不自由なEmotion ◆7VvSZc3DiQ


今、ここに大人はいない。私たちは、全て自分の頭で考えて、自分で行動して、自分で責任を持たなくちゃいけない。
子供と大人の区別をつけるのはいったいどこだろうか。
無理やりに、子供であることを許されなくなって。
だけども私たちはまだ、大人には程遠い存在であると思う。
大人びていることと大人であることがまったく別のことであるように、子供じゃないことと大人であることもまったく違うから。

大人びていると思っていた私は、思っていたよりも頭が悪かったみたいで。
『放送』が終わったあと、私は何の言葉も発することが出来ずに、ただ膝を抱えて周りを見ていた。
私の――相沢雅の知人の名前は、第一回目の放送では呼ばれなかった。
その代わりに、知らない名前が幾つも、幾つも呼ばれた。

放送が終わってからも――何か、話そうとする人はいなかった。
それぞれが放送の意味を考えて、この六時間で何があったのかを考えて、それで頭の中がいっぱいになっていたようだった。
私は、比較的余裕があったほうじゃないかと思う。
別に私が何事にも動じない鋼鉄の精神を持っていたというわけではない。
他の人たちが――私よりも放送にショックを受けていたという、ただそれだけのことだ。

その理由も、分かっている。
放送で呼ばれた名前――私にとっては馴染みのなかったその名前は、また別の人間にとっては、級友だったり、仲間だったり、親友だったりする、のだ。
近しい人の死を聞かされて――まったく動じない人間は、いない。
まして、まだ若い私たちにとって『死』なんてものは遠い存在で、知人の死を受け止める経験も、覚悟も、私たちにはまるで足りなかった。

あれだけ頼りがいがあるように見えた園崎も御坂も、今はもう、ただのか細い少女にしか見えなかった。
拳を震わせている。時折振り上げ、何かにぶつけようとして、思いとどまり、力なくだらりと下げる。
視線は、下を向いたままだ。私の位置からでは彼女たちの瞳を見ることは出来ないけれど、きっと覗き込めばそれが潤み、赤く充血している様が見えるのだろう。

はっきり言って――この空間の雰囲気は、最悪だった。
たった一度の放送で、ここまで空気が悪くなってしまうだなんて、思いもしなかった。
たった六時間で、こんなにたくさんの人が死んでしまうだなんてことを、誰一人想像していなかった。
 誰も何もしゃべらずに、誰か他の人が何か言ってくれるのを待っていた。

「ゴメン――ちょっと、外に行ってきてもいいかな?」

放送が終わってから十数分後、最初に口を開いたのは園崎だった。
止める人間は、いなかった。園崎――詩音。魅音とよく似た名前が、放送で呼ばれていた。
園崎の血縁者なのだろうということに、その場にいた全員がうっすらと気づいていた。
一人になりたいときがある。誰にも見られたくない姿がある。
私と出会ってからずっと気丈に振舞っていた園崎が、初めて見せた弱さだった。

園崎が出て行ってからすぐ、御坂も同様にその場を離れた。
園崎を追って行ったわけではなく――彼女もまた、一人になりたくなったのだろう。
そこの男が起きたらすぐに呼んでくれとだけ言い残して。

二人減って――この場にいるのは、五人になった。
そのうちの一人――この中で唯一の男子は、放送が終わった今でもまだ目を覚まさない。
そして私は、他の三人と話そうという気にもならずに、一人で考え込んでいた。
私はいったい、何をすればいいのか。
どんな行動を取ることが、正解なのか。
取り留めのない思考がぐるぐると頭の中で回って、一つも形にならない。

「……私、御坂さんのところに行ってきます」

次に動いたのは、吉川ちなつだった。
おせっかい焼きだな、と思っていた私の前を吉川が横切って部屋を出て行こうとする。
しかし吉川は、部屋を出ていく前に、私の目の前で足を止めてこちらを向いた。

「……私は、行きます」

あなたは行かないんですかと、吉川は言った。
それだけを言って、こちらの返事を聞くこともなく、吉川は出て行った。

行かないんですか、か……
誰のところへかなんて、わざわざ聞き返さなくても分かっている。
吉川が御坂のところへ行くなら、私は園崎のところへ行くべきなんだろう。
多分それが、吉川が考える、『当たり前』なんだろう。

