【Scene.1 いっぱい食わされた】

   am1:08 ~ドレス研究所~


「くそったれェェ~~! あのクソガキッ!」

何が『次であったときは協力しよう』だ、ふざけやがって………
俺に視力が戻った時、あのガキの姿はもうどこにもなかった。
しかし、頭のいい子供だった。
俺か奴のどちらかがイカれてなかったとすると、奴は未来から来た人間ということになる。
いや、この超未来的ともいえる研究施設を見るに、『俺の方が未来に飛ばされた』と考えたほうが妥当かもしれねえ。

そして、あのガキは気になることを言ってやがった。
『23代目はベンジャミン・ハリソンだった』だと?
俺はヴァレンタインの前の大統領ですら3人くらいしかわからねえ。
奴にしてみれば19世紀は100年前のアメリカなんだろ?
他国の大統領を全員暗記してやがるのか? 暇な奴だ。
日本人ってのはみんなあんな感じなのか?
俺自身、日本人とはノリスケ・ヒガシカタとかいうふざけた男としか出会ったことはない。
いや、重要なのはそこじゃあない。
問題は、俺の世界とあのガキの世界、そしてこのゲームの世界が『別の世界』かもしれないということだ。
あの大統領の能力、ジョニィから聞いた話よりずっと強大なものなのかもしれない。
むしろ、ヴァレンタイン大統領よりも強力な誰かが後ろにいるのか?

いや、まさかそんな……




とにかく、ジャイロにとってこの研究施設には興味深い物が多過ぎた。
未来の医療技術が、ここには山のように存在する。
死刑執行人ではなく、医学に携わる者としてのジャイロ・ツェペリの好奇心を駆り立てる。
過去に救えなかった命が多くあるからこそ、ジャイロはこの研究施設に興味がわいた。
ジョニィのことも探さなければならないのに、こんなところで油を売っていていいものか。
しかしジャイロは抗えなかった。


よし…… とりあえずは、

「メシにするか」

ジャイロは腹が減っていた。
スティール・ボール・ラン・レースが始まって数ヶ月、ジャイロはろくな物を食べてきていなかったからである。
そして目の前には、故郷・ネアポリス料理の最高級のフルコース。
自分の時代のものとは味付けは違う、いや、自分の知っている故郷の味よりも確実に美味い。

ジャイロは食欲にも抗えなかった。
そしてその後は、研究施設の医薬品を調査、医療道具を持ち出し、医療技術の知識を得る。
この間に地下の鍾乳洞から研究所に上り、早々に研究所を後にしたジョージ・ジョースター1世、サンダー・マックイイーン、アイリン・ラポーナの存在にも気がつかなかった。

結局ジャイロがドレス研究所をあとにしたのは、午前4時を回った頃であった。




【Scene.2 ワムウ到着】

   am1:12 ~サンモリッツ廃ホテル前~


「フゥム…… まさかとは思ったがな」

ワムウはローマ郊外にそびえ立つ巨大な建物に辿りついた。
この佇まい。ホテルというよりは城か砦のように強靭である。
それもそのはず。このホテルはもともと城として建てられ、ヘルマン・ゲスラーという権力者が建てた別荘兼要塞とも伝えられている。
窓という窓がすべて閉鎖されており、ワムウら柱の男や吸血鬼が日中隠れ住むのには適した施設といえる。
そして、ワムウはこの建物を前から知っていた。

スイス・サンモリッツには、ここ以外にも「廃ホテル」くらい存在するだろう。
ワムウ自身、地図上で名前を見た時点では半信半疑であった。
だが、実物を目の前にして、確信した。
そして主催者側の、かつてない強大さを理解した。

「この建物は、カーズ様が隠れ家に選んだ『あのホテル』だ。まちがいない」

カーズがここを居城と選んだのは、雪の積もる真冬のスイスであった。
だがワムウは、広大な砂漠の中を歩いてこの場所にたどり着いたばかりなのである。
そして周りに広がるのはローマの街並みなのだ。
立地条件や気候環境は大きく異なる… にもかかわらずだ。

