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056 第48話 リルネ岬沖の決闘(後編)

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第48話 リルネ岬沖の決闘(後編)

1482年 10月24日 午後3時 リルネ岬南西沖480マイル沖

シホールアンル帝国海軍第22竜母機動艦隊は、リルネ岬沖南西の海域を、時速11リンルの速度で航行していた。
旗艦ゼルアレの艦橋では、司令官であるルエカ・ヘルクレンス少将が幕僚達と話し合っていた。

「一応、第2次攻撃隊を出すんだが、それにしても、結構な数のワイバーンがやられちまったな。」

ヘルクレンスは、紙に書かれた内容を見つめて、先から複雑な表情を浮かべていた。
第22竜母機動艦隊は、午前中にアメリカ機動部隊に向けて攻撃隊を出した。
この竜母部隊は、旗艦ゼルアレが戦闘ワイバーン24騎、攻撃ワイバーン32騎。
寮艦リギルガレスが戦闘ワイバーン26騎、攻撃ワイバーン40騎積んでいた。
攻撃隊は、戦闘ワイバーン30騎、攻撃ワイバーンの全力で編成されている。
攻撃のタイミングはピッタリであり、空母レンジャー級1隻、巡洋艦1隻を撃沈。
空母1隻大破、巡洋艦1隻中破、グラマン7機撃墜の戦果をあげた。
だが、帰還して来たワイバーンは、出撃前と比べてかなり減っていた。
ゼルアレに帰還したワイバーンは、戦闘ワイバーン9騎に、攻撃ワイバーン16騎。
リギルガレスは戦闘ワイバーン11騎、攻撃ワイバーン21騎。
実に戦闘ワイバーン10騎、攻撃ワイバーン33騎を失ったのだ。
そして、使用不能と判断されたワイバーンは攻撃ワイバーン5騎。
損耗率は5割近くに達する。
たった1度の攻撃でこれほどの犠牲が出たのである。
ちなみに、第24竜母機動艦隊から出撃したワイバーン隊も大損害を受けている。
出撃した戦闘ワイバーン72騎、攻撃ワイバーン98騎。
帰還したワイバーンは、戦闘ワイバーン52騎、攻撃ワイバーン53騎である。

「再出撃が可能なワイバーンは32騎。これでは、残りの敵空母を攻撃しても、撃沈できるかどうか・・・・」

幕僚の1人が、憂鬱そうな口調でヘルクレンスに言う。

「だが、竜騎士達は攻撃させてくれと言って来ている。お前達も見ただろう?」

10分前、突然竜騎士達が艦橋に押しかけてきて、艦長とヘルクレンスに第2次攻撃を強く要望してきた。

「敵空母5隻のうち、1隻は撃沈し、3隻は大破させました。残るはあと1隻です!確かに、アメリカ機動部隊の
対空砲火はかなり激しい。しかし、あと1隻の空母を沈め、いや、飛行甲板を破壊すれば、敵は艦載機が使えなく
なります!そうすれば、戦闘行動可能な空母を失ったアメリカ艦隊は必ず撤退します!」

竜騎士達は掴みかからんばかりの勢いで言って来たが、ヘルクレンスは答えを出さず、検討すると言って彼らを追い返した。
それから、彼らは第2次攻撃隊を出すかどうかを話し合っているのだが、現実は厳しい。

「半数以下に減ったワイバーンで敵空母を攻撃しても、攻撃隊の損耗ぶりから見ると、沈める事は難しそうです。」

主任参謀が言う。
彼は内心、攻撃隊を出したくは無いと思っている。
しかし、同時に残り1隻の空母を仕留めたいという気持ちもある。

「分かってるよ。確かに、沈める事は難しいだろう。だが、甲板に穴を開ける事は出来る。
要は、アメリカ野朗の飛空挺が飛ばないようにすればいいんだ。そうすりゃ、しばらくは安泰だ。」

ヘルクレンス少将は、ニヤリと笑みを浮かべた。

「第2次攻撃隊を発進させる。目標は、無傷のアメリカ空母だ。」

彼は決心した。それから、第22竜母機動艦隊は、第2次攻撃隊の発進準備を急いだ。
午後3時20分、新たなる戦いに挑もうとしていた第22竜母機動艦隊の上空に、1機のドーントレスが現れた。


午後3時20分 第15任務部隊旗艦空母ワスプ

「7号機から入電。我、艦隊より南西海域、方位230度方向に敵機動部隊発見。距離は220マイル。
敵は艦隊に竜母2隻を伴う。司令官、ついに見つけました!」

参謀長のビリー・ギャリソン大佐は弾んだ声音で、ノイス少将に言った。

「うむ。この報告を、直ちにTF16、17に伝えろ。それから第2次攻撃隊発進準備を急がせろ。」

彼は、急いで他の任務部隊にも情報を送らせた。
ヨークタウンとエンタープライズの修理は、攻撃隊が戻って来た午後2時50分には終わっていた。
両空母の応急修理班はよく働き、約束通りの時間に穴を塞いでくれた。
戻って来た攻撃隊は、乗員の歓呼を浴びながら無事、母艦に足を下ろす事が出来た。
攻撃隊の損害は少なくなかった。
TF16は、F4F48機、SBD40機、TBF32機を出した。
帰還機は、エンタープライズがF4F17機、SBD12機、TBF12機。
ホーネットがF4F23機、SBD14機、TBF13機。
TF17は、F4F36機、SBD36機、TBF28機が出撃。
帰還機は、ヨークタウンがF4F14機、SBD11機、TBF12機。
レンジャーがF4F10機、SBD12機、TBF10機。
そして、TF15ワスプの帰還機がF4F8機、SBD10機、TBF10機。
現地で被撃墜、途上で脱落、海没した機はF4F24機、SBD28機、TBF17機。
そのうち、ホーネット所属機、レンジャー所属機はヨークタウン、エンタープライズ、ワスプに入るだけ収容された。

