自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

058 第50話 夜海の松明

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第50話 夜海の松明

1482年(1942年) 10月24日 午後11時10分 ノーベンエル岬沖北東80マイル沖

竜母部隊から増派された護衛艦隊と、アメリカ側の襲撃艦隊が激戦を繰り広げている間、輸送船団は
上陸地点よりあと3時間の地点にまで迫っていた。
上陸部隊は主に3つに分かれている。
先頭を行くのは第17軍の3個師団を乗せた輸送船団である。
第17軍司令官であるアルズワク・ルーカリア中将は、盛んに明滅する後方の海域に見入っていた。

「激しいですな。」

彼の副官が、不安そうな表情でルーカリア中将に言った。

「戦いが始まってから既に40分。護衛艦隊は奮闘しているようですが・・・・・」
「安心せい。敵の潜水艦に減らされたとはいえ、第8艦隊は5隻の戦艦を持っているんだ。例え負けても、
敵に深手を負わせているだろう。我々は、上陸した後の事を考えれば良い。」

不安げな表情の副官に対して、固太りのルーカリア中将は誇らしげに胸を張りながら言葉を続ける。

「それに、一旦陸に入り込めば、後はわしらの独壇場だ。ミスリアル軍の大半は頭部に駆り出されて、
西部にはせいぜい3万ほどの軍しか残っておらん。数の少ない敵軍なぞ、我が歴戦の精鋭軍にとっては
赤子と大人ほどの違いがあるぞ。」

ルーカリア中将はそう言いながら、後方の別の船団を指差した。

「それに、今回は本国から第3特殊軍という超一流の兵士ばかりを集めた味方も来ている。魔法技能、
戦闘技能、いずれにおいても優秀。人によっては、奴らに対して劣等感を感じる奴もいるようだが、
わしにとっては、第3特殊軍の作戦参加は心強い限りだ。」

そう言って、ルーカリア中将は高笑いを上げた。
第3特殊軍は第72魔法騎士師団、第66特殊戦旅団で編成されている。
特筆すべき事は、シホールアンルでも精鋭中の精鋭である第72魔法騎士団が参加している事だ。
魔法騎士師団。それは、各国が編成する軍のなかで最も異質かつ、優秀な部隊である。
国の中には、この魔法騎士団が負けたら国自体も負けるといわれるほど、貴重な部隊であり、
通常の国家は旅団編成で2~3個旅団を保有し、大国クラスならば師団編成で1、2個師団保有している。
シホールアンル帝国は、流石は超大国と言う事もあり、6個師団と2個旅団を保有している。
それでも、貴重な部隊である事には変わらず、この魔法騎士団の実戦投入はその戦争の正念場か、
敵に対する最終攻勢の場合のみである。
滅多に前線に出てこない事から、帝国本土のお飾り部隊と蔑む者も少なくないが、師団を構成する兵員は
どれもこれも優秀な魔法技術を持っており、隊長クラスの中には敵1個連隊を少数兵力のみで圧倒したとか、
襲ってきた暗殺者をものの数秒で一蹴したなど、武勇伝を持つ物もいる。
更に、個人技能では普通の正規軍を上回る精鋭部隊がこの魔法騎士団に付いて来るとなると、ミスリアルの
上陸作戦は手早く成功するであろうと、誰もが確信していた。
問題は、それらを阻もうとする者達。
アメリカ機動部隊から分派されて来た襲撃部隊を撃退できるかだ。

「魔法騎士団の活躍ぶりは、父親から聞かされていますが、1個師団で小規模の国を占領できるほど凄いらしいですな。」
「その通りだ。わしも、魔法騎士団の戦いぶりは見たことが無い。この上陸作戦で、そいつらの活躍を是非とも見てみたいものだ。」

(それと同時に、第3特殊軍の司令官とお近付きになれれば、ルーカリア家の株も上がる)
ルーカリア中将は、第3特殊軍の司令官であるとある青年、ルイクス・エルファルフ少将の顔を思い浮かべる。

僅か30代で将軍になった秀才ぶりは尋常では無いが、モルクンレル家とタメを張れるほどの名家の血縁者と
仲良くなれれば、まだ二流貴族であるルーカリア家も首都で名を広められるだろう。