つまりこれは、この会場自体が主催者の作り出した物だということ。
こんな芸当は、石仮面を生み出した柱の男にも容易くできることではない。
このゲームの主催者は、ワムウたちには無い… ワムウたちの知らない、何か秘密があるとしか考えられない。

そして、『手段』以上に『理由』も気にかかった。
もし……ゲーム主催者に、『自由に地形を改変するチカラ』があったとして。
重要なのは、なぜこの『サンモリッツ廃ホテル』を会場内に設置したか。

答えは、簡単に推測できた。
見せしめとされた1人がジョセフ・ジョースターであり、会場内には『ジョースター邸』という施設も存在する。
エシディシがJOJOに敗北した『エア・サプレーナ島』も存在する。
このことから、この会場内の施設は、ゲーム参加者にゆかりのある施設が選ばれているのだと想像できる。(ワムウはJOJOの家庭については知らないが。)
このホテルの場合は、『ワムウ』と『カーズ』だ。


主催者は、カーズがこのホテルを隠れ家としていることまで知っている。
そして、カーズまでもがこのゲームに参加させられている可能性がある。
もしカーズがこの場にいるとすれば、どのように行動するだろうか。
ワムウの目的はあくまでJOJOの誇りを怪我した主催者を殺すこと。
そして、カーズがこの考えに賛同してくれることはありえない。

「……カーズ様と出会うわけにはいかないかもしれんな」

次の朝には参加者全員の名簿が配布されるのだという。
それまでは、考えても仕方の無いことだった。
杞憂に終わればいいのだが……


ワムウはホテルの外壁に両掌を添えて、内部の様子を探る。
カーズも得意とする、温度差による探知だ。

(ホテル2階……… 3人の人間が立っている。
ホテル3階、別の部屋にはさらに1人………)

巨大な建物なので正確さはないが、気配の数は少ないので大体はわかる。
照明器具の熱は無視、人間の気配を探る。

(全部で4名、全員男!)


迅速に情報を得たいものだった。
会場内にワムウやカーズに縁のある施設は3箇所。
『コロッセオ』、『古代環状列石』、そして『サンモリッツ廃ホテル』。
カーズとの合流を避けるためには、ここに長くとどまるわけにはいかないかもしれない。

ワムウはほんの数時間前にシーザーを葬ったホテルのエントランスへ、再び足を踏み入れた。




【Scene.3 追跡者J・ガイル】

   am1:24 ~サンモリッツ廃ホテル周辺~


(何者なんだ? あの馬鹿でかい男は………)


バイクを隠し、周辺の街道の陰で様子を伺っていたJ・ガイルは、ホテルに到着したワムウの行動を一部始終観察していた。
DIOに負けず劣らずの巨大な身体、鍛え抜かれた肉体。
粗野で堕落した人生を送っているJ・ガイルには到底かなわない怪物の姿がそこにあった。
あんな化け物がいるなんて聞いていない。
さっとと逃げてしまうか?
J・ガイルはとっさにそう考え、しかし落ち着いて状況を整理し始める。

J・ガイルはすでに女性を1人強姦し、殺害している。
承太郎が死亡したことも重なり、少しハイになっていた。このゲームに乗り気だった。
だがワムウのような怪物を目の当たりにし、冷静さを取り戻す。
自分はあの男と戦って、勝てるだろうか。
もちろんやってみなければわからないが、負ければ死。
その時点でJ・ガイルの愉しい人生は終わってしまう。

逃げてしまうことも、今ならば簡単だ。
だが、あの男以外にも強敵はいるかもしれない。
それにこの殺し合いゲームが続く限り、いつかはあの男とも戦わなければならないかもしれない。

