Spiky Goose ◆7VvSZc3DiQ



日はすっかり昇ってしまっていて、お前が隠れるところなんかどこにもないんだぞと言わんばかりに、俺の姿を照らしていた。
俺は、逃げようと。隠れようと。必死に走っていた。
何から? 敵から。俺に危害を加えようとする、全てから。
俺――前原圭一は、この世界の全てから逃げ出そうと、もがいていた。

「っか、はぁっ……!」

走れば走っただけ汗は流れて、身体中の水分が外に流れていく。
流れ出た分だけ喉は渇いて、それが限界に達したとき、俺は情けない声とともにその場に座り込んだ。
支給されたペットボトルをデイパックから取り出し、震える手でキャップをひねる。
砂漠で遭難した人間か、俺くらいだろうな、こんなに水を欲しがるのは……そんな、とりとめもない考えが浮かんだ。
飲み口に唇が触れる。冷たくも温かくもないぬるさが、口の中に広がっていく。
ごくりごくりと喉を通っていく真水が、今の俺にとって唯一の癒しだった。

「……っ、ふぅ……」

たぷんたぷんという音が聞こえてきそうなほど水を飲んで、ようやくそこで俺の思考は落ち着きを取り戻し始めた。
これだけ距離を取れば、ひとまずは安心といえるだろう……もう十分に、あいつらから逃げ出すことは出来たはずだ。
あいつら……天野雪輝と、遠山金太郎。
俺に、嘘を……隠し事をしていた二人。
きっとあいつらも、切原赤也と同じように、今に本性を現し俺を襲ったに違いない。
だけど俺は騙されない。もう、騙されないぞ。
幸い二人が俺を襲う前に、二人の正体に勘付くことが出来た。
あいつらの会話は、今でも俺の耳の中にこびりついている。


 ――日向を殺した僕

             ――殺りたい

   ――×される予定だから……どうしようもない



俺がいないと思って、自分たちだけで『秘密』を話していたあいつらの尻尾は掴んだ。
疑いは、確信に変わった。天野雪輝と遠山金太郎は、俺を騙し、×そうとしている。
×されない。俺は、絶対に×されたりなんかしない。

そして、と俺は携帯電話をぎゅっと握りしめて、まだ顔も知らない二人の名前を思い浮かべた。
越前リョーマ。綾波レイ。
天使メール、という差出人不明のメールに載っていた名前だ。
彼らもまた赤也や雪輝たちと同様に、油断させ標的に近づき、他者を襲っているという。

この五人を放っておけば、きっとまた犠牲者が出てしまう。
だから俺は、一刻も早くこの情報をみんなに伝えなければならない。
そうしなければ次の放送で、また誰かの名前が呼ばれてしまう。
死んで――しまう。もしかしたらそれはレナかもしれないし、魅音かもしれない。
考えたくもなかった。あいつらが、死んでしまった姿なんて――


――ぐしゃり。


瞬間。俺の脳裏に、ある光景が浮かび上がってきた。
――視界の半分が、赤で埋められている。
そして、暗い。暗い部屋と――赤。血の赤。
ひぐらしの声が、やけに大きく響いていた。そこで、俺は――


――ぐしゃり。


……ハッとして、意識が現実に帰ってくる。
今のは……なんだったんだ?
見たはずのない光景。あるはずのない感触。
しかしそれは、恐怖を覚えてしまうほどにリアルで……物悲しかった。
心に穴が開いてしまったような、寂しさがあった。
ないはずのものが浮かび上がったんじゃなくて、あるはずのものがなくなってしまったかのような感覚。
忘れてはいけないことが、蘇ったような……そんな気がした。

「落ち着け、落ち着くんだ前原圭一……
 お前は今、少し頭に血が上ってるんだ。
 お前が今しなくちゃいけないことは、真っ昼間から幻覚を見ることなんかじゃないだろッ……!」

