探偵と探偵のパラドックス  ◆j1I31zelYA


どちらが本心かということではなく、両方ともが本当のことだった。
きちんとした根拠があるように見えていたから、『生き返る』と信じたことも。
螢子たちが生き返ると希望を持ちたかったから、『生き返る』と信じたことも。
どちらも、浦飯幽助が生きてきた『これまで』に基づいた帰結だった。
しかし、反論できなかった。

生き返らせたい大切な人がいるのはお前だけじゃない、とか。
死体の保存場所を探す暇があったのなら、他にできることはあったんじゃないのかとか。
どちらも、幽助の覚悟していなかったこと。
雪村螢子と桑原和真を失った巨大な喪失感が、そんな想像をする余裕を奪っていたせいでもあった。
己をさいなむ虚無が大きすぎたあまり、他者の悲しみまでを失念していた。

答えは、出ない。
足は自然と、病院への道を引き返していた。
このまま前進を続けても、ろくなことにはならないという直感。
雪村螢子の死体は、冷たいままで。
そんな彼女を取り戻したいと願う正直な感情を捨てることなど、できやしない。
しかし、このまま死体を抱えてうろうろしていることが、誰かに顔向けできない罪悪であるかのように感じる。

「待てよ……? ここ、工場じゃなかったのか?」

タイミングとしては、良かったのか、悪かったのか。
死体を保存するのに適した場所を、幽助は見つけた。
住宅地のはずれから北西部の2つの橋へと至るための車線の近くに、ぽつねんと建つ冷蔵倉庫。
その近辺を通り過ぎたのに見落としていたのは、それが小規模の工場か何かに見えたからで。
ブロックのように並ぶ小さな倉庫のまとまりは、西の海岸線一帯に広がる港湾部の流通キャパシティを補おうとした産物らしかった。
閉ざされた鉄の門戸をひと飛びで飛び越え、軽々と侵入を果たす。
鍵のかかった従業員ルームのドアを拳でぶち破れば、幸いにも倉庫のマスターキーはすぐに見つかった。
ひとつの倉庫の南京錠を開き、霜の降りた零度以下の空間に足を踏み入れる。
海産物を中身とするらしい箱が積まれていたけれど、人間の十人や二十人を寝かせるスペースはゆうにある。
鉄で組まれた荷物棚は寝かせ心地が悪そうに見えて、冷たい床に少女の亡骸を横たえた。
固くまぶたを閉ざした少女の面立ちに、いまだ腐敗のきざしはなかった。

「しばらく、さよならだな」

呟き、背を向けた。

『しばらく』とはもうすぐなのか、それとも永久に訪れないのか。
もし犠牲者の蘇生に制限がなければ、主催者を倒せば『しばらく』はやってくる。
しかし奇跡の座に人数制限があるならば、他者を犠牲にするどうかを答えなければならない。
主催者をブッ飛ばした後で考えればいい、それが簡単に頭を切り替える方法だった。
幽助は物事を難しく考えない。簡単に割り切る方法があるなら、簡単な方を選択する。
とにかく、殺し合いを止める。
ともすると先延ばしでしかない行為で、しかしある意味では幽助らしい考え方だった。
ただし、そういうわけにはいかない出来事がある。
前原圭一のことだった。

殺しても仕方のない人間は、殺す。
本当にそれができるのか。殺しても最終的に生き返ることが期待できたから、殺そうと思えたのではないか。
つきつめれば、現在の幽助が迷っているのはそういうことだ。

