君は何を望むの?  ◆j1I31zelYA


ある時の七原秋也は、桐山和雄にはっきりと殺意を持っていた。
桐山もまた、あのプログラムに巻き込まれた被害者の一人だとは分かっていた。
感情を持たないで生まれついたことが、桐山自身の罪ではないことも分かっていた。
それでも、冷酷な殺人マシーンとしての桐山和雄を恐れ、殺してやると思ったことがあった。
3年B組のクラスメイトを、何人も殺した男。
二度、秋也を殺しかけた男。
大事な中川典子の顔に、傷をつけた男。
恩人であり親友の、川田章吾が死ぬ原因を作った男。
彼について思い出そうとすれば、放物線を描いて飛ぶ手榴弾だとか、トラックとライトバンでのカーチェイスだとか、
防弾チョッキを着て起き上がり川田を撃った姿だとか、殺伐とした情景しか浮かばない。
どんな死に顔だったのかも覚えていない。
ただ、殺した瞬間にこみあげてきた虚しさと、雲散霧消した殺意の残りかすみたいな感傷だけは、その身にしみて記憶していた。
人間なら何人も殺してきた秋也だったが、『死闘』と呼べる経験をしたのは、桐山和雄との二度にわたる戦いだけだ。
忘れられない人間の一人。今現在も憎んでいるかと聞かれると、複雑な感傷を覚える人間。
いや、人間というよりは、怪物。

その怪物は今、七原秋也の仲間になっている。

「この銃は七原が持っていてくれるか?」

桐山は少女の遺体から回収したグロック29のガンバレルを握り、秋也へと差し出した。
ほんの数分前まで、殺すか殺されるかの駆け引きをしていたとは思えない気軽さだった。

「いいのか?」

聞き返すと、桐山はショットガンを持つ七原と、手ぶらのヒデヨシを交互に見て、言った。

「俺の支給品は機関銃だから、もう一人援護射撃できる奴がいた方がありがたい。その散弾銃では援護は向かないだろうしな」
「分かった。じゃあ、俺のグレネードも全員に一個ずつ渡しておくよ」

拳銃と手榴弾を交換し、ヒデヨシにもスモークグレネードをひとつ渡す。
向こうが拳銃を預けた以上、こちらも各自で持てる武器は、渡しておくのが筋だろう。
桐山の裏切りを警戒して武器を渡すことを躊躇い、戦力配分を誤るような愚をおかすわけにはいかない。
ヒデヨシが、回収された二個のディパック――緑髪の少女と佐天涙子のものだ――を見下ろして、おずおずと会話に参加する。

「食料や水は公平に分けるとして……ぶっちゃけ携帯電話が二個余るな。予備があって困るものじゃないけど、誰が持つ? 誰が持っても同じだろうけど」

目線はあまり桐山を見ないように、秋也の方を向く。
桐山が荷物を回収している間に、桐山が既に死んだクラスメイトだということ、感情の欠落した人間だということは話している。
しかし警戒しているのは、ショッキングな話を聞いたからだけではないだろう。
さっきまで自分を銃殺しようとしていたばかりか、これからも気が変われば殺そうとしてくる男と、仲間として行動することになったのだから。
むしろ、文句も言わずに頷いてくれただけ、ありがたいことなのだ。

「お前は宗屋、だったな。『誰が持っても同じ』と言ったが……未来日記を持っていないのか?」
「未来日記?」

聞き慣れない言葉に、ヒデヨシと顔を見合わせる。
桐山は懐から、ハイテクそうな形の携帯電話を取り出した。

「俺に支給された日記が、この『コピー日記』だ。他人が持っている未来日記の機能を、任意でコピーして未来予知をする。
今のところは、佐野という男が持っていた未来日記をコピーしている」