ならば、あの男を仲間に引き入れることはできないだろうか。
もし、仮に。あの男に取り入ることができれば、このゲームで生き残る可能性は高まる。
ホテルに入っていく姿に殺気は感じられたが、同時に怒りの感情が大きく感じられた。
これが『無理やり殺し合いに参加させられた事』への怒りだとすれば、危険な人物かもしれないが……

もし、『空条承太郎ら見せしめ3人の誰かが殺された事』に対する怒りだったとすれば。
『承太郎の死に怒りを覚えるようなお人好し』だったとすれば。

取り入ることができる可能性は非常に高い。

ハイリスク……だが、勝ち目が薄い賭けではない。
そして、勝ったときのリターンは限りなく大きい。



J・ガイルはまず、ワムウの人柄を知らなければならない。
ワムウが別の誰かと接触した時の反応から、様子を見るのだ。

J・ガイルは支給品の地図と、空条ホリィのデイパックから得た『地下の地図』を見比べる。
この廃ホテルは、『カーズのアジト』とかいう地下施設へと通じている。
ここで陽が昇るまで待っていても、ワムウが地下へ向かえば、どこへ行ってしまうかわからない。追跡は不可能となる。
追うなら今だ。この時間、『吊られた男』は、やはりまだ出せない。
生身でやるしかない。

追跡開始だ。
覚悟を決めたJ・ガイルは、ワムウとは距離を置いてホテル内部に侵入した。





【Scene.4 音石明のステージ】

   am1:30 ~サンモリッツ廃ホテル3階 305号室~

新たに2人、誰かがこの建物に入ってきた。
1人目は筋肉隆々、古代の民族衣装をまとった大男。

(何者かは不明。だが、油断ならない男だ。歴戦の戦士の風格がある。
ホテル内を我が物顔でズンズンと歩いていく。
このままだと2階の4人にぶち当たるな………)

もう1人は、一言で言うなら、不気味な男だ。

(カッコいいこの俺様とは違い、酷く醜い容姿をした男だ。
じっと観察して違和感の正体に気がついた。あの男は両腕が『右手』だった。
フン、気の毒な体だな。TVゲームもろくに出来ないだろう。同情するぜ。
前の男を尾行しているようだ。何を考えているのか、狙いはイマイチわからねえな。)


『レッド・ホット・チリ・ペッパー』の能力により、電灯を通して建物中に広げられた電線からホテル内の情報は手に取るようにわかる。
新たに建物内に入ってきたワムウとJ・ガイルのことも、手に取るように把握していた。



(やれやれだ。ここまで人が集まるとは計算外だな。だが、こいつはチャンスかもしれねえ。
奴らのデイパックは全部で6つ。皆殺しにすれば全部手に入る。)


今はまだ、様子見。だが音石明はすでに臨戦態勢だった。
ワムウとJ・ガイル、そしてツェペリ一行。
彼らはこれからどう動くだろうか。






【Scene.5 スティーリー・ダンの思惑】

   am1:28 ~サンモリッツ廃ホテル2階 202号室~


「ナルホド…… その『波紋』というのハ、『スタンド』のような『能力』ではなく、一種の『技術』なのデスね」

トニオが納得したように、大きく頷いている。
一方のダンは、トニオ以上によい表情を浮かべ、思案する。

(波紋……… 『太陽のエネルギー』。直接話題に上がったわけではないが、どう考えても対吸血鬼用の技じゃねえか。
つまりこれは、DIO様に対する反撃の一手となるのではないのか?)