そのお陰で、ヨークタウン、エンタープライズ、ワスプはフル編成に戻ったが、入り切らぬ艦載機は全て海没処分された。
喪失機は、艦隊上空で行われた空戦で撃墜された14機のF4Fと、修理不能と判断された機、ホーネットで焼失した分、
レンジャーと共に沈んだ機も合わせて、計178機に上った。
決戦前には462機いた艦載機のうち、4割ほどを一挙に失ったのである。
これは余りにも痛すぎる損害であった。
だが、中破したヨークタウンとエンタープライズは応急修理で甦り、ワスプも健在である。
艦載機は284機を保有しており、まだまだ戦える。

「攻撃隊の発進準備はどうか?」

ノイス少将は、航空参謀に聞いた。

「発進準備はあと1時間で終わります。」
「そうか。」

航空参謀の答えに、彼は満足気に頷いた。
ワスプは、攻撃に参加していなかったドーントレス4機、アベンジャー4機のうち、ドーントレス4機を索敵に出していた。
残ったアベンジャーは雷装のまま待機させた。
その他、ワスプに着艦してきた艦載機のうち、再出撃が可能と判断されたドーントレス16機、
アベンジャー12機に爆弾、魚雷を搭載中である。
この他に、TF17のヨークタウンも、ドーントレス14機、アベンジャー16機が再出撃可能であり、
これも1時間後に出撃が可能となる。
その一方で、TF16のエンタープライズは敵輸送船団の索敵を行うため、2時頃にドーントレス3機、
3時頃にアベンジャー4機を発艦させている。
その一方で、ハルゼー中将は、ミスリアル沖に展開している潜水艦部隊の報告を心待ちにしていた。
潜水艦は第18、19任務部隊の合計30隻がバゼット半島周辺や艦隊の側方警戒に配置されているが、
その潜水艦部隊も、未だに敵輸送船団を発見出来ないでいる。

「輸送船団の事も気になるが、後方の敵機動部隊も脅威だ。こいつらを速めに片付けておかないと、後々面倒な事になるからな。」
「依然として、敵はワイバーンを保有していますからな。夕方までには決着をつけませんと。」
「夕方までか。私としては、今すぐにでも後ろの敵さんを片付けたいよ。敵船団の攻撃に、エンタープライズのみの
攻撃隊では足りなさ過ぎる。敵は500隻だ。ボストン沖海戦では、レンジャーとヨークタウンがマオンド軍の輸送船団を
存分に痛めつけたが、艦載機のみで沈めたのは200隻中50隻程度だ。これがビッグEのみなら撃沈できる船は
もっと少なくなる。だから、私は早めに敵と決着を付けたいのだ。」
最も、夜までに敵船団を見つけなければ、攻撃できるかどうかも分からんが・・・・・
ノイス少将は、最後の一言は言葉に出さなかった。

「今は、攻撃隊が発信準備を整えるまで待とう。」


午後4時30分 リルネ岬沖南南西110マイル沖

「司令官。TF15、16より第2次攻撃隊発艦しました。」

司令官席に座るウィリアム・ハルゼー中将は、不機嫌そうな表情崩さぬまま頷いた。

「これで、背後に隠れていたシホットの竜母はなんとかなるだろう。あとは、どこぞに雲隠れした輸送船団だが・・・・」

彼は艦橋の前をずっと見続ける。
リルネ岬の北200キロにあるノーベンエル岬。その沖合いにシホールアンル側の輸送船団がいる事は確かだ。
だが、どの海域にいるのか、ノーベンエル岬からどの方向の海域にいるのかが全く分からない。
数時間前に攻撃した敵機動部隊の動向は、潜水艦から報告があった。
報告によると、竜母3隻、戦艦1隻を含む有力な艦隊が北東方面に避退中のようだ。
これで、当面の脅威は去った。
次の目標は輸送船団である。その輸送船団は、どこを目指し、どこにいるのだろうか。

「クソ!早い時期に海兵隊をミスリアルに入れておけば良かったかもしれんな。
そうすれば、陸上の航空基地と共同で、敵の艦隊を探す事が出来たろうに・・・!」

ハルゼーは苛立った口調でそう呟いた。
ふと、空を見てみる。
空は、まだ青空が広がっているが、日は大分傾いている。
気象予報班の報告によれば、今日の日没は6時半になると言う。
だとすると、攻撃隊を今から発艦させても、敵艦隊に取り付くのは良くて、日没前となる。
帰還時には、既に夜になっており、パイロットは不慣れな夜間飛行を強いられる。
まだアメリカ海軍の空母艦載機隊は、夜間飛行の訓練をあまり行っておらず、満足に夜間飛行をこなすパイロットはいない。
そのパイロット達に、不慣れな夜間着艦を強要できない。

「とりあえず、報告が入らん事にはどうにもならんな。」

ハルゼーはため息混じりに呟いて、報告を待った。
偵察機から報告が入ったのは、午後5時10分であった。


午後4時25分 リルネ岬沖南南西120マイル沖

「敵編隊接近!総員戦闘配置!」

第15任務部隊の全艦に突如警報が発せられた。
この時、TF15の南西70マイル沖に50騎以上の機影をレーダーが捉えていた。
すぐに、ワスプからF4Fが発艦し、敵編隊に向かって行く。
戦闘機隊の発艦からそう間を置かずに、F4Fとワイバーンが空中戦を始めた。
他の任務部隊からやって来たF4Fと合同で、敵編隊を叩くが、最終的に23騎の攻撃ワイバーンが
TF15の輪形陣に迫って来た。