……だけど、吉川が行ってからしばらく経っても私は動かなかった。
ただ単に、怖かったのだ。
多分、家族を亡くしたであろう園崎に、私は何と言えばいいのかわからなかった。
私の言葉が、更に園崎を傷付けることを、恐れた。

大人に程遠い私は、こんなとき、どんな言葉を与えてあげればいいのか、まだ知らない。
沈んでいた私をすくい上げてくれた園崎に対して、私は……

また思考が、ぐるぐると頭の中を回って行く。
何周しても、一つも形にならない。
誰か私に、答えを与えて欲しい。間違いのない絶対の正解が欲しい。
もう、間違えたくなかった。間違えて、また大事なものが壊れていくのを見るのは、嫌だった。

ねぇ神様、教えてよ。私はいったい、どうすればいいの?
答えてくれる神様なんて、ここにはいない。

――そういうときはな、テメーのココに聞くんだよ。
――カミサマなんかより、よっぽど頼りになるぜ?

……胸に、手を当てる。とくんとくんと、心臓の音がする。
鼓動を感じながら、あたしはもう一度、考えた。
あたしが本当にやりたいこと。やりたかったこと。ダメになったもの。
でも、取り戻したいもの。それは――誰かと一緒に笑える、そんな日々で。
死んでもいいと思っていたあたしにそれを思い出させてくれたのは、園崎で。

園崎が欲しがる言葉なんて、あたしには分からない。
多分それは、今のあたしじゃ思いつかない言葉だ。
もしそれを誰かから教えてもらえたところで、今のあたしが言っても薄っぺらい言葉にしかならないんだと思う。
でも、園崎が欲しい言葉は思いつかなくても。あたしが伝えたい気持ちは、確かにここにあった。

「ありがと……先生」

小さく呟いて、あたしは立ち上がった。


「……雅か。ま、誰か来るならあんたかなーって思ってたよ。
 で、何を言いにきたのかも、なんとなく分かる。
 でもそれは、失ってない人だけが言える言葉だよ。残酷な言葉だ」

追ってきた雅の姿を見て、魅音は開口一番こう告げた。
拒絶の言葉だ。失ってしまった人間と、まだ失っていない人間と――その間にある断絶は、深い。

「多分、もう気づいてると思うけど――詩音は、私の妹だったんだ。
 双子だったからさ、よく似てて……その気になれば、誰にも見分けがつかないほどだったんだよ?」

詩音は、もう一人の私だったんだ――と、噛みしめるように、魅音は言った。
半身を喪った悲しみが、あんたに分かるのか、と。
はっきりとは口にせずとも、確実にそういった意味合いを込めて、魅音は雅を見つめる。

「私は……詩音を殺したやつのことを許せない。
 どうして詩音が死んじゃったのに、詩音を殺したやつがのうのうと生きていられるのか、訳が分からない。
 はっきりと――明確に――私は、そいつの死を願ってるよ。死ねばいいのにと、そう思ってる。
 誰かに殺されればいいのに。自分で命を断てばいいのに。
 そうじゃないなら、この私が――」
「……やめてよ、園崎」

どんどん語気を荒くする魅音の姿を見かねて、雅は嘆願した。
もう、そんなことを言うのはやめて欲しい。
私は――そんな園崎を、見たくない。
だけどそれは、あくまで雅の願望であって、魅音がそれに納得する理由なんて、どこにもなかった。
魅音は直接詩音の亡骸を見たわけではない。下手人が誰なのかすら知らない。
いきなりに放送で姉妹の死を知らされて、湧き上がった憎悪と憤怒をどこにぶつければいいのかすら分からない。
ただ自らの内から込み上げてくるその感情をそのまま外に吐き出したところで――誰が魅音を責められるだろうか。
少なくとも雅は、自分の中に魅音を止めるだけの正当な理由というものを見つけられずにいた。
二の句を継げない雅を見下すように、魅音は――