「行くあてもねぇし、どうすっかなー……」

螢子を殺した名も知らぬ少年の遺体は、隣の冷凍室に横たえてきた。
螢子と同じ部屋に並べることは、とてもできなかったから。
当初は、そいつに対しても殺す以外の選択肢はなかったと信じていた。
あの善良で芯の強い雪村螢子を殺しておきながら誇らしげに笑う人間なんて、気が狂っていたようにしか見えなかった。
それまでの幽助にとって、『殺されても仕方のない人間』とは、分かりやすく見分けられるものだった。
不良学生として喧嘩に明け暮れるうちに小悪党も目にしてきたけれど、そいつらはべつだん命の危険を抱かせるような存在ではない。
真の悪党は、もっと分かりやすい。
例えば、私利私欲を肥やすために優しい妖怪の少女を誘拐し、拷問して笑っていた垂金権造。
例えば、医師でありながら、病院の人間を一度に殺そうとしていた神谷実。
例えば、人間界を本気で滅ぼそうとする考えを持ち、桑原を殺そうとした御手洗清志。
(桑原は御手洗のことをそこまで悪い奴じゃないとか言っていたけれど、圭一の話によれば殺し合いに乗っていたらしい)
万人がどう見てもゲスであり、殺すことを禁忌と思いこそすれ、報いを受けても仕方のない連中という見解を持っていた。
それこそ、『自分にとっては悪党でも、誰かは生きて欲しいと望むかもしれない』なんて想像することさえできないような。
被害を拡大させるのは、そういう救いようのないヤツらだと思っていた。
しかし、前原圭一は違っていた。

ほんのついさっきまで信頼できる仲間だった。
楽しそうに元いた『部活動』での友人たちのことを話し、螢子を亡くした幽助の心情を慮ってくれた。
そんな少年が前触れもなく、悪い妖怪に憑かれたかのような豹変を果たした。
友人だったはずの少女を殺し、それを庇って撃たれた相沢雅に対してもまったく悪びれていなかった。
それこそ、螢子を殺して高笑いしていたあいつと同じように。
幽助の目がおかしくなったのか、それまでの圭一が偽りだったのか。
答えを聞くことはおそらく不可能になり、訳が分からないという茫然だけが残された。

「畜生、頭いてぇ」

ほんの今まで信頼できる好青年だった仲間が、殺人者に豹変するかもしれない環境。
そんな世界で、殺すしかない人間とそうじゃない人間の区別なんてできるのか?
殺すことによって、殺し合いは止められるのか?

「こういう時、桑原のヤローならスパっと答えたりするんだろうけどな……」

亡き友がこの幽助を見たらどう思うかと、歯がゆくなる。
桑原和真は、幽助に輪をかけた単純馬鹿であり、何より仁義の男だった。
それに認めたくはないが、おそらく幽助よりも脆くない。
殺すべき人間がどうたらとか小難しく考えずに、誰がどう見ても善人らしい行動をするだろう。
例えば、戦う力も持たない女子を保護して回るとか……。

「……そういや今、周りに誰かいたっけ?」

うっかりしていたことに我ながら呆れ、放置していた携帯電話レーダーを再確認する。
地図上に、新しい光点と名前が出現していた。
『常盤愛』と。




厄介な相手に見つかったな、というのが常盤愛の溜息の理由。

あの渋谷翔を殺したと目される、浦飯幽助である。
利用できるかもしれない。しかし、下手をすれば倒されるかもしれない。
だから『逆ナン日記』に遭遇の予知が出た時は、まず回避しようとした。少し距離をおき、観察に回るために。
しかし、愛が動いても予知された『遭遇時刻』はほとんど変動しなかった。
まるで、向こうも愛を捕捉しているかのように。

「えっと、怪しい者じゃないんだが。すまん、驚かせちまったか」

まるで、バトル漫画の忍者を思わせる足の速さで。
その男は、眼前へと駆け寄ってきた。
郊外の小道なので身を隠す場所は左右にいくらもあったけれど、こう正面からこられてはその暇もない。
強い男。
愛より強いだろう男。
認めたくないけど認めざるを得ない存在に、ぴりぴりと肌があわだつ。内蔵までが緊張でこわばる。
そんなこと、おくびにも外見には出さない。ただただ、驚いた風な演技。

「オレは浦飯幽助……で、もちろん殺し合いには乗ってない」

いきなり現れて話しかけてきた割には、台詞は陳腐というかお決まりのものだった。
ばっちりとリーゼントの形に固められた頭髪に、険の強い三白眼。
常盤の警戒度を引き上げるに足りる外見だった。もし品行方正な学生ならば信用できたかは別として。
不良として場数を踏んでいそうな雰囲気も、気さくそうに異性へと声をかけてくる軽さも、日頃の常盤が『標的』として選ぶタイプの男子生徒だったのだから。

「常盤愛さん、で合ってるよな?」
「え、はい……」

大丈夫、大丈夫だと己に言い聞かせる。
確かに渋谷は愛よりも強かったけれど、それはあくまで真正面から戦った場合の話。
油断させるとか、死の蛭を使うとか、渋谷より強い男を制するすべは色々とある。
気を許すな。張りつめろ。考えろ。負けるな。

――怖がっている?

