全身の傷の痛みが、激しい屈辱が、身を焦がす。
しかしそれらを全て抑え込まなくてはならない。
ストレスは思考を妨げ、迂闊な行動をする要因となる。



「…………申し訳ないんだが、まずはその懐中電灯を下ろしてもらえないか。
 眩しくって………仕方がないんですがね」


地下通路で出会った人物に光を当てられた吉良吉影は、まずその些細なストレスを解消させることにした。


「あっ、すいません。気が付かなくって……」


吉良は川尻しのぶの申し訳なさそうな口調としぐさから敵意がないと判断した。
その一方で、彼女が出会い頭に、空条の名を呼んだことにも気づいていた。

名簿にある空条は三名、内、第二回放送前で生存しているのは空条承太郎ただ一人。

チラリと空条徐倫の存在も頭をよぎったが、彼女は違うだろう。
自分と泥のスーツの男の戦闘を見て取り乱し、教会から飛び出したあの少女が、この短時間で新しい協力者を得られたとも思えない。

それに、いくら地下通路が視界の悪い環境とはいえ、自分と目の前の女との距離は、成人男性を少女に見間違えるほどの距離ではない。
たしかに徐倫は、成人男性の自分と同じほどの身長だった。しかしその身体は男性にはない、しなやかさや細さがハッキリしていた。

なら、自分と同じような体格の人物、それも男性と見間違えたと考えるのが自然だ。
それが、空条承太郎という人物。

そして先の戦闘中、DIOと呼ばれた男がその名を呼んでいた。


『ぐぁッ!』
『フフフ、ココに来る前にはお前と少しだけ突きの速さ比べをしたが、あの時の方がキレがあったなァ。
 時を止めても老いは止められんようだなァ!承太郎ォォ!!』
『くっ……オラオラオラオラァ!!』
『無駄無駄ァ!!!』


自分がカーズと呼ばれた人外を前に悪戦苦闘していた時、視界の端に入っていた。
時を止める、凄まじい能力の持ち主である二人の男が衝突し、鍔迫り合い、拮抗していたド突き合いが、一度だけ、一瞬だけ膠着状態が崩れた瞬間のセリフ。
崩れたバランス状態を好機としようとDIOが男に畳みかける前に、自分とカーズがDIOへ攻撃し、また小競り合い程度の戦闘が続いた。


あの長いようで短かった戦いの中で、帽子の男が明らかなダメージを受けていたのは後にも先にもアレ一度きりだった。
DIOは、吉良が爆弾で焦がした男の左腕を潰していた。
素直に認めるには吐いてしまいそうなほど悔しいが、自分より格上であったあの男と戦って負けずにいられたのは、その腕の傷のおかげもあっただろうことを覚えている。


奴が、この吉良吉影の破滅を予言したあの男が、空条承太郎。

他人の紹介をしておいて自己紹介もしなかった生意気な男。

つまり目の前の女性は、あの男の仲間………………。



「……あの、怪我をしているなら、ひとまずここから出ませんか?
 ここからすぐの、地図の空条邸って場所なんです。とりあえずは安全だと思うんで…………」



しのぶの口から出た言葉に、吉良の思考は数瞬止まった。
そしてすぐに気づいた。

この女は、自分を労わっている。
そして、自分のことを、この私が吉良吉影だということを、知らない。

それから、女の言葉を頭の中で反芻する。
安全な場所が(もちろん比喩であって、この状況下で完全に安全な場所なんてどこにもないのはわかっているだろうが)あって、そこに見ず知らずの、傷だらけでズタボロのいかにも怪しい男を招き入れようとしている。

罠か。
しかし、このバカみたいに不安そうな顔をしている女が、自分を嵌めようとしているというのも、なにか腑に落ちない。

脳裏に、自分を見下し敵を睨む鋭い眼光の男の顔がよぎる。
そして、このバトルロワイアルで最初に行動を共にしたストレイツォの顔が浮かんだ。


少しだけ返事を迷った吉良は、

「…………………案内を、頼みます」

虎穴に入ることにした。




◆◆◆




『それではまたその時に! 諸君らの健闘を祈って! グッドラック! 』

主催者の、忌々しい声が止んだとき、吉良は空条邸の応接室のソファーに身を沈めていた。
純和風の館には畳と布団ばかりで、傷ついた体でわざわざ布団を敷いて枕を置いて、などとやっていられなかったからだ。
ちなみに地下通路は空条邸の台所の床下収納スペースに続いていた。