「誰が、やめるものか。園崎の号に懸けてでも――私は、この復讐を完遂する」

魅音の瞳が、雅を射抜く。
ゾッとした――雅が、生まれて初めて見るような、冷たい瞳だ。
その冷たさに、背筋が凍る。ただでさえ続けられなかった言葉が、ますます浮かばなくなる。
これが――これが、人を殺せる人間の目なのだと、雅は悟った。
もし今魅音の目の前に詩音の仇を連れてきたならば、彼女は如何なる手段を行使してでも仇の命を奪うだろう。
きっと、顔色一つ変えずに殺せるのだろう。
喜びもせず、悲しみもせず、ただ、『復讐を果たす』というその目的に従って。
それが成せる者は――既に、人間ではない。

鬼――だ。雅は、小さく呟いた。
そして呟いた瞬間、言葉にした瞬間、それは雅の中で確信へと変わる。
園崎魅音の内には、鬼が巣食っている。
あの瞳の奥に潜むは――鬼。

『認識』をした途端、抑えきれない恐怖が――雅の全身を包んだ。
雅が今対峙している相手は、鬼なのだ。
人を殺すことに躊躇いのない鬼が――目と鼻の先にいる。
もし対応一つ間違えれば、その悪鬼の矛先は雅へと向けられるかもしれない。
次の瞬間、雅の命は無くなっているかもしれない。
怖くて、震えた。死ぬということを――命が無くなるということを、真剣に想った。
震える雅を見て、魅音はフッと口の端を上げた。

「――雅。あんたはここに残るんだ。私は――行くよ。
 行かなくちゃ、いけないから。でもこれは、私の我儘みたいなもんだから――あんたはここに、置いていく。
 御坂たちなら頼りになるし、きっと大丈夫だよ。
 雅は友達にまた会わなくちゃいけないんでしょ?」

努めて平静を装って、魅音は別れを告げた。
雅へと背を向け、歩き出す。向かう先は決めてはいないが、魅音にはクレスタという『足』がある。
他の参加者と出会うのはさほど難しくはないだろう。
会場を転々としながら情報を集めれば、いつかは詩音の仇に行き当たるはず。
だが、殺し合いが進み生存者の数が減ってしまえば、情報を集めることも難しくなる。
それどころか、人知れないうちにその仇が命を落とすことだって考えられる。
ただ死ねばそれでいいという話ではない。詩音を殺した――それ相応の報いを与えた上で、殺さねばならない。
ここで時間を無駄にするわけには行かない――魅音はその歩を速めた。

「……ってよ」

背後から、雅が何か呟く声が聞こえる。だが魅音はそれを無視する。

「――待ってよ……!」

振り返らない。立ち止まらない。
ここで止まれば、心が鈍る。鈍った殺意では、人を殺せない。
遂げられない。故に、園崎魅音は歩みを止めない。

「……あたしは待てって言ってるんだ、このバカヤローッ!」

罵声にも似た叫びを聞いて、魅音は苦笑する。
これだけ懸命になられるということに喜びを感じてしまったのだ。
しかし、だからといって――雅の叫びは、魅音を止めるには至らない。
今更どんな言葉があったところで、魅音の決意には足らない。見合わない。

――いい友達に、なれると思ったんだけどな……

さよならを、心の中でこっそり告げた。
あれだけ格好をつけておいて、みっともない顔を見られたくなかった。
もしかしたら、また会えることもあるかもしれない。
魅音も雅も目的を果たして、また二人、笑いあえる時がくるかもしれない。
だが、ここで別れてしまえば、魅音と雅は二度と会うことがないと、そんな予感がした。
別れの瞬間去来した様々な感情を、思いを、予感を、願いを受け止めて。
それでもなお、魅音は一歩を踏み出し。



――――そして、魅音の足が、止まった。
魅音の意思に反して、である。
雅が、後ろから抱きかかえるように魅音の身体に両手を回していた。

「……離して」
「嫌。絶対離さない。聞いて分かってくれないなら、何してでも、止める」

しかし、言葉とは裏腹に、魅音の身体を抱くその腕は、恐怖に震えている。
魅音が垂れ流し続けていた殺気は、今や目的の障害となりつつある雅へと向けられつつあった。
『鬼』に目を付けられる恐怖に、身体が竦み、震える。
ただの女子中学生に過ぎない雅にとって、それは堪え難いほどの苦しみになり得る。
魅音が少し腕の筋肉を強張らせるだけで、雅はびくりと腕に力を込めて、更に強く魅音を押さえ込もうとする。

