ピーターパン・シンドローム ◆7VvSZc3DiQ



【ピーターパン・シンドローム】

1983年にアメリカの心理学者、ダン・カイリー博士の著した『ピーターパン症候群』で提唱された精神疾患としての概念。
本著の中でピーターパン・シンドロームは「成長する事を拒む男性」として定義されている。
転じて、学説的見解とは相違するニュアンスではあるが「大人になりたくない子ども」を指すこともある。

類義語→【ネバーランド症候群】

 ◇


あの、永遠に続くかと思われた夏の日。
じっとりと汗に濡れた制服が肌に張り付いているのを下敷きで扇ぎながら引き剥がし、帰り道で食べるアイスの事を考えている。
こんなに暑い日にはプールにでも行ってひと泳ぎと洒落込みたいところだ。
横目で眺めるクラスメイトの女の子たちの制服の下に中学生らしからぬ下着のラインが見えて、どきりとする。
最近になって、異性と話すのがどんどん苦手になってきた。
興味がないわけじゃなくて、興味がありすぎるからこそ、どう接していいのか分からない。
女の子と仲良くやってるクラスの人気者を少し羨ましく思いながらも、男同士で馬鹿をやってるほうが楽だった。
悩みなんて数えるのが馬鹿らしくなるほどいっぱいあって、だけど楽しいことはそれよりもっと多くて、毎日が輝いていたあの日。
こんな日々が、ずっと続けばいいと思っていた。


僕たちはあのとき、ずっと子供でいたいと思っていた。


 ◇

舞台に降りた闇の帳が、観客の集合と共に開かれた。
観客の年頃は皆揃って十代の前半。総勢五十を超える少年少女たちが、中央に座する巨大な椅子に臨む形で配置されていた。
自分たちが何故此処に居るのか、その理由を説明出来る者は彼らの中に誰一人としていない。
それどころか、一体どうやって此処に来たのか、どれだけの間此処に居るのか、何一つとして分からぬまま、彼らは此処に居る。
困惑と不安が喧騒となり、彼らの中で広がっていく。心細げに震える者、静観を決め込む者、怒りを露にする者――
その中の一人が、ふと気付いた。自分たちの頭上に、大きな物体がそびえていることに。
気付きは連鎖する――周囲の人間が視線を上へ向けているのに気付いた人間もまた、視線を上げる。

そこに在ったのは、巨大な石版だった。
黒い立方のそれには、表面に赤く塗られた文字らしきものが確認できる。

 XXXXXX 01 SOUND ONLY

 ――声が響く。

『今から君たちには、とある【ゲーム】に参加してもらう。何、難しいことはない。
 ルールは単純明快だ。最後の一人になるまで殺し合う――それが今より君たちを縛る、絶対にして唯一のルールだ』

壮年の男性を想起させる声質が告げたのは、何も知らない少年少女らにとってはあまりにも現実味のない現実だった。

――おいおいおい、ふざけてんじゃねぇよ。
――なんで私たちがそんなことやらなくちゃいけないのよ!?

多くの者達が口々に不満を爆発させる中、それを遮るように声は響く。

『……理由を欲するか。よろしい。ならばその振りかざした手を、己の首元へ伸ばしてみるといい。
 ――あるだろう? そこに。君たちを縛る鎖が。君たちがもしもこの【ゲーム】からリタイアするというなら』

音と光と風と熱が、舞台の中心で炸裂した。
もし『声』の指示に従わないのならば、少年少女たちの首に巻かれた首輪が爆発するということを、『声』は示唆した。
そうなれば勿論、首輪の持ち主に訪れるのは確実な死だ。
生殺与奪を『声』の主に握られているということに気付いた少年少女たちは、にわかに静まり返った。

『今から君たちには、私たちが用意した盤上にて殺し合いを完遂してもらうことになる。
 君たちに配られるのはこのバッグ――中身は、ランダムに配られるアイテム数個と、水と食料と、』

声が一旦途切れ、強調の意味を含んだイントネーションで次の言葉を始める。

『携帯電話だ。……君たちの中には、馴染みがない者もいるかもしれないが――心配する必要はない。
 君たちは既に、携帯電話に関する知識を持っているはずだ。
 この携帯電話が、君たちの生命線となる――ここからの説明は、よく聞いておくといい』

気付けば誰もが『声』に聞き入っていた。不満を漏らす者も怒りを叫ぶ者も、既にいない。
『声』は語る。この携帯電話は、君たちが【ゲーム】に参加するためには必要不可欠なアイテムであるのだと。
携帯電話の各種機能が、この【ゲーム】で生き残るために必要な機能となっていることを。

例えば、アドレス帳。ここに登録されている名前が共に殺し合いをする参加者たちの名前となっている。
インストールされているGPSソフトを使えば、会場の地図と自分の現在地を確認することが出来る。
夜間の行動時には、ライト機能を。時間の確認には内蔵時計を。

『また、【ゲーム】の途中経過を報告するために、六時間ごとに定時放送を行う。
 それもまた携帯電話を通じて行うが、もし携帯電話を失くしてしまった参加者がいても、後からフォローを入れるというようなことはない。
 ――これだけ説明すれば、この携帯電話がどれだけ重要なキーアイテムかはお分かりいただけるだろう』

但し、支給される携帯電話には制限されている機能もあると『声』は説明を続ける。
電話やメール、ネット接続などの通信に関する機能は基本的に使用できないと考えてもらって構わない。
条件が揃えば使用できるようになることもあるとだけ言っておこう、と。

『【ゲーム】が終了するのは、最後の一人が決まったときだ。優勝者には、相応以上の報酬が用意してある。
 得られるのは、神にも等しい力だ。最後の一人になったとき、世界は君のものとなる』

神にも等しい力――? 馬鹿げている。何を言っているのか。
神に等しい力を持つということは、つまり、神になることと同義ではないか。
そんなこと、どこの誰が信じるというのだ。だが、『声』の言葉に嘘の色はない。

『――以上で、【ゲーム】についての説明を終わろう』

『それでは――』


『バトルロワイアル、開始だ』



『声』が途切れると同時、少年少女たちは一人また一人とその姿を消していく。
次に彼らが目を覚ましたとき視界に入ってくるのは見知らぬ景色。
最後に残る一人を除いて、もう誰もあの日常に戻ることなど出来ない。
此処より先の非日常に在るものは、僅かな希望と絶対的な絶望だ。


 ◇


僕たちは、大人になれない。


 ◇

【中学生バトルロワイアル 開始】



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最終更新:2021年12月14日 11:02