影が二つあった。一つはとても巨大な壁で、どんな大男が並んでも小さく見える程だったが、その頭は下を俯いていた。彼の名はタルカス。歴戦の勇士だ。
 もう一つはとても小さな影で、遠くから見渡すと見えなくなる程小さいが、大男とは対照的に不適な眼差しは前を見続けている。彼(犬)の名はイギー、自由気ままに生きる砂の愚者だ。
 あらゆる意味で対照的で、とてつもなくアンバランスな組み合わせに見える二人は、ひたすら歩き続けていた。同時刻に行われている幾つかの激しい闘争に遭遇する事もなく、またそれを避けるかの様に、当てのない足は北へと進んでいた。
その理由は、タルカスが大事そうに抱えているもの。ほんの少し前までは生命の音を振動させ続けていた亡骸に答えがあった。

「人のこないところに埋葬をしたい……戦いに巻き込まれない様なところに……いや、殺し合いの舞台で、そんな場所などないのかもしれないが」

一度、シンガポールホテルの周辺に安置し、そのまま行こうと考えていたのだが、タルカスにはそれができなかった。
殺戮者が集まるかもしれないこの周辺で、スミレが傷つくのを見たくなかった。
 重荷である事を承知し、スミレの遺体を抱え、人が少ないであろう北端への移動を決めた。
 問題があるとすれば、彼が重傷であることだ。常人ならばまともに歩く事が出来ない程の怪我を負っていることだ。
大砲の様な豪腕は片方が使い物にならなくなり、大樹の様な足は部分的に肉や骨が削げて落ちている。
第三者が見たら『再帰不能』と言うかもしれない。立っているのが奇跡ではないか、そう思えるくらいに。

(ケッ、わかんねーおっさんだぜ。そいつを守れなかった事がそんなに悔しいのか?
過ぎたモンを気にしたって何の特にもなりゃしねーのによ。
自分の身体を客観的に見れねーのか?そのガキを抱えるだけでも辛い筈だぜ)

彼(犬)のいう事は正しい。全く持ってその通りなのだ。それでもタルカスは歩みを止めない。
不意に、タルカスが姿勢を崩した。巨大な体の歩行による衝撃を、負傷した足が支えきれなくなったのだ。

(そら見た事か、今までそうならなかったのがおかしいくらいだぜ。どれ、ご機嫌伺いに顔を見に行って……!?)

転倒したタルカスに近づき、顔を覗き込んだイギーは、思わず飛び退いてしまった。理由はシンプルである。

(こいつ、なんて顔してやがる!)

タルカスの顔は、戦闘による負傷もあったが、それだけに留まらなかった。
眼は血液と涙が混ざり、なんとも形容し難い色となっていた。唇は裂けんばかりの力で噛み続け、奥から除く歯は絶え間なく軋み続ける。噛み切った唇からこちらも血液と唾液が流れ続け、力を入れすぎた首の筋肉は異様に盛り上がっている。
鬼神か悪魔か、人間とは一線を隠した様な何かが、そこにはあったのだ。
立ち上がる。タルカスが立ち上がる。負傷を意に介する事なく立ち上がる!
「スミレの体は必ず故郷に連れて帰る! 俺に人の心を思い出させてくれたお前を、決して他の者達に穢させはしない!」
 混じり気のない、とても悲痛な叫びだった。せめてもの願いだった。
女王を奪われ、少女を奪われ、誇り高き戦友を失った。なにもかもを取り上げられた彼の、正に執念であった。
「俺は決して許さん!無垢なるスミレを命奪った奴をッ!スミレを巻きこんだ主催者をッ!
そしてブラフォード!魔道に落ちた貴様を!必ず殺してやるッ 一片も残らず殺し尽くしてやるッ その全てを成し遂げるまで、この足を止める訳にはいかんのだ!」
大切な者を奪った者への殺意。奪い返す為の闘争。ベクトルは異なるものの、『復讐』という一点でのみ、彼は盟友であるブラフォードと並び立った。
(ク、クレイジーな野郎だぜ……動かねえ自分の右腕にパンチを入れて、無理矢理動かしてやがる。それにあのツラだ。ニューヨークにいる野良犬共の方がまだ『人間』らしい顔ができるってもんだぜ)
イギーはタルカスから離れる事を考えたが、自分を庇護し、使い捨ての盾となる人間から離れたら楽が出来ないという日和見的思考により、結局はタルカスについていく事にした。先ほどよりも数メートル程距離を放した状態ではあるが。
それから数時間タルカスの顔は歪んだまま動かず、2人、正確には1人と1匹は一言も言葉を発する事はなかった。

