自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

123 第96話 さらば、南大陸

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第96話 さらば、南大陸

1483年(1943年)12月10日 午後6時 ウェンステル領コズグラド

アメリカ南西太平洋軍に所属する第4軍は、ウェンステル領南部にあるコズグラドという町に侵攻していた。
攻撃開始から早7日、第4軍は、シホールアンル側と共にとある儀式を始めようとしていた。
第4軍参謀長であるフリッツ・バイエルライン大佐は、軍司令官であるドニー・ブローニング中将と共に、コズグラドにある宿屋で相手側を待っていた。

「参謀長、シホールアンル軍も変わったものだな。」

席に座っているブローニング中将は、バイエルライン大佐に話しかける。

「確かに変わりましたな。」

バイエルライン大佐は深く頷いた。

「以前は、こちらが降伏勧告を行っても、なかなか降参しない敵部隊が多くいたんですが。」
「ここ3ヶ月間続いた戦いで、敵も思い知ったんだろう。今ある装備では、俺達に決して勝ち得ないと。」

11月攻勢作戦が9月に開始されてから、早3ヶ月以上が経った。
攻勢開始からしばらくは徹底抗戦の構えを見せていたシホールアンル軍は、10月後半辺りからは徹底した撤収作戦を敢行した。
対するアメリカを含む連合軍は、これを猛追撃する形で北上し、10月にはカレアント、11月末にはヴェリンスを解放した。
南西太平洋軍司令部では、機甲戦力をもたぬ鈍足のシホールアンル軍部隊は、遠からずのうちに追い付いて殲滅できると期待していたが、
シホールアンル軍は予め、撤退準備に入っていた事もあって、なかなか連合軍を追い付かせなかった。
南大陸の入り口であるウェンステル南部に侵攻したのは、12月2日であり、この攻撃にはアメリカ第1軍、第4軍、そして連合軍3個軍が参加した。
第4軍は、最も峻険な地帯であるコズグラドの攻略を任された。
戦闘は12月3日の第3航空軍の爆撃機隊による航空支援から始まった。
この地区の防備を担当していたのは、シホールアンル軍第20軍に編入されていた第120軍団であり、戦慣れしていたこの部隊は、
戦闘中に鹵獲したアメリカ製兵器を有効活用して、第4軍の進撃を鈍らせた。
だが、ここでもやはり物量の差は顕著になり、コズグラド地方はじわじわと、アメリカ第4軍に占領されつつあった。
激戦は12月10日の午後3時まで続いた。
今から3時間前まで戦闘は続いていたのだが、それを境にシホールアンル軍は抵抗を止めた。
それと同時に、アメリカ側でも戦闘停止が命じられていた。
戦闘がいきなり止められた原因は、敵軍の軍使から届けられた一通の手紙にあった。

「今では、降伏勧告を素直に受けるどころか、自分から申し込んでくるまでになっている。やはり、人という物は、前例の有無で変わるものなのだな。」
「そうですな。今まで、この世界での戦闘では、降伏する事すら許されていませんでしたからな。だが、降伏を許す軍があれば、敵側も安心して
戦闘を終わらせられる。大統領の策は上手く行き始めていますな。」
「そのようだな。」
「唯一の心残りは、相手の主力に追いつかなかった点でしょうか。敵の主力部隊は、今夜半にはウェンステル領から撤退するようです。」
「俺も、敵さんの有力部隊を、みすみす逃がしてしまった事は少し後悔しているよ。兵器の優劣はあれど、地の利を生かした軍隊はどこでも強いな。」

ブローニング中将は、嘆息しながら呟く。
第4軍が相対した部隊は、敵の殿部隊である。本来なら、殿部隊というのは戦場での貧乏くじという意味合いが強い。
前進中の最前線部隊は、あらゆる支援を受けて、がむしゃらに前へ進んでいこうとする。
だが、後退中の殿部隊には、支援するものは無いに等しい。
それは即ち、兵の士気にも多大な影響を及ぼす事になる。
だが、敵第120軍団は、殿部隊にもかかわらず、常に士気旺盛であり、捕虜もまた毅然とした態度で米兵に接していた。
この精兵揃いの第120軍団に、第4軍は思わぬ苦戦を強いられていた。