「敵編隊艦隊の左舷側、方位260度より急速接近中!」

CICで、レーダー員が緊張に声を上ずらせながら、艦橋に報告する。
ワスプの左舷後方に位置する軽巡洋艦クリーブランドは、向けられる5インチ連装両用砲を左舷に向けた。

「来たぞ。シホット共がよだれを垂らしながらワスプを見てやがるぜ。砲術長!VT信管は各砲塔に回したか!?」

艦長のトレンク・ブラロック大佐は、快活な声音で電話の向こうにいる砲術長のジョシュア・ラルカイル中佐に聞いた。

「各砲塔に一定量の砲弾を回してあります。時限信管と一緒に発砲する予定です。」
「OK!VT信管の実戦テストだ。観測班にしっかりデータを取れと言ってやれ。」
「アイアイサー」

そこで、電話が切れた。
やがて、ワイバーン群が輪形陣の左側から進入してきた。
ワイバーン群は400キロ以上のスピードで、高度4000メートルほどの高さから一気に駆け抜けようとする。
そこに高角砲弾が炸裂し始めた。ワイバーン群の周囲に、無数の高角砲弾が炸裂し、黒い小さい煙が一面に広がる。
だが、ワイバーン群は数が少ない事をいい事に、飛行機では出来ぬ機動を繰り返して高角砲弾の破片に当たるまいとする。
それでも、1騎のワイバーンの至近に高角砲弾が炸裂し、そのワイバーンはバランスを崩して墜落していった。
激しい対空砲火だが、駆逐艦群があげた戦果は、今の所1騎のみだ。
前方の軽巡ナッシュヴィルが高角砲を撃ち始めた時、

「両用砲、撃ち方始め!」

ブラロック大佐は大音声で命じた。
左舷に向けられていた、5インチ砲8門が発砲を開始する。
各砲塔2本の砲身が、4秒置きに1発の割合で交互に射撃を繰り返し、ワイバーン群の周囲により一層、多くの砲弾が集中する。
唐突に、先頭のワイバーンの至近に2つの爆煙が沸き起こる。

その瞬間、翼を分断されたワイバーンは錐揉みとなって墜落していく。
3番騎も高角砲弾に引き裂かれ、1番騎の後を追うかのように海面に突っ込んだ。

「いきなり2騎撃墜か!テスト開始早々、戦果を挙げたか!」

ブラロック大佐は満足気な笑みを浮かべて、初戦果を上げた砲術を褒める。

「砲術!いいぞ、その調子だ!」

その後も、ワイバーン群は進み続けるが、これまでより一際激しい対空砲火に次々と撃ち落されていく。
クリーブランドが放つVT信管は、額面通りに作動しない砲弾もあり、普通の時限信管と同じように
見当外れの位置に爆発する物もある。
が、額面通り作動した砲弾は、ワイバーンの至近距離で炸裂し、ワイバーンと竜騎士に無数の破片を浴びせてずたずたに引き裂いていく。
これに、他の巡洋艦の高角砲も加わる。
この輪形陣でも、やはりアトランタ級軽巡の砲撃は凄まじかった。
アトランタ級軽巡サンディエゴは、他の姉妹艦と同様、5インチ砲14門を乱射して、敵のワイバーン群を高射砲弾幕に捉えていく。
正確無比のVT信管や、機関銃の如く放たれる高角砲弾に、ワイバーン群はこれまでにないペースでバタバタと叩き落されていく。
だが、それでも全てを落とす事は至難の業であった。
残る8騎のワイバーンが、1本棒となってワスプに急降下して行った。

「機銃、撃ち方始め!」

砲術長のラルカイル中佐が、鋭い声音で各機銃座に指示を飛ばす。
クリーブランドの右舷に配置されている40ミリ連装機銃4基、20ミリ機銃10丁が猛然と撃ちまくる。
40ミリの図太い火箭がワイバーンの横腹に吸い込まれる。
その次の瞬間、ワイバーンの胴体が真っ二つに別れ、血を撒き散らしながら海に落ちていく。
VT信管の炸裂をすぐ後ろに受けたワイバーンが、背面を切り刻まれて、無念の雄叫びを上げて墜落していく。

ワスプ上空に打ち上げられる弾幕に次々と討ち取られていくが、ワイバーンはそれを振り切ってワスプに接近していく。
ワスプが急に、左に艦首を回してワイバーンの投弾コースから逃れようとする。
また1騎のワイバーンが、機銃に撃ち抜かれて墜落するが、先頭のワイバーンは高度600付近で爆弾を投下した。
急転舵するワスプの右舷側海面に水柱が吹き上がる。
次いで2番騎の爆弾が右舷後部舷側付近に落下して、衝撃が14700トンの艦体を小突き回す。
3番騎の爆弾は左舷側海面に落下する。

「もう少しだ!頑張れ!」

誰もが、全弾回避してくれと、ワスプの奮闘を見守る。
4番騎の爆弾も見事にかわし、右舷側海面に無為に海水が吹き散らされる。
このままワスプの強運が打ち勝つと誰もが確信した時、いきなり飛行甲板の前部に黒い粒が刺さったと見るや、
そこから火柱が上がった。
火柱は黒煙に変わり、被弾箇所から多量の煙が吹き上がって後方にたなびいていく。