こうしている間にも、犠牲者は増えるかもしれない。
しっかりしろ、前原圭一。お前は今、逃げるために走ってきた。
だけどこれからは、誰かを助けるために走るんだ。
さぁ、もう十分休んだだろう? 立とうぜ、俺。やらなきゃいけないことは、山のようにあるんだから。

ただ――結論から言うと、俺はこのとき立ち上がらなかったし、走りもしなかった。
なぜなら、俺が向かうまでもなく――こちらへ向かってくる男の姿が、俺の瞳に映ったからだった。

このとき俺は、すぐにでも駆け寄ってあれやこれやの出来事をぺらぺらとまくし立てるべきだったのかもしれない。
だが、俺はただぼうっと、向こうから近づいてくる男と――その腕に抱えられているモノを見つめていた。

そのモノは、綺麗な顔をしていた。ただ眠っているような安らかな表情だった。
しかしその顔色は青白く、彼女の着ている制服の左胸のあたりには、デザインを大きく無視した血の赤による彩色がなされている。
――アレはもう生きていないのだと、直感的に理解した。
命を失ってしまった、ただのタンパク質の塊だ。誰もがいつかは迎える、『終わり』の姿だった。
ぞわりと、震えが背筋を這い上った。恐怖――というような、分かりやすい感情ではなく。
生きている者ならば誰でも抱いてしまう、死への本能的な忌避感といえばいいのだろうか。
出来る事ならば、近づきたくない――その程度の嫌悪感。

だが、ソレを抱えている男に対しては、俺はどのような判断も下すことができなかった。
一体全体どうしてあの男――とはいっても、俺とそう年齢は変わらない、少年と称してもいいくらいの年頃だった――は、死体を抱きかかえるような真似をしているのか。
もし、あの死体を作ったのがあの男なのだとしたら――少女の命を奪ったのが、あの男だとしたら。

俺も、あの少女と同じように、×される?

ぞわりぞわりと、少女の死体を見たときに湧き上がってきたそれによく似た、
しかしそれよりも冷たく重い純然たる恐怖が、かすかに心の中に生まれ始めた。
雪輝と金太郎の二人から逃げ出したときの、あの感情が蘇ってくる。
ここからも逃げ出してしまいたい衝動に駆られながら、しかし男の眼力に射すくめられた俺は、逃げ出すことさえ出来なくなってしまっていた。

男が、ざっと足下の土埃をまき散らしながら一歩こちらへ近づいた。
「ひっ……!」
情けない声が喉の奥から漏れた。しかし男は気にせず、どんどんこちらに近づいてくる。
蛇に睨まれた蛙とは、まさに今の俺のことを言うのだろう。
もう二三歩も踏み込めば距離がゼロになるというところまで近づいてきて――男はようやく、言葉を発した。

「おい……お前は、この殺し合いに乗ってるのか?」

質問の意味を理解するやいなや、首をぶんぶんと横に振って否定する。
殺し合いになんか……乗っていない。乗るつもりもない。
必死に否定する俺の姿を見て、男は少しだけ気を緩めたようだった。
俺の身体を包んでいたプレッシャーも軽くなり、ようやく息を吐く。
息を吐ききって一気に力の抜けた俺は、その場に尻から崩れ落ちた。

「い、イテテ……こ、腰が抜けた……!」
「……ぷっ、ギャハハハハハ!
 なんだよそりゃ……あー、いきなりビビらせて悪かったな」

俺の情けない姿を見て笑ったその顔は、俺とそう年の変わらない少年そのものの顔で――そこでようやく俺は、この人はそう悪い人じゃないんじゃないだろうかと判断することが出来たのだった。

 ◇

そのあと俺と浦飯さんは互いの素性を明かし、ここに来てからの行動を教え合った。
そこでようやく俺は――浦飯さんが抱いていた女の子が、浦飯さんの大事な人だったんだということを知った。