◆◆◆

(双首竜の間……地図を見たときは我が眼を疑ったが、俺のよく知るあの双首竜の間であるならば、一時的にスミレを埋葬しておくにはよいかもしれん)
血腥い場所ではあるがな、と自嘲的に付け足した。
 彼等の現在地は、地図で指し示す所のB-2にあたる。
スミレを人気のないところに埋葬するために北上したタルカスは、地図からの情報でA-2にあたるエリアに双首竜の間があることを知る。
どこに行っても争いが起こるなら、血に飢えた参加者が多くこないであろう北端で、自分がよく見知った双首竜の間に埋めた方が気休め程度にはなる。
距離は離れてはいたが、その想いがタルカスの足を進めた

「犬公よ、礼を言うぞ。文句の一つも言わず、よくここまでついてきてくれた。元の場所に帰れるかどうかはまだわからんが、それまでは俺がお前を守ろう」

数時間ぶりにでた言葉は労いの言葉だった。晴れやかとは言い難いし、まだ表情に深い影が残ってはいるが、先ほどに比べれば幾分かはマシなものだった。
 頼るものができて安心した。そんな顔を見せたイギーは、無骨な腕に頭を撫でられる。
人懐っこい(様に見せている)その顔に、タルカスはほんの少しだけ安堵する。ふと思い浮かんだ事を口にする程、気持ちが緩まった。

「そういえば犬公、お前の名はなんという?」

言った後に彼は気づく、言葉が通じる訳ではないのだ。名前もない犬公呼ばわりでは良い気持ちはしないだろう、という彼なりの気遣いではあったが、その気持ちは、彼からそんな簡単な事実も忘れさせていた。

(何言ってんだこの野郎は、犬の俺に話が出来る訳ねーだろこのマヌケッ!)

それに対するイギーの感想は、砂の様に乾いていた。無論表情は取り繕っている。
(テメーみたいなおっさんの感謝なんかいらねーよ。イイ女連れてこいってんだ。それに名前を教えろだあ?図々しいんだよ!)
言葉を発せないイギーでも、名前を伝える方法はある。その特徴的な鳴き声は相手に人名を連想させる事だろう。しかし、イギーはそれをしない。
(出会ってまだちょっとのおっさんにそう簡単に名前を教えられるか。いいからテメーは黙ってそのでかい体で俺を守ってくれりゃいいんだよ!)
以上は、イギーが頭を撫でられている間の数秒の思考である。

◆◆◆

そうこうしているうちに、双首竜の間、騎士達の修練場が見渡せる場所が見えてきた。背の高い建物は、来訪者の目に嫌でも焼き付く。
名前を見ただけでは半信半疑だったものの、その外観はタルカスの記憶と寸分も違わない。

タルカスは、まるで昔に戻った様な錯覚を感じていた。
処刑される遥か前、主君と認めた女王が健在で、戦友と共に修練を繰り返した青春の日々を。

『そら見ろブラフォード、やはり小手先の技だけでは限界があるのだ!』

『抜かせタルカス、力押しだけの貴様に我が剣技が見切れるか!』


それは、とても遠い昔の日々。

天涯孤独だった二人の騎士は、ようやく築く事ができた生きる意味の為に、技を磨き続けた。
「ブラフォードよ……もうあの頃には戻れんのだな……」
この数時間。顔に出さない様努めてはいたが、やはり彼は悲しんでいた。変わり果て、悪魔もぶっ飛ぶ復讐鬼と化したブラフォード。
呪縛から解放する為に手をかけなければならないことに、深い悲しみを感じていた。一度違えた道は、もう元には戻らないのだと。
それでも彼は顔を上げた。沈みきった心が晴れないまでも、せめて逃げる事はしないようにと、真っすぐ前を見ることにした。
嘗ての威光や誇りはもうない。守るべき者も失った。それでも、戦う理由だけは残されていた。

