自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

136 第101話 怪鳥蹂躙

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第101話 怪鳥蹂躙

1484年(1944年)1月7日 午前7時 バルランド王国ヴィルフレイング

「第1任務群、出港しまーす!」

第5艦隊旗艦である重巡洋艦インディアナポリスの艦橋に、見張りの報告が響いて来る。
インディアナポリスの艦橋にいるヴェルプ・カーリアンは、同僚のリエル・フィーミルと共に、ヴィルフレイングから出港していく艦艇群に見入っていた。
第1任務群のメインともいえるヨークタウン3姉妹が、一定の距離を置いて1隻ずつ出港していく。
1番艦ヨークタウン、2番艦エンタープライズ、3番艦ホーネットは、開戦以来、数々の戦場で活躍して来た武勲艦である。
この3隻は、12月に入ってからはオーバーホールの為、西海岸の工廠に戻っていたが、1月3日に、3隻揃ってヴィルフレイングに戻って来た。
歴戦の3隻の後に、小振りな軽空母フェイトが付き従っていく。
一見、頼りなさそうに見えるフェイトであるが、それでも、歴戦の先輩空母群に恥を見せまいという気概を感じさせる。
3隻の正規空母、1隻の軽空母が出港した後には、護衛の巡洋艦、駆逐艦が次々と出港していった。

「サウスダコタ、出港します!」
「ヴィンセンス、出港します!」

いよいよ、インディアナポリスが所属する第2任務群も出港を開始した。
まず、前衛の駆逐艦数隻が出港した後、巡洋艦と戦艦が後に続いていく。
インディアナポリスの右舷200メートルを、1隻の巨艦がゆっくりと進んでいく。

「エセックス、出港開始しました!」
「ボノム・リシャール。出港開始します!」
「ランドルフ、出港開始します!」

TG58.2の主力である3隻のエセックス級空母が、27000トンの巨体を動かし始めた。
それからしばらくして、軽空母インディペンデンスとラングレーⅡが続く。

「久しぶりの総力出動だな。」

参謀長のカール・ムーア大佐は、半ば誇らしげな口調で言った。

「確かに。出撃するのはヴィルフレイングの第58任務部隊のみならず、エスピリットゥ・サントの第57任務部隊もですからね。」

リエルがムーアに相槌を打った。

「ああ。第5艦隊所属の5個空母任務群が、北大陸侵攻作戦の準備攻撃にために一斉に出撃するからな。」

ムーア大佐がそう言っている間、ヴェルプは長官席に座っている男。
第5艦隊司令長官であるレイモンド・スプルーアンス中将を見つめた。
スプルーアンスは今、長官席に座って本を読んでいた。

「スプルーアンス提督、何を読んでいるんですか?」

ヴェルプの質問に、スプルーアンスは顔を上げた。

「これかね?これは孫子の兵法という兵法書だよ。前から一度見ておきたかったのでな。」
「兵法書ですか・・・・・読んでみてどう思います?」
「なかなかためになる事が書いてあるよ。中国4千年の歴史は偉大な物だ。」

スプルーアンスはそう感想を漏らしながらも、本を読み続けた。
スプルーアンスの第5艦隊は、近々発動される「ウォッチタワー作戦」を支援するために、全機動部隊を挙げて出撃を開始した。
機動部隊の目標は、北ウェンステル領並びにジャスオ、レイキに存在するシホールアンル側の沿岸基地、航空基地を叩く事である。
この第5艦隊の攻撃によって、北大陸侵攻作戦は本格的に発動される。
しかし、北大陸侵攻作戦の一番槍は、スプルーアンスの第5艦隊ではなかった。

「我々が目標に辿り着く間、陸軍が最初の攻撃隊を飛ばしているだろう。それも、強力な奴をな。」
「以前、長官がおっしゃった、あの大型飛空挺の事ですか。」
「そうだ。」

スプルーアンスは頷いた。

「シホールアンル帝国上層部は、今日から安眠する事ができなくなるかもな。」


1484年(1944年)1月7日 午前10時10分 ミスリアル王国フラナ・リレナ

フラナ・リレナの町に、爆音が響いていた。
町の住民達は、職場や家で、ルイシ・リアン飛行場から飛び立つそれを見ていた。
フェンスに囲まれた飛行場から、白銀の大型機が力強く飛び立っていく。
その大型機から発せられる轟音は、いつになく大きい。

「姉ちゃん!見て見て!スーパーフォートレスが飛んで行くよ!」

昨日、B-29が着陸する所を見ていた少年の弟が、いつも以上に興奮しながら家の窓から離陸していくB-29に見入っていた。

「本当に、アメリカってすげえなぁ。あんな凄い飛空挺をボンボン作りやがるんだから。」
「全く、お前はアメリカ軍の飛空挺が好きだなあ。」

弟の兄である少年が、眠たそうな表情を浮かべて言って来た。
昨日、猟に行っていた彼は疲れて眠っていたのだが、B-29の発進によって眠りを妨げられた。
ちなみに昨日の猟の成果だが、戦果はゼロであった。

「そりゃあそうだよ!なんと言っても、あの突起の少ない銀色の、頼りがいのある巨大な機体!スーパーフォートレスは
僕の一番好きな飛空挺さ!」
「お前、いつの間に名前を覚えたんだ?」
「知り合いの人からちょっと教えてもらったんだ。まあ聞けたのは名前のみだけど。」
「つーか、前はフライングフォートレスが1番好きとか言ってたじゃねえか。」
「なあに、ちょっとした心変わりだよ♪」