「クックックッ。早く上陸せんものかな。」

ルーカリア中将は、上陸開始を心待ちにしていた。
その一方で、第12艦隊の巡洋艦と駆逐艦が、慌てた様子で船団から離れ始めた。


「ガルクレルフで使ったような、オトリ戦法を使うんすよ。」

ラウスのややだらけた口調で紡ぎ出された一言。
その一言がきっかけで、この艦隊はノーベンエル岬にまでやって来た。

「リー戦隊、依然として敵主力艦隊と交戦中の模様。現場海域はかなりの激戦のようです。」

別働隊旗艦である軽巡洋艦へレナ艦上で、ノーマン・スコット少将は険しい表情でその報告を聞き入っていた。
「無線交信の中に、ノーザンプトン、サヴァンナ喪失という言葉があったが、リー戦隊の損害も無視出来ん事になってるだろう。」
スコット少将は、内心はすぐにでもリー戦隊に加わって敵艦隊と砲火を交えたいと思っている。
だが、彼らは決して、敵主力艦部隊と出会ってはいけない。
敵主力艦隊と戦うのは、リー戦隊のみと事前に決まっていた。
何故なら、リー戦隊は敵護衛艦隊を輸送船団から引き離すために作られた、“えさ”なのだから。

「しかし、リー戦隊が敵主力艦を引付けてくれたお陰で、俺達は本来の任務に没頭できる。」

スコット少将は、リー戦隊の奮戦に感謝しつつ、指揮下の部隊を時速32ノットで敵船団を追跡していた。

スコットに与えられた艦は、旗艦の軽巡洋艦ヘレナを初めに、就役したばかりの新鋭軽巡クリーブランド、
対空軽巡のアトランタとジュノー。
それに駆逐艦クレイブン、ダンラップ、ハンマン、ベンハム、エレット、ローウェン、オースチンの計11隻。
この11隻が、敵船団の前方から襲いかかるべく、敵と約20マイルほどの距離を開けながら東に向かって航行している。
そして午後10時55分。

「司令官、敵艦隊を追い越しました!」
「ようし、各艦へ通達。戦隊進路変更、取り舵一杯!これより敵輸送船団に向かう!」

スコット少将が無線機のマイクを取り出して、各艦に通達してから、彼はそれを置いた。
やがて、ヘレナを先頭に、スコット戦隊は左に回頭し始めた。
各艦が回頭を終えると、スコット戦隊は単縦陣のまま、32ノット以上のスピードで敵船団の前方に躍り出た。
敵船団の前方20マイルの距離に進出したスコット戦隊は、再び進路を変更し、今度は敵船団の真正面から突っ込む形で、
距離を急速に縮め始めた。
距離が14マイルを切ろうとした時、SGレーダーに移っている光店のうち、最先頭の4つが急にスピードを速めた。

「敵船団の最先頭が急にスピードを上げました!どうやら護衛艦のようです!」

CICからの報告に、スコット少将は僅かに頷いた。

「ついに気付いたか。恐らく、船団の周囲にへばり付いている護衛艦だな。」

スコット少将はそう呟くと、深呼吸をしてから指示を下した。

「砲戦用意!」

第12艦隊旗艦である巡洋艦レルバンスクの艦橋では、アメリカ艦隊の突然の襲撃に半ばパニック状態に陥っていた。

「おのれぇ、アメリカ人共め!あの襲撃部隊は囮だったのか!」

艦橋に詰めているマリングス・ニヒトー少将は、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「姑息な手を使いおって。迎撃だ!第12艦隊の総力を持って、新たに現れたアメリカ艦隊を殲滅する!全速前進!」
ニヒトー少将の号令の下、まず船団の先頭を航行していた巡洋艦レルバンスク、ヒルヒャが先頭に立ち、後方から
6隻の駆逐艦が16リンルのスピードでアメリカ艦隊に向かう。
他の駆逐艦はまだ船団の側方に張り付いているため、すぐには戦闘に参加できない。
そのため、他の駆逐艦が来るまでは、この8隻の艦で敵を食い止めねばならない。