「犬公よ、もう暫しだけ付き合ってくれるか?」

黙って後ろについてくるその行動を、肯定のサインだと解釈し、建物へ向かった直後、イギーが吠えだした。お利口で無害な犬の振りを続け、沈黙を保ってきただけに、その声はタルカスに嫌な予感を抱いた。
何事かと思い、振り返ったタルカスの目に、人影が躍り出た。もしもこれが知らない顔であったなら、敵であれ味方であれ、冷静さを保ったうえで対応が出来た事だろう。しかしそうはならなかった。
「僕の姿に疑問を抱いていると思います。しかしまずは話を聞いて欲しい」
 そこにあった顔が、参加者全員が見守る目の前で爆裂死した筈のものだからである。

◆◆◆

数時間程時間を遡り、視点を変える事にする。
ウェザーに別れを告げたジョルノは、ミスタ達との合流場所であるダービーズカフェへと引き返していた。
指定した時間はとっくに過ぎているが、他に目処が立っている訳でもなく、合流する機会を失いたくなかったがゆえの選択である。
僅かな期待を持ちながらカフェへ戻ったジョルノだが、当然のようにもぬけの殻であり、少し前にカフェを後にした状況と変わりはなかった。
別れてからの時間経過から考えて、何者かに襲われた可能性が高いと判断し、ジョルノの思考はその回転速度を上げる。
あせってパニックになってはいけないが、のんびりしているわけにもいかない。ウェザーと誓った約束。それを守る為に、一つの場所に留まるという事があってはならないのだ。
 思案した末、確実性は低いが、メッセージを記す事にした。文面はこう記されている。

『第3回放送 ボートに乗った場所』
『第4回放送 鏡の男』

ミスタとの情報交換による時間のズレを考慮した結果の文面である。
『ボートに乗った場所』とは、ブチャラティがディアボロを裏切り、チームのメンバーにボートに乗るか否かの問いを行った場所、すなわちD-2に位置するサン・ジョルジョ・マジョーレ教会を意味する。
『鏡の男』とは、鏡を使うスタンド使い=イルーゾォとの戦闘があった場所、F-6に位置する悲劇詩人の家を指す。ミスタはこの戦闘に直接参加した訳では無いが、チームの間で情報が共有されている事は言うまでもない。
つまり、第3回放送と第4回放送時に上記の場所に集まる、といい事だ。
このメッセージの意味はこの2つを経験しているチームのメンバー以外に知り得る事はなく、他の人物には意味のわからないメモとなる。
同行しているミキタカを考慮に入れていない内容だが、今もミスタと共に行動していることを祈るしかない。

(後は『これ』を使う。使う事によって、メッセージの伝達をより確実にする)

ジョルノは何かの切れ端を掴み、『ゴールド・エクスペリエンス』を発現。右の拳で軽く触る。
 切れ端の正体は、情報交換の際、ミスタのブーツの一部分を拝借したものである。(話をした時、かなり嫌がられた)
 蠅へと姿を変えた切れ端に、先程書いたメモと同じ内容の紙切れを蠅の体に目立たない様に巻き付ける。切れ端は持ち主であるミスタの元へ向かい、メモを持ったメッセンジャーとして機能する。

(これでカフェにミスタがこなくても、時間差で伝わるようになる。ゴールド・エクスペリエンスの習性から蠅は一直線にミスタに向かい、他者に発見されるリスクもほぼゼロになる)

しかし、これでも確実とは言い難い。他の参加者に潰される可能性も、僅かながら存在する。そうなったら、短時間での合流は諦めるしかないだろう。 

テーブルへの書き置きと、メッセンジャーの蠅。二重の網を編み終えた。後は行動行動するしかないといわないばかりに、ジョルノは歩き出そうとする。

不意に、二つの影が視界に飛びこんできた。男がとてつもなく巨大な人物でなければ、視界に入ってこなかったかもしれない。それほどまでに極端な巨躯を、一つの影は持っていた。
 隣には小さな点が揺らめいていた。人間ではない生き物、犬や猫の類いだろう。このルール無用のデス・ゲームの地において、人間以外の生物がいたとしておかしくない。
 しかし、その二つより、もっと彼の目を引いたものがあった。巨大な男は、その腕に小さな何かを抱えていた。それが何か理解した瞬間、ジョルノはえも知れぬ感覚に襲われた。例えるならコップから水が溢れて、どんどん流れ出すような、そんな気持ちだった。