「司令官。相手の指揮官が到着いたしました。」
「わかった。」

2人が話し合っている間に、相手側の指揮官が、会場となるこの宿屋に到着した。
やがて、ドアの前に立っていた歩兵が、廊下から歩いてくるシホールアンル軍指揮官に対して、直立不動の態勢で敬礼する。
相手もまた立ち止まって、答礼した。
ブローニング中将は、バイエルラインと共に立ち上がった。
開かれたドアから、敵の司令官が入ってきた。
ブローニング中将とバイエルランは敵将に敬礼をする。
敵将もまた、彼らに答礼する。敵将と思しき男は、意外と若かった。

「初めまして。私はアメリカ陸軍第4軍司令官である、ドニー・ブローニング中将です。こちらは参謀長のフリッツ・バイエルライン大佐です。」
「私はシホールアンル陸軍第120軍団を指揮します、ムエリク・ラブナック少将と申します。こちらは私の副官である、ラカード・トマモ中佐であります。」
「お目にかかれて光栄です。」

彼らは、互いに握手を交わした後、席に座った。

「単刀直入に申し上げます。我々第120軍団は、只今をもって貴軍に降伏いたします。ついては、今後、部下達に対して適正な処遇をお願いしたい。」

ラブナック少将は、ブローニング中将から視線を離す事無く、力のこもった口調で言った。

「わかりました。閣下の申されるとおり、我がアメリカ軍は、貴軍の将兵に対して公正なる処置を施します。今後、捕虜収容所に移送されるまでの間、
貴軍には武装の解除を行ってもらいます。」
「了解しました。」
「この他にも、何かご要望はおありでしょうか?」

ブローニング中将の問いに、ラブナック少将は少し考え込んだ。

「・・・・では、食料を少しばかり分けてもらえないでしょうか。我が軍の将兵は、1ヶ月前から充分に食事を取っていません。
そのため、部隊内では飢えに苦しむ将兵が少なからずおります。」
「いいでしょう。停戦開始後に、余剰の食料を我々がお届けします。」
「ありがとうございます。」

ラブナック少将は、痩せこけた頬をやや緩ませながら、ブローニングに頭を下げた。

「他に、何かご要望はありますか?」
「いえ。この他にはもうありません。」
「わかりました。」

ライバスツ中将は頷くと、側に置いていた書類に手を伸ばした。

「それでは、この書類にサインしていただきたい。」

彼は、丁寧な動作で、書類をラブナック少将に渡した。

「どこに名前を書けばよろしいでしょうか?」
「ここの欄に、閣下のお名前を記入してください。書く物をお渡しします。」
「いえ、それには及びません。」

ラブナック少将は、一瞬だけ凄みのある笑みを浮かべる。
その笑みはすぐに消え、懐から古ぼけたペンと、小さめのビンが取り出された。
ラブナック少将は、小さめのビンの蓋を開け、ペン先を入れる。
インクの付いたペンを取り出すと、降伏文書に自分の名前を書いた。

「これでよろしいですかな?」
「はい。」
「では、お返しいたします。」

ラブナック少将は、降伏文書をブローニング中将に返した。
ブローニング中将は、降伏文書の欄に自分の名前を書き入れた。

「あなた方の降伏は、正式に受け入れられました。貴軍の将兵は、只今を持って合衆国陸軍が管理下に置かれます。収容所の移送までは
まだ時間がありますが、それまでの間、何か不都合の事や、ご要望があれば何なりと申してください。」

「わかりました。貴軍の丁重な対応に深く感謝いたします。では、これで。」

ラブナック少将らは席から立ち上がると、ブローニングらに敬礼を行い、最後まで毅然たる態度を保ちながらこの儀式を終えた。

「ふぅ。やっと終わったな。」

ブローニング中将は、どこか安堵したような表情で、バイエルライン大佐に言った。
開始から終わりまで、僅か5分程度しか無かったが、ブローニングは20分以上の時間が流れたように感じていた。

「しかし、流石は強国の軍人ですな。身なりは少々良くありませんでしたが、最後まで堂々としていました。」
「ああ。最後まで誇りを捨てていなかったな。」

2人は、先ほどまで対面していた敵将に、どこか感嘆とした思いを抱いていた。

「とにかく、これで、南大陸の戦闘は終息に向かいますな。」
「その通りだな。」

バイエルライン大佐の言葉に、ブローニング中将は頷いた。
9月に行われた反攻作戦から、実に3ヶ月以上続いたこの一連の地上戦で、連合軍は少なからぬ損害を被っている。
アメリカ軍だけでも、戦死13560、負傷者52000、航空機の損失1512機という膨大な物となっている。
連合軍全体から見れば、戦死傷者数は18万以上にも及ぶ。
この数字は、シホールアンル軍がいかに侮れぬ敵であるかを物語っている。
その苦しい戦いが続いた南大陸戦も、ようやく終わりつつあるのだ。