「反応増大!敵艦隊は本艦の右舷前方に居ます!」

魔道将校の言葉に、ニヒトー少将はすぐに聞き返した。

「距離は!?」
「5ゼルドです!」
「よし。主砲の射程距離だな。艦長、照明弾発射!」
「了解!」

ニヒトー少将に命じられてから10秒後に、レルバンスクは照明弾を発射した。
右舷前方の海域に照明弾が上空で炸裂する。
眩い光の下に、アメリカ艦隊はいた。

「アメリカ艦隊視認!敵は巡洋艦2、大型駆逐艦2、駆逐艦7!」
「大型駆逐艦か。敵の進路は!?」

「依然、直進中・・・・あっ!1番艦が左に変針!続いて2番艦も変針します!残りは直進を続けます!」
「変針した2隻は巡洋艦か・・・・・」

ニヒトー少将は、この2隻がどのような艦が大体予想は付いていた。
(恐らくブルックリン級だな)
彼は内心でそう思いながら、あの日の事を思い出していた。

ニヒトー少将は、去年の11月12日、第13艦隊所属の巡洋艦、レルバンスクの艦長としてアメリカ艦隊攻撃に加わっていた。
その時、レルバンスクは2番艦に位置していた。
あの海戦で、レルバンスクは見たことも無い敵巡洋艦と戦い、撃ち負けた。
その巡洋艦というのが、今では知らぬ者はいない化け物。ブルックリン級巡洋艦である。
レルバンスクは、矢継ぎ早に発砲して来るブルックリン級に撃ち負けて大破し、生き残った寮艦と共に本国に戻った。
それ以来、ニヒトー少将はブルックリン級と再び戦う事を決めていた。
そして、復仇の機会はついにやって来た。

「面舵一杯!敵巡洋艦と並べ!敵駆逐艦は後の艦に任せる!」

ニヒトー少将は敵艦の目的が、彼の巡洋艦を引付ける事であると分かっていた。
だが、彼は敢えてそれを引き受けた。
やがて、敵と並び合ったレルバンスク、ヒルヒャは照準を米巡洋艦に合わせた。
左舷に位置する敵巡洋艦の上空に、間断なく照明弾が炸裂し、闇夜の向こうにおぼろげなアメリカ巡洋艦が見える。
前部、後部に並べられた5基の主砲。頑丈そうな箱状の艦橋に2本煙突。
紛れも無い、ブルックリン級巡洋艦だ。
不思議な事に、敵艦はまだ撃って来ない。
(どうした?貴様らは俺達がここに居る事を知っているだろう。撃つなら撃て。)

ニヒトー少将は米巡洋艦に向けて、内心で語りかける。

「・・・まあよい。射撃準備はできたか!?」
「ハッ!全主砲、射撃準備完了です!」

艦長のその言葉に、ニヒトー少将は獰猛な笑みを浮かべてから命令を発した。

「レルバンスク、目標1番艦、ヒルヒャ、目標2番艦。主砲撃て!」

その直後、6門の7.1ネルリ砲が咆哮した。
斉射の瞬間、艦が僅かに反対側に傾ぐ。
同時に、アメリカ巡洋艦も発砲を開始していた。発砲炎はかなり大きい。

「敵艦、射撃開始!斉射です!」

やがて、ブルックリン級巡洋艦の周囲に6本の水柱が立ち上がる。

「夾叉です!」
「ようし!流石は12艦隊の中で最も優秀な艦だ!」

ニヒトー少将は満足したような表情で叫んだ。
その一方で、敵巡洋艦は第1斉射から6秒後に第2斉射を放つ。
第1斉射弾はレルバンスクを飛び越え、第2斉射もまた同様に反対側に飛び抜けていく。
更に第3斉射が敵巡洋艦から放たれる。

「早速やりやがったか。ブルックリン級自慢の速射術!」

ニヒトー少将は、全身に冷や汗が吹き出す感覚を覚えながらも、豪胆な笑みを浮かべる。
6秒おきに10発以上の砲弾を放つブルックリン級の射撃は、まさに砲弾の雨さながらだ。
アメリカ側でブルックリン・ジャブと言われるこの猛射に、何隻ものシホールアンル艦が犠牲になっている。
第1斉射から21秒後に第2斉射が放たれる。
弾着までの間に、更に敵巡洋艦は2度斉射を行うが、不思議な事に、命中も、夾叉もしない。

「撃つだけなら簡単だが、当てるのは難しいぞ。アメリカ人!」

ニヒトー少将は、空振りを繰り返す敵1番艦を嘲笑する。
その時、敵1番艦の周囲に水柱が吹き上がる。それと同時に、2つの閃光が走った。

「2弾命中!敵艦の中央部より火災発生!」

その報告に、艦橋内で歓声が爆発した。

「猛訓練の甲斐があったな。この調子で、ブルックリン級を倒す!」

ニヒトー少将は、第2斉射で命中弾を出すという偉業を目にした事から、彼はブルックリン級に勝てるかもしれないと思った。
中央部から火災を起こした敵1番艦だが、これだけでは参るはずも無く、相変わらず15門の大砲を乱射する。
第3斉射を放つ直前に、敵の斉射弾がレルバンスクを夾叉した。