「ああっ、ワスプが!」

ブラロック艦長は、呻くような声でそう言った。
最後の最後で、ワスプは被弾してしまったのだ。
敵弾は第1エレベーターから8メートル後ろに離れた位置に突き刺さった。
飛行甲板を貫通した爆弾は格納甲板に踊りこみ、そこで炸裂した。
炸裂の瞬間、前部に集められていたF4Fのうち、7機が爆砕され、爆風が格納庫の周囲に損傷を与え、
飛行甲板の穴を押し広げた。
だが、ヨークタウン級並みか、それ以上の装甲を施された防御甲板は敵弾の貫通を許さず、事前に格納庫の
シャッターを開けていた事も幸いして、爆風の過半は艦外に放出された。
このため、ワスプの被害は傍目よりは少なかった。

ワスプは黒煙を噴きながらも、前と変わらぬスピードで航行している。
その事が、護衛艦の艦長たちを安心させた。

「どうやら、ワスプの被害はそれほど深刻でもないようですぞ。」

副長のラリー・ウェリントン中佐がブラロック艦長に言って来た。

「命中箇所は、あの位置からすると第1エレベーターより後ろ側ですな。あの位置ならば、甲板に穴が開いた
だけなので、鎮火すれば応急修理が可能です。それに、命中弾は500ポンドクラスが1発だけですから、
被害は思ったより軽微でしょう。」
「なるほど。となると、ワスプは母艦機能を維持できると言う事か。なら安心だな。」

ブラロック大佐は、そう言ってホッと息を吐いた。
この攻撃で、米側はF4F6騎を撃墜され、ワスプが命中弾1を被ってしまったが、火災は20分ほどで
消し止められ、破孔は40分後に、応急修理で塞がれた。
第22竜母機動艦隊が放ったワイバーンは総計で54騎であったが、帰還の途につけたのは、
戦闘ワイバーン7騎と、攻撃ワイバーン3騎のみであった。


午後5時50分 リルネ岬沖南西340マイル沖

「リギルガレスと駆逐艦2隻が沈没。このゼルアレが大破か・・・・・また酷くやられたもんだな。」

第22竜母機動艦隊の司令官である、ルエカ・ヘルクレンス少将は、乾いた口調でそう呟いた。
30分前に、彼の艦隊はアメリカ軍艦載機に攻撃された。
艦隊はよく戦ったが、リギルガレスがヨークタウン隊の集中攻撃を受け、爆弾4発、魚雷4本を左舷のみに受けて沈没。
ゼルアレも爆弾5発、魚雷1本を左舷に受けて大破された。

この他に、駆逐艦2隻が爆弾を浴びて沈没し、艦隊の隊形は大きく乱れていた。

「司令官。ワイバーン隊からは、ワスプ級空母1隻に爆弾を命中させましたが、爆弾1発のみでは戦闘能力を奪ったか
否か、微妙な所です。ここは、攻撃隊を収容後にエンデルドに戻り、再起を図ったほうがよろしいかと。」
「もちろんさ。ワイバーンの数がこんなに減ったんじゃ、満足に戦えない。でも、今回の海戦では、
敵も全ての空母に手傷を負わされている。俺達は、敵の機動部隊相手にほぼ互角の戦いが出来た事になるな。
確かに満足いく戦果ではねえが、それは敵も同じだろう。お互い、目的は敵の母艦を全て沈める事だったはずだ。」

ヘルクレンスはそう言いながら、敵味方が受けた損害を思い出していた。
味方の竜母部隊は、合計で3隻の竜母を失い、4隻が大中破している。ワイバーンの損害は300騎を超える。
だが、こっち側に大打撃を与えたアメリカ側も、正規空母2隻を失い(ホーネットを撃沈したものと誤認)
2隻を大破、1隻を中破させられ、巡洋艦1隻撃沈、1隻中破させ、飛空挺の損害は200機を超えるだろう。
戦術的にはややこちらの不利だが、手持ち空母を全て傷付けられたアメリカ機動部隊は、輸送船団に対して
航空攻撃を思うように仕掛けられない。
空母部隊が引っ込んでいる間、こちら側はミスリアル西部に上陸部隊を上げる事が出来る。
つまり、肝心の上陸作戦は成功裡に終わる事になり、戦略的な勝利はシホールアンル帝国が得ることになる!
そして、ミスリアルの魔法都市ラオルネンクを占領し、魔法技術を奪えば、今日の大海戦で失われた将兵も浮かばれるに違いない。

「結果的にはこちらの不利だが、まともにぶつかれば、アメリカ側も大損害を受ける事は避けられぬと
分かったはずだ。それだけでも、今回の海戦で得られた教訓は大きい。」
「では、攻撃隊が帰還した後は、艦隊をエンデルドに戻してもよろしいですね?」
「ああ。ここは一度戻って、兵達をゆっくり休ませよう。」

ヘルクレンスは主任参謀にそう返事した。

「それにしても、リリスティの姐さんが負傷するとは思わなかったな。指揮は第2部隊のムク少将が引き受け、艦隊は北東に避退中
である事は既に確認済み。第24から輸送船団に回された戦艦と巡洋艦は何時ぐらいに合流する?」

「予定では、夜の7時あたりに船団護衛の艦隊と合流する予定です。万が一、アメリカ軍の戦艦が襲ってきても、
あちらは3隻、こっちは6隻ですから船団に近づけませんよ。」
「船団護衛に関しては万全と言う訳か。怖いのは敵の潜水艦だな。海軍の大半の艦艇に、生命反応探知装置が行渡ってはいるが、
深深度に潜り込まれたら使えんからな。」
「確かに。司令官、とにかく急いで艦隊を集結させましょう。各艦ともバラバラになっています。」

主任参謀の提案にヘルクレンスは頷き、各艦に集合の指示を伝え始めた。


潜水艦のノーチラスはこの日、作戦中の機動部隊の側方警戒の任を帯びて、機動部隊より南西200マイルの海域を航行していた。
艦長のトーマス・グレゴリー少佐は艦橋で他の見張り員と共に周辺の海域を捜索していた。