(あそこにいる男は、あの子供を守れなかったことを後悔している。死を悼んでいる……)

コップから溢れた水は、二度と戻る事はない。
それがとても悲しくても、残された水はコップの中で這い回るしかないのだ。こぼれ落ちるその日まで。
もうあんな犠牲者を出してはならない。
彼ら/彼女らの魂の尊厳と安らぎは、死でもって償う必要がある。然るべき報いを与える必要がある。

今は亡き誇り高き剣士の姿を思いながら、ジョルノは決意を新たにする。
 しかし、その数秒がタイムラグとなってしまった。充分な距離を保っている筈だったが、小さな愚者にはお見通しであった。けたたましい鳴き声がジョルノの耳をつんざく。犬の嗅覚は凄まじい。
気がつけば、巨大な二つの目が、こちらを睨みつけていた。訝しみと驚きが混ざった様な、そんな視線だ。
 やられる前にやる。喧嘩だろうが話し合いだろうが、共通した事実だ。自分の目標を達するために、速やかに行うのだ。
 ジョルノは己が丸腰であるのを示す様に両手を空に掲げながら言った。

「僕の姿に疑問を抱いていると思います。しかしまずは話を聞いて欲しい」

どうすれば相手が納得するか、どんな方法を用いればいいか、彼の頭脳は、既に無限の回転を始めている。

◆◆◆

「そこで止まれィ!」

おっさんがでけー声で叫んだ。トーゼンだろーな。目の前に死んだ筈の奴が「僕は無害です」って感じに出てきたらビビる、俺だってビビってる。そいつを見た瞬間、反射的に吠えちまったぐれーだ。いや、本当だぜ?
 そこで突っ立ってる3連煙突ヘアーは最初の広い部屋で、メガネのおっさんに首を吹っ飛ばされていた。見たくはなかったが、前の方にいたからな。
じゃあ目の前にいるこいつはなんだ?そっくりさん?双子?
さっぱり訳がわからねえ。ま、考えた所でわかる訳じゃねーし、「そういう事」って事で納得するしかねーんだろうな。どのみち俺には関係ないことだぜ。植物の心みたいに平穏に過ごさせてくれるなら、後は好きにしてくれや。

「僕の名前はジョルノ・ジョバァーナです。何故僕がここにいるのか、構えてしまうのは当然です。だが納得してもらわなければならない。ですから、その槍を収めてはくれませんか?」

煙突の名前はジョルノとかいう名前らしい。まだあいつが喋ってる所をちょっと見ただけだが、どうにもスカした野郎で気に入らねえ。承太郎の野郎もこんな態度だったぜ。「俺は全部お見通しです」って感じのよォ~っ。ガムがあったらあの穴に3つくっつけてやりてぇ。

「貴様はあの場で確かに死んでいた筈!それが何故生きている!?まさか貴様も生霊の類いかッ!」

 その単語を口にしたとたん、おっさんの口がまたギリギリ締まりがやがった。血が出てるぞ血が、ああ気持ち悪りぃ。さっきからだが、こいつ情緒不安定過ぎるぜ。もうちょっと落ち着いた奴はいねーのか?
「その言い回しからして、あなたは僕より前に死んだ筈の人物に会っている。しかもそれはあなたのよく見知った人物だった。だからこそ動揺している。違いますか?」
「ええい黙れ!死人の戯言など聞くつもりはないわッ!それ以上こちらにくるなら容赦はせんぞ!」

この煙突頭、したり顔で演説始めやがったが、どうも図星らしいな。おいおっさん、瞳孔開いてんぞ。

「だから僕は今からあなたに証明する。僕がれっきとした生きている人間であり、敵意もないということを」

気がつくと煙突は俺たちの目の前できていた。すかさずおっさんは槍を突き出す。さっき言ってたことの有言実行ってやつだな。これ以上きたらブッ刺す!だからこっちへくるな、そんなとこか?
こんな大男が武器構えてメンチ切ってんだ。さすがにこいつのしたり顔も……?

