自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

095 第79話 魔道参謀の勘

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第79話 魔道参謀の勘

1483年(1943年)8月29日 午後9時 カレアント公国東ループレング

「う~ん・・・・」

シホールアンル軍第32軍団の魔道参謀であるレーミア・パームル中佐は、スパイから送られて来た情報に目を通しながら唸っていた。

「どうしたんですか?さっきから唸ってばかりですが。」

彼女の副官であるラクド・リクマ中尉は怪訝な表情を浮かべて聞いた。

「なーんか引っ掛かるのよ。」
「何がですか?」
「スパイから送られて来る魔法通信よ。」

レーミアはそう言いながら、2、3枚の紙を彼に手渡した。
レーミア・パームル中佐は、1年前の7月に第32軍団の魔道参謀に任命された。
顔立ちは端整ながら、どこにでもいそうな普通の女性と言った所である。年は29歳で、
特徴は少年のように肩につかぬ程度まで刈られた青い髪である。一応美人の部類には入るであろう。
常に眼鏡をかけているため、彼女は秀才君という渾名を頂戴している。
もう1人のラクド・リクマ中尉は23歳の若い士官であり、彼女の副官を1年ほど務めている。
体つきはがっしりしており、後姿だけを見れば歴戦の兵士と見紛うほどだが、顔つきは柔和であり、優しいお兄さんといった感がある。
2人とも、シホールアンル本国の魔道士学校を卒業した魔道士である。
リクマ中尉は渡された紙を見てみた。
この紙は、ここ2、3日にスパイが集めた、前線にいる敵軍の情報を書き記した物だ。
魔法通信も最近ではより多用されており、今までは個人同士でしか受け取れなかった通信も、魔法式の改訂版が発表されて以来、
今では誰でも傍受できるように送る事が出来る。
(南大陸側は1年以上前から同様な事が出来ており、魔法技術に関してはまだ南大陸に遅れを取っている)

この情報も、本国宛に送られた魔法通信を、第32軍団司令部の魔道士が傍受した物だ。
しばらく、リクマ中尉はこの紙に目を通したが、

「中佐。特に何ら異常は無い様に思えますけど。」

彼は不審に思わなかった。
報告は、アメリカ軍の戦車部隊が1個大隊ほど、前線陣地に向かっている、と言う物もあれば、敵兵から聞き出した
11月攻勢という攻勢開始の時期や、敵の飛行場に航空部隊が他の部隊と交代しつつある等、アメリカ軍関係の情報が記されている。

「11月攻勢という文字があったと思うけど、その文だけをよく探してみて。」
「11月攻勢の文字のみですか・・・・ええと・・・・」

リクマ中尉は言われるがままに、2、3枚の紙の中から11月攻勢という文字のみを探した。

「なんだか、11月攻勢という文字が意外と出てきますね。この3枚の紙だけで16個も同じ名前が出てきましたよ。」
「不思議に思わない?」

パーミル中佐は何気ない口調で聞いてきた。

「どうして、アメリカは攻勢作戦の名前を、こうも堂々と言い回っているのかな。よっぽど自信があるのかしら。
でも、不思議よね。アメリカって、前までは情報管理に気をつけていたのに・・・・・」

アメリカは、軍自体も強いが情報の管理もしっかりしている。
情報は大事である。
しかし、大事すぎるが故に、それを元にして行動したため失敗する事もある。
シホールアンルは、それを身にしみて感じている。
始めは去年2月のガルクレルフ沖海戦であった。
ヴィルフレイング周辺に張り付いていたスパイは、早朝、港から出航していくアメリカ艦隊が北上していくのを見て、敵主力部隊が出撃しつつあると報告した。
これに刺激されたガルクレルフの味方艦隊は、主力部隊の殆どが迎撃のため南下し、ガルクレルフはがらあきとなった。

そこにアメリカ軍の別働隊が襲い掛かって、ガルクレルフ港を集積した膨大な物資と共に吹き飛ばし、しまいには追い掛けて来た味方艦隊を叩きのめした。
この他にも、前回の攻勢作戦やグンリーラ島沖海戦等、シホールアンル軍はアメリカが画策した偽装工作や偽情報によって何度も煮え湯を飲まされて来た。
パーミル中佐は、もしかしてこの11月攻勢という言葉も、シホールアンル側を欺く何かでは?と疑い始めていた。