「夾叉されました!」

見張りが悲鳴じみた声でそう叫んだ。

「怯むな!当たりをつけたのはこちらが先だ!」

ニヒトー少将の叱咤と同時に、レルバンスクが第3斉射を放つ。
この時、魔道将校がヒルヒャからの緊急信を報告して来た。

「ヒルヒャより報告!敵2番艦はブルックリン級にあらず、新型巡洋艦の可能性が大なり」
「新型巡洋艦、だと?」

ニヒトー少将は怪訝な表情を浮かべながら、望遠鏡で敵2番艦を見る。
敵2番艦もまた、照明弾の光でおぼろげな姿を現すのみだが、よく見ると、発砲炎が1番艦より少ない。
発砲炎の数は、1番艦15あるのに対し、2番艦は12か10程度だ。

「敵2番艦は、砲力に関しては1番艦より弱いな。なら、ヒルヒャはやりやすいだろう。」

その時、物凄い衝撃がレルバンスクを襲った。
被弾の衝撃がレルバンスクを地震のようにひとしきり揺らす。
衝撃から立ち直らぬうちに、新たな命中弾が揺れを継続させる。

「いかん!敵弾が命中し始めた!」

ニヒトー少将は、青ざめた表情で叫んだ。
その間、レルバンスクが放った第3斉射は敵1番艦。
ヘレナの右舷に3発命中し、第1両用砲を粉砕した他、20ミリ機銃2丁と28ミリ4連装機銃1基を破壊し、火災を拡大させた。
だが、この命中弾もヘレナの深部を傷つける事は出来なかった。
第4斉射が放たれる間、レルバンスクに3斉射分の6インチ砲弾が降り注ぎ、合計で9発を被弾してしまった。
命中弾が艦上に備え付けられた魔道銃や高射砲を千切り飛ばし、細かい破片に変える。
別の命中弾が後部艦橋の至近に命中して、後部艦橋の要員をひやりとさせるが、幸運にも主砲塔には損害は無い。
第4斉射が轟然と、レルバンスクから放たれる。

そして、次の斉射を待つ間にも、レルバンスクには6インチ砲弾が雨あられと降り注ぐ。
しかし、レルバンスクは幸運であった。
敵弾が前部甲板を引き裂き、中央甲板から火災を発生させても、主砲塔には敵弾は降って来ない。
逆に第5斉射、そして第6斉射弾を放つ。
ヘレナの艦上に敵の正確な射弾が降り注ぐ。右舷に残っていた機銃や両用砲が粉砕され、艦の外容が醜くなっていく。
第6斉射の砲弾は、ヘレナの第3砲塔に命中した。
砲弾が命中した瞬間、敵弾が中に込められた3発の砲弾を誘爆させて天蓋がまくれ上がる。
敵艦に向けられた3本の砲身は、それぞれがでたらめな方向に向いてしまった。

「敵1番艦の主砲塔を1基潰しました!敵艦の火災がまた広がります!」
「ようし、その調子でどんどん押していくぞ!」

レルバンスクは、更に6発の敵弾を浴びるが、第7斉射を放った時も、6門の7.1ネルリ砲は無事であった。
この斉射弾は、敵の前部甲板に1発、そして後部に2発命中した。
特に後部に命中した砲弾は、第4砲塔のバーベットを歪ませて、戦闘不能に陥れさせた。

「敵1番艦の砲塔、更に沈黙!」

見張りが喜びの混じった声音で報告する。

「凄い、一時はそのまま押され通しになるかと思ったが。このままいけば、敵艦を脱落させることができる!」

(最も、この艦もそろそろ限界だが)
ニヒトー少将は、最後の一言は言わなかった。
レルバンスクは既に23発の敵弾を浴びており、中央部と後部から火災を起こしている。
左舷側の魔道銃、高射砲は全て粉砕され、後部艦橋とも連絡が途絶えているが、奇跡的に3基の主砲塔と、
艦深部の機関室には被害は及んでいない。

このまま行けば、砲塔や機関室に食らって戦闘不能になるだろうが、せめて、相対する敵も道連れにしたい。
(貴様だけは絶対に行かさんぞ)
ニヒトー少将が、内心でそう思った時、唐突に後方から眩い光が沸き起こった。
次いで、凄まじい爆発音が海上を圧する。