「……痛いよ、雅」

魅音の言葉を聞いて、雅はその腕に込めた力を、少し緩めた――その緩みは、魅音が雅の束縛から抜け出るには十分すぎるほどの隙だった。
しかし、魅音は雅をはねのけることもせず、そのまま雅に捕まったまま、立ち止まった。

「きっと、ここで無理やり突き放したところで、あんたは私を追ってくるんだろうね。
 だから、ここではっきり言うよ。……雅、これ以上私の邪魔をしないで。
 これ以上私の――園崎の道を阻もうというのなら、相応の対応をしなきゃいけなくなる。
 私はあんたを傷つけたくない。だから黙って、私の言うことを――」

魅音の言葉を遮るように、雅は声と体を震わせた。

「聞かない。絶対に聞いてなんかやらない」
「――私は、本気だよ。いくら雅が相手だからって――」
「そんなの、あたしだって本気に決まってるじゃん……! 分かるでしょ、怖くてガクガク震えてるの。
 さっきからあたし、園崎のことが怖くて怖くてたまらないよ。
 それでも、こうやって必死になってる。なんでだか分かる?」

それは、伝えたい気持ちがあるからだ。
望みが、願いが、約束があるからだ。
胸の奥、秘する処から生まれ出づるその思いを、雅はそのまま、言葉にする。

「あたしは、もう二度と友達を裏切ったりなんかしない。
 仲間が困っていれば助けるために手を差し出す。
 そんな風に、生きていきたいの。
 それを教えてくれたのは――気付かせてくれたのは――魅音。あんただから。
 だからあたしは、絶対にあんたから離れない。
 あんたみたいに――今にも泣きそうな女の子を一人ぼっちになんて、させないッ!」

言いながら――雅自身も、涙をこぼしていた。

「今にも泣きそう――だなんて、泣いてるのはそっちじゃんか……」
「怖くてしかたないって、言ってるでしょ……」
「私が怖い?」
「うん」
「それで、泣いてるの?」
「……違うよ」
「じゃあ……」
「友達と、離れたくない。だから泣いてる、駄々っ子の涙」
「はぁ……まったく、おじさんすっかり毒気を抜かれちゃった感じだよ」
「ねぇ、魅音。復讐だなんて――あたしは、反対だよ。友達に、人殺しになんてなってほしくない」
「……だから、雅は置いて行こうって思ってたんだけどねぇ」
「でも……覚悟は出来たよ。魅音と一緒に手を汚す覚悟なら」
「……本気で言ってるのかい?」
「冗談で、こんなことは言わない」
「滅茶苦茶なこと言ってるって、分かってる?」
「いきなり殺し合いに巻き込まれて、妹の復讐しようだなんていう女子中学生よりかは滅茶苦茶なことじゃないでしょ」
「あはは、それもそうか……ホントに、いいの? きっと後悔するよ」
「後悔ならもう一生分したよ。もう後悔したくないから、あたしはそうしたいの」
「……うん、そうだね。んじゃ、行こうか」

結局、御坂たちには何も言わずに出ていくことにした。
言ったところで止められるのが目に見えていたからだ。
クレスタに乗り込んで、魅音は運転席に、雅は助手席に座る。

「実はさ……ほんの、ほんの少しだけ。雅が来てくれないかな――って、そう思ってたんだよ。
 ありがとう。一緒に来てくれて。友達だって言ってもらえて――嬉しかった。
 ……さ、湿っぽいのはおじさん似合わないからこれくらいにしようかね」
「……あたしも、魅音があたしと友達と思ってくれてたんだって分かって――嬉しかったよ」
「あはは……ありがたい限りだねぇ」

 ◇

クレスタの走る音――気づいた時にはもう走り去っていた。
運転しているのは園崎魅音だろうか? ――彼女もまた、放送にかなりのショックを受けていたようだった。
彼女なりの考えがあって、別行動を取ることを選択したのかもしれない。

「あの、御坂さん。今の車――止めなくても大丈夫なんですか?」
「うーん、気にはなるけど――きっと、園崎には園崎の考えがあるんでしょ。
 私たちがとやかく言うより、好きにやらせてみてもいいんじゃないかしら」