「艦長、TF17を襲った敵機動部隊は、機動部隊より南西側の海域にいるみたいですぜ。」

グレゴリー艦長の隣で見張りをしている哨戒長が、彼に言って来た。

「俺も聞いたよ。レンジャーが沈められたらしいな。ハルゼー親父は恐らく、カンカンに怒って、南西側の海域に
偵察機を飛ばしているだろう。残りのシホットは、機動部隊がさっさと片付けちまうだろうよ。」
「機動部隊がですか・・・・・機動部隊がやるのもいいですが、たまには自分達も大物を食ってやりたいですな。」

哨戒長は半ば本気、半ば冗談の口調で言った。

「その気持ちは分かるな。潜水艦屋は、水上艦乗りの奴らからはどこか見下されているからなぁ。
俺もたまには考えているよ。一度でいいから、戦艦か空母を沈めて、そいつらを見返してやりたい、と。」

そう言ってから、グレゴリー少佐は肩をすくめる。

「まっ、その考えがすぐに実現できれば、俺は嬉しいのだがね。人間、高望みする奴に限ってよくよく運が
無いからな。戦争に生き残っていくには、焦らず、目立たず。ごく普通がいいのさ。」
「ごく普通ですか。自分としてはもちっと、理想を高くしてもいいと思うんですがね。」
「ふむ。それもそうか。」
「私としては、念願のアイスクリーム製造機が配備されたので充分満足してますが。」
「哨戒長!言ってる事が普通ですぜ。もっと高望みしないと!」

右舷を見張っていた水兵がニヤニヤしながら、言葉の矛盾を突いてきた。

「だまっとれ!人間と言う生き物はな、心変わりがしやすいんだよ。
この野郎、あれこれ口出しすると、海に放り込んじまうぞ!」

哨戒長は水兵の首根っこを掴んで、海に落とす真似をする。もちろん本気ではなく、哨戒長もにやけながらやっている。
その行動に、見張りに立っている水兵達が笑い声を上げた。
艦長も思わず微笑んだ。その時、

「艦長!レーダーに反応です!」

突然伝声管からレーダー員の声が聞こえた。

「レーダーに反応だと?どこからだ?」
「南西の方角、方位260度から飛行物体です。距離は20マイル」
「南西の方角からか。明らかに敵だな。」

グレゴリー艦長は確信した。南西の方角に味方機動部隊はいない。
だとすると、TF17を襲った敵機動部隊から発艦した、第2次攻撃隊であろう。

「急速潜行!」

グレゴリー艦長はすぐにそう命じ、見張り員達を全員艦内に入れた。


それからノーチラスは、潜望鏡深度で敵編隊が通り過ぎるのを待っていた。

「敵編隊、通り過ぎました。」

レーダー員の言葉に、グレゴリー艦長は頷いた。それから、彼は副長に顔を向けた。

「副長、ちょっと来てくれ。」

彼は副長のアイル・ワイズマン大尉を呼びつけた。
2人は海図台の所まで移動した。

「さっき、シホールアンル側のワイバーンの編隊が通り過ぎていった。敵編隊は我が艦の南西20マイルの距離に現れた。
この敵編隊が味方の機動部隊を狙っているのは確実だ。恐らく、敵さんはこの方角の海域に潜んでいるのだろう。」

グレゴリー艦長は、チャートに赤い線を引いた。赤い線は、ノーチラスを中心に左右に伸びている。
右上には味方機動部隊の位置を示すマークが書かれている。赤い線は、敵編隊の進路を表している。

「敵ワイバーンの航続距離は500マイル。ですが、それはあくまでカタログ数値ですから、実際にはもっと近寄っている
可能性がありますね。理想的な距離として、約250マイル程度の距離が欲しい所でしょう。」
「と、すると。ノーチラスの近くに敵機動部隊がいるかもしれんな。」

グレゴリー艦長は唸るように言った後、しばらく考え事を始めた。

「艦長。もしや・・・・」

副長はまさかと思いながらも、グレゴリーに聞いてみる。

「おっ。分かったかね?」

グレゴリーは、自らの意図を察した副長に微笑む。

「そう。俺は大物を狙うと思っている。敵の竜母をな。」
「なるほど。」

副長は深呼吸をしてから、言葉を続ける。

「お言葉ですが、艦長。ノーチラス1艦のみで敵の機動部隊に飛び込むには、余りにも無謀かと思います。
敵艦隊には、最低でも8隻ないし10隻程度の駆逐艦がいます。敵の駆逐艦は、マオンド軍駆逐艦が持っている
生命反応探知装置を装備しています。ソナーと違って魔法石で動いているようですが、これに探知されると、
撃沈される可能性があります。」
「だが、その魔法使いの作った装置も、ソナーと同じように万能ではいない。」

グレゴリー艦長は怜悧な口調で言い返した。
彼の目は鋭く、一瞬ワイズマン大尉はその視線に射すくめられた。

「俺の友人に、イギー・レックスと言う男がいる。そいつは大西洋艦隊で潜水艦セイルの艦長をしているんだが、
俺は2ヶ月前にそいつと会ったんだ。そいつは俺に色々語ってくれたが、確かに敵駆逐艦のマジック・ソナーには
手を焼かされたと言っていた。だがな、同時に弱点も教えてくれたよ。」