弟は早くも、あの大型飛空挺に趣旨換えをしたようだ。

「・・・・まあ、どうでもいいけどな。」

少年はそう言って、再びベッドの横になって眠ろうとした。だが、B-29が全機離陸し終えるまで、彼は全く寝付けなかった。

午前11時 ヴェリンス共和国北部上空

第693爆撃航空群所属の48機のB-29は、コンバットボックスを組みながら、高度8000メートル上空を飛行していた。
B-29の周囲には、第132、第133戦闘航空群から出撃した、60機のP-51がジグザグ運動を行いながら飛行している。
戦闘機の巡航速度と、爆撃機の巡航速度が違うために、足の速い戦闘機はこうして、爆撃隊と歩調を合わせている。
第533飛行隊隊長を務めるダン・ブロンクス少佐は、上空でジグザグ運動をするP-51を見つめていた。

「まるで、青い画用紙に白いクレヨンで落書きしているみたいだな。」

ブロンクス少佐はそう呟いた。ジグザグ運動をするP-51の後ろからは、白い飛行機雲が引いている。
天気は晴れており、上空には真っ青な空が広がっている。それが丁度、白いクレヨンで落書きされる色付き画用紙を思い起こした。

「あれだけなら、青い画用紙は一部分を白くされたに過ぎませんが、落書きしているのはウチらも同じですからね。」

コ・パイのブライアン中尉が微笑みながら、周りの僚機を見渡す。

「ああ。この状態じゃ、青い画用紙はたちどころに真っ白になっちまうな。」

ブロンクス少佐は思わずぐすっと笑った。
飛行機雲を出しているのはP-51のみではない。ブロンクス機を含むB-29の面々も、真っ白な飛行機雲を出していた。

「機長、現在ヴェリンス領パミラル上空を通過中です。」

航法士が途中経過を知らせてきた。

「了解。」

「パミラル上空といいますと、間も無くレンク公国の上空ですな。」
「その先はウェンステルだ。現在の速力だと、あと1時間とちょっとで目標上空だな。まっ、心配することはない。気楽に構えようぜ。」

ブロンクス少佐は、安心させるような口調でブライアン中尉に言う。

「ええ。わかっていますよ。」

ブライアン中尉は微笑みながら返した。とは言え、今日はB-29に乗っての初めての爆撃行だ。
表面では平気そうだが、内心は緊張感が拭い切れなかった。


この日、北ウェンステル領南部に展開しているシホールアンル軍が、北上中のアメリカ軍爆撃機部隊を発見したのは、午前11時40分頃であった。

「緊急警報!緊急警報!アメリカ軍爆撃機部隊がウェンステル上空に進入中!航空部隊は直ちに迎撃に当たれ!」

この報告が届けられた1分後には、担当の空中騎士軍司令部に魔法通信が届けられた。
まず、最初に飛び立ったのは、歴戦のワイバーン乗りで固められた第16空中騎士隊のワイバーン48騎であった。
ヌバレク・ラジェング少佐は、部下のワイバーンを率いながら猛スピードで高度を上げつつあった。
雲の切れ間に、白い飛行機雲を引くアメリカ軍爆撃機部隊が見えた。

「見つけたぞ、アメリカ軍機だ!」

ラジェング少佐は魔法通信で部下に伝えた。
彼の率いるワイバーン隊は、ヴェリンス領撤退時までアメリカ第5航空軍と戦って来た。
ラジェング少佐自信、連合軍の反攻開始から撤退までに、4機のリベレーターと1機のフライングフォートレス、それに3機のサンダーボルトを撃墜していた。
残りの部下達も、最低で3機のアメリカ軍機を撃墜している者ばかりである。
アメリカ軍に南大陸から叩き出された時から、ラジェング少佐は復讐の機会を狙っていた。
その機会は、今、彼の元に転がり込んできた。

「我らの庭に入り込んできたが最後だ。奴らを1機たりとも逃すな!」
「「了解!」」

部下達の威勢の良い返事が返って来た。
(士気は旺盛だな。)
ラジェング少佐は満足しながらも、相棒にもっと高度を稼ぐように指示する。
報告によれば、敵爆撃機編隊は、高度3500グレル(7000メートル)を飛行中とあった。

「今乗っているワイバーンなら、奴らの飛んでいる高度に辿り着ける。」

ラジェング少佐は、自信ありげな笑みを浮かべた。
彼の乗っているワイバーンは、去年の末に配備された83年型汎用ワイバーンである。
汎用ワイバーンとは、シホールアンルが新たに開発した万能ワイバーンであり、爆弾を積めば攻撃ワイバーンとして使え、
爆弾未搭載なら戦闘ワイバーンとしても使える。
特筆すべきは上昇限度が上がった事であり、最大で4120グレル(8240メートル)まで上昇が可能だ。
敵の飛行高度が3500グレルなら、充分に戦闘可能である。

「他の空中騎士隊のワイバーンも間も無く来る。もう、貴様らを逃しはせんぞ!」

ラジェング少佐は、目の前の飛行機雲に向けて、獰猛な笑み浮かべた。
しかし、彼の自信は、やがて覆された。
高度が2500、3000と上がっていく。だが、

「おかしい・・・・高度差がなかなか縮まらない。」

彼は疑問に思っていた。高度3500グレルにいたはずの敵は、相変わらず飛行機雲を出しながら飛行している。
その周囲には、小さな影がいくつもいる。恐らく、護衛の戦闘飛空挺であろう。
だが、敵爆撃機編隊とは一向に距離が縮まらない。そして、本来ならば射程距離内であるはずの敵の機銃も火を噴かない。
何よりも、敵のスピードは“昔のワイバーン並み”に早い。