違う。慎重になっているだけ。実力で上回る男とは、長らく対峙したことがなかったから。
男とは、いつ牙を剥くともしれない相手だから。

「どうして、私の名前が分かったんですか?」

ここは子どもっぽく媚びた口調で接するよりも、しっかりした少女の顔を見せるべきだろうと判断。
渋谷をさっさと殺した疑惑がある以上、下手に嗜虐を煽れば逆効果になるかもしれない。

「そうだった、いきなり名前を当てられたりしたらびびるよな。悪かった」

少年はくったくのない笑みで謝罪をすると、支給品である『携帯電話レーダー機能』の説明をしてくれた。
本来ならば近くの民家とかで腰を落ち着けてすることなのだろうけど、幽助は「誰か来りゃレーダーで分かるし」と、道端の安定した柵の上に腰かけた。
愛も、男と密室で2人きりになるよりは落ちつける。
その気さくな調子と単純そうな人柄は演技に見えなかったけれど、かといって警戒を怠ることはない。
むしろ、こんな蹴落とし合いで『気さくに』接してくるからこそ、『怪しい』と思わせる要素になる。
利用する為には、まず浦飯がどれほどの情報を得ているか把握しなければならない。
万が一にもあの3人の誰かと接触していたりしたら、偽情報も台無しになってしまう。

「浦飯さんはやっぱり、殺し合い反対派なんですか? 
主催者に反抗するための仲間を集める途中だったりとか?」

そう話題を振ってみると、少年はさっと顔を翳らせた。
ほらきた。
表に出す表情は崩さず、しかし仮面の下では、牙をといで噛みつくタイミングを見計らう。
右の掌の中には、死の蛭(デス・ペンタゴン)が握りこまれている。

「こんなことおっぱじめたヤローはぶっ飛ばす。そこは変わらねぇんだけどな……」

明るさが崩れ、うつろさをにじませた声で、少年は独白するように言った。
そこ『は』変わらないなら、どこが変わったというのか。



「常盤には、生き返らせたいヤツとか、いるか?」



「へ……?」

既に死んでしまった知り合いがいるかと聞かれたなら分かる。
しかし、どうして『生き返らせたい』という言葉をチョイスするのか。

「生き返らせたい……?」

その言葉が持つ不可思議さを、常盤は口に出して確かめる。
やっと浦飯も、違和感のあることを言ったと自覚したようだった。

「あ、……悪い。聞かなかったことにしてくれ」

例えば、軽い気持ちで人に話して失敗したことがあるとか、そんな感じの躊躇いに見えた。
演技には見えないが、しかし腹の底も読めない。

「気になってることがあるなら、吐き出してみたらいいんじゃないですか?
こんな状況なんだし、あたしは後ろ暗いところがあるからって気にしたりしませんよ」

だから優しい声を出して、背中を押してみる。
浦飯は言葉の裏を読むことを知らないのか、面食らったような顔をした後に「ありがとな」と言った。
「聞いてて楽しい話じゃねぇから、覚悟してくれるか?」と警告をいれて、切り出す。

「人を、殺しちまったんだ……」

やっぱり。
死の蛭を隠した拳を、強く握り締めた。

浦飯は、語る。
レーダーを支給されたおかげで、幼馴染である雪村螢子の居場所をいち早くつき止めたこと。
しかし、たどり着いた現場で、雪村螢子は渋谷翔という少年に刺し殺されていたこと。
それを見て、頭が真っ白になったこと。
そいつはあろうことか、螢子を見下ろして狂ったような高笑いをあげていたこと。
頭に血が上り、そいつを殴り殺していたこと。