コピー日記と契約できる番号が書かれた紙を支給されたこと、
契約した時に、主催者の一味らしいムルムルという子どもと会話したこと、
未来日記には色々な種類があるらしいこと、それらを桐山は淡々と説明していった。
なるほどな、と秋也は頷く。
一瞬で会場まで送ってくれるわ、死人を生き返らせるわとサービス精神旺盛な主催者さんは、
支給品にまでその得体の知れない力を利用したというわけだ。
こんな支給品があるなら、戦術の組み立てもずいぶん違ってくるぞと秋也は嘆息する。
未来日記という強力アイテムは、それだけで所有者の生命線になりかねない。
携帯電話をもう一つ持っていれば、日記のフェイクになったりと使える機会もあるだろう。
コピー日記は壊れても所有者にリスクがないらしいから、予備の携帯があれば壊れても再契約できるかもしれない。
結局、既に未来日記を持っている桐山が予備の携帯電話を一個持つことになった。
もう一つの携帯電話は、一人だけ銃器を持たないということで、何となくヒデヨシの手に渡る。
その他食料なども三等分して、桐山が仕切り直す。

「全員の装備については改めて確認したいところだが、先に済ませておきたい作業がある。
それが終われば、装備確認も含めて情報交換をしよう。そして当面の方針を決める」
「先に済ませたいこと……?」

ヒデヨシは首をかしげたが、秋也には桐山のやりたいことが読めた。
地面にまだ、分配されていない道具がひとつ、残っていたからだ。
クレイモア地雷を危険だからと収納して、拳銃とナイフを装備し、食糧や水なんかを三等分して、ひとつだけ残った支給品。
緑髪の殺人者が隠し持っていた最後の武器は、大鋸だった。
ぎざぎざした刃渡りの両端に持ち手があり、二人で挽くものなのだと分かる。
刃渡りは大きかったが、実戦で使うならナイフの方がだいぶ使いやすそうだった。
切断する道具。
それを拾い上げて、桐山は言った。


「死体から首輪を回収してくる。首輪の解除にはサンプルが要るからな」


なるほどと、ヒデヨシの顔に一瞬だけ納得が宿り、

「え……? 回収って……」

首輪を回収する。
その意味することがどういうことなのか、理解して凍りついた。
まずいな、と秋也は直感する。
佐天涙子の死亡、仲間だった佐野のマーダー化、山小屋でのひと悶着、得体の知れない桐山との同盟と。
ヒデヨシの受けたショックはあまりにも連続している。
ここでさらに揺さぶりを食らってしまったのだ。

「お前……死体から首を切って、首輪を取るっていうのか?」

絞り出すように、ヒデヨシは声を出した。

「そうしないと、首輪がどうなってるか調べられないだろう」

ごく平静に、桐山は回答する。
ヒデヨシは、再び銃口を向けられたみたいに言葉に窮した。
それでも、今度は桐山の眼をしっかり睨み返して、意地を張るように仁王立ちしていた。
感情論が通じない相手だと知っていて、それでも言わずにいられないのだろう。

「だけど……ぶっちゃけ、これじゃ首輪が欲しいから、アイツを殺して奪ったみたいじゃねえか」

再び意味をなした言葉は、ひどく弱弱しいものだった。
無理もない。
相手を殺さなくとも勝ち残れるし、殺すことが目的でもない。ヒデヨシはそういう世界の住人だ。
自ら殺した人間の死体をさらに冒涜して、首を切り落とすような所業なんて想像の中にさえなかったのだろう。

「殺した時点ではそこまで利を考えていなかった。結果論だ」
「そりゃそうだろうけど……ぶっちゃけ、他の方法はないのか? 首を斬らずに首輪を外せるかとか……」
「『無理に外そうとすれば爆発する』という制約が持続しているか分からない以上、首輪を切ったり解体するようなやり方で外すのは危険が大きい。
極力、首輪には衝撃を与えない方法がベストだ。それにこの先都合よく首のない死体と出くわす期待もできない……七原、手を貸してくれ」


やはりそうなるか、と秋也は腹をくくった。
鋸は二人用なのだ。ならば首の切断作業には、二人が必要になる。

「分かった、ちょっと待ってくれ」

桐山を遺体へと先に行かせた。訴えるような表情をしたヒデヨシと目を合わせる。

「宗屋。俺だって、酷いことをしてるとは思ってる。相手が悪い奴だからって、死んだ後も貶められていいはずないからな」
「七原……でも、ぶっちゃけお前だって、前の時はそんなことせずに首輪を外したんだろ?」
「あの時は、あらかじめ解除する方法が分かってたからな」