ダンにとってもっとも警戒すべきは、DIOがこのゲームに参加している可能性だった。
自分が参加させられ、空条承太郎が見せしめだった。
同じスタンド使いであるDIOも参加させられている可能性はゼロではない。

すでに承太郎が死んだとはいえ、もしDIOが敵に回ったとすればダンに勝ち目はないだろうと思っていた。
だが、このツェペリ。
『太陽のエネルギー』を操るこの男と仲間になれたのは幸運だった。
そして何より、この男もなかなかのお人好しで利用しやすいと考えられた(トニオほどではないが)。


「ふ~む。その『スタンド』ってのが何なのかはよくわからんが、だいたいそんな感じじゃのう。
だから、この水面の揺れで気配を探れるのじゃがのう?」

波紋によって何者かの気配を感じたツェペリ一行は、隣の203号室から室内扉を通じてこの部屋に入ってきた。
だが、室内にあった人の気配は忽然と消え、影も形もない。
ただ持ち主のないデイパックだけが放置されていたのだ。


「確かなのですか? ツェペリさん。この部屋の人がいたというのは?」
「う~ん、そのハズなんじゃがのぉ?」
「荷物がアルということは、誰かいたのは確かでショウ。何故いなくなってしまってンでショウカ?」
「だったら、逃げたんじゃあないでしょうか? 相手は一人、私たちは三人です。警戒するのは仕方がないと思いますが……」
「ならば、遠ざかっていくのが波紋で感じられるはずなんじゃ。それに、荷物だけ置いていってしまうのは妙じゃのう?」

3人は議論を交わすが、なかなか結論は出ない。
そんな中、トニオがひとつの説を唱える。

「もしかしたら『スタンド能力』かも…… もし『自分自身のみを瞬間移動させる能力』なのだとシタラ、荷物だけ残っていても、おかしくナイかもしれないデスね」

その可能性は、十分に考えられる。
それどころか、トニオとは比べられないほどのスタンドバトルの場数を踏んでいるダンには、真っ先にその可能性は考えついていた。
だが、ダンはあえて黙っていた。そしてこの話の流れは、ダンにとって都合のいいものではなかった。

「ふむ、トニオくん。さっきから言っているその『スタンド』と言うのは、一体なんなのだね?」

そう、こういう流れになるからだ。
ツェペリがこの質問を出してしまうと、トニオはスタンドについて説明を始めてしまう。
そして、自分はどうなのだ、という話になってしまう。
自分のスタンドを見せてみろ。そうなってしまうのが、ダンには最も恐ろしかった。

ダンの能力『ラバーズ』は、型にハマれば『最凶』だが、バレてしまえば『最弱』のスタンド能力なのである。
スタンド能力どころか、自分がスタンド使いであることすら隠していたい。
ジョースター一向を襲撃した際、わざわざドネル・ケバブ屋の男に変装までしたのもそのためだ。

「ああ、ツェペリサンはスタンド使いではナイのですネ。『スタンド』と言うのは……」
「っそんな事より! 今はそのデイパックの持ち主を探す方が先だろ? まだ近くにいるかもしれねえじゃあねえかッ!?」

ツェペリの波紋の説明を聞いたが、だからと言ってスタンドの説明をしてやる義理はない。
なにより『ラバーズ』は今、ツェペリの脳に侵入している。
『ラバーズ』は瞬間移動できるタイプのスタンドではない。
このことがバレたら、ツェペリとの同盟関係もお終いとなってしまうのだ。

ダンはなんとか話題を変えようとした。
だがそんなダンの言葉を、今度はツェペリ自身が制した。

「いや。持ち主の搜索も、『スタンド』とやらの講習も、後回しじゃな………」

そう言って、ツェペリは廊下側の扉を見据えていた。
ティーカップの水面が不規則に揺れている。

誰かがこの部屋に来る。


「このデイパックの持ち主でしょうか? これを取り戻そうと帰ってきたのかも……」
「ああ、そうかもしれん。じゃが、『そうでない』かもしれんのォ――」

部屋の扉が勢いよく開かれた。




【Scene.6 ワムウ来訪、そして】

   am1:31 ~サンモリッツ廃ホテル2階 202号室~


扉から現れた大男は、ツェペリたち3人を無言で品定めしている。
ツェペリたち3人も同様に、無言で謎の来訪者の出で立ちを観察する。

ワムウにとって、この3人の人間は価値のある存在なのかどうか?
自分やカーズにとって不利益な人間ではないか?
そして、今目の前にいる自分と敵対する存在なのかどうかということだ。