「じゃあ浦飯さんがなくした人って、その雪村さんのことだったんですか?」
「ああ……俺がもう少し急いでりゃよかった。結局のところは、それなんだろうな」

あの慎重派の渋谷がそんなトチ狂ったような行動をとったとは、にわかには信じがたい。
ありえるとしたら、母親がらみのトラウマを刺激された場合だろうか。
『学籍簿』によれば浦飯幽助と雪村螢子はクラスメイトの間柄だったことから、大筋において虚偽はないと推測する。
それにしても……。

「そんなことないと思います。浦飯さんは、真っ先に病院に行ったんじゃないですか。
悪いのはどう考えたって、渋谷って男の方ですよ。何もしてない女の子を殺すなんて」

その『螢子』のことを語る時、浦飯の表情はひどく愛おしそうだった。
それが、気になった。
幼なじみの、男の子と女の子なカンケイ。
常盤愛には、異国の童話のように縁遠い物語だった。

「ありがとな……常盤って、いいヤツだな」

男は、キタナイものだ。信用できないものだ。
けれど、浦飯は螢子という少女のことが、とても大切だったように話していた。
所有していた女を奪われたから凹んでいる?
生きている間にヤりたいことをできなかったりして、腹を立てている?
しかし少年の顔に宿る翳りは、魂からの悲しみであるように見えた。
本当に守りたかった人を、失ったような。

「あたしにはそういう彼氏さんがいないから、雪村さんはすごく大事に想われてたって、思えます」

愛は、知っている。悲しんでいる振り、怒っている素振りを演じることはできても。
死ぬほど傷ついた人間の顔を、演技では生み出せない。
たかだか男子中学生に、演じきれるものではない。
《天使隊》は、一度ならず自殺未遂を起こした少年少女たちの集まりで。
だからこそ愛は、そういう顔を見慣れている。

「彼女か……そういう仲だったのかな、分かんねぇや。
餓鬼のころは、気軽にプロポーズとかできたんだけどな」

中川典子は、守られて生きのびたことを誇る勝ち組だった。
しかし浦飯幽助は喪失者であり、魂を傷つけられた中学生だった。
虚ろな目。奪われた者の目。荒(すさ)みを抱えた目。
それは、むしろ《天使隊》の仲間たちと近い。

――でも、関係ない。

百歩ゆずって、浦飯の螢子に対する想いが、邪念のない純粋なものだったとしても。
浦飯がいつでも欲望を秘めた『男』であることに変わりはない。
仮に雪村螢子には優しかったとしても、警戒を緩めていい理由になりはしないのだ。

「あたしは、そういう人を亡くした重みとかは分からないけど、本当につらかったんですよね」

だからこれは、信用を得るための言葉だ。

「こういう言葉が適切かは分からないけど、おくやみを、言います」

ただし、大事にされていたという少女を悼むという気持ちは、本当だったかもしれない。

「ありがとよ……聞いてもらえて、少し楽になった気がする」

人を殺したと告白してから初めて、浦飯はくったくのない笑みを見せた。
そういえば、前に通っていた中学校でも、吉祥学苑でも、男子からここまで裏表のない笑顔を向けられることはなかった。

「……っと、話がそれちまったな。どうして『生き返る』って言い出したのかって話題だったっけ」

そうだったと、常盤も思い出す。
渋谷翔を殺した疑惑の謎は解けたけれど、そちらにも違和感を持っていた。

「実は、あの後……」

浦飯の続けようとした言葉が、止まる。
たびたびチェックしていた携帯電話の画面に、目を落としたときだった。

「レーダーに新しい名前が映ってる。今度は『秋瀬或』ってヤツだ」

愛もまた、音をたてずに舌うちした。
浦飯幽助の挙動を注視するのに気をとられて、逆ナン日記のチェックをおろそかにするというミスだった。




霊界探偵。
興味深い、というのが秋瀬或の感想。

手がけた事件の一つ一つを聞くことはできなかったものの、“暗黒武術会”の話や“蘇生した経緯”の説明から、その輪郭はうかがい知れた。
浦飯幽助の世界では、犯罪を取り締まる職務を『探偵』と呼ぶらしい。
秋瀬或にとって、『探偵』の本文とは“謎”と“事件”の解決にあった。
その過程で困っている人々を助けようと行動したことはあったけれど、それは身軽に動ける一般人だからこそのお節介に近い。
浦飯幽助は、『謎』の追求を望まざるとにかかわらず探偵に従事し、『霊界』という公的機関の指令を、自身の正義感と一致させていたようだった。