過去の秋也のようだった。
心ないかのように冷静に振舞う川田に、反発ばかりしていたころの秋也だった。
殺し合いでは、他人のことを気にかけた人間から死んでいくことを川田は知っていた。
秋也も頭では分かっていたが、川田ほど割り切ることができなかったから、事あるごとに川田に食ってかかった。
ヒデヨシだって、分かっている。分からないほど、頭の働かない少年ではない。
だからヒデヨシに必要なのは、自分たちがすることを正当化し、罪の意識を軽くしてやる言葉だろう。

「首を斬るなんて、誰だって気分のいいことじゃない。でも、誰かがやらなきゃいけないんだ。
今、大事にしなきゃいけないのは、死んでる人間より生きてる皆なんだから」

こんな時、川田だったらどう言うだろう。
秋也はちょっとだけ考えた。
そして、言った。
あの時と、同じ言葉を。

「宗屋。誰かを大事にするってことは、別の誰かを大事にしないってことなんだ。
他人を想いすぎて、自分や仲間を殺す真似をしちゃいけない」

――誰かを愛するっていうのは、別の誰かを愛さないっていうことだ。典子サンが大事なら、行くな。

拡声器を使ったクラスメイトたちを助けに向かおうとした時、川田はそう言って秋也を止めた。
本当に優先すべきものを守りたいなら、耐えなければいけないこともあるのだと、厳しい言葉で諭した。

ヒデヨシが顔を上げた。
茫然と、衝撃を受けたような顔をしている。

「別の誰かを、大事に、しない……」

届いた。
佐天涙子が死んだ時、悔しがって下を向いていた時とは違う。
今度は、ちゃんと言葉が届いている。
そのことに少し安心して、秋也は桐山が待つ遺体へと歩み寄った。



少女の胴体は、適当な切り株の上にのせられていた。
台座があった方が刃物を入れやすいからだろう。
邪魔になりそうな長い緑髪をどけて、死体の横たわる左右に二人でしゃがむ。
白いうなじが、二人の眼下に晒されている。
鋸を首と垂直な角度で持ち、その刃物をうなじへとくいこませた。

ギザギザした刃を突き立て、「せーの」と掛け声、同時に挽く。
使い慣れない包丁で肉を切る時に似た、弾性のある抵抗感が手に伝わった。
引く際に必要なのは、腕力よりも二人の呼吸だ。
むしろ、力はほとんど必要なかった。
力をいれるタイミングを重ねれば、ニンジンでも斬るようにすいすいと刃物が埋まっていく。

むしろ、刃がすいと通るときに持ち手に伝わる、柔らかさこそが問題だった。
お前が今切っているのは人間の首なんだぞと実感させ、指先から肩までに鳥肌が立つ。

「七原」

なるべく手元を見ないように、顔をしかめて斬り進んでいた時だった。
桐山の方から、秋也へと話しかけてきた。

「さっき、俺が『首輪を回収する』と言うのを予想していたみたいだったな」
「……ああ、プログラムの時も、首輪をつけられたんだ」

そう言えばこの桐山は、あの修学旅行のバスに乗っていないのだ。
つまり、大東亜共和国のプログラムに関して、テレビのニュースで聞いたぐらいの知識しか持ち合わせてないことになる。

「その首輪は解除できる代物だった?」
「やり方さえ分かればな。その時に解除してくれた奴はここにはいないけど」
「七原にも解除はできるか?」
「あの時と同じタイプの首輪だったらな。ただしコイツがそうかは分からないぜ?
見たところ形は似ているけど、同じものかはもっと明るいところで見てみないとな」
「そうか」

淡々と聞かれ、淡々と答える。
これは、気を紛らわすのにちょうどいいかもしれないと思った。
考えながら話していれば、少しは手元のおぞましさを忘れられるから。
鋸の刃が、骨を削り進む。
シュコシュコと丸太でも斬るように、頭と胴体を繋ぐ大黒柱に切れ目が入っていく。
その感触を努めて意識しないようにと、秋也は桐山との会話を続けた。