一方のツェペリたちにとっては、ワムウが自分のデイパックを所持していることから、先ほど見つけた所有者不明のデイパックの持ち主ではないことは推測できている。
だとすれば、次に問題になるのはワムウが敵か味方か、ということだった。
もしゲームに乗っているものだとすれば、今ここで戦わなければならないかもしれない。

両者の間に緊張が流れる。
最初に口火を切ったのはツェペリだった。

「……あ~、キミ。初めに言っておきたいのだが、わしらに戦いの意志はない。
3人とも今しがた知り合ったばかりなんじゃが、このふざけたゲームを破壊するために力を合わせようと手を取り合ったのじゃ……」

ほかの2人を手で制し、ツェペリはワムウに一歩近寄る。
ワムウは静寂を保ったまま、ツェペリの瞳を見つめ返している。
見た目は古代ローマの剣闘士のような出で立ちではあるが、見た目に反して彼に争う意志はないのかもしれない。
ツェペリはそう判断し、さらに一歩踏み込む。

「……どうだ? よければお主も、わしらの仲間に加わらんか?」

勧誘の言葉を投げかける。
ワムウの表情にわずかな変化が生まれた。
威圧感を放つ自分を目の前にして大した根性だとワムウは感心したのだが、しかし相手はあくまで人間なのである。
JOJOやシーザーのような一部の人間を認めては来たものの、人間の仲間になるという考えを持ったことは一度としてない。
ここで人間なんぞと対等な関係を持っていいものか、ワムウは考えあぐねている。
一方のダンは、自分たちと出会ってから一言も言葉を発しないワムウに対し、言葉が通じていないのではないかという心配をし始める。
が……

「………ところで、隣の部屋にいる『彼』も… 君の仲間かね?」
「――! ほう…… 貴様も『奴』の気配に気づいていたかッ!」

切り口を変えたツェペリの言葉に対し、ワムウは初めて口を開く。
ワムウがこのホテルにたどり着いてからというもの、何者かが後をつけてきていたのだ。
その何者かはそれなりの場数を踏んでいるらしいが、いかんせん自分とは経験も場数も違う。
だが、素人に発見されるほどのナマクラでもない。
面倒なので放っておいたのだが、この初老の男の力量を図るのに役に立ってくれた。

「フン、いいだろう。おれの目的もこのゲームの主催者を殺すことにある。とりあえずは合格ということにしてやろう。
仲間になるメリットがあればなってやってもいいぞ、人間どもよ」


このゲームが現実世界と同じように時間が流れるならば、当然朝になったら太陽が昇るだろう。
自分は身動きが取れなくなってしまう。
ゲームが3日間という短い時間でしか行われないというのならば、日中自分の手足になる存在は大いに価値がある。
ワムウはそう結論付けたのだ。

「ワタシの名前はトニオ・トラサルディーといいマス。ヨロシクオネガイシマス」
「……スティーリー・ダンだ」
「私はツェペリ男爵だ。フルネームはウィル・アントニオ・ツェペリ」
「………。ワムウだ」

4人は軽い自己紹介を交わす。
トニオはただ純粋に仲間が増えたことを喜び、ダンはワムウの高圧的な態度に不満を持ちつつも敵対しないで済んだことに安堵していた。
そしてツェペリは、ワムウの『人間ども』という言い回しに、そして自分が『ツェペリ』と名乗った時のワムウの表情の変化に違和感を感じていた。
だが、それをワムウに問い詰める前にやっておかねばならないことがある。

「………隣の部屋にいるキミ! 話は聞いていたじゃろう? わしらに戦いの意志はない!
よければ出てきてくれんかの?」

ワムウを追跡していたという人物を呼び出すことだ。
今度の気配は気のせいではない。ワムウのお墨付きでもある。
ワムウを追ってこの建物に来たということは、今の会話も聞いていたはずだ。
何者かはわからんが、放置はできない。
もしかしたら、脅えて震えている善良な人間かもしれないのだ。