では“探偵”の定義とは何だろう。
人を助けることか。謎を解くことか。
少なくとも浦飯幽助は前者だと理解しているように見えたし、そういう人物だからこそ『殺し合いを止める為に殺す』という発想も生まれたのだろう。

――などと小難しく整理してみたが、要は幽助がちょっと『探偵っぽくない』のである。

閑話休題。



「それで、オレは目の前で雅って子を死なせちまったんだ。
たぶん、圭一のヤツだってもう……」
「なるほどね、君たちが議論していた話題については、よく分かったよ」

さて、ここにひとつの問題がある。
犠牲になった人々を生き返らせる力があるかもしれない。
ただし、その真偽が不明瞭という問題だ。

「それで浦飯君は、『一人しか生き返らないならどうするか』については保留しているわけだね」
「ああ、園崎の言うことはもっともだと思ったから……」

幽助たちとは道を挟んだ向かいの柵に背を預けて、秋瀬は問いを重ねつつ沈思する。
浦飯幽助の住む世界では、死者蘇生が不可能ではない。
秋瀬或にとっては、看過できない事実だった。
神の力でも、死者の蘇生は不可能だった。天野雪輝は、そう告白したのだ。

「仮に『複数人が生き返る』としたら、やはり生き返らせる道を選ぶのかい?」
「そりゃ最初からそのつもりだったからな。螢子も、できれば、園崎の妹たちも」

死者の蘇生が可能な世界と、≪条件付きで≫不可能な世界。
推測を進めることは、できる。
しかし推測を口にするべきか、或はしばし判断に迷う。
『死んでも生き返るかもしれない』という仮説に首を突っ込むこと。
それは、下手に転べば殺し合いを促進させるリスクをも孕んだ行為だ。

「だとしたら、話しておかなければいけないね」

しかし、承知の上で秋瀬或は伝える。
浦飯幽助という少年に、手札を少しだけ明かしてみせる。

それは、天野雪輝のため。
もっと言えば、天野雪輝のために、我妻由乃を止めるためだった。
自ら生きようとは思っていない雪輝を、絶えず傍近くにいたところで守るのは難しい。
だからこそ或は、雪輝との再合流を後回しにしてまで由乃を探しに動き、また世界の謎を解くための探索も変わらず続けている。
由乃がこれからも犠牲者を出し続けるようでは、そのきっかけを作った雪輝の立場も悪くなる。何より雪輝は、由乃がそうすることを望まない。
しかし、由乃が雪輝の知らないところで対主催派に殺されてしまっても、彼はおそらく悲しむだけで、前に進めないだろう。
天野雪輝が幸福を得るには、『我妻由乃との決着』が必要だ。それも、雪輝が納得する形での決着が。
我妻由乃を、生かしたまま捕らえて雪輝の元に連れていく。これが、大前提。
最低条件でありながら、いきなり難易度最高クラスといったところか。
ましてや雪輝によれば、未来の秋瀬或は由乃に敗北して斬殺されるらしいのだから。