「それから、『禁止エリア』っていう仕組みがあった」
「そこに入ると、首輪を爆破される?」
「ああ、放送の時に指定されるんだ。時間がたつごとに動ける範囲が狭くなるから、皆追い立てられる」
「会場を広く取るなら、必要な措置だろうな。皆が籠城を決め込んでいたら、ゲームが成り立たなくなる」
「そういうことだ。会場の広さからして、今回の殺し合いでも導入されてるかもしれないな」
「なるほど、放送で指定される可能性があるな。
その場合は、放送の内容次第でも、今回の殺し合いがプログラムに似せた企画かどうかの、傍証にはなるだろう」

理解が早い桐山の応答は素早く、
会話を楽しんでいる自分がいることに、秋也は気づく。
事務的なことしか話さない会話はかえって気楽で、内心に沈殿する不安や負荷を紛らわすのにちょうどよかったからだろう。
それは優しさなどではなく、桐山がそういう性質をしているだけのことだけど。

「めぐりあわせってのは、皮肉で不思議だな……」
「どうした?」
「なんでもない」

ここに来て、秋也は驚いている。
利用して殺す対象には変わりなく、その時は容赦なく殺すことに、覚悟はあれど迷いはないのに。
今この瞬間に、かつての仇敵と、気の置けない距離にいるのだから。
ちなみに、この場合の『気の置けない』は、間違って覚えられやすい意味と、本来の意味と、両方の用法だけれど。


ぶちぶちっと皮の裂ける音を最後に、少女の首がごろりとはずれた。




七原秋也は、自分と宗屋ヒデヨシとの関係を、かつての川田章吾と七原自身の関係のようなものだと考えていた。
両者の関係性は、確かによく似ている。

しかし、決定的に違うところがあった。

七原秋也は、プログラムを経験するまで、ごく普通の中学生だったが、宗屋ヒデヨシは、そうではなかったということだ。
ヒデヨシには、『戦い』の経験があった。
現実にはあり得ないような力を持つ、『能力者』だった。
殺し合いと比べればずっと甘っちょろい戦いだったけれど、現実にはあり得ないような非日常を経験していた。
他の能力者と比べて断然に弱い能力だったけれど、それでも『能力がない普通の人間よりは、役に立てることがあるはずだ』と思うには、十分すぎた。

しかし、そのささやかな自負を、緑髪の少女の襲撃と、佐天涙子の死によって、いともたやすく撃ち砕かれた。
思い知らされた無力さの、度合いが違っていたのだ。



木材を切り開いて作られた広場の端で、遺体の解体作業が行われている。
その現場を直視したくなくて、宗屋ヒデヨシは広場の向こう端で、桐山たちに背を向けるようにして座った。
まるでサスペンスドラマに出てくる、犯人役の隠ぺい工作みたいだと思った。
シュコシュコという硬いものを斬る音が微かに聞こえてきて、音の正体が怖くなり耳も塞ぐ。
そのシュコシュコにまじって、ぶつぶつと二人が会話を交わす声も。
ヒデヨシのいる場所からは話の全容まで聞こえない。
けれど、首輪がどうとか、放送がどうとか相談していることは聞き取れる。
きっと、この殺し合いを打開する為の、建設的な話なのだろう。
桐山について裏切りの危険はあれど、あの二人は経験もあれば知恵も働く、頼りになる存在なのだ。それも分かる。
それでも、感情はまた別だった。

なんであいつらは、あんなおぞましい作業をしながら、冷静で建設的な会話ができるんだろう。
助けてくれた七原に対して、そんな想いをいだいてしまう。

頭の中に、七原から言われた言葉がリピート再生された。

――誰かを大事にするってことは、別の誰かを大事にしないってことなんだ

その言葉に、衝撃を受けた。
人間に優先順位をつける必要がある時ぐらいは、分かる。
ヒデヨシにも、覚えがある。
『たいようの家』の子どもたちの面倒をみる為に、バトル参加を断念しようとした時期があったからだ。