とは言っても、何の断りもなくいなくなられるのはいい気はしないけどね――と、これは口に出さず、心の中で留めておく。
だが、居ても立っても居られないその気持ちは、よく分かる。
美琴自身今すぐにでも会場を駆け回り、殺し合いに乗った連中を全員ぶっ飛ばしてやりたい激情に駆られつつあった。
このデスゲームが始まった当初からそれをやっていれば、放送で呼ばれていた名前が少しは減ったかもしれない――そう後悔する気持ちも、あった。
しかし、美琴がそれをしなかったのは、守らなければならない対象がすぐそばにいたからだ。
美琴は、ちなつの方へと向き、

「ごめんね、吉川さん。あなたにまで心配かけちゃって。
 ちょっと気が滅入ってたけど――うん、もう大丈夫だから」
「いえ……いいんです。私に出来ることって、こういうことくらいですから」

そう言って、ちなつはにっこりと笑った。
屈託のない笑顔――というには少し無理のある、硬さを伴った笑みだ。
ちなつから聞いていた彼女の知人の名は、先の放送では呼ばれなかった。
だがそれは、一時の安全を伝えるだけのものであり、六時間後に再び流れる放送でその名が呼ばれないという保証はどこにもない。
それどころか、次に無惨な死を迎えるのはちなつ自身かもしれない。
知人を失うような直接的なショックはなかったにせよ、ちなつとてその胸中は不安で満ちているのだ。
”電撃使い”の美琴と違い何の能力も持たないちなつならば、死の恐怖に怯え膝を抱えて震え続けていたとしても、なんらおかしくはない。
だがちなつは、美琴のために――友達をなくした少女のために、ここまで追ってきてくれた。
その気遣いが、今の美琴にはただただありがたい。

 (でも……犠牲が出たのは、私の力が足りなかったから)

ちなつたちを守るために、彼女たちに足並みを合わせた選択を間違いだとは思っていない。
だが、もっと良い方法があったのではないか――或いは、自分の『能力』が更にあれば、犠牲を減らせたのではないか。
そうも思っているのだ。

無論、全ての責が美琴にあるわけではない。
たとえ美琴の能力が学園都市最優のうちの一つであろうと――不可能は、常について回る。
あれもこれも全て叶える力など、それは既に神の領域だ。
しかし、それを分かってなお、自らを責めたてるのが、御坂美琴という少女の性質だった。

「あの……御坂さん?」
「ん……あ、ごめん。ちょっと考えごとしてて……何かしら?」
「私たち……これから、いったいどうすればいいと思いますか?」

ちなつがぶつけたのは、先行きの不安だった。
本当に殺し合いが始まるのか、半信半疑だった最初の六時間――放送を越えて、疑念は確信へと変わってしまった。
自分たちは本当に殺し合いをやらなければならないし、殺し合うことを選択してしまった人もいるということ。
この状況下で、自分たちは何をすればいいのか――いや、そもそも何が出来るのか。
力を持たないちなつが選べる選択肢は、とても少ない。
だから、力を持つ――選択肢の多い美琴ならば自分よりも正しい選択肢を選ぶことが出来るんじゃないか。
そう考えての、質問だった。

ちなつの問いかけに、美琴はしばし考え込む。
ここでの答えは、そのまま美琴たちの今後の行動方針となるだろう。
故に、ここで下手なことは言えない。いや、言いたくない。
一度口にすれば、それは美琴本人の意思となる。
後からそれを曲げるようなことは、したくない。

「何が出来るか、何をするのか――か」

それを決めるのは、美琴の意思だ。
意思の乗らない行動に、正しさは乗らない。
だから美琴は、何が出来るのか――ではなく。何がしたいか、でちなつの問いに答えを出す。

「私は、怒ってるわ。こんな意味も分からない、胸糞悪くなるだけの殺し合いを開いたやつのことをね。
 必ずこんな殺し合いは止める。私たちをこんなことに巻き込んだやつも捕まえる。
 でも、それ以上に――私はもう、犠牲者を出したくなんかない」

