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月明かりに照らされた石造りの河岸をふたつの影が歩いていた。 河を越えた先、遙か東岸に広がるだろう古都ローマの遺跡や町並みは夜闇に深く沈み、水底の見えない深い河は音もなく静かに流れている。 この夜が永遠に続きそうな錯覚さえする、静かな世界。 ふと、ふたつの影のうち、闇よりなお暗い気配を持つ男が気まぐれのように呟いた。 ――色々な文献を読んで興味深く思ったことのひとつなんだが。 ――川は、死者と生者の世界の境目だという。 思索に耽る者特有の緩やかさで、黄金にも似た荘厳なバリトンが闇に溶ける。 傍らを歩く男に向けられているのか、それとも単なる独りごとなのか。判然としないながら、形よく肉感的な唇から詩を紡ぐように軽やかに言の葉が散る。 ――陽の昇る東を生者の都、陽の沈む西を死者の都としたのは古代エジプトの神話だが、キリスト教においても東には特別な意味がある。 ――君は、キリスト教徒かい? 傍らを歩く男――マッシモ・ヴォルペは、突然の問いかけに少し考え込む素振りを見せ、微かに首を振った。否定とも肯定とも取れない、曖昧な仕草。 「そうだ、と言えばそうだし、そうでないと言えばそうではないな」 「答えになっていないよ、マッシモ」 言いながらも、問いの答えに気を悪くした風もない男――DIOは、歩みを止めず愉快そうにマッシモに一瞥をくれた。 妖しく艶めかしい眼差しは、血のように赤く毒のように甘い。心の底まで見透かす、射抜くような視線。 しかしマッシモは物怖じする様子もなく平坦な声で続けた。 「救いもしない神なんぞ信じちゃいない」 「だろうと思った」 気安い友人に向けるように、DIOはくつくつと笑って見せる。月光にけぶる黄金の髪が、青いほど白い頬に細く影を落とす。ある種の宗教画めいたそれにもマッシモは無感動な面持ちを崩さず、のろのろと歩調を合わせていた。 奇妙な関係だった。 ひとつ掛け違えれば、捕食者と哀れな餌という一時的な関係にしかならなかっただろう。 しかし運命はそうならなかった。互いが互いに興味を抱いている、その一点。そしてそのたった一つの引力で、二人は道行を共にしている。 月明かりだけが頼りの散策の道すがら、様々なことをDIOは語った。ときに饒舌に、ときに沈黙を交え。そしてマッシモも、問われては答え、また考えた。教師とその弟子のようでもあったし、友人になる過程を踏んでいるかのようでもあった。 たった三人、血を分けた親兄弟よりも密に支え合って生きていた仲間たちにしか許さなかった心が、闇を纏う美貌の不死王によって少しずつ浸食されている。 そして、その浸食は癒しにも似ていた。乾きひび割れた大地に染み込む水のように、DIOの言葉と思考は全てを亡くしたマッシモの裡にじわりじわりと染み込んでいく。 「DIO。そろそろ目的地を教えてくれてもいいんじゃあないか?」 「おや。とっくに気づいていると思っていたんだが」 刹那、交わる視線。 友人と呼ぶには短すぎる時間、しかし無関係というには長すぎる時間。共にした時ゆえに、マッシモはDIOの言わんとするところを察した。 「この先にある刑務所……か?」 「残念、少し違う」 ――だが、そこに寄ろうとは思ってた。半分は正解だな、マッシモ。 甘い甘い声音がマッシモの耳をくすぐる。酷く耳触りのいいそれを心地よいと感じ始めている自身に、マッシモは薄々気づいていた。 「市街地で見つけられたのは、君と首輪をつけた参加者ひとりきりだ。適当に歩いていれば誰がしかと接触できるかと思ったが、どうも人の気配がしない。手近にある建物から見てみようと思ってね。  本当に誰かがいるかどうかなんて期待しちゃいない。ちょっとした確認みたいなものだよ。  それに、刑務所なんて他に見る機会もなかっただろう?」   ジョークのつもりか、悪戯っぽくDIOが笑いかける。そろそろ、闇の中にもその広大な建物が見え始めていた。 地図からも察せられたが、実物はちょっとしたテーマパークくらいありそうな大きさだ。おそらく街中と同様に人などいないだろうが、あの大きさの建物を調べるのはえらく骨が折れそうだった。 「死ぬより縁がないと思ってたところだな」 マッシモはひとつ息を吐いてひとりごちた。 ◆ DIOがマッシモ・ヴォルペに語った数々の思索と過去における出来事の一端は、真実ではあれど全容ではなかった。当たり前と言えば当たり前だろう、出会った端から一切合切全てを曝け出すなんて、トチ狂った精神的露出狂か白痴の善人くらいなものだ。どちらも似たようなものである。 だが、全てではなくとも真実ではある。DIOは注意深くマッシモを観察していた。 マッシモが自ら語ったことは少なかったが、ゼロではない。人となりを理解するにつれ、よりマッシモへの興味は深くなった。 何より、マッシモはDIOに対して恐怖や畏敬、およそ『友人』関係を築くにあたり差しさわりある感情を抱いていない。人の血を啜る人ならぬ化け物と理解してなお、マッシモはありのままのDIOを見ている。 これは『彼』以来のことかもしれない――DIOはふと思う。 アメリカに住む、かの『友人』と、最後に言葉を交わしたのはいつだったか。 つい先日だった気もするし、遙か遠い昔にも思える。彼との時間は得難く貴重なひと時だった。 その心安らかさ、気安さには及ばないまでも、マッシモとのひと時はDIOの抱える鬱屈を大いに紛らわせた。 (思った以上に良い拾い物をしたものだ) 『天国へ行く方法』は、DIOにとっての至上命題。