グレゴリー艦長は、左手に丸まった紙を、右手に消しゴムを持った。
彼は紙を消しゴムの上に移動させる。

「この紙が敵駆逐艦。消しゴムが潜水艦だ。俺はレックスから聞いたんだが、敵の駆逐艦はマジック・ソナーで
こっちの生命反応を探している。効力は潜水艦の深度が浅ければ浅いほど強力になる。深度20メートル程度の
海底にボトム(沈底)しても、見つかったら袋叩きだ。だが、このソナーも、深度40メートルあたりからは
効能が半減し、80メートル当たりだと敵艦は思うようにこちらを探せないらしい。」

彼は紙と消しゴムを移動しながら説明した。

「要するに、敵さんが来る時は、こっちは深みに潜ってやり過ごせばいいんだ。敵の駆逐艦が来たら、
その都度深く潜行してやり過ごし、去ったら浮上しつつ、目標に移動していく。難しいかもしれんが、
やってやれん事は無い。」
「艦長の言う事は分かりました。ですが、この海域にはノーチラスしかいません。他に味方が居ないのでは、
攻撃はおぼつかないでしょう。」
「うむ、確かになぁ。」

グレゴリー艦長は顎の無精髭を撫でながら頷く。だが、彼の表情は明るくかった。

「確かに、この海域には近くに味方は居ない。そう、今の時間はな。」

彼は不敵な笑みを浮かべながら、真上を指差した。

「だが、数時間以内には味方が敵機動部隊攻撃に向かう。恐らく、敵艦隊は艦載機の攻撃に回避運動を行うだろう。
その際、敵艦隊の陣形は崩れている可能性が高い。俺達はそこを狙って、味方が打ち漏らした巡洋艦か、竜母を沈める。」
「では艦長。本艦の向かう先は?」
「南西だ。」

グレゴリー艦長はそう言うと、艦の針路を南西、方位260度の方角に向けた。

それから、浮上航行で17ノットのスピードで向かっていたノーチラスは、途中味方空母艦載機の大編隊を発見した。
遠くの編隊はノーチラスに気付く間もなく、同じ方角を進んでいった。
10分後に、敵艦隊を視認したノーチラスは、再び潜行し、海中から忍び寄って行った。

午後5時40分

「潜望鏡上げ!」

グレゴリー艦長は、潜望鏡上げさせた。
ブーンという小さくも無いが、大きくも無い駆動音と共に、潜望鏡が上げられる。
やがて、音が鳴り止むと、彼は潜望鏡に取り付いた。
海面に突き出された潜望鏡が、ぐるりと回転する。回転は、とある方向にレンズが向いた時に止まった。

「いたぞ。敵艦隊だ。」

グレゴリー艦長は敵艦隊を確認した。
これまで、ノーチラスは味方機に攻撃され、必死にのたうち回る敵機動部隊の様子を、海中から伺っていた。
目には見えないものの、高速艦が鳴らす高速推進音に至近弾の爆発、そして、魚雷の重々しい炸裂音が何度も聞こえていた。
特に魚雷が炸裂する音は大きく、その音の数からして、敵の竜母1隻は沈没確実の被害を受けたと、誰もが確信している。
それ以上に、彼らにとって嬉しい事がある。
それは、敵が自ら、ノーチラスのいる海域にやって来た事である。
回避運動を繰り返した敵機動部隊は、知らず知らずのうちにノーチラスが航行していた海域にまで到達していた。
そして、グレゴリー艦長は確認のため艦を潜望鏡深度にまで浮上させたのである。

「信じられん。竜母だ!目の前に敵の竜母がいる!」

グレゴリー艦長は、嬉しい誤算を目の前にして喜びを抑え切れなかった。

潜望鏡の向こうには、ノーチラスから5000メートルの距離に、のっぺりとした平の甲板に、申し訳程度の艦橋の敵艦。
極上の得物である竜母が、艦首から白波を蹴立てて航行している。
ノーチラスに左舷を晒す形で航行する敵艦は、飛行甲板からは黒煙を噴いており、まだ損傷箇所の消火活動を行っているようだ。
幾分左舷側に傾いている事から、この敵艦は左舷に雷撃を食らい、艦腹に海水を飲み込んだのであろう。

「副長、見てみろ。」

彼はワイズマン副長に代わる。

「明らかに敵の竜母です。左舷に航空魚雷を食らったようですな。」
「ああ。速力はせいぜい12ノット程度だ。」

ワイズマン副長が潜望鏡から離れ、再びグレゴリー艦長が潜望鏡をのぞく。彼は竜母のみならず、周辺を見渡す。
いくつか、駆逐艦らしき護衛艦が複数点在していたが、いずれも距離は離れている。
しかし、その舳先はどれも竜母を向いていた。

「何隻か護衛艦が見える。どうやら旗艦の周りに集結中のようだ。潜望鏡下げ!」

グレゴリー艦長は潜望鏡を下げさせた。
あたら長い時間潜望鏡を露出すれば、敵艦に発見されて位置を晒す恐れがある。

「どうします?やりますか?」

ワイズマン副長は艦長に尋ねた。
現在、敵の竜母はノーチラス右舷前方から左舷側に向けて航行している。
敵はこちらに気付いていないのだろう、ちょうど面積の大きい舷側をノーチラスに晒す格好である。
願っても無い雷撃の機会だ。

「俺達はツイているようだな。副長、やるぞ!」

グレゴリー艦長は真剣な表情で副長に言った後、電話で水雷室を呼び出した。

「水雷室!」
「はっ。こちら水雷室です。」
「今から敵艦を攻撃する。魚雷発射管1番から4番まで発射する。」
「1番から4番までですな。分かりました!」

電話の向こうの水雷長は弾んだ声でそう言うと、電話を切った。
グレゴリー艦長は、敵艦隊を視認した後、予め水雷室に魚雷発射管に魚雷を装填させるよう命じていた。
ノーチラスの前部発射管のうち、1番から4番発射管には、既に魚雷が装填済みであった。
それから6分後、6ノットのスピードで前進を続けたノーチラスは、再び潜望鏡を上げた。
潜望鏡が海面に突き出され、レンズがとある方向でピタリと止まる。