「実は僕の住む世界にも、人を蘇生させる手段はあった……と言ったら、驚くかい?」
「マジか?」

由乃に対してだけは、『殺すしかない人間は殺す』を実行されては困る。
多くの犠牲者を出す上に、改心の余地も絶望的な我妻由乃は、間違いなく幽助が言う『殺し』の対象に入る。
しかも暗黒武闘会のことを聞く限り、幽助の強さは参加者でも上位のものだろう。
我妻由乃さえ、殺しかねないほどに。
敵に回せば百害あって一利ないが、味方につければ多くの利がある。
なぜなら、今の或と雪輝にとって、協力者となり得る人材は限られるからだ。
主催者の知り合い。元≪神様≫。
一度は殺し合いに参加し、友達を含めた大勢の人間を、願いのために皆殺しにした後ろ暗い過去。
そして、間接的に自分の住んでいた世界を滅ぼしたという言い訳できない大罪。
凶悪かつ話が通じないマーダーである我妻由乃の思い人。そして、その彼女が暴れている元凶。
対主催者ではあるが、全てに対して投げやりなスタンス。
ひどい言い方になってしまうが、今の雪輝はこれだけ信用されない要素が多すぎる。
だから、意味深な話し方をしている或ともこうして真正直に会話してくれる浦飯幽助は、協力者となり得る貴重な人材だった。
おそらく彼の『探偵』としての成功も、こうした人徳によるところが大きかったのだろう。

「今のところ、《神様》が浦飯君の世界の蘇生技術を持っている確証はない。しかし、その公算は高いと思うんだ。
僕が出会った月岡君も、《死んだはずなのに蘇った》という経歴を持っていたからね」

秋瀬或は、語る。
『神様』のいる世界で生きていたこと。
その『神様』には、死んだ人を蘇らせる力もあるのではないかと言われていたこと。
はたして神様は、言った。
どんなに体が損傷していても、それは復元できる。ただし魂までは戻せない。
それはいわば、生体反応はあっても生きていないのと同じことだと。

「おい、それって……」
「そう、浦飯君の知っている蘇生術とは、ちょうど真逆なんだよ。そちらは、体の損傷がひどければ、魂を戻せないという話だった。
主催者がいくつかの世界から人を集めたならば、複数の世界の蘇生術についても網羅していると仮定するのはどうだろう。
それなら、首と胴体を切り離されて死んだはずの月岡君が蘇生できたことにも、説明がつけられる」

そしてこの仮説が真ならば、おそらく複数の人間が生き返る。
1人だけしか蘇生することができないならば、参加者を選考する段階でわざわざ月岡彰のためにその能力を使い切ってしまうのは、あまりにも勿体ないからだ。

「だから僕は、どちらかと言えば複数人が生き返る説を採用したいと思う。
ただし、だからといってそれを当てにしすることは危険だね」

おそらく、園崎魅音に問い詰められる前の浦飯なら『主催者に蘇生された参加者がいる』と聞けば飛びついたのだろう。
しかし今の浦飯ならば、安易にご都合主義の報酬に飛びつくことはしないはず。

「みんなが生き返るならそうしてやりたいけど、それはさすがにできすぎてるって気がするな」

果たして浦飯は、そんな感想を漏らした。

「それが賢明な考えだと思うよ。僕自身も、蘇生の甘言に釣られて失敗した人を見たし」
「そういうヤツもいるのか? そりゃあ」

その方が、或にとっても好都ご――。



「アンタたち、おかしいわよ」



少女の声が、議論を断ち切った。




霊界とか。妖怪とか。閻魔様とか。
頭おかしくなったんじゃないのと、問いただしたくなるような話で。
それでも男2人の会話を聞くことで、信じがたいなりにその意味を理解していった。
生まれた感情がある。
怒りだった。

生き返るなら、何人でも生き返らせたいというその態度。
生き返らせることが被害者の為だとでも言わんばかりの、その態度。
そりゃあ、大切な人が死んだら、戻ってきてほしくもなるだろう。そんな人だって、ここにはたくさんいるだろう。
でも、あんなに螢子という少女のことを大切そうに話していたのに。
その様子は、まるで螢子当人の気持ちなど、無視しているかのようで。

「それってさ、可能ならみんな生き返らせちゃうつもりなわけ?
刺し殺されたり、殴り殺されたり……すごくひどい殺され方をした人も?」
「え、そりゃあ……ひどい死に方したヤツなら、なおさらむくわれねぇだろ?」