向かいのソファーではしのぶが神妙な顔つきで、斜線を入れた名簿を見つめていた。
とはいっても、彼女の知り合いは第一回放送時に死亡した二人の家族と、空条承太郎ただ一人。
死者と生存者を見比べても、彼女に出来ることは何もない。

ただ、 ナニカをしていないと辛いだけなのだ。


放送前に空条邸に着いた二人は、屋敷に置かれていた救急箱で吉良の治療をした。

承太郎が屋敷に入り地下への入り口を探すとき、万が一の時の為にと保管場所を確認していたのをしのぶは見ていた。
承太郎に、救急箱はココにありますからね、と教えられたってわけじゃあない。
だが、後ろで見ていた自分の事も考えてくれていたとも思う。
しのぶには高いタンスの上にあったのを近くの机の上に置いておいてくれた心使いに、彼女は承太郎の優しさを見ていた。

とにかくそうして確保した救急箱は、今、二人が挟んでいるテーブルの上に置かれている。

医療品があると言っても、満身創痍と言ってもいい吉良の傷を素人のしのぶが適切な処置を取れるはずもないわけで。
吉良が絶え絶えの息でしのぶに指示をし、それにしたがってしのぶは吉良の体を治療していく。

そうして一段落した時に放送が始まり、吉良は安静に、しのぶはメモを取る体制に入ったのだった。



そうしてしばらくお互い黙っていた二人だったが、しのぶがついに名簿を見ることに耐えられなくなった。
名簿を見れば、死者の数がわかる。そしてどうしても、目が行くのだ。
二人の川尻と、二人の空条に。

すでに第一放送から6時間が経過している。
日常で親しいものが亡くなれば数時間で立ち直る必要などないが、この場ではそんな常識は通用しない。
それでも、痛いほどの後悔と悲しみが唇の裏を寒くする。二の腕を泡立たせる。

見ていられない、と名簿から目をあげると、正面の男の姿が見えた。
痛みと疲労にしかめた顔。閉じられた瞼。

彼の様子を改めて見て見れば、気になることはたくさんあった。


「えっと………まだ、なにがあったのか、聞いてなかった……ですよね」

落ち込んだ気分をなんとか落ち着けようと深呼吸した後、暗い気持ちを誤魔化すように男に話しかけた。
口を開いても、出てきた声は恐々とした質問だった。すこし声が小さかったかもしれない。

交渉だとか尋問だとか、そういうものを一切考えない、ただ疑問をぶつけただけの拙い問い掛けだった。



一方の吉良吉影は、治療を受けているときからずっと頭を働かしていた。

空条承太郎の仲間かと思ったが、どうやらこの女は協力関係といえるほど奴と対等ではない。
おそらくは庇護対象。なんの力も技術も持たない、巻き込まれた一般人。

そうなると、この女は殺した方がいいのではないか。

これから先、何らかの要因で脅威になる前に。
他の参加者に自分の事を広めてしまう前に。
空条承太郎と合流される前に。


空条承太郎と、合流。

それだ、と吉良は思った。

吉良の行動優先順位の内、自分の正体を知りもっとも警戒せねばならないのは、泥のスーツの男から空条承太郎に変わっていた。
しかし正面からでは勝ち目がない、とまでは言わないが、苦戦するだろう。力の差は身に染みている。

ならば絡め手を使うことも躊躇いはしない。


心の中で決めた後は、すでに行動は終えていた。
先の治療中、しのぶが体に触れているときに、死角からキラー・クイーンの手だけを出し、触れた。

現在、彼女を爆弾に変えてある。

任意で爆発させるものでなく、接触した瞬間に爆発させる設定。
対象を爆裂させるのではなく、接触したモノを爆発させる設定。


空条承太郎と女が合流した時、もし自分とこの女が一緒にいればどうなるだろうか。
間違いなく奴は自分を殺しに来る。だが、その前に彼女を救うための行動を起こすだろう。

具体的に言えば、時間を止めてこちらの動きを封じ、女を自分の後ろにでも匿う。

あのなんでもお見通しだとでも言いたげなキザな男だ。おそらく爆弾についても予想はしているに違いない。
しかしそれでも、女を救うには自分の手の届く範囲に連れてこなくてはならないはずだ。