声をかけてから数十秒後、隣室と通じている扉が静かに開かれた。

「……J・ガイルだ」

隣室から現れたJ・ガイルは愛想笑いをしながら両手を挙げ、4人のいる客室に入ってくる。
お世辞にも美しいとは言えない、いや、美しさとは程遠い容姿。
どう見てもチンピラかヤクザにしか見えぬ外見。
4人の男たちは四者四様の複雑な面持ちで、そんな彼の掲げられた『両右手』に注目していた。

(クソッ! 尾行がバレてたのも計算外だが、こんなに早く大勢の人間の前に姿を現すことになるとはッ!)

J・ガイルのスタンドは典型的な遠距離攻撃タイプ。暗殺に適したその能力の最大の弱点は本体を攻撃されることだった。
ワムウひとりと仲間になるつもりだったのに、ワムウが先にこんなにも仲間を作ってしまうとは思ってもみなかった。

(こうなったら俺のスタンド能力の秘密だけは、死ぬ気で隠していかねえとな……)

優勝するには、いつかは必ず仲間の寝首を掻く時がやってくる。
それまでは、切り札を残しておかなくてはならないのだ。




【Scene.7 ワムウVS音石明】

   am1:45 ~サンモリッツ廃ホテル2階 202号室 および 3階 305号室~


「ふむ、J・ガイルくん。君も違ったようじゃのう。はて、このデイパックの持ち主は一体どこへ行ってしまったんじゃろう?」

J・ガイルも自分のデイパックを背負っていた。
またしても違う。この広い会場の中、このホテルだけでも既に5人の人間が遭遇しているというのに、一向に元の持ち主がわからない。
この部屋に来たばかりで事情を把握しきれていないJ・ガイルがそのことに質問を投げかけ、ツェペリはワムウを含めた2人に説明を始めた。
そしてツェペリたち3人のこれまでの経緯を一通り話し終えた頃、ワムウが再び口を開く。

「なるほどな…… ならひとつ面白いことを教えてやろう。おれがこのホテルに入る前、このホテルには人間の気配が『もう1人』いたぞ!
そして、今もまだなッ!?」

(何ッ!?)


「本当か? ワムウくん!?」

「もっともその『誰かさん』がデイパックの持ち主であるかはわからんがな。
そして方法はわからないが、このホテルに入って来てからずっと『見られて』いる。
そこのJ・ガイル以上にもっと執拗にな。おれもそろそろ… うっとおしくなってきたところだ」

ワムウが『レッド・ホット・チリペッパー』を介しての音石明の視線に気がついた事に、論理的な理屈は存在しない。
ツェペリよりもさらに鍛え抜かれた戦士としての勘は、ワムウにとっては波紋をも超える高性能のレーダーだった。

「それで、その『誰か』はどこに!?」
「フン、こそこそ隠れて気に喰わん奴だ。おれが直々に出向いて引きずり出してやろうッ!?」

次の瞬間ワムウは宙に飛び上がり、石造りの堅牢な一室のその天井をサガットのタイガーアッパーカットさながらの一撃で吹き飛ばし、上の階に辿りついた。
そして――――――

「風の流法(モード)…… 『神砂嵐』ッ!!」



左肘を関節ごと右回転! 右腕を肘の関節ごと左回転!
そのふたつの拳の間に生じる真空状態の圧倒的破壊空間が、ホテルを仕切る大理石の内壁を溶かされたガラス細工のように捻り飛ばす。
微妙な力加減によって制御された歯車的砂嵐の小宇宙は、音石明の305号室とワムウの立つ302号室の間の『壁3枚だけ』をきれいに消し飛ばす。
壁が崩落し一繋がりになった4つの客室の両端で、ワムウと音石明は向かい合った。

「なんだ、フン! まだケツの青い小僧だったかッ――ッ!」
(何だッ! なんなんだこの化け物はッ!?)