「ようし、竜母はまだいる。絶好の射点だぞ!」

敵の竜母は、ノーチラスから4500メートルほどの距離を、先とほぼ同じ状態で航行している。
違う所といえば、先はやや斜め前から見ている格好であったのに対して、今は横側から見る格好である。

「目標、艦首前方の敵母艦。距離4500メートル。雷速44ノット。水雷室、発射準備いいか?」

グレゴリー艦長は水雷室を呼び出した。

「艦長、発射準備OKです!いつでもどうぞ!」

彼は躊躇わず、発射命令を下した。

「魚雷発射!」

その命令の直後、1番発射管と3番発射管から魚雷が放たれ、2秒後に2番、4番発射管から魚雷が撃ち出された。
12ノットという、のんびりしたような速度で航行していく竜母の横腹に、4本の航跡が吸い込まれるように進んでいく。
(あれなら全部命中するな)
グレゴリー艦長はそう確信しながら、すかさず次の命令を下す。

「潜望鏡下げぇ!急速潜行!」
「潜望鏡収納、急速潜行、アイアイサー!」

ノーチラスの2730トンの艦体は、徐々に深い海中に沈み始めた。
潜行開始からそう間を置かずに、ズドーンという、くぐもったような爆発音が聞こえた。

「魚雷命中です!」

ソナー員のベンソン1等水兵が大声で報告して来た。喜ぶ間もなく、またズドーンという魚雷炸裂の音が聞こえて来た。

「もう1本命中!」

次の瞬間、ノーチラスの艦内で歓声が爆発した。

「やったぞ!シホットの軍艦を叩き沈めてやったぞ!」
「これで水上艦の奴らに胸を張って言い切れるぜ。」
「2本も命中すれば手負いの敵艦なぞ轟沈だ!シホットめ、サブマリナーの意地を思い知ったか!」

初めての敵艦撃沈に、ノーチラスの乗員たちは喜色満面でそれぞれの感想を口にする。

「浮かれるのはまだ早いぞ!」

乗員達の心中を察したグレゴリー艦長がすぐに、天狗になった彼らの気持ちを戒めようとする。

「これからは護衛艦の攻撃があるかも知れんぞ。シホット艦から遠く離れるまで、決して油断するな!」

グレゴリー艦長の言葉をこれだけであったが、すぐに乗員達の興奮は収まった。

「これから本艦は、この海域から離脱する。各員、これまで通り持ち場で義務をこなしてくれ。」

艦長はそう言って、マイクを置いた。

「しかし、2本のみ命中とはな。俺はてっきり、4本とも命中したと思ったんだが。」

グレゴリーは頭を捻りながら、そう言う。
すると、ソナー員のベンソン1等水兵が意外な言葉を口にした。

「4本とも当たっていますよ。」
「・・・・何?それは本当か?」
「ええ。ちゃんと聞こえましたよ。最初の2本が敵艦の横腹に当たった音が。」
「と言う事は・・・・・恒例のアレか。」
「ええ。そうなります。」

ベンソン1等水兵は、ソナーに耳を傾けたままそう返事した。
実を言うと、アメリカ海軍が保有するMk14魚雷は欠陥魚雷である。
Mk14魚雷の信管は衝突で作動する起爆尖であるが、この起爆尖が目標に命中しても作動しない場合が多かった。

魚雷が命中しても爆発しない、という報告は大西洋艦隊所属の潜水艦部隊から多数報告されており、
海軍兵器局は新たな信管の開発に頭を捻っているようだ。
その不発魚雷の欠陥振りが、ここでも遺憾なく発揮されたのである。

「なんてえ魚雷だ。それで2回の炸裂で終わった、と言う事か。」

グレゴリー艦長はげんなりとした表情で、ため息を吐きながらそう言った。

「下手すりゃ、4本とも起爆しなかった、て事も有り得ますよ。今回はむしろ、運が良かったかもしれません。」
「なるほど・・・・運が良かったか。それで、敵艦はどうなった?」
「その敵艦ですが、魚雷命中のあと、敵艦のスクリュー音が途絶えました。恐らく、航行不能になったかと。
それに、何かが誘爆するような爆発音も微かに聞こえました。僕の判断ですが、あの敵艦は長く持たないでしょう。」
「と、言う事は、撃沈確実と言う事か。」

彼の言葉に、ベンソン1等水兵は頷いた。その時、ベンソンが耳に手を当てた。

「・・・・艦長!左舷前方より敵艦らしき高速推進音!他にも、いくつかの推進音が聞こえます。」

ベンソンはそう言った後、すぐにヘッドフォンを耳から外す。

「くそ、奴さん、竜母がやられたんで、俺達を探して居やがるな。おい、今の深度は!?」
「50メートルです!」

潜行開始から10分が経つが、まだ50メートルの深度だ。
(この艦も古いからなあ。所々、カタログ通りにいかぬ部分があるな)
グレゴリー艦長はそう思いながら、ノーチラスが早く潜ってくれる事を祈った。
敵艦の推進音が右舷後方に抜けようとした時、