奴は罠だとわかっていて、それに触れなくてはならない状況になるのだ。

これで確実に、空条承太郎を殺すことが出来る。

あとは彼女が勝手に、他のバカを爆殺しないように、見張ればいいだけなのだ。


「地下通路で、なにがあったんですか?」


そして問題はこの問い掛けだ。

トラブルを避けるいつもの吉良なら、戦闘に巻き込まれ、命からがら逃げてきた、とでもしただろう。あながち間違いでもない。

ただ、彼女を見張る上で想定しなくてはならないのが、彼女を『守る』場合もあるだろうということだ。
第一の爆弾がなくともシアーハートアタックがあれば、防衛戦であれば十分可能だろうとも思う。
キラー・クイーンの肉弾戦でも十分戦える。

となればだ、彼女にだけはスタンドについて教えてしまったほうがいいのではないだろうか。

おそらく空条承太郎から説明は受けているだろうから、突然スタンドを出しても慌てたりはしないだろう。
むしろ自分のチカラを見せ、教えることで信頼を得るというのも手ではないだろうか。

もちろん爆弾を仕込んだことは教えまい。
どうせ空条承太郎を殺せれば用は無くなり殺す相手。
見張っている間は不味い情報が広まることも抑えられるだろう。
ならば……………………。


吉良吉影は知らない。現在の空条承太郎が、川尻しのぶを人質にとったスティーリー・ダンを危険を顧みずに殺し、助けられた彼女自身、状況が変われば一緒に始末されていただろうなどと思われる、危うい存在であることを。
川尻しのぶはしらない。現在目の前にいる男こそ、自分が会ってみたいと思い、杜王町で待っていた男、そして今帰りを待っている、空条承太郎と戦闘を行った殺人鬼、吉良吉影その人であることを。


吉良は迷っていた。女性に己の力を明かしていいものかを。
しのぶは待っていた。男の返事を、そして男の帰りを。




そして、この時点でお互いの名前も知らない二人のそばに、魔の手はゆっくりと這い寄ってきていた。

男の悩みを解決する時間を与えず。
女の想いが解決する機会を与えず。

車の痕跡を追う片手間に放送を聞き、己が主と怨敵が無事であることだけを確認した男たちが、空条邸の敷地内に停められた車を発見した。

吉良としのぶが待つ、空条承太郎、その彼を追いかけてきていた二人の男。

その手を、屋敷の引き戸に伸ばす――――………。






【D-5 空条邸(応接間) / 一日目 日中】
【偽川尻夫妻】

【吉良吉影】
[スタンド]:『キラー・クイーン』
[時間軸]:JC37巻、『吉良吉影は静かに暮らしたい』 その①、サンジェルマンでサンドイッチを買った直後
[状態]:左腕負傷、左手首負傷(極大)、全身ダメージ(極大)疲労(大) 負傷部に治療 安静中
[装備]:波紋入りの薔薇、聖書、死体写真(ストレイツォ、リキエル)
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する。
0.空条承太郎を殺す。
1.目の前の女性(しのぶ)を見張る(守る)。そのためにスタンドを明かしてしまっていいものか……。
2.優勝を目指し、行動する。
3.自分の正体を知った者たちを優先的に始末したい。
4.サンジェルマンの袋に入れたままの『彼女の手首』の行方を確認し、或いは存在を知る者ごと始末する。
5.機会があれば吉良邸へ赴き、弓矢を回収したい。