佐天涙子の死が、美琴の意識を他参加者の保護へと向けていた。
たとえ、今すぐにこの殺し合いが終わって、主催者が拘束されたとしても――失われた命は、もう戻らない。
事態を出来る限り早く解決したいと焦る気持ちはある。
だが、その解決は、誰かの犠牲の上にあるものであってはならない。

「私があなたを守るから。あなたは、私に守られなさい」
「えっ、あ……は、はい! よろしくお願いします!」

君を守るという騎士宣言を聞いて、思わずちなつの頬が緩んだ。
だが――その反面、ちなつの中では『私が聞きたかったのは、そんな答えじゃなかった』という不満も生まれていた。
ちなつが聞きたかったのは、ちなつは何をすればいいのか、ということだ。
ただ、守られるだけでいろ――と、そう言われるのは、納得のいく答えではない。
何もせずにいろと言われて、はい分かりましたと頷いていられるほど、吉川ちなつは気位の低い少女ではない。
不満が、燻り始めていた。

 ◇

ところ変わって――相馬光子、式波・アスカ・ラングレー、御手洗清志の三人。
未だに御手洗は眠り続けている。放送はそこそこの音量で流されたのだが、その最中でも彼が目を覚ますことはなかった。
よほど疲れていたのか、それともただ貧弱なだけなのか――相馬光子は御手洗の価値を冷静に推し量っていた。
御坂美琴という強力な障害がある以上、光子が彼女の上を行くためには『使える駒』を手に入れる必要がある。
いかにも細身の優男といった見た目の御手洗だが、これでも男。
純粋な腕力だけなら、ここに集まっている七人の中でも上位の力があるだろう。
その他にも、男であるということのアドバンテージは意外に大きい。
戦闘というのは古来から男の仕事だ。非常時、男性の発言力は存外に大きくなる。
御手洗が自分の意見に同調してくれるようになれば、この集団の中で光子の意見はかなり通りやすくなるはずだ。

(だから、早く起きてね……名前も知らないア・ナ・タ)

とはいえ人目があるときに無理矢理起こして自分を売り込む姿を見せてしまっては、余計な反感を生みかねない。
ここにいるのはアスカ一人だけだが、そのアスカが一番危ない。
むしろ、アスカ一人しか証人がいない状況でコトを起こせば、後からあることないこと吹聴される危険性だって考えられる。

(だから、まず抑え込まないといけないのは、こっちね……)

光子の握る携帯電話のメールボックスには、放送直後から一通のメールが入っている。
参加者同士の連絡は制限されている――だというのに送られてきたそのメールの差出人は、『天使』。
そのメールの内容は、越前リョーマと綾波レイの両名が他参加者を襲っているという警告だった。

「……ねぇ、式波さん。少し、話したいコトがあるんだけど……」
「……何よ」
「さっき、私の携帯電話にメールが届いたの。越前リョーマと綾波レイの二人は危険人物だっていうメールがね」
「話したでしょ。あいつらは友好的なふりをして、あたしに不意討ちしてきたのよ。
 それより……メール? ちょっと見せなさいよ。いったいどこから送られてきたの?」

そう。越前リョーマと綾波レイを危険視する意見は、既にアスカから聞いていたものだった。
特に綾波レイのほうは、アスカの知り合いだったという――少しでも信用しかけたあたしがバカだったわ、と苦々しく言っていたアスカの様子が思い出される。

「はい、これ。放送のすぐあとに、私の携帯電話に送られてきたの」
「『天使』……ねぇ。大方あたしと同じように騙されかけたやつが送ったんでしょうね」
「ええ、そうだと思うわ。それで……」

「このメール、あなたが書いた通りに届いていたかしら、アスカさん?」

瞬間、アスカに緊張走る。光子に対する敵意を顔に出しかけるものの、平静を努めた。

「いったい何を言い出すのかと思えば……あたしを疑ってるわけ?」
「そんな……疑ってるだなんて。私はただ、このメールを書いたのはアスカさんじゃないかって、そう思っただけで……」

ニヤリ、と顔には出さず心の中で笑ったのは光子だ。
魚が、餌にかかった――!