「なんの……つもりだ?」

おっさんが本当に驚いた感じで聞く。
俺もさっきはほんのちょびっとだけビックリしたが(みっともなく吠えてた?知らねえな)今度という今度はかなりビビった。この煙突、もうすぐキスができるんじゃねえかってくらい目の前に槍があるのに、歩くのをやめてねえ。
何考えてやがるんだ?脳みそにクソが詰まってるのか?
「ですから、僕が生きていること、あなたに敵意がないことへの証明をしてるんです。なにが問題でも?」
「くるなっ!それ以上くればお前をぶち撒けるぞ!くるなあッ!」
おっさんの声は怯えていた。まあしょうがないかもしれねえ。
「僕の存在を証明する手だてが他にないのであれば、それでも構いません」
あーあ、おっさんの沸点は見た目通り低いってのに、もう死んだな、こいつ。
そら見たことか、槍を握る手が少しずつ強くなってきたぜ。
「ぬわあああああああああああああ」
とうとう煙突の腕を突き刺した。そして次は頭か、アバヨ。調子こきすぎた自分を呪うんだな。そしておっさん。ここまでキレてるとは思わなかったぜ。ま、いざという時は簡単に捨てるから、どうでもいいことだがな。

◆◆◆

結論からいうと、タルカスはジョルノの命を奪わなかった。奪えなかったというべきかもしれない。落ち着きを取り戻した彼の心が槍を止めたのか、ジョルノの持つ何かがそれをさせなかったのか。それはわからない

「命が惜しくはないのか?俺が腕に力をちょいと力を入れるだけでお前の脳組織はズタズタになり!肉片となるんだぞ!正気なのかッ!?」

加害者となったはずのタルカスは問う、叫び声をあげる。突き刺した槍は腕をミンチにし、顔面を串刺そうとしているのに、常人ならば恐怖のあまり叫び声をあげてもおかしくない筈なのにッ!
少年は止まらない、瞳に宿した輝きをさらに燃えたぎらせ、逆にタルカスに向かっていったッ!

「このジョルノ・ジョバァーナには夢がある!主催者を倒し、全ての人を救うという約束がある!ここで死んでしまう命なら、その全てを叶えられる筈もない!」

力強い宣言だった。腕から流れる血をもとともせず、大陽のように輝いていた。逆境を跳ね返す熱さが、確かに存在していたのだ。
        (これは、この姿はーーーーーー)
タルカスは認めた。認めざるを得なかった。目の前の人間から感じられる死とは対極の、生命の振動を。爛々と輝く、冷める事のないエネルギーに。
そしてその姿は、人間の尊厳に満ちている事に。タルカスは一瞬、正に光が輝くような一瞬、失われた君主がいるような、そんな感覚に陥った。

「だから退きません。この槍が僕の夢を阻むのならば、決して下がらない。」

鉄槍は抜け落ちた。同時に、騎士を支配していた暗闇も、ほんの少しだけ晴れた。
結局のところ、この場で命が失われることはなかったのだ。

◆◆◆

「すまないッ……本当にすまない!」

時間は経過する。あっという間に流れていく。ジョルノに「敗北」したタルカスは、体裁も気にせず必死に頭を下げ続けた。いわゆる土下座の型である。

「気にしないでください。僕があなたへの接触方法を考えていれば、こんな事にはなりませんでした。そこにいる小さな彼に感謝するべきです。あなたはそれ程までに沈み込んでいた」

目線を向けられたイギーは無害そうに一度鳴き声を上げると、二人にそっぽを向けて不機嫌な顔を作った。彼からすれば、自分が吠えなければ、あのままジョルノをやり過ごす事だってできたかもしれない、と思っていたので、不本意な結果に終わってしまった。

「俺が余計な事をしなければ、ジョルノが怪我をすることもなかったのだ。本当にすまないッ……!」

声を向けられたジョルノの腕には、負傷の後は見られない。勿論、ゴールド・E
で治療を行った結果だ。スタンドを初めて認識し、驚く他なかったタルカスだが、ジョルノはタルカスの治療を行い、後にスタンドについて説明をすることを約束した。(イギーはプライドが許さなかったので負傷箇所を懸命に隠した)
謝罪もそこそこに、タルカスは疑問を投げかけた。