そこにいるのは、すでにして理解の範疇を超えた『男』で。

例えば。
仮に確実な脱出手段を持っている男がいたとして、そいつが『生き延びたければ体をよこせ。生還できるなら、一度レイプされるぐらい安いもんだろう』と言ってきたら。
愛はそんな条件を飲むぐらいなら、死んだ方がマシだと答えるだろう。
浦飯幽助たちの言っていることは、それと同じだ。
刺されたり、殴り殺されたり、もしかしたら首を絞められたり。
生き返ったという月岡なる人物は、首と胴体をバラバラにされるような目に遭ったという。
殺されるというのは、きっと犯されるのと同じぐらいぞっとすることに違いない。
押さえつけられて、思うがままにされて、凶器を振り下ろされる。
愛にとっては、決して他人事ではない経験だった。
過去に輪姦されてからしばらく、愛はそれこそ死んだような思いで日々を過ごした。
もし恩人である大門美鈴と出会わなかったら、一生立ち直れないままに廃人になっていただろう。
生き返るんだから、一回ぐらい殺されても大丈夫?
『命を奪う』というこれ以上ないほどの蹂躙が、『生き返るから大丈夫』なはずがない。
当人の意思を確かめようもないのに、そんなことを勝手に決めてしまうなんて。

「『生き返るから死んでも大丈夫』なんて、信用できるわけないじゃんっ!!」



もしかしたら、マシな男かもしれないなんて、ちょっとだけ思ったのに。
裏切られるのはごめんだと思っていた愛が、そんなことを思ったのに。



それは、トラウマスイッチだった。
理解のできない男たちに囲まれて。
手を、足を、口元を抑えて、衣服をむしるように剥いでいく男たち。
信じていた彼氏が、得体のしれない生き物に豹変する、あの瞬間。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。

立ち上がり、右手を大きく振りかぶる。
テコンドーの蹴りではなく、全力をこめた平手打ちをお見舞いしていた。



――バチン!


唖然とした幽助は、そのビンタを回避も防御もせずに左頬で受け止める。
ひっぱたいた拍子に、手のひらの蛭が貼りついていた。少年の左頬に赤いほくろが残る。

(あんたなんか、あんたなんか)

発作的な熱に浮かされて、愛は強く念じる。
先のことなど、まったく考えていなかった。

(あんたなんか『死んじゃえ』っ――!!)

死の蛭に、絶対死の命令を叩きつけた。





結果を言えば、浦飯幽助は死ななかった。

死の蛭は、取りつけた本人にしか剥がせない。決して皮膚から離れない以上、死を逃れる手段はない、はずだった。
しかし皮膚から引き剥がせなくとも、皮膚『ごと』破りとることはできる。
相応の、人間離れした腕力があれば。

圭一の行動が読めずに遅れをとった先刻とは違う。
本来の浦飯幽助は、人の目にもとまらぬほどの異常な速さで動ける。
頬に、異物感を感じた。
そこから、急激に『抜き取られる』という吸血の感触を味わった。
とっさに、手を頬にあてて、異物感のもとであるそれを引きはがしにかかっていた。

ぶちぶちっと、ほほ肉の断裂する音とともに、赤い蛭がこぼれ落ちる。
数秒あれば幽助を殺せたはずのそれは、それなりに血を吸ってゴムボールほどの大きさに膨らんでいた。

「…………っ!」

すぐにふらつき、地面に膝をつく。
いくら人間離れしていても、どんな生き物だって血がなくなれば失血死するわけで。
急に頭部から大量の血を吸いだされたら、貧血も起こす。
代わりに秋瀬がそれを拾い上げ、観察した。

「これは……吸血蛭の一種?」

失敗した。
俯いた幽助と、冷静に検分する秋瀬の声が、愛を我に返らせる。

殺そうとした。
失敗した。
ヤバい。
ヤバい。
ヤバい。

背を向ける。
脱兎。
そんな風に、愛は逃げ出した。



「……って、ちょっと待てよ秋瀬! なんで追わねぇんだよ」

ふらつく頭を無理やりに起こして、幽助が常盤の逃げて行った方向を見据える。

「殺し合いに乗った人間は殺すというのが、君の方針じゃなかったのかい?」

秋瀬或が追わなかったのは、常盤を引き止めたとして、その常盤を幽助がどうするかが読めなかったから。
未だ『殺し合いに乗った人間は殺す』という方針はどう転ぶかわからない以上、うかつな真似をすることで最悪は『戻れなくなる』かもしれない。
それを聞いて、幽助もはっとする。
しかし、すぐに答えた。