「これで、南大陸の戦いはほぼ終わった。次の戦場は、北大陸だな。」
「北大陸・・・・・」

バイエルライン大佐は、口中で北大陸という言葉を反芻する。
北大陸。そこは、シホールアンルの内庭と言っても過言ではない地域だ。

「シホット共の抵抗は、この南大陸戦以上に激しいものとなるだろう。」
「確実にそうなるでしょう。北大陸には、シホールアンルの本土があります。彼らは全軍を挙げて、我々の進撃を食い止めようとする筈です。」
「そうだろうなぁ。本当なら、ここで一安心したいものだが、俺達はまだ、心の底から休めそうには無いな。」

ブローニング中将は、苦笑しながらバイエルライン大佐に言った。


1483年(1943年)12月10日 午後7時 ウェンステル領マルヒナス

シホールアンル陸軍第20軍司令官である、ムラウク・ライバスツ中将は、最後の撤収部隊が輸送船に乗船していくところを見つめていた。

「司令官、あと2時間で、残存部隊の収容は終わります。」
「うむ。」

副官の報告に、ライバスツ中将は小さい声で返事した。
視線を上空に向ける。
空には、マルヒナス運河中央港の周囲にある建物に配備された対空陣地から、白い光源魔法が絶えず照射され、いつ来るかも分からぬ連合軍の空襲に備えている。
空は、時折雲がかかっており、雲の切れ目からは星空が見える。

「連合軍の反撃が開始され、早3ヶ月以上経った。数ヶ月前、私は誇りあるシホールアンル陸軍が、今、このように撤退していく事を想像していなかった。
それから数ヶ月・・・・」

ライバスツ中将は、複雑な表情を浮かべる。

「我がシホールアンル軍は、南大陸から離れようとしている。幾万もの戦友の骸と、戦友を残して。」

9月1日から始まった連合軍の反攻作戦は、シホールアンル軍カレアント前線軍に経験したことの無い試練を与えた。
カレアント前線軍が、撤退作業に弾みがつき始める10月後半までに、犠牲になった将兵は相当数に及ぶ。
12月現在、この3ヶ月に及ぶ地上戦、空中戦、そして撤退戦で受けた被害は、戦死89500、捕虜101920、負傷者66200、
戦闘不能者10000、ワイバーン損失2192騎に及ぶ。

これだけの犠牲を払いながらも、前線軍の後方にいた予備軍や、ヴェリンス駐留軍はほとんど損害を受けぬまま、北大陸への撤収に成功している。
140万中、実質的な損害は約25万人であるから、シホールアンル軍はよく戦ったといえよう。
だが、損失人員の大半は、ループレング前線軍を構成していたあの4個軍であり、比較的マシと言えた第20軍でさえ、今では最盛期と比べて
3割の戦力に落ち込んでいた。
そして、彼は基幹戦力の1つである、第120軍団を時間稼ぎとして使ってしまった。
「後衛は我々にお任せ下さい。」
第120軍団司令官、ラブナック少将はそう言ったが、ライバスツは反対した。
だが、結局は彼の熱意に押され、第120軍団をウェンステル南部に配置した。その第120軍団は、敵軍との戦闘の末、降伏している。
(上層部には、25万程度の損害で、100万以上が救えたから安い買い物であると抜かす輩がいるようだ)
ふと、ライバスツ中将は、撤退中に聞いた噂話を思い出した。
その噂話は、司令部の幕僚から耳にしたものだが、首都の総司令部では、あれほど不利な状況にもかかわらず、100万以上の兵が北大陸に脱出した事は
大勝利に等しいと、一部の将官が声高に言ったようだ。