「ヒルヒャが大爆発を起こしました!」

その悲報に、ニヒトー少将の表情は凍りついた。


軽巡洋艦クリーブランドの艦上では、初めて目にする敵艦轟沈に、誰もが言葉を失っていた。

「て、敵2番艦。轟沈しました。」

見張りが、幾分ためらいがちな口調で報告して来る。
その声で、艦長のトレンク・ブラロック大佐は我に返った。

「分かった。砲術!目標を敵1番艦に変更する。」
「目標を敵1番艦に変更、アイアイサー。」

その言葉を最後に、ブラロック大佐は受話器を置く。艦橋内には、先と打って変わってどこか浮ついた空気が流れている。
初めての水上砲戦で、敵艦撃沈という戦果を挙げたのだ。誰もが内心、喜びで一杯であろう。
だが、乗員達は誰も歓声を上げる事無く、ただ自分の職務を黙々とこなしていた。
(よく分かってるじゃねえか。そうだ、まだ戦闘は終わってないからな。笑う事は戦いが終わってから出来る。
その事を、こいつらはようやく理解したか。口酸っぱく注意した甲斐があったな)
ブラロック大佐は、日々、部下達に対して戦闘中に歓声を上げたりするなと何度も言っていた。

気の緩みは、即、死に繋がり、取り返しの付かぬことになる。
彼はクリーブランド艦長に赴任してから繰り返し言い続け、兵達は彼の言い付け通り、余計な感傷は表さなかった。

「しかし、流石は54口径砲だ。47砲口径砲とは威力が違うな。」

ブラロック大佐は、感心したような表情で、旋回する2門の6インチ砲を見つめた。
クリーブランドは、敵2番艦を相手に砲門を開いた。
最初、砲弾はなかなか命中しなかったが、第8斉射で2弾が命中してからは、砲弾は次々と命中した。
第23斉射で14発目が命中した時、敵2番艦は急に速力を落とし始め、24斉射目で新たに5発が命中した直後、
敵2番艦は後部から火柱を吹き上げ、艦首を逆立てながら急速に沈んでいった。
クリーブランドが2番艦を撃沈確実に追い込んだのに対して、1番艦のヘレナは敵1番艦30発ほど命中させているが、
逆に砲塔2基を使用不能にされて、互角か、やや押され気味になっている。
彼はまだ知らなかったが、クリーブランドの54口径砲から放たれた6インチ弾は、敵艦の内部に必ず侵入してから
炸裂し、艦内を著しく破損させていた。
だが、ヘレナから発射された6インチ弾は、艦内に侵入する物もあれば、甲板上で炸裂する物もあり、見た目ほどには
敵艦にダメージを与えていなかった。
クリーブランドが12門の主砲を敵1番艦に向けた時は、敵艦は後部砲塔を粉砕されて砲力が衰えていたが、
まだ前部4門の主砲でヘレナを砲撃していた。
クリーブランドが射撃に加わってからは、敵1番艦は2分ほどで沈黙し、大火災を起こしながら速度を落とし始めた。

「砲撃止め。」

スコット少将が命じた時、敵1番艦は艦橋のみを残して、艦体表面が破壊し尽くされていた。

「あれなら、もう戦闘行動を取れないだろう。しかし、敵1番艦はなかなか強かだったな。」
「射撃精度が良すぎましたな。一時はどうなるかと思いましたが、何はともあれ、敵巡洋艦は全て潰しました。」

ヘレナ艦長の言葉に、スコット少将は深く頷いた。

「針路変更!これより敵船団に向かう!」


「て、て、敵だぁ!」

輸送船で、海戦の成り行きを見ていた兵士が、怯えた表情で叫んだ。
輸送船団の前方からやって来る幾つ物艦影。
それは近付くにつれて、輸送船上の将兵達の恐怖感を増大させていく。
階段状に3基設置された砲に、頑丈そうな箱状の艦橋を持つ巡洋艦が2隻。
そして、後方に付き従う駆逐艦と思しき艦が7隻。
それらが、白波を蹴立てながら、飢えた猛獣の如き速さで、船団との距離を急速に縮める。
この敵に立ち向かっていった6隻の駆逐艦は、ことごとく返り討ちに合い、生き残った艦は間断ない砲撃の前に追い散らされた。
そして、この敵艦隊はついに、輸送船団の面前に現れたのだ。
輸送船団の右横を、3隻の駆逐艦が駆け抜けて行き、勇敢にも敵に立ち向かっていく。
その時、敵巡洋艦2隻から主砲が放たれる。
発射間隔の短さは、異常だった。
4秒おきに繰り返される猛射に、早々と先頭の駆逐艦が被弾し、火災を吹き上げた。
まだ傷が浅いのか、駆逐艦は16リンルの高速で敵に突進していく。
駆逐艦に対して、より激しい砲撃が加えられ、駆逐艦に次々と命中弾が相次ぐ。
力尽きた駆逐艦は、海上に停止して一叢の炎に成り代わり、後の2隻の駆逐艦も、1分と経たずに先頭艦と同様の運命を辿る。
阻む物が居なくなった船団に、運命の時はやって来た。
敵艦が船団の針路を阻むように回頭する。巡洋艦2隻が回頭を終えるや、主砲を手近な輸送船に向けて撃ちまくる。
軽巡洋艦アトランタ、ジュノーが放つ28門の5インチ砲弾は、先頭の大型輸送帆船に雨あられと降り注ぎ、次々に命中した。
輸送船は全体に満遍なく5インチ砲弾を浴び、あちこちで火災を発生する。