「どういう事だ!?」

思わず、彼は喚いた。ラジェング少佐は動揺しつつも、相棒に高度を上げさせる。
だが・・・・

「何故だ・・・・・何故届かない!?」

ラジェング少佐は喘ぎながらも、目の前の爆撃機群に向けて叫んだ。
既に高度は4000グレル。相棒のワイバーンは既に息も絶え絶えだ。彼もまた、酸素の少ない高度では息苦しさを感じている。
魔法のお陰で、高高度でも低地と変わらないような息遣いは出来るようにされているが、流石に高度4000グレル以上ともなると、
魔法の助けを得ても息はきつい。
そんな苦労をしながら登ったワイバーン隊を嘲笑うかのように、アメリカ軍機の編隊は悠々と彼らの頭上を通り過ぎていく。

「隊長!相棒がかなり苦しんでいます。これ以上は限界です!」

部下から報告が入った。もはやこの高度では、ワイバーンをあたらに負担させるだけだ。

「く・・・・・仕方ない。高度を下げるぞ!」

ラジェング少佐は仕方なく、高度を下げる事にした。
高度が下がるのは早かった。あっという間に3000グレルまで降下した。
3000グレルでワイバーンを安定させて3分ほどしてから、彼は爆撃機編隊に顔を向けた。
上空の飛行機雲は、今や北の向こう側に消えつつある。

「奴らは一体・・・・どれぐらいの高度で飛んでいたんだ?」


「敵ワイバーン編隊、視界から消えました。」

胴体下部機銃員がブロンクス少佐に報告して来た。

「OK。流石のワイバーンも、この高度には上がり切れなかったか。」

ブロンクス少佐は無表情でそう言った。
現在、108機の戦爆連合編隊は、高度1万メートルを時速280マイルで飛行している。
それに対して、上がって来たワイバーン群はおよそ100騎以上を数えたが、高度8000メートルまで登った所で息切れを起こしていた。
その後、ワイバーン群は力尽きたように高度を下げていった。
生物兵器であるワイバーンが、機械であるB-29に戦わずして屈した瞬間であった。

「まずは、第1関門はクリア・・・・か。後は、ルベンゲーブの近くに配備されている、飛空挺とやらか。」

ブロンクス少佐は、飛空挺の存在を思い出していた。
9月に行われた11月攻勢作戦(ノーベンバーアタック)では、第3、第5航空軍のB-17、B-24も実戦に参加している。
その中で、高度8000を飛行中のB-17、B-24が、突然上空から襲われたと言う報告が何件か入っていた。
アメリカ側は、一連の報告からして6月末のルベンゲーブ爆撃で登場した、シホールアンル側の飛空挺の仕業であると断定している。
(高度8000のB-17やB-24を上から襲ったとなると、飛空挺とやらは少なく見積もっても高度9000まで上昇できる
と言う事になる。その飛空挺は、ルベンゲーブ付近の飛行場に配備されていると聞いている。だとすると、俺達もそいつらと戦う
事になるかもしれないな)
ブロンクス少佐は確信していた。
いくら戦略価値が薄くなったとは言え、ルベンゲーブ精錬工場が重要施設である事には変わりが無い。
その重要施設を守るのならば、シホールアンル側が高性能の飛空挺を投入する事は想像できる。
ブロンクス少佐はふと、上空でジグザグ運動をするP-51に目を向けた。
敵の飛空挺が襲って来るとしたら、まずP-51が最初に戦うであろう。

「頼んだぜ、リトルフレンド。敵をなるべく減らしてくれよ。」

彼は、P-51に乗るあるパイロットを思い出しながら、心から願っていた。
不意に、B-29の真下で高射砲弾が炸裂した。
炸裂高度は8000~8500メートルである。
炸裂煙は、最初は10ほどであったが、急速に数を増していく。

しかし、炸裂煙が高度8500付近から上に行く事は全く無かった。


1484年(1944年)1月7日 午前11時55分 ルベンゲーブ

「何ぃ?高射砲弾も届かないだとぉ!?」

ルベンゲーブの郊外にあるルベンゲーブ防空軍団の司令部で、司令官のデムラ・ラルムガブト中将は、まさに仰天してしまった。

「この魔法通信は本当に当たっているんだろうな?」
「間違いありません。正確な情報です。」

ラルムガブト中将は、突然の異常事態に、半ば混乱しかけていた。

「ワイバーンも駄目、高射砲も駄目か。敵はどのぐらいの高度まで上がっているのだ・・・」
「もしかして、敵編隊は5000グレルまで上昇しているのではありませんか?」

主任参謀の声に、幕僚達がざわめいた。
5000グレル・・・・・それは、少し前までは未知の世界であった。
ワイバーンでは、どんなに頑張っても4000グレルまでしか上がれなかった。
5000グレルは雲の上、飛空挺ケルフェラクが搭乗するまでは事実上、天に等しい空間であった。

「5000グレル・・・・・」
「そうだった場合、これまでの情報は全て納得がいきます。」
「うむ、確かに。だとすると、アメリカ軍機は5000グレルの高みを飛行できる爆撃機を投入した事になるな。」

彼はそう言いながらも、内心ではなんという事かと思っていた。
今日現れた未知の新鋭爆撃機対抗できる物と言えば、飛空挺のケルフェラクしかいない。
ケルフェラクは、実戦でも5000グレル以上の高度に上がっている。
現在、ルベンゲーブ近辺の飛行場には、第1戦闘飛行隊と第2戦闘飛行隊の戦闘型ケルフェラク80機が配備されている。
対抗手段は、この80機のケルフェラク以外に無い。