「大勝利だと?ふざけた事をぬかすものだな!!」

その時、ライバスツ中将は無責任な発言をする上層部を酷く呪った。
(いきなりの奇襲を受けつつも、配備されていた兵力の大半が北大陸へ脱出したのだ。確かに、撤収に関しては成功といえるだろう。だが・・・・)
ライバスツ中将は、望遠鏡で桟橋に乗り組む将兵を注視する。
その将兵の一団は負傷兵ばかりで、皆が大なり小なり傷付いていた。
五体満足じゃない将兵もちらほらと見かける。その数は、決して少なくない数では無い。
(上層部の連中は分かっているのだろうか。南大陸からの撤退。それは即ち、我がシホールアンル軍が本格的な地上戦で惨敗した事を物語っている。
その事を、上層部は本当に理解しているのだろうか。)
ライバスツ中将は、漠然とした不安を抱きながら、そう思う。
彼の不安は次々と沸き起こってくる。
上層部に対する不安は勿論、この戦闘を体験した将兵達の士気。
今後予想される、連合軍の北大陸作戦に対する備え、そして、未だに差が付けられている、彼我陸軍の装備。
ライバスツとしては、一番気になる問題が、陸上戦における装備の優劣である。
ここ数ヶ月で体験した連合軍との地上戦で、シホールアンル軍は装備の更新が満足に行われていたにも関わらず、アメリカ側の急速な進撃によって
次々と敗退していった。

この結果、陸軍の新しい顔役とも言える石甲師団も、アメリカ軍の機甲師団の前にはまだまだかなわぬ事が証明された。

「アメリカ軍戦車に打ち勝つには、新しい兵器を開発するか。または、敵に対応した新戦術を考えなければならない。」

前途は多難だなと、ライバスツ中将は言いながら、深いため息を吐いた。

最後の撤収部隊は、連合軍航空部隊の空襲を受ける事も無く、無事全員が輸送船に乗り込んだ。
ライバスツ中将ら、第20軍の司令部は、対空部隊が乗船した後に、名残惜しそうな足取りでゆっくりと、南大陸の土を踏みしめながら輸送船に乗り込んだ。
やがて、輸送船が中央港の桟橋から離れていく。
つい2時間前まで、上空を警戒していた対空用の光源魔法も消え、マルヒナス中央港は灯りひとつ無い暗闇に包まれていた。

「司令官、ようやく北大陸に帰れますね。」

名残惜しそうにマルヒナス中央港を見つめるライバスツに、後ろから聞き覚えのある声がかけられた。
振り返ると、そこには第32軍団長のパルメイカル少将が居た。
第20軍の中で、たった1人生き残った軍団長である。
第32軍団の元々の同僚部隊である第109軍団は、10月後半の空襲で軍団長及び師団長1人が戦死し、11月中盤には1個師団相当の兵力しか残していなかった。
後に加わった第120軍団は、今や囚われの身となっている。
第32軍団も手痛い損害を受けており、パルメイカルの指揮下にあった師団長2人が帰らぬ身となっている。

「パルメイカル君か。君もご苦労だった。」
「いえ、私のお陰ではありません。全ては前線の将兵のお陰ですよ。」
「確かにそうだな。しかし、あの戦闘で、我々は多くの物を失った。優秀な将兵。よく使い込まれた兵器。そして、領土・・・・・失うものが多すぎたよ。」
「おっしゃる通りです。ですが、我々が奮闘している間に、100万以上の友軍部隊が、北大陸に逃れられました。南大陸で受けてしまった犠牲は、
決して無駄ではなかったと思います。それに、敵も少なくない損害を受けているでしょう。我々は負けましたが、連合軍もまた、我々が侮れぬ敵であると
思い知ったに違いありません。」

パルメイカル少将は、穏やかな口調でライバスツ中将に語った。

「君の言う通りだ。」

ライバスツ中将は深く頷く。

「生き残った我々は、南大陸での経験を、北大陸の味方に伝える義務がある。戦争は、これからだ。我々は振り出しに戻っただけに過ぎない。」
「その通りです。遠くない時期に、連合軍が北大陸に攻め入ってくるでしょう。ですが、今度は奴らが屈辱を味わう番です。」
「ああ。」

ライバスツ中将は、わが意を得たとばかりに深く頷いた。
彼は、顔を再び後ろに向けた。
マルヒナス中央港・・・・今先ほどまで立っていた南大陸は、徐々に遠ざかりつつある。
もはや、向こう側の大地を踏み締める事は無いだろう。

「さらばだ、南大陸。」

ライバスツ中将は、もう1つの大陸に向けて、決別の言葉を送った。
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