マッシモ・ヴォルペはその良き担い手となってくれるだろう。 ジョースターの血族の抹殺は、いわば『天国』へ行くための道程に纏いつくささやかな障害に過ぎない。 肩の付け根にある『星』は、依然変わりなくジョースターの存在を知らせている。意識を向ければチリチリとささくれだつように、その気配を感じている。いずれは処分せねばなるまいが、それに付随して気になることもあった。 ジョジョと承太郎の死をこの目で確認した。だが、少なくとも『ジョジョは既に死んでいる』はずだった。他ならぬこの肉体こそがジョジョのそれであるのだから。 奇妙なことは他にもある。『星』の示すジョースターの血統……部下に調べさせた限りでは、ジョセフ・ジョースター、ホリィ・空条、空条承太郎、該当者はその三名のはずだった。 そして承太郎は死んだ。ならば、この気配はなんだというのだろう。『星』は片手の指では間に合わぬ数の気配に疼いている。 (放送後に、名簿の配布があると言っていたな) 主催者を名乗る老人はそう告げていた。ならば、それを確認してから動いても遅くはない。 ささくれる『星』を一撫でして、そう結論付ける。 優先されるのは『天国』だ。得難い能力を持つ者に出会えた引力をもって、DIOはますますその思いを強めていた。 そこまで思考を纏めたところで、ふと微かな臭いを感じて立ち止まった。唐突に立ち止まったせいで少し先んじたマッシモが足を止め、訝しげにDIOを見やっている。 「どうした?」 「ふむ……君にはわからないか」 ――血の匂いだ。 吸血鬼になってからというもの、こと血に関しては煩くなった。人が嗜好品を吟味するにも似ているが、それ以外は口にできても体が受け付けないのだからある意味では必然か。 マッシモはDIOの意図を理解したようで、周囲に視線を走らせている。だが、人あらざるDIOの眼にすらかからない何者かが、人の身であるマッシモに捉えられるはずもない。 「死臭もするな。それも古くない……」 言う間にも、臭気はどんどん強まっている。マッシモも気づいたのか、警戒もあらわに眉を顰めている。 そして、奇妙な光景が二人の目に映った。 ひたひたという足音と、ずるずると引きずるような足音。なにもないはずのそこに浮かび上がる、血のマスク。 真っ赤な口が、ニタリと吊りあがった。 「……ッ!?」 「屍生人……とは少々趣が違うな。スタンド能力か」 絶句するマッシモとは対照的に、DIOはごく冷静にそれらを観察している。 辺りに溢れる死臭と濃厚な血臭は、間違いなく目前にいるだろう『動く死体』から発せられていた。笑ったことからも、ある程度の自意識は残っていると推察する。 周辺にスタンド使いらしき姿が無いことは『世界』の目を通しても確認済み。使い手当人すら透明にする能力であるとも考えられるが、どちらにせよ武器であるだろうこの死体を処分すれば、直接出てくるか逃走せざるを得なくなる。 目の前の死体の挙動はどう見ても『餌を前にした駄犬』そのもの。知能の低い屍生人にもよく見られた傾向だ。 自意識の残る透明な死体を操る、少しばかり興味をそそられる能力ではある。だが、せっかくの『友人』を危険に晒してまで欲しいものでもない。 立ちはだかるのであれば排除するまで。 「残念だが、運が無かったな」 聞こえているのか居ないのか、ニタニタと笑っていた真っ赤な口が拭いとられるように消えていった。 ◆ スポーツ・マックスは、とてもとても乾いていた。 リビング・デッド――生ける屍。かの刑務所で神父より与えられたスタンド能力『リンプ・ビズキット』によって肥大した食欲を持て余したまま彷徨う透明ゾンビと化した彼に、元ギャングの伊達男ぶりは見る影もない。 老婆ひとり『喰った』ところで、乾きはいよいよ増すばかり。おまけにあたりはだだっぴろい野原で、人っ子ひとり見当たらない。 何かを忘れている気もするが、思い出すより乾きが先だ。 ――ああ、喉が渇いた。カラカラだ。 乾いて乾いて仕方がない。しかし、かといってどこに向かえばいいという単純な目的も思いつかない。屍と化したスポーツ・マックスに残されているのは『食べたい』という原始的で強大な欲求だけ。 彼の後をついて回る、哀れに従う生ける屍――己が喰った老婆すら、彼の目には止まらない。意識の端にもかからない。 仮に彼が何かを思ったところで、老婆の魂はここより失われて久しく、そのか細いぼろきれのような肉体はリンプ・ビズキットの能力によって保たれているに過ぎないのだが。 当てもないひとりとひとり、ふらふらと彷徨っていたところで、ようやく次の獲物を見つけることができた。 ――男、男ふたり。 ――片っぽはあんまり美味そうじゃあないが、あの金髪は悪くない。 ――あぁ、喉が渇いた。 ――男のくせに、そこらのビッチよりよっぽどキレイなツラしてやがる。 ――あぁ、もう、カラカラだ。 ――早く早く早くッ! そのキレイなツラに齧り付いてッ! 脳ミソを喰らいたいィッ! スポーツ・マックスは思わず垂れそうになった涎を拭う――既に死んでいる彼から生体特有の分泌物がでるわけはなく、拭われたのは先の犠牲者であるエンヤ・ガイルの生乾きの血液と脳漿だったが――と、乾きに任せてむしゃぶりつくように飛び掛かった。 「世界」 飛びつき、今まさに食らいつかんとした男が告げた一言で、スポーツ・マックスの第二の生は終わりを告げた。 否、終わったことすらも理解できていなかったかもしれない。 静止した時の中では、思うことすら許されない。