「自信は大ありでしょう。去年4月の攻勢作戦ではアメリカ軍大暴れでしたよ。こっちの歩兵の武器は剣や弓、槍程度。
それに対し、あっちは高速で動き回る鉄の戦車です。これじゃあ図に乗るなよと言っても聞きませんよ。」
「あたし達の軍に隠し事をしなくても、余裕で叩き潰せる、か。でも、こんな大っぴらに攻勢作戦の開始時期を言うなんて、やっぱり変だよ。」

リクマ中尉の言葉に納得しながらも、パーミル中佐は考えを変えなかった。
彼女は、南大陸侵攻軍にいる魔道参謀の中では、かなり的確な考えを言う参謀として知られている。
先日、第32軍団長からカレアント戦線放棄の言葉を聞いても、彼女はやはりかと思った。
数ヶ月前から、徐々に少なくなっていく補給物資を見て、パーミル中佐はこれでは軍を支えられなくなると考えていた。
補給が少なくなれば、前線にしわ寄せが来る。そうなれば、例え攻勢を開始しても長続きはしない。
補給物資の供給量は速いペースで少なくなりつつある。このままでは、一時撤退という可能性もあり得ると、彼女は前々から考えていた。
その予想が現実の物となった時、パーミル中佐は驚きはしたものの、その驚きの度合いは他の参謀達に比べて軽かった。
その後は、後衛部隊となる前線軍はそのままの配置となり、後方の待機部隊が順次撤退しつつあった。
撤退作戦は慎重に行われたが、今の所順調に推移しており、今日までに第7軍と、第22軍の半分がカレアント領内から離れた。
9月までには第7軍と、第22軍所属の第86軍団が撤退を終える予定であり、他に第25軍所属の軍団も、夕方から撤退を開始していた。
味方が順調に撤退している中で起こった、パーミル中佐の疑問。

「何か引っ掛かる・・・・・」

彼女は考えたが、ここである事が頭に思い浮かんだ。
後方の待機部隊が撤退した事で、薄くなったループレング戦線。そこに連合軍の大軍が地鳴りをあげながら一斉に襲い掛かる。
第20軍を始めとする前線軍が、後方の待機部隊の支援が受けられぬまま、一方的に攻撃される。
前線を素早く突破したアメリカ軍の快速部隊が、撤退中の友軍部隊に襲い掛かり、友軍部隊は次々と壊乱状態に陥っていく・・・・

「いや・・・・・まさか!」

唐突に浮かんだ悪夢の光景を、パーミル中佐は頭から振り払った。

「どうしたんですか?顔色が悪いですよ?」

リクマ中尉は、いきなり顔を青くして息を荒げる彼女に驚いた。

「・・・・いや、心配に及ばないわ。」

パーミル中佐は頭を掻きながらそう言うと、机に顔を突っ伏して何も言わなくなった。

「?」

リクマ中尉は首をひねったが、彼の心配をよそに、パーミル中佐は考え込んだ。
11月攻勢。
それは、連合軍の反攻作戦開始の時期だ。連合軍は、ループレング戦線に70万以上の大軍を貼り付けている。
この他のミトラ戦線や、ジリーンギ戦線にも、計20万の連合軍が待機している。
100万近い数の大軍が、来るべき11月の攻勢に備えていた。
しかし、急に聞かれ出した11月攻勢という言葉。スパイからの情報では、11月に攻勢があるのは確実と言われている。
本国の上層部でも、この情報を検討した結果、信憑性が高く、11月に反攻が行われる事はほぼ確実とされている。
今現在も断続的に行われている、補給線の攻撃によって南大陸侵攻軍、特にカレアント侵攻軍は物資不足が顕著になった。
11月には物資不足によって更に酷い状態になっていたであろう。
その状態で攻勢を仕掛けられれば、防衛線は1週間と立たずに突破されていたに違いない。
そこに撤退命令を受け取った事は、渡りに舟だった。彼女もそう思っていた。
(あたしも、そう思った。たった今までは。でも、もし、この11月攻勢が、攻勢開始時期ではなく・・・・作戦名だとしたら・・・・
アメリカの得意分野である欺瞞情報だとしたら・・・・・・!)
それこそ、撤収中の軍が後ろから敵の大攻勢を受けるという、最悪の状況になる。
急に彼女は思考を止めて、席から立ち上がった。