「ケルフェラク隊は今、どうなっている?」
「既に発進準備を終え、いつでも出撃が可能です。」
「ケルフェラク隊に伝えろ。敵は新型爆撃機を多数伴っている。よく注意して戦闘を行え、と。」

「最初見た時、あれはまさに化け物でしたよ。え?どうして化け物だって?あなたは実際にB-29と戦った事が無いから
わからんでしょうが、自分らにとってあれはあらゆる意味で化け物でした。何せ、高度5000グレル・・・・あなた方の
基準で言えば、高度1万メートルの高みを悠々と飛ぶんですよ。それも大小100以上の大編隊が。自分はその時、第2戦闘
隊の中隊長機として戦闘に参加していましたが、他の隊はほとんどがマスタングとの戦闘に忙殺されていましたよ。唯一、
自分の第2中隊と、第3中隊の半分がB-29に接近したんです。もう、近場から見ると圧倒されましたな。何せ、今まで
見て来たB-17やB-24が、まるで双発機程度みたいに思えるほど大きかったんですよ。よくぞこんな化け物を作ったな
と思いましたよ。それだけでも驚きですが、本番はそれからでしたよ。B-29は、自分らが近付いた途端に猛烈な防御放火を
浴びせてきました。その当時、アメリカ軍の爆撃機部隊が組んでいたコンバットボックスには、ウチの戦闘隊も大分手を焼いて
いました。なにせ、2回の出撃で、最低でも必ず1機はアメリカ軍爆撃機の機銃にやられましたよ。私らとしては、B-17や
B-24でその威力を散々味合わせられましたから、味わった分度胸は付いていました。しかしね、B-29の放った対空砲火
は自分らが味わった物と比べると、もうお手上げだ、と言いたくなるほど強烈な物でしたね。戦後、航空雑誌で読んだんですが、
B-29には火器管制装置が付いていて、複数で連携できたようですね。それを読んだ時には、自分もたまらんなと思いましたよ。
何せ、隙がなかなか無いんですよ。下から潜っても、上から小突いても、正面から殴り込んでも、横から切り込んでも、向って
来るのは銃弾の嵐。これじゃあ、いくら頑丈なケルフェラクでも持ちませんでしたよ。おまけに、やっと光弾を叩き込んで
落としたかな?と思うと、当のB-29はまるでノーダメージだと言わんばかりに悠然と飛行しているじゃないですか。
帰還後はもう、相当落ち込みましたよ。あんな化け物に勝てるかって何度思った事か。まあ、流石のB-29とはいえ、必ずしも
落ちない事は無いと後々証明されましたが、その日はもう、とんでもない怪鳥が戦場に現れたなぁって思いましたね。」

ヒストリーチャンネル ケルフェラク乗り達の記憶より

午前12時20分 ルベンゲーブ南東30ゼルド上空

「隊長!左前方に敵編隊です!」

第2戦闘隊第2中隊第3小隊長であるラマール・ルデイノ中尉は、中隊長機に報告を送った。

「見えたぞ。こりゃあ大分いやがるな。」

第2中隊長機はおどけながらも、やや震えた口調で言った。

「全機に告ぐ。只今より攻撃を開始する。敵戦闘機は第1戦闘隊が引き受ける。第2戦闘隊は敵の爆撃機を狙え!」

第1戦闘隊の指揮官機であるジャルビ少佐が、全隊に向けて命令を発した。
全機が了解!と、威勢の良い声音で返事した。
現在、高度は5500グレル(11000メートル)。敵のやや上方に占位している形だ。
一方の敵編隊は、大きな機影の側に付き従っていた小さい影が、一箇所に集まりつつある。
恐らく護衛戦闘機であろう。

「全機突撃せよ!」

ジャルビ少佐の命令と共に、80機のケルフェラクは一斉に増速した。
量産型ケルフェラクは、高度5500グレルでは290レリンク(580キロ)の速力が出せる。
ほぼ全機が、出し得る速力を持って敵編隊に突っ掛かっていく。
先行していた第1戦闘隊に、集結したマスタングの群れが飛び掛った。
第1戦闘隊とマスタング群は、最初の正面攻撃を終えた後に、格闘戦に入った。

「右前方に別のマスタング!突っ込んで来るぞ!」

中隊長機の緊迫した声が、魔法通信機から流れて来る。

「第2中隊と第3中隊の半分はそのまま爆撃機に攻撃を仕掛けろ!残りは第1中隊に続け!」

第1中隊長機の命令が下るや、半数以上のケルフェラクが離れ、マスタングに向って行く。

「全員聞こえたな?俺達は爆撃機を攻撃する。第1小隊と第2小隊は正面から、第3小隊と第4小隊はそれぞれ左右から
突っ込め!第3中隊機は敵の正面上方から突っ込め!」
「了解!第2小隊は俺に続け!」

ルデイノ中尉は、3機の部下を率いて敵爆撃編隊の右側方に回り込んだ。

「しかし・・・・・こいつはまたでかいな。」

ルデイノ中尉は、愛機を敵編隊の右側方に回り込ませながら、初めて目にする白銀の爆撃機に見入った。
とにもかくも、大きさがある。
今まで見て来たフライングフォートレスやリベレーターより一回り、いや、下手したら二回り以上あるかもしれない。
やがて、ルデイノの率いる第2小隊は敵爆撃編隊の右側方に回り込んだ。
敵機は数機ごとの編隊を組んで上下に分かれている。南大陸戦線で何度も見かけたコンバットボックスと言われる隊形だ。
ルデイノは、その外輪にいる4機編隊の爆撃機に襲い掛かった。
照準機に、すらりと伸びた新鋭爆撃機が重なる。敵爆撃機は、エンジンの後ろから白い飛行機雲を出している。
スピードはかなり出ているようだ。恐らく250レリンクはあるだろうか。
(爆撃機のくせに、一昔前の主力ワイバーン並みの速さが出せるのか。こいつはとんだ曲者かも知れねえ)
彼がそう思った時には、距離は400グレルに縮まった。そろそろ射撃開始だ、と呟いた時、新鋭爆撃機は反撃して来た。