死してなお死ぬ――それにすら気付けないスポーツ・マックスの魂は、果たしてどこへ行くのだろう。 ◆ DIOにとって、死体が動いていることはなんら不可思議な現象ではない。 百年にも及ぶ海底での眠りにつく以前にも部下として使っていた憶えはあるし、死体を操る能力を持つ老婆もひとり知っている。ただ、今回のケースが”当の死体が見えない”少しばかり特殊なケースだったというだけだ。 見えないのならば、どちらかが対象を捕捉した時点で時を止めればいい。 どちらを狙っているのかは定かでなかったが、DIOが促したことでマッシモも警戒をしていた。致命的な攻撃はそうそう食らわないだろうと大雑把にあたりをつけ、透明な死体が自身に触れた時点で『世界』を発動した。 「死体を操り、また透明にする能力……か。悪くない能力だ。  だが、無知とは悲しいな……貴様の敗因はただひとつ、このDIOを狙ったこと」 無造作に腕に浅く刺さった金属を引き抜いて投げ捨てる。掴んだ形状から察するにハサミのようだ。 不快ではあるが、この程度の傷は怪我のうちにも入らない。先だっての『食事』も幸いし、傷痕は瞬く間に跡形もなく消える。 跡らしい跡は衣装に残った破れ目だけだ。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!」 目の前の空間へと――そこには死体が居る――『世界』のラッシュを叩きこむ。黄金色の闘士が主の意志の下、あまりの速さに無数にも映る力強い拳を繰り出す。骨が砕け、肉が弾け、形状が失われていく。 不快な死体が人としての原型も留めずグチャグチャに潰れていく感触がスタンド越しに拳に伝わった。 操り人形も、原型すら留めなければ操れまい。 そこでふと中空に妙なものが飛び出たことが目にとまり、DIOは『世界』の拳を停止した。 「……!?」 『それ』が何なのかを確認した瞬間、DIOは久方ぶりに驚愕していた。 記憶の海から引っ張り出した『それ』の印象と、透明な死体から飛び出た『それ』は、あまりにもよく似通っていた。似ていた、というより『それ』はそのものだった。 不自然に浮かぶ二枚の『それ』を手に取り、まじまじと眺め、ぽつりと呟く。 「まさか……君も、ここに呼ばれているのか……?」 プッチ。 ――そして時は動き出す。 ◆ マッシモには、何がなんだかわからなかった。 何者かが襲いかかってきたことだけは辛うじて理解していた。マッシモの足首に、異様な力でしがみついてきた透明な何かが居た。 だが、マッシモが己のスタンドを発現させるより先にDIOが『世界』と呟いた瞬間、恐ろしい握力で握り潰さんばかりにしがみついていた何者かは、煙かまやかしかのように消えてしまった。 残るのは、確かに掴まれたという足首の鈍いしびればかり。 あたりを漂っていた血臭も、今やかすかな残滓を残すのみ。 不意にカシャンと硬質な音を立てて、何かが石畳に落ちた。月明かりに鈍く光る金属の首輪。己らの首に付けられているものと相違ないだろう。 マッシモは俯いて何やら考え込んでいるDIOをちらりと見て、首輪を気にする素振りもないことを確認すると嘆息しながらその首輪を拾い上げた。 「参加者、だったみたいだな」 首輪だけが落ちているということは、おそらくDIOによって頭を吹っ飛ばされたか何かしたのだろう。純粋な膂力によるものか、それともスタンドの能力によるものか、どちらにせよ恐るべき力には変わりない。 だが、理解すら及ばない恐るべき力を見せつけられて尚、DIOに対しての恐怖は無かった。マッシモにとって恐怖の定義は仲間を失うことだったし、そしてそれは既に失ってしまったものである。ゆえに恐怖という感情はなかった。 不可解だったのは、心の奥底に微かに湧きおこった歓喜。 ブッ殺してスカッとした、とか、殺されなくてよかった、などという矮小で利己的なものではない。そんなものは端からマッシモの裡に存在していない。殺して当然だし、殺されてもまた当然。殺し合いは彼の日常の一端に属している。 ならば何に『歓び』を覚えたというのか。 「……おい、DIO?」 相変わらず沈黙したままの彼に、しびれを切らして再度声をかける。首輪が転がっていたということは、襲撃者を処分したということだろうと思っていたが、もしや未だ何らかの攻撃を受け続けているのだろうか。 仮定は想像を引き起こし、想像は感情を引きずり出す。 首輪のことから、襲撃者は一人だと思っていた。だが、その前提すら何の保証もないものだ。ここは殺人遊戯場に等しく、いつ何どきどんな悪意がばっくりと口を開けて待ち構えているのかも定かでない。 かつてマッシモの大切な仲間だった少女――アンジェリカのように、姿を見せる必要のない広範囲型のスタンド能力だとしたら? すぐには認識できない攻撃があるということをマッシモは知っている。 背筋が総毛立った。 「ッDIO!」 「……そんなに呼ばなくとも聞こえているよ」 実に面倒くさそうに、気怠げに、こともなげに、マッシモが呼びかけたその人は俯けていた面を上げた。ピジョンブラッドの如く美しい真紅の瞳が、駄々っ子を叱るように眇められている。 そこでようやくマッシモは気づいた。今や全ての情動の端が、この異形の帝王たる麗人に繋がりつつあるという揺るがしがたい事実に。 「何というか……すごく、気になることがあるんだ。少し時間もかかるかもしれない。  歩き回って君も疲れただろう? 丁度いいから刑務所で休憩でもしようじゃあないか」 耳朶をくすぐる声音が心地よい。 これは毒だ。抗いようもなく染みこむ甘い毒。