※怪我の止血はしましたが、無理をすればまた傷が開くかもしれません。

※キラー・クイーンの第一の爆弾を川尻しのぶに使用中です。他に使うときは解除しなくてはいけません。


【川尻しのぶ】
[時間軸]:The Book開始前、四部ラストから半年程度。
[スタンド]:なし
[状態]:精神疲労(中)、疲労(小)すっぴん 触れた物を爆発させる爆弾状態
[装備]:地下地図
[道具]:基本支給品、承太郎が徐倫におくったロケット、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:空条承太郎を止めたい。
0.空条邸で承太郎を待つ。
1.目の前の男性(吉良)の話を聞く。
2.どうにかして承太郎を止める。
3.吉良吉影にも会ってみたい。


※キラー・クイーンにより、接触型、触ったモノを爆破する爆弾が仕込まれています。


※移動中も治療中も最低限しか会話していないので、現時点でお互いのことは何も知りません。
※応接間の机の上には救急箱が置かれています。大怪我の吉良を治療し切れるので一般の救急箱より充実してるかも。



【D-5 空条邸(玄関先) / 一日目 日中】
【偽スターダストクルセイダース】

【花京院典明】
[スタンド]:『ハイエロファント・グリーン』
[時間軸]:JC13巻 学校で承太郎を襲撃する前
[状態]:健康、肉の芽状態
[装備]:ナイフ×3
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様の敵を殺す。
1.空条承太郎を追跡し、始末する。
2.ジョースター一行の仲間だったという経歴を生かすため派手な言動は控え、確実に殺すべき敵を殺す。
3.1、2のためにラバーソールを使役・利用する。
4.山岸由花子の話の内容、アレッシーの話は信頼に足ると判断。時間軸の違いに気づいた。


※ラバーソールから名前、素顔、スタンド能力、ロワ開始からの行動を(無理やり)聞き出しました。



【アレッシーが語った話まとめ】
花京院の経歴。承太郎襲撃後、ジョースター一行に同行し、ンドゥールの『ゲブ神』に入院させられた。
ジョースター一行の情報。ジョセフ、アヴドゥル、承太郎、ポルナレフの名前とスタンド。
アレッシーもジョースター一行の仲間。
アレッシーが仲間になったのは1月。
花京院に化けてジョースター一行を襲ったスタンド使いの存在。



【山岸由花子が語った話まとめ】
数か月前に『弓と矢』で射られて超能力が目覚めた。ラヴ・デラックスの能力、射程等も説明済み。
広瀬康一は自分とは違う超能力を持っている。詳細は不明だが、音を使うとは認識、説明済み。
東方仗助、虹村億泰の外見、素行なども情報提供済み。尤も康一の悪い友人程度とのみ。スタンド能力は由花子の時間軸上知らない。



【ラバーソール】
[スタンド]:『イエローテンパランス』
[時間軸]:JC15巻、DIOの依頼で承太郎一行を襲うため、花京院に化けて承太郎に接近する前
[状態]:疲労(小)、空条承太郎の格好、『法皇の緑』にとりつかれている
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式×4、不明支給品2~4(確認済)、首輪×2(アンジェロ、川尻浩作)、ブーメラン、おもちゃのダーツセット、おもちゃの鉄砲
[思考・状況]
基本行動方針:勝ち残って報酬ガッポリいただくぜ!
1.花京院をどうにかして始末する、この扱いは我慢ならねえ。
2.承太郎と出会ったら………どうしようかねえ?


※サンドマンの名前と外見を知りましたが、スタンド能力の詳細はわかっていません。
※ジョニィの外見とスタンドを知りましたが、名前は結局わかっていません。


※花京院からこれまで出会った参加者を聞きましたが、知っている人間は一人もいないため変装はできません。
※エジプト九栄神は一人も知らないようです。そのため花京院からアレッシーが語った話や時間軸に関することは一切聞かされていません。


※二人は移動しながら放送を聞きました。聞き覚えのある名前は頭にあるかもしれませんが、他の死亡者についてはほとんど覚えていませんし、重要視もしていません。




投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
153:嫌な相手との同行時における処世 花京院典明 166:悪の教典(上)
153:嫌な相手との同行時における処世 ラバーソール 166:悪の教典(上)
148:大乱闘 川尻しのぶ 166:悪の教典(上)
148:大乱闘 吉良吉影 166:悪の教典(上)

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最終更新:2014年05月23日 20:55