「うぉ、これは!?」

ルデイノ中尉は思わず驚きの声を上げた。
目の前の新鋭爆撃機は、向けられるだけの機銃を撃って来た。
この爆撃機とは、別の編隊にいる爆撃機も援護の銃火を浴びせて来る。
これだけならば、まだ見慣れた光景だから驚く事は無い。

問題は、その正確さであった。アメリカ軍機の撃って来る銃弾は、ほとんどが機体の至近をかすめていた。

「ああ!2番機がやられた!」

突然の凶報に、ルデイノ中尉ははっとなった。この時、2番機は正面から別のB-29の銃火を浴びていた。
今までに見たことの無い正確な銃撃と、その弾幕に頑丈なケルフェラクが瞬時に蜂の巣にされ、そして空中分解した。

「くそ!負けるかあ!!」

ルデイノ中尉はそう喚きながら、機体をひらり、ひらりと動かす。
急な機動に、注がれて来る機銃弾は機体の右や、左に逸れていく。だが、時折ガツン!ガツン!と機銃弾が機体に命中する。
距離が200グレルに迫ったところで、新型爆撃機の胴体後部めがけて光弾を叩き付けた。
カラフルな色の光弾が、4本の線となって新型爆撃機の胴体後部に注がれ、命中した。
白銀の機体から白煙が上がり、破片が飛び散った。最低でも10発以上は命中している。

「ようし!」

手応えありと感じたルデイノ中尉は、そのまま下降に移った。
アメリカ軍機の編隊に突っ込めば、たちまち集中攻撃を受けて撃墜される。
そうならぬ為には、編隊の中に突っ込まず、すぐに下降するか、側方に逃げて敵編隊の中に入らないようにする。

「くそ、やられた!」

4番機の搭乗員が、悲痛そうな声を上げる。
ルデイノ中尉は背後を振り返った。巨大な爆撃機が、突進するケルフェラクに向けて弾幕を張り巡らせている。
爆撃機の後方に離れていく2機の機影のうち、1機が白煙を吐いている。

「4番機、大丈夫か!?」
「はい。自分の体は大丈夫です。しかし、機体の方はかなり危ないです。」

「4番機、すぐに基地へ戻れ。機体が持たないのなら無理せずに脱出しろ。」
「了解!」

彼は僚機に指示した後、先ほど攻撃した新型爆撃機に視線を送った。
先の爆撃機には、少なくとも3機のケルフェラクが光弾を浴びせたはずだ。ルデイノ中尉自身もあの機体に何発も当てている。
フライングフォートレスやリベレーターなら、落ちはしないでも何らかのダメージを受けた傾向が見られた。
しかし、

「・・・・なんて奴だ!」

ルデイノ中尉は愕然となった。少なく見積もっても、あの爆撃機には20発の光弾が命中しているだろう。
それなのに、爆撃機は先と変わらない姿勢で編隊飛行を続けている。
まるで、先の攻撃が無かったかのような光景だ。
不意に、先頭の爆撃機編隊のほうから何かが落ちていく。爆撃機は4機編隊を保っている。
落ちていく影は、いつも見慣れたケルフェラクだった。
また1機、小さな影が弾幕に捉えられ、力尽きていく。新型爆撃機の防御放火は統制が取れている。
数機分の機銃が同一方向に向けられ、味方のケルフェラク隊は否応無しに弾幕に飛び込んでいく。
あまり命中精度の良くないと言われている機銃弾幕も、この新型爆撃機に限っては例外であった。
正確に、そして、濃密に張り巡らされた弾幕に、ケルフェラク隊は苦戦を強いられていた。

「アメリカは、とんでもない奴を投入して来やがった!」

ルデイノ中尉は、思わず喚いていた。

「ニック!2時の方向に敵機!」

ブロンクス機の胴体上方機銃座を操るニック・ランズダウン軍曹は、機長の指示を聞くや、照準レティクルを2時方向に向ける。
B-29の機銃は、従来の爆撃機の機銃と違って遠隔操作で機銃を操れる。
ランズダウン軍曹の仕事は、両手で操作する照準レティクルに敵迎撃機、またはワイバーンを合わせて発射ボタンを押すだけで良い。

その動かしやすさは従来の旋回機銃と比べてかなり改善されており、機銃員達はあまり体に負担がかからぬ状態で機銃を撃てた。

「距離700ってとこか。」

ランズダウン軍曹は敵の戦闘機をレティクルに捉える。が、敵機は盛んに機体を左右に捻り、機銃の射撃をやりにくくさせる。

「チッ!ワイバーンでも戦闘機でも、シホット共はちょこまかと動かすのが好きだな!」

ランズダウン軍曹はレティクルをずらしながら機銃を撃った。
ドドドドド!という音を立てて、4丁の12.7ミリ機銃が唸る。
曳光弾が鞭のようにしなり、避ける敵機を絡めようとした。
やがて、機銃弾が敵戦闘機の右主翼に突き刺さる。火花が散り、ついでに破片が吹き飛ぶ。
追加の機銃弾が頑丈な主翼の装甲を次々と毟り取り、やがては叩き折った。
右主翼を半ばから折られた敵機は、悲鳴じみた音を発しながら真っ逆さまに落ちていく。
ランズダウン軍曹は、すぐ後ろに付いていた2番機に照準を合わす。
彼が機銃を発射したと同時に、敵機も両翼から光弾を放った。
カラフルな光弾が胴体中央部に命中した。カンカンカン!という音が鳴って、機体が振動する。
一方、敵機も胴体と左主翼に命中弾を受ける。しかし、致命弾を受けなかったのだろう、そのまま猛速で、機体の下方に飛び去る。
胴体下方機銃が追いかけ射撃をするが、当たらなかった。