もう囚われて抜け出せない。 先程の悪寒は既に別の何かに姿を変えている。『この人に見捨てられ、殺されるのだけはいやだ』ふとそんな思いが脳裏を過ぎった。 「あ、ああ……構わない」 「それは首輪か? ふむ……それも、少し調べたい。いいだろ?」 「ああ……」 「なんだよ、ヘンなヤツだな」 言葉ほどには気にするふうもなく、鷹揚とした微笑みを浮かべ、DIOは手に持った円盤状の何かを玩ぶようにいじくっている。 「別に、なんでもない……DIO、それは何だ?」 「これか? DISCだよ」 DISCだという奇妙な円盤状のそれを、DIOは詳しくは語らずやけに大切そうにデイパックへとしまいこんだ。 それが何を意味するものなのか、きっとDIOは知っているのだろう。せっついたところで話してもらえないのならば、マッシモは餌を待つ犬のように、ただひたすら主の気まぐれを待つよりない。 人と人でないもの。被食者と捕食者。敵。友人、そして。 この僅かな間に、マッシモと彼の間には幾つの関係が築かれたのだろう。 奇妙な、関係だった。 首輪とDISC以外に特に目を惹かれる物もなく、やがて二人は連れだって目的の地であるGDS刑務所に向かった。 「なあ、マッシモ……東には特別な意味がある、と言ったのを覚えているか?」 不意に、DIOが問いかける。ついぞ聞き覚えのない、酷く真剣な声色だった。 マッシモは暫し逡巡し、肯定するように頷いて見せる。それを確認してDIOはこう続けた。 「キリストの経典の一部にある、東の果てにあるという幸福の地エデンなる『天国』は、あくまでも伝承の中のものでしかない。  エデンがどこかに実在するとは到底思えないし、それが土地や場所である必然性は全くない。  だが、『天国』が存在するという事実を告げていると、私は思う。  伝承とは戯曲化された歴史に他ならない。ならば何を主眼に置いて戯曲としているのか?  ……精神の向かう所だと、私は考える。物質的なものでは本当の幸福は得られない。  『天国』は物質的なものではなく、精神の力によりもたらされる。本当の幸福がそこにはある。  精神の力はスタンドの力であり、その行きつく先が『天国』。  真の勝利者とは『天国』を見た者の事だ……どんな犠牲を払っても、私はそこへ行く」 熱っぽく語られた一言一句、全て漏らさず理解できたとは到底言い難かった。 むしろ、理解できるほうがどうかしているんじゃあないかとすらマッシモは思ったのだ。 ただ、その狂おしい程の情熱だけは理解することができた。強大な力を持ち、不死の肉体を持ち、何を憂えることもなさそうなこの帝王然とした彼が、唯一欲し、求める果てが『天国』なのだろう。 「そのために、俺が必要だと?」 DIOは無言の肯定を見せ、ふと遠くを見るような眼差しをした。 「彼が……私のもう一人の友人が、ここにいるのなら。  『天国の時』は近いだろう」 果たしてその時に何が起こるのか。 神の名を冠する不死の王の傍らに、敬虔な殉教者のように男はひっそりと添っていた。 &color(red){【スポーツ・マックス 死亡】} &color(red){【残り 86人以上】 } 【E-3 西部、ティベレ川河岸/一日目 黎明】 【DIO】 [時間軸]:三部。細かくは不明だが、少なくとも一度は肉の芽を引き抜かれている。 [スタンド]:『世界(ザ・ワールド)』 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品×2、麻薬チームの資料@恥知らずのパープルヘイズ、地下地図@オリジナル、リンプ・ビズキットのDISC、スポーツ・マックスの記憶DISC、ランダム支給品1~2(確認済み) [思考・状況 基本行動方針:帝王たる自分が三日以内に死ぬなど欠片も思っていないので、『殺し合い』における行動方針などない。         なのでいつもと変わらず、『天国』に向かう方法について考えつつ、ジョースター一族の人間を見つければ殺害。         もちろん必要になれば『食事』を取る。 1.我が友プッチもこの場にいるのか? DISCで確認しなければ…。 2.適当に移動して情報を集める。日が昇りそうになったら地下に向かう。 3.マッシモ・ヴォルペに興味。 4.首輪は煩わしいので外せるものか調べてみよう。 【マッシモ・ヴォルペ】 [時間軸]:殺人ウイルスに蝕まれている最中。 [スタンド]:『マニック・デプレッション』 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品、大量の塩@四部、注射器@現実、スポーツ・マックスの首輪 [思考・状況]基本行動方針:特になかったが、DIOに興味。 1.DIOと行動。 2.天国を見るというDIOの情熱を理解。 3.しかし天国そのものについては理解不能。 *投下順で読む [[前へ>アルトリアに花束を]] [[戻る>本編 第1回放送まで]] [[次へ>狂気]] *時系列順で読む [[前へ>アルトリアに花束を]] [[戻る>本編 第1回放送まで(時系列順)]] [[次へ>狂気]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |026:[[TRIP HEAVEN]]|[[DIO]]|081:[[計画]]| |041:[[少女ルーシーとネクロファンタジア]]|[[スポーツ・マックス]]|&color(red){GAME OVER}| |026:[[TRIP HEAVEN]]|[[マッシモ・ヴォルペ]]|081:[[計画]]|