「あのね、このメールが来てから私考えたの。このメールを書いたのはどんな人なのか……『天使』はいったい誰なのか」
「それで考えた結果、あたしになったってわけ?
 たまたまあたしが『天使』とやらと同じ情報を持っていたからって、決めつけすぎなんじゃないの?」
「確かに、このメールだけ、アスカさんの話だけ聞けば何もおかしいところはないわ。
 でも二つの――まったく同じ話を聞いて、違和感が生まれたの」

そう、それは。

「どうしてどちらも、加害者は越前リョーマと綾波レイの二人なのか――ということ」

光子が抱いた違和感。それは加害者の名前だ。

「……ハァ? それのどこがおかしいのよ」
「二人は、ターゲットに言葉巧みに近付き、油断したところを襲うという手口を使っている――実はこの手口は、誰かに一度逃げられてしまえばそのあととてもやりにくくなるのよね。
 逃げたターゲットが他の人に二人の外見や名前を伝えれば、騙しが基本のこの手口は瞬く間にその効力がなくなってしまうから」

事実、デパートに集まった六人の間には、リョーマとレイの二人は危険人物だという共通認識が広まっている。
この二人に声をかけられたところで、疑いもせずについていくようなことはしないだろう。

「だから、一度失敗したあと、すぐにまた同じ手口で誰かを襲うことはないと思うの。
 もしやるとしても、失敗を避けるために変装や――或いは、名乗る名前を変えるくらいのことはやるんじゃないかしら。
 だってほら、他の参加者の名前はこの携帯電話の中に全て入っているもの。適当な名前をでっち上げるのはとても簡単だわ。
 綾波レイのほうはアスカさんの知り合いだったから偽名を使えなかったのかもしれない――でも、リョーマのほうは、偽名を使うほうが自然じゃないかしら?」
「でも、そんなことを考えられないくらいバカな二人だったのかもしれないじゃない。
 それだけじゃあたしを疑う決定打としては足りないわ」
「ええ、そうかもしれない。はっきり言ってしまえば、さっきのだってただ単にカマをかけてみただけなの。
 それと、アスカさんはなにか勘違いしてるみたいだけど……私は別に、あなたを疑っているわけじゃないわ。
 ……あのね、私は……御坂さんが怖いの」

急な話題の転換に面食らったのはアスカだ。
だが、これはもしや……と、光子の話に乗るように相槌を打ちにいく。
光子は話す。

「確かに御坂さんは強いし、みんなを引っ張っていく力を持っている人だと思うわ。
 でも私は、そんな人についていくのが、なんだか怖いの。
 もし彼女がその気になれば、私たちなんか簡単に殺されてしまう――」
「……驚いたわ。ちゃんと危惧出来るだけの頭を持ったヤツもいたのね」
「アスカさんもそのことに気付いていたんでしょう? 御坂さんとの会話を聞いてて、そう思ったの。
 ……私、いざという時に御坂さんに対抗出来るような備えをしておきたいと思ってるわ」
「で、その相談をあたしに持ちかけようとしたわけね」
「ええ、そうよ。メールの話をしたのは、いざという時にメールという連絡手段があれば御坂さんに対抗する力になるんじゃないかと思って」

勿論、光子の話の半分は嘘っぱちだ。
メールの存在を隠していたアスカに対する疑念は残っているし、いざという時などと言わずすぐにでも美琴を排除したいと思っている。
だがしかし、美琴に対抗するための駒として――アスカを味方につけておきたいというのは、紛れもなく本心だ。

そしてアスカは――この話に乗ることを決めた。
手を組む、ということに対して抵抗がなかったわけではないが、美琴を陥れるためならばある程度の妥協は考えてもいい。
何より、光子と同様にアスカも手を組もうという意識はなかった。
美琴を陥れるために、使えるものはなんでも利用していく。手を組むのではない。使ってやる、のだ。

アスカは、メールを送ったのは自分だということを認めた――しかし、どのような手段を用いてメールを送信したのか、そこまでは話さない。
光子も無理強いしてまで聞き出そうとはしなかった。
『天使メール』がアスカの生命線に成り得る事は、光子も了解している。
ここで無理をしてアスカの機嫌、信用を損なうよりは、今はまだ友好的な関係を維持する事を優先すべきだと判断したのだ。