「ニック!大丈夫か!?」
「大丈夫です、機長。敵の光弾は胴体中央部に命中しました。被害は・・・・意外と軽めです。」
「そうか、わかった。」

ランズダウンの安否を確認できたブロンクス少佐は、安堵の表情を見せた。

「それにしても・・・・10発かそれ以上はぶち込まれたはずだが・・・・・」

彼は、ふと被弾箇所を見てみた。
被弾箇所は、白銀の表面がずたずたになり、所々が剥離しているが、それは表面だけであり、傷自体は大した物ではない。

恐らく、装甲板が敵の光弾を表面で食い止めたのであろう。
彼は、周りに視線を向ける。編隊の各所では、敵戦闘機が盛んに襲撃して来ている。
シホールアンル軍機は勇敢であり、中には下から光弾を打ち込んで来る機もある。
だが、コンバットボックスを組んだ上で行われる統制射撃は、シホールアンル軍機の攻撃を不自由な物にさせていた。
不意に編隊の中に入って来たシホールアンル機がいる。その刹那、数機のB-29からまともに機銃弾を浴びる。
たちまち、全身を蜂の巣にされた敵機は、空中分解を起こしてバラバラになった。
頑丈で名を馳せたシホールアンル飛空挺といえど、12.7ミリ弾の集中射撃を受ければ脆い。
無残な最期を迎えたシホールアンル機の残骸は、多数の塵となって成層圏に撒き散らされた。

「流石は超空の要塞。シホット共の戦闘機なんざ目じゃないぜ。」

ランズダウン軍曹は誇らしげな表情でそう呟いた。
敵戦闘機の襲撃は、短時間で終わった。

「敵戦闘機、引き返します。」

ランズダウン軍曹は、やや前方で行われていた空中戦が終わった事をブロンクス少佐に伝える。
マスタング隊は、敵戦闘機隊とかなりの激戦を繰り広げていたのであろう。
定位置に戻って来るマスタングの数は、交戦前と比べて少なくなっている。

「少なくとも、5、6機は落とされたな。」

ブロンクス少佐は、定位置に付いたマスタング隊を見てそう呟いた。その中に、1機のマスタングを見つけた。
そのマスタングはブロンクス機の左横にお、胴体後部に黄色い文字で14という番号が描かれている。
機体には被弾した後が見受けられるが、機体自体の損傷は少ないようだ。
その時、ブロンクス少佐はパイロットと目が合った。

「マルセイユか。生き残ったな。」

ブロンクス少佐は、幾度目かの生還を果たしたマルセイユに向けて、敬礼を送った。

「機長、IPまであと10分です。」

航法士が目標までの距離を調べて、報告を送って来る。
今の所、48機のB-29は、1機も脱落する事無く付いて来ている。

「この調子なら、全機が無事に投弾できるかもな。」

ブロンクス少佐は呟いた。
やがて、ルベンゲーブの町が見えて来た。

「機長、見えました!ルベンゲーブです!」

爆撃手が興奮した口調でブロンクスに言って来た。

「こちらアイガイオン。目標地点に到達した。各機は飛行隊長に従い、割り当てられた目標へ向え。以上。」

飛行長の乗るB-29から、各飛行隊に向けて指示が飛んだ。

「こちらビッグガンリーダー、了解!」

指示を受け取ったブロンクスは、愛機を爆撃目標である、ルベンゲーブ北西地区にある魔法石精錬工場に向けた。
この時になって、シホールアンル側が高射砲を撃ち上げて来た。
機体の下方で、高射砲弾が次々と炸裂する。
しかし、高射砲弾は、B-29の飛行高度である1万メートルに全く達しない。
ただ、真下で黒い花火が盛んに咲いているだけである。

「これより爆撃針路に入る。今回は俺達が先導役だ。爆撃手、頼むぞ!」
「了解!任せてください!」

爆撃手のジミー・フランドル曹長は、陽気な声で答えたが、内心ではやや緊張していた。

(俺がヘマをしたら、ウチの飛行隊が積んできた84トンの爆弾が全部ムダになっちまう。ここは腕の見せ所だぜ)
彼は自分自身を鼓舞しながら、爆撃照準機を覗いた。
ノルデン照準機から見えるルベンゲーブは、まるで模型のようだった。
視界のやや上に、規則的なのか、不規則的なのか分からない並び方をした箱のような区画がある。
箱は7つある。第533飛行隊の目標は、一番右上にある区画だ。

「機長、ずれています。左に少しずらして下さい。」
「了解。」
「OK・・・・・行き過ぎです、今度は右にちょいお願いします。」
「わかった。」

爆撃手と、操縦士のやり取りがしばらく続く。
いくら優秀なノルデン照準機と言えども、機体が爆撃針路である軸線に乗らねば、効果は発揮しない。
そのため、照準機と連動する前は、このようにして機体の向きを微調整しなければならない。

