せる丘に来ていた。港は濛々たる黒煙に覆われて、その全容を見渡す事が出来ない。
港から少し離れた海域では、5本の黒煙が吹き上がっている。
その上空には、まばらだが、アメリカ軍機らしき機影が、勝ち誇ったように上空を旋回していた。

「ラエクさん!」

後ろから声がかかった。
振り向くと、いつもの酒場の主人が、困惑した表情をうかべながら近寄って来た。

「なんか、相当ひでえ事になっているが、何があったんだい?」
「俺もよく分からない。分かる事といえば、いきなり海の方向から変な飛空挺がやってきて、散々暴れ回った、それぐらいだ。」
「なるほど・・・・・すげえな。沖で船が燃えている。ありゃマオンド軍の巡洋艦じゃないか。」
「飛空挺の爆撃を受けたようだな。あの飛空挺の乗員達、上手く軍艦を追い詰めていた。結構な手練が操っているようだぜ。」
「それはともかく・・・・・あの強かったマオンドが、こうまでも一方的にやられるとは。」

酒場の主人は、上手く状況が飲み込めていないのか、しきりに頭を抱えている。

「天敵現るって奴だろう。いずれにしろ、マオンド軍もこれまで通りの戦いは出来なくなった。
それだけは確かだろう。」

クルッツは、やや上ずった口調でそう言った。

「なるほどね。今までさんざんやりたい放題やって来たんだ。今日の出来事は、マオンドの奴らにはいい薬になるかもな。」

主人は、初めて笑みを見せた。その笑みは、今までに無いほど爽やかだった。

午前8時30分 エルケンラード西方沖200マイル地点

攻撃隊の最後のアベンジャーがワスプの飛行甲板に降り立った時、ノイス少将はようやく、安堵の表情を浮かべた。

「司令、全機収容完了しました。」

艦長のジョン・リーブス大佐が報告して来た。

「よし。これよりこの海域を離脱する。艦隊針路270度。」

ノイス少将は、予め決めていた命令を全艦に発した。

「レンジャーより通信。我、攻撃隊の収容完了。これより反転す、であります。」
「OK。今の所は順調に行っているな。」

ノイス少将はそう呟きながら、脳裏では第26任務部隊の作戦に不安を抱いていた。

第26任務部隊は、現在別の場所を攻撃するために、別の海域を航行している。
他の機動部隊とは別の時間帯に攻撃を仕掛ける為、あえて別針路を取っているが、危険度はTF26のほうが大きい。
ちなみに、TF24のホーネットからは、5分前に攻撃終了の報告が入っている。
損害は、TF23、25でSBD2機、TBF1機喪失。F4F3機、SBD、TBF各2機損傷となっている。
しかし、エルケンラードのマオンド軍輸送船は全滅させており、護衛艦艇も2隻撃沈、3隻大破の戦果を挙げているから、
エルケンラード空襲に関しては大成功である。
TF24は、エルケンラードより北800キロのゲンタークルを空襲している。
後は、TF26の攻撃の成否を待つのみだ。

「後はあなたがたの出番だ。大いに暴れてくれ。」

ノイス少将は、サマービル中将の顔を思い浮かべながら、TF26の健闘を祈った。
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