「お前の行動に一つ疑問がある。俺が危険人物だという可能性はあった筈だ。負傷に加え、自分でいうのもなんだがこのガタイだ。犬公だって無理矢理従わせていただけかもしれん」
「理由はいたってシンプルです。あなたの目が優しそうだったから。それともうひとつ、僕と遭遇した途端に大事そうに自分の後ろに置いたーー」

ジョルノが、タルカスの背後を見やる。

「彼女がいたからです。あなたは彼女をどこか人気のつかないところに埋葬したかった。誰の目も届かない、静かな場所へ連れて行こうとしたんじゃあないか。そう思ったからです」
「そうか……」

タルカスは消え入る様に呟いた。それ以上の言葉は不要だった。
「ところで、彼女をどこへ埋葬するつもりだったんですか?僕が見た限りあなたの足取りには迷いが見られなかった。つまり行く宛てがあると解釈しましたが」
タルカスは話す。双首竜の間の存在を。ジョルノは同行を申し出る。名も知らぬ少女の弔いのために。イギーは突っ伏す、寝たふりをするために。

◆◆◆

「着いたぞ、双首竜の間だ」
再数時間の移動の後、2人と1匹は双首竜の間にたどり着いた。騎士達の修練状は入り組んでおり、双首竜の間はかなり深い場所にあったものの、構造を知り尽くしたタルカスの案内のもと、無事に辿り着いた次第である。

「まさかこんな迷宮のような構造になっていたとは、驚きました。しかし、この鉄の扉はどうやって開けるつもりですか?どうやら内側からしか開かない作りになっているようだし、あなたの怪力でもこじ開ける事は難しい」

自分のスタンドがあれば話は別だが、とジョルノは内心で付け加えた。しかし、人並みのパワーしか出せないゴールド・Eではタルカス以上に時間がかかることも考えられる。壁を生物に変える事も考えたが、タルカスの手前、言わない様にした。
「それに関しては考えてきた。あそこに明かり窓があるだろう。」
タルカスが視線を向けた先には、十字に穴が開いた空間が存在していた。
(ゲ、嫌な予感がするぜ)
イギーは思った。この予測は的中する事になる。

「人間が入るには無理があるが、犬や子供なら入れるだろう」
ジーッ、という音が聞こえそうなくらい、タルカスに見つめられたイギーは、なんとか無害な表情を装ってタルカスに近づく。

「すまんが犬公、頼まれてくれんか。お前ならあの明かり窓から中に入り、中にあるレバーを倒して部屋の扉を開けて欲しい」
(なにいってやがるこの野郎ッ、なんでそんな面倒くさい事をこの俺が!)
「お前は利口な犬だ。恐らく俺の言っている意味も大体は理解しているだろう。
頼む、スミレをもう人目にさらしたくはないのだ」

少女の名前が出て、イギーはスミレを見た。ジョルノによって遺体は整えられ、その表情はとても安らかだった。

(このガキ、犬好きだったのか?いや、そんな事はどうでもいいが、チッ、しょうがねえな。あくまでおっさんの信頼を得て盾にしてもらう為の下準備だ。計算された逃走経路だぜ。簡単に信じやがって馬鹿が)

あくまでも表情には出さずに、タルカスの両手に捕まった。タルカスは満足そうに微笑むと、イギーを明かり窓にやる。数秒後、レバーの下がる音と共に、扉が開いた。

「借りができたな犬公、心から感謝するぞ」
(勘違いすんじゃねーぞおっさん、俺の為に必死働いて死んでもらう為だからな。本当だかんな!)

そうして、一行は双首竜の間に入った。やはり内部もタルカスの記憶に相違なく、無機質な石畳と、鎖の鳴る音しか聞こえなかった。
タルカスは、スミレの遺体を部屋の最奥にそっと横たえた。

「すまんなスミレ。お前は嫌がるだろうが。あくまでもこの殺し合いが終わるまでだ。血腥いだろうが、勘弁してくれ」

タルカスは、スミレの遺体の手を組ませ、立ち去ろうとするが、それをジョルノが呼び止めた。
「このままでは少し殺風景なので、少し手を加えさせてもらっていいでしょうか?驚かせたいので、少し後ろを向いていてください」
二人にそう指示し、ジョルノはスタンドを発現させる。ゴールド・エクスペリエンスは、生命を生み出す。スミレの周囲を、花に変えていく。振り返ったタルカスとイギーは、その光景に驚いた。
「これも、『スタンド』とやらの力なのか?」
驚くタルカスを尻目に、ジョルノは語りだす。
「もうすぐ昼になって、お日様が差し込んでくるようになる。この明かり窓は、日当りがいいだろうな」