火災が発生した後は早かった。
まるで、松明に火をつけたかのように、その輸送船は全体を火に包まれ始め、火の手から逃れようと、
大勢の将兵や船員が我先にと海上に飛び込んでいく。
米艦隊は他の船にも主砲を撃ちまくる。
とある砲弾が、輸送船のマストに命中する。マストが音立てて折れて、逃げ惑う兵達を巻き込みながら甲板上に倒れた。
別の大型輸送船は、いきなりスピード緩めた寮船を避けようとして、急に回頭を始める。
不運にも、その輸送船のすぐ側を航行していた中型輸送船がまともに体当たりされて、2隻共々、その場に停止する。
その停止した場所は、まだ先頭に近い場所であった。
互いの船の乗員が罵声を投げ合っている中、海面から白い航跡が何本も走り去る。
その中の1本が中型輸送船に突き刺さった。
次の瞬間、大音響と共に中型輸送船が木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
この中型輸送船には、大量の火薬や調理用の固形燃料が積載されており、魚雷が命中、炸裂した場所には、
ちょうど火薬の積めた木箱が大量に置かれていた。
爆発は中型輸送船のみならず、ぶつかって来た大型輸送船の船体をも叩き割り、あっという間に炎に包まれていった。
対空軽巡の5インチ砲弾が輸送船の船体を一寸刻みに傷つけ、発射した魚雷が脆い下腹を抉って、船の竜骨を一撃の下に叩き折る。
9隻のアメリカ軍艦が輸送船団の前面を行ったり来たりしながら猛砲撃を浴びせ続けて早30分が経つと、新たな巡洋艦2隻が
“狩り”に加わった。
加わった2隻の巡洋艦は、ヘレナとクリーブランドである。
ヘレナとクリーブランドは、まだ無傷を保っている別の集団に距離10000まで近付くや、主砲を唸らせた。
主に砲撃を受けていたのは、船団の先頭部分であったが、今度は南側の船団にも砲弾が飛んできた。
47口径6インチ砲9門、54口径6インチ砲12門、計21門の6インチ砲が、6秒おきに砲弾を放ち、
目に付く輸送船を手当たり次第に襲う。
小型スループ船、中型輸送船、大型輸送帆船が、無差別に砲弾をぶち込まれ、片っ端から炎上していった。
被害は先頭集団を編成する第17軍のみならず、中央船団を編成する第3特殊軍にも及ぶ。
ひとしきりいくつかの船団を叩きのめしたヘレナとクリーブランドが、第3特殊軍の船団にも襲い掛かったのだ。

ヘレナとクリーブランドは、残弾を気にする事無く、新たな敵船団に対して距離9000メートルから砲撃を開始する。
今度は健在な両用砲も交えた砲撃であり、特にクリーブランドの射撃は凄まじい。
54口径6インチ砲12門、5インチ連装両用砲8門の連続射撃を行うクリーブランドの姿は、まさに怒れるモンスターが
地鳴りのような咆哮を挙げつつ、諸手を振り上げて敵に襲い掛かる様を想像させる。
いくら優秀な魔法使いが居るとは言え、彼らの魔法が有効に働くのは、敵が100~600メートルほどの距離にいる時だ。
9000メートルの彼方から高速弾を乱射して来る米軽巡の前には、最精鋭と謳われた魔法騎士師団も、
特殊戦に長け、血を見る事自体を好みとする特殊戦旅団の将兵も無力であった。
6インチ砲、5インチ砲の猛射が、1隻、また1隻と、輸送船を次々と松明に変えていく。
とある輸送船では、優秀な魔法使いにふさわしく、魔法防御を持って降り注ぐ砲弾を防ごうとした。
10人から20人が強力して発動させた防御魔法は、急造ながらも見事に起動し、アメリカ軽巡が放つ砲弾を無為に炸裂させた。