「リクマ中尉、今まで集めた魔法通信の記録、どこにある?」

パーミル中佐は、半ば呆けた表情のリクマ中尉に聞いた。

「あ・・・はあ。記録なら、あそこの棚に保管されてますが。」

リクマ中尉は指で、魔法通信の記録が保管されている棚を指した。その直後、彼女は棚に飛び付いて資料の束を取り出した。

「いつもなら10時に帰るけど、今日の所は帰る時間が遅くなるよ。」

パーミル中佐は、書類の束をがさがさと探りながらリクマ中尉にそう言った。


8月30日 午前3時 東ループレング市第20軍司令部

ムラウク・ライバスツ中将は、自分の個室で眠っていたところを従兵に起こされた。

「軍司令官閣下、起きて下さい。」

従兵が、腫れ物をさわるような口調で言ってきているのが分かった。彼は眠気を振り払って姿勢を起こした。

「何事か・・・・・今は真夜中だぞ。」

ライバスツ中将は不機嫌そうな表情で従兵に言った。

「はっ。申し訳ありません。実は、第32軍団のパルメイカル閣下が、お連れと共に司令部に来ておりまして、至急軍司令官閣下に
お会いしたいとの事です。」
「何?パルメイカル少将が・・・・?」

ライバスツ少将は首を捻った。どうしてこのような時間に?
アメリカ軍や連合軍に関しては、まだ大丈夫のはずなのに。それとも本国で何かあったのか?

ライバスツ中将は、半ば寝惚けている頭で考えながら、とにかく軍服に着替えた。
1分ほどでいつもの青色の軍服を着けてから部屋から出た。
パルメイカル少将は、軍司令部の応接室で待っているとの事だ。ライバスツ中将は応接室に向かった。
20秒ほどで応接室に付くと、彼はドアを開けた。
中には、第32軍団長のパルメイカル少将と、魔道参謀の腕章を付けた女性将校と男性将校の2人がいた。

「軍司令官閣下。夜分お起こししてしまい、申し訳ありません。」

パルメイカル少将らはまず、夜中に押し掛けた非礼を詫びた。

「なあに、そう恐縮するな。わしのような年寄りは多少睡眠時間が短くても平気だよ。それよりも、この私を叩き起こしてまで、ここに来たからには、
何か理由があるのだろう?」

ライバスツ中将は、パルメイカル少将に質問しつつ、太鼓腹を重そうに揺らしながらソファーに座る。

「はい。結論から申しますと、アメリカ軍の攻勢は近いうちに行われます。」
「何ぃ?」

突拍子の無い言葉に、ライバスツ中将は怪訝な表情を浮かべた。

「いつだね?」
「遅くて5日。短くて2日です。」
「パルメイカル君。アメリカ軍の攻勢は11月だ。現地のスパイからはその時期に構成を仕掛けて来る可能性が大との事だ。
11月に攻勢を予定しているからには、今はまだ準備中だ。それとも、何か手掛かりがあるのかね?」
「はい。」

パルメイカル少将は即答すると、女性の魔道将校に目配せした。

「詳しくは、パーミル中佐が説明します。」

「よろしい。説明したまえ。」

ライバスツ中将の言葉を聞いたパーミル中佐は、一度深呼吸してから説明を始めた。

「私達は敵の反攻作戦が11月に始まると思い込んでいました。ですが最近、スパイの情報からは、11月攻勢という言葉が何度も
出てきています。それも、普通の会話のように。」

スパイの情報源は、大抵が酒場や、外で雑談を交わす敵兵から盗み聞きしたものだ。
この他には、街道の隅に陣取る乞食のふりをして、敵軍の移動状況を調べたりしている。
彼らは、敵軍の兵が、会話の中で話す言葉を聞き取り、その中で気になった物を素早く頭に刻み込む。
その情報を魔法通信で送るのだが、報告の大半はどうしようもない物ばかりである。

「普通の会話のように、だと?アメリカ軍は情報管理に関してはしっかりしているはずだが。」
「報告の中では、11月攻勢という言葉が頻繁に出て来ています。スパイは、会話の内容をそのまま報告する場合が多く、
11月攻勢という言葉が、もし単なる名前に過ぎなかったら、」

パーミル中佐は、持っていた鞄から数枚の紙を取り出すと、ライバスツ中将に手渡した。

「このように迂闊に喋ってしまっても何ら問題は無いでしょう。何しろ、11月攻勢と言うのは作戦名かもしれないのですから。」

スパイからの報告書にざっと目を通したライバスツ中将は、その11月攻勢という言葉の多さに唖然としていた。

「本当に、会話文から同じ言葉が何度も出ている。アメリカ軍にしては、情報管理が甘すぎる。普通ならあり得ない。もしかして、
我々などは攻勢開始時期を教えても大丈夫であると認識しているのかもしれんぞ。」