月明かりに照らされた石造りの河岸をふたつの影が歩いていた。 河を越えた先、遙か東岸に広がるだろう古都ローマの遺跡や町並みは夜闇に深く沈み、水底の見えない深い河は音もなく静かに流れている。 この夜が永遠に続きそうな錯覚さえする、静かな世界。 ふと、ふたつの影のうち、闇よりなお暗い気配を持つ男が気まぐれのように呟いた。 ――色々な文献を読んで興味深く思ったことのひとつなんだが。 ――川は、死者と生者の世界の境目だという。 思索に耽る者特有の緩やかさで、黄金にも似た荘厳なバリトンが闇に溶ける。 傍らを歩く男に向けられているのか、それとも単なる独りごとなのか。判然としないながら、形よく肉感的な唇から詩を紡ぐように軽やかに言の葉が散る。 ――陽の昇る東を生者の都、陽の沈む西を死者の都としたのは古代エジプトの神話だが、キリスト教においても東には特別な意味がある。 ――君は、キリスト教徒かい? 傍らを歩く男――マッシモ・ヴォルペは、突然の問いかけに少し考え込む素振りを見せ、微かに首を振った。否定とも肯定とも取れない、曖昧な仕草。 「そうだ、と言えばそうだし、そうでないと言えばそうではないな」 「答えになっていないよ、マッシモ」 言いながらも、問いの答えに気を悪くした風もない男――DIOは、歩みを止めず愉快そうにマッシモに一瞥をくれた。 妖しく艶めかしい眼差しは、血のように赤く毒のように甘い。心の底まで見透かす、射抜くような視線。 しかしマッシモは物怖じする様子もなく平坦な声で続けた。 「救いもしない神なんぞ信じちゃいない」 「だろうと思った」 気安い友人に向けるように、DIOはくつくつと笑って見せる。月光にけぶる黄金の髪が、青いほど白い頬に細く影を落とす。ある種の宗教画めいたそれにもマッシモは無感動な面持ちを崩さず、のろのろと歩調を合わせていた。 奇妙な関係だった。 ひとつ掛け違えれば、捕食者と哀れな餌という一時的な関係にしかならなかっただろう。 しかし運命はそうならなかった。互いが互いに興味を抱いている、その一点。そしてそのたった一つの引力で、二人は道行を共にしている。 月明かりだけが頼りの散策の道すがら、様々なことをDIOは語った。ときに饒舌に、ときに沈黙を交え。そしてマッシモも、問われては答え、また考えた。教師とその弟子のようでもあったし、友人になる過程を踏んでいるかのようでもあった。 たった三人、血を分けた親兄弟よりも密に支え合って生きていた仲間たちにしか許さなかった心が、闇を纏う美貌の不死王によって少しずつ浸食されている。 そして、その浸食は癒しにも似ていた。乾きひび割れた大地に染み込む水のように、DIOの言葉と思考は全てを亡くしたマッシモの裡にじわりじわりと染み込んでいく。 「DIO。そろそろ目的地を教えてくれてもいいんじゃあないか?」 「おや。とっくに気づいていると思っていたんだが」 刹那、交わる視線。 友人と呼ぶには短すぎる時間、しかし無関係というには長すぎる時間。共にした時ゆえに、マッシモはDIOの言わんとするところを察した。 「この先にある刑務所……か?」 「残念、少し違う」 ――だが、そこに寄ろうとは思ってた。半分は正解だな、マッシモ。 甘い甘い声音がマッシモの耳をくすぐる。酷く耳触りのいいそれを心地よいと感じ始めている自身に、マッシモは薄々気づいていた。 「市街地で見つけられたのは、君と首輪をつけた参加者ひとりきりだ。適当に歩いていれば誰がしかと接触できるかと思ったが、どうも人の気配がしない。手近にある建物から見てみようと思ってね。  本当に誰かがいるかどうかなんて期待しちゃいない。ちょっとした確認みたいなものだよ。  それに、刑務所なんて他に見る機会もなかっただろう?」   ジョークのつもりか、悪戯っぽくDIOが笑いかける。そろそろ、闇の中にもその広大な建物が見え始めていた。 地図からも察せられたが、実物はちょっとしたテーマパークくらいありそうな大きさだ。おそらく街中と同様に人などいないだろうが、あの大きさの建物を調べるのはえらく骨が折れそうだった。 「死ぬより縁がないと思ってたところだな」 マッシモはひとつ息を吐いてひとりごちた。 ◆ DIOがマッシモ・ヴォルペに語った数々の思索と過去における出来事の一端は、真実ではあれど全容ではなかった。当たり前と言えば当たり前だろう、出会った端から一切合切全てを曝け出すなんて、トチ狂った精神的露出狂か白痴の善人くらいなものだ。どちらも似たようなものである。 だが、全てではなくとも真実ではある。DIOは注意深くマッシモを観察していた。 マッシモが自ら語ったことは少なかったが、ゼロではない。人となりを理解するにつれ、よりマッシモへの興味は深くなった。 何より、マッシモはDIOに対して恐怖や畏敬、およそ『友人』関係を築くにあたり差しさわりある感情を抱いていない。人の血を啜る人ならぬ化け物と理解してなお、マッシモはありのままのDIOを見ている。 これは『彼』以来のことかもしれない――DIOはふと思う。 アメリカに住む、かの『友人』と、最後に言葉を交わしたのはいつだったか。 つい先日だった気もするし、遙か遠い昔にも思える。彼との時間は得難く貴重なひと時だった。 その心安らかさ、気安さには及ばないまでも、マッシモとのひと時はDIOの抱える鬱屈を大いに紛らわせた。 (思った以上に良い拾い物をしたものだ) 『天国へ行く方法』は、DIOにとっての至上命題。