遺体を取り囲む花畑に、大陽の光が射した。大陽の光を受けて、花畑は光り輝く。
この輝きがあれば大丈夫だ。殺し合いの最中である事も忘れ、タルカスはそう思った。そして誓う、スミレに誓う。最後まで戦い抜くことを、そしてもう一つ
(見ていてくれスミレ……必ずこの殺し合いを打破してみせる。最後まで戦い抜いたお前の意志を、立派に受け継いでみせる!)
それに呼応するように、花が一際輝きを放った様に感じた。タルカスには、それが嬉しかった。


これから彼には、数多くの困難が待ち受けているだろう。その過程で多くを失う事になるだろう。それでも彼は負けない。少女との誓いがある限り、生きる意味を取り戻した騎士は、決して魔道には落ちない。そう決心した。

扉の施錠を同じ要領でイギーに任せ、双首竜の間を後にする一行。その未来にささやかなLUCK(幸運)がある事を祈るかの様に、スミレの花が咲き誇っていた。


【A-2 双首竜の間/一日目 昼】

【タルカス】
[時間軸]:刑台で何発も斧を受け絶命する少し前
[状態]:健康、強い決意?(覚悟はできたものの、やや不安定)
[装備]:ジョースター家の甲冑の鉄槍
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:スミレの分まで戦い抜き、主催者を倒す。
1:ブラフォードを殺す。(出来る事なら救いたいと考えている
2:主催者を殺す。
3:育朗を探して、スミレのことを伝える
4;ジョルノと情報交換を行う
※スタンドについての詳細な情報を把握していません。(ジョルノにざっくばらんに教えてもらいました)

【イギー】
[時間軸]:JC23巻 ダービー戦前
[スタンド]:『ザ・フール』
[状態]:首周りを僅かに噛み千切られた、前足に裂傷
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:ここから脱出する。
1:ちょっとオリコーなただの犬のフリをしておっさん(タルカス)を利用する。
2:花京院に違和感。
3:煙突(ジョルノ)が気に喰わない

【ジョルノ・ジョバァーナ】
[スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』
[時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後
[状態]:体力消耗(小)
[装備]:閃光弾×3
[道具]:基本支給品一式、エイジャの赤石、不明支給品1~2(確認済み/ブラックモア) 地下地図、トランシーバー二つ
[思考・状況]
基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える。
1.ミスタ、および他の仲間たちとの合流を目指す。
2.放送、及び名簿などからの情報を整理したい。
3.第3回放送時にサン・ジョルジョ・マジョーレ教会、第4回放送時に悲劇詩人の家を指す
4.タルカスと情報交換を行う
[参考]
※時間軸の違いに気付きましたが、まだ誰にも話していません。
※ミキタカの知り合いについて名前、容姿、スタンド能力を聞きました。

※ウェザー・リポート、エンリコ・プッチ、ホット・パンツの支給品、デイパックを回収し、必要なものだけを持って行きました。
 必要のないものは全て放置しました。回収したものはエイジャの赤石、不明支給品、トランシーバー二つ、閃光弾二つ、地下地図です。


【備考】
※スミレの遺体は双首竜の間に安置されました。周囲にゴールド・Eで生み出したスミレの花があります。
※ダービーズカフェにジョルノの書き置きが残してあります。内容は
『第3回放送 ボートに乗った場所』
『第4回放送 鏡の男』
と書かれています。
※同様の内容が書かれているメモを括り着けた蠅がミスタの方へ飛んで行きました。蠅が参加者に見えるかどうかは他の書き手さんにお任せします。
※タルカス達の移動経路はC-4→B-3→B-2 の順番でした。


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前話 登場キャラクター 次話
123:Faithful Dogs タルカス 157:デュラララ!! -裏切りの夕焼け-
123:Faithful Dogs イギー 157:デュラララ!! -裏切りの夕焼け-
139:太陽の子、雨粒の家族 (前編) ジョルノ・ジョバァーナ 157:デュラララ!! -裏切りの夕焼け-

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最終更新:2014年03月12日 21:10