ライバスツ中将は自分の考えを言った。

「去年4月の攻勢で、我々は大敗している。その余りの弱さに、アメリカ軍は付け上がっているのだろう。この迂闊な情報漏洩がその証拠だ!」

ライバスツ中将は憤然とした表情でそう言い、持っていた紙をテーブルに叩きつける。

「敵はこう思っているのだ。11月に攻め込めば、補給不足で苦しむ我が軍はまともに戦えない。だから、迂闊に攻勢開始時期を喋っても
問題ないとな。全く、栄えあるショールアンル陸軍も舐められたものだ。」

彼は、3人に獰猛な笑みを浮かべた。

「だが、そうはさせん。敵が慢心しているなら、あたら撤退作戦をしなくても追い返す事が出来るかも知れん。貴様達も、我が陸軍の装備が
格段に向上した事は知っているだろう?新型ゴーレムを使用した移動式の野砲。それに射程距離が伸びた重砲。そして、対戦車戦闘のやり方を
叩き込んだ歩兵師団の将兵達。極め付きは、密かに構築された、対戦車戦闘を見越した縦進防御陣地・・・・・これなら、今攻め込まれても
敵に大打撃を与えられるぞ!」

ライバスツ中将は、自信ありげにそう言った。
シホールアンル陸軍の装備は、彼の言う通り、格段に向上していた。
去年の5月から新設された石甲師団は、去年2月に量産が始まったばかりの新型ストーンゴーレム「キリラルブス」を中心戦力に置いている。
キリラルブスは4足歩行式のゴーレムであり、背中に37口径2.8ネルリ(72ミリ)野砲を装備し、射程距離は約2.9ゼルド。
対戦車戦闘も見越して水平撃ちも考慮された設計となっている。
また、新式の重砲は去年8月に配備が始まった5.3ネルリ(136ミリ)という巡洋艦並みの口径で、射程距離は3.8ゼルドと、
これまでの野砲より射程が長い。
新式ゴーレムと新式野砲は、石甲師団のみならず、通常の歩兵師団や重装騎士師団、騎兵師団にも配備されており、攻撃力は以前より5割増となっている。
また、普通の歩兵に対しても、これまでの剣や弓などの携行武器に加えて、小型の投擲型爆弾が4~6発ほど回されており、白兵戦のさいには大活躍する
ものと見込まれている。
それのみならず、一部の部隊には、対空用の魔道銃を対地用に改造して配備しているという噂も流れている。
装備の更新は、全部隊に行き届いており、誰もが以前よりは遥かにマシな戦いが出来ると思っていた。
ライバスツ中将の自信の根拠はそれである。
だが、彼がこの時発言した、今攻め込まれても敵に大打撃を与えられると言う言葉は、半ば冗談めいた物であった。
彼は、パーミル中佐から、

「いえ、近いうち。それも今攻め込まれるかもしれません。」

という言葉が出るとは全く予想していなかった。
ライバスツ中将は、一瞬呆気に取られた表情になったが、すぐに冷静になって、逆に質問した。

「ほう。ならば、そう言える根拠はどこにある?」
「・・・・これを。」

パーミル中佐は鞄の中から再び紙を取り出し、そのうちの2枚を手渡した。

「・・・・・・これは、3週間前と2週間前の報告だな。私も一度目を通しているが、連隊規模の戦車部隊が前線に移動していると書いてある。
この部隊移動は、3日前の交代のために下がった部隊の代わりであると判断されている。もう1枚の報告書には、敵の師団規模の部隊が前線に
移動している。だが、こいつらも先と同じく、前線軍の交代で北上しているだけだ。」
「ですが、このような移動が2ヶ月前から頻繁に繰り返されています。スパイはカレアント全体の戦線を把握している訳ではなく、他の街道からも
同様の部隊移動があったと推測できます。」
「ふむ。一応、筋は通っているようだが。しかし、これだけで敵が攻勢に入ると判断するには、証拠が少なすぎる。
それに、似たような事は我々だってやっている。」

彼はため息を吐きながら付け加えた。

「たったこれだけで、敵がすぐに攻勢に出る。という判断は早計ではないかね?」

その言葉を聞いたパーミル中佐は深く頷いた。

「はい。これだけでは、確かに早計と判断できます。この最新情報さえなければ・・・・」

パーミル中佐は、緊張で顔を引きつらせながら、持っていた2枚の紙をライバスツ中将に手渡す。

「これは、つい先ほど入ってきた魔法通信です。」

パーミル中佐は、ライバスツ中将にそう言ったが、彼は彫像のように固まっていた。

待つ事1分。次第に、ライバスツ中将の手が震え始めた。

「つい先ほどと言っていたが、何時頃に入ったのかね?」
「午前2時40分です。私も、この魔法通信が入らなければ、ここに来る事も無かったでしょう。」
「・・・・・・そうだな。」