「それじゃ……よろしくね、アスカさん」
「言っておくけど、こっちは必要以上に馴れ合うつもりはないわよ。
 あたしたちが手を組むのは、あくまで非常時への備えのため――そこらへん勘違いされたら困るわ」
「ええ、分かってるわよ。それでね、このコも目が覚めたら私たちの仲間に入れたいと思ってるの」
「勝手にすればいいじゃない。そこまで手伝うつもりはないわ」
「ええ、それは私に任せておいて――」

二人の少女の密約は、ここに結ばれた。
何も知らぬ御手洗は、まだ眠り続けている――




【F-5/デパート周辺/一日目・朝】

【相沢雅@GTO】
[状態]:健康
[装備]:七森中学の制服@現地調達、
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2、剃刀@現地調達、濡れた制服、浴衣@現地調達
基本行動方針:みんなを助けたい
1:魅音と一緒に行動
2:クラスメイトと合流。今までのことを許してもらう。
[備考]
※23巻、登校直後からの参戦です。

【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康
[装備]:青春学園の女子用制服@現地調達、トランシーバー(片方)@現実、内山田教頭のクレスタ@GTO
[道具]:狂言誘拐セット@GTO、濡れた私服
基本行動方針:詩音の仇を討つ
1:詩音を殺した人間を探す。
2:部活動メンバーと合流。
[備考]
※『罪滅ぼし編』、少なくともゴミ山での告白以降からの参戦です。(具体的な参戦時期と竜宮レナに対する認識は、次以降の書き手さんに任せます)

【御坂美琴@とある科学の超電磁砲】
[状態]:健康
[装備]:風紀委員の救急箱@とある科学の超電磁砲
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3、ナイフ、スタンガン
基本行動方針:仲間と一緒に生きて帰る。人殺しはさせない。皆を守る。
1:御手洗らの手当てが終わったら、情報交換と今後の相談
2:学校行きを提案したい
3:初春さんを探す。黒子はしばらくは大丈夫でしょ

【吉川ちなつ@ゆるゆり】
[状態]:健康
[装備]:釘バット@GTO
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~2
基本行動方針:皆と一緒に帰る。
1:皆の意見を聞いてみたい。
2:自分が出来ることを見つけたい。

【F-5/デパート 2F中央管理室/一日目・早朝】

【式波・アスカ・ラングレー@エヴァンゲリオン新劇場版】
[状態]:左腕に亀裂骨折(処置済み)
[装備]:青酸カリ付き特殊警棒@バトルロワイアル、『天使メール』に関するメモ@GTO、トランシーバー(片方)@現実
[道具]:基本支給品一式、フレンダのツールナイフとテープ式導火線@とある科学の超電磁砲
基本行動方針:エヴァンゲリオンパイロットとして、どんな手を使っても生還する。他の連中は知らない
1:御坂美琴のグループは、どうにかして排除したい。
2:魅音、雅、光子を盾に立ち回る。
3:他の参加者は信用しない。1人でもやっていける。
[備考]
参戦時期は、第7使徒との交戦以降、海洋研究施設に社会見学に行くより以前。

【相馬光子@バトル・ロワイアル】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×0~1(武器じゃない)
基本行動方針:どんな手を使っても生き残る。
1:集団を崩壊させたい。その為にも御手洗を籠絡して手駒にしたい。
2:美琴を殺す隙が見つかるまでは仲間のフリを続ける。

【御手洗清志@幽遊白書】
[状態]:左手首から出血(血液300ml消費)、全身打撲、気絶
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式(ペットボトル全て消費)、不明支給品(0~2)、鉄矢20本@とある科学の超電磁砲
基本行動方針:人間を皆殺し。『神の力』はあまり信用していないが、手に入ればその力で人を滅ぼす。
1:やはり水が欲しい。ペットボトルだけじゃ足りないことを痛感。
2:エリア西部を中心に参加者を狩る。第二放送の時間に、ロベルトと中学校で待ち合わせ。
3:皆殺し。ただしロベルト・ハイドンと佐野清一郎は後回しにする。
[備考]
※参戦時期は、桑原に会いに行く直前です。
※ロベルトから植木、佐野のことを簡単に聞きました。




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最終更新:2021年09月09日 19:02