マッシモ・ヴォルペはその良き担い手となってくれるだろう。 ジョースターの血族の抹殺は、いわば『天国』へ行くための道程に纏いつくささやかな障害に過ぎない。 肩の付け根にある『星』は、依然変わりなくジョースターの存在を知らせている。意識を向ければチリチリとささくれだつように、その気配を感じている。いずれは処分せねばなるまいが、それに付随して気になることもあった。 ジョジョと承太郎の死をこの目で確認した。だが、少なくとも『ジョジョは既に死んでいる』はずだった。他ならぬこの肉体こそがジョジョのそれであるのだから。 奇妙なことは他にもある。『星』の示すジョースターの血統……部下に調べさせた限りでは、ジョセフ・ジョースター、ホリィ・空条、空条承太郎、該当者はその三名のはずだった。 そして承太郎は死んだ。ならば、この気配はなんだというのだろう。『星』は片手の指では間に合わぬ数の気配に疼いている。 (放送後に、名簿の配布があると言っていたな) 主催者を名乗る老人はそう告げていた。ならば、それを確認してから動いても遅くはない。 ささくれる『星』を一撫でして、そう結論付ける。 優先されるのは『天国』だ。得難い能力を持つ者に出会えた引力をもって、DIOはますますその思いを強めていた。 そこまで思考を纏めたところで、ふと微かな臭いを感じて立ち止まった。唐突に立ち止まったせいで少し先んじたマッシモが足を止め、訝しげにDIOを見やっている。 「どうした?」 「ふむ……君にはわからないか」 ――血の匂いだ。 吸血鬼になってからというもの、こと血に関しては煩くなった。人が嗜好品を吟味するにも似ているが、それ以外は口にできても体が受け付けないのだからある意味では必然か。 マッシモはDIOの意図を理解したようで、周囲に視線を走らせている。だが、人あらざるDIOの眼にすらかからない何者かが、人の身であるマッシモに捉えられるはずもない。 「死臭もするな。それも古くない……」 言う間にも、臭気はどんどん強まっている。マッシモも気づいたのか、警戒もあらわに眉を顰めている。 そして、奇妙な光景が二人の目に映った。 ひたひたという足音と、ずるずると引きずるような足音。なにもないはずのそこに浮かび上がる、血のマスク。 真っ赤な口が、ニタリと吊りあがった。 「……ッ!?」 「屍生人……とは少々趣が違うな。スタンド能力か」 絶句するマッシモとは対照的に、DIOはごく冷静にそれらを観察している。 辺りに溢れる死臭と濃厚な血臭は、間違いなく目前にいるだろう『動く死体』から発せられていた。笑ったことからも、ある程度の自意識は残っていると推察する。 周辺にスタンド使いらしき姿が無いことは『世界』の目を通しても確認済み。使い手当人すら透明にする能力であるとも考えられるが、どちらにせよ武器であるだろうこの死体を処分すれば、直接出てくるか逃走せざるを得なくなる。 目の前の死体の挙動はどう見ても『餌を前にした駄犬』そのもの。知能の低い屍生人にもよく見られた傾向だ。 自意識の残る透明な死体を操る、少しばかり興味をそそられる能力ではある。だが、せっかくの『友人』を危険に晒してまで欲しいものでもない。 立ちはだかるのであれば排除するまで。 「残念だが、運が無かったな」 聞こえているのか居ないのか、ニタニタと笑っていた真っ赤な口が拭いとられるように消えていった。 ◆ スポーツ・マックスは、とてもとても乾いていた。 リビング・デッド――生ける屍。かの刑務所で神父より与えられたスタンド能力『リンプ・ビズキット』によって肥大した食欲を持て余したまま彷徨う透明ゾンビと化した彼に、元ギャングの伊達男ぶりは見る影もない。 老婆ひとり『喰った』ところで、乾きはいよいよ増すばかり。おまけにあたりはだだっぴろい野原で、人っ子ひとり見当たらない。 何かを忘れている気もするが、思い出すより乾きが先だ。 ――ああ、喉が渇いた。カラカラだ。 乾いて乾いて仕方がない。しかし、かといってどこに向かえばいいという単純な目的も思いつかない。屍と化したスポーツ・マックスに残されているのは『食べたい』という原始的で強大な欲求だけ。 彼の後をついて回る、哀れに従う生ける屍――己が喰った老婆すら、彼の目には止まらない。意識の端にもかからない。 仮に彼が何かを思ったところで、老婆の魂はここより失われて久しく、そのか細いぼろきれのような肉体はリンプ・ビズキットの能力によって保たれているに過ぎないのだが。 当てもないひとりとひとり、ふらふらと彷徨っていたところで、ようやく次の獲物を見つけることができた。 ――男、男ふたり。 ――片っぽはあんまり美味そうじゃあないが、あの金髪は悪くない。 ――あぁ、喉が渇いた。 ――男のくせに、そこらのビッチよりよっぽどキレイなツラしてやがる。 ――あぁ、もう、カラカラだ。 ――早く早く早くッ! そのキレイなツラに齧り付いてッ! 脳ミソを喰らいたいィッ! スポーツ・マックスは思わず垂れそうになった涎を拭う――既に死んでいる彼から生体特有の分泌物がでるわけはなく、拭われたのは先の犠牲者であるエンヤ・ガイルの生乾きの血液と脳漿だったが――と、乾きに任せてむしゃぶりつくように飛び掛かった。 「世界」 飛びつき、今まさに食らいつかんとした男が告げた一言で、スポーツ・マックスの第二の生は終わりを告げた。 否、終わったことすらも理解できていなかったかもしれない。 静止した時の中では、思うことすら許されない。死してなお死ぬ――それにすら気付けないスポーツ・マックスの魂は、果たしてどこへ行くのだろう。 ◆ DIOにとって、死体が動いていることはなんら不可思議な現象ではない。 百年にも及ぶ海底での眠りにつく以前にも部下として使っていた憶えはあるし、死体を操る能力を持つ老婆もひとり知っている。ただ、今回のケースが”当の死体が見えない”少しばかり特殊なケースだったというだけだ。 見えないのならば、どちらかが対象を捕捉した時点で時を止めればいい。 どちらを狙っているのかは定かでなかったが、DIOが促したことでマッシモも警戒をしていた。致命的な攻撃はそうそう食らわないだろうと大雑把にあたりをつけ、透明な死体が自身に触れた時点で『世界』を発動した。 「死体を操り、また透明にする能力……か。悪くない能力だ。  だが、無知とは悲しいな……貴様の敗因はただひとつ、このDIOを狙ったこと」 無造作に腕に浅く刺さった金属を引き抜いて投げ捨てる。掴んだ形状から察するにハサミのようだ。 不快ではあるが、この程度の傷は怪我のうちにも入らない。先だっての『食事』も幸いし、傷痕は瞬く間に跡形もなく消える。 跡らしい跡は衣装に残った破れ目だけだ。 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!」 目の前の空間へと――そこには死体が居る――『世界』のラッシュを叩きこむ。黄金色の闘士が主の意志の下、あまりの速さに無数にも映る力強い拳を繰り出す。骨が砕け、肉が弾け、形状が失われていく。 不快な死体が人としての原型も留めずグチャグチャに潰れていく感触がスタンド越しに拳に伝わった。 操り人形も、原型すら留めなければ操れまい。 そこでふと中空に妙なものが飛び出たことが目にとまり、DIOは『世界』の拳を停止した。 「……!?」 『それ』が何なのかを確認した瞬間、DIOは久方ぶりに驚愕していた。 記憶の海から引っ張り出した『それ』の印象と、透明な死体から飛び出た『それ』は、あまりにもよく似通っていた。似ていた、というより『それ』はそのものだった。 不自然に浮かぶ二枚の『それ』を手に取り、まじまじと眺め、ぽつりと呟く。 「まさか……君も、ここに呼ばれているのか……?」 プッチ。 ――そして時は動き出す。 ◆ マッシモには、何がなんだかわからなかった。 何者かが襲いかかってきたことだけは辛うじて理解していた。マッシモの足首に、異様な力でしがみついてきた透明な何かが居た。 だが、マッシモが己のスタンドを発現させるより先にDIOが『世界』と呟いた瞬間、恐ろしい握力で握り潰さんばかりにしがみついていた何者かは、煙かまやかしかのように消えてしまった。 残るのは、確かに掴まれたという足首の鈍いしびればかり。 あたりを漂っていた血臭も、今やかすかな残滓を残すのみ。 不意にカシャンと硬質な音を立てて、何かが石畳に落ちた。月明かりに鈍く光る金属の首輪。己らの首に付けられているものと相違ないだろう。 マッシモは俯いて何やら考え込んでいるDIOをちらりと見て、首輪を気にする素振りもないことを確認すると嘆息しながらその首輪を拾い上げた。 「参加者、だったみたいだな」 首輪だけが落ちているということは、おそらくDIOによって頭を吹っ飛ばされたか何かしたのだろう。純粋な膂力によるものか、それともスタンドの能力によるものか、どちらにせよ恐るべき力には変わりない。 だが、理解すら及ばない恐るべき力を見せつけられて尚、DIOに対しての恐怖は無かった。マッシモにとって恐怖の定義は仲間を失うことだったし、そしてそれは既に失ってしまったものである。ゆえに恐怖という感情はなかった。 不可解だったのは、心の奥底に微かに湧きおこった歓喜。 ブッ殺してスカッとした、とか、殺されなくてよかった、などという矮小で利己的なものではない。そんなものは端からマッシモの裡に存在していない。殺して当然だし、殺されてもまた当然。殺し合いは彼の日常の一端に属している。 ならば何に『歓び』を覚えたというのか。 「……おい、DIO?」 相変わらず沈黙したままの彼に、しびれを切らして再度声をかける。首輪が転がっていたということは、襲撃者を処分したということだろうと思っていたが、もしや未だ何らかの攻撃を受け続けているのだろうか。 仮定は想像を引き起こし、想像は感情を引きずり出す。 首輪のことから、襲撃者は一人だと思っていた。だが、その前提すら何の保証もないものだ。ここは殺人遊戯場に等しく、いつ何どきどんな悪意がばっくりと口を開けて待ち構えているのかも定かでない。 かつてマッシモの大切な仲間だった少女――アンジェリカのように、姿を見せる必要のない広範囲型のスタンド能力だとしたら? すぐには認識できない攻撃があるということをマッシモは知っている。 背筋が総毛立った。 「ッDIO!」 「……そんなに呼ばなくとも聞こえているよ」 実に面倒くさそうに、気怠げに、こともなげに、マッシモが呼びかけたその人は俯けていた面を上げた。ピジョンブラッドの如く美しい真紅の瞳が、駄々っ子を叱るように眇められている。 そこでようやくマッシモは気づいた。今や全ての情動の端が、この異形の帝王たる麗人に繋がりつつあるという揺るがしがたい事実に。 「何というか……すごく、気になることがあるんだ。少し時間もかかるかもしれない。  歩き回って君も疲れただろう? 丁度いいから刑務所で休憩でもしようじゃあないか」 耳朶をくすぐる声音が心地よい。 これは毒だ。抗いようもなく染みこむ甘い毒。もう囚われて抜け出せない。 先程の悪寒は既に別の何かに姿を変えている。