誰かを守ろうとすれば、別の誰かを守ることはできなくなる。

しかし、その言葉を受け入れようとすると、心の別の場所で、反発の声があがるのだ。

植木なら、七原の言葉をどう思うだろうか。
そう考えると、ヒデヨシの頭が疼くように痛むのだ。

植木耕助。
皆を助ける、『正義』を貫こうとしている男。
初めて会った時も、出会って半日の知り合いでしかないヒデヨシと『たいようの家』の子どもたちを守る為に戦ってくれた。
仲間を大事にするけれど、敵だからといってないがしろにしない。
悪党に利用されている気の弱い少年を、敵のチームの能力者だろうと気にせず助けた。
マリリンチームと戦った時は、敵として勝ち星を拾いながらも、マリリンの心を救ってみせた。
友達の天界獣を死なせたくないから九つ星天界人になるのを諦め、星の数をそのままでバトルに勝ち進んできた。
あの恐ろしいロベルトでさえ、戦っている途中でも不慮の事故から庇ったと聞く。
そして、能力者の戦いを勝ち残ることで、地獄に落ちてしまった小林や犬丸、ネロという神候補たちまでも助けようとしている。

いつだって植木耕助は、みんなを守ろうとしてきた。
誰かを守ろうとすることで、誰かを犠牲にするなんて、絶対に認めなかった。
そのやり方で、勝ち抜いて来た。
どんなにピンチでも、植木なら何とかしてくれる。皆を助けてくれる。
ヒデヨシはそう信じてきた。

植木ほどの力があれば、『みんなを大事にする』ことができるんじゃないか。
自分にそれができないのは、ただヒデヨシに力が足りないだけなんじゃないか。
ヒデヨシの結論は、どうしてもそこで根を降ろしてしまう。

この殺し合いが始まってから、ヒデヨシは一番役に立っていなかった。
能力も何もない七原や桐山の方が、よほど冷静に動けているし、戦力として機能しているし、脱出の為の知恵を絞れていた。
現に、桐山も拳銃での援護射撃をヒデヨシではなく七原へと任せた。
そこに悪意などはない。ヒデヨシは本当に銃が扱えないのだから。
七原が銃器の扱いに慣れていることは、先刻の戦いで明らかだったし、必要ならば撃つ覚悟もあった。桐山もそれを見ていたから、七原の方に預けたのだろう。
それでも、その事実はヒデヨシにとって、『戦力不足だと思われている』と実感するのに十分だった。
頭脳でも、戦闘力でも、コピー日記のような支給品でも劣っている――



――支給品。



慌ててディパックを開ける。手がすべりそうになる。
ジッパーを引くや手を突っ込み、一枚のメモ用紙を取り出した。

思い出した。
紙切れだと思って、説明書の文字を前半まで読んだだけで、すぐディパックにしまいこんでいた。
ハズレ支給品だと、放置していた。
その後に佐天や秋也と出会い、学園都市やら大東亜共和国やらの話を聞いたおかげで、すっかり意識から飛んでいた。
最後に『電話番号』が書かれていることさえ、気づいていなかった。


無差別日記。
電話番号をメモした紙には、そういう名前が書かれていた。


説明書には『未来日記』という言葉はなく、無差別日記とだけ書かれていた。
だから桐山の話を聞いても、思い出すのに時間がかかった。

胡散臭かった。
神候補が与えてくれる『能力』とは、関係がなさそうだった。
そういう理由をつけて意識の外に追いだしていたけれど、考えないことにしていた本当の理由は、別にあった。
『携帯が壊れれば持ち主が死んでしまう』という限定条件が、怖かったのだ。
神候補のバトルには、限定条件というリスクがある。けれど、それらはそこまで重くない。
ヒデヨシに至っては、『能力を使う間だけ、手足の指のどれかを折り曲げておく』という、ほぼノーリスクに近い条件だ。
強力な能力の中には寿命が短くなる条件なんかもあったけれど、少しの失敗が即死に繋がるような厳しい条件はなかった。
本当に効果があるか分からないものの為に命を懸けるのが怖くて、気にしないことにしていた。
もし、あの時に契約していれば、どうなったか。