「着水音探知!爆雷です!」

ベンソン1等水兵が緊迫表情で艦長に言って来た。

「爆雷が来るぞ!総員衝撃に備え!」

グレゴリーが発令所の皆に向けて叫ぶ。
艦内の空気が一気に冷え付き、誰もが上を見上げてその時を待つ。
潜水艦乗りにとって、場くらい攻撃と言うものはどんな事よりも恐ろしい物だ。
爆雷がひとたび炸裂すれば、満足な防御を持たぬ潜水艦は海中で衝撃に小突き回される。
乗員は狭い艦内で壁に叩きつけられたり、床に転倒する。
爆雷炸裂の衝撃をモロに食らえば、艦体は叩き割られて海底に没していく。
水上艦の沈没は、まだその最期を看取る寮艦等がいるが、潜水艦の喪失と言うものは誰も看取るものが存在せぬ、
ひどく寂しい物だ。
乗員の誰もが緊張の面持ちで、じっと待っていると、突然ドン!という小さな爆発音が聞こえ、艦が微かに揺れる。
最初の爆発は怖くないが、時期にそれが近くなり、最後には艦を炸裂の衝撃で激しく揺さぶる。

「深度、60」

観測員が現在の深度を読み上げる。
2回目の爆発が聞こえる。振動が先ほどより大きい。3回目、4回目と、爆発音と振動は徐々に大きくなって来る。

「大丈夫、外れるぞ。」

グレゴリー艦長が陽気な声でそう言う。
その直後、ダァン!という爆発音が鳴り、ノーチラスが大きく揺れる。
乗員が壁に叩きつけられたのか、一瞬悲鳴らしき声が聞こえた。

ドダァン!という先のものより倍する爆発音が聞こえ、艦体が激しく揺さぶられる。
いきなり側壁のパイプから水が勢い良く吹き出す。

「バルブを閉めろ!」

グレゴリーがすかさず指示し、2人の兵が慌ててバルブを閉める。
その直後に炸裂音が鳴り、三度ノーチラスが揺らされる。一瞬発令所の中が真っ暗になり、2秒後には再び電気がつく。
炸裂音が鳴り、衝撃に揺さぶられるたびに、発令所ではひっきりなしに報告が舞い込み、指示が各所に飛んで行く。

「畜生ぉ・・・・俺はこんなとこで死なんぞ!」

とある兵曹が、必死の形相で喚きながらバルブを閉めていく。
その兵曹は、ヴィルフレイングでカレアント出身の女性と付き合っている。
1度だけ写真を見せてもらったが、獣耳を生やした若くて、可愛げのある女性だった。
その彼が、自らの生のために行動しているのか、女性とまた会いたいがために行動しているのかは分からない。
分かる事は、それぞれの乗員達が、このノーチラスを沈めまいと懸命に努力している事である。


10月24日 午後7時 リルネ岬沖南南西100マイル沖

第16任務部隊司令官、ウィリアム・ハルゼー中将は、暗くなった海面を見つめていた。
エンタープライズの前方には、軽巡洋艦のフェニックスがいる。
本来ならば、前方にいるのは戦艦のノースカロライナのはずである。
だが、TF16には今、ノースカロライナはいない。

「ラウス君。君の案を取り入れて、とりあえず襲撃部隊を送ったが、俺としては勝算は五分五分。
悪くて四部六部であちらが有利だと思う。」

「まあ、とりあえずは敵の戦艦をなるべく叩いてから、船団を襲った方がいいです。そうでなければ、
後々、退路を絶たれて酷い損害を負いますからね。」

ラウスはどこかのんびりとした口調で言う。

「まっ、後はリーらに任せるしかないな。今は結果を待つしかない。」

その時、通信参謀が入ってきた。

「司令官、潜水艦のノーチラスから入電です。」
「ノーチラス?まさか、別の艦隊を見つけたとか言うまいな!?」

ハルゼーは怪訝な表情で通信参謀を見つめて、紙をひったくった。

「いえ、どうやら違うようです。」

通信参謀はそう言うと、ハルゼーに微笑んだ。

「我、機動部隊より南西220マイルの位置を航行中の敵竜母部隊を捕捉、雷撃により敵竜母1隻撃沈確実

    *
          o
                +
                      #
                            * そうか!ノーチラスはよくやった!」


ハルゼーの顔に笑みがこぼれた。

「ラウス君。南西のシホットの竜母は、2隻とも沈んだぞ。襲撃部隊が敵に取り付く前に朗報が舞い込んでくるとはな。」
「これで、後方の敵は心配しなくて済みますな。」

ブローニング参謀長の言葉に、ハルゼーは満足気に頷いた。

「後は、リーらが残りのシホットを叩きのめすだけだ。」

午後7時30分 ノーベンエル岬南南西250マイル沖

ハルゼーが、敵竜母撃沈の朗報に胸を躍らせている時、ノーベンエル岬の南南西の方角を、一群の艦艇が航行していた。
艦艇群は3隻の巨艦に、6隻の中型艦、16隻の小型艦で成っている。
その艦艇群は、アメリカ機動部隊から抽出された輸送船襲撃部隊である。
襲撃部隊は、主力に戦艦ノースカロライナ、ワシントン、サウスダコタで編成している。
それを支えるのは、重巡洋艦アストリア、ヴィンセンス、ペンサコラ、ノーザンプトン、ナッシュヴィル、サヴァンナ。
駆逐艦デューイ、エールウィン、モナガン、シムス、グリッドリイ、ブルー、マグフォード、ラルフ・タルボット、
パターソン、ジャービス、リバモア、デイビス、フレッチャー、オバノン、ニコラス、モンセン。
計25隻の艨艟が、針路を北北東に向けて、時速24ノットのスピードで航行している。
これらの艨艟が向かう先には、護衛艦群に援護されながら、上陸地点に急ぎつつあるシホールアンル輸送船団があった。

この世界初の大規模夜戦となるノーベンエル岬沖海戦は、刻々と、開始の時間を迎えようとしていた。
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