ワムウに睨まれ、音石明は恐怖している。
姿を確認した時からただ者ではないと予想していたが、この圧倒的破壊パワーは音石の想像を遥かに超えている。
パワーでは明らかに承太郎以上。
まともにやって敵う相手ではない。

階下で見上げるダンとJ・ガイルも同様である。
彼らからも、ワムウのスタンドを見ることは出来なかった。
これを生身でやってのけたのである。

J・ガイルが彼に目をつけたのは、この上なく正解だったのかもしれない。
2人は、ワムウが自分の敵に回らなかった幸運に安堵していた。


「ニヤリ…… その金色に光る亜人の姿が視線の正体か? だがこのワムウを前にして、まだそいつをチラつかせている余裕はあるのかな?」

ポリポリと頭を掻きながら、ワムウは音石に歩み寄る。
ワムウは音石を捕まえるだけのつもりであったが、その圧倒的威圧感に音石は思わず戦闘態勢を取る。
電線を通じて手元に戻した『チリペッパー』のヴィジョンに建物中の電力を集中させる。

「フフハハハ 圧倒的な破壊を見せつけられてなお、このワムウと戦おうというのか!?
面白い! 受けて立とうッ!!」

音石はスタンド能力を身につけ、自分は特別な存在だと、最強になったのだと錯覚していた。
その気になれば、仗助だろうと承太郎だろうと勝てると。
その驕りを、ワムウのパワーを前にしても消しさることができなかった。
そんな音石に向かって、ワムウは笑いながら暴走機関車のように猛然と走り寄る。


「いかんッ! 待てワムウッ!! 殺してはならんぞッ!!」


ツェペリが天井に開いた大穴から這い上がった時、ワムウは既に音石に向かって走り始めていた。
このままでは間違いなく、ワムウは音石を殺してしまう。

(いかんぞ少年ッ! その男とは戦ってはならんッ! 君にどんな能力があるのかはわからんが、その男の力だけは普通じゃあない。
そのワムウという男、彼はおそらく――――――)

ワムウを、ふたりを止めなければならない。
3階の客室に這い上がったツェペリは立ち上がる時間すら惜しく、そのままの体勢で飛び上がった。

「うおおおお!! 『チリペッパー』最大出力ッ!!」
「小僧がッ! くたばるがいいっ!!」
「やめんかああああああぁぁぁぁぁ!!!」

激突寸前のふたりの間にツェペリが割って入る。
うつぶせの体勢のまま飛来したツェペリは、ふたりに対し手刀を振りかざした。

(なっ!? 寝転んだままの姿勢! 関節のバネを使わずにこんな跳躍をッ!?
しかもこの手刀ッ! ツェペリ! やはりこいつはッ!?)

「ぐはッ!」

ツェペリの波紋を込めた手刀が音石の首筋に刺さる。
ワムウを攻撃することに全神経を注いでいた音石はツェペリの本体への攻撃を防ぐことができず、気絶して倒れた。

一方でワムウは、全力で飛び退いてツェペリの手刀を回避していた。
ワムウほどの格闘の天才ならば、「ガードして止める」ことも余裕でできたはずなのに。
ワムウは始めからツェペリたちに対し『人間』という言葉を頻繁に使っている。
まるで自分が『人間ではない何か』であるように……

そして石造りの天井と壁をいともたやすく破壊したパワー。
どんなにきたえても、『人間』には到底不可能な芸当だった。
極めつけは、先ほどのツェペリの攻撃に対してみせた、『波紋』への警戒心。

ツェペリの中で、疑念が確信に変わった。

「ワムウくん…… お主は…………」
「やはり貴様、シーザー・ツェペリの関係者か――――?」







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最終更新:2012年03月21日 01:12