「やったぞ!思い知ったか!これが俺達魔法騎士団の実力だ!」

防御成功に気を良くした将校が、砲弾を放つアメリカ軽巡向けて嘲笑を浮かべて。
だが、防御の時に作動した光が、ヘレナとクリーブランドの注目を浴び、より一層砲弾を招き寄せてしまった。
魔法防御を施した輸送船に雨あられと砲弾が落下する。
10発、20発と、魔法防御は良く耐えたが、急造の術式では2隻分の弾雨にはかなわず、しまいには魔法防御を
打ち砕かれ、船もろとも魔道士達が吹き飛ばされる。
砲弾が輸送船に着弾する度に、悲鳴が鳴り響き、船に火の手が上がってそこかしこで兵や船員達が海に飛び込んでいく。
そこに砲弾が何発も着弾して、少なからぬ人数が砕け散った。
スコット隊の乱入で、シホールアンル軍輸送船団の隊列は半ば崩れていた。
後方集団を成していた第20軍は、先を行く輸送船団が次々と襲撃されている様子を見て撤退を決意し、
残りの全輸送船に避退を命じたが、この時、更なる脅威が彼らの後方に迫っていた。
それは、リー戦隊の残存部隊であった。
残存部隊とは言え、戦艦ワシントン、サウスダコタを中心に、重巡洋艦アストリア、ヴィンセンス、
駆逐艦11隻を加えた強力な艦隊である。

リー戦隊は、敵船団まで20000メートルまで近付くと、16インチ砲を発射した。
木造船とは言え、密集隊形で航行していた輸送船団は、SGレーダーに捉えられており、リーは部隊が接近しきるまでに
主砲を撃ちまくろうと決意した。
正確無比なレーダー射撃の前に、図体だけは戦艦並みの大型輸送帆船が1.2トンの砲弾に無残に叩き割られ、
ちっぽけなスループ船が神隠しに遭ったかのように水柱に掻き消され、二度とその姿を見せなくなった。
ようやく避退に移りかけた船団だが、速いもので僅か10リンルしか出ぬ輸送船は、高速艦揃いのアメリカ艦に
容易に追いつかれ、次々と撃沈されていく。
ワシントン、サウスダコタが斉射を行う度に、最低1隻の輸送船が大音響と共に吹き飛ばされるか、あるいは
姿そのものを消してしまう。
戦艦部隊は、10000メートルまで距離を縮めると、主砲のみならず、5インチ両用砲までも発砲して、
敵船団を叩き潰した。
第12艦隊所属の勇敢な駆逐艦数隻が、ワシントン、サウスダコタに襲い掛かるが、護衛の重巡や駆逐艦に
滅多打ちに遭って、残らず沈黙していく。
ブライトン隊の駆逐艦が、邪魔者を排除した後に、未だ健在な輸送船団に向かって、ありったけの53センチ魚雷を発射した。
瞬く間に8隻の輸送船が被雷し、うち3隻が火柱を上げながら轟沈する。
ノーベンエル岬沖に繰り広げられる地獄は、収まる所か、より苛烈さを増していく。
米軽巡の速射砲が一寸刻みに輸送船の船上構造物を毟り取り、乗っている兵員をなぎ倒していく。
駆逐艦の雷撃が大型船、小型船の区別無く命中し、10人単位、100人単位の敵平野船員が死んでいく。
輸送船内で、前線で大いに活躍するはずだったキメラが、席巻していく炎に巻かれて、悲鳴を上げながら絶命した。
船倉のゴーレム保管室に16インチ砲弾がぶち込まれて、直後に10体以上の頑丈なゴーレムが、紙細工よろしく砕け散った。
敵軍の後方で、撹乱作戦に当たるはずだったエリート部隊が乗る船に、100発以上の5インチ、6インチ砲弾が命中し、
甲板上に出る間もなく、船共々海没処分にされる。
これまでの戦争で名を挙げた魔道士が率いる部隊の輸送船に魚雷が命中し、船がすぐさま沈下を始める。