「すいません浦飯さん、俺、何も知らなくて勝手にビビったりして……
 その気持ち、今なら分かります。俺だって、友達をそのまま放っておくなんてことやりたくないし……」
「気にすんなよ、前原。そりゃいきなり死体抱えたヤローが近づいてきたら誰だってビビる。俺だってビビる」

話してみれば、浦飯さんは俺が思っていた以上に気さくな人だった。
出会ったばかりのときに見せた鋭い眼光や容姿はアウトローを想像させたが、実際はそこまで強面というわけでもなく。
出会ったのがこんなところじゃなければ、良い悪友になれたんじゃないかと、そう思わせるほどに俺たちは話が合った。

中でも、ふとしたきっかけから話すことになった『部活』には浦飯さんも興味を持ってくれたようだった。
各々の持てる能力と知略の全てを尽くし勝利という栄光を目指す部活……!
男なら誰しもがワクワクせざるを得ないこのシチュエーションにおいて、俺以外の参加者が全て女の子たちだというのにさしもの浦飯さんも驚いていた。

「んじゃオメー、男一人だってのに女どもにおめおめとやられちまってるってことか?」
「いーや浦飯さん、あいつらをそんじゃそこらの女の子と一緒にしてもらっては困りますよ。
 なんせあいつらは、雛見沢が誇る精鋭揃いですからね!」

思い出す。何度も何度も煮え湯を飲まされた――しかし敵ではない、友人たちを。仲間の姿を。
……そうだ。俺にはあいつたちがいる。みんなで力を合わせることが出来れば、きっとこの状況だって……!

(……あっ)

見れば、浦飯さんは似合わない物憂げな瞳を浮かべていた。
そうだった……浦飯さんの知り合いは二人。そして、その二人はもう……

「す、すいません。俺ばっかりはしゃいじゃって……」
「いや……それこそ気にすんなよ。
 ……実を言うとな、今でもまだ桑原のヤローが死んじまったなんて、信じらんねーんだ。
 あの殺しても死なねーゴキブリみてーなヤローが、あっさりくたばっちまったなんてな……
 今もその建物の影から、『よお浦飯、シケたツラしてんじゃねーよ』っつってひょっこり出てくるんじゃねーかなって……そう思うんだ」

そう言いながら、浦飯さんの表情は……とても寂しげだった。
そして、沈んだ表情のまま、浦飯さんは……驚くべき事実を、口にした。

「俺はもう、人を殺してる」
「えっ……!」

不意打ちだった。人を、殺した……? いったい、誰を?

「螢子が倒れてて……そいつが目の前で笑っていたとき……もう、止まらなかった。
 はっきりと殺してやろうと思ったわけじゃねえ。だけど、殺してしまってもいいと思って、やった」
「で、でもそれは……! 相手が先にっ」
「……殺しちまったことに対して、後悔がないって言えば嘘だ。
 だけどな、こいつは――殺されても仕方のないやつだったとも思ってる。
 そして俺自身、殺されても仕方のないやつになっちまった」

……浦飯さんが言いたいことは分かる。
この殺し合いの場に限った話じゃない。世の中には殺されてしまっても仕方のないような悪行を重ねながら、それでものうのうと生きている悪人がたくさんいる。
そいつらを殺してしまいたいと思った人間が、そいつらを殺してしまっても。それは自業自得というやつだろう。
だけど――世の中には殺されても仕方のない人間はいっぱいいても、殺しても問題のない人間なんて、一人もいない。
生きる権利は誰にでもあって、その権利の持ち主がどんなやつかなんてことはまったく関係なく、その権利を剥奪することは罪なのだ。
もしも誰かを殺してしまえば、そいつはその瞬間から殺した相手と同じ、殺されても仕方のない人間に堕ちてしまう。