「もうちょい・・・・もうちょい・・・・・OK!乗りました!」
「ようし。」
「今から繋げます。」
「分かった。頼んだぞ。」

ブロンクス少佐がそう言った直後に、機体の操縦系統はノルデン照準機と連動した。

「IPまであと3分、もう少しです。」

それから機内では、会話が途絶えた。
聞こえるのは、4基のエンジンが唸らす轟音と、下から微かに聞こえて来る高射砲の炸裂音のみだ。

「IPまであと2分です。」
「爆弾倉開け!」

ブロンクス少佐の指示に従い、開閉スイッチが入れられる。B-29の胴体下部から、2つの爆弾倉が開かれていく。

内部に搭載されている500ポンド爆弾が、高度1万メートルの冷気に晒される。

「IPまであと1分!」

目標地点は、既にB-29の機首の下に隠れつつあった。照準機の向こう側に見えるルベンゲーブ精錬工場の詳細は分からない。
(下界の人達は、これから恐ろしい事を体験する事になる。例え、市街地を狙わない純粋な戦略爆撃とは言え、占領する側、占領される側
関係なく、無数に落下する爆弾の雨の前に、恐怖する事になるだろう)
フランドル曹長は、神妙な気持ちでそう思った。
その時、ブロンクス機はIPに到達した。

「IPに到達、爆弾投下!」

2秒後、2つの爆弾倉から500ボンド爆弾が落下し始めた。
ブロンクス機が爆弾を落としていく様子を見て、中隊の全機が投下を開始する。
B-29の腹から、サーッと500ポンド爆弾が、最初束状みたいになって落ちていく。
投下し始めてから数秒ほどで、爆弾は整然としていた列を崩し、バラけながらも目標目指して落下していった。
そのまま、10秒ほど時間が過ぎた。
目標とした工場群に、爆弾命中の閃光が光り、その直後に黒煙が吹き上がるのが見えた。


午後0時32分。ルベンゲーブ精錬工場は、突如現れた未知の爆撃機によって、爆弾の雨を浴びせられた。
爆弾は、作業員が避難し終えた直後に降って来た。
500ポンド爆弾の炸裂は、大地を間断無く揺さぶった。
空襲を予期されて、頑丈に作り直された魔法石品質慣性室の屋根に、1発の爆弾が突き刺さる。
暖降下爆撃なら、150リギル爆弾でも耐えられるはずであった屋根であったが、落ちてきたのは“高度1万メートルから落下した”
500ポンド爆弾であった。
貫通力が桁外れに高められていた500ポンド爆弾は、屋根を貫通して最上階で炸裂した。爆発エネルギーは3階の床を串刺しにし、
2階の品質慣性室にまで及んだ。
500ポンド爆弾の炸裂によって、3階、2階に纏めて置かれていた魔法石は、多くが叩き割られ、良くてもひびだらけにされた。
1発で悲惨な状況となった品質慣性室に、新たな500ポンド爆弾が追い討ちとばかりに命中し、被害を拡大させた。

加工室に命中した500ポンド爆弾は、製造途中の魔法石を加工器具事叩き壊し、粉砕する。
別の1発は、工場の要所で、B-29を撃っていた高射砲に直撃し、勇敢な砲員たちを鉄の破片交じりのミンチに変えた。
多数の500ポンド爆弾が、魔法石精錬工場内に落下していく。
工場内の重要区画内が、地味ながらも工場本体を支えていた予備の施設や宿舎が、そして、作業員達の休息場が瞬く間に爆弾で破壊されていく。
高度1万メートルから投下された爆弾は、破壊力は抜群であったが、同時に外れ弾も多かった。
実際、第533飛行隊が投下した爆弾のうち、6割は外れ弾であり、関係の無い廃墟や草原を吹き飛ばしただけに終わっていた。
だが、水平爆撃というのは元々、目標に当てる事が難しい爆撃方法だ。
公算爆撃の要領で行われる水平爆撃は、投弾した爆弾のうち、大体3割から4割命中すれば上出来である。
しかし、それは高度1万メートルでの水平爆撃での話ではない。高高度からの水平爆撃は、命中率は段違いに下がる。
だが、第533飛行隊は、高度1万メートルからの爆撃にも関わらず、4割近い数の爆弾を、魔法石精錬工場の敷地内へ見事に落下させていた。
この事は、陸軍航空隊始まって以来の快挙と言えよう。
第533飛行隊の爆撃で、施設の4割を破壊された目標だが、この時点では、まだ壊滅には辛うじて至っていなかった。
だが、第2波である第585飛行隊12機の爆弾が、工場群に降り注いで来た。
再び、精錬工場の周辺で、大地震が起こった。
無傷であった煙突群の根元に複数の500ポンド爆弾が連続して叩きつけられた。
根元部分を瞬時に吹き飛ばされ、4本の煙突は早いスピードで倒れて行った。
炎上している品質慣性室に、駄目押しの爆弾が降り注ぎ、辛うじて原型を留めていた施設が木っ端微塵に吹き飛んだ。
不幸中の幸いで、無傷で残っていた丈高い円柱状の精製室に、500ポンド爆弾直撃する。
直後、天辺部分が爆裂し、綺麗な円柱状建物が不気味なオブジェに変わった。
工場の象徴である建物から、不気味で見栄えの悪い建物に“改装”されたのも束の間、至近弾によって根元部分が破壊され、精製施設が
悲鳴のような音を立てて倒壊した。
第585飛行隊は、8割が外れ弾となったが、残り2割、約70発以上の500ポンド爆弾が施設内に落下した。無傷で残っていた建物、既に被弾し、
炎上していた建物が分け隔てなく爆弾を叩きつけられ、爆砕された。
この精錬工場は、第3区画と第4区画を集約、合併した形で、去年の11月から操業が開始されたが、操業開始から2ヶ月足らずで、施設の7割を
破壊されて壊滅状態に陥った。
そこからやや南東に離れた工場群にも、B-29は爆弾の雨を降らせていた。
南東の魔法石精錬工場も、24機のB-29から爆弾の雨を降らされた。第544飛行隊は3割、第545飛行隊は2割弱ほどの爆弾を精錬工場に叩き付けた。
この地区の爆撃では、爆弾の一部がルベンゲーブ市街地に落下していた。
この誤爆で、現地人1人が死亡し、70人が重軽傷を負うと言う惨事に発展したが、目標の精錬工場は6割の施設が破壊され、事実上壊滅した。