頭をぶん殴られて、脳震蕩になったような衝撃に襲われた。

あの時に契約していれば、

佐天涙子が死ぬことはなかった。

未来予知とやらがどこまですごいのかは知らないが、ドアを開けたとたんに襲って来る敵のことぐらいは予知できただろう。
分かっていれば、あの襲撃はたやすく回避できた。

佐天の死は避けられなかったと、七原はヒデヨシを慰めた。



嘘だ。
力さえあれば、佐天は死なずに済んだんじゃないか。



力さえあれば、誰かを切り捨てなくても、誰かを守れる。



力さえ、あれば。



力が、



力が、ある。



力が、ここにある。



ヒデヨシの手が、携帯電話に向かってのび――



――その手が、とまった。



今、契約するのはまずい。


鋸の音が、ヒデヨシを冷静に戻す。
シュコシュコと、桐山たちが鋸を動かしている。


今はまずい。
桐山和雄がいて、コピー日記がある。

もし無差別日記のことを教えてしまえば、桐山はすぐさまコピー日記にコピーするだろう。
みすみす強くさせる機会を与えるには、桐山は恐ろしかった。
無差別日記は、予知の範囲がとても広いのだから。


今は、まずい。
今は、まだダメだ。





でも、いつかは。





重たいものがドサリと落ちるような音がして、ヒデヨシに首が斬られたことを教えた。


【B-6/山小屋前/一日目・早朝】

【桐山和雄@バトルロワイヤル】
[状態]:右腕に打撲
[装備]:M&K MP5SD@ひぐらしのなく頃に、コピー日記@未来日記、メダルゲームのコイン×7@とある科学の超電磁砲(上着のポケットの中) 、コンバットナイフ@現実
[道具]:基本支給品一式×2(携帯電話は予備が1機)、M&K MP5SDのマガジン(残り5個)、クレイモア地雷とリモコン@現実、スモークグレネード×1@現実
基本行動方針:仲間を集め脱出する。非協力的な者や殺し合いに乗った者は殺す
1:今後の方針決定も兼ねて、情報交換をする
2:七原と協力し、互いを利用する。
3:七原との協定に従い、脱出の手段と人材が整うまでは、非協力的な人物とも協力を敷くように努力する。
4:3を実行する上でのリスクが、脱出できなくなるリスクを上回れば、七原との協定を破り、宗屋ら非協力的な人間を殺す。
[備考]
基本支給品の携帯電話はiPhonです。
コピー日記が殺人日記の能力をコピーしました。
コピー日記は基本支給品の携帯電話とは別の携帯で支給されています。

【七原秋也@バトルロワイアル】
[状態]:健康
[装備]:スモークグレネード×2、レミントンM31RS@バトルロワイアル、グロック29(残弾10)
[道具]:基本支給品一式 、二人引き鋸@現実、園崎詩音の首輪
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:今後の方針決定も兼ねて、情報交換をする
2:桐山を利用しつつ、不穏な行動を抑制する。
3:桐山を殺す隙を伺う。(前回の桐山戦と同様に容赦なく殺す)

【宗屋ヒデヨシ@うえきの法則】
[状態]:健康
[装備]: スモークグレネード×1@現実
[道具]:基本支給品一式(携帯電話は2機)、『無差別日記』契約の電話番号が書かれた紙@未来日記、不明支給品0~2
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1:力がほしい……。
2:桐山との同盟を拒絶したいが、七原に反論できる立場でもない
3:佐野と和解したい
4:桐山にばれないようなやり方で、無差別日記と契約したい

[備考]
山小屋付近に、園崎詩音の首切断死体が放置されています。

【二人挽き鋸@現実】
園崎詩音に支給。
両端を二人で持ち、左右に挽くようにして使う形の鋸。刃の長さはおよそ二尺二寸(約36cm)。
昔は大木を伐採する際に使われていたが、現在はチェーンソーなどが普及したこともあってほとんど使われていない。

【無差別日記@未来日記】
宗屋ヒデヨシに支給。
天野雪輝の未来日記。
自分を中心とした周囲の未来を無差別に予知する。
どんなに細かいことでも分刻みで予知する為に、全日記中でも最多の情報量を誇るが、
周囲を傍観するスタンスで書かれているために、所有者本人の情報は一切予知されないという弱点もある。
また、予知未来は所有者の主観に左右される為、所有者が間違った情報を把握した場合、間違った情報のまま予知をしてしまう。



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とある七人の接触交戦【エンカウント】(後編) 桐山和雄 境界線上の七原秋也
とある七人の接触交戦【エンカウント】(後編) 七原秋也 境界線上の七原秋也
とある七人の接触交戦【エンカウント】(後編) 宗屋ヒデヨシ 境界線上の七原秋也


最終更新:2012年06月19日 21:23