「俺は、この殺し合いをぶっ潰すつもりだ。
 だけどよ……誰も彼も助けてやろうなんて思っちゃいねー。
 誰かを殺さないことで誰かが犠牲になってしまうなら、俺は犠牲を減らすために殺人を肯定する。
 一度手を汚した俺が……また、この手を汚す。その覚悟なら、もう出来てる」
「……なんでそれを、俺に言ったんですか?」
「……なんでだろうな。俺が知ってるやつはみんな逝っちまった……
 だから、誰かに聞いて欲しくなったのかもな」

まだ出会って少しも経ってない俺だったが、その言い方が本来の浦飯さんらしからぬ言い方だってことくらいは分かった。
大事な人を、一度に失ってしまった悲しみ――俺にはまだ、その感情が分からない。
でも、もしもレナが。魅音が。みんなが死んでしまったら。
俺も、浦飯さんと同じ道を選んでしまうような気がした――出会ったばかりだというのに、浦飯さんが他人のような気が、しなくなっていた。

「……だからよ前原。もしお前が誰か危ないやつに出会っただとか、見ただとか、何か情報があったら俺に教えてくれ。
 もう、これ以上誰かが死ぬ必要なんかどこにもねぇ……俺が、全員ぶっ飛ばす」

続いて浦飯さんは話してくれた。
浦飯さん自身――既に一度死んで、生き返った身なのだと。
理不尽な、予定されていない死は、覆されることがある。
肉体が生前に近い状態のまま保存されていれば、魂さえ肉体に戻すことが出来れば、死者は蘇る。
それが浦飯さんが語る、俺が知らなかった世界の理だった。
与他話だと切って捨てることも出来ただろう。
だがしかし――真剣な表情で話す浦飯さんを見ていると、それが真っ赤な嘘だと決めつけることは、俺には出来なかった。

「……話す。話しますよ、浦飯さん。俺が持ってる情報を全部……貴方に話します」

俺は、これまでに手に入れた情報を洗いざらい浦飯さんに話した。
俺が出会った三人の危険人物――天使メールに記されていた二人――
目下のところ、この五人は怪しい。いや、限りなくクロに近い。
そのことを話すと、浦飯さんも頷いてくれた。

話しながら――俺の中にも、一つの決意が芽生え始めていた。
浦飯さんは、手を汚すのは自分だけでいいと言ってくれた。
だけど俺は、浦飯さん一人にだけ辛い思いをさせるだなんて――そんなことはしたくなかった。
俺はもう、浦飯さんのことを友達だと――仲間だと思っていたから。
だから、浦飯さん一人に押しつけるなんてことはしない。
俺も一緒に、汚れてやる。
苦しいことも、辛いことも、一緒に分かち合う。
それが、仲間だってことだと思うから。



――ぐしゃり


またどこかで、ひぐらしが鳴いている。


【F-4/市街地/一日目・午前】

【前原圭一@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ブローニング・ハイパワー(残弾13)@バトルロワイアル
基本行動方針:皆で生きて帰りたい?
1:幽助についていく
2:切原赤也、天野雪輝、遠山金太郎、越前リョーマ、綾波レイとその同行者は危険人物だと、皆に伝える

[備考]
雛見沢症候群を発症したかどうかは、次以降の書き手さんに任せます
金太郎の知り合いとしては、跡部景吾の名前も覚えています。しかし天使メールその他によるショックから、すぐに頭には浮かばないようです。
(手塚国光、真田弦一郎に関しては、金太郎が話した時に上の空だったので覚えていません)

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、雪村螢子の死体をおんぶ
[装備]:携帯電話(携帯電話レーダー機能付き)
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1~3、渋谷翔の遺体
基本行動方針:殺し合いを潰した後に、螢子蘇生の可能性に賭ける。
1:螢子の遺体を保存できる場所を探す。
2:圭一から聞いた危険人物(雪輝、金太郎、赤也、リョーマ、レイ)を探す
3:殺すしかない相手は、殺す。

[備考]
※参戦時期は124話、桑原襲われるの報を聞いた後、御手洗が目覚める直前です。




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最終更新:2021年09月09日 19:30