危機的な状況に対して、理性を維持できる人間と言う者は少ない場合が多い。
この部隊も例外ではなく、数分前まで尊敬していた先輩を、罵声を浴びせ、または踏みつけながら甲板に出ようとする。
中には親しい戦友を殺してまで脱出を試みる者も出て来る。
その者共の輸送船に止めとばかりに、6秒おきの砲弾のスコールが降り注ぎ、スコールが終わった後には、静寂のみが残される。
アストリア、ヴィンセンスが、距離8000程度にまで迫ってから、無傷の船団に向けて8インチ砲弾を撃ちまくる。
船体の小さい小型船は1発で叩き折られ、中型船は間を置いて火を噴き始めて、大型船は動きが鈍い上に図体ばかりが
大きいため、遠距離からでも面白いように砲弾が命中する。
そう間を置かずに、10隻程度の梯団は片っ端から叩き据えられ、海中に送り込まれて行った。
もはや、この海域は殺戮に狂う米艦によって作り上げられた、阿鼻叫喚の巷と化していた。


午前1時30分 ノーベンエル岬沖北東60マイル沖

海上は一面、オレンジ色に染まっていた。
戦艦ワシントンの艦橋から、海上を双眼鏡で眺めていたウィリス・リー少将は複雑な表情を浮かべていた。

「この様子だと。敵船団500隻のうち、半数以上に被害を与えたようだな。」
「確かに。スコット戦隊からは、砲弾の残りが1割を切った艦にあるようです。」
「このワシントンもあと3割程度しか砲弾は残っておらん。任務とは言え、どうもやりすぎたような気がするな。」

別働隊のスコット戦隊と、リー戦隊は輸送船団襲撃に成功し、暫定ながらも半数以上の輸送船を撃沈、
または撃破したと判断された。
残りの敵船団は、リー戦隊、スコット戦隊が足止めを食らった敵船団や敵駆逐艦を相手している時に、なんとか逃げ帰って行った。
船団の完全撃滅とまではいかなかったが、アメリカ艦隊は敵の上陸作戦を頓挫させる事に成功したのだ。

だが、その一方で、リーの内心は晴れ晴れとしなかった。

「とにかく、これで敵の新たな脅威は去り、戦局は当面、シホールアンル側に不利になるだろう。
後は、後発の海兵隊がミスリアルに上陸し、空母部隊がどれだけミスリアル軍や海兵隊を支援できるかに
かかっている。ミスリアルからシホールアンル軍を追い出すまでは、気が抜けぬ日々が続くだろう。」

リー少将はそう言いながら、再び海面を見つめた。
無数の血が流された海は、まるで血に染まったかのように明るかった。


昼間の機動部隊同士の決戦であるリルネ岬沖海戦。
夜間の主力艦同士の決戦と、アメリカ軍の輸送船団襲撃が行われたノーベンエル岬沖海戦。
この2つの大海戦は、後に第2次バゼット半島沖海戦の総称でくくられ、後の歴史に名を残す事になった。

戦争の転換点となったこの大海戦のきっかけを作った、ミスリアル王国第4皇女ベレイス・ヒューリックは、
2週間後に遺体を発見された。
アメリカ海軍では、彼女の勇敢なる行動を称え、後に竣工するギアリング級駆逐艦にその名が与えられる事になるが、
それはまだ先の話である。

第2次バゼット半島沖海戦 両軍損害表

シホールアンル帝国軍
喪失 正規竜母クァーラルド イリアレンズ リギルガレス ゼルアレ
戦艦ジェクラ ロジンク クロレク
巡洋艦ルオグレイ オーメイ ジャンビ レンガキ ヒルヒャ
駆逐艦18隻
大破 正規竜母ギルガメル モルクド 小型竜母ライル・エグ
戦艦リングスツ オールクレイ
巡洋艦ラスル ネルジェリン レルバンスク
駆逐艦8隻
中破 巡洋艦ジョクランス
駆逐艦2隻
輸送船152隻沈没 142隻大破、放棄(後の航空攻撃、潜水艦部隊の攻撃も含む)
上陸部隊損失人員58329人
ワイバーン358騎喪失

アメリカ合衆国軍
喪失 正規空母レンジャー
重巡洋艦ノーザンプトン 軽巡洋艦サヴァンナ サンファン
駆逐艦デューイ ブルー マグフォード 潜水艦トリガー キャシュロット
大破 正規空母ホーネット
戦艦ノースカロライナ
重巡洋艦ペンサコラ 軽巡洋艦ナッシュヴィル
駆逐艦フレッチャー リバモア
中破 正規空母エンタープライズ ヨークタウン
戦艦ワシントン ノースカロライナ
重巡洋艦アストリア クインシー 軽巡洋艦ヘレナ
駆逐艦オバノン 
小破 正規空母ワスプ
重巡洋艦ヴィンセンス 軽巡洋艦アトランタ クリーブランド
航空機喪失208機
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