上空の飛行機雲は、北に去りつつあった。
町の人々は、初めて体験する高高度爆撃に対して、完全に肝を潰してしまった。
そんな中、チェイング兄弟の片割れであるレガル・チェイングは、呆けた表情で、消えつつある飛行機雲に見入っていた。

「・・・・セルエレ。俺、少しちびってしまったな。」
「汚いわよ。」

セルエレは、感情の篭らない口調で言い返した。彼女の声は死んでいた。
彼女は、木っ端微塵に吹き飛ばされた家を見ていた。

「鍵についての有力情報を得ました。この情報をあなた方に伝えれば、鍵とやらは1週間以内に見つかるでしょう。」

2日前、ルベンゲーブに住んでいる情報員からこのような魔法通信が送られて来た。
チェイング兄妹の協力者であるこの情報員は、元々はシホールアンル帝国の国内相職員であった。
今はルベンゲーブの現地人として、情報収集に務めていた。
その情報員が、フェイレに繋がる有力な情報を掴んだのである。
これと似た様な情報は、つい先日にもあったが、その情報員の話に寄れば、今もっている情報を元に探せば、2ヶ月以内に本人が
見つかるであろうと言う物であった。
チェイング兄妹としては、この情報に喜んだ物であったが、今回はそれを上回る貴重な情報源が手に入った。
本来ならば、魔法通信で教えてもらうはずだが、魔法通信で送るには伝えにくい情報のため、会って確認する事にした。

「これで、シホールアンル帝国が鍵を手に入れられる。」
「ああ。あの忌々しい鍵を見つけて、さっさと本国に戻れるぜ。」

2人は、それこそ狂喜してルベンゲーブやって来た。そして、ついに情報員と対面する。

する筈であった。ところが・・・・・・・

「前にも、似たような事があったわね。」

「ああ。今日は俺達にツキが無かったようだ。」

セルエレの言葉に、レガルは力のない口調で答えた。
対面する筈であった情報員は、その潜伏先もろとも、爆弾で吹き飛ばされていた。
鍵に繋がる重要な手掛かりを持っていたのに、アメリカ側の突然の空襲、それも、狙ったような誤爆で全て無くなってしまったのである。
それだけに、2人のショックは大きかった。

「鍵を捕まえたら、まずは忌々しいアメリカ軍機を皆殺しにしようよ。」

セルエレは、微笑みながら言った。

「そうだな。あの蠅共を全て消し去ってやるか。」

レガルはそう答えた。2人の目は死んでいた。


午後2時 ルベンゲーブ防空軍団司令部

ラルムガブト中将は、頭を抱えたまま執務机にうずくまっていた。
幕僚達は、きまずそうな顔つきで彼を見つめていた。
彼の後ろにある窓には、黒煙を上げるルベンゲーブ精錬工場が見える。
去年6月末の空襲を思わせる光景だ。

「・・・・・敵の爆撃機は、1機も落とせなかったか。」

ラルムガブト中将は、ゆっくりとした口調で呟いた。

「・・・・・・」
「まあ、仕方あるまい。」

ラルムガブト中将は、顔を上げた。その顔は、真っ青に染まり、まるで幽鬼のような顔つきだ。
そのせいで、何歳か老けたように見える。

「敵が強すぎたのだ。誰が、高度5000グレル以上に上がれる爆撃機で来たと思った?誰が、あの爆撃機が馬鹿に防御が硬いと思った?」

彼はそう言った。
室内には、静けさが支配している。誰も質問に答える者はいなかった。
ラルムガブト中将は、立ち上がるなり、ダァン!と、思い切り机を叩いた。

「誰も思わなかった!高射砲弾の届かない5000グレル以上の高度から悠々とやって来て、優秀な筈のケルフェラクをいとも簡単に
蹴散らした化け物がやって来る事なぞ、誰もが思わなかった!この司令部の中の誰も、そして、本国上層部の誰もがだ!!!!」

彼は、建物が割れんばかりの大声でそう言い放った。

「・・・・・すまない。」

ラルムガブト中将は、皆に一言謝った後、がくりと身を椅子に沈めた。


この日行われた、B-29によるルベンゲーブ空襲は、魔法石精錬工場の工場機能を壊滅させる事によって成功を収めた。
B-29の損失は1機も無く、8機が光弾による損傷を受けたのみに留まった。
護衛のP-51隊は、敵飛空挺との空襲で8機を撃墜されたが、逆に14機を撃墜している。
B-29に襲い掛かった飛空挺は、18機中7機が撃墜され、4機が損傷。そのうち2機は廃棄された。
魔法石精錬工場は、この日の爆撃によって完全に工場機能を失い、以降の操業は不可能となった。

ここにして、B-29の初陣はほぼ完勝という形に終わり、北大陸侵攻作戦開始のゴングは、高々と鳴らされた。
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