ライバスツ中将は、やや震えた口調でそう返事した。
手渡された紙は2枚。その内容は、ロゼングラップ―ループレング間の街道で2時間前からアメリカ軍、連合軍の車両が北上しているとの事であった。
同様の報告はいくつも上がっており、中には、敵は軍団単位で北上しているという詳細な物もあれば、中途半端なところで途切れている物もある。
この2枚の紙に書かれた内容のどれもが、街道を北上する連合軍部隊の情報を知らしめていた。
ロゼングラップ―ループレング間に通る街道は7つ。
スパイはそのうち4つの街道に配備されている。今回の報告は、その4つの街道から送られてきている。
(そうなると、スパイが配備されていない残り3つの街道にも・・・・)
ライバスツ中将は、パーミル中佐の言うとおり、敵の反攻がすぐそこまで迫っていると確信した。
ふと、ライバスツ中将は懐に入っていた紙に気が付いた。彼はそれを取ってみていた。
それは、各軍の撤退状況が記されている紙である。
紙の中では、既に第7軍はカレアント領から抜け出し、第22軍が撤退を開始している。
いや、この2個軍のみならず、第25軍が今日のうちに撤退を開始している。
攻勢作戦の時には、頼りになる筈の後方待機部隊は、今や5割近くがループレング戦線を離れているのだ。

「アメリカ軍は、とんでもない事を考える・・・・・・」

ライバスツ中将は、アメリカ軍の手際のよさに戦慄せざるを得なかった。

第20軍司令部は、早急に全軍に向けてこの情報を伝える事にしたが、魔法通信で本国及び各軍に情報を送った時間は午前4時を過ぎていた。
アメリカ軍の計画する、ゼロアワーまで僅か44時間前の事である。

8月30日 午前5時 カレアント公国ループレング南50マイル地点

左右が森林に覆われた街道を、第1軍団の車列が時速30キロのスピードで北上していた。
まだ闇に覆われる暗い森を、何万台という戦車、装甲車、トラック等がライトを照らし、列を成して走行する様は、まるで巨大アリが
行列を作って移動しているかのようである。

「こいつは凄い光景だな。これぞ戦争前夜って奴だ。」

第1軍団長のジョージ・パットン中将は、明るい口調で呟きながら、乗車であるM8グレイハウンド装甲車から身を乗り出して、前方を眺めていた。
今、北上しているのはこの第1軍団だけではない。
後方に待機していた第1軍、第4軍、第5軍の各部隊が、7つの街道を使って攻勢発起地点を目指して前進している。
前線で待機している部隊と合流すれば、あとはゼロアワーを待つだけだ。

「シホットの奴ら。あれからどれぐらい成長したかな。」

パットンは漠然とした思いでそう考えた。
去年の4月。アメリカ陸軍の機転によって、シホールアンル陸軍の構成は頓挫した。
あれから1年以上が経ち、偵察機からは敵の新型ゴーレムや新兵器等が、列を成して移動している様子が捉えられている。
この事から、シホールアンル軍の装備は向上していると考えられる。
敵は、新しい装備を受け取って強くなっている事はほぼ確実であろう。
今回の戦いは、いわば新生シホールアンル軍との、初めての全面対決という事になる。

「敵が強くなるのは厄介だ。だが、戦争と言う物は、こっちが一方的に勝ち続けるのは長続きしない。盛り返した敵に苦戦する場合が殆どだ。」

パットンは、前方を行く戦車を見据えながら独語する。
彼の考えとしては、戦闘の中盤辺りからは味方の死傷者もうなぎ上りになるであろうと思っている。

「恐らく、俺達の陸軍も、かなり痛手を食らうかもしれない。だが、」

パットンは一旦言葉を切り、空を見つめた。
空は、まだ暗かったが、一部がようやく明るみ始めた。
1日がようやく始まる。

「俺達は勝つ。あの朝焼けのように、最初はゆっくりと、だが確実に、南大陸の友人達が怯えずに暮らしていけるよう解放していく。俺達の手で。」

パットンは、自らの双肩に圧し掛かるプレッシャーを感じたが、彼にとって、プレッシャーは自分の気をしっかりさせるいい薬であった。
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