『この人に見捨てられ、殺されるのだけはいやだ』ふとそんな思いが脳裏を過ぎった。 「あ、ああ……構わない」 「それは首輪か? ふむ……それも、少し調べたい。いいだろ?」 「ああ……」 「なんだよ、ヘンなヤツだな」 言葉ほどには気にするふうもなく、鷹揚とした微笑みを浮かべ、DIOは手に持った円盤状の何かを玩ぶようにいじくっている。 「別に、なんでもない……DIO、それは何だ?」 「これか? DISCだよ」 DISCだという奇妙な円盤状のそれを、DIOは詳しくは語らずやけに大切そうにデイパックへとしまいこんだ。 それが何を意味するものなのか、きっとDIOは知っているのだろう。せっついたところで話してもらえないのならば、マッシモは餌を待つ犬のように、ただひたすら主の気まぐれを待つよりない。 人と人でないもの。被食者と捕食者。敵。友人、そして。 この僅かな間に、マッシモと彼の間には幾つの関係が築かれたのだろう。 奇妙な、関係だった。 首輪とDISC以外に特に目を惹かれる物もなく、やがて二人は連れだって目的の地であるGDS刑務所に向かった。 「なあ、マッシモ……東には特別な意味がある、と言ったのを覚えているか?」 不意に、DIOが問いかける。ついぞ聞き覚えのない、酷く真剣な声色だった。 マッシモは暫し逡巡し、肯定するように頷いて見せる。それを確認してDIOはこう続けた。 「キリストの経典の一部にある、東の果てにあるという幸福の地エデンなる『天国』は、あくまでも伝承の中のものでしかない。  エデンがどこかに実在するとは到底思えないし、それが土地や場所である必然性は全くない。  だが、『天国』が存在するという事実を告げていると、私は思う。  伝承とは戯曲化された歴史に他ならない。ならば何を主眼に置いて戯曲としているのか?  ……精神の向かう所だと、私は考える。物質的なものでは本当の幸福は得られない。  『天国』は物質的なものではなく、精神の力によりもたらされる。本当の幸福がそこにはある。  精神の力はスタンドの力であり、その行きつく先が『天国』。  真の勝利者とは『天国』を見た者の事だ……どんな犠牲を払っても、私はそこへ行く」 熱っぽく語られた一言一句、全て漏らさず理解できたとは到底言い難かった。 むしろ、理解できるほうがどうかしているんじゃあないかとすらマッシモは思ったのだ。 ただ、その狂おしい程の情熱だけは理解することができた。強大な力を持ち、不死の肉体を持ち、何を憂えることもなさそうなこの帝王然とした彼が、唯一欲し、求める果てが『天国』なのだろう。 「そのために、俺が必要だと?」 DIOは無言の肯定を見せ、ふと遠くを見るような眼差しをした。 「彼が……私のもう一人の友人が、ここにいるのなら。  『天国の時』は近いだろう」 果たしてその時に何が起こるのか。 神の名を冠する不死の王の傍らに、敬虔な殉教者のように男はひっそりと添っていた。 &color(red){【スポーツ・マックス 死亡】} &color(red){【残り 104人】 } 【E-3 西部、ティベレ川河岸/一日目 黎明】 【DIO】 [時間軸]:三部。細かくは不明だが、少なくとも一度は肉の芽を引き抜かれている。 [スタンド]:『世界(ザ・ワールド)』 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品×2、麻薬チームの資料@恥知らずのパープルヘイズ、地下地図@オリジナル、リンプ・ビズキットのDISC、スポーツ・マックスの記憶DISC、ランダム支給品1~2(確認済み) [思考・状況 基本行動方針:帝王たる自分が三日以内に死ぬなど欠片も思っていないので、『殺し合い』における行動方針などない。         なのでいつもと変わらず、『天国』に向かう方法について考えつつ、ジョースター一族の人間を見つければ殺害。         もちろん必要になれば『食事』を取る。 1.我が友プッチもこの場にいるのか? DISCで確認しなければ…。 2.適当に移動して情報を集める。日が昇りそうになったら地下に向かう。 3.マッシモ・ヴォルペに興味。 4.首輪は煩わしいので外せるものか調べてみよう。 【マッシモ・ヴォルペ】 [時間軸]:殺人ウイルスに蝕まれている最中。 [スタンド]:『マニック・デプレッション』 [状態]:健康 [装備]:なし [道具]:基本支給品、大量の塩@四部、注射器@現実、スポーツ・マックスの首輪 [思考・状況]基本行動方針:特になかったが、DIOに興味。 1.DIOと行動。 2.天国を見るというDIOの情熱を理解。 3.しかし天国そのものについては理解不能。 *投下順で読む [[前へ>アルトリアに花束を]] [[戻る>本編 第1回放送まで]] [[次へ>狂気]] *時系列順で読む [[前へ>アルトリアに花束を]] [[戻る>本編 第1回放送まで(時系列順)]] [[次へ>狂気]] *キャラを追って読む |前話|登場キャラクター|次話| |026:[[TRIP HEAVEN]]|[[DIO]]|081:[[計画]]| |041:[[少女ルーシーとネクロファンタジア]]|[[スポーツ・マックス]]|&color(red){GAME OVER}| |026:[[TRIP HEAVEN]]|[[マッシモ・ヴォルペ]]|081:[[計画]]|

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