「追っかけて、話を聞いてから決める」

それに対して、秋瀬は意外そうな顔をする。
自らの立ち位置に迷っていた幽助からすれば、そこは答えに迷ってしかるべきタイミングで。

「常盤は、螢子のことを想ってくれた。
最初から俺を殺す気だったとしても、だから悪党だって殺す気にゃなれねぇよ。
それに、前原の時は、問いただすことだってできなかったんだ」

生き返るのか、生き返らないのか。
生き返らせるべきなのか、生き返らせるべきではないのか。
殺すべきなのか、殺してはいけないのか。
答えは出ない。

「男同士ならこじれても決闘すればすっきりするんだろうけど、そうもいかねぇだろ。
だったらせめて、言いたいこと言いあってすっきりさせる」

道が見えなくとも、前を向かなければいけない理由ならいくらでもある。
考えても答えがでないなら、ただじっとうずくまっていても答えが出るはずない。
少なくとも螢子は、自分のことを慮ってくれた相手を幽助が無下に扱ったりしたら怒るだろう。

「なるほどね」

浦飯幽助の眼に、わずかながらも光を見てとったのか。

「付き合うよ。『探偵』として」

秋瀬或は同行を申し出た。


【G-4/郊外/一日目・昼】

【常盤愛@GTO】
[状態]:右手前腕に打撲
[装備]:逆ナン日記@未来日記、即席ハルバード(鉈@ひぐらしのなく頃に+現地調達のモップの柄)
[道具]:基本支給品一式、学籍簿@オリジナル、トウガラシ爆弾(残り6個)@GTO、ガムテープ@現地調達
基本行動方針:生き残る。手段は選ばない
1:???
[備考]
※参戦時期は、21巻時点のどこかです。
幽助とはまだ断片的にしか情報交換をしていません。

【秋瀬或@未来日記】
[状態]:健康
[装備]:The rader@未来日記、セグウェイ@テニスの王子様
[道具]:基本支給品一式、不明支給品(0~1)、火炎放射器(燃料残り7回分)@現実
基本行動方針:この世界の謎を解く。天野雪輝を幸福にする。
1:浦飯君と共に常盤愛を追う。
2:越前リョーマ、跡部景吾、切原赤也に会ったら、手塚の最期と遺言を伝える。
3:殺し合いを止める、か……。
[備考]
参戦時期は『本人の認識している限りでは』47話でデウスに謁見し、死人が生き返るかを尋ねた直後です。
『The rader』の予知は、よほどのことがない限り他者に明かすつもりはありません
『The rader』の予知が放送後に当たっていたかどうか、内容が変動するかどうかは、次以降の書き手さんに任せます。
幽助とはまだ断片的にしか情報交換をしていません。

【浦飯幽助@幽遊白書】
[状態]:精神に深い傷、魅音の言葉に動揺、貧血(大)、左頬に傷
[装備]:携帯電話(携帯電話レーダー機能付き)
[道具]:基本支給品一式×3、血まみれのナイフ@現実、不明支給品1~3
基本行動方針:殺し合いを潰した後に、螢子蘇生の可能性に賭ける……?
1:常盤愛を追い、話を聞く
2:圭一から聞いた危険人物(雪輝、金太郎、赤也、リョーマ、レイ)を探す
3:殺すしかない相手は、殺す?

[備考]
秋瀬、常盤とはまだ断片的にしか情報交換をしていません。

常盤愛がまだレーダーの探知範囲(100メートル以内)にいるどうかは、後続の書き手さんに任せます。



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問:ゼロで割れ 浦飯幽助 その目は被害者の目、その手は加害者の手
「希望は残っているよ。どんな時にもね」 秋瀬或 その目は被害者の目、その手は加害者の手
Driving Myself(後編) 常盤愛 その目は被害者の目、その手は加害者の手


最終更新:2021年09月09日 19:43